第118話 たちの悪い女

 キャロルはエレナ達と話すアキラの様子を横目で観察していた。


 キャロルは自身の美貌が主観的にも客観的にも十分美人の範疇はんちゅうであると理解している。

 そのキャロルから見てもエレナとサラは十分な美貌の持ち主だ。

 つまり容姿に限った話であれば、キャロルとエレナ達に大きな違いはないことになる。


 しかしアキラの態度にはキャロルとエレナ達で明確な差が存在していた。

 アキラは単純に女性に興味がないのではないか。

 そう判断していたキャロルがアキラ達を見て認識を改める。


(この差は何なのかしらね。

 少なくとも容姿等に大きな差はないはずだけど。

 付き合いの長さの差かしら?

 ある程度の付き合いがないと変な意味で奥手になってしまうとか?

 ……いや、何か違うわね)


 キャロルの勘が浮かんだ仮定をあっさり否定する。

 しかし長年の他者との経験が方向性はある程度正しいとも判断する。

 そしてアキラを籠絡する足掛かりになるかもしれないとも考える。


 アキラが単純に異性の色香に惑わされないだけならば、少々遠回りでも攻め方を変える必要があるだろう。

 キャロルはそう判断して取りあえずこの感覚を忘れないようにした。


(まあ、焦る必要はないわね。

 まだ会って2日目だし、アキラとの縁を切らせないように注意しながらじっくりやりましょう)


