040. 領主の依頼

 兵士に案内され、領主の屋敷を歩く。

 

 外観から見た館はそれなりに大きくはあるものの、領主がいる場所にしては小さい。中に入り、廊下を歩く途中に飾られていた絵画や壺などもあまり高級とは言えない物で、レヴィアの目利きによれば良くて二級品、大体が三級品だ。

 

「残念。あんまり金は持ってないようですわね。領主のクセに」

「やめなさい。聞かれたらどうするの」

「おっと」

 

 思わずつぶやいた言葉をリズが咎めてきた。聞かれたら聞かれたで別に構わないが、積極的に聞かせたい訳でもないので口を閉じる。そして再び調度品を見極め始めた。

 

(これは駄目。これは流行りじゃない。これは……おっ、これはそこそこ価値があるな。上手く流せば三桁はいきそう)


 周囲を見定めながらも案内に従って歩く。しばらく進むと、先導する兵士が立ち止まった。


「こちらへどうぞ。領主様がお待ちです」


 先頭にいるネイがぺこりと礼をし、言われたとおり部屋に入った。続く三人もそれに従う。するとそこには喜色を浮かべた男がいた。


「我が屋敷ようこそ! 牡丹一華の方々! 私はジョセフ・パートリー。この土地の領主を務めている者です」


 丸々としたほっぺにちょび髭。お腹がぽっこりとなった貴族服。総じて人の好さそうな雰囲気が感じ取れる男だった。貴族にありがちな高圧的な雰囲気が一切ない。服を変えればその辺の平民と見分けがつかないだろう。


 言葉通り彼はこちらを歓迎しているようで、ネイに握手を求めようと歩き寄ってくる。


「今回は本当に助りました。あなた方がいなければこの町は…………ぬうっ!?」


 が、途中で雷を受けたようにのけぞった。視線の先はレヴィアであり、彼のまんまるほっぺが赤色に染まっていく。


「な、なんと美しい……。し、失礼、お名前をお聞きしても?」

「わたくし? レヴィア・グランと申します」

「レヴィア様……」


 ぽーっとなるジョセフ。そのまましばらく見とれ、次にキリッと真剣な顔をして口を開く。


「レヴィア様。生まれる前から愛しておりました。結婚してください」

「お断りですわ」


 出会って十秒で告白。そして一秒で振られていた。ジョセフは膝をガクンとついて絶望している。

 

「ち、ちょっとレヴィア。いいの? 相手は貴族よ?」

「いいですかリズ。世の中の社長は左うちわで我が世の春を行く者と、資金繰りに奔走して銀行マンにぺこぺこする者に分けられますの。この家は確実に後者のタイプ。そりゃあ平民に比べれば偉いでしょうが、貴族間ではマウント取られる立場。……ハッ、検討にすら値しませんわね」


 レヴィアは鼻で笑った。


 貴族社長という上位ジャンルの底辺より、平民サラリーマンという下位ジャンルのてっぺんの方がいい。彼女はそう考えているのだ。貧乏貴族に自由な金など殆ど無いが、一流商会のエリートの妻は使いたい放題である。「ウチの旦那、年収一千万しかなくてぇー」なんて自虐風自慢もできるだろう。


 まあ相手に成長性があれば青田買いも考えるが、勝ち組から負け組まで様々な人間を見てきたレヴィアには分かる。目の前のコイツは無能だと。屋敷のみすぼらしさ、気弱そうな見た目、恋愛の拙さ……そういったものから容易に想像できた。まあ恋愛の拙さは新之助時代を考えればどっこいどっこいなのであるが。


 レヴィアの見下し発言にリズは「そ、そういう意味じゃなくて……」とちょっぴり焦っている。『相手の機嫌を損ねないようにした方がいいのでは?』という意味だったのだ。が、レヴィアは『金持ちなのに何で断るの?』という意味で受け取ってしまった。

 

 結果として激しい追い打ちを食らったジョセフは涙目。反対に純花は「おおー……」と感心している。

 

「こ、こら、レヴィア――」

「叔父様。やめてくださいよ。恥ずかしいじゃないですか」

「ハァ……。領主様、見苦しいですよ」


 ネイは焦った様子でレヴィアに謝罪させようとしたが、その前に二人の人物がジョセフを非難する。

 

