第180話 旧世界の備品達

 アキラはビルの4階まで探索を終えた。

 今の所遺物収集の成果は全く上がっていない。

 比較的状態の良さそうな物をリュックサックに詰め込んでみたが、別の物を入れようとしてリュックサックを再び開いた時、先に入れていた物が中で細かく砕けていたのを見て、無理に収集するのは諦めていた。


 アキラが軽く落胆したようにめ息を吐く。


『遺跡の奥部なら高値の遺物がたっぷり残っていると思っていたんだけど、そう上手うまくはいかないもんだな』


 アルファは落胆した様子もなく、いつも通りの微笑ほほえみを浮かべている。


『大規模な部隊を派遣して構築している後方連絡線の周囲だからね。

 軽く見て回った程度で簡単に手に入る遺物は既に持って行かれたのよ』


『でもさ、ほら、アルファに初めて案内された廃ビルには遺物が結構残っていたじゃないか。

 方向は違うけど、都市からの距離はここと同じぐらいだろう?

 それならここにだってもう少しいろいろ残っていても良いんじゃないか?』


『距離と到達難度は別よ。

 ここは舗装済みの大通りのおかげで部隊も派遣しやすいし、あの場所と一緒にはできないわ。

 あの時には途中に大型機械系モンスターの巡回ルートも残っていたしね。

 以前に訪れていたハンターの量と質が違うわ』


『そういうものか』


『遺物をたっぷり見付けたいのなら、まだ他のハンターが立ち入っていない場所に近付く必要があるわ。

 探す場所を大通り前線より先に変えれば、遺物がまだまだたっぷり残っている可能性が高くなるわよ?

 今から変える?』


『それもちょっとな』


 アキラもそうだろうとは思う。

 しかし多数の人型兵器を配備して維持している前線より先に進めば、それだけ危険度も跳ね上がる。

 採算度外視という潤沢な弾薬を頼りにして強引に進んでみるという手段が頭をかすめたが、まだそこまで無理をする必要はないだろうという考えの方が強かった。


『まあ、当面はこの辺りで遺物収集や汎用討伐をしておくよ』


 無理はしない。

 シズカともそう約束したのだ。

 アキラは自身に再度そう言い聞かせた。


 そのまま遺物収集を続けていく。

 7階まで進んだが成果は全く上がっていない。

 階段をバイクの機動性をかして強引に登って8階に到着する。

 するとビル内の光景に変化が現れた。


 全長1メートルほどの巨大なカタツムリが廊下をゆっくりと徘徊はいかいしている。

 殻は金属製で小型の砲塔が付いていた。


『どうするの?