 自分の方から興味を失った場合を除いて、狙った相手を逃したことはないのだ。

 きっと上手うまく行く。

 キャロルはそう考えて不敵に微笑ほほえんだ。


 シカラベは集合時間の直前に到着した。

 シカラベが装甲兵員輸送車から降りてくる。

 アキラ達がシカラベの態度を見て軽く首をかしげる。

 シカラベはかなり機嫌が悪い様子だった。


 シカラベがアキラ達に話す。


「悪い。

 遅れたか」


 エレナが答える。


「大丈夫よ。

 ほぼ時間通り。

 遅れてはいないわ。

 それで、随分機嫌が悪そうだけど、何かあったの?」


「大丈夫だ。

 問題ない」


「大丈夫で問題がないのなら、チームのリーダーとして理由ぐらいは聞いておきたいのだけど」


 シカラベが眉間にしわを寄せてエレナを見る。

 エレナは表情を変えずにシカラベを見ている。

 僅かに間を置いて、シカラベが軽いめ息とともに答える。


「……俺がミハゾノ街遺跡にいる以上、形式的にでもドランカムの派遣部隊に加わるように催促されただけだ。

 それで、それを断るのに手間取った。

 それだけだ」


 シカラベはその程度のことを説明するだけで機嫌を損ねるほどまでに、形式的な扱いだけでもカツヤの配下になるのが嫌なようだ。


 エレナとサラが苦笑する。

 シカラベのカツヤ嫌いを理解して、実感して、ある程度の共感もしているのかもしれない。


 キャロルが少し意外そうな表情を浮かべる。

 キャロルが知るシカラベは、限度はあるにしろ仕事と私情を切り分けられる人間だ。

 形式だけならば実害もないだろう。

 その程度のことなら受け入れても不思議はない。

 そのシカラベがここまで私情を優先させるのは珍しい。

 それを不思議に思い、そのシカラベにその程度のことすら拒ませるカツヤという人物に少し興味を持った。


 アキラは別段表情を変えていない。

 ドランカム内部のめ事がアキラ達に波及しないかぎりどうでも良いからだ。


 アキラ達は次の依頼の説明を済ませると、再びミハゾノ街遺跡への内部へ突入した。




 アキラ達が順調に救出依頼を進めていく。

 選ぶ依頼の難易度を落としたこともあり、遺跡の狭い場所で大量のモンスターに囲まれるような事態もなく、強力な機械系モンスターとの遭遇もない。

 救出したハンター達を乗せて遺跡の内部とハンターオフィスの出張所の往復を繰り返した。


 依頼の難易度を下げたことで依頼の単価も相応に下がっていたが、その分だけ完遂した依頼の数を積み上げられた。

 報酬の累計は依頼の危険度を考慮に入れれば十分荒稼ぎと言っていい。

 アキラ達が受ける依頼の難易度を下げた所為で割を食った者達がいたかもしれないが、冒した危険を効率良く金に換えるのもハンター稼業の腕前だろう。


 アキラ達が休憩を挟んで救出依頼を続けていると、再び日が落ち始める時刻となった。

 ミハゾノ街遺跡が再び夜の闇に飲み込まれようとしている。


 ハンターオフィスの出張所の近くまで戻ってきたアキラ達は、車から降りて集まり今後の予定の相談をしていた。


 全員疲労の色が見え隠れしている。

 特にエレナ達は前日から働き続けているのだ。

 そろそろしっかりした休息が必要だろう。


 エレナが僅かに疲労の色を見せながら話す。


「それでは、明日以降もこのメンバーで続けるってことで一度解散ね。

 何かあったら連絡して」


 シカラベが話す。


「俺はドランカムの都合でクガマヤマ都市に戻らずにミハゾノ街遺跡に残る。

 最低でも広域の通信圏内にいるはずだから連絡に問題はない。

 アキラ。

 お前は通信回線を安値のやつからしっかり変えておけよ」


 アキラが少し気になって尋ねる。


「残るって、まだ続けて遺跡に潜る気なのか?」


「そんなわけがあるか。

 ドランカムが設置した簡易拠点で休む。

 一々都市に戻らずに済むように、ドランカムが設置した拠点がこの近くにある。

 都市との往復にも時間が掛かるからな。

 まあ、俺は装甲兵員輸送車の中で寝ても良いんだが、折角せっかくベッド付きの拠点があるんだ。

 有り難く活用させてもらう」


 サラが話す。


「私達も近くの簡易ホテル、トレーラーハウスのやつに泊まるのよね。

 ということは、都市に戻るのはアキラ達だけか……」


 エレナ、サラ、シカラベの視線がアキラとキャロルに集まる。


 エレナがアキラを見ながら思案する。


(アキラ1人なら私達の部屋に泊めても良いのだけどね。

 サラも反対はしないと思うし。

 ただ……)


 サラがキャロルを見ながら思案する。


(……流石さすがにアキラの連れってだけで、よく分からない人物まで一緒に泊めるわけにはいかないわね。

 エレナも嫌がると思うし)


 エレナとサラがお互いを横目で見る。

 2人とも長い付き合いだ。

 相手が恐らく同じことを考えていることぐらいは理解できた。


 アキラがキャロルに尋ねる。


「俺は都市に戻るけど、キャロルはどうする?」


「そうね……」


 キャロルがシカラベを見ると、シカラベが露骨に嫌そうな表情を浮かべた。

 キャロルが微笑ほほえんで話す。


「私も都市に戻るわ。

 アキラ、送ってもらえる?」


「……?

 分かった」


 アキラはシカラベの態度を少し疑問に思ったが、いろいろあるのだろうと考えて特に気にしないことにした。

 エレナ達に軽く頭を下げて話す。


「それでは、俺はこれで戻ります。

 明日もよろしくお願いします」


 エレナが軽く微笑ほほえんで答える。


「気を付けて帰りなさい。

 戻ったらゆっくり休んで」


 サラが軽く笑って答える。


「都市に戻るまで油断しちゃ駄目よ?」


 アキラとキャロルが車に戻る。

 アキラ達はエレナ達に軽く手を振って見送られながらクガマヤマ都市に向けて出発した。


 アキラ達が去った後でエレナがシカラベに尋ねる。


「シカラベ。

 この後少し時間を取れない?」


 シカラベがエレナの意図を予想して表情をしかめながら一応聞き返す。


「用件次第だ。

 俺も疲れた。

 早めに休みたい」


「キャロルについて少し聞きたいだけよ。

 知り合いなんでしょう?」


 予想通りの内容にシカラベが少し険しい表情を浮かべる。

 エレナ達がそのシカラベを見て怪訝けげんそうな様子を見せた。


 シカラベは黙ったまま少し思案して、その検討内容が表情に出て僅かに表情を数度変えた後、言葉を選んで答える。


「変に誤魔化ごまかすと余計な誤解を生みそうだが、いろいろ話すとそれはそれで面倒なことになりそうだから、俺達の当面の行動、まあこの救援依頼を続けている間に不要な問題を生まない程度のことを答えておく。

