第121話 面倒な交渉

 サラの予想通りエレナ達の交渉はめにめていた。

 サラはアキラに依頼の内容とその背景を説明したが、意図的に省いた部分がある。

 エレナが声を荒らげるほどに不機嫌になった理由の大半もそこにあった。


 クガマヤマ都市はセランタルビルに派遣する部隊の人員に、賞金首討伐に成功したハンター達を雇うことに決めたが、多数のハンターをセランタルビルとその周辺に派遣する以上、ある程度統一した動きをしてもらわなければ非効率だ。

 指揮系統の混乱による余計なめ事も発生しかねない。


 そこで都市は賞金首討伐時の指示系統をそのまま運用しようと考えた。

 賞金首討伐を成功させたハンター達の部隊なら統率の練度も期待できる。

 彼らはビッグウォーカー討伐時に急遽部隊を再編成していたが、それでも討伐に成功したのだ。

 部隊運用の調整やハンター間のめ事の仲裁も各自でやってくれるはずだ。

 都市側はそう判断したのだ。


 作戦の現場の指示系統を統一するため、ハンター達のどこかの部隊、又は組織を現場の指示系統の頭にする必要がある。

 そこで都市は賞金首討伐に最も貢献した集団に全体の指示を任せることにした。


 都市が指定したのはドランカムだ。

 ドランカムは賞金首討伐部隊の規模も大きく、単独で賞金首の半数の討伐に成功し、最も強力な賞金首の討伐にも大きく貢献したのだ。

 都市側がドランカムに作戦の具体的な指示を任せようとした判断も自然なものだろう。

 ドランカムに作戦の全体指揮を任せて、ドランカム以外のハンター達はその下に着く形でハンターの部隊を運用する。

 それが当初の予定だった。


 しかしその判断は、多くのハンター達から予想外の反発を招くことになった。


 ドランカムはミハゾノ街遺跡に異変が発生した日に、多くのハンターに依頼を出している。

 セランタルビルでの緊急依頼の応援要請だ。

 そしてそれは結果的に多くの未帰還者を生み出すことになった。

 現在まだビルの中で生き残っている可能性があるとされている救出対象は、その時にドランカムからの依頼を受けたハンター達だ。


 結果論になるが、その者達はドランカムにはした金で死地に送り込まれたようなものだ。

 辛うじて生還できた者や知り合いの消息が途絶えた者の中にはドランカムを恨んでいる者もいる。

 ドランカムの依頼で多数の未帰還者が出たことにより、ドランカムの判断能力や指揮能力を疑問に思う者もいた。


 それとは別に、ドランカムが今回の作戦を利用してクガマヤマ都市での地位を高めようとしていると判断する者もいる。


 クガマヤマ都市にはドランカム以外にも多くのハンターの徒党が存在している。

 都市が重視する作戦をドランカムが主体となって成功させれば、都市でのドランカムの地位はより高まるだろう。

 この作戦に他の徒党に属するハンターが現在の指示系統で参加すれば、競合相手の地位を高める助力となってしまうのだ。


 指揮系統をドランカムに奪われれば、危険な任務を他の徒党に所属しているハンターに押しつける。

 そう懸念する者もいた。


 そのような要因から、多くのハンターがドランカムの指揮下で動くことを嫌がったのだ。


 そして問題はドランカム内部にも存在した。


 ドランカムは既にミハゾノ街遺跡に部隊を派遣している。

 その先行部隊は形式的にとはいえカツヤが指揮を執っている。

 追加の部隊はその指揮下に、カツヤの指揮下に入ることになる。


 ドランカムは若手とそれ以外の軋轢あつれきが存在しており、若手でもカツヤ派と反カツヤ派で対立している。

 シカラベのような極端な例は少ないが、カツヤの指揮下に入ることに強い抵抗を示したハンターの数は無視できないものとなっていた。

 彼らは指揮権をカツヤ達から自分達に移すか、相手に相応の交換条件を飲ませるように、ドランカムの幹部も巻き込んでドランカム内部で交渉を始めた。


 その上、依頼に関わるハンター達の交渉の内容も目的も様々だ。

 可能な限り報酬をつり上げようとしている者。

 他の徒党と意図的に対立することにより、都市の面目を保った上でこの依頼を断ろうとしている者。

 交渉によって特定の徒党に恩を売ろうとしている者。


 様々な人間が様々な目的で、自身の利益のために、組織の利益のために、どう考えても難航する交渉を続けていた。


 それらの要因が複雑に絡み合い、交渉をより一層面倒なものに変えていた。


 現在ミハゾノ街遺跡のハンターオフィスの出張所では、都市やドランカムなどのハンター徒党の交渉役、ハンターチームに雇われた代理人、ハンターチームのリーダーなどが集まり、この非常にややこしい交渉を取りまとめようと苦心していた。

