第88話 シェリルの買い物

 アキラがシェリルと一緒に都市の下位区画を移動している。

 以前話があったシェリルの買い物に付き合っているのだ。


 賞金首という物騒なモンスターが近くの荒野を徘徊はいかいしているという情報もある。

 荒野に出かけた途端に不運にも賞金首と遭遇する。

 そのような事態を避けるためにも、アキラは少し様子を見て荒野に出るのを控えていた。

 その間の暇潰しでもあった。


 アキラ達が目指している場所は、都市の防壁と一体化しているハンターオフィスのビルの周辺にある商店街だ。

 ハンターオフィスの周辺は都市の下位区画では最も治安の良い場所である。

 そのため下位区画の中では比較的高級店が多い。


 なお本当の高級店は防壁の内側で営業中だ。

 つまりアキラ達がそこに行くのは無理だ。

 飽くまでも防壁の外の基準で比較的高価な商品を扱っている店が多く治安も良いということだ。


 シェリルは上機嫌でアキラの隣を歩いている。

 アキラがシェリルに尋ねる。


「靴を買うって言ってたけど、あのハンターオフィス周辺の店で良いのか?

 あの辺の店は、結構高い商品しかなかったはずだぞ?」


 アキラもその辺りで買い物をすることはないため詳しくは知らない。

 アルファから教えられた情報だ。


『ネットワーク上で集めた店舗情報によるとそうなるわ。

 その辺りの店舗がネットワーク上に誇大広告しか載せていないってことさえ無ければね』


 アルファも断言はできないようだ。


『アルファが断言できないってのは珍しいな』


『私にもいろいろあるのよ』


 アキラがアルファの言葉を珍しく思っていると、シェリルが少し言いづらそうに答える。


「アキラから頂いた服に合う靴はその辺りにしかないと思いまして。

 高くて買えそうになければ諦めます」


 アキラがシェリルの格好を確認する。

 シェリルは以前アキラが贈った服を着ている。

 確かにシェリルの靴はその服と比べると少々古ぼけた代物だ。

 シェリルがカツラギと交渉して手に入れたもので、どちらかと言えば荒野用の靴である。

 サイズが一致していないとはいえ、旧世界製の服を着ているシェリルの全体像から見ると違和感がある。

 アキラが旧世界の遺跡で見つけた遺物の中に靴はなかったため仕方ないとも言える。


 旧世界の遺物の衣服類は、その質にもよるが比較的高級品として扱われることが多い。

 その衣服と同程度の靴を買うとなると、確かにアキラ達が向かっている場所に行く必要があるだろう。


 なおスラム街の子供がそのような店に入ろうとすると、恐らく穏便に追い出されることになる。

 今のシェリルの格好でも、足下を見られた場合は難しいかもしれない。

 シェリルがアキラを誘ったのはそのためだ。

 稼いでいるハンターが一緒ならば、シェリルが追い出される可能性は格段に下がるだろう。


 アキラ達は目的の店を目指して下位区画を進む。

 目的の店はアルファがネットワーク上で適当に探した店で、そこまでの道案内もアルファがしている。


 シェリルにはそのアキラの事情など全く分からない。

 迷いなく進んでいくアキラを見て、この辺りの道に詳しくなるほどに通い慣れているのだろうと判断していた。


 アキラ達が目的の店に到着する。

 以前のアキラなら入るのに気後れしそうな趣のある少々洒落しゃれた衣類店だ。

 しかし以前にシオリの誘いで訪れた高級レストランほどではないため、気後れなく店の中に入ることができた。


 アキラの後にシェリルが続く。

 シェリルは内心の緊張や動揺を表に出さない術を身に付けているので、自然な表情で入店することができた。

 つまりシェリルは内心かなり緊張して店の中に入ったのだ。


 店員の女性がアキラ達を迎える。

 この店の店長でカシェアという名前の女性だ。


 カシェアがアキラを見て判断する。

 強化服を着用して銃器を身に着けたハンターの少年が一名。

 問題なし。


 カシェアがシェリルを見て判断する。

 一部違和感のある格好の少女が一名。