 あいつは非常にたちの悪い女だが、そのたちの悪さが当面の行動、救援依頼の期間中に悪影響を及ぼす可能性は低い。

 ハンターとしての腕前も十分で、俺達の足を引っ張ることはない」


 エレナとサラが表情を少し困惑気味に険しくさせる。

 エレナがシカラベに尋ねる。


「非常に問題のある人物にしか聞こえないんだけど?」


「解釈は任せる。

 そして問題のある人物であっても、その問題が俺達の当面の短期的なハンター稼業に強い悪影響を必ずしも与えるとは限らないってことだ。

 自分からあいつを誘ってチームに加える気はないが、誰かが連れてきたのなら、十分な戦力になるのは間違いないから追い出す気にもならない。

 それだけだ。

 同行者としての義理の分は話した。

 この話の続きは後で、少なくとも今回の依頼が終わった後にしてくれ。

 じゃあな」


 シカラベはそれだけ言い残して去っていった。


 エレナとサラが顔を見合わせる。

 一度問題なしと判断したキャロルの扱いが大いに揺らいだことはお互いの表情から容易に読み取れた。




 アキラはキャロルを出発時に待ち合わせた場所まで送り届けた。

 車から降りたキャロルがアキラに背を向けて軽く伸びをする。

 そして振り返ってアキラへ微笑ほほえむ。


「それじゃあ、また明日もよろしくね。

 ……時間があるなら私の家に寄っていく?

 泊まっていっても良いわよ?

