第90話 カツヤと例外の少女

 カツヤはシェリルと様々な話題で話を弾ませていた。


 様々な話題といっても、話題の内容は大きく偏っていた。

 カツヤが所属するドランカムの話だったり、カツヤが旧世界の遺跡に行った時の話だったり、討伐依頼を受けてカツヤが倒したモンスターの話だったりと、主な話題はカツヤに関するものだった。


 カツヤはシェリルの服装や雰囲気から、シェリルのことを裕福な階層の人間だと勘違いしていた。

 防壁の内側の人間が護衛を伴って防壁の外の店に来ることは珍しい話ではない。

 ハンターオフィスもある防壁と一体化している巨大なビルの中には防壁の内外の人間が集まっている。

 その近場なら都市の下位区画でもかなり治安が良いため、身形みなりの良い人間が出歩いても余り問題はないのだ。


 そのような人間に荒事だらけのハンター稼業の話をしても面白くないかもしれない。

 カツヤも初めのうちはそう考えていた。

 しかしシェリルはカツヤの話をとても楽しそうな表情で聞いていた。

 そのためカツヤはそのままハンター稼業の話を続けていた。


 カツヤはシェリルとの会話を非常に心地く感じていた。

 自慢話に近い話を、見れるほどに美しい異性が楽しそうに聞いてくれる上に、自身の活躍の自賛したい箇所に対して的確に称賛される。

 不満や愚痴に対しては優美な顔立ちを曇らせて同情と同感の意を示した上で、その困難を乗り越えようとする意思を褒めたたえられる。

 カツヤはシェリルとの会話にのめり込み、楽しそうに笑いながら話を続けていた。


 シェリルはカツヤとの会話に違和感を覚えていた。


 カツヤの顔立ちは好みの差はあれど十分上質といえる。

 カツヤに接客をさせれば多くの女性が群がるだろう。

 カツヤの話が真実ならば、カツヤは若手の有能なハンターで、ドランカムでも一目置かれている存在ということになる。

 同じ徒党の仲間を助けるために奮闘するカツヤの話から判断すると、仲間思いで性格も良い人物ということになる。

 腕も顔も性格も良い少年ハンター。

 シェリルは印象的、感覚的、直感的にカツヤを高く評価した。


 そしてシェリルの別の部分、相手から情報を搾り取り、その情報を基に相手を籠絡して交渉を優位に進めようと画策する冷徹な部分も、カツヤを高く評価した。

 しかしその評価は、直感的な評価に比べて著しく低いものだった。


 正確にはシェリルのカツヤに対する評価の、直感的な方の評価が高すぎるのだ。

 理性的、論理的な評価に比べ、あからさまな優遇が存在している。

 その評価の落差がシェリルの違和感の原因だった。


 シェリルは自身の出したカツヤに対する評価に困惑しながらも、それを表に出さずに微笑ほほえみながらカツヤとの会話を続ける。

 その間もシェリルの直感はカツヤへの評価を更に高めるようにシェリルに指示し続けている。


 シェリルは知らずらずの内に考える。

 カツヤが有能で有望なハンターであることは間違いなさそうだ。

 そのようなハンターと縁をつないでおくことは、シェリル達の徒党にとって有益かもしれない。

 より深い仲になるために今からカツヤを食事に誘い、腕を組んで恋人のように下位区画を歩き、一緒に食事を取るレストランへ向かう。

 シェリルはいつの間にかその光景を想像していた。


 シェリルの想像の中で、シェリルはカツヤと腕を組んで恋人のように仲むつまじく歩いている。

 非常に幸せそうだ。


 その空想の中で、シェリル達の進行方向からアキラが歩いてきた。

 そしてシェリルとアキラの目が合った。


 シェリルの想像の中のアキラは、別段表情を変えることもなく、何も言わずにそのままきびすを返して、シェリルとの縁を切り捨てた。


 我に返ったシェリルの表情が強張こわばる。

 シェリルの体が恐怖で一瞬硬直したが、その光景がただの想像であり現実ではないと理解すると治まった。

 しかしシェリルから緊張と動揺がすぐに抜けきることはなかった。

 激しい心臓の鼓動を、シェリルは浅い呼吸を繰り返して落ち着かせようとする。


 カツヤが急に表情を強張こわばらせたシェリルを心配して声をかける。


「……だ、大丈夫か?」


 シェリルがカツヤを見る。

 シェリルの中に先ほどまで存在していたカツヤに対する根拠のない高評価が消えていた。

 シェリルの直感は、目の前にいる少年をただの有望な若手のハンターとして判断している。

 それはシェリルの理性的な判断と一致するものだ。


 シェリルは一度深く呼吸をして気を落ち着かせる。

 落ち着きを取り戻したシェリルがカツヤを誤魔化ごまかすために話し始める。


「……大丈夫です。

 すみません。

 お騒がせしました」


「何かあったのか?

