レヴィア・クエスト! ~美少女パパと最強娘~

ハートフル外道メーカーちりひと

第一章. パパは美少女冒険者

001. 美しき桃色の君

 ――そこには、美があった。

 

 女性向けの洒落たレストラン。自然の風や日差しを取り入れた明るい店内から聞こえるのは、ご婦人たちの楽し気な声。


 どの女性も着飾っており、野暮な恰好をしている者は一人もいない。貴族向けというほどではないが、多少裕福な者たちが集まる店だからだ。


 そんな場所で、優雅に紅茶を楽しむ少女が一人。


 桃色の長い髪に、桃色の瞳。穢れを知らぬ新雪を思わせる白い肌に、真っ白なワンピース。年齢は十五を超えたくらいだろうか。


 綺麗と可愛いが絶妙に混じり合う容貌は美しくもあり、愛らしくもある。その女神と見間違わんばかりの美しさには男のみならず女すら見惚れてしまう事だろう。事実、彼女をちらちらと横目で見る者は多い。


(今日も美しい……)


 その中でもひときわ熱い視線を送る者が一人。少しだけ離れた席に座る、だらしなく顔を緩ませた軍服姿の男だ。


 彼の名はエバンス。ここ、ユークト王国に仕える王国騎士である。

 

 王国騎士とはいえ、出身は平民。平民らしく気取った場所は苦手な彼。普段であればこのような場所には絶対に近づかない。しかしながら今日は別であった。

 

(こ、告白するんだ。今日こそ……!)


 ひげをそり、髪型を整え、式典等でしか用いない一張羅を身に纏う。


 一番自信のある格好は鎧姿なのだが、同僚に「それはやめとけ」と言われた結果、軍服にしたのだ。実際この店で鎧姿は抜群に浮いてしまうだろうから、同僚のアドバイスは適切であったと言えよう。とにかく、あまり着飾ることをしない彼の精いっぱいのお洒落であった。


 でれっとした表情をきりりと変化させ、手櫛で髪型を整える。服装が崩れていないことも再度確認。スーハーと深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、考えてきたセリフを頭の中でシミュレーション。


 それを三度繰り返した後、彼は右手の花束を握りしめて立ち上がり、ずんずんと歩きだした。

 

 彼女の前で跪き、花束を差し出す。

 

「レ、レヴィアさん! 好きです! わわ私と付き合ってください! 結婚を前提に!」


 ――言った。言ってしまった。

 

 少しどもってしまったが、最早どうしようもない。賽は投げられたのだ。

 

 公衆の面前で行われた告白にキャーキャーと色めきだす周りの女性たち。若い娘はあからさまに、それなりの年齢の者はひそやかに。彼女らにとって恋愛というのは最大の関心事のうちの一つなのだ。

 

 反面、レヴィアと呼ばれた少女は大した感情を示さない。驚いた様子もなく、その表情は無表情に近い。


(ダ、ダメか……?)


 内心弱気になってしまうが、それでも彼はレヴィアを見つめ続ける。ばくばくと鼓動する心臓がキューッと締まっていく。


 数秒後。男にとっては永遠と感じられた時間の後、彼女はふわりとした微笑みを浮かべ、口を開いた。

 

「どうぞ、お座りになって」


 テーブルを挟んだ対面の席を勧められる。エバンスは少々面食らってしまった。シミュレーションでは「はい」か「いいえ」が返ってくる予定だったからだ。


「どうなさったの? 座ってくださいまし」


 再度勧められる。意図はよくわからないが、ここは従うべきだろう。そう考えた彼は立ち上がり、緊張しながらも対面の椅子へと座る。


 そんなガチガチの男に、にこりと笑顔を向けるレヴィア。

 

「お気持ち嬉しく思いますわ。是非お受けしたいと思います」


 キャー! と周りが騒ぎ出す中、思考停止状態になるエバンス。


 いま何と言った? 嬉しい。お受けしたい。つまり答えは是。それを理解した彼は喜びで沸き立ち、表情を明るく変化させる。

 

