第206話 想定の解釈

 アキラの位置を常に把握できるようになったエリオ達から索敵行動が消える。

 代わりに効率的な包囲行動が加わった。

 アキラと一定の距離を保ちながら周囲に展開し、目標周辺を銃撃し続けて移動経路を塞ぎつつ、徐々に包囲を狭めていく。


 アキラは瓦礫がれきを背にしながら、敵の攻撃可能位置を塞ぐように、敵の射線で回避場所を塞がれるのを防ぐように反撃し続けていた。

 それでも徐々に包囲は狭く苛烈になっていく。

 周囲の壁も地面も、アルファの拡張表示による着弾の跡で埋まっており、下手に動けば容易たやすく撃破されるのは間違いない状況だ。


『あんなに撃ち続けるなんて、弾切れの設定とかどうなってるんだ?』


『敵も拡張弾倉。

 加えて今までの記録で弾切れ前に短時間で撃破され続けているから、恐らく支援システムが残弾に対する考慮を減らしたのよ。

 残弾を抱えて死なない。

 撃破される前に使い切る。

 戦力維持という視点では愚策でも、アキラを撃破した後の部隊行動を捨てるのなら、順当な判断だと思うわ』


『後先考えずに俺を倒すってことか。

 俺も随分高く評価されたな』


『実際に模擬戦を実戦想定に変えてから連勝し続けているのだから、間違ってはいないと思うわよ?

 評価を下げないように頑張りなさい』


『了解だ』


 アキラが軽く笑った後、軽く顔をしかめる。


『それにしても、本当ならこういう時にこそ迷彩機能を活用するべきなんだろうけどな』


 防護コートの迷彩機能を有効にすればエリオ達はアキラの位置を見失う。

 少なくとも正確な位置をつかにくくなる。

 だがアキラは使用を控えていた。


『それは仕方ないわ。

 試験データの取得も、当たり判定の計算も、周囲に設置してある小型情報収集機器の情報を基にしているのだからね。

 迷彩機能を有効にして、システムのデータ上からアキラが消えてしまえば、そもそも模擬戦が成立しなくなってしまうわ』


 それを防止するためにアキラは模擬戦の前にタバタから迷彩機能を使用しないように指示されていた。


『向こうとその辺の調整を、もっとちゃんとやっておけば良かったな』


『アキラが負けたらその辺りも交渉して調整しましょう。

 それまでは、迷彩を見破る強敵と戦っているとでも思っておきなさい』


『そうするか』


 次の瞬間、数名の少年達が後方からアキラの背の瓦礫がれきを強化服の身体能力で飛び越えて強襲を掛けてくる。

 少年達が空中でアキラに銃口を向けるよりも早く、アキラが両手のSSB複合銃を頭上に向けてぎ払い迎撃する。


 ほぼ同時に前方から別の少年達が仕掛けてくる。

 頭上に向けた銃口を前方に戻す前に、少年達の銃口がアキラに向けられる。

 目標を面で潰す大きな当たり判定を、アキラは真横に全力で飛び退いて回避する。

 更に他の少年により既に回避先に向けられていた射線の束を、大きく跳躍して強引に飛び越える。

 加えて宙に飛んだ所為せいで身動きが取れず僅かな間だけ的となったアキラを狙う者達を、空中でSSB複合銃の連射速度に寄る物量で逆に迎撃した。


 アキラが着地と同時に後方へ顔も向けずに銃撃しながら素早く距離を取る。

 そしてそのまま崩れた包囲から何とか抜け出した。


『……最初のやつらはおとりか!』


『多分弾切れ間近の人員の活用法よ』


『実戦ならおとりは確実に死んでたぞ?

 捨て駒か?