 あ、もしかして俺、何か変なことを言った?」


「いえ、カツヤさんの話を聞いて、以前荒野に出た時にモンスターに襲われたことを思い出しまして、それで少し気分が……、お騒がせして申し訳ございません」


 カツヤが心配そうに尋ねる。


「大丈夫だったのか?

 怪我けがとかは?」


「大丈夫です。

 護衛のハンターに助けていただいたので、かすり傷一つなく済みました。

 やはりカツヤさんのようなすごいハンターは頼りになります」


 シェリルは微笑ほほえみながらカツヤを見る。

 カツヤは少し照れながら笑っていた。

 問題なく誤魔化ごまかせたようだ。


「護衛のハンターか。

 また護衛のハンターが必要になったら、今度は俺を……」


「カツヤ、私達を放って別の子をナンパするとは、良い度胸ね」


 カツヤの背後から近付いてきたユミナが、怒気を感じさせる笑顔でカツヤに言った。


 カツヤはユミナに話しかけられて、ユミナ達の付き添いでこの店に来たことを思い出した。

 シェリルと話していてユミナ達のことを忘れて放置していたことも一緒に思い出した。


 カツヤは慌てて椅子から立ち上がり、ユミナを両手で制して落ち着かせようとする。


「ユミナ、アイリ。

 いや、違う!

 誤解だ!」


 ユミナが笑いながらカツヤに詰め寄る。


「誤解?

 そう、誤解なの。

 それなら、どういう誤解なのか勿論もちろん説明してくれるわよね?」


 カツヤは助けを求めるようにユミナの隣にいるアイリを見る。

 アイリからは非難の視線が返ってきただけだった。


 シェリルはユミナとアイリを見て、カツヤとの関係をある程度把握した。


 シェリルが椅子から立ち上がりユミナ達に頭を下げる。


「申し訳御座いません。

 カツヤさんのお話がとても興味深いものでしたので、続きを催促してしまいました。

 約束の時間に遅れさせてしまいましたでしょうか?」


 ユミナとアイリはカツヤの方に強く意識を向けていて、シェリルをよく見ていなかった。


 ユミナがシェリルを改めて見て少し驚く。


(……すご綺麗きれいな子。

 服も何かすごいセンスが良いし、値段も高そうだし、ここってこういう人が来る店なのか。

 もしかして私達は結構場違いだったりしているのかな?)


 ユミナはシェリルをまじまじと見てしまう。

 そして容姿も衣服もとても綺麗きれいな少女に素直に謝罪されたことに気付いて、なぜか少し気後れしてしまいそれを誤魔化ごまかすように答える。


「そ、そうだったんですか。

 いえ、別に時間を決めていたわけじゃなくて、少し休んだらすぐに戻ってくるって話だったので、それでなかなか戻ってこないから、何かあったのかなって……」


「少しカツヤさんからハンター稼業のお話を聞いていただけです。

 カツヤさんが私などを口説いているようには見受けられませんでしたが……、もしかして、口説かれていました?」


 シェリルは少し悪戯いたずらっぽい微笑ほほえみを浮かべてカツヤに尋ねた。


 カツヤは慌てて首を横に振って答える。


「いや、そんなつもりはない、ぞ?」


 カツヤにシェリルを口説いていた自覚はない。

 しかしその自覚がなくとも、カツヤに口説かれたと認識して言い寄ってくる少女は多く、そのような誤解を招くことを絶対言っていないとは断言できなかった。


 特にカツヤはシェリルとの会話を非常に心地く感じていたため、無自覚にいろいろ言ってしまったかもしれないと考えてしまっていた。

 それがカツヤの口調を若干奇妙にゆがませていた。


 シェリルがユミナに微笑ほほえみかける。


「カツヤさんの恋人の方ですか?」


「こ、恋人!?