 簡単な食事ぐらい出すわ。

 その方が明日合流する手間も省けるでしょ?」


 翌日もアキラがキャロルをミハゾノ街遺跡まで送ることになっている。

 キャロルとの合流場所も同じだ。


 アキラが首を横に振る。


「いや、帰る。

 俺は自分の家で休まないと、しっかり休んだって気にならないんだ」


「そう。

 残念。

 ……全く、こんな美人が誘っているのに、本当につれないわね」


 キャロルが苦笑気味に不敵に笑ってそう話すと、アキラも少し不敵に笑って答える。


「悪いな。

 キャロルもゆっくり休んでくれ」


 キャロルが去っていくアキラを見ながらつぶやく。


「今のところは脈無しか。

 ま、気長にやりましょう」


 籠絡する過程を楽しむのも久しぶりだ。

 キャロルはそう思い、楽しげに笑った。




 アキラが入浴している。

 心地い湯船に首元まで身を浸して心身を癒やしている。

 既に装備の整備や食事は済ませた。

 入浴後はベッドの上に倒れ込んで眠るだけだ。

 心身ともにしっかりと癒やして明日のハンター稼業に備えるのだ。


 アキラの意識は緩みきっており、ある意味無心の状態だ。

 アキラの好みを多分に取り入れた絶世の美女が一糸まとわぬ姿で一緒に入浴してるというのに、その状況に対してほぼ無反応なほどには無心の状態だ。

 これはこれで健全な状態とは呼べない。


 アルファは浴槽に胸の谷間の辺りまで身を浸していた。

 そのアルファが不意に立ち上がり、浴槽の縁に腰掛ける。

 今まで肢体の大半の部分が水面の揺らぎで屈折してぼやけていたが、湯船から出たことで膝より上を隠すものは、したたり落ちる水滴のみと僅かな湯気のみとなった。


 アルファが大きく動いたことで、アキラは無意識にアルファの姿を目で追った。

 芸術的なまでに美しいアルファの肢体を無意識にじっと見て、興味を失ったように視線を前に戻した。


 そのアキラの様子を見て、アルファが軽く笑いながら話す。


『この裸体を前にしてその反応。

 アキラの中の色気と食い気が逆転するのは当分先になりそうね』


 アキラがぼやけた意識で不満を口にする。


「……そういうのは後にしてくれ」


 アキラは入浴中だ。

 心地い湯船の快楽に身を任せている最中だ。

 自分を揶揄からかうアルファに構っている暇はない。

 あしらうのも面倒そうだ。


 女性の裸体に少々慣れさせすぎたかもしれない。

 アルファはそうも判断したが、必要経費と割り切ることにした。

 アルファ自身の美貌も無効にしてしまったかもしれないが、別の女性の色香に惑わされるよりはましだ。

 アキラに与える別の利益、アルファのサポートの価値を相対的に高められたと判断した。


『分かったわ。

 後でね。

 それはそれとして、明日以降の話をアキラに聞きたいのだけれど、アキラはいつまでエレナ達に付き合うつもりなの?』


「いつまでって聞かれても……、特に考えてない。

 区切りの良いところまでになるんじゃないか?

 エレナさん達もミハゾノ街遺跡の救援依頼をずっと引き受け続けるわけじゃないだろう」


『つまり、当面はエレナ達に付き合うつもりなのね?』


 反対しないが推奨しない。

 アルファの表情がアキラにそう語っている。

 アキラが少し不思議そうに尋ねる。


「えっと……、そうすると何か不味まずいのか?」


『不都合があるわけではないけれど、私としてはアキラに私の依頼を達成してもらうためにも、アキラには要人救出の技能よりも遺跡攻略の技能を磨いてほしいのよ。

 付け加えると、私が依頼している旧世界の遺跡を攻略する時には、アキラ1人で遺跡に潜ることになるわ。

 そのためにもアキラには集団行動の技能より個人行動の技能を磨いてほしい。

 それだけよ』


「ああ、そういうことか」


 アキラは納得して軽くうなずいた。

 アルファの言い分も理解できる。

 アルファがアキラのサポートをしているのは、アキラにアルファの依頼を達成してもらうためであり、その依頼の報酬の前払いでもある。

 アキラがエレナ達を助けに行くこと自体がアキラの我がままだ。

 そしてエレナ達に同行しても、アルファの依頼を達成するために必要な能力を磨く糧にならないのであれば、それを不満に思っても仕方ないだろう。

 アキラはそう思った。


 アキラが少し言い訳がましく答える。


「……ま、まあ、ちゃんと報酬は手に入るし、その報酬は遺跡攻略に必要な装備を買う費用になるんだ。

 今は金を稼ぐ期間だと考えれば、悪くはないんじゃないか?」


 アルファが意味深に、釘を刺すように微笑ほほえみながら話す。


『そういうことにしておくわ。

 アキラのハンター稼業は、遺跡探索が本業。

 それを忘れないでね』


「分かってるよ」


 アキラが素直にそう答えると、アルファが満足げに微笑ほほえんだ。

 アキラは胸をで下ろし、もう少しだけ湯船に沈み込んだ。




 翌日、アキラは予定通りキャロルと合流してミハゾノ街遺跡に向かっていた。


 既に日は昇っている。

 ミハゾノ街遺跡に到着する頃には、朝とは呼べない時刻になっているだろう。

 十分に休息できたので昨日の疲労はすっかり取れている。

 アキラの体調は万全だ。


 キャロルは助手席で仮眠を取っている。

 キャロルは仮眠を取る前に、気が向いたら眠っている自分に手を出しても良いと、軽く笑って告げていた。

 アキラはそれを軽く流した。


 キャロルの整った顔立ちに浮かぶ無防備で穏やかな素朴な寝顔は、起きている時のキャロルとは随分違う印象をアキラに与えていた。


 アキラがキャロルの姿を少々興味深そうに見ていると、アルファが揶揄やゆの混じった微笑ほほえみを浮かべて言う。


『相手が眠っているからって、手を出しちゃ駄目よ?