 汎用討伐に精を出すつもりがないなら態々わざわざ倒す必要もないけれど。

 ここまで来ても遺物収集の方に成果はなかったし、引き返す?』


『いや、あれを倒して遺物収集を続行だ。

 モンスターがいるってことは、ざっと見て回るつもりのハンターはここで引き返したのかもしれない。

 つまり、もっと奥に進めば、まだまだ遺物がたくさん残っている可能性が高いってことだ』


『そう。

 頑張ってね』


 アキラはバイクから降りて通路の影からSSB複合銃を構えると、しっかり狙って引き金を引いた。

 命中した弾丸がカタツムリの殻に穴を開けた。


 するとカタツムリが軟体部を殻に引っ込めて床にへばりついた状態になる。

 そして殻に付いている小型砲塔の砲をアキラに向けて砲撃で反撃してきた。

 アキラは素早く身を戻して砲弾を回避する。

 小さな砲弾が壁に命中して小さな爆発を起こした。


『大した威力じゃないな』


『だからって被弾を前提にして戦っては駄目よ?』


『分かってるって』


 敵は攻撃も防御も然程さほど高くない。

 数発撃ち込めば倒せるだろう。

 アキラはそう判断してカタツムリを再び銃撃した。

 その表情が驚きでゆがむ。

 同じ弾丸を当てたのにもかかわらず、カタツムリの殻が銃弾をはじいたのだ。

 驚きながら更に5回ほど攻撃と回避を交互に繰り返したが、着弾音を響かせるだけで同じようにはじき返された。

 着弾時に着弾地点から僅かな光が放たれていた。


 アキラが驚きながら身を引っ込めてカタツムリからの反撃をかわす。


『急に硬くなった。

 それにあの光。

 力場装甲フォースフィールドアーマーの衝撃変換光ってやつか?』


『そのようね』


『気付かれていない間に素早く倒さないと、敵の装甲の強度に雲泥の差が出てしまうのか。

 面倒臭い敵だな』


 アキラは呼吸を整えると、再び素早く身を乗り出した。

 意識を集中して体感時間を圧縮しながらSSB複合銃の引き金を引き続け、同時に着弾地点を可能な限り同じ箇所にするようにしっかりと狙いを付け続けながら連射する。


 強化服の身体能力。

 SSB複合銃の反動制御。

 圧縮された体感時間。

 研ぎ澄まされた意識での照準合わせ。

 それらが組み合わさり、十分な精度の精密射撃により発射された弾丸は、ほぼ狂いなく同一箇所に短時間に連続で着弾した。


 力場装甲フォースフィールドアーマーまとったカタツムリの殻も、その衝撃には流石さすがに耐えきれなかった。

 弾丸が殻に穴を開けて中身をえぐっていく。

 殻の内部で跳弾が起こり内部の器官をき回していく。

 軟体部を殻に引っ込めていた所為もあってほぼ即死だった。

 床にへばりついていた殻が軽い音を立てて転がった。


『よし。

 まあ、ちょっと弾数に物を言わせたが、倒せたんだ。

 これで良いだろう。

 それにしても、力場装甲フォースフィールドアーマー持ちのモンスターが普通に彷徨うろついているのか。

 流石さすがは奥部ってことなのかな。

 キバヤシが消耗品代を気前良く出してくれたのも、この辺のモンスターの強さが理由かもな』


 それほど強い敵を自力で倒せたのだ。

 アキラはそう思って少し上機嫌になっていた。

 だがアルファがその根拠をあっさり打ち砕く。


『残念だけれど、多分違うわ。

 このカタツムリはそんなに強いモンスターではないしね。

 単純な強さなら、前に遭遇した蜘蛛くもの方が上よ』


『いや、それは確かにあんな群れを率いていたデカいやつと比べればそうだろうけどさ』


『群れの一匹、アキラにすぐに倒された小型の方でも同じよ』


 アキラが意外そうな表情を浮かべる。

 そして言い訳するように続ける。


『……そうなのか?

 いや、でも、あの蜘蛛くも力場装甲フォースフィールドアーマーはなかったし、流石さすがにこっちのカタツムリの方が強いんじゃ……』


『アキラ。

 特定の条件下で撃退難度を上げるモンスターは幾らでもいるわ。

 カタツムリもその手の類いで、今がその条件下ってだけよ。

 アキラの防護コートにも力場装甲フォースフィールドアーマーの機能があって、エネルギーパックの消費を気にせずに限界まで強度を上げれば、ごく短時間だけなら飛躍的に防御力を向上させられるわ。

 似たようなことをしていただけよ』


『でもさ、それぐらい強力な力場装甲フォースフィールドアーマーを長時間維持できるほど強いってことじゃないのか?』


『恐らくそのためのエネルギーをこのビルから得ているのよ。

 そしてエネルギーを得ている間はその場から動けないのだと思うわ。

 ビルの外では力場装甲フォースフィールドアーマーは使用できないか、非常に弱くなるのだと思うわ。

 だから外では見掛けなかったのよ』


『……それは推測か?』


『そうよ。

 でもCWH対物突撃銃の専用弾並みに強力な弾丸をはじくほど強固な力場装甲フォースフィールドアーマーを、どこでも常時維持できるほどに強いのなら、もっと外で大量に繁殖していると思うし、都市側も本腰を入れて対処すると思うわ』