 エレナもその1人だ。


 交渉の場所として使われているのは、出張所内の食堂だ。

 エレナの隣にキャロルが座っている。

 テーブルを挟んだ向かいには、マエダというドランカムの交渉担当の男が座っていた。


 エレナとマエダは険しい表情で交渉を続けていた。

 キャロルはどこか涼しい顔で微笑を浮かべていた。


 マエダは同僚からの連絡を聞いた後、持っていた情報端末を操作して通話を切ってめ息を吐く。

 そしてエレナに話す。


「……一応確認をとってはみたが、やはり駄目だ。

 ドランカムとしてはその条件を受けられない」


「そう。

 それなら交渉は決裂ってことで良いのね?」


 エレナがそう告げると、マエダは表情をゆがめて答える。


「お互いそういう訳にもいかないだろう?

 クガマヤマ都市からの依頼なんだぞ?

 下手にめる原因を作って交渉を長引かせるだけでも都市からどれだけにらまれるか。

 それぐらいそちらも分かっているだろう?」


 エレナは微塵みじんの動揺もなく表情を変えずに返事をする。


「当然理解しているわ。

 都市はこんな交渉なんて速やかに終わらせて、セランタルビルの攻略をすぐに始めてほしいと思っているでしょうね」


「それが分かっているなら、もう少し条件を妥協できないのか?

 交渉を引き延ばしてもお互いに都市の不興を買うだけだぞ?」


「下手に交渉を引き延ばして都市の不興を買わないように、こちらも要求を下限まで下げているのよ?」


「……そちらがドランカムの指揮下に入る条件として、都市が支払う報酬とは別にドランカムから5倍の報酬を支払えって、しかも一部は前払いって、それのどこが下限の要求だ。

 どう考えても無理がある」


「私達とドランカム側の今回の作戦行動に対する認識の差ね。

 言ったでしょう?

 下限だって。

 交渉の時間が十分にあるのなら、もっと報酬を上乗せしているわ」


 マエダは真剣な表情でエレナを見る。

 エレナの態度からは交渉を優位に進めるためのはったりなどは感じられない。

 マエダがめ息を吐いて話す。


「……本気か?

 良いのか?

 これはクガマヤマ都市からの依頼なんだぞ?

