第247話 よくある事態

 ミハゾノ街遺跡は以前に大騒動が発生した影響で多くのハンターが一時的に遺跡探索を見合わせていた。

 しかし今では騒ぎから大分って落ち着きを取り戻したこともあり、再びハンター達の重要な稼ぎ場所に戻っていた。


 それでも騒動以前の状態に戻った訳ではない。

 セランタルビルの周辺には現在でもクガマヤマ都市の部隊が配備されている。

 ハンターオフィスの出張所からセランタルビルに続く大通りも後方連絡線として確保されている。

 そして、セランタルビル周辺はクガマヤマ都市の管理区域となり立入禁止となっていた。


 アキラはキャロルと一緒にそのミハゾノ街遺跡を再び訪れた。

 目的はキャロルのハンター稼業で、地図作製用のデータ収集だ。

 アキラは護衛として同行している。

 遺跡の中を進みながら軽く雑談を挟む。


「それにしても、遺跡探索のために自前で態々わざわざあんなキャンピングカーまで用意するなんて、そんなに熱心に通うつもりなのか?」


 何となくだが遺跡探索は日帰りという感覚を持っているアキラにとって、態々わざわざ宿泊用の車両まで用意して遺跡に潜るという感覚は少々驚くものだった。


 キャロルが少し得意げに笑って答える。


「まあ、それなりにね。

 当面は短時間でも遺跡に毎日入る予定なの。

 そうすると、毎日クガマヤマ都市まで戻るよりはキャンピングカーに泊まった方が都合が良いのよ。

 ハンターオフィスの出張所近くの安宿だと、私の美容には適さないからね」


 ハンターには遺跡内で寝泊まりしてでも長期間遺物収集を続ける者も多い。

 大規模なハンター徒党などならば補給が難しい遠方の遺跡の攻略時には、キャンピングカーの準備どころか簡易宿泊施設を態々わざわざ建築する場合すらある。

 その辺りの感覚に個人でハンター稼業を続けているアキラに馴染なじみが無いだけだ。


 但し美容の維持も含めて車両を用意したという意味では流石さすがり過ぎでもあった。

 アキラが軽い感心を顔に出す。


「あの豪勢な内装は美容のためか。

 風呂も付いてたし、金を掛けてるなー」


「私の体にはそれだけの金が掛かっているの。

 大金を自他共にぎ込む価値があるのよ。

 誰にでも大好評なのよ?

 アキラも一度ぐらい味わってみない?」


 そう言ってキャロルは誘うように微笑ほほえんだ。

 その魅惑の体と共に、妖艶な色香で多くの男を惑わした微笑ほほえみだ。

 だがアキラの反応はひどく薄い。


「遠慮しておく」


「相変わらず連れないわね」


 キャロルは軽くめ息を吐いた。

 そしてその体付きを確認するようにアキラを改めてじっと見ると、どこかあきれたような態度を見せる。


「アキラも大分成長して、背も伸びて体付きもしっかりしてきたのに、まだ色気より食い気なの?」


「悪いな。

 当分は食い気の予定だ」


 アキラが軽く笑って返すと、キャロルも楽しげな苦笑を返した。


「全く、自信無くすわ。

 これでも副業の方では結構荒稼ぎしてるんだけどね」


 アキラ達がそのような雑談を続けながら遺跡の中を進んでいくと、こちらに向かって進んでくる他のハンター達と遭遇する。

 そのハンター達の装備はミハゾノ街遺跡の市街区画の難易度に適した代わり映えのないものだ。

 そして互いの格好を目視できる距離まで近付いたところで、ハンター達がアキラ達に道を譲るように大きく横に移動した。


 そのまま距離を取って擦れ違う。

 その最中、ハンター達がアキラ達に向けていた視線は、比較的低難度の遺跡を彷徨うろつく場違いな実力者へ向けるものだった。

 僅かな驚き、軽い警戒、どことなく迷惑そうな表情や、ちょっとした羨望の目など、様々なものが入り交じっていた。


 アキラもそれに気付いていた。

 やはり自分の装備はそれだけ高性能なものになったのだと少しうれしく思いながら、同じ視線を向けられていた同行者を改めて見る。

 正確にはその装備に興味深そうな視線を向ける。


 キャロルがそのアキラの視線に気付いて楽しげに笑う。


「どうしたの?

