蔑まれの魔女奇譚

葛葉 玖辿(旧シナチク)

開幕

いきなりステーキの話

 


「お前、魔女か?」


 知らない男の人がわたしに尋ねる。

 ちがうよ、と首をふる。


「嘘をつくな!」


 ピシャリ! わたしの頬に痛みが走る。

 じんじん、じんじん。痛いよ、痛いよ、嘘じゃないよ。


「この嘘つきが!!」


 ピシャリ!! さっきより痛いよ。やめてよ。

 わたし、嘘ついた事なんてないよ。聖人様に誓って!


「汚らわしい口で聖人様を語るな!!」


 ッパァンッ!! 痛い!痛いよ!やめてよ!

 なんでこんな酷い事するの?


 涙ぽろぽろ、血がぽろぽろ。

 助けて、助けて、聖人様、助けて。


 酷いよ。わたし何もしてないよ。

 なのに、なんで罰を受けるの?

 どうしたら許して貰えるの?


「いい加減、魔女だと認めろ!さもなくばやめんぞ!」


 ……魔女?あの、みんなに不幸を撒き散らす魔女?

 わたし、そんな酷い存在じゃないよ。みんなと仲良しだよ。


 ……でも、わたしが魔女だと認めたら、痛いの終わる?

 本当?約束だよ?


「……わたし、魔女だよ……」

「良い子だ」


 男の人は殴るのをやめて、わたしを引っ張っていった。


「どこ行くの?」

「なぁに、ふさわしい場所へ行くだけさ」


 おじさんの顔、怖いな……。


 〚♧≣≣≣♧≣≣≣⊂§✙━┳┳·﹣≣≣≣♧≣≣≣♧〛


「ガァッデムッ!!!」


 思い出した!思い出した!思い出したぁあああ!!!

 だかしかし、思い出すのが遅かった!


 もう少し前に思い出せていたら貼り付けにされる前に逃げ出せていたのに!

 不運!


 うむむ……しょうがない。今からでも逃げ出す方法を考えねば……。

 まずは一つずつ思い出していこう。


 わたしの名前は草無くさなし 紅葉くれは

 中学三年生。誕生日は十月十日。血液型はB型。うん、なんの役にも立たないね。


 ええと……全然知恵が出てこない。

 駄目だ。取り敢えず縄がほどけないかもがいてみよう。ワンチャンあるやもしれぬ。


 ……そもそもわたし何故に捕まってるんだ……?

 ぅぅん……はっ!


「あいつのせいだ!」


 わたしの事を引っ立てていったあの男はずっとこっちを見てにやにやしている。キモい!

 首に十字架を掛け、農村この辺では見かけない、妙に小綺麗なその男は、多分……異端審問官だ。


 わたしの事を理由無く「魔女」と決めつけ拷問したのだ。

 わたしの知識の中では、そういう事をするのは異端審問官くらいなもん。


 間違い無い!わたしの罪は濡れ衣だぁああああ!!!


「降ろして!!!わたし!!!無罪!!!」

「黙れ魔女が!!!」


 うわー聞く耳持ってくれないよー!!!

 泣いていいかな?


 ……あれ、わたしは何故異端審問官がそういう事をするという知識を持っているの?

 どうしてわたしはこの辺の事を知っているの?


 気がついたら縛られていたのに。

 一歩も歩いていないのに。


 眼下を見下ろす。わたしを睨む人、嘲る人、蔑む人、それから……小さな足が見えた。

 わたしから生えている、小さな足。


 ……。

 ……!?


「いやぁあああ!!???」


 わたしっ、わたしわたしわたし紅葉くれはじゃない!!?

 誰だこれぇ!!??


 転生っ!?転生なのかっ!!??ラノベでよくあるあれかぁあああ!!??

 いや待てそもそもわたし死んだかどうか分からないじゃないだって記憶無いし。


 わたしのー……思い出せる限り最後の記憶はー……おじいちゃんに「開けちゃいけない」と言われていた扉を開けた記憶だね。

 まさかそれのせい……?いやまさかまさか。


 扉を開けただけで死ぬ訳あるまい。

 じゃああれかな?爆弾でもセットされていたのかな?