「あっ、貴殿は……」

「昨日ぶりですね。ネイさん、今日は来ていただきありがとうございます」


 一人は魔物の襲撃の際に指揮をしていた人物であった。あの後ネイと交流をしていたお陰か、少し親し気だ。


「皆さんもありがとうございます。僕の名はジェス・パートリー。パートリー家の騎士団長で、ジョセフ叔父様の甥っ子という立場にあります」


 そう言ってジェスは一礼した。何やらネイがもじもじしている。いつものアレだろうとレヴィアは確信。男の顔面偏差値を見れば一目瞭然である。

 

「私からも礼を述べましょう。この町に駐屯する聖騎士、ギルフォード・ストラスです。今日は司教様の代理として参りました」


 もう一人の男にも見覚えがある。確か、昨日レヴィアにぶつかった人物だ。細いフレームの眼鏡に、しゅっとした輪郭。体には神官服を動きやすくしたような法衣。どこかクールな印象を受ける人物だ。教区のトップたる司教の代理を務める辺り、有能でもあるのだろう。

 

 ジェスにギルフォード。二人の出現にネイは「イ、イケメンパラダイス……」と目を輝かせつつのけぞる。確かにイケメンではあるが、たった二人なのでパラダイスは言い過ぎではなかろうか。

 

「ジェス。何をしている。早く領主様を起こさないか」

「あ、う、うん。ほら叔父様、立って下さい」


 冷たく言うギルフォードにジェスは従い、ジョセフを引っ張り上げる。ジョセフは涙をぬぐいつつよろよろと立ち上がった。

 

「す、すまんなジェス」

「いいですけど、いきなり告白とかやめてくださいよ。ほら、ギルも睨んでるじゃないですか」

「だって……チャンスを逃したくなかったんだ……」


 その言葉を聞き、ため息をつくジェス。町のトップとして恥ずかしいにも程がある。隣でこめかみを抑えていたギルフォードがゴホンと咳ばらいをすると、ジョセフはビクッとなった。

 

「……はっ! いや申し訳ない。お見苦しいところをお見せして。ささ、皆さま。どうぞお座り下さい」


 ホントに見苦しい。そう思う四人だが、流石に口に出す事はしない。勧められるまま一行は横長いソファーに腰を掛けた。ジョセフもテーブルを挟んだ対面に座り、その隣には司教代理のギルフォード。騎士という肩書きで参加しているジェスは立ったままだ。

 

「改めて、この度はありがとうございました。あなた方がいなければ町は滅びていたかもしれません。領主として、この町に住む者の一人として誠に感謝致します」

「教会からも礼を。人々をお守り頂き感謝しております。皆様方に神の祝福をあらん事を」


 ジョセフとギルフォードが礼を言った。その言葉に対し、ネイが「お気になさらず。人として当然の事をしたまでです」と謙遜しつつ受け止める。

 

「私はその場におりませんでしたが、ジェスが褒めておりましたよ。皆を鼓舞し勇気づけ、魔物の大群に突っ込み一蹴したとか。いやあ、流石はAランク冒険者。すさまじい力を持つのですな」

「いえ、私たちだけの手柄だけではありません。兵士や他の冒険者の方々がいなければ町の防衛は叶わなかったでしょう」

「ハハハ、控えめな方ですなネイ殿は。勇気に溢れ魔物に対し一歩も引かないネイ殿! 優れた魔法と判断力で援護するリズ殿! 華麗な剣技で舞うように戦うレヴィア様! 圧倒的な力で魔物を蹂躙するスミカ殿! 兵士の間でも評判ですぞ!」

「左様ですか。何というか、少々こそばゆいものがありますな」


 一同を上げに上げてくるジョセフ。何故かレヴィアだけが”様”付けである。さっき泣かされた事で自分よりも上位の存在と認識してしまったのだろうか。


「それで……ええと、もしかしてなのですが。その容姿に聞きなれぬ名前。スミカ殿はもしや……」

「……ええ。コイツ……じゃなくてスミカは勇者と呼ばれる存在です。一応」


 納得していない様子でネイは答える。その不穏さに気づくことなくジョセフは「おお! やはり!」と喜色を表した。

 