 納得したアキラが僅かに項垂うなだれる。


『まあ、素早く倒さないと非常に頑丈な固定砲台に変わってしまうと考えれば、非常に面倒なモンスターではあると思うけれどね』


 アキラが更に項垂うなだれる。

 敵を自分から倒すのに最も面倒な状態にした上に、それを力押しで倒した挙げ句、敵の強さを過剰に高く見積もって、それを倒して上機嫌になっていた。

 それを自覚したからだ。


 アキラは楽しげに微笑ほほえんでいるアルファに気付くと、少し開き直って顔を上げた。


『良いんだよ。

 勝ちは勝ちだ。

 それに前にここに来たハンターも、面倒臭いモンスターと戦うのを嫌がってここで帰ったかもしれない。

 高値の遺物が見付かる可能性が上がったってことだ』


『確かにそうね。

 一応言っておくわ。

 同種のモンスターがビル内にまだたくさんいるけれど、そっちの方は楽に倒してちょうだいね』


『了解だ。

 行くぞ』


 アキラは少し自棄やけ気味にそう答えてビル内の探索を再開した。


 探索そのものは順調に進んでいく。

 同種のカタツムリと何度も遭遇したが、気付かれる前に遠距離から仕留め続けた。

 複数の個体と遭遇した時に全部を一度に倒しきれず、固定砲台状態になった敵に弾丸をはじかれたこともあったが、しばらく身を潜めて固定砲台状態を解除するのを待ってから再度銃撃して倒した。


 あれだけ苦労して倒したカタツムリがあっさり倒されていく。

 アキラはその違いに少し苦笑していた。


 探索は順調だが遺物収集の方は全く駄目な状態が続いていた。

 既に12階に辿たどり着いたが、成果はいまだ無しだ。

 アキラがめ息を吐く。


ろくな物がない。

 ボロボロの状態の物すら減っていくってどういうことだよ』


『残っていた遺物はあのカタツムリ達に食べられてしまった。

 そういう考えもあるわ』


『勘弁してくれ……』


 見切りを付けて引き返す。

 その判断能力もハンターには重要だ。

 アキラもそれは分かっているのだが、もう少し進めば何かあるかもしれないという誘惑を振り切れずに、ずるずると判断を先延ばしにして先に進んでいく。

 遭遇するカタツムリの数が徐々に増えていくことに少しうんざりしながらも、ここまで来たのだからという理由に背中を押されて進んでいく。

 そして成果無しのまま最上階の手前、19階までの探索を終えてしまった。


 アキラが大きくめ息を吐く。


『……アルファ。

 これは助言の範疇はんちゅうで、アルファのサポートに含まれるのかもしれないけど、それでも教えてくれ。

 俺はここまでに実はどこかにあった真面まともな遺物を見逃してたりしていたか?』


『いいえ。

 私の索敵を兼ねた探知でもそれらしい物は見つからなかったわ』


『本当に何にもなかったのか……。

 この階でも何も見付からなかったら、結構大きなビルだったってのに大外れってことだな。

 俺には稼げる場所を見抜く感覚が全くないのか?』


 アルファが軽く項垂うなだれているアキラを励ますように微笑ほほえみかける。


『その手の感覚を磨くのは大変よ。

 経験を積み重ねて磨いていくしかないわ』


『そうなんだろうけどさ……』


 戦闘でも遺物収集でもアルファのサポートを外した途端に凡庸なハンターに成り下がる。

 アキラはそれを当然だと思う一方で、もう少し自力で何とかできるのではないかと無意識に思っていた部分を刺激されて、少し気落ちしていた。


『それにまだ最上階が残っているのだから判断には少し早いわ。

 諦めずにもう少し頑張りなさい』


『……。

 そうだな』


 無駄に気落ちするだけ損だ。

 アキラはそう考えて気合いを入れ直した。


 最上階に続く階段を上がった先には僅かな通路と扉しかなかった。

 アキラは通路部分でバイクから降りて扉を開けようとする。

 しかし扉は非常に頑丈で、強化服の身体能力でもじ開けるのは無理だった。


『硬いな。

 何でこの扉だけこんなに頑丈なんだ?