「で、では!」

「ですが少々お話したいことがありまして。結婚を前提に、という事ですから、わたくしとしても気軽に受けるのは不安なのです。公務に就く方である事は察せますが、それ以外の事は何も分かりません。ですので、貴方の事をお聞かせ下さいまし」


 ……確かにそうだ。彼女は自分の事を何も知らないのだから。自分は彼女の事を多少なりとも知っているが。

 

 ――冒険者レヴィア・グラン。

 

 ユークト王国に来てたった数か月の間に、その強さと美しさで瞬く間に有名になった女冒険者である。


 女三人で構成された冒険者パーティ"牡丹一華ボタンイチゲ"の一員であり、冒険者ランクは普通付与される中では最上位のA。そんな存在が噂にならない方がおかしい。

 

 対し、自分は単なる騎士。社会的地位はそこそこであるが、特に有名という訳ではない。よく告白を受け入れてくれたものだ。

 

 ……いや、まだ決まったわけではない。あくまで『前向きに』なのだから。ここからが勝負だ。エバンスは気合を入れつつ「何でも聞いて下さい!」と返答した。


「まず、ご出身は?」

「アルト領の、シートン町というところです!」

「ご職業は?」

「王国騎士団に務めております! 先日、準騎士から騎士へと昇格いたしました!」

「まあ、騎士さま! 平民出身で騎士になられるなんて……よほど努力なさった事でしょう」


 ぱあっと笑うレヴィア。その花開くような笑顔に、緊張で赤くなった顔がさらに赤くなる。次いで褒められている事を理解すると、彼の中で喜びが駆け巡った。


「ご趣味は?」

「は、恥ずかしながら特にこれといったものは無く……しいて言えば剣を振るくらいでしょうか」

「うふふ、実直であられるのね。好ましく思いますわ」


 好ましい……。エバンスは天にも昇る気持ちになった。


 そうだ。彼女は冒険者なのだ。遺跡探索やモンスター退治などを生業とする彼女からすればこういった努力は好ましく感じるのだろう。エバンスはテーブルの下でこっそりガッツポーズを決めた。

 

 その後もいろいろな質問が飛ぶ。


 多少、面接のようだなと感じるも、レヴィアは合いの手が非常にうまく、不快感は無い。ほぼ初対面の自分の事を理解しようとしてくれているのだから面接のようになっても仕方ないのだろう。

 

 そのうち、結婚後の生活という話題になった。


 エバンスは騎士で、レヴィアは冒険者だ。普通なら騎士の方が高給取りだが、A級冒険者であるレヴィアは違う。恐らく自分よりも収入は上。


 とはいえ妻となる者に危険を犯してほしくは無い。どんな希望が出てくるか不安になるエバンスだが、彼女の回答は意外なものであった。

 

「出来れば家庭に入りたいのです。夫を支え、妻として尽くす……そんな夫婦に憧れてますの。これでも家事は得意ですのよ?」

 

 荒っぽい女冒険者――いや、彼女は例外で高貴さすら感じられるが――とにかく女冒険者らしからぬ夢であった。

 

 これは朗報だった。冒険者……特にA級やB級といった上級冒険者の中には冒険のスリルが忘れられず、結婚後も仕事を続ける者が多いと聞く。それを嫌がった夫と言い合いになり、離婚に至るケースも多々あるとか。彼女がそうでなかったのは僥倖だ。

 

 エバンスはすかさず自分の甲斐性をアピール。レヴィアに劣るのは自覚していたが、それでも比較的高い収入を頂いている。一般人のように共稼ぎする必要はない。


 自分ならば貴女の夢をかなえられる。そう熱心に主張した。その熱意が伝わったのか、彼女は嬉しそうな反応をしながら『こうしたい、ああしたい』と理想の家庭像を語ってくる。


 レヴィアの語る、理想の結婚生活。聞けば聞くほど自分にとっても理想であった。


 エバンスは思い浮かべる。仕事を終えた自分を迎える献身的な妻……。素晴らしい光景だ。


 幸せな未来を想像し、悦に入りながらも「成程」「いいですね」と相槌を打つ。事実、エバンスもそうなる事を望んでいるのだから。心からの笑顔で彼女の言葉を聞き続ける。


「結婚後の財布は当然、わたくしが握るとして――」




(……ん?)


