第159話 ハンターの許容範囲

 アキラが車に乗ったままDVTSミニガンを撃っている。

 前方にいる敵を狙っているのだが、揺れる車体と銃撃の反動で照準を大幅に狂わせていた。

 真横にぎ払おうとしているのだが、着弾位置は大きく波打ち、やかたの3階部分にまで当たっていた。


『反動がすごいな!

 アルファ!

 何とかならないか!?』


『ならないわ。

 まだ強化服の掌握が済んでいないから、照準補正とか、強化服の操作を含むサポートは限定的になるって説明したでしょう?

 自分でしっかり支えなさい。

 それでも一応制御しようとしているのよ?』


 銃も強化服も更新して、試し撃ちもせずに実戦に挑むのは流石さすがに無理があったか。

 アキラはそう思いながらも口には出さずにDVTSミニガンをしっかり支えようとする。

 だが揺れる車体の上で体勢を崩さずに銃撃するのは困難だ。

 アルファが車体を制御していなければアキラは車から放り出されている。

 そのおかげで前方に弾丸をき散らす程度のことはできていた。


 それでも牽制けんせいには十分だ。

 改造したDVTSミニガンの威力は並のモンスターなら1秒掛からずにき肉にするほどだ。

 強力な防護服でも着用していない限り人間が食らえば普通は即死だ。

 被弾を防ぐために遮蔽物に隠れる者が増えて、アキラを狙う銃弾の量が半減していた。


『アキラ!

 つかまって!』


 アキラが慌てて車体をつかむ。

 ほぼ同時にアルファが荒い運転で勢いよく進路をほぼ直角に変える。

 その直後、後方から変更前の進行方向に沿うように大量の銃弾が地面に着弾し続けて線を書く。

 アキラの後を追ったカツヤが車載の機銃で狙ったのだ。


『すぐに反撃!

 このままだと的になるわ!』


 アキラが片手で車体をつかみながらもう片方の腕でDVTSミニガンを構えてカツヤの車両を狙う。


『狙うのが無理なら銃の固定に意識を割いて!

 こっちで車体ごと合わせるわ!』


『了解!』


 アキラは指示通り狙うのを止めると、強化服の身体能力でDVTSミニガンをしっかり握って構えたまま体を硬直させて引き金を引く。

 車体と、アキラの体と、発砲中のDVTSミニガン、その動きのずれが少なくなった状態で、アルファが射線をカツヤの車両にアキラの車両ごと強引に合わせた。


 無数の銃弾がカツヤの車両に撃ち込まれ装甲を削っていく。

 アキラは着弾地点から火花が飛び散り辺りを照らす光景を見ながら、大量の弾丸が断続的に自分の車両の後方を駆け抜けていく音を聞いていた。

 相手の攻撃のたびに発火炎マズルフラッシュが辺りを照らす光量を増やしていく。


 アルファは敵車両の破壊より敵の照準を狂わせることを重視して狙いを定めていた。

 放った銃弾の一部が敵の機銃に命中して僅かに照準を狂わせる。

 車の制御装置が照準の狂いを計算して補正を済ませる前に、更なる狂いを与えて精度を悪化させ続ける。

 相手の装甲よりもろいアキラを被弾させないために。


 10秒にも満たない銃撃戦で常人なら3桁は楽に殺せる銃弾が飛び交った。

 カツヤは車の装甲に任せて強引に攻撃を試みたが、車の制御装置が知らせる警告、被弾箇所が車体の一部に集中して装甲が著しく低下していることを認識すると、舌打ちして進行方向を変えて敵の射線から逃れようとする。


