第153話 訓練相手

 カドルが情報端末に表示されているアルナの画像とカツヤの横にいるアルナを真剣な表情で見比べる。


「間違いない。

 あいつだ。

 あのコートを被ったガキだ」


 他の男達もアルナを認識して気を引き締める。


「あいつか……。

 他の連中は何だ?

 あいつの仲間か?」


「知らん。

 あのアルナってガキ以外はどうでも良い。

 目標はあいつだけだ。

 可能なら生かして連れて行く。

 無理なら殺す。

 行くぞ」


 カツヤ達が近付いてくるカドル達を見て警戒を高める。

 カドル達の表情はスラム街を彷徨うろついている子供に難癖を付けるような軽薄なものではない。

 周囲の者達が死人まで出そうなめ事の空気を感じ取り、逃げるように離れていく。


 カドルは会話ができる程度の距離までカツヤ達に近付くと、そこで止まってアルナを指差した。


「そのガキを渡せ」


 カツヤがアルナをかばいながらカドル達と対峙たいじする。


「お前ら、何の真似まねだ?

 こいつに俺達の後をつけるように指示を出したのもお前らか?」


「知るか。

 ごちゃごちゃ言わずにそのガキを渡せ」


 カツヤは自分の背にいるアルナの震えを感じ取り、カドル達を逆に威圧し返すように強い口調で答える。


「断る!」


 並の者ならそれだけでたじろぎ引き下がるような威圧だ。

 だがカドル達は引き下がらなかった。

 逆に険しい表情で銃を握り臨戦態勢を取る。

 銃口はまだ下を向いているが、交渉の決裂後の殺し合いを許容する意思は十分に伝わっていた。


 カツヤ達も既に銃を握っている。

 既にいつ殺し合いが始まっても不思議はない状況だ。

 カツヤ達はできれば殺しを避けたい善良さで、カドル達は殺し合った場合の被害を想定して、ぎりぎりのところで交戦を踏みとどまっていた。


 カドルが非常に険しい表情を浮かべながら、声に殺気を乗せて再度告げる。


「もう一度言う。

 そのガキを渡せ。

 用があるのはそのガキだけだ。

 お前らに用はない。

 こっちは本気だ。

 死にたくなかったら、そのガキを置いて消えろ」


 カツヤが再度気迫の籠もった表情ではっきり宣言する。


「……断る!」


 カドル達がカツヤの威圧を受けて僅かにたじろいだ。

 そこらの子供が放つすごみではなかったのだ。


「……おいカドル、どうするんだ。

 本当にやるのか?