 やっぱりこの体に興味が湧いてきた?」


「いや、そうじゃない。

 その強化服だけど、やっぱり結構高性能なやつだよな?」


 キャロルは体型の凹凸をしっかりと確認できる薄手のインナーの上に、細めのベルトを加工して作成した露出過多の水着のようにも見えるものを身に付けている。

 その上に体の両端側しか覆っていない強化服を着用している。

 その強化服は胸や太股ふとももの中程あたりで左右に分かれており、大きく開いた前後部分をベルトでつないでいた。


 そのインナーも含めて所謂いわゆる旧世界風のとがったデザインの強化服は、感性も実力も旧世界側に近い高ランクのハンターでなければ普通は着用できない類いのものだ。

 アキラはキャロルが着ている強化服に、以前にアルファやメルシアが着ていた高性能な強化服と似たような雰囲気を感じていた。


 キャロルが少し得意げに笑う。


「そうよ。

 銃とかと一緒に一式新調したの。

 アキラの装備もなかなか高性能に見えるけど、多分私の装備の方が高性能だと思うわ」


 アキラが少し驚きながらもいぶかしむ。


「そうなのか?

 ……こんなことを言うのも何だけど、そこまで高性能な装備だとキャロルには買えないんじゃないか?」


「あら、言ってくれるわね。

 これでも私は結構稼いでるのよ?

 まあ、ハンター稼業の方の稼ぎじゃないのは事実だけど」


 解釈によっては相手の力量を軽んじているとも思える言葉に、キャロルはアキラに他意は無いと分かった上でえて少し不満げな表情を作った。

 それを見たアキラが言い方を間違えたと思って素直に謝る。


「いや、悪い。

 単にそこまで高性能な装備だと、買う時にハンターランクの制限とかに引っかかると思ったんだ」


 キャロルが本心では別に下がってなどいない機嫌を戻したように笑う。


「ああ、そっち?

 確かに普通に買おうとすると無理なんだけど、その辺は抜け道があるのよ」


「抜け道?」


 怪訝けげんな顔を浮かべたアキラに、キャロルがその手段を少し得意げに説明する。


 非常に高性能な装備を購入する際に掛かるハンターランクによる制限は、大抵は販売企業による自粛だ。

 最前線向けの武装でもなければ統企連による強制までは掛からない。


 加えて、制限時に基準とするハンターランクも厳密に決まっている訳ではない。

 チームや徒党単位で装備を購入する場合、所属している者のハンターランクの最大値、最小値、平均値、中央値のどれを購入制限の基準にするかは、販売企業の裁量である程度調整できる。