 少女の服は恐らく旧世界の遺物。

 つまり高級品だ。

 しかし服のサイズは少女の体格と一致しておらず、それを着こなしで誤魔化ごまかそうとしているのが分かる。

 また少女が履いている靴は着ている服と比べると非常に安価な物で汚れも多い。

 少女単体での判断は保留。

 少年の付き添いとしては問題なし。


 カシェアはアキラとシェリルをお客様として認識した。

 和やかに微笑ほほえんで応対する。


「御来店ありがとう御座います。

 本日はどのような御用向きでしょうか?」


「えっと、彼女の靴とかを見に来ました」


 アキラがそう答えると、カシェアは今一度シェリルの靴を見る。


かしこまりました。

 御案内いたします。

 こちらへ」


 カシェアは表情を変えずにシェリル達を案内した。


 シェリルは勧められるままに椅子に座り、カシェアに勧められた様々な靴を吟味している。

 シェリルの表情は真剣だ。

 カシェアから勧められている靴はどれも良い品だ。

 それはシェリルにも理解できる。

 しかし相応に値段も高く、シェリルの手持ちでは購入できない。

 カシェアから勧められている靴の値段と質が徐々に下がっていることにシェリルも気付いていた。


 シェリルが靴を買う理由は、アキラに頼まれた遺物販売のためだ。

 その時の接客時の装いのためである。

 シェリルは自身の見た目を向上させることが、有利に交渉を進める術になると理解している。

 交渉相手に足下を見られないためにも、アキラに贈ってもらった服に釣り合う靴が必要なのだ。

 貧弱な予算内でその条件を満たす靴を手に入れるために、シェリルは真剣に靴を選んでいた。


 アキラは周辺の商品を見て回っていた。

 店内には着こなしの例として店の商品で身を飾るマネキンが立っている。

 それを見るアキラの表情にはどこか釈然としないものが浮かんでいる。


 アルファが少し不思議そうに尋ねる。


『アキラ。

 どうかしたの?』


『いや、俺がこのマネキンの服を見て特に何も感じないのは何でだろうと思ってな。

 マネキンだからか?』


『着てみましょうか?』


 アルファが自分の服装をマネキンと同じものに変える。

 体格に合わせてサイズの調整はしてあるが、それ以外は全く同じ服装だ。

 そのアルファがマネキンの横に立つ。


 アキラがアルファとマネキンを見比べるが、やはり特に大きな感想が湧くことはなかった。


『やっぱり特に感想は湧かないな。

 可もなく不可もなく。

 普通の服だ。

 ここは下位区画ではそれなりに高値の商品を置く店なんだよな?』


『少なくともアキラの下着のような安物ではないことは確かね』


『それなりに値の張る服を、専門家が考えた見栄えの良いはずの着こなしで着ている姿を見ても、俺には特に感想が湧かない。

 やっぱり俺にはファッションセンスがないんだろうな』


 あの高級レストランで高額な食事をした時、アキラはその味に感動を覚えた。

 高額な食事代に相応ふさわしい感動が確かにあったのだ。


 しかしこの場の衣服にはそれがない。

 無論支払う金額の差はあるのだろうが、もう少し何かあっても良いのではないか。

 アキラはそう思っていた。


 アルファが服を別のものに変える。

 どことなくお嬢様風の格好でかなりの高級感が漂っている。

 この服装でスラム街を出歩く場合には護衛が必要になるだろう。

 あるいは、下手に手を出せば殺される、そう判断させる力が必要だ。


『さっきの服と比べて、アキラは今の私の服をどう思う?』


『良いんじゃないか?

 少なくとも高そうな服には見えるし、そこらにある普通の服と違うことぐらいは俺にも分かる。

 その服を遺跡で遺物として見つけて売れば、結構高値になる気がする』


 他者の服装の評価に売却時の評価額が混ざっている時点で、アキラも随分ハンター的な考えをしてしまっている。

 恐らくそれもアキラのファッションセンスを鈍くしている要因の一つだろう。


『私の格好を見てその程度の感想なら、アキラはもう慣れてしまったのかもね』


『慣れ?