 下の階の扉は簡単に開けられたのに』


『下の階の扉はカタツムリがエネルギーを吸収した所為でもろくなっていたのかもね』


『すると、最上階にはカタツムリはいないのか?

 まあ、入ってみれば分かるけど……』


 アキラは強化服のエネルギー消費を無視して一時的に出力を上げた状態で再度扉を開けようと奮闘した。

 しかしそれでも扉は開かなかった。


 業を煮やしたアキラが扉にSSB複合銃を向ける。

 この距離からアンチ力場装甲フォースフィールドアーマー弾や強化徹甲弾で銃撃すれば、幾ら頑丈な扉でも流石さすがに壊れるだろう。

 そう思いながらも、モンスターでもない相手に高価な弾丸を使用するのは躊躇ためらってしまう。

 自費ではないとしても、高価な弾丸を消費して成果無しでは無駄遣いに違いはないのだ。

 キバヤシからも流石さすがに文句を言われるかもしれない。

 アキラは銃を向けたまま悩んでいた。


 するとアルファが苦笑を浮かべて口を出す。


『アキラ。

 扉を壊す程度ならブレードを使いなさい。

 至近距離で動かない相手に高価な弾丸を使う必要はないわ』


 アキラが驚きの表情を浮かべてから苦笑する。

 そしてその存在が意識から漏れていたブレードを取り出した。

 ツバキハラビルから持ち帰ったものの残りだ。


 アキラの体が勝手に動いて構えを取る。

 アルファによる強化服の操作だ。

 更に柄だけの状態だったブレードから青白い光刃が伸びていく。


『アルファ?』


 アルファが急にサポートを始めたことに、アキラが少し驚いて顔を向ける。

 アルファは気にせずに軽く笑って返す。


『これぐらいは良いでしょう?

 手早く中に入りましょう。

 ブレードの残存エネルギーを無駄に消費するのも避けたいしね』


 アキラは軽く苦笑すると、体の動きをアルファの強化服の操作に合わせた。


 アルファのサポートを得たアキラがブレードを達人の技量で振るう。

 光刃が頑丈な扉の存在そのものを無視したかのように、分厚い金属の間を僅かな減速もなく一瞬で駆けていく。


 残心の体勢を取っているアキラが、一呼吸置いてブレードの刃を消して構えを解く。

 少し遅れて扉が音を立てて後ろへ倒れた。

 扉の切断面を見たアキラが軽い感嘆を表す。


『相変わらずすごい切れ味だ。

 こういう装備を手に入れたやつが、それを存分に振るってみたいと考えるようになって、モンスターに接近戦を挑むようになるのかな。

 ちょっと分かる気がする』


 アルファが珍しく少し顔をしかめてくぎを刺す。


『アキラはそんなふうになっては駄目よ?