 いや、その、ち、違うけど……」


 ユミナが恥ずかしそうにしながら、カツヤの恋人と判断されたことを喜びながら、声を落としていく。


「では隣の方でしょうか?」


「…………違う」


 アイリは長めの沈黙の後に否定の返事を返した。

 無表情気味のアイリの顔には、僅かな照れの色が浮かんでいる。


「そうですか。

 カツヤさんのお話の中でお二人のお名前が出ていたので、恋人かと思ったのですが……。

 気分を害されたのでしたら、おびいたします」


 少し申し訳なさそうにそう言ったシェリルに、ユミナが照れながら答える。


「い、いえ、大丈夫です。

 気にしないでください」


 シェリルがそう誤解してしまうようなことをカツヤが話したのなら、それはユミナにはとてもうれしいことだ。

 それはアイリも同じだ。

 ユミナとアイリは急激に機嫌を回復させてかなり上機嫌になった。


 カツヤは少し照れながらも、そのようなことをシェリルに話したかどうかを少し疑問に思う。

 しかし微笑ほほえむシェリルと照れ笑いを浮かべているユミナとアイリを見て、そんなことはすぐに忘れてしまった。


 確かにカツヤの話の中にユミナとアイリの名前は出てきた。

 しかしその話から二人をカツヤの恋人と判断するためには、捏造ねつぞう手前の解釈が必要だろう。


 シェリルは微笑ほほえみながらカツヤ達をじっと観察していた。


 店の奥からセレンが来て、シェリルに仕立て直しの調整の協力を頼む。


「お客様。

 お手数ですが、またお願いいたします」


「分かりました。

 では、これで」


 シェリルはカツヤ達に軽く会釈をして、セレンと一緒に店の奥に向かった。


 その場に残ったカツヤ達は、少し妙な雰囲気になりながらも服選びに戻っていった。


 ユミナは服を選びながらシェリルのことを思い出した。

 ユミナの目からもシェリルの服装は非常に洗練されているように感じられた。

 似たような服がないかと棚の商品を探していると、ちょうどユミナ達の様子を見にカシェアが近くまで来ていた。


 ユミナがカシェアに尋ねる。


「あの、ちょっと良いですか?

 さっき椅子に座っていた人の服なんですけど……」


「あのお客様のお召し物で御座いますか?

 あれは全て当店でお買い上げいただいたもので御座います。

 よろしければ一式同じものを御用意いたしますが、如何いかが致しましょう?」


 カツヤもあの服に好印象を持っていたのは確実だ。

 同じ服を着ればカツヤも自分により好印象を持つかもしれない。

 そう考えたユミナはカシェアの提案を受けることにする。


「お願いします」


「……私も」


 話を聞いていたアイリもそれに加わった。


かしこまりました」


 カシェアは微笑ほほえんで返事をした。

 この店では手頃な値段の商品だが、衣服一式3人分売れればそれなりの売上げになる。

 カシェアは嬉々ききとして商品の用意を始めた。


 カシェアはすぐに衣装一式を用意した。

 ユミナとアイリはそれに着替えて、鏡で軽く確認した後にカツヤに見せる。

 カツヤはその二人の服を見て、微妙な表情をする。


「悪くはないんだけどな……」


 カツヤの返事は微妙なものだった。

 しかしそのようなカツヤの返事を聞いたユミナとアイリも、気分を害したりはしなかった。

 ユミナとアイリは鏡に映る自分の姿と、隣の少女の姿を見て同じようなことをつぶやく。


「確かに、悪くはないのよね……」


「……悪くはない」


 良いか悪いかと問われれば、間違いなく良い。

 それはカツヤ達全員が同意見だ。

 しかし店内に全く同じ服を着ているシェリルがいて、しかもそのシェリルの方がより綺麗きれいで、より似合っているのだ。

 無意識にシェリルとユミナ達を比較してしまう。


 カシェアも、とてもお似合いですよ、と世辞を言う気にはなれなかった。


「お気に召さないようでしたら、一部の上着などをいろいろ変えてみては如何いかがでしょう?

 お客様にお似合いの品をお持ちいたしましょう」


「……お願いします」


「私も」


かしこまりました」


 カシェアは微笑ほほえんで店内の別の商品を勧めるために立ち去った。

 勿論もちろん、勧める商品を手頃な値段の品から少しずつ高い品に変えていくのだ。


 買い物を終えたカツヤ達が店内のテーブルで休憩している。

 ユミナ達は最終的にシェリルの服とは全く違う内容になった衣服一式を買いそろえた。

 その服は高級そうな箱と紙袋にしわにならないように収納されている。


 カツヤがユミナ達に尋ねる。


「それで、これからどうするんだ?