 アルファがそのすきいて一気に加速しながらカツヤの車から距離を取る。

 アキラが追跡防止を兼ねて、A4WM自動擲弾銃に持ち替えてカツヤの周辺に擲弾を景気良くばらまいていく。


 アキラが困惑気味な険しい表情を浮かべる。


『引き剥がしたか。

 しかしあのスリを助けるために正面から1人で乗り込んでくるなんて、あいつちょっと頭がおかしいんじゃないか?』


 自分の言動を理解していないのか、理解した上で棚に上げているのか、同類がいることへの驚きなのか、少々判断に迷うアキラの発言にアルファがあきれ顔を浮かべる。


『彼もアキラには言われたくないと思うわ。

 やっていることはアキラも同じでしょう?』


 アキラが心外だとでも言うように顔をゆがめる。


『俺はシェリルとあのスリを穏便に引き渡してもらえれば大人しくするつもりだったんだ。

 必要なら取引もするつもりだった。

 だからあいつが来るまでは大人しくしていただろう。

 だがあいつが来た所為で交渉が確実に決裂する様子だったから、仕方なく実力行使に出たんだ。

 戦闘車両で乗り込んできた上に相手をいきなり恫喝どうかつして、初めからやる気満々だったやつと一緒にしないでくれ』


 何がどの程度違うのか。

 それは個人的な解釈に依存する部分が多い。

 少なくともアキラは本気で違うと思っているようなので、アルファはその辺りの指摘を取りやめた。


『アキラにも穏便に済ませる意思があったようで何よりだわ。

 できればその意思をもう少し尊重してくれるとうれしいのだけれど』


『その意思が通るかどうかは相手次第で、基本的に俺の意見は却下される以上、尊重するにも限度があるんだ』


 自分が誰かと意見や証言などで対立して、その選択を他者に委ねた場合、自分は常に選ばれない。

 アキラの頭にはその類いの諦観がこびり付いている。

 アキラがスラム街で生活していた頃、どこかの集団に属さずに独りで行動していたのはそのためだ。

 集団行動の利が害を常に下回るからだ。


 スラム街という過酷な環境では、集団行動の利が害を常に下回ることは滅多めったにない。

 だがアキラは例外で、常に下回っていた。

 自分が集団行動における何らかのしわ寄せや被害、切り捨ての最優先対象になると理解してから、アキラは基本的にずっと独りで行動している。

 アルファの異常性がアキラの思考を乱していなければ、アキラはアルファとの取引すら断っていた可能性がある。


 アルファはアキラの態度から事情は分からずともその根が深いことは理解した。

 同時にいろいろと好都合だとも判断した。


『確かに聞く耳を持たない人と延々と交渉しても無意味だし、取引が成立する可能性が著しく低い交渉を早めに蹴るのは悪い選択ではないと思うけれどね』


『だろう?』


 自分の言い分が通ったと思ったのか、アキラが僅かに表情を緩めた。


『少し先の入り口からやかたの内部に突入するわ。

 そこで車から降りて内部を捜索するわよ。

 車を置いていく以上、そこで車を失う可能性もあるから、それは覚悟しておいてね?』


 アキラがめ息を吐く。


『また廃車になるのか……』


『運が良ければ大丈夫よ』


『運は悪い方なんだよな』


 自分には乗り物を失うジンクスでもあるのだろうか。

 アキラはふとそう思った。




 出撃準備を済ませたエゾントファミリーの部隊が、拠点の広間から庭にいる敵の迎撃に向かおうとしていた。

 元ハンターや民間軍事会社に在籍していた経歴を持つ戦闘要員で、素人に銃を持たせただけのような者とは異なる者達だ。


 その広間にアキラの車が飛び込んでくる。

 庭で加速して扉を突き破ってきたのだ。

 戦闘要員達が即座に反応して車を銃撃する。

 大量の銃弾が車体に撃ち込まれていくが、アキラは乗っていなかった。


 戦闘員達の意識が車に集中している間に、アキラが広間にDVTSミニガンを構えながら飛び込んでくる。

 そしてそのまま広間をぎ払った。


 被弾した者達が着弾の衝撃で吹き飛ばされていく。

 被弾しなかった者達がすぐに応戦する。

 透過性の盾を展開してアキラを銃撃する。

 仲間から距離を取って的を散らす。

 ある者は床に伏せながら、ある者は飛び込んできた車を盾にして、ある者は強化服の身体能力で壁際に天井近くまで飛んで壁を足場にして、部隊員達の位置を立体的に分散させて、アキラが横や縦にぎ払っても一度に攻撃できないようにしながら反撃する。


 アキラの視界にはアルファのサポートによって敵の弾道予測の線が表示されている。

 無意識に体感時間の操作を行いながらその線をくぐろうとするが、強化服の挙動に慣れていないのに加えて、敵の射線が多すぎる所為でその全てを回避するのは無理だった。

 数発の弾丸がアキラに着弾した。


 だが着用しているコートが銃弾をはじいた。

 このコートは力場装甲フォースフィールドアーマーを発生させるナノマテリアル製で、エネルギーパックを動力源とする防具だ。

 強化服無しでも着用できる重量の割には高い防護性能を持つのだが、車体に張る装甲タイルなどに比べると費用対効果が非常に悪く、エネルギーが切れると普通の服並みに性能が落ちる。

 運用費のかさむ装備なのだ。


 アルファが被弾したアキラを注意する。


『もっとしっかり避けなさい。

 少しぐらいは被弾しても大丈夫だと言っても、被弾のたびに残存エネルギーをかなり消費するのよ』


 アキラが必死にかわし反撃しながら答える。


『分かってるよ!

