なりサガり妖精譚《フェアリーテイル》

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プロローグ

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 エルフの王セージェリオンは栄華の絶頂にいた。

 

 輝くような金の髪に切れ長の目、エメラルド色の瞳。若々しい牡鹿のたたずまいに、老獪な梟の知性が宿っていた。

 王が玉座の間に姿を現すと、居並ぶ騎士たちがいっせいに頭を垂れた。エメラルド色に輝く鎧に身を包んだ騎士たちは一糸乱れぬ敬礼を送った、しかし、この日はじめて列席を許された若いエルフはセージェリオンの美しさに見とれるあまり、遅れて敬礼した。


「明日は五王国会談か」

 玉座についたセージェリオンは、呟くように言った。それからひらひらと手を振って、騎士たちの敬礼を解かせた。

 エルフの王、と聞いて連想されるような威厳からはほど遠い、軽薄な仕草だ。事実、セージェリオンは一言で言えば軽薄な王だった。


「はい、例の国境問題について議論する必要があるでしょう」

 玉座の脇に控えた、銀髪のエルフが頷いた。絵画的な美を持つエルフのなかでは彫りの深い顔立ちで、狼のような剣呑さを身にまとっている。


 大陸には五つの王国があった。大陸中央に広がる森を支配するエルフは長大な寿命と強い魔力で知られていた。

 だが、エルフの「国」が恐れられるようになったのは、セージェリオンが王位についてからのことだ。


 大陸には種族間の小競り合いが絶えなかった。戦いの中で、セージェリオンは優れた戦士として頭角をあらわした。


 続く50年で、彼は様々なエルフの里を訪れ、転戦しながら各地に伝わる魔法を学んだ。その頃、エルフに王はいなかった。エルフたちはいくつもの集落に別れて暮らしていたのだ。


 エルフに伝わる魔法のすべてを身につけたセージェリオンは、すべての里を「国」として、自らがその王になることを宣宣言した。ほとんどのエルフは彼の強大な力に従い、抵抗したわずかな者は悲しい末路を迎えた。


 大陸史上において、戦いの才能と膨大な魔力、そして野望と向学心をすべて供えたエルフはかつていなかった。そして、300年間、同じ王国を支配し続けた者も。


「国境か。俺から土地を奪えると思っているのか?」

 配下の騎士たちを睥睨しながら、エルフの王は呟いた。


「恐れながら、問題になっている土地は長らくどの国の領土にもなってこなかった経緯があり……」

「カルダモン、建前は必要ない」

 狼を思わせる、銀髪のエルフをいさめるように、王は彼の名を呼んだ。


「はっ……」

 畏怖をにじませ、カルダモンはさっと頭を下げる。絶対的な存在を前にしたもののおびえが声を震わせている。


「『あれ』の準備はできているな?」

「無論です。我が王の設計通りに作動いたします」


「なら、その土地は俺のものだ」

 酷薄とも言える笑みを浮かべ、セージェリオンは青い瞳で周囲を見回した。


 『樫の宮殿』と呼ばれるこの城は、無数の樫の木が絡み合ってできている。伐ったのではない。すべて地に根を張った、生きた樫だ。何本もの木々の成長を魔法で制御し、宮殿の形に『育て』たのである。宮殿が育ちきるまでには、二百年の歳月を費やした。