 そっちがそんな無茶苦茶むちゃくちゃな条件を提示して、決裂前提の交渉をした以上、こちらも決裂した理由を都市側に伝える必要がある。

 都市の管理側の人間から真面まともに交渉もできないハンターだと思われたらどうする気だ?」


 ハンターは危険なモンスターが生息している旧世界の遺跡で活動するために強力な火器を保持している。

 当たり前だがモンスターとの戦闘を前提とした火力は、人間相手には余りにも過剰だ。

 都市はそのようなハンター達を上手うまく制御して都市の治安を、東部の秩序を維持しなければならないのだ。


 東部に点在する都市は、都市を運営する企業は、企業を統括する統企連は、東部の秩序を維持するために様々な方法を取っている。

 調子に乗ったハンターがむやみに暴れて東部の治安を脅かさないように、ハンターオフィスが該当のハンターとそのハンター稼業の活動内容について交渉することもある。


 彼らは様々な交渉の場でハンターとしての倫理を説くこともある。

 むやみに暴れないように説得することもある。

 め事を仲裁することもある。

 別の利益を提示して思いとどまらせることもある。

 恫喝どうかつして押さえつけることもある。

 そこに交渉の余地があるのならばだ。


 そのための最低限の交渉もできないハンターなど、統企連にとってはモンスターと同じだ。

 そのようなハンターは東部の治安を害する駆除対象として扱われ、賞金首に認定されて他のハンターに殺されるのだ。


 真面まともに交渉できる人物であると評価されること。

 それは過剰な戦力が当たり前にあふれている東部において、とても重要なことなのだ。


 エレナというハンターは、交渉の場で相手に一方的に要求を突きつけて、妥協点のり合わせなど全くする気がない人間だ。

 ドランカムがクガマヤマ都市にそう報告した場合に、都市側のエレナというハンターに対する評価にどれだけ影響が出るかは分からない。

 しかしそれでもエレナにとって歓迎できない事態に発展する可能性が増えるのは確かだ。


 ドランカムはクガマヤマ都市とのつながりを深めている。

 そのことはクガマヤマ都市で活動しているハンター達なら大抵知っている。

 当然エレナも知っている。

 マエダはこれでエレナの態度が軟化しないかと考えて、そのような軽めの脅しのようなことを口にしたのだ。


 エレナが表情を崩さずに答える。


「好きに話しなさい。

 ドランカムとの交渉が決裂した経緯は、私からも都市側にしっかり説明するわ。

 向こうにもこちらの話を納得してもらえるとも思っているわ。

 だから早く交渉先をクガマヤマ都市に戻したいのだけれど」


 エレナの態度は微塵みじんも揺らがなかった。

 マエダがエレナの態度を見て頭を抱える。

 エレナもマエダの立場を理解しているが、だからと言って彼のために自分達の利益を削るつもりなど毛頭ない。


「そもそも私が都市側と交渉しようとしていた時に横から割り込んできたのはそっちよ?

 その上でそっちに合わせて譲歩する義理も義務もないわ」


「今までドランカムの仲介でいろいろ依頼を受けたりしていたんだ。

 こちらの要求を鵜呑うのみにする義務はないが、歩み寄る姿勢を見せる程度の義理はあっても良いだろう」


 エレナの表情が僅かに不機嫌なものに変わる。


「その分の義理は前回の依頼の時に使い切ったわ。

 契約上事前にそう取り決めたとはいえ、報酬の減額を全て黙って受け入れた時点でね」


 エレナは自分の表情を変えていないと思っている。

 僅かに変わった表情は、冷静に交渉を続けようとしているエレナから漏れた内心の表れだ。

 それはマエダにしっかり気付かれた。


 マエダは眼鏡型の情報端末を身に着けている。

 その情報端末の透過式の表示部には、ドランカムで保持しているエレナの情報が表示されていた。

 エレナがドランカム経由で受けた依頼の履歴も含まれている。


 マエダは情報端末を操作してエレナが受けた最後の内容を見る。

 そこには報酬の減額に関する報告も記述されている。

 同意の上でのことであり問題なし、と補足されていた。


(……何が問題なしだ。

 思いっきり問題が出ているだろうが。

 誰だ、この報告書を書いたやつは。

 ミズハ?

 あの事務上がりの幹部か。

 幹部のくせにこれで問題はないと判断した間抜けなのか?

 それとも他の派閥の連中に報告書の内容を改竄かいざんでもされたのか?

 派閥争いに俺の仕事を巻き込むのは止めてくれ。

 俺の仕事に支障が出るだろうが。

 交渉相手に関する情報が間違っていると、交渉が無駄にめるんだよ)


 マエダはドランカムに所属している人間だが、どこかの派閥に肩入れしているわけではない。

 強いて言えば中立派だ。

 ドランカムの内紛にも一歩引いた立ち位置を保っていた。


(ドランカム内のめ事も交渉も増えてきて、同僚がその仲裁につきっきりで、外部との交渉に割ける人員が減ってきてるんだよな。

 全く、早く何とかしてほしいもんだ。

 ……いかん、ぼやいていないでまずはこの交渉を何とかしないと)


 面倒な交渉を任されたと思いつつ、マエダは気を切り替えた。


 ドランカムの立場としては、エレナ達の要求を受け入れるわけにはいかない。

 ドランカムが交渉しているのはエレナ達だけではないのだ。

 エレナ達の要求を受け入れて、それが他のハンター達に知れ渡れば、他のハンター達も確実に報酬を釣り上げようとするだろう。


 かといって、この場の交渉を決裂させてエレナ達の交渉先をドランカムから都市に戻すわけにもいかないのだ。

 エレナ達と都市の交渉に都市との伝を使って割り込んだのはドランカムだ。

 ドランカム側から割り込んでおいて、交渉に失敗しました、駄目でした、とエレナ達との交渉を都市に戻せば、クガマヤマ都市の経営陣にドランカムの交渉能力を疑われるのは間違いない。


 そしてその交渉を何とかまとめようと時間を掛けるほどに、交渉が長引くほどに、都市側の不満は確実に積もっていくのだ。


 マエダは頭を抱えながら視線をエレナからキャロルに移す。

 エレナ側の決定権を持っているのはエレナだろうが、キャロルもこの場に同席している以上、ある程度エレナ側の意思決定に関われるのだろう。

 マエダはそう判断して、場の流れを変えるべくキャロルに話す。


「キャロルさんも、このままで良いのか?