 それで良いのか?』


 アキラは僅かに顔をしかめているが、アルファはいつも通りの微笑ほほえみを浮かべている。


『正攻法で勝てないのであれば、犠牲を必要経費として考えて、冷静に勝率を上げる。

 戦術的には正しいわ』


『そうかもしれないけどさ……』


『全滅して全員死ぬよりはまし。

 その辺りの割り切りを機械的に判断できるのも、支援システムの強みなのでしょうね。

 敵に回したら厄介で、部隊の生還率も上がる。

 割り切る人の苦悩も軽減される。

 そういうものよ』


 アキラはアルファの言い分に理解を示しながらも顔をしかめていた。


 アキラの包囲に失敗したエリオ達はその後優勢を取り戻せず個別に撃破された。




 7戦目、8戦目もアキラが勝利した。

 自分の位置を相手に常に捕捉されている前提で、模擬戦開始直後に全速力でエリオ達のもとに向かうと、相手の陣形が整う前に強襲を仕掛け、自身の優位を押し付けて倒しきった。


 9戦目。

 支援システムはついにエリオ達全員をアキラ撃破のための必要経費と見做みなした。


 部隊全員が初めから相打ち前提でアキラの撃破へ動き出す。

 前衛はもう隠れもせずに自身を撃たせて相手のすきを生み出すおとりになっている。

 その上で横一列の波になって銃撃しながら前に進み、後衛は前衛を盾にしながらアキラを前衛ごと銃撃する勢いで後に続く。

 生還を捨てた銃撃範囲は一帯を包み、アキラから回避場所を消し去った。


 逃げ場を無くしたアキラは覚悟を決めると逆にエリオ達に向けて高速で突入した。

 一瞬が勝負を分ける空間で、それが終わりまで絶え間なく続く領域で、本来ならば運が支配する流れの中で、意識を圧縮して可能な限り状況を認識し、勝敗を決める要素から偶然を除去し続ける。


 前方に加速しながら正面の敵にSSB複合銃の砲火を集中させて素早く撃破する。

 そして撃破判定を受けた敵の前方に生まれた隙間、その敵が制圧射撃を担当する空間に身を滑らせると、砲火を左右に広げて一帯を包んでいた当たり判定の隙間をじ開けた。


 アキラとエリオ達の間合いが格闘戦手前まで狭まる。

 エリオ達は同士撃ちなど気にせずにアキラを狙う。

 アキラは相手を撃破して強引に生み出した射線の死角に飛び込み続ける。

 ゆっくりとした世界の中、アルファのサポートでアキラの視界に描画される弾丸の嵐は、一帯の生物を死滅させるように荒れ狂っていた。


 その中でアキラが疑問を抱く。


『何か向こうの撃破判定が出るまで遅くないか!?

 それとも体感時間を圧縮した所為せいで遅く感じているだけか!?』


 必死の形相のアキラのそばで、アルファがいつも通りの微笑ほほえみで補足を入れる。


『実際に遅くなっているわ。

 相手がそれだけ強固になっているのよ。

 強化服の力場装甲フォースフィールドアーマーの出力を限界まで上げている、という設定になっているのでしょうね。

 強化服の稼働時間が極端に落ちるけれど、その間にアキラを倒せればそれで良いのよ。

 部隊の行動方針も間違いなく部隊ごと刺し違える前提で組まれているしね』


『なるほど!』


 自身の動きに遅さを感じるほど圧縮された世界の中でアキラがSSB複合銃を振り回す。

 強化服の身体能力を存分に生かして場を駆け巡りながら、設定上限の連射速度で狙い、ぎ払い、前後に、左右に撃ち放つ。


 体感時間では非常に長く、実際にはほんの十数秒の激戦が終わった。

 アキラは最後まで残っていたエリオを撃破して、9戦目も勝利した。




 タバタがトレーラーの中で模擬戦の結果に愕然がくぜんとしている。


「この設定でも、勝てないのか」


 部下の技術者達もあきれに近い笑いを浮かべていた。


「何ていうか、すごいを通り越して馬鹿じゃねえのって感じだな。

 個人で人型兵器に勝つわけだ。

 まあ、金を掛けた装備で金の掛かる戦闘をやったからって理由もあるんだろうけどさ」


「システムの支援有りとはいえ、総合支援強化服を着用しているとはいえ、あいつらはスラム街の素人同然の子供なんだ。

 勝っても不思議はないんじゃないか?」


「あのアキラってやつもスラム街の出だろう?」


「例外は除く。

 そういうことだよ。

 それにあいつはもうハンターとして結構成功してるんだ。

 出身がどうこうなんて関係ないだろう?」


「まあな」


 ヨドガワもアキラがここまで強いとは思っておらず、アキラを自社製品の広告に利用する計画に対しても、より積極的な方向への修正を検討していた。


(今回の件でアキラにいろいろ支払うことになって少々不安だったが、たっぷり払って御機嫌を取る意味では必要経費の範疇はんちゅうか?