「一人の勇者様が旅立ったとの噂は聞いておりましたが、本当だったのですね。流石は勇者様。救世主として呼ぶにふさわしい」

「凄まじいの一言でしたよ。あんな大きい魔物を投げ飛ばせる人なんて初めて見ました……」


 ジョセフはうんうんと納得し、ジェスは身震いをしつつも褒めた。味方ではあるが、あの光景を見れば少々恐れてしまっても仕方ないだろう。

 

 一方、純花は二人の誉め言葉に対し何も感じていない様子。むしろ少し苛立っているようだった。


「巻き込まれたからやっただけだよ。それより、おべっかはいいから遺跡――むぐっ!」

「そうそう。そろそろ本題について聞かせて下さいまし。相談事があるのでしょう?」


 レヴィアは純花の口をふさぎ、ジョセフに問いかけた。何で? と不満そうにする純花と、我が意を得たとばかりに話し始めるジョセフ。


「そう! そうなのです! 実は皆様方にお願いしたい事がありまして。皆様方は遺跡という存在はご存じでしょうか?」

「勿論。何度も足を踏み入れた事がありますわ」

「流石は冒険者ですな。古代文明の名残、遺跡。何とも浪漫がある存在ですが、実はこの近辺に新しく見つかったのです」

「ホント!?」


 ネイに代わりレヴィアが主導して話を聞くと、なんと遺跡が見つかったと言う。その言葉を聞き、純花は勢いよく立ち上がる。


「どこ? どこにあるの? 教えて。場所は分かってるんでしょ」

「ちょ、純花。気持ちはわかりますが、最後まで聞きましょう。わたくしたちにその存在を教えたという事は、それ関係のお願いに違いありませんわ」


 レヴィアは純花の腕を引き、椅子に座らせる。納得したのか抵抗される事はなかったが、その目はジョセフに向けて『早く話せ』と語っていた。あまりの眼力にジョセフはぶるりと震える。

 

「ど、どうやら勇者様は遺跡に並々ならぬ興味があるようで。丁度いいと言っては何ですが、皆様にお願いしたいのは遺跡の調査なのです」

「前人未踏の遺跡を、ですか。そういうのは国の調査機関が行うのでは?」


 ネイが不思議そうな顔をする。


 基本、最初の遺跡探索は国軍の専門部隊が行う。遺物さえ提出すれば領主が行っても問題ないのだが、それをする者はあまりいない。遺跡には魔物や罠、意味不明な機械などがあるので、慣れた者でないと十分な探索ができないし、下手すれば甚大な被害を被る可能性があるからだ。

 

「そうしたいのは山々ですが、事は緊急を要するのです。昨日の大襲撃……あれは遺跡から溢れ出た魔物のようでして。魔物の足跡をたどらせた結果見つかったので間違いありません」

「確かに……昨日の魔物はおかしかったですな。魔物とて知恵がある。不利と見れば逃げ出すのが道理。なのに、ヤツらは最後の一匹まで向かってきた」

「正に遺跡の魔物の特徴です。だからこそ可能性があると思い、調査させたのですよ」


 遺跡の魔物と野生の魔物は姿かたちは似ているが、行動様式は明確に異なる。

 

 野生の魔物は自らの生存を目的として動く。ウルフやケルベロスであればおおよそ獣のような行動をするし、ゴブリンやオークなら原始文明人のような生活をする。

 

 対し、遺跡の魔物は生存を目的としない。個々に役割が与えられており、それを絶対のものとして動くのだ。例えば遺跡の防衛が任務なら自らの命に代えても侵入者を撃退しようとするし、侵入者が遺跡の外に逃げれば仲間を傷つけられたとしても追ってこない。

 

「けど、遺跡の魔物が外に出る事なんてあるのね。普通は遺跡から出ないはずなのに」


 その常識を知るリズが疑問を呈する。しかし、レヴィアは首を横に振って否定。


「リズ。それは正しい見識ではありませんわ。確かに遺跡の魔物はそういった”防衛用”の存在が多いですが、中には”攻撃用”の魔物なんてのもいるんですのよ? 軍事施設と思われる遺跡ではよく見つかりますわ」

「おお、流石はレヴィア様! その存在をご存じとは!」


 ジョセフがレヴィアを褒め称える。レヴィアはそれに喜ぶことなく難しい顔をした。

 