 あいつら、ただのガキじゃねえぞ?」


 少し弱気を見せる連れの様子に、カドルが表情を非常に険しくさせる。


「分かってるよ。

 くそっ」


 カドルは以前にアキラを子供だと侮って短慮を起こした。

 その結果が現在の苦境だ。

 いつ売り飛ばされても不思議のない借金を背負わされた上に、自分など容易たやすく殺せるハンターに狙われる羽目になってしまった。


 もう二度と相手が子供だからといって軽んじたりしない。

 カドルはその誓いを思い出しながらカツヤ達を見る。

 少なくともアキラよりは強そうに見えた。

 先ほどの様子から考えて、本当にアキラより強いかもしれない。

 少なくともそれを否定する材料は、あんな強いガキがごろごろいてたまるものか、という願望だけだ。


 アキラ並みに強いかもしれない者達との殺し合いなど御免だ。

 カドル達は全員そう思っていた。

 だがその上で引けない理由も存在していた。


 カドル達はヴィオラとシジマから、アルナを連れ帰るように、無理なら殺すように指示されていた。


 その指示を上手うまく全うしたら、アキラに殺されないように私が話を付けてあげる。

 借金も大幅に減額してあげる。

 カドルはヴィオラからそう言われていたのだ。

 同時に、失敗した場合の処遇もほのめかされていた。

 私に売り飛ばされるにしろ、アキラに殺されるにしろ、失敗したらろくでない結末を迎える。

 そうささやかれていた。


 シジマの部下達も似たような状況だ。

 彼らは組織の金に手を付けたり他所に情報を流したりしたのが発覚した者達だ。

 アルナの件が上手うまくいったらそれを水に流してやる。

 彼らはシジマからそう言われていた。

 失敗したらどうなるか。

 それもしっかり説明されていた。


 カドル達は全員追い詰められているのだ。

 だからこそ、相手が多少強い程度では引けない。

 だが殺し合いも避けたい。

 できれば脅しで済ませたい。

 その弱気がカドル達の態度に出る。


 アイリがそれを好機と見て口を挟む。


「スラム街は荒野と同じだ。

 そう考えている人もいるけど、それは違う。

 往来で殺しなんかすれば騒ぎになる。

 ここを縄張りにしている組織から目を付けられて、騒ぎを起こした落とし前を付けられる場合もある。

 ……10万オーラム程度のことは忘れて、今のうちに帰った方が良い」


 カドルが警戒を怠らずに答える。


「何を勘違いしているのか知らないが、いろいろ分かってないようだな」


 アイリはカドル達をスラム街の徒党と付き合いのある者達だと判断していた。

 それならばそこを仕切る者達とめるのは避けるだろう。

 そう考えて、そちらの方面での不利益を伝えて引き下がらせるために、強めの口調で話を続ける。


「分かってないのはそっち。

 そういう組織にはメンツがある。

 普通はただじゃ済まさない。

 下手をすると殺される。

 そっちがどれだけ強いか知らないけど、ここで戦えば周囲にかなりの被害が出るのは間違いない。

 私達は二度とここに来なければ良いだけ。

 被害の落とし前を付けられるのはそっちだけ。

 戦って損をするのはそっちだけ。

 大人しく引き下がった方が良い」


 カドルが軽く首を横に振る。


「そういうことじゃない。

 俺達もそれぐらいは理解している。

 だがお前の話は脅しにならない。

 俺達はこの辺を縄張りにしている組織と先に話を付けているんだ。

 残念だったな」


 比較的表情の変化に乏しい方であるアイリが目を見開いた。

 それだけ予想外で驚く内容だった。


「……それはうそ

 たった10万オーラム程度の話で、そこまで大事になるはずがない」


 カドルが怪訝けげんな表情を浮かべる。


「さっきから10万オーラムって、一体何の話だ?」


 アイリの表情に困惑が浮かぶ。


「アルナはあるハンターから10万オーラムを盗んだ……と勘違いされて、そのハンターから命を狙われている。

 その件でアルナを渡せって言っているんでしょう?」


 カドルが意気を強める。


「やっぱり何か勘違いしているようだな。

 10万オーラム?

 馬鹿馬鹿しい。

 俺達がそんな小銭のために動いているとでも思っていたのか?」


 それを聞いたアルナがひどく動揺した。


「じゃ、じゃあ、何で私を狙うの?」


「知るかよ。

 俺達はお前を連れてこいって指示されただけだ」


 その時、カドルの情報端末に通知が届いた。

 その内容を見たカドルが驚いて僅かに固まる。

 そしてかなり困惑した様子を見せた後で、怪訝けげんな表情でカツヤ達に告げる。


「2000万オーラムだ。

 そいつを大人しく渡すなら、2000万オーラム支払おう。

 どうだ?

 それで手を打たないか?」


 余りの言葉にカツヤが思わずほうけた声を出す。


「……は?」


「聞こえなかったのか?

 2000万オーラムだ。

 そいつを渡すだけで2000万オーラム。

 そう言ってるんだ。

 迷う必要なんかねえだろう。

 さあ、渡せ」


 カドルが絶句しているカツヤ達に片手を向けると、我に返ったアルナが震えながらカツヤの背に手を添えて強く掴んだ。

 カツヤ達がアルナを引き渡すのに十分すぎる金額だからだ。


 すがるようなアルナの手を感じ取って、我に返ったカツヤが思わず声を上げる。


「そんな話を信じるとでも思ってるのか!?」


「本気だ。

 疑ってるのか?