 お互いに妥協せず意地を張っても、全員損するだけだぞ?」


 キャロルは余裕を残した笑みを浮かべてマエダに尋ねる。


「それなら、ドランカム側の指揮系統、作戦の指揮官とかを教えてもらえないかしら」


「……それを聞いてどうする気だ?」


「言えないの?」


「だから、それを聞いてどうする気だ?」


「妥協点のり合わせの一環よ。

 経験豊富で有能な指揮官が作戦を指揮するのなら、それだけ作戦行動に従事する私達の安全も高まるでしょう?

 私達があんな報酬を要求するのは、その点に関する不安の表れだと思ってもらいたいわ」


「ドランカムの指揮など全く信用できないと?」


「そこまでは言わないけど、ほら、ちょっと前に、ドランカムの依頼で多数のハンターがセランタルビルに乗り込んだでしょ?

 保険会社が大慌てするほど未帰還者が出たって聞いたわ」


「それがドランカムの落ち度だと?

 あんな状況を予想しろってのは、幾ら何でも無理があると思わないか?」


「別にドランカムの責任を問うつもりなんてないわ。

 ただ、セランタルビルはそれだけ危険な場所だってことを、お互いに確認したかっただけよ」


「その危険を認識しているからこそ、ハンターを連携の取れていない状態でセランタルビルに突入させて被害を増やさないように、大規模なハンターの部隊を編成しようとしているんだ。

 そこでハンターが勝手な行動を取って被害を出さないように、しっかり指揮系統を統一するために、こちらの指揮下に入ることを要求しているんだ。

 それぐらい依頼内容を読めば分かることだろう?」


「分かっているわ。

 だからこそ、ドランカム側の作戦指揮官などについて尋ねているのよ。

 有能な指揮官や指揮系統を確認できれば、作戦行動に従事する私達の安全も期待できる。

 作戦の指揮を執る人物が私の知っている人なら、指揮能力もある程度予想できるわ。

 そうすれば私からエレナに説明して、エレナの不安を解消できるかもしれない。

 そうすればエレナも安心して要求を引き下げるかもしれない。

 こちらの要求を妥協できる余地も生まれるかもしれない。

 尋ねた理由は納得してもらえたかしら?」


 キャロルはそう言ってマエダに微笑ほほえみかけた。

 マエダは状況の不利を理解しながら、辛うじて返事をする。


「……ああ」


「それは良かったわ。

 じゃあ、教えてもらえる?」


 キャロルにそう言われても、マエダは黙ったままだった。

 キャロルはマエダの立場を理解した上で、微笑ほほえんで話を続ける。


「話してもらえないと、流石さすがに私もエレナを説得するのは無理なんだけど?」


 マエダは観念して言いにくそうに答える。


「……調整中だ」


「大まかな話でも構わないわ。

 特定の人物やその派閥を中心に編成中って話だけでも、何も分からないよりましよ」


「……その段階で調整中なんだ」


 マエダは少し吐き捨てるようにそう答えると、僅かに項垂うなだれた。


 キャロルが予想通りの返答を聞いて内心ほくそ笑む。

 その内心を隠しつつ困ったような表情を浮かべて話す。


「都市からの依頼の重要性を理解した上で、一刻も早く部隊編成を終わらせて作戦を実行に移さなければならない状況だってことぐらい、ドランカムも分かっているはずよね?

 その状況で指揮系統の編成もできないぐらいそちらの状況がぐだぐだなら、正直、そちらの指揮能力を疑わざるを得ないわ。

 その疑念や誤った指揮によって発生しうる危険をこちらに許容させる報酬はどの程度かと考えると、エレナの要求が法外に高いとは残念だけど私にも思えないわ」


 キャロルの話を聞き終えて、マエダは深くめ息を吐いた。

 マエダも内心エレナやキャロルの意見に同意している部分がある。

 ただ、立場上それを表に出せないだけだ。


 マエダが内心で愚痴を吐く。


(……もう無理だ。

 説得材料なんかもうないぞ。

 もう知るか。

 さっさと都市に交渉を引き継がせよう。

 幹部連中がいろいろ文句を言ってくるだろうが、お前らがぐだぐだやっているせいだ。

 俺の知ったことか)