 あれ程のハンターとの伝だ。

 きっと役に立つ。

 タバタがあんなことを言いだした時には結構焦ったが、結果的には良かったか……)


 ヨドガワがタバタに視線を向ける。


「タバタ。

 流石さすがにもう中止だ。

 連勝が続いた所為せいで、勝利時の支払いが次から1戦100万オーラムになる。

 幾ら予算がお前の管轄でも見過ごせない。

 中止だ。

 分かったな?」


 タバタはどこか思い詰めたような表情をヨドガワに向けた後、その表情のまま端末を操作し始める。


「……まだだ。

 次だ。

 せめて、1回……」


「1回ぐらいは勝ちたいお前の気持ちも分かるし、さっきは結構惜しいところまで追い込んだのも分かる。

 だがそんな理由で続けさせる訳にはいかない。

 惜しかった。

 あとちょっと。

 そんな調子で続けても負けが込むだけだ」


 タバタは返事を返さずに端末を操作し続けている。

 部下の技術者達がタバタの操作内容に気付いて顔を少し引きらせた。


「タ、タバタさん。

 流石さすがにそれはちょっと不味まずいんじゃ……」


「体格に大人と子供のような大きな差は無い。

 調整すれば互換性は保てるはずだ」


「いや、だからって……」


「こっちは俺がやる。

 お前達は強化服側の調整に行け」


「……俺は止めましたからね」


 技術者達は立場が下だということもあってタバタを止めるのも難しく、一応念押ししてから指示に従ってトレーラーの外に出ようとする。

 そこでヨドガワがトレーラーの隅で技術者達を呼び止めて事情を聞いた。


 状況を理解したヨドガワが難しい表情を浮かべている。


「……それ、大丈夫なのか?」


「いや、いろいろ問題有りですよ。

 だから止めたんです。

 何をどの程度問題視するかには、それぞれの判断に違いが出るでしょうけどね。

 データの流用に関しても、情報管理の面でも強化服の安全面でも結構グレーですから」


「場合によっては死人が出るか?」


「いえ、流石さすがにそこまでは。

 あれをやったとしても、死亡者が出るほどの事故が発生する確率は、通常の試験と同程度に十分に低い。

 そういう意味では大丈夫です。

 だからタバタさんも強行しているんでしょうけれど」


 ヨドガワがまた少し悩んでから続ける。


「取りあえず、お前達はタバタの指示の範疇はんちゅうで出来る限り安全に気を配ってくれ。

 あいつも一度やれば勝ったにしろ負けたにしろ満足するだろう。

 それでも続けようとしたら、俺が上に言って無理矢理やり止めさせる。

 責任者はあいつなんだ。

 現状で止めるのはちょっと無理だ。

 一度だけ付き合ってやれ」


「分かりました。

 その後は頼みますよ?」


「ああ。

 ……それで、勝てそうなのか?」


「それは何とも。

 何もせずに続けるよりは望みがある。

 そういうことだと思います。

 それじゃあ」


 技術者達がトレーラーから出て行く。

 タバタは黙って作業を続けている。

 ヨドガワは鬼気迫るタバタの様子を離れて見ながら、あれなら意外に何とかなるのではないかと思い始めていた。


 何かの間違いであっても一度でもアキラに勝てば今後の交渉にも幅が出る。

 勝ってほしいのはヨドガワも同じだった。

 だから、止めなかったのだ。




 休憩中のエリオ達がアキラを話の種に雑談している。


「本当に全然勝てないな。

 てか、あれでも勝てないんだな。

 俺達はどれだけ手加減されてたんだよ」


「ほら、あれだ。

 多分、アキラさんは金が出ないと本気を出さないんだよ。

 前にメイド服のやつと戦った時も、初めは負けっぱなしだったけど、後で最後に一気に圧倒しただろ?