 視覚と聴覚だけで良いなら私が相手をしてあげるから我慢しなさい』


 アキラが少し眉間にしわを寄せて答える。


『出さない。

 起きている時とは随分印象が違うなって思っていただけだ』


『確かにそうね。

 でもアキラも似たようなものだと思うわ。

 少なくとも最近はね』


『そうなのか?

 まあ、自分の寝顔なんか自分では分からないからな。

 ……最近は?』


『私と出会った頃のアキラは、寝ている時もどこか周囲を警戒しているような表情をよくしていたわ。

 眠りも浅い様子だった。

 でも最近のアキラは私が起こさない限り無防備に眠りこけているわね。

 起きている時のアキラとは随分印象が違っているわよ』


『……そうか』


 アキラは感慨深く答えた。

 かつてはスラム街の路地裏や廃墟はいきょの影で、再び目覚めることを期待しながら眠りに就いていた。

 寝ている間に誰かに殺されて身ぐるみ剥がされる。

 それは十分にあり得ることだ。


 今は外敵のない家の中の柔らかなベッドの上で、何かあればアルファが起こしてくれるだろうと考えて安心して眠りに就いている。

 アキラの印象の違いは、その違いなのだろう。


(……今更ながら、随分贅沢ぜいたくな暮らしができるようになったな)


 アキラはかつての生活との差異を思い浮かべながら少しだけ苦笑した。


 ミハゾノ街遺跡が遠景に見え始めた辺りで、アキラがキャロルを揺すって起こす。


「キャロル。

 そろそろ起きてくれ」


 キャロルはすぐに目を覚ました。

 アキラを見てつぶやくように話す。


「……着いたの?」


「ああ。

 もうすぐ集合地点だ」


「ん、よく眠れたわ。

 ありがとう」


 キャロルは身を起こして軽く伸びをすると笑って尋ねる。


「それで、手を出した?」


「出してない」


「あら残念。

 手を出してもちゃんと寝たふりをしてあげたのに」


「寝たふりだったのか?」


「ちゃんと寝ていたわ。

 手を出されていたら目を覚ますけど、そのまま寝たふりをしてあげるってことよ。

 たまにそういうことを頼まれることがあるのよね」


「……ああ、そう」


 アキラはどうでも良さそうに返事を返した。

 キャロルはそのアキラの様子を見て思う。


(……そばで眠っているなんていうすきを見せても手を出さないか。

 本当に手強てごわいわね)


 相手が眠っている上に相手の許可があっても手を出さない相当な難物。

 キャロルはアキラをそう判断した。

 キャロルの経験からでは少し考えにくい人物である。


(ハンター稼業の方面からじっくり信用を得る方が早そうね。

 頑張りますか)