 まあ、そうだよな」


 カドルもカツヤの気持ちはよく分かる。

 何しろそう言っている本人すら信じていないのだ。

 だがヴィオラからの通知には確かにそう書かれていた。

 その真偽にかかわらず指示通りに話すしかないのだ。


「前払いだ。

 振込口座を教えろ。

 すぐに連絡して振り込ませる。

 それとも現金の方が良いか?」


 カドルが手でアルナを渡せと催促しながら具体的な話を進めると、それだけでアルナの震えがより一層ひどくなった。


 背中にいるアルナの震えを感じながら、アルナを渡すと思い込んでいるカドル達を見ながら、まもるべき者とその敵の狭間はざまでカツヤがえるように断言する。


「断る!

 アルナは渡さない!」


 カドルが困惑と驚愕きょうがくに満ちた表情を浮かべる。


「お、お前、正気か!?

 2000万オーラムだぞ!?

 そんなガキのためにそれを捨てるっていうのか!?」


「金なんか関係あるか!

 俺はアルナをまもるって約束したんだ!」


 戦わずに済んだと思って一度気を緩めてしまったカドル達が、カツヤの気迫に押されて大きくたじろいだ。

 そのカドル達にカツヤが更に威圧を加えて怒鳴りつける。


「とっとと消えろ!」


 カドル達が思わず一歩下がってしまう。

 無意識であろうとも一度動いてしまえばその流れを変えるのは難しい。

 困惑しながらも更に1歩下がってしまう。


 このままカドル達が逃亡して終わる。

 その場の誰もがそう思った時、銃声がその流れをき乱した。




 ティオルはカツヤ達とカドル達が対峙たいじしている間に少しずつ距離を取り、そのまま近くの路地まで逃げ込んでいた。

 彼らの会話は聞こえないが姿は見える距離で、隠れながら様子をうかがっていた。


(……ど、どうすれば良いんだ?

 すきを見てあいつらからアルナを奪って逃げ出す?

 無理だ!)


 カツヤ達とカドル達は今にも交戦しそうな様子だ。

 もし巻き添えになれば自分も死に兼ねない。

 そう思いながらもティオルはぎりぎりでその場にとどまっていた。

 それは折角せっかく見つけたアルナが惜しいからだ。

 自分の失態を帳消しにできる成果を失いたくないからだ。


 どうして良いか分からずにいるティオルに連絡が入る。

 情報端末から女性の声が聞こえてくる。


「そっちはどうなっているの?

 状況を教えてちょうだい」


 ティオルが状況を伝えると、少し冷たい声が返ってくる。


「そう。

 それなら貴方あなたとの付き合いも終わりね」


「ど、どういうことだ!?」


「だって、もう貴方あなたの失態は取り消せないでしょう?

 だからシェリル達の徒党に所属するのも無理。

 徒党の内部情報を私に渡すこともできなくなった。

 それなら私がこれ以上協力する義理も義務もないわ」


「ま、待ってくれ!」


「待たないわ。

 貴方あなたの実力ではアルナを生かして連れてくるのも殺すのも無理なんでしょう?