 あれ、仕事として金をもらったかららしいぞ」


「金か。

 やっぱりハンターだし、その辺はうるさいんだろうな。

 ……でもそうすると、何で以前からボスに協力してたんだって話になるんだよな。

 うーん。

 恋人だから、か?」


「投資とか、そういう扱いなんじゃないか?

 今のボスの稼ぎを考えれば、別に不思議でもないと思う」


「ああ、そういうことか。

 つまり、金か。

 やっぱり金だよな」


 アキラの強さを改めて思い知った少年達からは、もしかしたらアキラに勝てるかもしれないという考えは既に消え去っていた。

 はかない希望だったと割り切り、気を切り替えて軽く笑って雑談を続けていた。


 ただ、エリオは真剣な表情を浮かべていた。

 まだ諦めていないのだ。

 諦めて気を緩めてしまえば、僅かな可能性まで逃してしまう。

 起こり得るかもしれない千載一遇の機会に気付かずに、自分で勝機を投げ捨ててしまう。

 そう言い聞かせて気を引き締めていた。


 トレーラーから出てきた技術者達がエリオ達に呼びかける。


「交代するやつはこっちに来てくれ。

 交代しないやつも、次に出るやつはちょっと調整するからこっちに来てくれ」


 強化服はエリオ達全員分に行き渡る数はない。

 体格の違いをある程度調整できる造りになっているがそれにも限度がある。

 模擬戦参加者の入れ替えには技術者達にる調整作業が必要だった。


 少年達が交代する人を決めて技術者達のところへ向かっていく。


「疲れた。

 俺は次は休む。

 エリオ。

 お前もそろそろ休んだら?

 ずっと出っぱなしだろ?」


「大丈夫だ」


「……そうか。

 まあ、無理はするなよ?