 ふと違和感を感じたエバンス。いやまあ、そういう家庭があるのは知っている。ただ、別に妻が握るものと決まっている訳ではないような……。

 

(いやいや。むしろしてもらうべきかもしれない。寮暮らしの自分と違ってレヴィアさんはしっかりしてるだろうし)


 冒険者はテキトーではやっていけない。冒険者ギルドという組織に属してはいるものの、立場としては自営業に近いからだ。


 普段の生活費に加え、武器の損耗、道具の消費、医療費、その他諸々の経費をキッチリ管理しなければならない。それが出来ない者は死ぬか、もしくは一生底辺暮らしだ。

 

 反面、王国に務める自分は大部分を国に任せている。それを見越した上の提案なのだろう。エバンスはそう考え、ほんの少しの違和感をスルーした。

 

「お小遣いは……そうですわね、五千リルク程度はあげましょう。あとは」

「五千!?」


 五千リルクでは飲み代一回分にしかならない。安いとこでもせいぜい二回だ。当然、二次会参加など不可能。流石に少ないのではないかと思う。

 

「? 当然ではなくて? 今後の為にできるだけ節約しなくては」

「い、いや、しかし、五千というのは……」

「……ふう。失礼ですが、子供一人が大人になるのにいくらかかるかお分かり? 生活費や教育費含めて成人するまでに三千万は必要でしてよ?」

「三千万!?」


 平民出身の自分が限界まで昇進しても厳しい額だ。相当な額を貯蓄しなければならない。


 しかし、自分を育てた両親がそんなに金持ってるとは思えないのだが。実家は単なる精肉店な上、五人兄弟だぞ? 流石に不可能だと――

 

「?」

 

 こてんと首をかしげるレヴィア。

 

(か、かわいい……)


 頭が真っ白になる。美しい容姿から放たれる子供っぽい仕草はかなりクる・・ものがあった。

 

(…………はっ! い、いかん。思わず見とれてしまった。こ、こんな可愛い人が自分の妻になるのか……)

 

 将来の妻をじーっと見つめる。先ほどまでの疑念は吹っ飛び、彼の中に再び幸せが沸き起こって来る。

 

「あの……?」

「あっ! え、ええと、失礼しました。そうですね。ならば仕方ありませんね。子供の為に節約しなければ」


 エバンスは同意した。まだ違和感はあったが、自分の覚悟が決まってないだけだと思い込んだ。


「納得して頂けて何より。ちなみにわたくしのお小遣いは不要でしてよ。必要なら家計から出しますので」


 やはり。既に彼女は覚悟しているのだ。そうでもしなければ子供を産めないと分かっているのだ。五千も小遣いを貰える自分はむしろ恵まれているのかもしれない。エバンスは申し訳ないと思うと同時に、なんと出来た女性だろうと感激した。ちょっと変だなとも思ったが、たぶん勘違いだ。

 

「ちなみに月のお給料はおいくら?」


「ボーナスは? 残業代は?」


「……それだけですの? ならせめて十時過ぎまでは残業して下さいまし。何なら休日出勤もよろしくてよ」


「ご両親の職業は? …………精肉店? 自営なのはアレですけど、まあ許容範囲でしょうか。最悪相続放棄すればいいですし」

 

 …………勘違いだ。勘違いの、はずだ。

 

 どうにも金目当てのように思えてくるが、彼女の収入は自分よりはるかに上。金目当てに結婚する必要などない。


 恐らく金銭感覚がしっかりしすぎているのだ。そのせいで、こう、いやらしく感じてしまうのだ。


 つまりは自分がおかしい。エバンスはそう思い込もうとした。

 