 ブレード類の訓練も実施しているけれど、それは格闘戦や至近距離での銃撃戦を含めた総合的な近接戦闘術の訓練の一環であって、そちらを主体にするためのものではないわ』


『分かってるって』


 アキラは軽く流したが、強力な装備を手に入れた後にその装備に偏向するハンターは意外に多い。

 特に旧世界製の装備を手に入れた者はその傾向が高い。

 余りに高性能なために本来使用が不適切な状況でも意外に何とかなってしまうことが多く、装備への信頼を強めてしまうからだ。


 アキラは部屋の中に入ってすぐに立ち止まった。

 予想外の、そしてどこか既視感を覚える光景に少し呆然ぼうぜんとしてしまっていた。


 ビルの最上階は階全体が一つの部屋になっていた。

 床も壁も天井も真っ白で、窓もなく光源も見当たらないのに十分に明るい。

 広く、区切りもなく、床、壁、天井の境目も見えず、遠近感を狂わせるような無限の広大さを感じさせる部屋だった。


『アルファ。

 これって……』


『ここは設備類を拡張現実や立体映像で済ませるために調整した部屋ね。

 真っ白なのは余計な情報が視界に入るのを防ぐためよ。

 部屋全体が何らかの表示装置になっている場合もあるわ』


『何というか、不思議な感覚の部屋だな』


 アキラはどこを見ても真っ白な世界が続いているようにしか見えない。

 足下を見れば宙に浮いているような錯覚を覚える。

 何らかの誤作動なのか、情報収集機器の反応もアキラの感覚と同じ内容を示していた。


 アキラはその情報収集機器の反応で我に返った。

 色無しの霧など、情報収集機器が誤作動を起こす環境の危険性は身に染みているのだ。


『アルファ。

 今更かもしれないけど、自力で何とかする訓練はここで切り上げてくれ。

 この部屋の中を真面まともに認識できるサポートが欲しい』


『あら、自力で何とかするのはもう降参なの?』


『ああ、降参だ』


 アキラはアルファの軽い挑発気味の言葉にも欠片かけらも揺らがずに答えた。

 この空間に自力で対処するのは難しいと正しく判断したのだ。

 アルファがうれしそうに微笑ほほえむ。


『慢心しないのは良いことよ。

 分かったわ』


 アキラの視界が拡張されて真っ白な部屋に線が引かれる。

 その線が部屋に無数の正方形を等間隔に表示すると、アキラの視界に遠近感が戻ってくる。

 先ほどまで無限の広さに思えた部屋が消えて、現実的な広さの部屋に戻った。


 アキラは現実味の戻った部屋を見て少し落ち着きを取り戻す。

 そして部屋の中央辺りまで進んでから改めて部屋中を見渡した。

 そして大きくめ息を吐く。


『……何にもないな。

 結局成果無しか』


『そういうこともあるわ。

 引き上げましょう』


 アルファは笑ってアキラを励ましている。

 アキラはそれで少し元気を取り戻すと、項垂うなだれ気味だった顔を上げて部屋の出入口に戻ろうとして振り返った。


 次の瞬間、アキラは反射的に飛び退くと、目の前の存在へ銃を向けた。

 そこにはいつの間にか見覚えのある女性が立っていた。

 女性は愛想笑いも浮かべずに静かな表情をアキラに向けている。


「お久しぶりです」


 アキラが困惑の表情で確認を取る。


「……えっと、ツバキさん……でしたっけ?」


「はい。

 敵対する意思はありませんので、銃を下げていただきたい。

 この姿は立体映像ですので発砲しても意味はありませんが、礼儀として」


「す、すみません」


 アキラは少し慌てながら銃を下ろした。

 するとアルファが僅かに不満げな表情を出しながら、どことなく刺々とげとげしい口調で口を挟む。


『それで、何の用?』


「そちらの方と少しお話でも、そう思いまして」


 ツバキはどことなくとぼけたような無表情気味の顔でアキラに視線を向けた。


 アルファはツバキに余り友好的とは言えない表情を向けている。


『悪いけれど、私達は忙しいの。

 話があるなら後で私がじっくり聞くわ』


「話をする相手は貴方あなたではありませんが」


『私よ。

 勝手な干渉を許すとでも思っているの?』


 アルファが表情に占める不快感の割合を少しずつ増やしていく。

 しかしツバキにそれを気にする様子はなかった。

 アキラはこの状況にただ戸惑っていた。


 ツバキがアルファに向けていた視線を再びアキラに戻す。


貴方あなたはそれでよろしいので?」


「えっ?

 いや、よろしいのかって言われても……」


 アキラはアルファの鋭い視線とツバキの意味深な視線を突きつけられて狼狽うろたえていた。

 選べ。

 その視線がそう告げていることぐらいは理解していたが、困惑の方が強く即答できないでいた。

 だが軽い迷いを見せた後で、少し気後れしながら何とか答える。


「今はアルファの依頼を進めている途中だから、別の依頼の誘いとかは受けられない。

 一緒に進められる依頼かもしれないけど、俺にはその判断もできない。

 だから、何の話か知らないけど、先にアルファと話してくれ」


 アルファが非常にうれしそうに笑う。

 ツバキは表情を変えずに少し肩をすくめた。


「そうですか。

 では私はおいとましましょう。

 縁があれば次の機会にでもまた」


 ツバキが立体映像にもかかわらず立ち去るように背を向ける。

 そして思い出したように振り向いた。


「ああ、話をしないのなら、そちらに協力する義理もありません。

 このビルの機能に割り込んでこの場にお邪魔する都合で止めていたシステムへの対処は、そちらでお願いします」


 ツバキはそれだけ言い残して姿を完全に消した。

 アキラが困惑していると体が突然勝手に動き出す。

 アルファが強化服を操作して部屋の出入口へ全力で駆け出させたのだ。


『アルファ!?

