むかし恐竜は美しい声で哭いた
Mondyon Nohant 紋屋ノアン
序章
いつしか
先生の指示通り、僕は部屋の東側壁にその絵を飾った。
絵は十号のアクリル画だ。画面右下に先生のサインがある。
細い丸太を組み
男は黒っぽいレザージャケットを着て頭に
このカップルが眺めているのは、高さ十メートルたらずの小さな
オレンジ色の光線が画面
一羽の鳥が、こちらをめがけて飛んでいる。空も雲もオレンジ一色だが、その鳥のまわりだけが発光しすぎた
タイトルは多分、「
ある銀行の預金者向け
・この絵を
・八月、スケジュールを空けておいて下さい。
・見物人に気をつけること。
三行目のメッセージは、意味不明だ。
絵が届いたのは、先生とメイさんが行方不明になった当日だった。
不思議な離陸であったと、目撃者たちは語っていた。
ほんの数メートル滑走しただけで、先生の操縦する双発機は地面を離れたらしい。そのうえ、急上昇し空の彼方に去ってゆく飛行機の爆音を誰も聴いた覚えがない。ある者は、風にのるようにふんわりと舞い上がったと言い、ある者は、大きな鳥が飛び立つ印象だったと証言している。
現場に
フライトプランに書かれた目的地は青森県西南端にある小さな飛行場だった。
着陸の様子も離陸時のそれと同様なものだったらしい。飛行場に
先生とメイさんは、その飛行場で飛行機に給油をし自分たちに給水と給食をした。
先生が
「恐竜画家、美人中国人秘書と行方不明!」
といったヘッディングで週刊誌やテレビのワイドショーが話題の大量販売を
先生の
その日、方々で春一番が吹いた。
先生の本職は学者である。鑑定工学と復元工学を専攻する工学博士だ。古代の遺物、古美術品絵画等々の
先生の
「よって、この点を微分すると、えーと、だから、えーと」
工学博士のくせに、先生の計算能力は極めて低い。先生が学位を取得したのは関数電卓が一般化した後である。
「早い話が、かなり急な角度だということだ」
計算が面倒臭くなった先生は、答の出ていない数式を黒板消しで消しながらお茶をにごす。
「そうか、かなり急な角度か」
学生たちは、とりあえず納得する。
受講生たちのノートには、「あっという間」とか「結構な重さ」とか「ベラボウに長い」といった言葉が並ぶ。先生の教え子には、ファジー理論の
先生の名を口にすると、一般人は首を傾げるだけだが、
「ああ、あの有名な画家」
恐竜オタクなら、そう応えてくれる。
趣味で絵を描く。
「こいつら、学者の俺より稼ぎやがる」
と、
「あたりまえです」
パソコンのキーを
「大学をリストラされた教授にくらべたら、猿だって稼ぎますよ」
と、
「ああ、あの超美人」
一度メイさんを見たことのある人は、皆口を
秘書だろうという
彼女が先生の愛人ではないかという
「メイさん、そろそろ先生と一緒になったら?」
その言葉はメイさんへの挨拶代わりだ。
「無理ですよ。先生モてるもの」
と、メイさんは笑顔で応ずる。
先生と心的距離の近い女性はメイさんを含めて二人いる。もう一人も若く美しい女性だ。でも、もう一人の美人は先生への
「あの笑顔を毎日見せられたら、俺なら三日と
ほとんどの男達は、手の甲でヨダレを拭きながら言う。
「彼女が相手なら、私、サフィストになってもいいわ」
ほとんどの女達が、目を
先生はメイさんの美しい笑顔を毎日見せられているのに三年も保っている。手も握っていない。先生は
先生とメイさんが行方不明になってから五ヶ月が過ぎようとしている。
先生は十中八九、
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