 無理をして体を壊したら元も子もないぞ。

 俺達はアキラさんみたいに高い回復薬をがぶ飲みなんて出来ないし、あの診療所での扱いも半分治験なんだからな」


「分かってる。

 気を付けるよ」


 気遣ってくれた仲間を心配させないように、エリオは何とか軽く笑った。


 強化服の調整が終わると、エリオ達の中に強化服の動きに違和感を覚える者が続出した。

 流石さすが怪訝けげんに思って技術者達に訴える。


「あの、強化服の動きがちょっと変っていうか、ぎこちない感じなんですけど」


「……試験中だから、設定次第でそういうこともある。

 違和感が無くなるまで歩いたり走ったり軽く体操したりしてくれ。

 フィードバックで徐々に調整される。

 それでも違和感が消えないのなら、悪いが参加を取りやめて誰か別の人と交代してくれ」


「は、はあ……、分かりました」


 エリオ達は指示通りに各自でいろいろ動いて動きの違和感を取り除こうとした。

 どうしても違和感が消えない者も出たので、参加者を交代したり、強化服を交換したりと、いろいろ試行錯誤していた。

 技術者達はその様子を少し心配そうな表情で見ていた。


 部隊全員が何とか普通に動けるようになるまでしばらく時間が掛かった。

 そのかなり長めの休憩時間を挟んで、再び模擬戦が始まった。




 10戦目が始まった直後、アキラは再び強襲を掛けようとしていたのだが、相手の動きの変化に気付いてそれを取りやめた。

 足を止めて瓦礫がれきの陰に隠れる。


 エリオ達は少し突出気味の位置にいるエリオを全員で援護する陣形を組んでいた。

 今までのような各員の強さや役割を大体同じものとして扱っていた部隊行動ではなく、明確な実力差と指揮の上下関係を前提とした布陣だ。

 そして前のようにアキラの居場所を常に把握しているような気配もない。


 アキラはそれを怪訝けげんに思いながらもじっくりと対処していく。

 エリオを狙い、他の者にエリオを援護させ、その動きで乱れた陣形のすきいて、少しずつ相手を仕留めていく。

 そのまま順調に相手の数を減らしていくが、その表情には僅かな困惑が浮かんでいた。


『うーん。

 急に少し手強てごわくなったような、違うような……』


 うなっているアキラにアルファが口を挟む。


『つまり、どっちなの?』


『分からない。

 妙なちぐはぐさは感じるんだけどな。

 あの陣形、突出しているやつがその分だけ強くないと無駄に被害が増える気がするし、後方との高度な連携も必要な気がする。

 その辺がバッチリなら全体としては逆に強くなるんだろうけど……』


『確かにその要素を満たしていないから、布陣が十分に機能しているとは思えないわね。

 でも所詮は訓練だから、違うパターンを試してみただけという可能性もあるわ』


『まあ、そうだな。

 連敗していたから試しに変えてみたってことも考えられるか』


『取りあえず、まずは余計なことを考えずに倒してしまいなさい。

 気が散った所為せいで負けたら本末転倒よ?』


『了解だ』


 アキラは気を切り替えて戦闘を続けた。

 順調に相手の数を減らしていき、エリオの十分な援護も難しくなった辺りで、一応この連携の要であるエリオを仕留めに行く。


 瓦礫がれきの影から飛び出してエリオに銃口を向ける。

 エリオも素早く反応してアキラに銃を向ける。

 だがアキラは素早く移動してエリオの射線から問題なく逃れた。


 仕留めた。

 そう確信して引き金を引こうとする。

 その途端、アキラの表情が大きく強張こわばった。

 片手で銃を持つエリオの腕が、通常の可動域からかなり外れた無理な角度でアキラを追うように動き、一度射線から逃れたアキラを再び強引に射線に合わせたのだ。


 アキラは反射的に体感時間を限界まで圧縮し、強化服の出力を上げて地を蹴り、相手の射線から身を外しながら引き金を引いた。


 次の瞬間、明らかに激痛を伴った悲鳴が響いた。




 エリオは模擬戦を再開してから強化服に振り回されていた。

 強化服による動きの補正が、今までのような自身の動きを後押しするものから、より高度な動きへ修正するものに変わっていたからだ。


 歩き方や走り方、銃の構えや細かな動きまで、自分ではない者の方式を無理矢理やり押し付けられているような感覚に戸惑いを覚える。

 自分本来の動きとの差異が身体に強い負荷を掛けている。

 自分の意思で動いているのではなく、何かに動かされている感覚に不快感を覚える。


 その一方で、明らかに自分では不可能な格段に洗練された動きを体感して高揚しているのも事実だった。


 これならアキラに届くかもしれない。

 そう願って、きしむ体の訴えを退け続け、苦悶くもんに耐えながら戦い続ける。

 そしてアキラと互いに銃口を向け合う状況まで持ち込んだ。


 これが千載一遇の好機だと、エリオが全身全霊でアキラを狙う。

 痛みすら忘れる集中が、世界が遅くなった錯覚さえ作り出していた。

 その中で自分の射線から素早く逃れるアキラの姿を見て、撃っても当たらないと理解してしまう。


 僅かな諦めがエリオの意識を乱す中、無意識にアキラの姿を目で追っていたエリオは、自分の腕が自分の意思を無視して勝手に動き、アキラに照準を合わせ直そうとしていることに気付いた。


 乱れた集中がエリオに痛みを思い出させる。

 その瞬間、激痛がエリオの戦意を刈り取った。




 叫び声を上げて銃を落とし、腕を押さえて地面に倒れたエリオの様子に、少年達が騒然となる。

 模擬戦を投げ出して慌ててエリオに駆け寄っていく。


「エリオ!

 大丈夫か!?

 何があった!?」


「じ、実弾なんか使ってないよな!?