「ただ、見つかったとしても数十匹くらいがせいぜい。千を超えるなど遺跡のキャパからしてもありえないし、維持費の無駄。……恐らく魔物培養機クレイドルがありますわね」

魔物培養機クレイドル?」

「魔物を作る遺物の事ですわ。魔物培養機クレイドルが魔物を製造し続け、遺跡からあふれてしまい、あふれた魔物がこの町を襲った……こんなところでしょう」

「そんな遺物があるのか……」


 仲間は誰も知らなかったらしく、レヴィアの知識に感心している。

 

 ジョセフも首を縦って彼女の言葉を肯定。

 

「まさしく、私共の見解もレヴィア様と同じです。恐らく、何らかの事故で魔物培養機クレイドルが起動してしまったのでしょう。原因は定かではありませんが……」

「つまり我々に依頼したいのはその遺物の停止という事ですか」

「ええ。その通りです」


 依頼内容の確認を取ったネイは少し考え、ちらりとレヴィアとリズへと視線を送った。同意してもよいか、と問いかける視線だ。

 

「分かった。ついでにやってあげるから、遺跡の場所を教えて」

「おお、やって下さるか! 流石は勇者様!」


 しかしその返事を返す前に純花が発言。その言葉にジョセフは喜ぶ。勝手に決めた事にネイは不満げであったが、彼女自身も受けるつもりだったのか文句はないようだ。


「遺跡にはジェス以下、騎士団数名も同行します。また、教会からはギルフォード殿が――」

「何? ジェスもですか?」


 今まで黙っていたギルフォードが顔を上げ、ジョセフの方を見た。何やら見過ごせない言葉だったらしい。

 

「ご、ごめんねギル。ネイさんや部下だけに任せるのも悪いと思ってさ。さっき叔父様と話したんだ」

「ジェスはパートリー家の後継者だろう。何かあったらどうするつもりだ」

「い、一応そういう事になってるけどさ。叔父様に子供が出来なかったらの話だし……」


 たじたじとなるジェス。

 

 聖騎士ギルフォードとパートリー家の後継者候補ジェス。言葉を崩している辺りそれなりに親しいのだろうが、力関係はギルフォードの方が上らしい。

 

「ジョセフ様はこの年まで独身なんだぞ? もう絶望的だ。いい加減覚悟を決めろ」

「い、いや、出会いはいつあるか分からないしさ……」

「出会いはこれまでもあった。しかし全て台無しだっただろう。大体、お前に騎士を率いるなど出来るのか?」


 ギルフォードはくどくどと説教を続ける。ジェスは苦笑いをしながら「いや」「その」「だから……」と言い訳しようとしているが、相手の勢いに押されっぱなし。救い求めてジョセフへと目線を送った。

 

 その目線を受けたジョセフは咳ばらいを一つ。

 

「ゴ、ゴホン! ギルフォード殿。これもジェスの将来の為なのだ。元聖騎士とはいえ、ジェスはその性格で少々頼りなく見えるだろう? しかし『町を救った』という実績があれば部下や領民も『やるときはやる』と思ってくれる。その方が今後の為になると考えてだな……」

「……ふむ」


 考慮すべき点があったのだろう。ギルフォードは目をつぶり、考えるような仕草を取った。

 

 三人のやり取りを見ていたネイは立ち上がり、胸に拳を当てる。そして真剣な声で言った。

 

「ギルフォード殿。心配なさるな。これでも数々の護衛を成功させてきた私たちだ。きっとジェス殿を無事帰して見せよう」

「ネイさん……」


 ジェスは助かったという視線をネイへと送った。ネイとしてもイケメンと親しくなる大チャンスなのだ。彼には是非参加してほしいのだろう。その分かりやすすぎる行動に純花は眉をひそめているが、ついてくる事自体はどうでもいいらしいく何も言わない。


「うむ、流石はAランク冒険者ですな。頼りになる。それに私とてまだまだ現役だ。次回のチャンスはしっかりとモノに――」

「よろしい。そういう事であれば納得しましょう。ジェス、足を引っ張るなよ」

「う、うん」


 重ねてジョセフが説得しようとしたところでギルフォードは同意した。そのままネイたちに向かって口を開く。

 

「それでは準備ができ次第出発しましょう。一刻を争うかもしれませんが、準備不足で失敗など阿呆のする事。牡丹一華の方々も必要な物があれば言って欲しい」

「了解した」

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