 確かにアルファの格好にはいろいろ慣れ始めているとは思うけど……』


『多分アキラの考えていることとは違うわ。

 私が着ている服は映像だけの存在ではあるけれど、どれも最高級品なのよ。

 布地の消費等を心配する必要がない分だけいろいろ豪勢にできるから、むしろ見た目だけなら実在の服を超えているわ。

 デザインも含めてね』


『……つまり?』


『四六時中非常に良質な服を着ている私の姿を見て、その品質に見慣れてしまっているから、その弊害でアキラのファッションセンスがとても鈍くなっているのよ。

 多分ね』


『……結局俺のファッションセンスはちょっとおかしいってことだな。

 まあ、その理由が分かっただけでも良しとしよう』


 少しねた感じのアキラに、アルファが揶揄からかうように微笑ほほえんで話す。


『別に良いじゃない。

 綺麗きれいな服を着た美女が見たい。

 その欲は私を見ればいつでも解消できるでしょう?』


 アキラが苦笑いを浮かべる。

 否定はしなかった。


 アキラのそばに先ほどまでシェリルの接客をしていたカシェアがやってくる。


「お客様。

 少々よろしいでしょうか?」


「はい。

 何ですか?」


僭越せんえつですが、今回の御予算を伺ってもよろしいでしょうか?

 お連れ様が価格を非常に気にしている御様子でして。

 私どもと致しましてもある程度の指標を頂けるとより適した商品をお勧めできるかと」


 カシェアは実際に支払いをするのはアキラの方だと思っているようだ。

 アキラがシェリルの様子を見る。

 シェリルは非常に険しい表情でテーブルの上の靴を見ている。

 その表情には深い葛藤が刻まれている。

 相当悩んでいるようだ。


 アキラが少し考えてから答える。


「100万オーラムを超えそうなら一声かけてください」


 アキラの返事を聞いたカシェアが一瞬固まる。


「……100万オーラム、で、御座いますか」


「はい。

 支払いはハンター証で。

 現金が要るなら下ろしてきますけど」


「ご心配なく。

 ハンター証経由での支払いにも対応しております。

 確認のためハンター証をお預かりしてもよろしいでしょうか?」


 旧世界の遺跡での戦闘などで、ハンターがハンター証を紛失したり壊したりすることは珍しくない。

 しかしカシェアはアキラの支払い能力を確認するためにそう尋ねていた。

 それはカシェアの動揺を示すもので、普段なら絶対しない行動だ。


 お前に本当にその額が支払えるのか。

 カシェアは暗にアキラにそう聞いてしまっている。

 短気なハンターなら怒り出す可能性がある言動だ。

 カシェアは後からそのことに気付き、顔に愛想の良い笑みを貼り付かせて何とか平静を装っていた。


 アキラはそのことに全く気が付かずに、普通にカシェアへハンター証を手渡す。

 カシェアは自身の情報端末でアキラのハンター証を読み取り、情報端末を操作して結果を確認する。

 カシェアの表情が一瞬固まった。


 カシェアは表情を元に戻してアキラにハンター証を返した。


「お手数をお掛けしました。

 お連れ様には御提示いただいた御予算を考慮した商品をお勧めいたします。

 何か御座いましたらお気軽にお申し付けください」


 カシェアは軽い会釈をしてアキラから離れていった。


 アルファがアキラに尋ねる。


『あんなこと言って良かったの?