 どうなってるんだ!?」


 アキラもエリオ達の様子から模擬戦は完全に中止になったとようやく判断すると、そのままエリオのもとに向かった。

 そして狼狽うろたえている少年達に指示を出す。


「取りあえず強化服を脱がせろ。

 ゆっくりな」


 エリオは痛みの所為せいでろくに身動きも出来ない。

 少年達は慎重にエリオから強化服を脱がせた。

 エリオの腕は赤く腫れ上がっており、肩や関節が微妙にずれていた。


 アキラが回復薬を取り出し、エリオの口を少々強引に開いて中に詰め込んだ。


「回復薬だ。

 全部飲み込め。

 あと、結構痛いけど我慢しろ」


 アキラはそう言うと、エリオの腕のずれを強引に直し始めた。

 エリオが更なる激痛にもだえ苦しみ暴れるが、アキラは強化服の身体能力でそれを押さえ込んだ。


「すぐに鎮痛作用が効き始める。

 それまで我慢しろ。

 痛みが引いても治ったわけじゃない。

 完全に治るまで動かすな。

 回復が遅れる。

 分かったな?」


 エリオが痛みに苦しみながら何度もうなずく。

 アキラはエリオの腕を固定するためにそのまましばらく押さえ付けていたが、エリオの表情から回復薬が効き始めたと判断すると手を離した。

 エリオは痛みが引いてからもかなりつらそうな表情を浮かべていた。


 少し遅れてシェリルやタバタ達も集まってくる。

 シェリルはアキラ、エリオ達、タバタ達の様子を順番に素早く確認すると、少し思案した後にタバタ達に非難気味の視線を向けた。


「事情を聞きたいのですが」


 ヨドガワは表情に僅かな焦りをにじませながら取り繕う言葉を探している。

 タバタは負傷者が出てしまったことで我に返り、自身の失態に頭を抱えていた。


 シェリルはタバタ達の反応から、これが不測の事態ではなく、本来回避可能な事象を何らかの理由で意図的に防がなかった、あるいは怠っていたことを見抜いた。


「事故ですか?」


 シェリルはタバタ達に少しきつい視線を向けている。

 タバタ達が返答に困っていると、そこにアキラが口を出してくる。


「事故っていうか、支援システムとやらが本当に実戦想定で動いた結果なんだろうな」


 自分なりの意見を述べたアキラに皆の視線が集まる。

 少年達の一人が困惑しながら、湧いた疑問を思わず口に出す。


「何で実戦想定だとエリオがこんな目に遭うんだ?

 実戦想定って言っても、訓練だろ?」


「多分、支援システム側としてはちゃんと支援しただけなんだろう。

 強化服を操作して敵を撃破しようとしたんだ。

 でも生身の方がその動きに付いていけなかったんだ。

 それで腕を大きくねじって、ぐしゃっといったんだろうな」


 実戦を想定して、部隊全員を勝利のための捨て駒にしても勝てなかった。

 それで支援システムは更に部隊の損害を軽視して次戦に臨んだ。

 単純な撃破判定の軽視から更に踏み込んで、実際の身体の負担まで軽んじ始めた。

 そう判断していたアキラにとって、この結果は然程さほど不思議ではなかった。


「腕を引き換えにしても敵を倒せればそれで良し。

 そういう判断基準で援護したんだ。

 本当に実戦想定なら、間違っちゃいない。

 腕と命。

 どっちを捨てるかって考えたら、腕だろうな」


 話を聞いて複雑な、嫌そうな表情を浮かべている少年達の様子に、アキラが苦笑しながら続ける。


「まあ、訓練でそこまでするかって話でもある。

 逆に訓練だからこそえてそこまでするって話でもある。

 訓練で出来ないことが実戦で出来るわけがない。

 訓練で負傷して実戦で出来なくなったら意味が無い。

 それに、実戦で腕を捨てれば死なずに済む状況に陥って、本人がそれを理解していたとしても、実際に出来るか、腕を躊躇ちゅうちょなく捨てられるかって言われたら、難しいだろう。

 その辺を自分の意思以外に任せて無理矢理やりやってもらうってのも、支援システムの強みだとは思う。

 実際、さっきは俺も危なかったしな」


「えっ?

 そうなんですか?」


「ああ。

 もうちょっとで被弾判定ぐらいは受けるところだった」


 少年達が複雑な表情でざわめき始める。

 アキラに勝つなんて無理だ。

 どう足掻あがいても勝てるわけがない。

 その固定観念を覆し兼ねない言葉が少年達に与えた衝撃は大きかった。


 だが同時に、そこまでしなければ僅かな勝機すらつかめないとも思った。

 アキラと自分達の実力差は確かに縮まった。

 しかしそれは雲の上にいる思っていたアキラが高層ビルの屋上まで降りてきただけだ。

 地上にいる自分達が手を伸ばしても届きはしない。


「実戦想定って言っても解釈に差異はある。

 支援システムの判断基準とか、エリオ達との認識のり合わせとか、その辺の調整不足の結果なんじゃないか?」


 アキラがそう締めくくると、少年達が顔を見合わせて話し始める。


「そういえば、システムからの指示や動作補助が実戦を想定したものになるって言われてたな。

 えー、あれ、そういう意味だったのか?

