第144話 招かれざる客

 シェリルが遺物販売用の部屋で怪訝けげんな表情を浮かべている。

 アキラは既に天井から垂れ下がっている白いシーツの裏に隠れている。

 後は客を入れるだけなのだが、すぐにはそうしない事態が発生していた。


 問題は客を連れてきたティオルの報告にあった。

 シェリルが少々厳しめの視線をティオルに向けて尋ねる。


「8人?

 4人じゃなかったの?」


 ティオルがシェリルの視線にたじろぎながら説明する。


「露店では4人だったんだ。

 拠点に案内する途中で別の4人と合流したんだ。

 知り合いみたいで、何か話が盛り上がって、興味があるから一緒に行きたいって言い出して、帰れとも言いにくくて、羽振りも良さそうだったし、路地裏の前までは連れてきた。

 ……帰らせるならアキラに頼んでくれ。

 しっかり武装しているし、俺には手に負えない」


 シェリルが少し険しい表情で対応を思案する。

 ティオルはそのシェリルに半ば見とれている。

 遺物販売用の接客用の服を身に着けているシェリルは、ティオルが見れるほどに美しい。


 シェリルがこの服を着ている機会は少ない。

 その少ない機会を見られるこの役目はティオルには役得だった。


 ティオルは複雑な気持ちを押し殺していた。

 自分が見れるほどにシェリルを輝かせているのは、上質な衣服やあでやかな髪、美しく健康な肌を維持するだけの力をシェリルに与えているのは、恋敵であるアキラなのだ。


(……仮に俺がシェリルの恋人になっても、シェリルに同じ生活をさせるのは無理なんだよな。

 ……服もアキラからもらったって話だし、シェリルがアキラと別れたとしても徒党が崩壊するだけなんだよな。

 これだけ綺麗きれいならシェリルを囲おうとするやつも出るだろうし、誰かに力尽くで、別のデカい組織のボスの愛人とかにさせられるんだろうな。

 そうなったらシェリルと普通に会うこともできなくなるだろうな)


 現状ではティオルがシェリルを手に入れる可能性などない。

 だが未来に目を向ければ別だ。

 シェリル達の徒党が勢力を増して、規模を拡大させて、アキラの後ろ盾無しでも運営できるようになれば、アキラとシェリルの力関係が逆転する可能性もある。


 その後に何らかの原因で、例えばアキラが他の女性に非常に入れ込んだりしてシェリルとの仲が険悪になれば、2人は別れるかもしれない。

 そうなればシェリルが他の男性に目を向ける可能性も出てくるだろう。

 ティオルはそう考えていた。


(……今は俺達の組織をデカくしてアキラの助け無しでもやっていけるようにするしかない。

 その後にアキラとシェリルの仲が悪くなれば、俺にもチャンスがあるはずだ。

 組織に貢献すれば、シェリルの好感も得られるはずだ。

 ……似たようなことを考えているやつは、俺以外にもいるんだろうな)


