第95話◇敵の参謀

 



 その後も俺は戦場を転々とした。


 ヴィヴィ以外の『七人組』やメイジも大活躍のようだ。

 ミカとエレノアは『空間属性』の使い手として、人材を別の戦場に飛ばす役目を任されているとのこと。

 メイジはその火力もあって、俺のように雑兵を一掃しては次の場所へと飛んでいるとのこと。


 人類領と魔族領の境界全てが戦場と化しているので、飛んでも飛んでもキリがない。

 それでも防衛戦を突破されている箇所がないのは、みんなの頑張りと、【軍神】の采配あってこそだろう。


「素晴らしい」


 拍手の音が聞こえた。 

 ある戦場に転移し、視界上の敵を焼き尽くしたあとのことだ。


 空を飛んでいた俺と、同じ視点。

 魔人の男だった。


 ボサボサの黒い髪に黒い二本角、目つきは鋭く、仮面めいた笑みを浮かべている。

 ボロボロの外套を纏っているが、その見た目は限りなく人間に近い。


 まるで、瘴気を弾く結界内で暮らすエレノアたちのような。

 だが、違うのだろう。


 この男が、女神召喚を目論む勢力の参謀役であると、俺の勘が告げている。


「長い長い時を掛け、綿密に準備した計画でしたが、ここまで上手くいくとは」


 俺は『伝心』魔法で【軍神】に報告を入れつつ、男の話に応じる。


「上手くいってるのか? だいぶ死んでるぞ」


「えぇ、本当に素晴らしい力ですね。六英雄も、七乙女も、おまけの人材まで。くふっ」


 口許に手をあて、男はおかしそうに笑う。


 ……こいつ、七乙女のことまで知ってる。


「楽しいか? 仲間が死んでるのに」


「いえ、失礼。貴方が、あまりに私の予想通りに動いてくれたので、嬉しくて。いや、予想以上ですよ」


「……なんだと?」


 グラディウスから指示が出たのか、みんなが続々とこの場所に転移してくる。

 男がみんなを見下ろす。


「この代の六英雄は素晴らしい! ここまでの戦力が一時代に揃うことは今後ないかもしれないほどに! 加えて、『王』クラスに匹敵する戦力を複数従えているとは、さすがは勇者様ですね」


「あのー、七乙女ちゃんと一緒に『王』クラス相当と一纏めにされるのは釈然としないのですが。わたくし、六英雄様の少し下くらいには強いです。『王』より上です」


 メイジが空気を読まずに訂正を求める。

 男はフッと鼻で笑うだけだった。


「魔力は中々ですが、だいぶ性根が腐っている殿方のようでー」


 メイジは微笑んでいるが、機嫌は悪そうだ。


「お前の話を聞いてると、人類側に強い戦力が集まって、今日ここでお前の仲間をボコボコにすること自体が目的みたいに聞こえるぞ」


「賢い! 【軍神】殿の教育のおかげでしょうか? 並の人間ならば、たとえ明快であってもその結論には至れないでしょうな」


 そりゃあまりに馬鹿げているからだろう。


「しかし惜しい! 重要なのは、何故そのようなことをする必要があるか、です!」


『レイン――』


 【軍神】グラディウスから『伝心』を通じてメッセージが入る。

 おそらく誰かがここまでの話を彼にも伝えていたのだろう。


 続く言葉は、【賢者】アルケミの発言と重なる。


「――儀式だ」


 男がわざとらしく驚いてみせる。


「さすが! 魔法といえば【賢者】ですね!」


「儀式……」


 その瞬間、俺の脳裏をよぎったのは、いつだったか見た『氷獄王』召喚の儀式。

 用意した魔力と自らの命を捧げ、魔族の集団が『王』クラスを召喚していた。


「まさか、人類領と魔族領の境界全てを、儀式の場として利用するつもりで――!?」


 男が再び拍手する。


「神を召喚するための魔力をどう確保するか! 私は考えに考えました! そして気づいたのです! あぁ無理だ、と! 魔族の命だけではね?」


「――――」


 だが、今日俺達は世界各地で魔法をぶっ放してきた。

 殺した敵が生み出せる魔力の総量よりも、よっぽど大量の魔力を大地に撒き散らした。


 魔法が終わっても、魔力は急に消えて無になりはしない。世界に溶けるように霧散する。

 ゆっくり、ゆっくりと。


 その魔力はもう、術者のものではないから。

 他人が勝手に儀式に利用することも、理屈の上では可能、なのか。


「レイン! 今からでもこいつをとっ捕まえれば!」


「あははは! 素晴らしき聖剣に宿る、未熟な精神よ!」


 ミカの言葉を男が笑う。


「はぁ!?」


「目的を達してもいないのに、ノコノコ現れて長話をしていたら私は馬鹿でしょう! どうして、既に必要なことは全て終えていて、神が登場するまでの暇つぶしをしているだけだと考えられないんです? そんなだから歴代の勇者に『黙れ』と命令されるんですよ」


「――――こいつ……ッ!」


 人間状態のミカが怒りで顔をカァッと赤くする。


 聖剣は使い手に合わせて形を変える。使い手の意思を汲む機能が組み込まれている。

 俺より前の十五人の【勇者】は、ミカの心を疎ましく思い、黙らせていたのだという。

 だからミカは、好きに話ができる俺のことを、弟のように気に入ってくれたのかもしれない。


 男の身体が、上下で真っ二つになる。

 俺が風刃で切り裂いたのだ。


「お前が『黙れ』」


 だが、やつの気配が消えない。

 真っ二つになった男の身体が消える。


 どうやら偽物だったようだ。分身を作り出しそれを操る魔法も存在する。


「坊主、死んでないぞ」


 【剣聖】スワロウが言う。


「わかってるよ」


 俺は地面に下りる。仲間のみんなと視線が合った。


「アルケミ、メイジ」


 二人を見る。


「……無理だ。既に儀式は止められない段階に来ている」


「そもそも、最初から知ってたとしても止められなかったと思いますよ。これ、何百年も前から世界中に色々仕込んでないと成立しない規模です。一個一個の仕込みは魔法使いでも見逃すほど自然で、しょぼいけれど、それが数万数十万一斉に起動することで初めて一つの儀式として機能する、みたいな」


 パズルのピースを世界中にばらまき、ある特定のタイミングで一気に組み立てる、みたいなイメージだろうか。

 欠片一つが広大な世界のどこかに落ちていても、誰も気づかない。


 だがそれが一瞬で完成したら、誰かを魅了するような絵が浮かぶかもしれない。

 その絵というのが、今回の儀式の場合『神の召喚』であるというのが、最悪なのだが。


「……多分、魔道具だ。とても、とても執念深い人が作った魔道具だよ。範囲内の自然魔力と、命を捧げた者の魔力を吸い上げ、たった一つの『裂け目』を作るための」


 モナナが大地に触れ、畏れを滲ませるように言う。



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