 マエダは比較的自身の職務に忠実な人間だ。

 だがそれでも限度はある。

 上のごたごたが自身の職務に悪影響を及ぼしていること。

 交渉相手の言い分にある程度同感していること。

 このまま愚直に交渉を続けても当初の目的の達成は困難だと判断したこと。

 それらはマエダのやる気を大きく阻害して、理由を付けてこの交渉を投げ出そうとする下地を作り上げた。


 キャロルはマエダの微妙な態度の変化から、マエダの交渉に対する姿勢の変化に目敏めざとく気付いた。

 そのキャロルが微笑ほほえんでマエダに話す。


「話は変わるんだけど、作戦の主力部隊の編制が終わるまで何もしないってのはどうかと思うの。

 少数の部隊、1部隊でもセランタルビルに派遣しておくべきだと思うわ」


 マエダは怪訝けげんな表情でキャロルの話の意味を考えてから返事をする。


「……都市側の不満を抑えるために、威力偵察等を目的とした先行部隊を派遣しろ。

 その部隊に自分達を使え。

 そう言いたいのか?

 俺にそんな提案をされてもな。

 具体的な作戦行動を指示する権限なんか俺にはない。

 あったとしてもそれはドランカムの作戦行動だ。

 そっちの人員だけで動かすわけにはいかない。

 ドランカムの人員を部隊に加える必要がある。

 ドランカムでもセランタルビルに派遣できるほどの実力者はそんなに多くない。

 その上、その手のやつは間違いなく指揮系統の編制のごたごたに巻き込まれている。

 先行部隊にじ込む人員なんか用意できない。

 少なくとも俺には無理だ」


 キャロルは意味ありげに微笑ほほえんで話す。


「つまり、ドランカムの作戦行動に関われるハンター、若しくはそれを可能にする幹部に伝のあるハンターの協力があれば良いのね?」


「……まあ、そうだが……」


 マエダはいぶかしみながら一応そう答えた。


 キャロルは自分の情報端末を操作して誰かに通話要求を出す。

 すぐにキャロルの情報端末から相手の声が聞こえてきた。


「キャロル。

 何の用だ。

 こっちがクソ忙しいことぐらいそっちも分かってるだろうが」


 キャロルが連絡を取った相手はシカラベだった。

 その不機嫌な声を聞きながら機嫌良く笑ってシカラベと話す。


「あら、折角せっかく助けてあげようと思っているのに、随分な態度ね?」


「どういう意味だ?」


「都市からの依頼を独自に引き受けるために部隊の人員を探しているけれど、難航しているんでしょう?

 そしてこのままだとカツヤってハンターが指揮を執る部隊の指揮下に配置されそうで焦っているんでしょう?」


 キャロルがシカラベにそう告げると、シカラベが数秒沈黙を保った。

 その沈黙からキャロルは自分の予想が正しいことを把握する。


 キャロルの情報端末から、シカラベの平静を装った声が聞こえてくる。


「……そう判断した理由は何だ?」


「シカラベが今、私と話しているからよ」


「はぁ?」


 シカラベの内心を端的に表した声を聞き、キャロルは楽しそうに笑いながら自身の説明に補足を加える。


「クガマヤマ都市からの依頼は、基本的に賞金首討伐時の部隊編制を維持することになっているわ。

 でもシカラベがその時に組んでいたハンターは、何らかの理由でミハゾノ街遺跡に来られる状態ではない。

 そうではないのなら、シカラベはエレナ達ではなく彼らと組んでいたはずだからね。

 それで何とかして彼らの代わりを見つけようとしたけれど、まだ見つかっていない。

 もし彼らの代わりの戦力を用意できたのなら、シカラベはすぐにセランタルビルに向かっているはず。

 都市の依頼の作戦行動中なら、ドランカムの指揮系統調整のごたごたに巻き込まれずに済むからね。

 作戦行動中なら、シカラベは私からの通話要求なんて無視するでしょう?