 ティオルの予想は正しく、徒党にはそれなりの数の同類が存在していた。

 大半の者はアキラを敵に回してまでそのおもいを成就させようとは考えない。

 だがもしもの可能性に希望を抱いて組織の拡大にいそしむ者はそれなりにいた。


 ティオルがいろいろな思案や覚悟をしている間にシェリルが結論を出す。


「8人は多いわ。

 店には4人ずつ入ってもらう。

 当初の4人が先で、追加の4人は後よ。

 嫌なら店には入れない。

 そう伝えてきて。

 相手がそれを断ったら、私がアキラと一緒に話しに行くわ」


 シェリルの接客の限度人数や万一の場合のアキラの負担を考えても、8人も拠点の中に入れる訳にはいかない。

 客がハンター並みに武装しているならば尚更なおさらだ。


 シェリルが最後に少し心配そうに微笑ほほえみながらティオルに話す。


「十分気を付けてね。

 無理をしては駄目よ」


「あ、ああ。

 分かった」


 ティオルが照れ笑いを浮かべて内心安堵あんどした。

 以前アキラとの仲を疑ってシェリルの機嫌を大いに損ねたが、この様子ならもう機嫌は直ったのだろう。

 そう考えて少し浮かれながら部屋を出て行った。


 シェリルが冷たい微笑ほほえみを浮かべながらつぶやく。


「……単純ね」


 この表情をアキラに見せたらきっと嫌われるだろう。

 シェリルはそんなことを考えながらぐに表情を愛想の良いものに戻した。


 しばらく待っていると4人の男が部屋に入ってくる。

 シェリルはめ事が起こらなかったことに安心して愛想良く微笑ほほえみながら、いつものように客の観察を始める。

 相手の服装や装備品、視線や表情、分かりやすい態度や僅かな仕草から相手の性格などを推察して、効果的に好感を持たれる接客を実現するためだ。


 4人の男は部屋の中を見渡したり陳列されている遺物を見たりしている。

 全員このまま荒野に出ても不思議のない武装をしている。

 大きめで恐らく中身がほとんど空のバッグやリュックサックを背負ったり、肩にかけたり、手に持ったりしている。


 シェリルが男達に違和感を覚える。

 だがそれを表には出さずに観察を続ける。


 男達は部屋の中を、部屋に陳列されている旧世界の遺物をどこか鋭い目で見ている。

 ある男からは部屋の出入り口を随分気にしている様子が見受けられる。

 別の男は天井から垂れ下がっている白いシーツの向こうを気にしている。


 そしてシェリルは彼らの表情から僅かな緊張を、何かを始める前に人が抱く緊張の欠片かけらを感じ取った。

 何か不味まずい。

 非常に嫌な予感を覚えると同時に、それを表情に出さないように全力を尽くした。


 男達の1人が愛想のよい顔でシェリルに近付いてくる。


 シェリルはいつものように気品の漂う微笑ほほえみを浮かべながら恭しく礼をする。


「いらっしゃいませ。

 ようこそ、お越しくださいました」


 シェリルに近付こうとしていた男の表情が僅かに緩んだ。

 それはシェリルの微笑ほほえみに対しての反応ではなく、物事が上手うまく進んでいることに対する反応だった。


 アルファがアキラに指示を出す。


『アキラ。

 戦闘準備』


 アキラがアルファの唐突な指示に少し驚きながらも意識を臨戦に切り替える。

 それとほぼ同時に、男の気が少し緩んだ瞬間に、シェリルは自身の判断に従ってアキラが隠れている方へ全力で走り出し、天井から垂れ下がっているシーツの裏に飛び込んだ。


 不意を突かれた男が一瞬だけほうけたような表情を浮かべる。

 だが次の瞬間、険しい形相で銃を構えると、シェリルがいる辺りを狙って一切躊躇ためらわずに乱射した。


 無数の銃弾がシーツに直撃する。

 銃弾は1枚目のシーツを引き裂きながら貫通したが、それで威力の大半を奪われ2枚目のシーツを引き裂くことはできなかった。

 天井から垂れ下がっているシーツが銃撃の衝撃で天井から引きはがされて宙を舞う。

 勢いを殺された銃弾が床に落ちていく。


 男が表情をゆがめて叫ぶ。


「防弾の布!?

 ただのインテリアじゃねえのか!」


 男はシェリルを人質に取ってゆっくり事を進めるつもりだった。

 しかし不意を突いて逃げだそうとするシェリルの態度から自分達の目的を察せられたことを理解すると、すぐにシェリルの殺害に切り替えたのだ。


「すぐに遺物を詰めろ!

 外の連中に連絡してこっちに合流させろ!」


 男は仲間に大声で指示を出した。


 アキラは自分の方へ飛び込んできたシェリルを左腕で抱えると、右手に持つCWH対物突撃銃を一発だけ牽制けんせいで撃つ。

 命中させる必要はない。

 敵にアキラの存在が伝われば良いのだ。

 そしてすぐにシェリルを抱えたまま部屋の奥に向かう。

 そこには部屋の外への扉がある。

 万一の場合の部屋からの避難経路だ。

 部屋のシーツはそれを隠すためのものでもあった。


 男は部屋の奥から響く銃声を聞いて反射的に音の方を向く。

 アキラの放った銃弾は射線上を舞う防弾性の布によって軌道を変えられ、男から大分離れた場所を通過していった。


「やはり裏に警備がいたか!」


 男が近くのシーツで覆われた陳列棚を蹴飛ばして倒す。

 そして敵の銃撃から逃れるために、防弾性の布に覆われた陳列棚に素早く身を隠した。


「敵が奥にいる!