 勿論もちろん、チームにハンターランク100の者が在籍しているからといって、ランク10の者にランク100対象の装備を買い与えるのは無理がある。

 だがある程度の融通は利く。

 それは高ランクハンターへの優遇処置であり、少数名のチームから大規模な徒党への成長を促すためでもある。

 ハンター達に統率の取れた集団になってもらった方が、ハンターオフィスがハンターを楽に一括管理できるからだ。


 キャロルはそこをある意味で悪用した。

 最近クガマヤマ都市が高ランクのハンターを集めていることを利用して、その高ランクハンターのチームに一時的に加入することで購入制限を突破したのだ。

 これにはキャロルの副業が大いに役立った。


 既にキャロルはそのチームから抜けている。

 だがそれで購入時に基準となるハンターランクが下がったからといって、既に買った装備を回収される訳ではない。

 男女の有機的な問題で解散するチームも多い。

 販売元もそこまで細かく管理するのは不可能だ。


 この抜け道により、キャロルは自身のハンターランクをはるかに超えた高性能な装備を手に入れていた。


 アキラがその話を聞いて軽くあきれている。


「……何ていうか、その辺って結構い加減なんだな」


「良いじゃない。

 アキラとしても、護衛対象が強い方が楽で良いでしょう?」


「まあ、そうだな」


 アキラも別にそこに細かな公平さを求めている訳ではない。

 キャロルがそこまで高性能な装備をどうやって手に入れたのかという疑問は解決したので、それ以上は気にしなかった。


 なお、キャロルはこの装備を手に入れるために、ある意味で自身の矜持きょうじを少し曲げていた。

 副業の相手は血と命のにじんだ金を支払える者にするという点を緩和したのだ。


 高ランクのハンターチームに一時的に加入したとしても、装備の性能と使用者のランクの差が大きければ、売るがわ流石さすがに難色を示す。

 言い換えれば、販売担当がそこに目をつぶればどうとでもなる。

 都合の良いことに、そこそこの頻度で訪れている場所に、取り込めばその辺をどうとでもしてくれそうな者がいた。

 シェリルの拠点に足を運ぶ機領の営業だ。


 機領の営業の男はキャロルにあっさり籠絡された。

 契約上の購入先であり、キャロルの副業の代金として装備代を実際に支払う男も同様に籠絡されていたので、装備購入時の審査は素通りとなった。

 事が露見しても、質の悪い女に貢いでしまったという経歴が男達に付くだけだ。

 本来なら購入時に審査で確実に落とされるほど高性能な装備を低ランクのハンター相手に販売するという結構際どいことをやってしまうほど、男達はキャロルに落とされていた。


 付け加えれば、これはキャロルも本当は気の進まないことだった。

 だがそれは、自身の懸念が現実となった時のことを、それだけ恐れているということでもあった。




 地図屋として遺跡の情報収集を徒歩で続けるキャロルと一緒に、アキラも徒歩で遺跡の中を進んでいた。

 バイクはキャロルのキャンピングカーのそばめてある。


 遺跡の中をキャロルの先導で進み、途中で何度も立ち止まる。

 そこでキャロルが事前に仕掛けておいた設置型情報収集機器から収集データを取得して次に進むということを繰り返していた。


「キャロル。

 何で態々わざわざ設置場所まで足を運んでデータを回収するんだ?