 また別の店で服を買うのか?」


「洋服店を回るのはここで最後よ。

 ここで他の店の分の予算も使い切ったわ」


「同じく。

 高かった」


 今日一日カツヤといろいろな店を回れるように、ユミナとアイリは予算を奮発したつもりだった。

 しかしその予算はこの店で全て使い切ることになった。

 ユミナもアイリもここで服を買ったことに後悔はない。

 カツヤからの評価も良い衣服を買えたので結果としては満足している。


 カツヤが疲れ気味の二人を見ながら話す。


「そうか。

 それならこの後は、この近くの店で食事を取ってゆっくり休むか。

 この辺なら結構良い店があるだろうしな」


「そうしましょう。

 ……でも、もう少し休ませて」


「……同じく。

 ……疲れた」


 ユミナもアイリもハンターだ。

 重い銃器を装備して旧世界の遺跡を探索したり、モンスターを倒したりするのが仕事である。

 体力には自信の有る方だ。

 しかし精神的な疲労は別だ。

 普段着慣れていない高価な衣服の試着は、ユミナとアイリをそれなりに疲労させた。

 高価な衣服を乱暴に扱って破いたりしたら、大変なことになるからだ。


 カツヤが店の奥を見る。

 シェリルが向かった方向だ。

 偶然その方向にいたカシェアが用があるのかと思って近づいてくる。


「お呼びでしょうか?」


「あ、いや、シェリルがさっきそっちに行ってから、何をやってるのかなって思って見ただけだ」


「あのお客様でしたら、お召し物の仕立て直しの調整にお付き合いいただいております」


 カシェアはカツヤの質問に対して、何をどこまでどのように話すべきか思案した後、そう簡単に説明した。


 ユミナがその話に興味を持つ。


「仕立て?」


「はい。

 当店は高級既製服を扱っておりますが、仕立て服の注文も受け付けております。

 仕立て服に興味が御座いましたら、是非とも当店を御利用ください」


「正直興味はあるけど、そういうのってすごい高いんですよね?」


「それは仕立て服ですので、相応の値段になるとしか申し上げられません。

 しかし当店自慢の職人がお客様のためだけに仕立てるお召し物になります。

 きっと御満足いただけるかと」


 カシェアは愛想良く笑いながらそう説明した。


 ユミナもその手の特別なものに憧れを抱くことはある。

 しかしこの店の既製服を買うだけでもユミナには大きな出費なのだ。

 ユミナは理想への憧れと現実への打算で表情を変えた。


 シェリルが店の奥から戻ってくる。

 カツヤ達が座っているテーブルの椅子は四人分だ。

 まだ空席は残っているが、カツヤ達の語らいを邪魔するつもりもないので、シェリルは他の席に座ろうとする。


 それに気付いたカツヤがすかさずシェリルに席を勧める。

 シェリルは少し躊躇ちゅうちょしたが、軽く会釈をして席に座った。

 カツヤは無意識に表情をほころばせた。


 ユミナがシェリルを見る。

 ユミナはシェリルのことを、恐らくどこかの裕福な家の少女なのではないか、と考えている。

 シェリルの服の着こなしや微笑ほほえみ方すら住む世界の違う上品さを感じてしまい、ユミナは少し気後れしてしまっていた。


(……すご綺麗きれいだって事も含めて、何かいろいろ違う子よね)


