このカードに納めきれない異世界の光景
村瀬カヲル
第一章 きっとこの旅立ちは驚きを手土産に
第1話 転生の仕分け
「目覚めなさい、下郎」
サディスティックな女性の声で、俺の意識は覚醒した。
覚醒した、と言っても、真っ暗な視界が切り替わっただけだ。
そして目に映ったのは、辺りに何一つ存在しない真っ白な空間。
ただ一つだけ、目の前の光の塊が宙に浮いて声を発していた。
「あなたは死んだの。この通りよ」
光がそう言うと、スクリーンに投影されるように目の前に映像が広がる。
カードショップに大型トラックが突っ込んでいて、俺が下敷きとなっている。身体の下は一面が血の海。見るも無残な姿で、どうやっても助からないと一瞬で分かる。
ああ、そうだった。
俺の名前は、
32歳のしがないサラリーマン、独身。
社畜の枯れた日々を送りながら、余暇を唯一目ぼしい趣味のカードゲームで過ごしていた。
この日も仕事が終わり、新発売のカードパックを買って、試しのプレイをしようとしたところで、この事故で即死したわけだ。
とてつもなく運が悪い。しかし何の目標もなく、日々を稼いで、そのときそのときの娯楽を目当てに過ごしていただけだ。はい死にました、と報告されたところで、格別の未練も湧かなかった。
本当に枯れた日々を送っていたのだ。いつの間にか、死んでも未練すら湧かないほどに心が渇いてしまっていた。
目の前に張り出された現世最期の光景は、無残で寂しいものだった。
救いもへったくれもない有様なので、さっさと画面を切り替えてほしい。
「本当に腐った魂ね。死んだと言われても、ろくに反応さえない。こんな魂すら導かなくてはいけないなんて、まったく面倒にも程があるわ。
さっさと生まれ変わって、少しは見所を備えてほしいものね」
酷い言われ様だ。しかし、不服そうだが生まれ変わらせてくれるようである。
見苦しい事故現場の映像が消えて、今度は人体模型のような透けた人の全体像と、隣り合って緑豊かな世界の遠景が浮かび上がっている。
ゲームの説明書の最初あたりのページにありがちな、『このゲームの世界とは』の挿絵に描かれていそうなファンタジーっぽいフィールドマップである。
「このメリハリのある世界で、その精気の無い態度を正すことね。あなた好きでしょ、剣と魔法のファンタジーの世界。魔物が強くて腐ってる暇なんてないから、ふやけたあなたを鍛え直すには丁度いいわ」
どうやら俺は剣と魔法のファンタジーの世界に転生させられるようだ。こういう世界には憧れていた。しかし魔物が強いとか不穏当なワードがチラついている。
「あなたの転生に時間をかけるのも面倒ね。手早く転生の概要を決めるわ」
光のアナウンスに従って、人体模型が肉付けされる。それはおおよそ俺を若くした姿で、ちゃんと異世界の旅人っぽい服を着せられていた。
「あなたみたいな冷めた子供が生まれたらご両親が可哀想だわ。だから青年の16歳でさっさと独り立ちなさい。
記憶をいじるのも面倒だから、そのまま現世の記憶を持っていきなさい」
幼年期を省略して、さっさと若者として働けということらしい。記憶を保ったまま幼年期を過ごすのも居心地が悪いだろうし、不自由で無力な学生時代をもう一度繰り返したいとも思わない。これは望ましい命令だ。
記憶がそのままでも一般知識しか所有していない。使い道に困ることもあるかもしれないが、気ままに過ごすこととしたい。
「あなたを助けるのは本意じゃないけど、無為に死なれても寝覚めが悪いわ。現世の愛着に応じて少しは施してあげる、感謝なさい」
ここに来てようやく、どこかの漫画で流し見たような展開になってきた。施してあげる、ということは何か素晴らしい能力をくれるのだろう。きっと異世界を無双できるチートスキルに違いない。危険に満ちた異世界でも左団扇でゆるりと「え、俺今何かしましたか」風に楽勝で過ごせるようなスキルを期待したい。
『【カード使い】の能力よ。白紙のカードを出現させて、周りのものを出し入れできるわ』
…………。
大雑把なイメージしか湧かない、漠然とした説明がされる。
一体何枚出せるのか、周りのものとは大きさや範囲はどれくらいまでか、出し入れとは具体的に何を収納できるのか、どういう風に出てくるのか、多分これから説明されるのだろうか。
「コミュニケーションとか苦手そうだから【言語知識】と【鑑定】を授けるから何とかなさい。能力の説明は以上よ」
さらっと説明が終えられてしまう。もっと詳しく説明しろよ!と声を出そうとするが、声にならない。そうか、肉体がないから声が出せないのかと思って、視界を下に移そうとしても、それもできない。
そういえばここまでの説明も一方的だった。もとよりこの場は光から一方的に宣告するだけで、俺の意思を汲み取る気がないのか。
「じゃあさっさと転生なさい。サービスで素敵なところに飛ばしてあげるから、死なない程度に
説明不足への抗議も受け容れられないまま、視界は暗転する。
死後の世界。どこかで読んだ話なら、物好きな神様やらドジな女神があれこれ世話を焼いて、賑やかにほのぼのと転生していた気がする。
しかし、俺の死後はどうだ。サディスティックな光によって、極めて面倒そうに手早く振り分けられただけのようだった。自身の死に様といい、何とも味気ない日々を過ごしていた俺にはお似合いなのかもしれない。
死んだという事実、無造作なる来世への仕分け。自分を軽んじられて自嘲的な気分になりながら、暗転とともに再び俺の意識は薄れていった。
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