 定期的に長距離通信か何かで送信すれば済むと思うんだけど」


「そっちの形式のやつも設置してるわ。

 でも遺跡の機械系モンスターがその発信から端末の設置場所を探して壊すのよ。

 だからデータ収集も含めてほぼ純粋に受信のみの情報収集機器も必要なの。

 今データを回収して回っているやつは、特定の暗号データを受信しないと一切送信しないタイプのやつだから、比較的見付けられずに済むのよ」


「あー、成る程」


「まあ、設置していた端末が破壊されたという情報も、警備機械の巡回ルートを探るための貴重なデータではあるんだけどね」


 以前の騒ぎの後、ミハゾノ街遺跡は一見前と同じように見えて様々なものが変わっていた。

 市街区画の警備を行う機械系モンスターの配置場所、警備区域、巡回ルートなどはほぼ別物になっていた。

 街の修復等を行う整備機械の挙動も変わり、以前はずっと瓦礫がれきの山として放置し続けていた場所に新たな建物を建築するようにもなった。


 それらにより以前の地図が無価値となった遺跡では、新たに作成した地図の価値が跳ね上がる。

 勿論もちろん、記載情報が有料分程度には正しい地図であることが前提だ。

 客はその情報の精査のために、付加価値として記載されている警備機械の配置場所や巡回ルートの調査方法なども求めてくる。

 有能な地図屋にはその要望にしっかりと応える技量も求められていた。


 アキラはそれらの話をキャロルから聞いて感心していた。


「地図の精度を上げるため態々わざわざ遺跡内を見回るのか。

 地図屋も大変なんだな」


「地図の作り方の一つってところよ。

 遺跡から生還したハンター達から情報収集機器のデータを買って、それらを組み合わせて作る人もいるわ。

 情報収集のために借金持ちに情報収集機器を持たせて、遺跡内をひたすら歩き回らせる人もいるわね。

 それこそろくな装備も無しに、生還を初めから期待せずにね」


 一定の技量を持つハンターが遺跡から生還しなかった。

 それも遺跡の難易度を計る重要な指針だ。

 抱えた借金と本人の技量に応じて、まだ調査が不十分な場所に送り込まれていた。


「借金持ちの末路の一つってことか」


「それでも運と実力次第で借金返済も可能だし、遺跡で死ぬハンターなんて有り触れてるから、末路としてはましな方よ」


 まれにだが、借金を抱えてくすぶっていたハンターがその環境で奮起し、目覚め、その才能を見込まれて借金の大幅減額と引き替えに企業に雇われるという事例もある。

 東部では有能な武力要員が常に不足している。

 どのような状況であれ成果を見せる限りハンターには再起の道が残されている。

 勿論もちろん、大抵はその前に死ぬ前提であり、借金を背負った理由も考慮した上での話だ。


 キャロルはヴィオラとの付き合いもあり、借金持ちの末路の具体例をアキラよりも多く詳しく知っている。


 統企連は東部の企業に健全な企業活動を求めている。

 そこには人権の尊重等も含まれている。

 そしてそれをどの程度尊重するかには解釈の余地がある。

 東部の秩序構築のために、人権を軽視しなければならない事態も多々あるからだ。


 その事態には人体実験も含まれる。

 そして軽視の度合いは対象の経済状態に比例する場合が多い。

 負債額が安ければ然程さほど危険な目には遭わない。

 スラム街の食料無料配布がその例で、数百オーラム程度の負債ならば、少々出所が怪しい食べ物を口にする程度のことで済む。


 しかし負債額が増えるほど、相応に危険な目に遭う恐れが増える。

 例えば、広く出回っている回復薬も誰かの治験を経て安全性を確認した上で販売されている。

 劇的な回復効果をもたらすものほど、その製造過程等に何らかの不具合があった場合の悪影響も大きくなる。

 治療用ナノマシンの誤作動で怪我けがを治療するどころか悪化させて、死ぬどころか死んだ方がましな状態に陥る恐れもある。


 負債の桁が多いほど、悲惨で致命的な状況に陥る危険性が高い。

 加えてその負債を背負った理由が倫理から掛け離れているほど、それを相殺するほどの破滅的な実験に付き合わされたり、捨て駒の方がましな処遇に陥ったりと、倫理に欠けた扱いを受ける恐れが高くなる。

 その実例は示されないものの、その傾向は広く知れ渡っていた。

 それは東部全域に、借金を背負うぐらいなら死んだ方がましだ、と考える者を増やしていた。


 アキラがキャロルからそれらの事例を聞かされて少し顔を引きらせる。

 そして何となく以前にシェリルの拠点を襲った者達のことを思い出した。

 その者達の何人かは、シェリル達を襲撃したことを見逃してもらう和解金の支払いのために、借金を背負った形で売られていった。

 しかし、それなら死んだ方がましだと答えた者もいた。


 アキラはその者を容赦なく撃ち殺した。

 そしてキャロルの話を聞いて、それがその者にとって本当にましな結末だったのか、少し気になった。




 キャロルのキャンピングカーには風呂も付いている。

 キャロルの護衛として一緒に寝泊まりすることになったアキラは、本日のハンター稼業を終えてその風呂を借りていた。


 風呂は車両の設備としては十分に広い。

 1人用ではあるが手足を伸ばしてゆったりと入浴できる。

 そもそも浴槽の大きさを除けば自宅の風呂より高性能で、湯の成分からして違いがある。

 アキラは以前にキャロルから自分が随分安っぽい風呂に入っていると言われたことを思い出し、その意味を実感しながら湯にかっていた。


 アルファはその浴槽に膝から下だけを浸す形で、空中の存在しない面に手を突き腰掛けて座っている。

 初めはアキラのそばで一緒に入っていたのだが、狭いと言われて退かされていた。


『アキラ。

 一応確認しておくけれど、キャロルの護衛はいつまで続けるつもりなの?』


『ん?

 キャロルの気が済むか、俺の装備が届くかのどっちかまでだと思ってるけど』


『そう。

 それなら良いわ』


 アキラが少し意外そうな顔を浮かべる。


『良いんだ。

 護衛を続けても訓練にならないから早めに切り上げろとか言われると思ったのに』


 アルファが少し不敵に楽しげに笑う。


『その辺は大丈夫よ。

 心配してないわ』


『……キャロルの護衛って、そんなに大変なのか?』


『少なくとも、アキラの勘を鈍らせるようなことにはならないと思うわ。

 キャロルの所為せいという意味ではない方でね。

 アキラも自分で言っていたでしょう?

 俺は何だかんだと騒ぎを起こしたり、騒ぎに巻き込まれたり、そういう機会が多いやつだって。

 その対処をしていれば、十分な訓練になるわ』


 アキラは苦笑を浮かべて反論を諦めた。




 アキラが風呂に入っている間、キャロルは車両搭載の情報端末で地図の作成作業を続ける傍ら、ネットでの情報収集も行っていた。

 そしてその結果を見て軽くめ息を吐く。


(状況に変化は無しか。

 アキラをずっと護衛に雇い続ける訳にもいかないし、かと言って下手に動く訳にもいかないし、今は辛抱ね)