 一体何だ!?』


『全力で脱出するわ!

 急いで!』


 アキラは驚きながらも体の動きを指示に合わせる。

 そして視線の先に、部屋の出入口から飛び込んでくる自分のバイクを見た。


 次の瞬間、そのバイクが真っ白な人型の何かに蹴り飛ばされた。

 バイクが蹴りの衝撃で横転して床を滑っていく。

 人型には目も口も髪もない。

 白い全身義体の素体のような外観で服も一切着ていない。


 アキラがその人型を銃撃する。

 人型は回避行動を取らずに、その場にとどまって防御態勢を取った。


 銃弾が白い素材の肢体に命中する。

 だが着弾の衝撃は体表面を僅かに波打たせ、体勢を僅かに後方へずらしただけに終わった。


 アキラは驚きながらも立ち止まらずに銃撃を続ける。

 アルファのサポートによる精密射撃で同じ着弾位置に撃ち続ける。

 だが人型の体表面を大きく波打たせただけで、弾丸は体表面に押しとどめられた。

 後続の弾丸が前の弾丸と激突して変形しながらはじかれていく。


 アキラが圧縮された時間感覚の中で驚愕きょうがくする。


『アルファ!

 あれは何なんだ!?』


『拡張現実や立体映像を前提とした素体で、恐らくこのビルの備品よ。

 自律式か遠隔操作かは不明ね』


『備品!?』


 部屋の壁の一部が開き、そこに格納されていた他の人型が複数出現する。

 同じ白い素体もあれば、メイド服や執事服のような旧世界製の衣服を着用した男女の機体もある。

 その人形達が口々に告げる。


「警告します。

 当施設は自律治安維持権に準じた武力行使が許可されています。

 これには該当者の殺傷権を含みます。

 直ちに個人識別情報を提示してください」


 人形達は部屋の出入口付近の壁からも、反対側の壁からも出現している。


「個人識別情報の提示を確認できませんでした。

 悪質な身元隠蔽処理と解釈。

 鎮圧基準を引き上げます。

 鎮圧処理中に生じた負傷等の治療費は自己負担となります。

 速やかな投降をお勧めいたします」


 人形達はアキラの前方からも左右からも後方からも迫ってきている。


「繰り返します。

 当施設は……」


 銃撃を食らい続けていた白い機体がついに被弾に耐えきれなくなった。

 機体が着弾の衝撃で床から引き剥がされると、弾丸が胴体を貫通して衝撃を内部に伝えていく。

 体表面の白い素材と内部の機械部品が混ざって部屋に飛び散っていく。


『やっと1体目!

 あんな柔らかそうな見た目なのにどういう頑丈さだ!?』


『あれも力場装甲フォースフィールドアーマーの一種よ。

 やっていることはあのカタツムリと同じでしょうね』


『同じって、頑丈さに差がありすぎないか!?』


『ビルに寄生しているだけのモンスターとビルの正式な備品では性能も段違いというだけよ。

 そんなことよりも……』


 人形達がアキラの周囲に集まり始めている。

 出入口方向からも数体迫ってきている。

 強行突破は不可能だ。


『アキラ!

 無茶むちゃをするわ!