「よろしい、十分理解できましてよ。それじゃコレとコレにサインすればわたくしたちは晴れて夫婦ですわ! どうぞお書きになって!」

「えっ」

 

 話早くね? いやまあ、早い方がいいといえばいいのだが。これほどに美しい女性なら引く手あまただろう。ライバルにかっさらわれる前にモノにしたいところではある。

 

 そう考えたエバンスはペンを持ち、紙を見る。一枚は婚姻届けだ。何故か地獄への片道切符のように思えてくるが、絶対気のせいだ。

 

 ペン先がぷるぷると震える。どうにも勇気が出ないので気を紛らわすために二枚目へと目をやる事に。そしてそこには――


(……生命保険?)

 

 生命保険。毎月一定額を収めることで、病気や死亡時に大金を貰える商品だ。


 リスクが高い行商の失敗時に備える損害保険が発祥で、様々な発展をした結果、最近は個人のリスクに掛ける商品も出てきた。


 無論、詐欺的行為がなされないよう、加入には一定の要件がある。年齢、職業、家族、借金の有無、等々……。社会的信用度が高い職業で、問題のある親族もおらず、借金も無い自分であれば問題なく入れるだろう。


 ……分かる。言いたいことは分かる。


 戦争などが起これば騎士である自分は真っ先に駆り出される。当然、死ぬリスクも一般人より高い。妻や子の為に備えるべきなのだろう。恐らく既婚の同僚は全員入ってるに違いない。常識知らずの自分が知らないだけなのだ。そうに違いない。違いないのだが……。

 

 チラリと彼女を見る。先ほどと同じく、こてんと首をかしげるレヴィア。かわいい。かわいいよ。かわいいけど……。

 

(……なんで、ハンターの目をしてるの?)


 上品な微笑みとは裏腹に、その瞳はハンターそのものであった。獲物を前にした狩人が弓を引くときの目つき。そんな鋭さがあった。


 視線をそらし、再び書類へと目を向ける。複数の保険を兼ねているらしく、通院時にいくら、入院時にいくらとか細々こまごました数字が並んでいる。詳しくは無いが、ごく一般的な内容だと思う。

 

 しかし、その中で異様に高い数字が一つ。

 

 

 

 ――死亡時一億リルク――

 

 

 

(……殺される!!)


 ぶわっと冷や汗が噴き出る。ペン先はぷるぷるどころかガタガタと震えており、心臓は先ほどとは別の意味でばくばくと脈打つ。


「どうしましたの? 早くお書きになって」


 早く死んで? お金になって? 彼にはそう聴こえた。

 

 一億。いくらA級冒険者とはいえ、一億ともなればそうそう稼げるはずがない。つまりはそういう事なのだろう。彼女はモンスターだけでなく人間すら獲物にする生粋のハンターだったのだ。

 

 例えるならばセイレーンだろうか。船乗りを魅了し破滅へと導く美しき海の魔物。その魅力は魔物の存在を理解していたとしても逃れられないほどだという。事実、これ以上ここにいては騙されると分かっていても騙されそうな気が――

 

「も、申し訳ない! 今日は午後から出勤だったのを思い出しました! し、失礼します!」

「えっ」


 勢いよく立ち上がり、脱兎のごとく逃げだす。エバンスは走った。恐ろしさで足がもつれそうになりながらも懸命に走った。何気に食い逃げであったが、そんなことを気にしてる余裕は無い。

 

 一方、残された魔物は目が点になっていた。後ろ髪惹かれるように手を前に出しつつも茫然としている。

 

 周りにはひそひそとお喋りするご婦人方。聞き耳を立てていたらしく、「いや、あれは無いわ」「あからさますぎでしょ」「気持ちは分かるけどねぇ」等々好き勝手に感想を述べている。

 

 

 

 しばらくの後、魔物はぼそりと呟いた。

 

「な、何故……」


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