 目立たないように、疑われないように、刺激しないように、今は息を潜めてり過ごすのが最善。

 キャロルはその自身の判断に従って、事態が早く収束するのを願っていた。


 そこに風呂から出たアキラが戻ってくる。

 キャロルは無意識にゆがめていた表情を意図的に笑顔に戻すと、自分も風呂に入ることにする。

 アキラとの取り決めで、最低でも自分とアキラのどちらかがすぐに戦える状態を維持することになっている。

 アキラが強化服の着用を終えるのを待ってから、自身の装備を外していく。


 キャンピングカーに脱衣所は無いが、カーテンの仕切りぐらいはある。

 だが全く気にせずにアキラの前で裸体をさらす。

 多額の資金をぎ込んで異性を魅了する造形に整えた裸体を見て、アキラは一応反応を示した。

 だがその反応の種類はあきれだった。

 その相変わらずの反応に、キャロルは苦笑をこぼしながら浴室に向かった。


 特別に調整された湯にかりながら、キャロルが自分の体の動きを確かめるように片手をゆっくりと強く握る。

 傍目はためには普通に握っているようにしか見えないが、その握力は常人の域をはるかに超えたものだった。

 それどころか並の強化服を超えていた。


 キャロルが自身の矜持きょうじを曲げてでも手に入れた装備類は、強化服や銃のような普通の装備だけではない。

 身体強化拡張者である自身の体を更に強化するために、最前線付近で出回っているような高性能なナノマシンも入手していた。

 その裸体の外観こそ異性を蠱惑こわく的に誘う以前の姿と変わらないが、身体を流れる消費型ナノマシンの性能は根本的に別物となっており、ナノマシンの消費効率を度外視すれば一時的に超人の域に手が届くほどの出力を出すことさえ可能となっていた。


 いつもは副業のために丁寧に洗い磨き上げる体を、今は強化された身体操作の訓練を兼ねて真剣に丁寧に洗っていく。

 普段の異性を誘う仕草ではなく、戦闘にも通じるナノマシンの消費を抑えた動きで、ゆっくりと慎重に心身を研ぎ澄ませた。


 入浴を終えて部屋に戻るとアキラの姿が無かった。

 それを不思議に思っていると、ヴィオラから連絡が入る。

 通信音が至急を示していたので、怪訝けげんに思いながら服も着ないでそれに出る。


「ヴィオラ。

 何かあったの?」


「キャロル。

 最近副業の方で派手に稼いでいたでしょう?

 ゼロスってハンターが率いているチームの男が、その支払いのためにチームの資金に手を出していたわ。

 ババロドって男よ」


「ああ、彼、随分と気前が良かったけど、そこまでやったの。

 そこまでやってくれてたとは女冥利に尽きるわ。

 それで?」


「その彼、それが仲間にバレてキャロルに唆されたって答えたらしいわ。

 それで、そのチームが現在キャロルを捜索中よ」


 キャロルが大きくめ息を吐く。


「了解よ。

 状況は?」


「彼らが情報屋からキャロルの居場所の情報を買ったところまではつかんだわ。

 彼らと交渉するなら私が請け負っても良いけど、どうする?」


「ちょっと考えさせて。

 ありがと。

 じゃあね」


 キャロルが通信を切り、強化服を着ながら声を張り上げる。


「アキラー!

 どこ行ったのー!」


 車載の情報端末経由でアキラの声が返ってくる。


「外だ。

 こっちに用事があるらしいやつが近付いて来ていたから、一応警戒してる」


 キャロルが軽く驚きながら車載の索敵機器の反応を確認する。

 警戒範囲外ではあるが、確かにそれらしい反応が近付いてきていた。

 反応の動き方から判断して恐らく車両であり、同時にミハゾノ街遺跡に用事がある者の動きではない。

 荒野側から近付いているが、ミハゾノ街遺跡に用があるハンターならば大抵はハンターオフィスの出張所がある場所に向かって進む。

 その周辺にある駐車場から大分離れた場所にめてあるこのキャンピングカーの方向には来ない。


 キャロルはアキラの素早く的確な行動に心強さを覚えて軽く笑うと、自分も強化服を着て外に出る準備を進める。

 その様子にこの件に対するおびえなどは全く無い。

 面倒な事態だとは思っている。

 相手は高ランクのハンターだ。

 だがそれでも副業の客には違いなく、事態としては過去に何度もあった出来事と変わりは無い。

 いつも通りに対処すれば良いと自身に言い聞かせて落ち着きを保つ。


 場合によってはアキラ無しで対処しようとも思っていた。

 この程度のことでアキラを雇った訳ではないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る