 防具をしっかり装備し直せ!」


 男は仲間に指示を出しながら、バッグの中からフルフェイスのヘルメットを取り出して装着する。

 シェリル達に余計な警戒心を与えないために脱いでいたのだが、もうその必要はなくなったのだ。


 アキラはシェリルを抱えたまま強化服の身体能力で部屋を素早く走り抜ける。

 生身のシェリルに大きな負荷を与えないぎりぎりの速度を出していた。

 部屋の奥の扉に着くと急いで扉を開けてシェリルを押し出すようにして部屋から出して、そのまま扉を閉めた。


 シェリルが勢いよく閉められた扉を見て驚きの表情を浮かべる。

 シェリルはアキラも一緒に避難すると思っていたのだ。

 その動揺でほんの僅かな間だけ思考を停止させていたが、すぐに自分のするべきことに気付いて行動に移す。

 この襲撃はまだ拠点の全体には伝わっていないのだ。


 発砲音が聞こえた。

 シェリルの部下達の中には、そこで思考を止めてしまっている者も多いだろう。

 シェリルができる限りの大声で叫ぶ。


「敵襲!」


 アキラの後ろ盾さえあれば、シェリル達の拠点が襲われることはないだろう。

 今日まで続いたその幻想は、今日あっさり消えてなくなった。




 アキラは取りあえずシェリルを部屋の外に、4人の襲撃者がいる部屋の中よりは安全な場所に避難させた。

 これで一応シェリルの安全を確保したことにして、すぐに襲撃者の撃退に移る。


 アキラが顔をしかめてアルファに話す。


『それにしても、俺もスラム街で旧世界の遺物の販売店なんか開けばいつかは強盗ぐらい来るだろうとは思っていたけれど、随分早いな』


 アルファが余裕そうに笑って答える。


『ついていないわね』


『全くだ。

 やっぱり俺は運が悪いんだな』


『でもアキラが警備をしている時に襲ってきたのは、シェリルには幸運だったかもしれないわ。

 そのおかげでシェリルは死なずに済んだのだからね』


 アキラが苦笑して答える。


『それは多分、シェリルの運が良いからだな』


『そうかもしれないわね。

 それならシェリルの幸運にあやかって、早めに片付けてしまいましょう』


『そうだな。

 そうしよう』


 自分の不運の所為か、あるいはシェリルの幸運のおかげか、又はその両方か。

 それはアキラには分からない。

 だが取りあえずは、襲撃してきた者達を不運な者達にするために、不運を押しつけるために、アキラは気合いを入れて迎撃に向かう。


 アルファがアキラに襲撃者達の対処方法を尋ねる。


『それでアキラは彼らをどうするつもりなの?

