第188話 領地視察⑤

「さて、各々報告を聞こう。その前に、ここは敵地だ。隠蔽魔法は三重に展開せよ」

「はっ!」


 騎士団員たちが魔法を展開する横で、姿を消していたメイドたちがその魔法の範囲を勝手に拡大する。

 結果的に隠蔽範囲にアイルとロバートを含めたことに気が付かないまま、話が始まった。


「まずは……ジル。お前から聞こう」

「はっ……端的に申し上げて、不気味な村でした」

「ほう……? 不気味、か」


 ジルは連れてきた調査団の中でも最も若い、勢いある者だった。

 普段は勝ち気で同期の中でも目立つタイプだが、いまはすっかり萎縮している様子だ。


「村人たちがアンデッドであるとは聞いていました。いえ、聞いていたからこそ、不気味に感じます」

「というと……?」

「まるで自然に、人間が生活するようにそこにいたもので……」

「アンデッドであると知らされていなければ気づかなかったか?」

「注視すれば確認はできたかもしれませんが……」


 自信なさげなジルの表情がすべてを物語っていた。

 その様子を見ていた中堅騎士のビンドが口をはさむ。


「まああちらもそれは対策済みでしょう。アンデッドしかいない街とわかれば騎士団も放置できないことはわかっているはず」

「ふむ……まあそのことは良いのだ。いずれにしても滅ぼすことは決まっておる」

「それは確かに」


 軽薄そうに笑いながら同意を示したのは残るもうひとりの調査団、ヴェイ。

 騎士団らしからぬ軽い男ではあるが、その実力はピカイチだった。万が一武力行使が必要になった場合にと連れてきた男だ。


「今回の目的はアンデッドしかいない街だって証拠集めをするためじゃねえんだろ? 戦力を見極めるためって視点でいやあ、ここは一隊送りゃあおしまいだ」


 ヴェイの言葉を否定するものはいない。


「滅んでしまえば、その中に人間がいようがいまいが、関係あるまい」


 ベリウスが呟く。

 ヴェイは笑い、ジルとビントもうなずいていた。

 副団長のガルムだけが内心、顔を歪ませていたが、表に出すほど愚かではない。


「この領地、特別な対応が必要な相手はあの執事くらい、ということで異論はないな?」

「はっ」

「問題ないかと」

「あの爺さんも大したことはねえだろ? まあ俺はあっちの女と遊びてえけどな」


 調査団がそれぞれの形で同意を示す。


「ガルム、良いな?」

「はい。ランド、ミルムとその使役する魔獣たちは……」

「大丈夫だ。あの女とギルドがなんとかする。いかに化け物とて同じ化け物が対応すれば無傷とはいかぬであろう」

「かしこまりました」


 その様子を見ていたロバートとアイルは焦りを覚えていた。


「王都騎士団……そんなに強いの……?」

『はて……ですがこの地を視察してあの自信というのは想定外でしたな……』


 二人は想像もしていなかった。

 まさか騎士団員たちがダンジョンを周回するアンデッドたちの存在に気づいていないことになど。


『少し我々も防衛のために戦力強化を……おや……』


 ロバートがそう口にした瞬間だった。


「何が……って、また強くなったの⁉」

『どうやらそのようですな』


 ちょうどランドが神竜ベリモラスの【ネクロマンス】に成功したところだった。


「まるでこちらの動きが見えているようなタイミングで……」


 アイルが感心したように呟く。


『全く、敵いませんなぁ。主人様には』


 そうこうしているうちに騎士団員たちがテーブルを離れロバートたちのもとにたどり着いていた。


「お待たせいたし……」


 声をかけたベリウスの表情が青ざめる。

 血の気の多いヴェイとジルが思わず剣に手をかけたのも無理はないだろう。


『どうかなさいましたかな? お客様』

「ぐっ……い、いえ……とんだご無礼を……」

『お話はまとまったようで』

「ええ……はい……」


 ベリウスが冷や汗を流す。

 他でもないロバートがたった一人で放つオーラにやられて動けなくなったのだ。


『では、工房はこちらでございます』


 ベリウスをはじめ騎士団員たちはなぜ目の前の老人が急激に強くなったかなど知る由もない。

 それどころか、領地にいるすべてのアンデッドたちが同様の進化を遂げていることなど、想像すらできていなかった。

 言いしれぬ不安を抱えたまま、黙って従うしかなくなったベリウスたちがロバートのあとを追う。

 副団長ガルムだけが、その姿に希望を見出したようにも見えていた。

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