 しかし多い!

 初めの奇襲であんまり倒せなかったみたいだな!』


『倒れただけの敵にはなるべく止めを刺すようにして。

 そうしないと切りがないわよ?』


 被弾して気絶している男の強化服が着用者の生命兆候の乱れを読み取る。

 回復薬や加速剤などを調合した戦闘薬が男に自動的に注入される。

 気絶していた男の目が開き、薬で一時的に強化された状態で戦力に復帰した。


 それを見たアキラが表情をゆがめる。


『多少被弾した程度じゃ戦闘不能にもならないってことか!』


 アキラは必死に回避行動を取りながら反撃している。

 圧縮された体感時間の中でさえ死ぬほど忙しい。

 立ち止まれば的になるだけだ。

 とにかく素早く動きながらDVTSミニガンを振り回し、牽制けんせいして敵の照準を狂わせながら引き金を引き続ける。


 激しい戦闘の中で、広間に飛び込んだ後停止していたアキラの車が、男達の警戒意識から消えていた。

 その車が突然動き出した。

 男達をき殺そうとしながら広間を強引に駆け回る。

 アルファが遠隔で運転しているのだ。


 アキラが車に気を取られた者達を銃撃する。

 更に動き回る車を遮蔽物にしながら一緒に動き、敵を攪乱かくらんさせながら攻撃する。

 アルファは車の動きに合わせてアキラの移動指示を出し、アキラに効果的な攻撃を続けさせた。


 部隊の者達が車にね飛ばされ、銃弾を食らい続け、時にはアキラに蹴り飛ばされて、少しずつ数を減らしていく。

 荒れ狂う弾幕が生者と死者の選別を済ませていく。


 やがて生者と死者の割合が逆転する。

 状況がアキラの有利になり始めた時、その割合がまた一気に逆転した。

 やかたの奥から増援の部隊が現れたのだ。


 流石さすがにアキラも険しい表情で撤退を検討し始めた。

 一度下がって別の箇所から再度侵入する。

 アルファがそう指示を出せばすぐに撤退するつもりだった。

 そしてアルファが指示を出す。


『アキラ』


『一度撤退か?』


『突入して』


 アキラは予想外の指示に困惑しながらも、真剣な表情でやかたの奥に続く通路を指差すアルファを見て、覚悟を決めて走り出した。

 その方向に進むためには敵の弾道予測の線を山ほどくぐる必要があるが、アキラに迷いはなかった。


 男達は一見無謀にも思えるアキラの行動に驚きながらもアキラに銃口を向ける。

 そして引き金を引こうとした瞬間、庭の方向から大量の銃弾が撃ち込まれ、奥の壁や調度品などを粉砕していく。

 更に新たに別の車が広間に飛び込んできた。

 カツヤがアキラを追って機銃を乱射しながら車ごと侵入したのだ。


 アキラは男達がカツヤの銃撃にひるんだすきに広間を通り抜けようとする。

 片手でDVTSミニガンを持ち、然程さほど狙いも付けずにほとんど威嚇で銃撃しながら走り抜ける。


 男達も流石さすがに戦闘車両を放置はできない。

 アキラへの優先順位を下げてカツヤの車両に火力を集中する。

 増援部隊の中にいたロケットランチャー持ちが照準をカツヤの車に合わせて引き金を引く。


 室内にいる車両にロケット弾が直撃した。

 爆炎の一部が外に漏れ、爆発の衝撃がやかたに響いていった。




 とらわれの身となっているシェリルが、かなしげな表情を少し困惑気味なものに変える。


(……何かしら?