 一番手っ取り早いのは皆殺しよ。

 殺さないように手加減する必要がなくなるわ』


 アルファは微笑ほほえみながら物騒なことを口にした。

 そこに殺人への躊躇ちゅうちょ欠片かけらも感じられない。

 いつも通りの微笑ほほえみで敵の殺害を肯定する。


 アキラが落ち着いた表情で答える。


『相手が死んでもかまわない程度の感覚で、可能なら余り怪我けがをさせずに無力化する。

 ここを襲った理由も聞いておきたいしな』


『矛盾したことを言っているって理解している?』


『だから、できる限りだ。

 俺も死にたくないし、早めに手早く片付けないと被害が増える。

 その上でできる限りやるだけやってみるってことだ。

 アルファのサポートが有っても連中を手早く皆殺しにしないと無理だって言うのなら、俺もアルファの指示に従うしかないな』


 アキラのどことなく挑発的な言葉に、アルファが不敵に笑って答える。


『馬鹿なことを言わないで。

 私のサポートがあれば大丈夫よ。

 楽な手段を取らない分だけアキラが苦労するのだから一応確認しただけよ。

 アキラがそれでも良いって言うのなら、私は構わないわ』


『よし。

 行こう』


 アキラは少しだけ笑って敵に向かって駆けだした。


 アキラとアルファの会話は音声を介さない念話で行われている。

 普通に口で話せば数十秒掛かる内容であっても、念話で行えば短時間で済ませられる。

 更にアキラが意識を臨戦に切り替えてからは無意識に体感時間の圧縮も実行していた。

 それらの要素により、アキラとアルファは口頭では不可能な迅速な意思疎通を実現させていた。


 これはアキラの訓練でもある。

 アキラの脳の単位時間当たりの情報処理能力を上昇させる技術訓練だ。

 戦闘とは大量の情報を処理し続けることでもある。

 1秒意識を止めれば死にかねない状況で、あらゆる危険を認識してそれに対処し続ける。

 有益な情報と無益な情報を振り分けて、効率的な処理を続けなければならない。

 敵の攻撃が自分の命を刈り取る前に。


 その処理能力が状況の危険に対処しきれなくなった時、アキラはその分の危険に対して運試しをすることになる。

 運良く生き残るか、運悪く死ぬかだ。

 今の所はアルファがアキラの運の悪さを補っている。

 だがそれも絶対ではない。


 それでも、あの日アキラがアルファに出会えた幸運は、今日もアキラを生かし続けていた。


 アキラが銃をCWH対物突撃銃からAAH突撃銃に持ち替えて、襲撃者達へ素早く距離を詰めていく。


 部屋の中には銃弾の衝撃で天井から引きちぎられた防弾性の白いシーツが舞っている。

 襲撃者達はアキラがいるであろう方向へ向けて銃撃を続けている。

 シーツの防弾性にも限度があり、銃弾の衝撃で千切れ飛んだシーツが部屋の視界を悪化させていた。


 男が陳列棚に半身を隠しながら銃撃をしている。

 その男の視界に突如アキラが現れる。

 アキラは防弾性を残しているシーツを盾にして、既にぎりぎりまで男達との距離を詰めていた。

 そこから男との距離を更に詰めるために、シーツの影から一気に飛び出したのだ。


 男は急に現れたアキラに驚きながらもアキラを銃撃しようとする。

 だが男の攻撃よりもアキラの方が早かった。

 アキラは既にAAH突撃銃の照準を合わせ終えていた。

 引き金が引かれ、銃口から放たれた銃弾が男の頭、胴体、腕、銃に命中する。


 だが男はほぼ無傷だ。

 アキラが撃った通常弾では、男の強化服とフルフェイスのヘルメットの防御を突破できなかったのだ。

 被弾の衝撃も軽減されて軽傷すら負っていない。

 銃も強化服の握力でしっかり握っていたため、はじき飛ばされずに済んでいた。

 アキラの攻撃は男の攻撃を中断させて少し蹌踉よろけさせただけに終わった。


 男がアキラの銃撃に自分を殺すほどの威力がないことに気付いて余裕の笑みを浮かべる。

 そして再びアキラに銃口を向けようとする。

 しかし再度アキラからの銃撃を銃と腕に受けて、アキラに向けようとしていた銃口を大きくらされた。


 アキラの攻撃は着弾の衝撃で男の体勢を崩して、銃口を自分に向けさせないためのものだった。

 男がそれに気付いた時、既にアキラが男の目の前に辿たどり着いていた。


 アキラの脚が床から勢いよく跳ね上がる。

 強化服の身体能力を右脚に乗せて男の頭部に痛烈な蹴りをたたき込む。

 蹴りの衝撃がヘルメットの防御を貫いて頭部に到達して脳を激しく揺らす。

 男の意識は一撃で刈り取られた。


 アキラの蹴りの衝撃で男が上に吹き飛ばされる。

 男が天井に激突する前にアキラが男の足をつかんだおかげで、男は天井にめり込まずに済んだ。

 アキラはそのまま男の足を引っ張って引き寄せると、男の足から手を離して胸ぐらを左手でつかんだ。


 部屋の中にいる残り3人の襲撃者が、あっという間に1人倒されたことに動揺しながらもアキラを銃撃しようとする。

 だがアキラがつかんだ男を前に出して盾にすると、それを見て攻撃を一瞬躊躇ちゅうちょした。


 そのすきにアキラが3人との距離を一気に詰める。

 3人の位置がアキラの前方と左右となる位置に素早く潜り込む。

 アキラの左右にいる男達は同士討ちを避けてアキラを銃撃できずにいた。


