女神も三人揃えば姦しい
『なあ、アシュタルテ。アンタのところの――ヨシトやったか。ここ最近のレベルの上がりが異常に早いんやけど、気のせいか?』
真紅のドレスに身を包み、腰まで伸ばした紅色の長髪をきらめかせながら、燃えるような紅い瞳の麗人が疑問を投げかける。
『あら、私も気になっていたのよ。ねえ、アシュタルテ。まさかとは思うけど直接手を貸してあげたりしてないわよね?』
金の瞳を細め、気だるげに長い白金の髪を揺らすその女神は、見る者を魅惑するような色香を漂わせていた。
胸元が大きく開いた純白に金の
『なっ!? そんなことをするはずがないでしょう! 冗談でもそんなことを言うのはよしてください、フローヴァ』
空中に浮かぶ見目麗しい女神の立体映像を前に、アシュタルテは顔を真っ赤にして否定する。
エリカがアシュタルテのもとを去ってからほどなくして、イシュベルとフローヴァからほぼ同時に連絡を入れてきたのだ。
まるで示し合わせたかのように。
ベルガストの管理を任されているアシュタルテ、イシュベル、フローヴァの3人は、自らの持つ力の大半を邪神の封印に使っている。
その間、それぞれの女神は自分たちの住む土地から離れることができない。
少しでも離れてしまえば封印の効力が弱まってしまい、邪神が目覚めるかもしれないのだ。
万が一にでも邪神が眠りから目覚めたら、邪神の中に溜まった淀みが世界に溢れ、ベルガスト全てを覆いつくし、生きとし生ける全ての生き物が住めない世界へとなってしまうだろう。
誰も住めなくなった世界など、管理する意味がない。
すなわち、3人にとっての失敗を意味する。
世界を守るため、ひいてはこれからもベルガストを管理するために、身動きの取れない自分たちの代わりとなる者を地球から召喚し、勇者として魔王を倒してもらい、浄化の精霊ヒソップの力で世界を救うことを決めたのだ。
召喚した勇者の誰かが魔王を倒してくれればそれでいい。
実際にそう思っているのはアシュタルテだけで、イシュベルとフローヴァは自分が召喚した者が倒してくれればいいなと思っていた。
だからこそ、恩恵は封印に支障のない『獲得経験値3倍』と『属性耐性』にしようと決めたにもかかわらず、イシュベルは『狂化』を、フローヴァは『魅了』をそれぞれの勇者に与えたのだ。
それが蓋を開けてみればどうだ。
一番最後に召喚したアシュタルテが選んだ少年のレベルが、自分の選んだ子よりも高くなっている。
それも短期間のうちに追い抜いたのだ。
アシュタルテも同じように追加の恩恵を与えたのではないか、もしくは直接介入したのではないかと疑うのは無理もないことだった。
『うふふ。分かっているわ。貴女がそんなことをするはずないものね。でもそうなると不思議なのよね、やっぱり』
『な、何がでしょう……』
『そんなん決まっとるやんけ。いくら経験値3倍の恩恵があるっちゅうてもや。うちらの子かて条件は同じこと。それを一足飛びで追い抜くとかありえんやろ。うちらの言いたいことは分かるよな、アシュタルテ』
『そ、それは……』
イシュベルとフローヴァの言いたいことなど元より分かっている。
アシュタルテは悩んだものの、正直に話すことにした。
思い返してみれば、エリカからは別に口止めをされているわけでもないのだ。
『実は……』
エリカが執事とメイドを連れて、転移魔法で自分の前に現れたこと。
彼女の底の見えない力に圧され、魔王城まで送り届けたこと。
エリカがレベリングと称して、善人のレベル上げを手伝っていたことを包み隠さず話した。
『なんや、自力でやってきたっちゅうんか? いったいナニモンや』
そうイシュベルに問われても、アシュタルテには答えようがなかった。
彼女がエリカと話した回数はわずか2回のみ。
知っていることなど無いに等しい。
エリカが99回も転生していることをアシュタルテは知らないし、ベルガストに存在しない白ポーションを作ったことも知らない。
善人のレベル上げに関与していることは知っていても、その方法――魔石に手を加えて召喚していることまでは知らないのだ。
他に知っていることがあるとすれば、善人の幼馴染であるということだけだった。
『幼馴染を追いかけてやってくるだなんて可愛いわね』
『可愛いの一言では片づけられないと思うんですが……』
薄い微笑を湛えているフローヴァに、アシュタルテは呆れ交じりの苦笑を漏らす。
イシュベルはその会話を聞いて、丁度いいとアシュタルテに質問する。
『なぁ、アシュタルテ』
『なんでしょう?』
『うちはそのエリカを直に見とらんから、正直よう分からん。お前の目から見てどうやったか聞かせてくれや』
『そうね、私も知りたいわ』
再び、イシュベルとフローヴァの視線がアシュタルテに注がれる。
『……分かりません』
『はぁ? 相手はただの人間で、お前は神や。分からんわけないやろ』
『そう言われても分からないものは分からないんです。ただ一つだけはっきりと言えるのは……とんでもなく強いことは確かです』
『それは……私たちよりも、ということかしら?』
『ええ』
『おいおい、本気で言うとるんか?』
フローヴァの問いに頷くアシュタルテに、イシュベルは本気で戸惑った顔をするしかない。
フローヴァはくすりと笑い、指で自分の髪を軽く撫でつける。
『いいじゃない。どうせ私たちは自由に動けないんだもの。それに、魔王討伐が少しでも早まるのなら私は構わないわ。何より危険は感じなかったのでしょう?』
『そうですね。今のところは、ですが』
『なら、決まりね』
欲を言えば自分やイシュベルが召喚した勇者のレベル上げも手伝って欲しいところだが、話を聞く限りは難しいだろうとフローヴァは思っていた。
主神からベルガストの管理と邪神の浄化を任されて以降、何度も勇者を召喚しているが、魔王を倒すまでには至っていない。
エリカという少女が普通の人間ではないことは確かだが、面倒ごとからようやく解放されるかもしれないのだ。
利用できるものは利用すればいい。
『じゃあ、私は失礼させてもらうわ』
『え、もうええんか?』
『ええ。確認したいことは聞けたし。それにあまり邪神から目を離すわけにはいかないでしょ?』
『ちッ! せやったな……』
舌打ちしたイシュベルは、『ほなまたな』と言って姿を消す。
『アシュタルテ。また何かあったら教えてちょうだい』
それじゃあ、と言い残して、フローヴァの姿も消えた。
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