 シェリルに徒党から追い出されるのか、それともアキラに殺されるのかは知らないけど、どちらにしろ貴方あなたはもうおしまい。

 まあ、千載一遇の機会にでも恵まれて、無理なはずのことが何とかなったのなら、また連絡してちょうだい。

 じゃあね」


 通話が切れる。

 これでティオルの後ろ盾はなくなってしまった。

 動揺し、恐怖に震え、ぐちゃぐちゃになった頭の中に先ほどの会話の一部が浮かぶ。


 千載一遇の機会。

 無理なはずのこと。

 何とかなったら。

 追い詰められたティオルが無意識にその言葉を繰り返しながら視界の先の光景を見る。


 カツヤ達とカドル達がアルナを取り合っている。

 どちらも自分の手に負える相手ではない。

 そしてどちらが勝っても、アルナを匿まうにしろ連れ去るにしろ、自分がもう一度アルナに会う機会はなくなる。

 アキラの前にアルナを連れていくことで自分の失態を挽回ばんかいするのは不可能になる。

 だが連れて行くのは無理でも、殺すだけなら何とかなるかもしれない。

 本来は無理だが、今はカツヤ達もカドル達も相手に意識を向けている。

 千載一遇の機会だ。

 次はない。

 そうティオルの思考が流れた。

 この場でアルナを殺す。

 それが最善で自分が助かる唯一の方法だと考えてしまった。


 ティオルが緊張した様子でひそかに銃を握る。

 そして必死の形相で銃口をアルナへ向けて引き金を引いた。




 一発目の銃声で放たれた弾丸は誰にも当たらなかった。

 だが戦闘を開始させるには十分すぎる効果があった。


 アイリが素早く銃声の方向へ銃を向けて牽制けんせいを兼ねて乱射する。

 同時にカツヤとユミナがアイリをかばいながら銃を構え、カドル達も反射的に銃を構えて引き金を引き、カツヤ達がそれに応戦する。

 場は一瞬で大量の弾丸が飛び交う戦場と化した。




 アキラはエリオ達と模擬戦を続けていた。

 だがアルファが急に訓練の中断指示を出した。


『何があったんだ?』


『車の索敵機器に反応があったのよ』


『モンスターか?』


『違うわ。

 車両よ。

 こちらを発見して移動方向を変えたように見えたわ。

 一応警戒して』


『了解だ』


 アキラ達が車両の近くに戻ってくる。

 車からDVTSミニガンを取り外して装備するアキラを見て、エリオ達が慌て始めた。

 比較的落ち着いていたエリオが、万一の事態に備えるアキラに状況を尋ねる。


「あの、何かあったのか?」


「こっちに近付いてきている車両を見つけたから念のために警戒しているだけだ。

 不安なら隠れてろ」


「か、隠れてろって、危ないのか?」


「荒野で偶然会った誰かの人間性に、あまり期待していないだけだ。

 前にヒガラカ住宅街遺跡に行った時も大変だっただろう?

 そういうことだよ」


「わ、分かった」


 エリオ達はエリオから状況を聞くと近くの瓦礫がれきの影などに分散して隠れた。

 準備を終えたアキラだけが車の近くに立っている。


 アキラが近付いてくる車両の様子を確認する。

 車両は偶然ではなく明確にアキラの方へ向かってきている。

 車両を注視するとアルファのサポートによりその車両が拡大表示されて、乗員の姿がはっきり見えるようになる。


 乗員の一人がアキラの視線に気付いて笑って軽く手を振る。

 車両との距離はまだかなりあるのだが、彼女はアキラとしっかり目を合わせた。


 アキラが警戒を下げる。

 そして僅かに面倒めんどうそうな表情を浮かべた。

 車両の乗員はレイナ達で、アキラに手を振っているのはカナエだった。


 アキラの前まで来たレイナ達が車から降りてくる。

 シオリとカナエは前と同じメイド服を着ているが、レイナは新しい別の強化服を着ていた。


 カナエがアキラに機嫌の良さそうな笑顔を向ける。


「少年!