 やはりアキラを軽い色仕掛けから籠絡するのは難しそうだ。

 気兼ねなく付き合える仲になってからじっくり攻めた方が良いかもしれない。

 キャロルはそう判断して、アキラの籠絡手段を少し修正した。


 アキラ達が合流場所に到着する。

 合流時刻にはまだ大分早いが、既にエレナ達4人が合流場所でアキラ達を待っていた。

 エレナ、サラ、シカラベ、そしてもう1人、アキラと同世代の少年のハンターがシカラベの隣に立っている。


 アキラ達は車から降りてエレナ達に合流する。

 エレナが話し始める。


「全員そろったわね。

 それでは今日もよろしくね……と言う前に、シカラベから話があるわ」


 シカラベが不満を隠しながら話す。


「俺の都合でチームに1人加えることになった。

 ドランカム所属のハンターで、ハンターランクは……、お前、今ランク幾つだっけ?」


「ハンターランクは30です。

 トガミといいます。

 今日はよろしくお願いします」


 トガミが軽く会釈して答えた。

 シカラベが連れてきたハンターの少年は、以前の賞金首討伐でアキラ達に同行したトガミだった。


 シカラベが不機嫌さを誤魔化ごまかすような少し明るい声で話す。


「アキラ。

 こいつを加えることに関して不服があるなら遠慮なく言ってくれ。

 最大限考慮はするぞ?」


 シカラベは意味ありげな視線をアキラに送っている。

 アキラは少し戸惑いながらエレナ達に尋ねる。


「エレナさん達は加入に賛成なんですか?」


 サラが答える。


「私はその辺の判断をエレナに任せているし、エレナはアキラ達が嫌がらないなら構わないって判断したわ。

 だから後はアキラ達次第なの」


 エレナが続けて答える。


「嫌なら遠慮なく言ってちょうだい。

 多数決を取る気はないわ」


 エレナとサラはたとえシカラベの紹介であってもアキラの不満を抑え込んでまでトガミを加えるつもりなどない。

 昨日の5人で問題なく救出依頼を達成できることは確認済みなのだ。


 だが同時にアキラが反対しないのならばトガミの合流を拒否する気もない。

 シカラベが連れてきた人員である配慮と、昨日アキラが連れてきたキャロルの加入を認めた前例と、エレナ達の判断をシカラベの口実にさせないためだ。


 シカラベが嫌々であっても連れてきた人物ならば、足を引っ張らない程度の最低限の実力はあるのだろう。

 昨日苦戦した場面もあったのだ。

 戦力の増強は歓迎するべきだ。

 エレナは少々悩んでぎりぎりそう結論を出していた。


 アキラが断ればトガミの加入は流れるようだ。

 それを理解した上で少し考えてから答える。


「俺は構いません。

 俺も昨日キャロルを連れてきたわけですから」


 キャロルが確認を取る。


「報酬の分配方法を再度調整する必要はあるの?」


 エレナが答える。


「ないわ。

 キャロルの報酬をアキラが支払うように、トガミの報酬はシカラベが支払う。

 指示系統も含めてトガミの扱いはキャロルと同じよ」


「それなら私も問題ないわ。

 私が何かした場合の責任をアキラが取るように、トガミが何かした場合の責任はシカラベが取ってくれるんでしょ?」


 キャロルはそう言ってシカラベに微笑ほほえんだ。

 シカラベは僅かに表情を険しくさせて少し不服そうに答える。


「……まあ、そうなるな」


 シカラベはやはり意味ありげにアキラを見ていたが、諦めたようにめ息を吐いた。


 アキラはシカラベの態度が少し気になり、そのことをアルファに尋ねる。


『アルファ。

 俺は何か変なことを言ったか?』


『違うわ。

 恐らくアキラにトガミの同行を断ってほしかったのよ』


『シカラベが連れてきたのにか?』


『組織の意思と所属している人間の意思が一致しないことぐらい幾らでもあるわ。

 シカラベはトガミを加えたくない。

 でも組織のしがらみでそれを断れない。

 だから、他の同行者が強硬に反対したから駄目だった、そういう理由が欲しかったのかもしれないわ』


『あり得る話か。

 シカラベも大変だな』


 アキラは他人ひと事のようにそう答えた。

 実際他人ひと事だ。

 しかしそのような面倒事を上手うまく処理して組織に属する利点を生かせば、より安全に効率よくハンター稼業を営めるのも事実だ。

 それはハンターが大成するための重要な能力の1つでもある。


 アキラはその利益を理解しつつ軽視する傾向がある。

 だからこそシカラベの様子を自分には関わり合いのない他人ひと事として捉えていた。

 それはアキラの限界の1つでもある。


 エレナもシカラベの態度には気付いていたが、そのことには踏み込まずに話を進める。


「それでは決まりね。

 この6人で依頼を進めましょう」


 ドランカム内部のめ事に関わる気はない。

 シカラベから断るように裏で頼まれたわけでもない。

 シカラベがトガミに関して責任を負い、報酬分配にも影響しない以上、それなりに実力のあるハンターがチームに加わるのは有益だ。

 ならばリーダーとしてトガミの加入を断る理由はない。

 エレナは感情的にならないように注意しながら再度そう結論付けた。


 アキラ達はエレナから救出依頼の説明を受けて、昨日と同じようにミハゾノ街遺跡に入っていった。

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