 だがアキラの前方にいる男は、アキラに近付かれたことで慌てたのか、覚悟を決めたのか、開き直ったのか、盾にされている男に構わずにアキラを銃撃する。

 盾にされている男の強化服やヘルメットに無数の銃弾が連続して撃ち込まれる。

 被弾した男の体が激しく揺れ、着弾の衝撃がアキラまで伝わってくる。

 銃撃の衝撃で盾の男が吹き飛ばされるのを、アキラは強化服の腕力で強引に押さえ込んだ。


 同時にアキラが右側にいる男を銃撃する。

 右手の男はアキラが盾にしている男ほど装備が充実していなかった。

 AAH突撃銃の銃弾を近距離で浴びた男がその場から吹き飛び床に崩れ落ちた。


 更にアキラが前方の男を銃撃する。

 前方の男は被弾の衝撃で銃弾をき散らしながら床に転がった。


 アキラが残りの1人に銃を向ける。

 引き金を引こうとして、男の様子を見て動きを止める。

 男は銃を持ちながら両手を上げていた。


 アキラは少しだけ考えてから、男にその結果を告げる。


「駄目だ」


 アキラは盾にしていた男を離すと、最後の男の頭部に回し蹴りを放った。

 男の意識を刈り取る程度に威力を抑えた蹴りだった。

 男は全ての糸が突然切れた操り人形のように、その場に真下に崩れ落ちた。


 部屋の中の敵を倒し終えたアキラが大きく息を吐く。


『まずは4人。

 何とかなったな』


 アルファが余裕の笑みを浮かべながら話す。


『まだ4人残っているから、気を抜いては駄目よ?』


『分かってる。

 こっちから攻めた方が良いのか?』


『大丈夫。

 相手の方からこっちに向かっているわ。

 ここで待って迎え撃ちましょう』


 急にアルファの表情から余裕の笑みが消える。

 アキラがアルファの様子に気付いて警戒を高める。


『アルファ?』


『アキラ。

 装備を変更するわ』


 アキラはアルファの指示に従って急いで装備を変え始めた。




 襲撃者達の残り4人は拠点の外で待機していた。

 シェリルが一度に全員を拠点の中に入れるのを躊躇ためらって外で待たせていたからだ。

 彼らは拠点の裏路地に面した出入り口の外で大人しく待っていた。


 彼らの内の1人であるザルモが、先行した4人からの連絡を受けて答える。


「……分かった。

 すぐ行く」


 ザルモは通信を切ると他の3人に目で指示を出す。

 3人はうなずくと今まで相手の警戒を下げるために外していたヘルメットなどの装備を再装着する。


 客だけを外で待たせるわけにも行かないだろうと、警戒を兼ねて彼らの近くに立っていたシェリルの部下が彼らに尋ねようとする。


「何か……」


 何かあったのか。

 少年がそう尋ね終える前に、ザルモは自然な動作で銃を少年に向けると、そのまま引き金を引いた。


 数発の弾丸が少年の胴体を貫通する。

 少年が身に着けていた見せかけだけの防護服では、本物の弾丸を防ぐことはできなかった。

 少年の胴体を貫通した弾丸は、少年の重要な臓器を的確に破壊していた。

 少年はそのまま崩れ落ち、絶命した。


 ザルモは1人殺したことに全く感想を覚えず、欠片かけらも表情を変えずに淡々と仲間に指示を出す。


「行くぞ」


 ザルモ達が扉を蹴破って拠点の中に侵入する。

 事前に目的の部屋への経路を入手しているため、全く迷わずに目的の部屋へ進んでいく。

 牽制けんせいを兼ねて人影や隠れるのに適した場所などを銃撃しながら進んでいく。

 銃声が拠点内に響き渡り、銃弾が拠点の壁や物を破壊していく。


 通路の奥からザルモ達に向けて数発の銃弾が飛んでくる。

 それはザルモ達に命中したが、彼らの装備には全く効果がなく、敵の攻撃に効果がないことを知らせただけに終わった。

 ザルモ達が通路の奥へ銃口を向けて乱射すると、シェリルの部下達のか細い抵抗はそれでついえた。


 シェリルの部下達の悲鳴が拠点の中に響いていた。

 それもザルモ達にはただの雑音にすぎなかった。


 ザルモ達は遺物販売用の部屋の前まで何の障害もなく辿たどり着いた。

 一瞬だけ目配せして、全員で中に突入しようとした瞬間、大量の弾丸が扉や近くの壁を貫通し破壊しながらザルモ達に襲いかかった。


 扉の向こう側では、アキラがAAH突撃銃とA2D突撃銃を両手に持って構えて立っていた。

 アルファのサポートによって拡張されたアキラの視界には、扉の向こう側のザルモ達の姿がしっかりと映っていた。

 アキラは強化服の身体能力で銃の反動を片手で押さえ、両手の銃を撃ち続ける。


 無数の強力な弾丸が部屋の扉を粉砕し終えると、アキラがようやく銃撃を止めた。

 アキラの視界の先にはほぼ真面まともに銃撃を受けたザルモ達の姿が見える。


 1人は銃撃の衝撃で反対側の壁まで吹き飛ばされている。

 無数の銃弾が男の強化服を貫通しており、反対側まで開いた穴から血が壁に飛び散っている。

 アキラの銃撃が止まり、男の体を壁に押しつけていた力がなくなると、すぐに床に崩れ落ちた。

 男の死体から流れ出した血が床に血まりを作り出していく。


 残りの3人はアキラの銃撃が終わっても立ち続けていた。

 3人の中でただ1人意識を保っているザルモが、アキラを見ながらどことなく楽しげに笑って話す。


「今のは対機強装弾だろ?