 多分予算の限度額まで買わされるわよ?』


『良いんだよ。

 多分今日の買い物はシェリルが遺物を高値で売るための準備なんだろう?』


『多分ね』


『なら必要経費みたいなものだ。

 それで遺物が高値で売れるなら文句はないよ。

 後はちょっとした興味と確認だな』


『確認?』


『100万オーラムでシェリルがどこまで変わるのか。

 そのシェリルを見て俺がどう思うのか。

 その結果を見て、俺には違いが全く分からなかったら、俺は今後ファッションに口も金も出さないことにする』


 100万オーラム分の違いを見抜けないのなら、やっぱり自分にファッションセンスはないのだろう。

 アキラはそう考えた。


『うーん。

 ここの店員のファッションセンスも関わってくるし、不確定要素は多いわよ?』


『それが災いするなら、そんな変な店に入ってしまった俺の不運の所為だ』


『この店を選んだのは私なんだけど』


『その時は、俺の不運にアルファの能力でも太刀打ちできなかったってことだ。

 俺のファッションセンスは諦めるしかないな』


 アキラはそう答えて軽く笑った。


 アルファは急に運試しを始めたアキラを少しあきれたような表情で見る。

 アキラの生死に関わる話ではないが、それでもアルファの能力を僅かとはいえ否定する要素には違いない。


 何らかの対処が必要だろうか。

 アルファは思案していた。




 アキラから離れたカシェアは、そのままシェリルのもとには戻らずに、店の従業員用の部屋に入る。

 その途端、カシェアの表情が客向けの微笑ほほえみから素の商人の笑顔に変わる。


「セレン! 起きてる!?」


 カシェアの呼びかけに応じて、セレンと呼ばれた少女が奥から出てくる。


「お姉ちゃん、大きな声を出さないでよ。

 私が徹夜明けだって知ってるでしょう?」


 セレンが不満げな表情でカシェアを見る。

 カシェアは全く気にせずにセレンをかす。


「良いから早く着替えて身嗜みだしなみを整えてあんたも店に出なさい」


「この時間の接客はお姉ちゃんの担当でしょう?

