第82話◇魔弾と男装の秘密
中性的な容姿の英雄、【魔弾】シュツは――実は女性だったと判明。
しかも、それを彼女の全裸を見たことで知った俺。
シュツは自分の身体の大事な部分を覆うように手を動かし、顔を真っ赤にした。
やがて、シュツが消え入りそうな声で言う。
「目、瞑っていてもらえるかい?」
「分かった」
俺はすぐに言う通りにする。
数分後。
「も、もういいよ」
目を開けると、身軽そうな服装の上に外套を羽織った、シュツの姿があった。
剣鉈の他、弓や矢筒といった射手らしい装備もある。
だが、アルケミの時も思ったが、やはり胸周りが気になる。
アルケミは服を新調したとのことだが、シュツは元の服をそのまま着ているのだろう、少し生地が引っ張られて、へそが見えてしまっている。
「い、いつもは布を巻いて小さく見せてたんだけどね、急いでたから……」
「そ、そうか。別にいいのに」
「いや……すぐ戻ってしまうんだろう?」
シュツが寂しげに言う。
「……だな。長くはいられないと思う」
ここは、シュツとアルケミの集合場所に指定された街、そのすぐ外に広がる森の中らしい。
俺達は川の近くまで歩き、手頃な岩があったので腰を下ろす。
そして、魔王軍のヒモになった経緯や、ヒモになってからの日々について話した。
「マリーから聞いてはいたけど……本当にあの時の子供達と一緒に暮らしているんだね」
今でこそあの国に欠かせぬ重要人物である『七人組』だが、五年前は囚われの童女たちだった。
シュツからすると、彼女たちが魔族の国で出世して、俺を養っているというのは上手く想像できないのかもしれない。
「……君が消えた時。本当は分かっていた。君の能力で攫われるなんてヘマをするわけがないから、自分の意思で去ったんだとね。ぼくらがやったことは、恨まれても仕方のないことだったし、逃げ出したくなって当然だ」
『…………』
ミカが何か言おうとしたが、それは結局言葉にならなかった。
黙認した自分も同罪だ、と思ったのかもしれない。
「別に。嫌だったのは確かだけど、理解はできるよ」
「そうだね、ぼくも、理解はできる。人類の状況を思えば、一人の男の子の人生を歪めることで世界が存続するなら、それは受け入れるべきなんだろう。実際、ぼくら五人はそうしたわけだし。けれど、受け入れたからって許されるわけじゃあない。きみがいなくなってから、ぼくはそのことに気づいたんだ」
「……それで、俺を探したのか?」
彼女は力なく首を横に振る。
「……違うと思う。謝罪をするつもりはないんだ。許す許さないの選択を君に強いることになるし、そんなの傲慢だと思うから。ただ……」
「ただ?」
シュツは俺を見て、泣きそうな顔で笑った。
「いや、やっぱよくわかんないや。無事を確かめられれば、それでよかったのかな」
「無事だよ。たまに戦ったりはするけど、毎日楽しくやってる」
俺の言葉に、シュツは「そっか」と呟き、俯く。
「そういえばさ、シュツ」
「……なんだい?」
「その……いや、やっぱなんでもない」
「そう言われると気になるじゃないか」
『……レインが聞きたいのは、なんでおっぱい隠してたのかってことじゃないの』
先程のことを思い出したのか、シュツがカァッと顔を赤くする。
「あ、あぁ……! あはは、それね。そっか、気になるよね。ほんと大したことじゃあないんだけどね。ぼくは英雄紋が出る前は一人旅をしていて、その時に色々と面倒くさい目に遭ったんだよね。特に耳と胸が目を引くみたいで、しょっちゅう絡まれてさ」
「なるほど、だから耳はフードで、胸はその……布で締め付けたわけか」
「そうそう。幸いぼくの声や話し方は男とも女ともとれる感じだったから、男のふりをしたりして。そうしたら厄介事がグッと減ったから、以来そのままにしてたんだ」
人間領では耳の長い者は珍しい。
それがシュツのように美しい顔で、更には胸部が膨らみに富んでいるとなれば、人目を引くだろう。男がわらわらと寄ってくる姿が容易に目に浮かぶ。
「その点、マリーはすごいよね。いやらしい視線で見た人には注意するし、セクハラしようとした命知らずにはちゃんとお仕置きしてさ」
アルケミもシュツもそれぞれの理由で胸の大きさを隠したが、マリーは堂々としていた。
その上で厄介事に毎度対応していたので、シュツはそれを尊敬しているようだ。
「対処法は人それぞれだろ。問題が起きた時に解決できるのもすごいし、問題を回避しようと対策するのもすごいよ。問題を起こすやつをなくせれば、一番いいだろうけど」
それは難しいだろうし。
「……レイン、変わったかもね」
シュツが意外そうに俺を見ている。
「そうか?」
「少なくとも、以前のきみなら今みたいな言葉は出てこなかったと思う。ぼくらに対して、言わなかっただけかもしれないけど」
ふむ。
確かに、任務をこなすことに集中し、『普通』への憧れを抱えて眠る日々では、仲間たちの心の機微には気づけなかったし、それを気遣うようなことも言えなかっただろう。
「最近、勉強中なんだ」
「……女心を?」
シュツが複雑そうな顔をした。
「いや、『普通』の人間らしいことを学ぼうとしてて……女心?」
「あぁ、なるほどね……! あはは、なるほどなるほど! ――今のは忘れてくれる?」
シュツの耳が、尖った先端まで赤く染まっている。
『なんてこと……「七人組」だけで手に余るっていうのに、六英雄の三人も!?』
ミカがよくわからないことを言っている。
「聖剣様? 何か勘違いしてるんじゃないかな?」
シュツが反論するように言う。
とにかくこうして、俺は【賢者】アルケミに続き、【魔弾】シュツとの再会も果たしたのだった。
【剣聖】と【軍神】は元気だろうか。
まぁ、今後の作戦次第では顔を合わせることもあるだろう。
俺はしばらく、シュツと他愛ない会話をしてから、魔王城に戻った。
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