 覚悟を決めなさい!』


『了解だ!』


 アルファのサポートを得た強化服が精密かつ高速かつ高出力で動作する。

 アキラは限界まで圧縮された体感時間の中で、その動作に自身の動きを追いつかせようと全力を出した。


 右手が銃の弾倉の排出操作を行ってから銃を放して空中に置く。

 銃が滞空している間にアンチ力場装甲フォースフィールドアーマー弾と強化徹甲弾を混ぜて装弾した弾倉を右手だけで取り出すと、素早く弾倉を空中に置く。

 急いで空中の銃を再びつかむと、銃の方を素早く動かして空中の弾倉を装着した。


 左手が500万オーラムの回復薬を素早く取り出し、強化服の握力を活用して強引に封を開ける。

 そして中身が飛び散らないように注意しながら少し強引にアキラの口元まで動かして服用させる。

 更に素早くブレードを取り出すと柄から長い刀身を出現させた。


 アキラはその右手と左手の動作を同時に行った。

 そして右側の敵に銃口を向け、左側の敵にブレードを振るいながら、前方の敵に全力の蹴りを放った。


 アンチ力場装甲フォースフィールドアーマー弾を至近距離で被弾した敵が、胴体部分を吹き飛ばされて失い、手足や頭部の根元に胴体の一部を付けたまま吹き飛んでいく。


 高速高出力で振るわれたブレードが左側にいる防御姿勢を取っていた敵を構わず両断する。

 胴体を横に両断された個体の上半身が支えを失って空中に飛んでいき、下半身が勢いよく床に転がっていく。

 刃はそのまま2体目に襲いかかったが、次の機体の力場装甲フォースフィールドアーマーまでは突破できなかった。

 だが刃物ではなく鈍器としての衝撃を敵に与えてその体勢を大きく崩させた。

 直後に刃が負荷に耐えきれず砕け散っていく。


 前方の機体はアキラの蹴りを両腕で受けて防いでいた。

 体勢が僅かに後方に揺らいだだけで損傷を全く受けていない。

 更に後方の機体がアキラに手刀を繰り出そうとしている。

 前方の機体も反撃に移ろうとしている。


 アキラが蹴った相手を足場にして勢いよく飛び上がる。

 その跳躍で背後からの攻撃をかわすのと同時に、空中で体勢の上下を反転させて天井に着地する。

 そしてSSB複合銃の反動抑制を切ると、発砲の反動で天井に張り付きながら銃撃する。

 更にそのまま天井を横に飛び、天井まで跳躍してアキラを狙った人形達の拳や蹴りをかわした。


 人形達がそのまま天井を走ってアキラに襲いかかる。

 力場技術を応用して天地が逆転しようとも全く問題なく体勢を欠片かけらも崩さずにアキラとの距離を詰めていく。


 アキラは銃撃を続けながら次にブレードを取り出すと、下にいた時と同じように応戦する。

 敵を銃撃し、両断し、蹴り飛ばす。

 だが発砲の反動を足場の確保に利用している所為で移動に制限が出ていることと、敵が床側である頭上からも襲いかかってくることで、アキラの対応が一手遅れた。


 人形達がアキラを立体的に包囲しながら一斉に襲いかかってくる。

 アキラは非常に遅く流れる世界の中で、倒した敵の部品が空中にゆっくりと飛び散っていく光景を見ながら、次の対処は間に合わないと理解しながら、それでも全力で足掻あがこうとしている。