 寝かせてよ。

 眠いんだから」


「良いから早くしなさい! それと店では店長って呼べって言ってるでしょう!」


「……もー」


 セレンは面倒そうにしながらも店に出る準備を始める。

 カシェアはそれを確認するとすぐに店に戻った。


 シェリルがカシェアに勧められた靴を見てうなっている。

 カシェアがシェリルに別の靴を勧めるたびに靴の値段は下がっている。

 次の靴を紹介されないということは、この靴がこの店で最も安価な靴である可能性が高い。


 シェリルの手持ちで買えない額ではないが、着ている服に似合うものかと問われれば否だ。

 しかしそれでも今履いている靴よりはましなことも確かだ。


 シェリルの手持ちは他の用途にも使わなければならない資金だ。

 この靴の代金にその大半を使用するべきかどうか。

 シェリルは悩み続けていた。


 悩むシェリルの所にカシェアが戻ってくる。

 カシェアはシェリルに勧める別の靴を持ってきていた。


「そちらの品がお気に召さないのでしたら、こちらは如何いかがでしょうか?」


 シェリルはもっと安い靴があったのかと思いながら、カシェアに勧められた靴を見る。

 シェリルの表情が僅かに困惑気味なものに変わる。


 その靴は明らかに高級品だった。

 今までシェリルに勧められたどの靴よりも間違いなく高価な靴だ。

 シェリルの困惑は当然だ。

 カシェアは店の最も高額な靴をシェリルに勧めていた。


 穏便にもっと低価格の品を勧めてもらうように、シェリルはカシェアへ申し訳なさそうに話す。


「このような品をお勧めいただけるのは有り難いのですが、このような品の価格ですと少々……」


 高すぎる。

 そう続けようとしたシェリルの言葉を遮って、カシェアが非常に愛想良く微笑ほほえみながら話し始める。


「差し出がましい真似まねとは思いましたが、お連れ様から予算の目安をお伺いいたしました。

 御希望の予算を大幅に下回る価格の品しかお勧めできない当店の不手際以外は問題のない品かと」


 シェリルの困惑が更に強くなった。


 カシェアはシェリルの態度を、アキラから余りに高い品を贈ってもらうことに対する遠慮や申し訳なさのためだと考えている。

 だからカシェアは、贈る相手にとってははした金だから気にするな、とでも言わんばかりのことを話しているのだ。

 カシェアも商売人として支払うがわの意見を尊重せざるを得ないのだ。


「他の品もお持ちいたします。

 少々お待ちください」


 カシェアはそう言い残して、今勧めた最も高い靴をテーブルの上に置き、今まで勧めていた最も安い靴をテーブルの上から持って、軽く会釈をして去っていく。

 シェリルの選択肢から最も安い靴を取り除き、2番目に高い靴と交換するためにだ。


 事情を知らないシェリルは少し慌てながら去っていくカシェアを見ている。

 そして事情を知っているであろうアキラの方を見た。


 アキラは男性用の肌着の前にいた。

 高級店の品だということもあり、アキラが普段も使っているものより高い。


『下着ぐらいは買っていくべきか?』


『止めないけれど、強化服の下に着るのはお勧めしないわ。

 ハンター向けの戦闘用の品ではないから、すぐにボロボロになると思うわ』


『それもそうだな。

 止めておくか』


 アキラは手に取っていた下着を棚に戻した。

 今のところ、アキラの需要を満たす品はこの店にはないようだ。


『それはそうと、さっきからシェリルがこっちを見てるわよ』


『ん?』


 アキラがシェリルの様子を確認する。

 こっちに戻ってきてほしい気配を強く感じたので、シェリルの所へ戻ることにした。


 シェリルは戻ってきたアキラから事情を聞き終えて状況を把握し終えた。

 シェリルにとって有り難い話ではある。

 シェリルの手持ちでは条件を満たす靴を買うことはかなり困難だからだ。

 しかし諸手もろてを挙げて喜ぶわけにもいかない。


「……本当に良いんですか?」


「ああ。

 さっきも言ったけど、それで遺物が少しでも高値で売れるなら俺にとっても良いことだ。

 気になるなら、俺が一時的に立て替えたとでも考えて、遺物が売れた時にシェリルの取り分から引いてくれ」


 シェリルが安心したように微笑ほほえむ。


「分かりました。

 お言葉に甘えさせていただきます」


 既にアキラからの恩は積もりに積もっている。

 アキラから返済を要求された方がシェリルは気が楽だった。


 カシェアが別の靴、この店で2番目に高価な靴と3番目に高価な靴を持って戻ってくる。

 店に出る準備を終えたセレンも少々眠そうにしながらやって来た。


 セレンはテーブルの上に並ぶ靴の価格を思い出す。

 そしてシェリルとアキラの格好を見て状況を把握した。

 セレンがカシェアを横目で見ながら思う。


(金を持っていそうなハンターだからって、ちょっと露骨。

 理解はできるけどね)


 全てのハンターが大金を持っているわけでも気前が良いわけでもない。

 しかし一部のハンターは時に非常識な領域で羽振りが良い場合がある。

 旧世界の遺跡で大量の遺物を見つけたハンターなどが、急に大金を得て金銭感覚が狂うこともある。

 自身の高額な装備に大金をぎ込んでおり、大金を支払うことに抵抗感の薄いハンターもいる。

 そのようなハンターは惜しげもなく大金を支払うので、商売人にとっては上客となる。


 しかしその上客を固定客や常連客にするために、店側がどの程度努力するべきか、と聞かれると難しいものがある。

 ハンターはいつ死ぬか分からないからだ。

 ハンターに対して長期的な付き合いを考慮して商売をするのは難しいのだ。


 そのためハンターに対する営業は、その時に、可能な限り、となる傾向がある。

 勿論もちろん、高ランクのハンターはまた別だ。

 死にそうにないハンターに対しては、長期的な対応が取られるだろう。


 カシェアは靴を中心にした様々な商品をシェリルに勧めている。

 予算の心配はほぼなくなったとはいえ、シェリルも無駄な物を買う気はない。

 勧められる商品に対するシェリルの真剣な態度に変化はなかった。


 セレンはシェリルの格好に注目していた。

 シェリルの服は足下以外全て旧世界の遺物だ。

 しかし服のサイズがシェリルの体格と一致していないことは装飾に携わる人間なら一目瞭然だ。

 そして気付いてしまうと、セレンはそれが気になってしまう人間だった。


 セレンがシェリルに提案する。


「お客様。

 よろしければお客様が商品をお選びの間に、服のサイズの調整を請け負いますが如何いかがでしょうか?」


 シェリルが自分の服とセレンを交互に見る。

 アキラが素朴な疑問を口にする。


「大丈夫なのか?」


 アキラの不明確な疑問に対して、他の人間が自身の解釈で返答を返す。


 カシェアが自信のある笑顔で言う。


「セレンの仕立て直しの腕は、当店が自信を持って保証いたします。

 きっと満足いただけるかと」


 セレンがカシェアを横目で見て、軽くめ息を吐いてから答える。


「お客様の衣服は旧世界の遺物ですよね。

 仕立て直しをすることで現在の衣服と見なされることも多く、旧世界の遺物としての価値は著しく下がります。

 その服を資産としてお考えでしたらお勧めいたしません。

 よりお客様に適した服に仕立て直すことで、よりお客様にお似合いの服になることは間違いないかと」


 セレンが遺物の服を仕立て直す時の注意事項を付け加えた。

 カシェアがセレンを見る。


(ちょっと、自分で提案しておいて何で気をぐようなことを言うのよ?)


(説明せずに仕立てをして、後で損害を請求されたらどうするのよ?

 むしろお姉ちゃんが店長として注意することでしょう?)