 さっきから随分慌ただしいようだけど……)


 監禁されているこの部屋からでも何らかの異変が起きていることは理解できた。

 警報が鳴り響き、部屋の外からは大勢の者が走る音も聞こえていた。


 この異変に乗じて逃げ出せないだろうか。

 シェリルはそう思ったが具体的な手段は思いつけなかった。

 部屋の唯一の出入口であるドアには鍵が掛かっていて、それをじ開ける手段は持ち合わせていない。

 外で何かが起きていても、シェリルに現状で有効な手段がないことに変わりはなかった。


 それでもシェリルは最善を尽くそうとしていた。

 状況を改善させる切っ掛けとなる何かが起こった時に、その機会を逃さないように、落ち着いて対応できるように、平静さと聡明そうめいさを取り戻そうとしていた。


 悲嘆に暮れて項垂うなだれていたままでは、その何かを見落とし、折角せっかくの機会を慌てて捨ててしまうかもしれない。

 自身にそう言い聞かせて、ゆっくりと深い呼吸を繰り返していた。


 そしてその何かが起こる。

 部屋のドアが開いて数名の男が中に入ってくる。

 先頭の男がシェリルに銃を突きつけながら、一度没収した情報端末を差し出した。


「死にたくなければアキラと連絡を取れ」


 シェリルは真剣な表情で情報端末を受け取った。




 広間を突破してやかたの奥に進んだアキラが廊下を走っている。

 走りながらDVTSミニガンの弾倉を交換して、不慣れな強化服で無理をした代償を少々多めに回復薬を飲み込んで支払っていた。


『結構危なかったな。

 油断したつもりはなかったけど、ここのやつらは随分強いんだな』


 アキラは無意識のうちに敵の個人単位の強さを、前にシェリルの拠点を襲った強盗達と、苦戦したザルモを除いた者達と同程度と考えてしまっていた。

 しかし先ほど戦った者達の実力は装備も含めてそれを軽く超えていた。


 こんな大きな拠点を構える大組織なのだ。

 構成員の質も高いのだろう。

 アキラはそう思い、無意識に敵を侮ってしまっていたことを猛省する。

 だが乗り込んだ選択に後悔はなかった。


『それにしても、あいつはあのスリを助けに来たんじゃなかったのか?

 何で俺の後を追うんだよ』


『アキラがスリの居場所を知っていると誤解しているのか、途中で気が変わって先にアキラを殺したくなったのかもね』


『面倒だな』


 顔をしかめるアキラに、アルファが一応提案する。


『その面倒事も含めて、アキラがもう手に負えないと思っているのなら、無理をせずに撤退を選択して。

 さっきも結構大変だったのでしょう?』


『確かにさっきは大変だったけど、俺もさっきの戦闘でこの強化服に大分慣れてきた。

 流石さすがに高い強化服だけはあって随分使いやすいみたいだな。

 だから次はもう少し上手うまく戦えるはずだ。

 強化服にアルファのサポートが乗らないのが残念だけど、まだ撤退する気はない』


 アルファはアキラの表情や口調からそれが強がりなどではないと判断した。

 同時にアキラの適応力に称賛よりも警戒を抱く。

 アキラはたった一戦で新しい強化服に戦闘時に不安を覚えないほどに慣れたことになる。

 その適応速度は、またもアルファの予測値を超えていた。


 アルファはその不確定要素に懸念を抱きながら、それを欠片かけらも表に出さずに微笑ほほえむ。


『それなら良いわ。

 先を急ぎましょう』


『シェリルかスリの居場所が分かったのか?』


『残念だけれど分かっていないわ。

 それらしい場所を探すしかないわね。

 情報収集機器でそれらしい反応を探っているけれど、今の所は反応無しよ』


 アキラが残念そうな表情を浮かべる。


『……何人か尋問すれば居場所ぐらいすぐに分かると思ってたけど、あの強さのやつらから悠長に聞き出すのは無理だよな』


 あの強さの者達を相手にして痛めつけて話を聞き出す余裕などない。

 殺す気で対応しなければ逆に殺されてしまう。

 行き当たりばったりの付けがアキラにいろいろと降りかかっていた。


 アルファが急に前言を翻す。


『アキラ。

 シェリルの居場所が分かったわ』


『分かったのか?

 さっきの発言は何だったんだよ』


『分かったのだから良いじゃない。

 案内するからついてきて。

 あと今からシェリルから連絡が来るわ。

 いろいろ口裏を合わせて。

 私が仲介するから情報端末の操作は不要よ』


『ん?