 カツヤは同世代の異性に非常に人気がある。

 ドランカムでもカツヤに好意を持つ少女は多く、ユミナもその一人だ。

 そのようなカツヤの取り巻きとも呼べる少女の中に、シェリルのような雰囲気の人間はいなかった。


 ユミナはその違いを、銃器を持って荒野を駆ける自分達と、防壁の内側で上品に暮らす人間との差のためだと考えていた。


 しかしそれは誤りだ。

 ユミナが感じていたシェリルとユミナ達の本質的な違いの理由は別にある。


 シェリルがカツヤ達に向ける微笑ほほえみは、相手に好感を抱かせて交渉ごとを優位に進めるための技術の研鑽けんさんによって形作られたものだ。

 ユミナはまずそこに自分達との違いを感じていた。


 アイリもユミナと同じように、シェリルに自分達との違いを覚えていた。

 しかしアイリはより本質的な違いの理由に薄々気付いていた。


 シェリルはカツヤに欠片かけらも好意を抱いていない。

 有能なハンターに対する好感はあっても、異性に対する好意は全くない。

 アイリはそのことに気付いていた。

 それはカツヤの近くにいる女性の中では極めてまれな例外だった。

 若く有能なハンターを利用しようとよこしまな思いでカツヤに近付いた女性達でさえその例外には含まれない。


 アイリはそのことに気付いたが黙っていた。

 アイリも競争相手は少ない方が良い。

 そしてわざわざ誰かに話すことでもないと思ったからだ。


 アイリがカツヤを見る。

 カツヤは楽しそうに笑っている。

 それでアイリはそれ以上気にするのを止めた。


 カツヤは特に考えずにシェリルに尋ねる。


「そういえば、シェリルはここで服の仕立て直しを頼んだんだっけ?」


「はい。

 服のサイズが少々あわないものでしたので」


「そういうのって普通は幾らぐらいするものなんだ?