 カシェアとセレンは微笑ほほえみながら目配せをして、長年の付き合いによる以心伝心を済ませた。


 既にアキラからもらった物とはいえ、その価値を下げるような真似まねは旧世界の遺物を求めるハンターであるアキラの機嫌を損ねるかもしれない。

 そう考えたシェリルがアキラの意思を確認する。


「アキラはどう思います?」


「服の価値がどうこうってのは、シェリルの服だからシェリルの好きにすれば良いけど、仕立て直しの間、シェリルの服はどうするんだ?」


 そうアキラに指摘されて、シェリルもいろいろ気が付いた。

 服の仕立て直しがすぐに終わるとは思わない。

 服を預けるために一度着替えに拠点に戻るとしても、この店に見合う服はシェリルにはもうないのだ。

 スラム街の住人の服でここに来るわけにはいかないだろう。


 ここでシェリルの採寸だけ済ませて、服の受け渡しと受け取りをアキラに頼むという手段もあるにはある。

 しかしそれはシェリルがアキラの手を何度も煩わせるということだ。

 シェリルとしては好ましいことではない。


 もっともアキラはそこまで考えて言ったわけではない。

 ちょっとした疑問を尋ねただけだった。


 セレンが迷っている様子のシェリルに話す。


「服の話でしたら、仕立ては今から採寸を始めれば、夕方ぐらいには終わると思います。

 その間は当店の服の試着などをしては如何いかがでしょうか?」


 シェリルは少し悩んだ後、アキラに尋ねる。


「その、アキラに仕立てが終わるまでお付き合いしていただいてもよろしいでしょうか?」


「ああ。

 予定もないし、構わないぞ」


「ありがとう御座います」


 シェリルはアキラに微笑ほほえんで礼を言い、セレン達に仕立て直しを頼むことにした。


 採寸を終えたシェリルは今まで着ていた服を下着以外全てセレンに渡した。

 その後はカシェアから勧められた服の試着を繰り返していた。


 シェリルは勧められた服に着替えて、それをアキラに見せて感想を尋ねたりしている。

 アキラは椅子に座って仕立てが終わるのを待っている。

 何度もシェリルに服の感想を尋ねられたが、その度に鈍い返事を返している。


 アキラは自分のファッションセンスに全く自信がない。

 シェリルはそのことをヒガラカ住宅街遺跡に一緒にいた時の出来事で既に知っている。

 そのためアキラの気のない返事を全く気にすることもなく、様々な服を着た自分の姿をアキラに見せるのを楽しんでいた。

 勿論もちろん、アキラが十分な反応を見せればその服を購入するつもりだ。


 カシェアの情報端末にセレンから連絡が入る。

 カシェアはシェリル達に席を外すことを告げてセレンのもとに向かう。


 仕立て直しの準備を終えたセレンは、シェリルの衣服を観察しながらカシェアを待っていた。

 そこにカシェアが戻ってくる。

 カシェアは既にセレンは作業を始めていると考えていた。

 カシェアがセレンを軽く叱咤しったする。


「セレン、何か問題でもあったの?

 まだ手も付けてないじゃない」


 セレンは慌てずに落ち着いて答える。


「準備は済んだ。

 今から始めるところ。

 その前に聞いておくことがあるから呼んだ」


「何よ?

 お客を待たせてるんだから早く済ませてよね」


「この仕立ての代金、私はどれだけ請求して良い?」


 奇妙な質問をするセレンに、カシェアは少し不思議そうな表情で答える。


「どれだけって、当然掛かった分だけ請求しなさいよ。

 当たり前でしょ?」


 セレンは少し考えてから言い直す。


「聞き方が悪かった。

 お姉ちゃんが相手にいろいろ売りつけた後、私が請求する分残ってる?

 逆か。

 相手の予算から私の仕立て代を引いた後、お姉ちゃんが売りつける分は残ってる?」


 カシェアが怪訝けげんな表情を浮かべて聞き返す。


「100万オーラムを超えそうなら一声かけてくれって言われているわ。

 セレンの仕立て代が高くても30万オーラムぐらいでしょ?

 残りの予算分をいろいろ売りつけるつもりだったのだけど、セレン、あんた一体幾ら請求するつもり?」


「相手の予算に限度がないなら、最高で150万オーラム」


 セレンから想定額の5倍の金額を告げられて、一瞬カシェアの思考が止まる。

 我に返ったカシェアが慌てて言う。


「……はっ!?

 150万オーラム!?