 分かった』


 アキラはその指示を少し不思議に思ったが、現状で情報端末の操作のために片手を開けるのは避けたいと思い、口裏を合わせるのも何か理由があるのだと判断して、然程さほど気にせずに先を急いだ。




 シェリルが返してもらった情報端末でアキラと連絡を取ろうとする。

 この情報端末は先日アキラから借りたものだ。

 真剣な表情で通話要求を出すと、少ししてからつながった。

 アキラの声が部屋に響く。


「シェリルか?

 今どこにいる?」


 シェリルが返事をするよりも早く、男達がシェリルの口を手で塞いで情報端末を奪う。

 情報端末を奪った男が恫喝どうかつ用の声で端的に要求する。


「お前がアキラか。

 この女を殺されたくなかったら武器を捨てて投降しろ」


「誰だ?」


「ふざけてんのか?

 本当に殺すぞ?」


「どこの誰かも知らない人間から急にそんなことを言われてもな」


 アキラの口調はとぼけているというよりは本当に心当たりがないとでも言いたげなものだった。

 男が苛立いらだちと疑問を両方高める。


「てめえはここがどこかも分からずに乗り込んできたってのか!?

 調子こいてんじゃねえぞ!

 次にふざけたことを言えば殺す!

 脅しじゃねえぞ!」


 アキラの声が少し沈黙を挟んだ後で戻ってくる。


「……こっちの状況を説明するぞ?

 俺はヴィオラってやつから、シェリルがエゾントファミリーとの交渉をしくじって監禁されて、このままだと見せしめになぶられて殺されるって話を聞いて、まだ生きていれば助けておこうと思って、もう殺されていれば報復ぐらいはしておこうと思ってここにきたんだ。

 でも今更だけど、その情報は本当に合っているのか少し不安になってきてるんだ。

 この情報、合ってるのか?」


 男達がヴィオラの名前を聞いて顔をゆがめる。

 そのゆがんだ顔が悪名のたちの悪さを示していた。


「この女がボスとの交渉を蹴ったのは事実だ。

 だからこの女がここにいるんだろうが」


「そうか。

 それじゃあアルナっていうスリがここにいるって話も事実か?

 それもヴィオラに教えてもらったんだ」


「そのスリが何の関係があるんだ?」


「そのスリには個人的な事情で死んでもらいたいんだ。

 ここにいるのならついでに殺しておこうと思って」


 男が声を荒らげる。


「てめえの事情なんか知るか!

 今は関係ねえだろうが!

 お前に関係があるのは、お前が俺達の言うことを聞かねえのなら、この女が死ぬってことだけだ!」


 アキラがまた僅かな沈黙を挟んだ後で答える。


「……そっちの要求を飲むかどうか決めるのは、2つ確認してからだ」


 アキラの条件次第で要求を飲むような返事に、男がある程度平静さを取り戻す。


「何だ?

 言ってみろ」


「シェリルは本当にまだ生きているのか。

 お前達が言うその女は本当にシェリルなのか。

 その2つを確認したい。

 実は門の警備をしていた男と話した時に相手の様子を確認したんだけど、どうも俺のことをすごく軽んじている態度だったんだ。

 このめられ具合だとシェリルはとっくに殺されていても不思議はない。

 俺はそう思った。

 俺が報復に来てもちっとも怖くないってことだからな。

 でもお前達がシェリルを殺した後に判断を改めて、死んだシェリルから情報端末を奪って俺をだまそうとしていると考えても不思議はないだろう。

 それにシェリルが俺に護衛も頼まずにここに来るってのも少し不自然だ。

 連れ去られてきたって訳でもないようだしな。

 仮に俺の都合が悪かったとしても、護衛が可能かどうか連絡ぐらいするはずだ。

 シェリルの情報端末を盗んだ誰かがシェリルをかたって交渉に臨んで、そっちのボスに変なことを言って捕まったって可能性もある。

 本当にまだ生きていて、本当にシェリルなら、少し俺と話でもさせてくれ。

 俺も死体や偽者を助けるために武装解除をするのは御免だ」


 男がアキラの疑り深さに舌打ちする。

 だが同時に人質の存在を確認する以上、この人質には価値があるとも判断する。

 仲間に手で口を塞がれているシェリルに情報端末を突きつけて、仲間の男に目配せする。


 解放されたシェリルが情報端末を手に取る。

 男達に威圧されながら少し険しい顔で話し始める。


「……シェリルです。

 えっと、監禁されていましたけど、怪我けがとかはなくて、その、無事です。

 あ、その、ほ、本人です。

 信じてください」


 シェリルの口調はどこかたどたどしい。

 話をしながら状況を改善させる何かを探して考えているためだ。

 加えてアキラが助けに来てくれたことへの動揺と喜びが、たどたどしい口調に拍車を掛けていた。


「無事なんだな?