 久しぶりっすね!」


「……。

 そうだな」


 カナエとは逆に愛想の悪い表情と口調を返すアキラに、カナエが軽いあきれを含んだ笑顔で続ける。


「反応薄いっすねー。

 駄目っすよ。

 そんなんじゃ」


「知るか」


 アキラが視線をカナエからシオリ達に移す。


「それで、何の用だ?」


 シオリが礼儀正しく会釈する。


「お久しぶりです。

 お元気そうで何よりで御座います。

 都市への帰路の途中でアキラ様の車両を見掛けましたので、軽い御挨拶を兼ねて立ち寄らせていただきました」


「……それだけ?」


「はい。

 特にこれといった用事は御座いません。

 強いて言えば、立ち寄ることを強く望んだ者がおりまして、その要望を強く却下する理由がなかったから、となります」


 アキラがカナエに視線を戻して、納得したような、どことなく同情しているかのような様子を見せる。


「ああ……、うん、そうか。

 分かった」


「御理解感謝いたします」


 シオリは再び頭を下げてアキラの判断を肯定した。


 レイナ達がカナエの我がままに付き合わされただけ。

 アキラはそう判断していた。

 しかし厳密には少々異なる。

 アキラの車両を発見したのも立ち寄るのを提案したのも確かにカナエなのだが、立ち寄った最大の理由はレイナがそれを許可したからだ。

 レイナが欠片かけらでも嫌がれば、あるいはどうでも良い、どっちでも良いという程度の態度ならば、シオリはわざわざ立ち寄らせたりしなかった。

 そしてシオリはそれを意図的にアキラに教えなかった。


 レイナはアキラの前で少し緊張気味な様子を見せていた。


「えっと、久しぶりね。

 こんな場所で何やってるの?」


「ああ。

 知り合いとちょっと訓練を……」


 アキラがレイナ達に雑談を交えて説明している。

 その様子をエリオ達が遠巻きに見ている。


 エリオ達は危険はなさそうだと判断して隠れるのは止めたが、メイド服を着た美女2人とその雇用主とも思える高そうな装備を身にまとった美少女に近付く度胸はなく、住む世界の違いを感じた気後れから、アキラ達に近づけなかった。


 それでも興味を抱くのは避けられない。

 エリオ達はレイナ達を見た感想などを互いに話していた。


「アキラさんの知り合いか。

 なんか、すごいな」


「あれ、メイドってやつだろう?

 もしかして防壁の内側のやつなのか?

 何でそんな連中と知り合いなんだ?」


「ハンター稼業で護衛を請け負って知り合ったとかじゃないか?

 しかし、そこらのやつとは違うよな。

 たたずまいっていうか、気品があるっていうか。

 徒党の女とは全然違うな」


「やっぱりすごく稼いでいるハンターは知り合いもそこらのやつとは違うってことか。

 アキラさんぐらいに稼げるようになれば、そういうやつらと知り合う機会も増えるんだろうな」


 自分達が後ろ盾にしているハンターのすごさを一様に感じながらも、そこから続く感情は様々だ。

 隔絶した差に打ちのめされる者。

 訓練を続ければ同じような強さと付随する境遇を得られるのではないかと期待して意欲を高める者。

 住む世界が違う者達の話だと思って余り気にしない者。

 人は同じものを見ても異なる感想、感情、望みを抱く。

 そこで前に進む意思を強く抱いた者ほど、己の理想により速く近づける。


 アキラから話を聞いて事情を把握したカナエが、浮かべる笑みに軽めの疑問を乗せる。


「へー。

 そういう訓練をしているっすか。

 でもアキラ少年の実力だとあんまり訓練にならないんじゃないっすか?