 樫の幹や枝に絡む蔓植物が様々な花を咲かせ、日々景色を変えていく。植物の世話は、エルフに従属する小さなフェアリーたちが行っている。


「聞け、エルフの騎士たちよ」

 居並ぶ騎士たちへ向け、セージは右手を掲げた。人差し指に着けられた銀の指輪が、天井のヒカリソウが放つ明かりを照り返して輝いた。


「この大陸には五つの王国があると言われている。だが、真の意味での王国は一つしかない」


 騎士たちは固唾かたずをのんで王の言葉を聞いていた。


「ドワーフやリザドは彼らの王が神によって選ばれたものだと思っている。ネレウスとオーガは精霊に導かれているという。そんなものは王とは呼べない」

 セージェリオンの声には、徐々に熱がこもっていった。叫ぶような調子ではないが、その場にいる騎士たちの全員に届いていた。


「他者から与えられた王位など価値がない。他者に選択を委ねるなら、王がいる意味があるか? 自ら決断し、自ら運命を選び取るものだけが王にふさわしい」

 熱意と傲慢さを併せ持った目で、エルフの王は配下たちを見下ろした。誰もが彼を恐れていた。


 セージェリオンが拳を握った。銀の指輪が、ぞっとするような光を放った。


「俺だけが王であり、俺たちだけが王国だ。その証拠を見せてやろう」

 そして、金の髪をなびかせて振り返る。


「カルダモン、ティーゼローファを起動しろ」

「……はい」

 進み出たカルダモンが、玉座の前の祭壇に小さな胸像を置いた。その姿は、彼の王によく似ている。


「なんだ、それは?」

「王の像です。魔力の集積の鍵になります」

「そんなものを使えと言った覚えはないぞ」

 自分の設計通りでないものを見て、セージェリオンは子供のように不機嫌になった。


「起動のために組み込みました。これを使うことで、起動が速く、制御も容易になります」

「まあいい、早くしろ」

 セージェリオンは片ひじをつきながら、ひらひらと手を振る。すでに、彼はこの形式張った集会に飽き始めていた。


 カルダモンはそのまま、低い声で呪文を唱えはじめた。恐ろしく複雑なエルフ語の魔法だ。

 詠唱に合わせて、胸像が緑色の光を放つ。それは祭壇を通じて床に伝わり、やがて樫の宮殿を構成するすべての樫が輝きはじめた。


「おお……」

「いったいなにが……」

 騎士たちがざわめく。すべてのエルフは魔法の素養を持っている。彼ら全員が、何か巨大なものが動き始めようとしていることを感じていた。


 ひとり、セージェリオンは詠唱に違和感を覚えていた。


「待て、カルダモン。呪文が間違っているぞ」


 宮殿と、そして周囲の森から流れ込む魔力は、地下へと集積されるはずだ。だが今、一度地下に集まった魔力はカルダモンが置いた胸像へと流れ込んでいた。

 恐ろしく複雑な儀式を伴う呪文だ。カルダモンが唱える言葉を間違えたのなら、はじめからやり直すべきだ。


 だが、カルダモンは詠唱を止めない。


「カルダモン!」

 再び、エルフの王が叫んだ。

 銀髪のエルフはゆっくりと振り返り、最後にもう一度、セージェリオンを仰ぎ見た。狼のごとき剣呑さをたたえた瞳が、王を睨んでいた。


「私は世界を守る……あなたから」


「何を言っている!」

 セージェリオンが立ち上がろうとしたとき……


「《バインド》!」

 騎士たちの間から魔法の力を帯びた声が上がった。


 目に見えない魔力の糸がいくつもエルフの王へ絡みつき、その身動きを封じる。


 その時、セージェリオンは思い至った。


 クーデターだ。


「俺を殺すつもりか。そんなことはできない!」

 セージェリオンの指輪が目もくらまんばかりの光を放った。身動きを封じていた糸が断ち切られ、魔力は衝撃派となって宮殿を揺るがした。


 エルフの騎士たちが体勢を崩して膝をつくなか、ひとりセージェリオンに対面し続けているものがいた。

 カルダモンだ。


「俺から受けた恩を忘れたのか」

 苦々しく、王はうめいた。


「貴様の命令を聞くのはもうまっぴらだ」

 カルダモンは呪文を唱え終えていた。声だけではない。今や、身振りまでも使って魔法の儀式を行っている。宮殿全体に力が満ちている。


 宮殿の魔力が集まる中心には、『像』があった。

 その『像』にいかなる力が込められているのか、そのときセージェリオンは気づいた。


「止まれ!」

 指輪を掲げて、王は叫んだ。

 だが、彫像が発動しようとしている魔法が停止することはない。


「馬鹿な。『王の指輪』が通じないはずは……」

「その指輪ではこの魔法は止められない」

 カルダモンは額に汗を浮かべながら、勝利を確信した笑みを浮かべた。


「カルダモン!」

 王は魔力で剣を作ろうとした。だが、騎士たちの中から再び声が上がる。


「《バインド》!」

「《バインド》!」

 魔力の糸が幾筋も王の体を絡め取っていく。それを振り払うために、セージェリオンは意識を向けなければならなかった。


「お前たち、何をしている!」

 騎士全員がクーデターに関わっているわけではないはずだ。だが、明確な意思をもってセージェリオンに敵対している騎士以外は、ただ困惑し、まごついていた。


「考えることもできないのか!」

 憤怒と憎悪を込めて、エルフの王は自らの部下を罵った。もはや、カルダモンの唱える呪文は完成へ近づき、セージェリオンに残された唯一の行いこそ罵倒だった。


「エルフの王を封じよ!」

 膨大な魔力があふれ出す。宮殿を包む魔法の力がセージェリオンへと集まり、その肉体を光の粒子へと変えていく。


「俺は必ず帰ってくるぞ!」

 そして、歴史上ただ一人だけ存在したエルフの王は、世界から姿を消した。

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