 ちょっと冗談でしょ!?」


「冗談で済まないから呼び出した。

 今ならまだ止められる。

 事情を説明して、仕立て直しをする服を選んでもらうとか、予算を増額してもらうとかやって来て。

 接客はお姉ちゃん、おっと、店長の役目のはず」


「いやいや、待ってよ。

 大体何でそんなに掛かるのよ。

 あんただって多少の見積りはしてから、仕立て直しの提案をしたんでしょ?」


「そこは私の不手際。

 見積りが甘かったとしか言えない。

 予想以上に質の良い遺物だった。

 その遺物の品質に見合った仕立ての技術や材料は相応に高価になる。

 私も自分の技術を安売りする気はない。

 特に彼女の下着はかなり良い代物だった」


「その下着、幾らぐらいの代物だったの?」


「予想だけど、最低でも1万オーラムはする」


「大したことないじゃない。

 私達の下着の方が高いわ」


「最低でも、と言った。

 下手をすると100万オーラムは超える」


 カシェアが絶句する。

 そして何とか聞き返す。


「……冗談、でしょう?」


 セレンが不満げに答える。


「衣服に関して冗談は言わない。

 下着の価格を正確に把握するためには、素材の質や伸縮率、手触りや旧世界のブランドの確認などいろいろ調べないといけない。

 だから詳しいことは分からない。

 ただ、上流階級の人間まで巻き込んで争奪戦をしている旧世界製の下着なら、100万オーラム超えの価格は珍しくない。

 場合によってはコロン払いの品すらある」


 セレンは大真面目に答えた。

 コロン払いの衣服など、カシェア達の商いとは別世界の話だ。

 セレンも例としてあげただけで、シェリルの下着がそこまでするとは思っていない。

 しかしそれを例としてあげる程度には、セレンの目では高価な下着に見えたということだ。

 それはカシェアにも理解できた。


「……それ、詳しく調べられない?」


貴方あなたの下着の価格を知りたいので、仕立て直しには全く関係ないけれど、その下着をいろいろじっくり調べさせてください。

 頼めると思う?

 頼むなら店長がやって。

 私には無理」


 カシェアはシェリルがただの上客から急激に扱いの難しい客に変わったことに頭を抱える。


「あんな安値の靴を履いていた人間が、何でそこまで高い服を着ているのよ」


「多分あの服はもらい物。

 だから服のサイズが彼女の体格と一致していない。

 贈った相手は隣のハンター。

 恐らくどこかの遺跡で見つけた遺物。

 見つけた遺物の中に靴はなかった。

 だから靴を買いに来た。

 まあ、これも予想。

 正解が気になるなら店長が聞いてきて」


辻褄つじつまはあうわね……」


「問題は、そのハンターが遺物の価値を知っていて贈ったのか、知らずに贈ったのか。

 知っていて贈ったのであれば、下手な仕立て仕事をして、そんな服を台無しにしたら大変なことになる。

 事前に価値が下がることについて了承を得ているとはいえ限度はある。

 旧世界の遺物としての価値がなくなるだけで、単純に高価な衣服であることに違いはない。

 元より手を抜くつもりはないけれど、仕立て直しに使用する素材等は相応の吟味が必要。

 当然、仕立て直しの代金は高くなる」


「知っていて贈ったのか、知らずに贈ったのか。

 セレンは知っていて贈ったと考えているのね?

 理由は?」


「知っているなら、靴の代金の予算が100万オーラムであることも納得できる。

 知っている方の辻褄つじつまは合う。

 知らない方の辻褄つじつまはお姉ちゃん、おっと、店長が考えて」


 セレンの意見はカシェアも納得できるものだった。

 ハンターが服の相場を知っていて、それに見合う靴を複数買う気でいるのならば、100万オーラムは妥当な予算だろう。


 カシェアはそこであることに気付いた。


「……ちょっと待って?

 その辺の確認とか、予算増額の交渉とかは私がするの?」


「接客はそっちの担当。

 頑張って。

 決まったら教えて。

 一度引き受けた仕立て直しを止めるなら、一緒に謝るぐらいはする」


 セレンの口調は変わらないが、面倒事を押しつけている感覚はあるのだろう。

 その表情にはどことなく申し訳なさそうな雰囲気があった。


 カシェアは頭を抱えながらシェリル達の所へ戻っていった。

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