 幾ら人数が多いとはいえ、銃を持っただけの素人を相手に苦戦するような実力だとは思えないっすけど」


 裏を返せば、その程度の実力なのかと軽くあおっている発言だったが、アキラは気にせずに普通に答える。


「その辺はまあ、いろいろ調整して対処しているから大丈夫だ」


 カナエがアキラの態度を思案する。

 謙遜か、鈍感か、それとも事実か。

 事実ならば訓練になるのはアキラの力量が低い所為か、その調整内容のおかげか、両方か。

 カナエは前に一度アキラの実力を見限って興味をなくしていたのだが、ある話を聞いて再び興味を取り戻していた。


「そうっすか。

 それならその訓練、一度お嬢に試さしてもらっても良いっすか?」


 レイナが予想外の提案に慌て出す。


「わ、私?」


「そうっす。

 アキラ少年の実力でも十分訓練になるって話っすからね。

 あれから装備を新調して、私とあねさんから訓練を受けたお嬢の実力を確かめる良い機会っす。

 お嬢も訓練相手が私とあねさんだけじゃ慣れも出るし飽きも出るっす。

 それに折角せっかく立ち寄ったっすからね」


 レイナは慌てながらアキラやシオリの様子を見ていた。

 少なくともレイナ自身に嫌がっている様子はない。


 アキラが軽くくぎを刺す。


「別にかまわないが、安全の保証はしないぞ」


 シオリが真面目な表情を浮かべる。


「危険なのですか?

 先ほどの説明では実弾どころか空砲ですらなく、射線から命中判定を計算しているだけだと聞きましたが」


「俺も危険だとは思っていない。

 でも別に全員の身体検査をしたわけじゃないしな。

 それにここは荒野だ。

 訓練の途中でモンスターが出るかもしれない。

 安全の担保とか責任とかはそっちで受け持ってくれ。

 依頼を引き受けたわけでもないし、何かあった時に俺の所為にされるのは御免だ」


 シオリが結論を出す前にレイナが真剣な表情で答える。


「やるわ」


 余り気の進まない様子のシオリに、レイナが懇願する。


「シオリ。

 お願い。

 試してみたいの」


 シオリが根負けしたように微笑ほほえむ。


「……。

 かしこまりました」


「決まりっすね」


 目論見もくろみ通りに進んだカナエは楽しげに笑っていた。


 エリオ達に事情を話して準備を進める。

 エリオ達は驚きはしたもののどことなく楽しげな様子を見せていた。

 シオリが念のために模擬戦参加者の装備の確認と身体検査をすると、一部の者は照れながら役得とでもいうように顔を緩めた。


 模擬戦の準備が終わり参加者が配置に着く。

 アキラの代わりにレイナが参加していること以外は基本的に今までと同じだが、念のため格闘戦は厳禁だと周知しておいた。

 レイナがエリオ達をうっかり殴り飛ばしでもした場合、恐らく即死するからだ。


 レイナが集中して開始の合図を待っている。


(……この模擬戦でのアキラの勝率は5割程度だって言っていた。

 今の私がどこまでできるか。

 もしアキラの勝率を大幅に超えることができたのなら、たとえそれが装備のおかげだとしても、強くなったと認められるはず。

 良し!

 頑張ろう!)


 レイナは自身の実力を見極める機会に迷いなく覚悟を決めて立ち向かおうとしていた。

 だが模擬戦が始まるとそれが徐々に揺らぎ始める。

 レイナが圧勝したからだ。

 レイナの類いまれな才能に加えて、シオリが用意した強化服や情報収集機器の性能から考えれば当然の結果なのだが、余りにも手応えがないために自分の実力を認めるどころか逆に疑念を抱いてしまう。


(こんなものなの?

 それとも新しい装備が高性能すぎるだけ?

 ……駄目よ。

 たとえそうだとしても慢心しない。

 そう決めたでしょう?

 ……でも、アキラはこの程度の相手に苦戦していたの?)


 レイナは戸惑いながらも油断なく戦い続けていた。




 アキラ達はレイナ達から少し離れて模擬戦を観戦していた。

 瓦礫がれきの上、半壊している建物らしい場所から戦況を俯瞰ふかん視点で眺めたり、アキラの情報端末に表示されている各自の位置やゴーグルのカメラ映像を見たりしていた。


 カナエが圧勝を続けているレイナの様子を見て、アキラに不満を告げる。


「……少年。

 彼らはあんなものなんすか?