 そしてアキラは極限まで圧縮して時間が止まったような世界の中で、殺到する人形達の隙間に余り見たくない物を見た。

 人形達の背後から自分に向けて殺到する小型ミサイルの群れだ。


 バイクは蹴り飛ばされて床を転がった後、アルファの操縦で体勢を立て直していた。

 そして積んでいた小型ミサイルをA4WM自動擲弾銃から一斉に発射していた。

 室内で使用された小型ミサイルの爆発が人形達をアキラごと吹き飛ばした。


 アキラが床にたたき付けられる。

 口から飛び散った大量の血反吐ちへどが白い床を汚していく。

 全身にひどい負荷が掛かっていた。

 先に飲み込んだ回復薬の効果など既に切れていた。


 アルファは全ての小型ミサイルの誘導も行っており、爆発の影響範囲も計算済みだった。

 その計算に従ってアキラを爆発の直前に最も爆発の影響の低い場所に退避させていた。

 加えて防護コートの力場装甲フォースフィールドアーマーの出力を爆発の瞬間に合わせて限界まで上昇させていた。

 そのおかげでアキラは辛うじて消し飛ばされずに済んだのだ。


 自力では指一本動かせない状態の中、強化服がアキラの口に追加の回復薬を詰め込んでいく。

 アキラはそれを口内に残っていた血反吐ちへどごと飲み込んだ。


 アキラがよろよろと立ち上がる。

 床に転がっていた人形達の中でまだ稼動可能な個体達も立ち上がる。

 腕どころか頭を失っても立ち上がっている機体までいた。

 それを見てアキラが苦笑する。


『頑丈すぎるだろう。

 頭を吹っ飛ばされたら大人しく倒れてろよ』


『恐らく近くの機体が遠隔操作しているのよ。

 遠隔操作も可能な半自律式なのでしょうね』


『そういうことか。

 前にもそんなモンスターがいたな。

 やっていることは同じか』


『もう少しよ。

 頑張りなさい』


『分かったよ』


 アキラは半分自棄やけになりながら銃を構えた。


 その後の戦闘はアキラの優勢で続いた。

 アルファがバイクのDVTSミニガンを操作して人形達に牽制けんせい射撃を繰り返し、アキラはその横で銃撃を繰り返した。

 人形達はまだ大分数が残っていたが、どれも大分動きが鈍っており、もう一度アキラを取り囲むことはできなかった。


 アキラが最後の1体を撃破する。

 頭と体を吹き飛ばされた人形が床に散らばっている仲間の残骸に加わった。

 弾切れになった弾倉がSSB複合銃から排出される。

 アキラはそれを拾うと、費やした弾薬費を思い浮かべて苦笑した。

 そして空になった弾倉を投げ捨てた。


 アルファが満面の笑みでアキラをねぎらう。


『お疲れ様でした。

 私が手を貸したとはいえ、アキラも随分強くなったわね』


『そりゃどうも』


『あら、余りうれしくなさそうね』


『自力で何とかしたわけじゃないからな。

 それに、死ぬような思いをして結局成果無しなんだ。

 浮かれる気分じゃないよ』


『何を言っているのよ。

 成果なら目の前に山ほど転がっているでしょう?』


『どこに?』


 アキラが怪訝けげんそうにしていると、アルファが人形達の残骸を指差した。


『破壊したとはいえこれも旧世界の遺物よ。

 戦闘用ではないにしてもなかなかの性能だったから、技術解析や部品取り用としてそれなりの値段は付くと思うわ』


 アキラが意外そうな顔を浮かべる。

 それはこの残骸の価値や、それを持ち帰ることに対してではない。


『……これ、戦闘用じゃないのか?』


『恐らくただの接客用よ。

 何らかの理由で暴れた客をなるべく穏便に取り押さえるとか、そういうことも業務の内だと思うけれどね』


『俺、それでも死にかけたんだけど。

 それに殺傷権とか物騒なことを言っていたぞ?

 それでも戦闘用じゃないのか?』


『それは酔っ払った客を取り押さえようとして不手際で死なせてしまったとしても、自分達に責任はない。

 そう告げているだけよ。

 あの性能も旧世界での身体能力や治療技術を前提にすると、あれぐらいは必要な場合もあるってだけでしょうね。

 それに戦闘用ならもっと武装しているはずよ。

 素手で取り押さえようとしている時点で、十分穏便な対処だと思うわ』


『……そうか。

 戦闘用じゃないんだ』


 アキラは納得しながらも旧世界の異常さを改めて思い知り、旧世界に対する誤解を深めていた。


 その後アキラは人形達の残骸をリュックサックに限界まで詰め込んで仮設基地まで帰還した。

 仮設基地の買取所でばらばら死体のような人形達の残骸を買取に出すと、応対した職員がいろいろな意味で引きつった表情を浮かべた。


 やっぱりあの時に帰っておくべきだった。

 アキラはそう思ってめ息を吐いた。

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