第88話◇ヒモとチョコレートと惚れ薬
招待客全員が入っても充分な広さを誇る食堂で、みんながわいわいと食事をしている。
俺の周囲だけ特に人口密度が高いが、気の所為だろうか。
やがて、食事に一段落ついたあと。
欠伸を漏らし始めた子供達は寝室に。
フリップとミュリ、そしてジュラルは帰宅。
ライオが気を利かせて、フリップとミュリ王族兄妹の護衛を代わってくれることに。
それによってレジーとアズラは会場に残れるようになった。
女性陣を警戒しているマリーだったが、かつて人間化したミカによって『空間転移』を掛けられた経験からか、距離を保って鋭い視線を飛ばすのみ。
「レインさま、本日のおこづかいです」
と、エレノアがパンパンに膨らんだ袋を差し出す。
エレノアは俺をヒモとして養うべく、こうして『おこづかい』をくれるのだが……。
「あれ? いい匂いがする」
よく見れば、袋から覗いているのは金貨ではなく、金貨のような形をした焼き菓子だった。
「ふふふ、近年では『愛の日』に親しい者同士がお菓子を贈り合うんです」
俺はエレノアから焼き菓子を受け取り、一枚口に放る。
「うん。美味しい。おこづかいを食べるのって、なんか変な感じだな」
本物の金貨を食べているわけではないが、いつものエレノアとのやりとりを思い出し、自然と表情が緩む。
「どうせなら、レイン様と私に関わりのあるものにしようかと思いまして」
「ありがとう、嬉しいよ。でもごめん、俺、知らなくて……お菓子を用意してないんだ」
「パーティーにお誘いいただいただけで充分ですよ」
その後、各々がお菓子を交換し合ったりした。
俺はもらうばかりだったが、なんだか胸が温かくなった。
フローレンスの『レイン等身大チョコレート』の完成度に驚いたり、レジーがリボンを自分に巻いて『プレゼントはわたし』を実行しようとして姉のフェリスに止められたり、メイジの用意した特製ドリンクは「怪しすぎる」という理由で満場一致の没収処分となったり。
通常のお菓子の枠に囚われない贈り物も沢山あったが、それも含めて楽しかった。
「れ、レインくん。ボクのお菓子も受け取ってもらえるかい?」
モナナである。
彼女が用意したのは、一口サイズのチョコレートのようだった。
個包装のものが、容れ物に幾つか詰まっている。包装紙の色も一つ一つ違い、目にも楽しい贈り物だ。容器を開けた瞬間、ほのかにチョコの匂いが香る。
「もちろん。早速食べていいか?」
「う、うん。それで、その……一つ、お願いしてもいいかな?」
「なんだ?」
モナナが緊張した面持ちで言う。
「食べる時、ボクのことを見ていてほしいんだ」
自分のお菓子を食べる俺の反応を間近で見たい、ということだろうか。
「構わないけど……」
俺は包装紙を開き、そのままチョコを口に入れようとして――。
「レイン、その手を止めろ」
【賢者】アルケミの声に、俺の手がピタッと止まる。
まるで魔法の鍛錬、あるいは戦闘中のような気の入った声に、反射的に従ってしまった。
「どうしたんだアルケミ、そんな声を出して」
俺同様に『愛の日』の慣習を知らなかった三英雄。
シュツはそういうものかと感心し、マリーは「くっ、愛の日に贈るべきは愛だけで充分なはずです!」と俺を思い切り抱きしめ、アルケミは無関心だった。
だが、ここに来て口を挟むとは、何かあったのだろうか。
「その菓子からは、妙な気配を感じる。以前、魔力溜まりを利用して創られた霊薬を見たことがあるが、それと似たような……」
ギクゥッ! といった擬音でも発しそうなほど、モナナの肩が跳ね上がる。
「な、なな、なんのことかわからないなっ? ボク、魔力溜まりに遭遇したことなんてほとんどないしっ」
「……貴嬢、魔道技師だったな。それも、己の望む道具を短期間で創出するほどの、不世出の天才だと聞き及んでいる」
「いやぁ、それほどでも……」
モナナが恐縮していると「そうよ! モナナは大天才なのよ!」と人間ミカが言う。
褒められたはずのモナナは、どういうわけか滝のような汗を掻いていた。
「モナナ、まだ具合が悪いのか? マリーに診てもらうか?」
「いやいやっ、大丈夫。それよりレインくん、早くチョコを……」
「その菓子自体が魔道具……いや、魔道具によって精製した材料を混ぜた菓子、といったところか?」
アルケミの考察が続く。
「な、なんのことかわからないってば……」
モナナの目がぐわんぐわんと泳ぐ。
「あのー、わたくしお手製の『一滴舐めれば夜も安心! 子作りの味方ジュース』は即座に没収されましたのに、何故モナナちゃんには弁明の機会が与えられるのでしょうか?」
メイジまで話に入ってくる。
「ぼ、ボクのはそんなんじゃないからっ……! ただ、食べて最初に見た相手にドキドキする効果があるだけで……それも十分で切れるようにしたし! 副作用もないし!」
言い切ってから、モナナが「しまった……」という顔をした。
「モナナ……」
実は、俺も違和感は抱いていた。
しかしモナナが俺に悪意を持って何かを盛るなど有り得ない。
滋養強壮の薬でも創ろうとしてくれたのだろう、と考えていたのだが。
「ご、ごめんレインくん……ボクってば最近いいとこなしだから、今日くらいは君によく見られたくて……でも、急に評価を上げられる方法も思い浮かばなくて……こんな邪道な手段に……うぅ、ごめんよ……!」
モナナが涙目になる。
彼女は本当に優れた魔道技師なのだが、俺に関連したアイテムを作ると、何故かミスしてしまうことがある。
つい先日も巨大な雪巨人が暴走してしまったし。
「いいのよモナナ。他の『七人組』に貴女の技術があったら『十分間ドキドキする』なんて可愛いものじゃ済まなかったでしょうし。むしろ貴女の純真さが感じられたわ」
ミカがモナナの肩に手を置いて慰める。
「せ、聖剣さま……!」
「でもこれはあたしが預かるわね」
ひょいっとミカが容器を取り上げる。
「さ、レイン。モナナの気持ちだけ受け取って、それはこっちに寄越しなさい」
モナナ印のチョコレートを、俺は一つ手にとったままだった。
そこからのみんなの動きは凄まじかった。
まずはマリーが俺を抱き抱え、会場を去ろうとする。
「食べてもいいんですよレインちゃん。だってレインちゃんは最初からおねえちゃんに夢中なんだから、そんなお菓子を食べても態度は変わりませんよね? むしろそれを確かめるために食べてみては?」
マリーの目がギラついていた。
「んなっ……! 警備の者! そこの暴走聖女をなんとしても止めなさい!」
フローレンスが叫び、黒服がそこかしこから飛びかかってくるが――。
「ふっ、姉弟愛を止められる者などこの世になし!」
マリーが旋風になったかのように回転しながら放った蹴りで、全員が冗談みたいに吹き飛ぶ。
「なんなんですのアレ!? 本当に人間でして!?」
「まるで演劇を見ているようですね、お嬢様」
「呑気に感想を述べている場合!?」
そのまま風のように会場を去るかに思えたマリーだが、ふと立ち止まる。
行く手を遮るように出現したのは、エレノア、ミカ、アルケミ、メイジの四人。
全員が『空間転移』でマリーの進路上に登場した。
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