 やっぱりあれじゃ訓練になってないっすよ」


「だから、その辺はいろいろ調整したって言っただろう?」


「じゃあその調整ってやつを早くやって欲しいっす」


「分かったよ」


 アキラが情報端末を操作しながらアルファに頼む。


『アルファ。

 適当に少しずつそれっぽいサポートをエリオ達に付け加えてくれ』


『分かったわ。

 アキラがあの程度の相手に苦戦していると思われるのもしゃくだし、少し強めに補正した方が良い?』


『その辺の調整は任せるけど、俺でも勝てない内容にするのは止めてくれ』


『アキラがどの程度無理をすれば勝てるように設定する?』


 アキラが僅かに嫌そうに表情をゆがめてすぐに戻す。


『……訓練なんだ。

 無理はしない』


『分かったわ』


 回復薬を常用して体をり潰しながら戦うのは実戦だけで十分だ。

 そのアキラの内心を察して、アルファは微笑ほほえみながら設定を変更した。




 レイナが敵の動きの変化に気付いて僅かに顔をしかめる。


(……敵の動きが急に良くなったような。

 気のせい?)


 レイナは慎重に動きながら情報収集機器で敵の大凡おおよその位置を探って奇襲を掛けるように攻撃を続けていた。

 大抵の相手はレイナに反応すらできずに倒されていた。

 だが敵の動作から慌てて反撃に移るようなすきが徐々に減っていく。

 そしてついに遮蔽物から飛び出したレイナを待ち構えるように銃撃してきた。


(違う!

 これ、私の位置と動きがバレてる!)


 借りたゴーグルに説明文が表示される。

 その内容を読んだレイナが納得したように苦笑する。

 そこには10秒間隔でレイナの位置と移動方向を全員に伝えていると書かれていた。


(そういうこと。

 これがアキラの言っていた調整か。

 でも、これぐらいならなんてことないわ!)


 レイナはむし甲斐がいのある訓練になったと意気込みを上げる。

 そのまま戦闘を続けて、勝利して、喜び勇んで次の模擬戦に挑む。


 だがそれも僅かな間だった。

 レイナが勝つたびに説明文が更新されていき、追加される内容も厳しくなっていく。


 位置の通知間隔が狭まりついに常時となる。

 敵は発砲時の反動を計算してしっかり銃を構えていたが、その構えが緩くなり片手で適当に撃っただけでも良いことになる。

 一度命中させれば撃破扱いだったのが、強力な防護服を着用しているとして複数回の被弾が必要となりその回数が増えていく。

 敵の残弾数が徐々に増えていき、無制限に近付いていく。

 更には敵がしっかり構えて銃を撃つと、弾丸の判定が遮蔽物を貫通し始めた。


 レイナは高性能な装備の利点を生かして必死に応戦し、その才能に相応ふさわしい奮闘を見せた。

 だが流石さすがに被弾してしまい負けとなる。

 更に負け続け勝率が5割を下回った辺りで追加事項の幾つかが取り払われると、久しぶりにレイナの勝ちとなった。

 その後勝ったり負けたりして、条件を増やしたり減らしたりして、5割の勝率に落ち着いた。


 レイナが苦笑してつぶやく。


「アキラの勝率が5割って、こういう意味だったのね」


 そして吹っ切れたように笑って続ける。


「でもまあ、こんな条件でここまで戦えるなら、確かに私は強くなったと言って良いと思うわ。

 装備のおかげかもしれないけど。

 この装備がセランタルビルの時にあれば、私ももう少し真面まともに戦えたはず。

 ……変な意地を張っていた所為ね。

 よく分かったわ」


 強くなろうと心に決めたあの日の判断は正しかった。

 そう確信してレイナは機嫌良く笑った。


 ちょうど模擬戦を終えたところだ。

 交代しろと言われなかったのでずっと模擬戦を続けていたが、流石さすがに続けすぎただろう。

 レイナはそう思ってアキラ達の所へ戻った。


 シオリのもとまで戻ったレイナが驚く。

 アキラとカナエが戦っていたのだ。

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