 それは人様に向かって撃って良い弾じゃねえよ。

 見ろよ、この悲惨な有様を。

 殺しにだって、人としての殺し方ってのがあるだろう。

 お前には人間性ってのが欠けてるんじゃないか?

 何てひどいやつだ」


 アキラはアルファの指示で銃の弾倉を通常弾から対機強装弾に変更していた。

 機械系モンスターへの使用を前提とした弾丸であり、確かに対人用ではない。


 アキラがザルモを冷めた目で見ながら話す。


「仲間を盾にする人間に言われたくはないな」


 アキラの正面に立っている3人で、自力で立っているのは、生きているのは、楽しげに笑っているザルモだけだ。

 アキラに銃撃された時、ザルモは近くにいた2人を両手で1人ずつつかむと、自分の前に引き寄せて盾にしていた。

 2人分の強化服と肉体による急造の盾はアキラが撃った弾丸の威力を十分に減衰させていた。

 盾にされた2人が少々原形を失ったのと引き替えに、ザルモはほぼ無傷でアキラの攻撃を防いでいた。


 ザルモが薄く笑いながら答える。


「いやいやいや、これは仕方がない犠牲ってやつさ。

 俺が2人を盾にしなければ俺達は全滅していた。

 最悪の事態を防ぐためのやむを得ない犠牲だよ。

 全滅するより誰か1人でも生き残りがいた方が良い。

 0よりも1だ。

 分かりやすいだろう?」


 ザルモに盾にされた2人は全身に銃弾を浴びており、2人の強化服もフルフェイスのヘルメットもその内側の肉体も、ザルモの言う悲惨な有様そのものだ。

 辛うじてつながっていた腕や足が自重に絶えきれずに千切れ落ちていく。

 ザルモがそれに気づき、つかんでいた2人を離して床に捨てた。

 銃弾に削り取られて重量を減らしていた2人の体が床の血まりに落ちて周囲に血を飛び散らせた。


 ザルモが部屋の中で横たわっている先行組の4人の姿を見る。


「先に部屋に入った4人もお前が1人で倒したのか?

 大したもんだ。

 しかも全員生きているようだな。

 慈悲深いじゃないか。

 その慈悲を俺達には恵まなかった理由を是非聞いておきたいね。

 何でだ?」


 アキラが険しい表情で答える。


「今のでお前を殺しきれなかったからだ。

 そこまで強い相手に油断も手加減もできるほどの余裕なんて俺にはないんだ」


「おっと、そうすると俺は俺が強すぎる所為で、こいつらを巻き添えにして死なせたってわけか。

 実に残念。

 心が痛むねえ」


 ザルモがあからさまに心にもないことを口して、どことなく余裕を感じさせる表情を浮かべながら、状況を思案する。


(……先行組は全員生きている。

 出血等もない。

 強化服に着弾の跡が少々残っている。

 ヘルメットにへこみもある。

 格闘か、通常弾を食らった衝撃で倒された可能性が高い。

 ……なぜ俺達には通常弾ではなく強装弾を使用した?

 先行組の装備には通常弾だと余りダメージを与えられなかったから、より威力のある強装弾に切り替えただけか?)


 ザルモはアキラの言葉を反芻はんすうし、その時のアキラの表情と照らし合わせる。


(違うな。

 こいつは先行組なら格闘と通常弾で倒しきれると判断した。

 だから生かした。

 俺達に強装弾を使ったのは、俺達の装備だと通常弾では苦戦すると判断したからだ。

 ……どうやってそれを判断した?

 先行組から俺達の装備を聞き出したのか?

 いや、先行組の連絡が来てから俺達がここに来るまでの時間でそれを聞き出すのは無理だ。

 襲撃の情報そのものがこいつらに漏れていた?

 いや、それもおかしい。

 それならもっと事前に対応を取るはずだ。

 その様子はなかった。

 ……分からん。

 得体の知れないガキだな)


 ザルモが余裕の表情を浮かべたままアキラを強く警戒する。

 ザルモにはアキラが余り強そうには見えなかった。

 しかし既に7人倒されたことは事実だ。

 それもアキラ1人にだ。

 それでもザルモの余裕は崩れない。

 その程度のことは自分にも容易たやすくできるからだ。


 アキラも他の仲間を全員倒されたというのに欠片かけらも動じていないザルモを見て警戒を深めた。

 そのまま2人は対照的な表情を浮かべて対峙たいじしていた。

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