 幾らかかったのか聞いてもいいか?」


「申し訳御座いません。

 相場までは私も詳しくは分かりません。

 店員の方に伺った方がよろしいかと。

 私の服の仕立て直しの代金なら、150万オーラムです」


 シェリルから具体的な値段を聞いたカツヤ達が絶句する。

 カツヤ達の想定をはるかに超える金額だからだ。


 シェリルはカツヤ達の反応を見て、150万オーラムはカツヤ達のような有能なハンターにとっても、十分大金だと判断する。

 そしてシェリルはそんな大金をあっさり出したアキラのすごさを再確認した。


 カシェアがその価格を基準にされては今後の注文に響くと考えて口を挟む。


「今のは少々特殊な例ですので、仕立て直しの値段の参考には適さないかと。

 お客様の注文内容にもよりますが、50万オーラムほどで仕立て服を注文することも十分可能です」


 ユミナが困惑しながら尋ねる。


「……でも仕立て直しの代金が仕立て服の代金を超えるって、ちょっと変なんじゃ……」


「旧世界製の衣服の仕立て直しになりますので、対応する職人にも相応の技量が必要になります。

 また仕立て直しに使用する糸や道具も相応に高価になりますので、それらの代金としては妥当な金額かと。

 勿論もちろん、通常の衣服であればそのような金額になることはあり得ません」


 カツヤ達が再び絶句する。

 シェリルは売れば高値になる旧世界の遺物を潰して、その上で仕立て直しに150万オーラム払って、自分の服を仕上げようとしているのだ。


 カツヤがシェリルとの格差、隔たりのようなものを感じる。

 カツヤは笑っているが、その笑顔には僅かな陰りがあった。


「シェリルってすごいんだな」


「……支払額を元にそう言っているのであれば、実際に支払っているのは私ではありません。

 ですから私がすごいということはないかと。

 自立してハンターとして活躍なさっているカツヤさん達の方がすごいと思います」


 シェリルは微笑ほほえみを僅かに曇らせて、少し声を落として答えた。

 シェリルの態度は意図的なものだが、口にしていることは本心だった。

 ただ、すごいと思っている対象はアキラだったが。


「……そうか?」


「はい」


 おずおずと聞くカツヤに、シェリルは微笑ほほえんで断言した。


 シェリルの笑顔を見て、カツヤの表情から陰りが消える。

 カツヤは笑って照れ隠しをした。


 しばらくするとユミナ達の疲労も回復した。

 他の服を買う予算もないのに長々と店にいても仕方がないので、ユミナは店を出ることにする。


「カツヤ。

 そろそろ出ましょう」


「ん? 分かった」


 カツヤが席を立ってユミナ達の荷物を持つ。

 カツヤは少し迷ったが、シェリルを誘ってみることにした。


「あー、俺達はこの後近くの店で食事にするつもりなんだけど、良かったら一緒にどうだ?」


 ユミナが盛大にめ息を吐いた。


 ユミナはカツヤとは長い付き合いだ。

 カツヤの性格も理解している。

 カツヤに悪気はないのだ。

 カツヤはシェリルを口説こうとしているわけではない。

 折角せっかく仲良くなったのだから。

 カツヤはその程度の考えで誘っているだけなのだ。


 そしてカツヤに誘われた相手がいろいろ勘違いをする。

 その相手が勘違いだったことに気付いた時、既にカツヤから離れたくなくなるほどに好意を募らせている。

 それがいつもの流れだ。


 その所為でドランカムでのカツヤをリーダーとするチームのメンバーは、カツヤ以外全員女性になってしまった。

 時々男性も入ってくるが、恐らく居づらいのだろう、すぐに抜けてしまうのだ。

 カツヤのチームは、カツヤに好感を持たない者からはハーレムチームなどと揶揄やゆもされている。


 この後の展開を予想して、ユミナは諦めの境地でシェリルを見た。


 しかしユミナの予想は外れる。

 シェリルが軽く頭を下げてカツヤの誘いを断る。


「申し訳御座いません。

 仕立て直しの調整のために、ここを離れるわけにはいきません。

 ここで知人と待ち合わせもしております。

 折角せっかくのお言葉ですが、御遠慮させてください」


 カツヤとユミナが意外そうな表情を浮かべて少し驚いた。

 カツヤはほぼ無意識に、ユミナは長年の経験から、シェリルが誘いを受けるものと思っていた。


 アイリは余り表情を変えなかった。

 驚かない程度には、シェリルが断る可能性を考えていたからだ


「そ、そうか。

 それじゃあ仕方ないな。

 縁があれば、また会おう」


 カツヤは少しぎこちなくそう答えた。

 女性を誘って断られた経験が滅多めったにないからだ。


「はい。

 お気をつけて」


 シェリルはカツヤ達に微笑ほほえんだ。

 カツヤはシェリルの微笑ほほえみを見て、嫌がられたわけではないだろうと判断して安心した。


 カツヤ達が店から出て行った後、シェリルは椅子に座ってカツヤ達から聞いた話を思い返し、そこから得た情報を精査していた。


 特にドランカムというハンター徒党の内情を知ることができたのは、シェリルにとって幸いだった。

 カツヤの主観が入った偏った情報ではあるが、何も分からないよりは良いし、ある程度推測もできる。


 同じハンターであるアキラにもきっと役に立つ情報のはずだと考えて、シェリルは顔をほころばせた。




 しばらくするとアキラが店に戻ってきた。

 シェリルはアキラを見つけるとうれしそうに微笑ほほえんだ。


 アキラがシェリルの向かいの椅子に座って尋ねる。


「悪い。

 遅れた。

 思ったより弾薬の補充に手間取ったんだ。

 そっちから連絡はなかったけど、こっちは何かあったか?」


「いいえ。

 特に何も。

 強いて言えば、ドランカム所属のハンターが数名買い物に来たので、いろいろ聞いたりしていました。

 お聞きになりますか?」


 アキラはシェリルが以前にもデイルというハンターから洗いざらい情報を聞き出そうとしていたことを思い出した。


 恐らくその時と似たようなことをしたのだろうと考えて、アキラが少したじろぐ。


「そ、そうか。

 頼む」


「分かりました」