 身体への負担って、腕とか脚とかがやばいことになるって意味も含んでたのか?」


「いや、まさか、システム側の調整不足とか、そっちの方だろう。

 試験中なんだから、その辺にまだ問題があるんじゃないか?

 そういう問題がある状態だから、俺達に試験を兼ねて貸し出されてるんだよ。

 俺達に高い強化服を貸し出すなんてうまい話には、やっぱりそういう裏があった。

 そういうことだろ?」


「でもアキラさんは普通に話してたぞ?

 ハンターなら普通の感覚なのかもしれない。

 遺跡とかでモンスターとしょっちゅう殺し合ってるから、その辺の感覚が麻痺まひしてるんじゃないか?」


「俺達にハンターの基準を持ち出されても困るって。

 あ、でも、ハンター向けの強化服の試験なんだから、そっちが基準に……」


 シェリルが少年達の話を聞きながら改めてヨドガワ達に視線を向ける。

 ヨドガワは営業用の愛想を取り戻していた。

 アキラの意見に乗って事態を取り繕う。


「確かに、アキラ様の御指摘の通り、実戦想定という事項に対しての、総合支援システムの調整不足と強化服着用者の認識の齟齬そごによって発生した事故である面は否めません。

 謝罪すると同時に、今後は事態の再発防止に努めます」


「……分かりました。

 お願いします」


 シェリルもアキラの意見を否定してまで真相を追及するつもりはない。

 だが、アキラの顔を立ててえて引いたのだと、貸しを作ったのだと伝えるように、意味ありげに微笑ほほえんだ。


 ヨドガワが場を仕切り直すように声を張り上げる。


「残念ながら負傷者も出てしまいました。

 システム側にその調整を入れる時間を取るためにも、本日はここまでと致しましょう。

 アキラ様。

 本日は試験にお付き合いいただき誠にありがとう御座いました。

 また是非とも御協力を御願い致します。

 次からは、実戦想定での模擬戦は控えさせていただきますが、それでもよろしければ、お気軽に御参加ください」


「まあ、暇ならな」


「シェリル様。

 今回は当社の総合支援強化服の問題点を露見させてしまいましたが、全力で改善に努めさせていただきますので、今後もよろしくお付き合いいただきたくようお願いいたします。

 エリオ様。

 本日は誠に申し訳ありませんでした。

 支援システム側に今回のような無理な挙動を防ぐよう、特に念入りに調整いたしますので、何卒なにとぞ御容赦を……」


「俺はこのままで良い」


「えっ?」


 エリオの意外な申し出にヨドガワが思わず声を漏らした。

 アキラ達も驚いた様子でエリオを見ている。


「このままで良い。

 変えないでくれ。

 これがちょっとした調整ミスや認識の齟齬そごの結果なら、試験の想定内なんだから、治療費とかはそっちで持ってくれるんだろう?」


「え、まあ、確かに当社で負担させていただきますが……」


「それなら設定はこのままにしてくれ。

 その方がそっちもデータが取れて都合が良いはずだ」


 ヨドガワの顔から営業の仮面が外れ、戸惑いをあらわにする。


「確かに多彩なデータを取得できますので当社としては有り難い話ですが、……本当によろしいので?」


「はい」


「で、では、希望者は、現在の設定を引き継ぐ方向で調整いたしましょう」


「お願いします」


 驚き、困惑、賞賛、疑念、様々な視線が自分に向けられている中、エリオは強く決意していた。


(あの動きを手に入れればアキラの実力に近付ける。

 追い付ける!

 これは好機だ!

 逃してたまるか!)


 地をうような自分達の実力と、高層ビルの屋上に立っているアキラとの実力差。

 少年達がそれを絶望的な差と感じる中、エリオはそれを希望と捉えた。

 ビルの階段を上るにしろ、壁をい上がるにしろ、雲の上を目指して空を飛ぶよりははるかに現実的だと判断した。


 必ず強くなる。

 エリオはそう誓い、強い決意を込めて手を握りしめていた。

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