 それこそもっとありえない。なんで家の中がそんな危険地帯なの?怖いよ我が家。

 それならまだいきなり戦争が始まって家が全壊しましたの方が信じられる。……いややっぱ信じられないわごめん。


 もしかしたら転生じゃなくて憑依かもしれないし……憑依でも十分アウトだけれど……まだ死んだって決まった訳じゃ無い!

 取り敢えず今この現状の方が死にそう!どうしよう!


 はっ!そうだ、まだこんなちびっ子なら親が居るはず!孤児じゃなければ!

 親!名前知らんけど、親!ヘルプミーッ!大事な娘が死にそうよーっ!!!

 ……娘だよね?ワンピース(?)着てるし。


 名前知らん、というか思い出せないけれど顔は分かる!

 この身体の記憶に関しては転生(?)の衝撃で大分吹っ飛んでしまったようであまり思い出せない。

 自分の名前も分からないってもうアウトオブアウトだよね!


「助けてぇええ!!!お父さん!お母さぁあああん!!!」

「「……」」

「無視ぃ!!??」


 酷いよ!わたしにだって感情はあるんだよ!?泣くよ?泣いちゃうよ!?

 それでもお前ら親か!!??子を想う気持ちは無いの!?ドブに捨てた系親心!?


「うわぁあああん酷いよぉおおおこの人でなしぃいいい親でなしぃいいい!!!」

「煩い、お前に発言は許可されていないぞ!」

「黙れこんこんちき!」

「なっ!」


 てめーにゃ聞いちゃいないんだよぉおお!!この異端審問官悪魔

 おめーの方がよっぽど魔女じゃい!


「えい!」

「のぁっ!!??」

「あー外しちゃったー」

「あはは下手くそだなー」


 あははって!あははって、笑ってる場合じゃないだるぉおお!!??(巻舌)

 今!わたしの横っ面ギリギリを火の球が掠めたんだよ!?わたしの髪の毛チリッチリよ!?下手したら死んでたんだよ!?


 というか異端審問官!あいつ魔法使ってますよ!

 今この場でどんだけ祈っても魔法が使えないわたしよりも魔女ですよ!?

 わたしよりも先にそいつを捕らえるべきじゃないかな!!??


「こらこら、やめなさい。まだ魔女を殺す時間じゃないよ」

「はーい」


 なぁに優しく諭してんだぁああああ!わたしとの対応違いすぎんでしょぉおお!!

 泣いていいかな?泣いていいよね!


「ではこれより、魔女裁判を始める!」


 いやもう判決下されてるよね?死刑確定しているよね?

 だってわたし貼り付けにされてるし。


「汝、聖人の祈りを唱えよ!魔女でなければ間違えず言える筈だ!」


 ……し……


「知らないよ……」


 だってこの身体の記憶がどっかにおさらばしちゃってるんだもん……。

 え、どうしよう……。


 わたしが唱えられるのなんて円周率とニャル様を讃える呪文とあとキリスト教の主の祈りくらいなもんだよ……。

 この世界、宗教違うでしょ……だっていかにも中世か近世初期っぽいし、魔法あるし……。異世界だよ、きっと。


 なら、う、うーん……よし。


「3.14159265358979323846264338327950288……」

「ぎゃー!!」

「魔女が呪文を唱え始めたぞー!逃げろー!!!」


 どっちにしろ唱えられなくて死ぬ、ならばわたしを殺すてめーらに恐怖を植えつけてから死んでやらぁ!!

 わたしだって役に立つとは思わなかったこの無駄暗記の味をとくと味わえ!!!


「ひっ……怯むな!」


 異端審問官が松明をわたしに突き出す。

 熱い!怖い!わたしはそれらに勝てず、口を噤む。


 丁度その時、村の小さな教会の鐘が鳴った。


 ゴーン……ゴーン……ゴーン……


 時は三時を刻む。

 異端審問官が木の枝を折る。


 炎は下から燃え上がり、ぐわりとわたしを飲み込んだ。

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