 何でそんな場所に一人で行ったんだ。

 シジマの拠点に行った時は俺もちゃんと付いていっただろう?」


 あの時の騒動を考えれば、交渉時にアキラを連れていかないという判断は十分考慮に値する。

 そのことに気付いていないのか、棚に上げているのか、それでも現状よりはましだろうと考えているのか、その辺りをアキラがどう考えているかは難しいところだった。


「す、すみません。

 エゾントファミリーとの交渉はヴィオラから持ちかけられて、その時の話の内容では護衛が必要とは思いませんでした」


「交渉をしくじったとか断ったとか聞いたけど、また拠点とか縄張りとか全部寄こせとでも言われたのか?」


「語弊があるかもしれませんが、組織ごと傘下に入れという要求でしたので、広義では拠点も縄張りもエゾントファミリーのものになると考えて良いかもしれません。

 ただ、どちらかと言えば指揮系統を欲しがっていたようで、しかもその指揮系統にアキラまで含まれていると考えていたようで、それをアキラに相談もせずに私があの場で判断するのは難しい状況でした。

 それで、断りました」


「……そうだったのか」


 シェリルはアキラの少し驚いたような声を聞いて意外に思った。

 アキラならば自分は別にシェリルの徒党の者でもないと考えて、私が断ったことに別段興味を示さないだろう。

 そう思っていたのだ。


 男がシェリルから情報端末を取り上げる。


「本人確認は済んだか?

 じゃあもう一度言ってやる。

 この女を殺されたくなかったら、武器を捨てて投降しろ。

 今から言う場所まで手を上げて出てこい。

 場所は……」


 アキラが男の話を遮る。


「それ、俺は殺されるよな?」


「……何度も言わせるな。

 俺達の言うことを聞かねえのならこの女が死ぬ。

 お前はそれだけ分かっていればいいんだ」


「俺はハンターだ」


「は?」


「ハンター稼業は基本的に命賭けだ。

 だから許容範囲は命賭けまでだ。

 確実な死は許容範囲外だ。

 だからその要求は飲めない。

 第一、俺が死んだらシェリルが助かる保証もないだろう。

 取引になってねえよ。

 代わりに俺から提案だ。

 シェリルを助けて、アルナってスリを殺したら、俺は大人しく帰る。

 そっちも俺の邪魔をしない。

 これでお互いに遺恨無し。

 これじゃあ駄目か?」


 男が憤りを爆発させて叫ぶ。


「ふざけるな!

 そんなものが通ると思ってるのか!」


「俺の恋人を殺すと脅したのに、それを忘れてやろうって言ってるんだ。

 十分だろう。

 それとも、交渉は決裂か?」


「ああ!

 そうだ!」


「そうか」


 次の瞬間、アキラが部屋のドアを蹴破りながら飛び込んできた。

 突然のことに驚きで硬直している男達のすきいて、両手のそれぞれに持った銃で男達を銃撃する。

 奇襲かつ至近距離からの銃撃は、男達に回避も反撃も許さなかった。

 大量の銃弾を至近距離で全身に浴びた男達が血飛沫しぶきを上げて崩れ落ちる。


 部屋を一瞬にして凄惨な殺戮さつりく現場へと変貌させたアキラが倒れた男達に告げる。


「交渉を蹴ったのはそっちだ。

 文句言うなよ」


 文句を言う者は誰もいなかった。

 男達は全員ほぼ即死だった。


 アキラが男やシェリルと話していた内容はただの時間稼ぎだった。

 アルファがシェリルの居場所をつかんだ時点でシェリルの生存も本人であることも確信していた。


 ヴィオラの情報も疑っていない。

 ヴィオラに何らかの悪意があったとしても、虚偽の情報を渡すのではなく正しい情報を渡した上で誘導したり誤解させたりする。

 アキラは何となくだがそう思っていた。


 自分が到着するまでシェリルが無事ならそれで良い。

 その程度の考えで話を引き延ばしただけだった。

 ただし本当に取引が成立したのならば、アキラは本当に彼らを見逃すつもりだった。

 もっとも、そうはならないだろうとも思っていた。


 自分の要求は却下される。

 アキラの予想はある意味で正しかった。

 初めからどうせ決裂すると思って交渉すれば当然の結果でもあるのだが、ひねくれた本人はそれに気付いていなかった。


 シェリルは血が飛び散った部屋で呆気あっけに取られていたが、状況を理解すると複雑な表情を浮かべる。

 アキラが自分を恋人と呼び、命賭けで助けに来てくれたことをうれしく思いながら、男達を一瞬で皆殺しにした上で散らばる死体に冷めた視線を送るアキラに恐れを覚えた。


 アキラが銃を下ろしてシェリルを見る。

 シェリルは自分のおびえを表に出さないように努力した。


「一応確認するけど、無事だよな?