 でもシカラベは私の通話要求を無視しなかった。

 シカラベが賞金首討伐時の部隊編制を維持できない以上、ドランカムはシカラベ達を別の部隊に加えようとする。

 例えば、別の賞金首の討伐に成功した部隊にね。

 で、その部隊を率いているのは、ちょうどミハゾノ街遺跡にいるカツヤってハンターが率いている部隊よね。

 都市からの依頼をいつまでも待機状態にするわけにはいかないって理由で、ドランカムの幹部から圧力を掛けられている最中なんじゃない?」


 キャロルの説明を聞き、シカラベが再び黙り始めた。


 シカラベの状況はキャロルの予想通りだった。

 カツヤが指揮する部隊に加わるようにドランカムの上層部から圧力を掛けられていた。


 唯一キャロルの予想と異なる箇所は、シカラベの内心ぐらいだ。

 現在の状況が続けばシカラベはドランカムからの圧力に屈してカツヤの指揮下に加わるだろう。

 キャロルはそう考えていた。


 しかしシカラベにカツヤの指揮下に加わる気など欠片かけらもない。

 カツヤの指揮下に加わるぐらいなら1人で都市の依頼を受けて1人でセランタルビルに突入するつもりだ。

 しかし可能な限りそれは避けたいので、何とかして代わりの人員を探していたのだ。


 シカラベが諦め混じりのめ息を吐いてから、不機嫌そうにキャロルの問いに答える。


「ああ、そうだよ。

 俺の状況はそんな感じだ。

 それで、どうやって俺を助けてくれるんだ?

 こっちも忙しい。

 下らない駆け引きは無しだ。

 とっととそっちの条件を言え」


 キャロルがシカラベの身を案じて話を持ちかけてきたわけではない。

 それぐらいはシカラベも理解している。

 シカラベはキャロルに借りを作る危険性も十分承知している。

 しかしカツヤの指揮下に加わるよりは幾分ましだと考えて、キャロルの誘いに乗ることにした。


 キャロルがシカラベに自分の提案を説明する。

 シカラベはキャロルの提案を自分の頭で整理して少し思案する。

 提案を受けるかどうかではなく、提案を実現できるかどうかの思案だ。

 シカラベが結論を出す。


「分かった。

 その作戦をねじ込めそうなドランカムの幹部には俺から話しておく。

 そっちの交渉役に、アラベって幹部に話を回すように伝えておけ」


「分かったわ。

 それじゃあ、後でね」


 キャロルはシカラベとの通話を切った。

 そしてキャロルはエレナに一応確認を取る。


「私の方で勝手に話を進めちゃったけど、大丈夫だった?」


 エレナは少なくとも不快の色のない表情で返事をする。


「大丈夫よ。

 文句はないわ」


 エレナが最も避けたかったのはドランカムの指揮下に入ることにより、賞金首討伐の時と同じ状況を繰り返すことだ。

 あの時エレナ達は、嫌になるほど尻ぬぐいを押しつけられた上に役立たず扱いをされて報酬の減額までされたのだ。

 しかも今回はエレナ達だけではなくアキラ達も同じ状況に巻き込む可能性があるのだ。

 それはエレナには絶対許容できない事態だ。


 無論ドランカムにはドランカムの都合や評価の基準が有るのかもしれない。

 賞金首討伐時のエレナ達の行動はドランカム側が期待していた内容とは大きな差異があり、ドランカムとしてはエレナ達に不満の出る評価を出さざるを得なかったのかもしれない。


 しかしエレナ達とドランカム側の評価の基準にそこまで致命的な差異があるのならば、お互いの利益のためにも一緒に行動するべきではない。

 ドランカムの評価基準を受け入れるハンターを別に雇った方がお互いに有益だろう。

 エレナはそう判断している。


 キャロルがエレナを置いて交渉を進めたことに、エレナも思うところが全くないわけではない。

 しかしキャロルの交渉のおかげで最も避けたかった事態は避けられたのだ。

 問題はない。

 エレナはそう思うことにした。


 キャロルが少し不敵に微笑ほほえんでエレナに尋ねる。


「私を連れてきた価値はあったと思ってもらっても良いかしら?」


 エレナはキャロルの態度に引っかかるものを覚えつつ返事をする。


「……?

 そうね。

 助かったわ。

 おかげで大きな面倒事は避けられそうよ」


「アキラにもエレナからそう言ってもらっても良い?」


「構わないけど、一応理由を聞いても?」


「私の雇い主からの評価を上げるためよ。

 ちゃんと役に立った以上、正当な評価をしてもらいたいじゃない?

 アキラに私のことを役に立つ人間だと覚えてもらえれば、報酬も期待できるしね。

 駄目かしら?」


 エレナはキャロルの態度にどこか引っかかるものを感じてはいたが、言っていることは至極真っ当なものだとも判断した。

 エレナ達も自分達の働きに対するドランカムの評価が不服だからこそ、今回のドランカムとの交渉を嫌がったのだ。


「……いえ、分かったわ。

 私からもアキラに伝えておくわ」


 恐らくエレナを介して伝えた方が自分で話すよりアキラに好印象を与えやすいだろう。

 キャロルはそう思いながら機嫌良く微笑ほほえんだ。

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