 シェリルが自分なりにまとめた情報をアキラに話していく。

 アキラにも興味深い話だった。


「……なるほど。

 ドランカム所属のハンターが集めた旧世界の遺物は、全部ドランカムが集めて売却するのか。

 収集したハンターが売るわけじゃないんだ」


「はい。

 所属ハンターにハンターランクに応じた基本給を払って、あとは実績などによって報酬が加算されるそうです。

 遺物収集班とか、モンスターの討伐班とか、いろいろな班分けがあって、依頼の振り分けをしたりしているそうです」


「ハンター稼業なのに基本給がある。

 ちょっと不思議な感覚だな。

 旧世界の遺跡に行ってろくな遺物しかなかったとしても、最低限の金は手に入るわけか……」


「その代わり高額な遺物を見つけても、ドランカム側の取り分が大きいそうです。

 それでもハンターランクは報酬とは別に上昇するので意図的に遺物探しを怠る人は少ないようですね。

 ただ本当に遺物収集に向いていない人は討伐班などに回されるそうです」


「いろいろ考えているんだな……」


 アキラは自分の知らないハンター稼業の話を聞き、少し感心したような声を出した。


「面白い話だった。

 ありがとう」


 アキラがシェリルに礼を言うと、シェリルはとてもうれしそうに笑った。


 シェリルがアキラに作った笑顔を向けることは少ない。

 過去に何度かアキラに試して効果がないことを理解したからだ。


「お役に立てて良かったです」


 やはり情報収集は大切だ。

 シェリルは改めてそう思った。


 しばらくして、ようやくシェリルの服の仕立て直しが完了した。


 シェリルが仕立て直した服を着て戻ってくる。

 満足のいく仕事ができたのだろう。

 シェリルの隣にいるセレンの表情は充実した満足感があるもので、どこか得意げでもあった。


 シェリルが軽い緊張と照れの混じった表情でアキラに尋ねる。


「ど、どうでしょうか?」


 アキラは仕立て直した服を着ているシェリルの姿を見て、軽い感嘆の声を出す。


「おー、随分変わるものなんだな。

 すごい似合ってる」


 アキラに褒められたシェリルの頬がより一層朱に染まる。

 シェリルが照れながらうれしそうに笑う。


 旧世界の遺物を潰してシェリル専用に仕立て直されたシェリルの服は、非常に鈍くなっているアキラのファッションセンスでも分かるほどに、シェリルの魅力を格段に上昇させていた。

 服のサイズがシェリルと合っていない時の違和感は完全に消えている。

 旧世界製の衣服の洗練された魅力はそのままに、シェリルの生まれつきの美貌をより一層引き立て際立たせている。

 服の仕立て直しをしたセレンの腕前は確かなもののようだ。


 アルファが笑いながらアキラに話す。


『150万オーラム払った価値はあったわね。

 これでアキラが無反応なら、もうお手上げだったわ』


流石さすがにこれは俺でも分かる。

 150万オーラム払った価値はあったな』


 感心しているアキラに、カシェアが声をかける。


「御満足いただけたでしょうか?」


「はい。

 正直ここまで変わるとは思っていませんでした。

 満足です」


「そのお言葉が何よりの報酬となります。

 また仕立て直しの機会が御座いましたら、次も是非当店の職人を御指名ください」


 カシェアは愛想良く微笑ほほえみ、次の営業につなげる言葉を口にした。


 アキラ達が店を出た後、カシェアがセレンに尋ねる。


「セレン、正直あそこまで良い出来できになるとは思ってなかったわ。

 いつの間にあんなに腕を上げたの?」


 セレンが自慢げに答える。


「彼女の素質。

 持ち込まれた服の種類と品質。

 私の腕のえ渡り。

 全てがみ合った正直奇跡の出来でき

 多分もう一度同じことはできない」


 カシェアはセレンの説明を聞いて納得した後、急に慌て出す。


「……同じことはできないって!?

 次も当店の職人を、って言っちゃったんだけど!?

 次も同じ出来できを期待されるわよ!?」


「私に言われても困る。

 私はもう寝る。

 起こさないで」


 セレンがそれだけ言って店の奥に戻っていく。

 元々セレンは寝不足気味だったのだ。

 疲労も相当なもので、寝たら明日まで起きないつもりだった。


 満足の行く仕事ができた。

 今日はきっとよく眠れるだろう。

 セレンはそう思いながら寝床へ向かった。


 一人残されたカシェアは、一抹の不安を覚えながら、店の良い宣伝になったはずだ、これは良いことだ、と強く自らに言い聞かせた。




 シェリルはアキラに送られて拠点まで戻ってきた。


 シェリルが拠点に戻る途中に着ていた服はカシェアの店で買ったものだ。

 シェリルのために仕立て直された服は、頑丈そうな衣装ケースに収められている。

 シェリルも流石さすがにその服を着てスラム街を歩くことはできない。

 余りにも危険だからだ。

 カシェアの店で買った服でも結構ぎりぎりだ。


 しかしシェリルの拠点周辺にいる人間は、シェリルの後ろ盾にそれなりに強いハンターがいると知っている。

 そのためむやみにシェリルに手を出したりはしない。

 だが衣装ケースの中の服を着てシェリルがスラム街を歩けば、その魅力から後ろ盾のハンターを無視してシェリルを襲う人間が飛躍的に増えるだろう。

 そのためシェリルは拠点の中ぐらいでしかこの服を着ることはできない。


 アキラはシェリルを送り届けた後、そのまま家に戻ってしまった。

 シェリルは自室でそのことを残念に思いながら今後の計画を練っていた。


 シェリルが衣装ケースをチラッと見る。

 そして衣装ケースの中の服に着替えて鏡の前に立つ。

 シェリルは鏡に映るどこかの令嬢と詐称しても疑われないであろう自分の姿を見て、今後の計画を思案しつつ表情をほころばせた。


(アキラが褒めてくれたこの服さえ有れば、きっと上手うまく行くわ)


 シェリルは自分の計画に自信を持ち、笑いながら飽きることなく鏡の前に立ち続けた。

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