 ちゃんとシェリルに弾が当たらないように気を付けたつもりなんだけど……」


「あ、はい。

 大丈夫です。

 助けに来てくれてありがとう御座います」


 シェリルは平静を装って笑って礼を言って頭を下げた。


 アキラはちょっとした面倒事を片付けたという程度の態度を見せている。


「……まあ、助けるって言ったしな。

 何が何でも助けるって訳じゃないけど、これぐらいは許容範囲だ」


 シェリルはそのアキラを見て頼もしさを覚えた。

 そしてそれ以上にアキラを敵に回してしまえば自分達もその程度の面倒事として同じように片付けられてしまう可能性を、その恐怖を覚えた。


 アキラはその善悪は別にして大幅に倫理に欠けており、殺人への忌諱きいが薄い。

 更に相当な実力者で、行動の基準や価値観もよく分からないところがある。

 敵に回せば恐ろしいが、味方であってもやはり怖いものは怖い。

 シェリルはアキラをそう思っている。


 自分はアキラを愛している。

 依存もしている。

 だがその思いは、自分がこの非常に恐ろしい存在におびえずにすませるための防御反応なのではないだろうか。

 自分が強大な力を手に入れることでアキラを恐れずに済むようになれば、この思いは薄れて消えてしまうのだろうか。

 シェリルはふとそう思い、少し不安になった。


 アキラが目標の半分を達成したことで軽く息を吐く。

 この部屋に来る間にも何度か敵と遭遇したが、広間にいた者達ほど強くはなかった。

 加えてアキラも強化服に慣れて動きが良くなったおかげでほとんど蹴散らすように進んでいた。

 それは少しアキラに余裕を生んでいた。


 アルファが笑って撤退を促す。


『シェリルも助けたことだし、すぐに拠点から脱出しましょう』


 アキラが少し不満そうに表情をゆがめる。


『まだあのスリを殺してない』


『そうは言っても、シェリルを連れてまもりながらあのスリを探し出して殺すのは無理があるわ。

 このまま連れ回したら死ぬわよ?

 アキラもシェリルを死なせるために助け出したわけではないでしょう?』


 アルファはアキラにさっさとここから撤退してほしいと考えている。

 そのために先にシェリルを助け出させたのだ。

 アキラがアルナを無理に殺すことでカツヤに恨みを残し、より一層の面倒事を招くのはできれば避けたい。

 更にアルナがこの騒動に巻き込まれて死ねばより都合が良い。

 そのためにもアキラにはすぐにここから離れてほしいのだ。


 アキラが難しい顔を浮かべる。

 アキラもアルファの言い分は理解できる。

 だが未練が残っていた。


『取りあえずこの場にいても仕方ないわ。

 もっと周囲の状況を探れる場所に移動しましょう。

 ここに増援が来ても面倒だから少し急いでね』


『そうだな』


 アキラが気を切り替えて視線をシェリルに戻す。


「シェリル。

 ちょっと急いで移動する。

 悪いけど少し手荒に抱き抱える。

 我慢してくれ」


「分かりました。

 大丈夫です。

 気にせずに好きにしてください」


 シェリルはアキラに片手で抱き抱えて持ち上げられた。

 少し不安定だからと言い訳して、邪魔にならないようにアキラの首や背中に自分の手を回す。

 移動を優先するなら脇に抱えられた方が良いかもしれないと思ったが、黙っておくことにした。


 アキラがシェリルを抱えたまま先導するアルファに続く。

 シェリルはアキラにしっかりつかまっている。


 恋人と呼んでくれた人に抱きかかえられると、こんな状況なのにうれしく思う。

 自分も随分現金なものだ。

 シェリルはそう思って軽く苦笑した。

 先ほど覚えた不安は大分薄れていた。

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