第80話 トラウマ持ちのハンター

 ギューバ達が部屋を出てからしばらった。


 デイルがシェリル達に自分達が見つけた旧世界の遺物の解説などをしている。

 シェリルも部下達も非常に興味深そうにデイル達の遺物を見ていた。


 デイルが得意げに語っている。


「旧世界でも経済活動は当然あって、今と似たようにいろいろな企業が存在していたんだ。

 同じ人間だから同じようなことをしているのか、単に今の人間が当時の真似まねをしているのかは知らないけどな。

 まあ、そんなことは置いといて、この部分を見てくれ。

 これは旧世界の企業、屋綱橋の企業ロゴだ。

 つまりこの遺物は屋綱橋の製品ってことだ。

 旧世界の企業にも善ししはある。

 屋綱橋は結構良い製品を作っていた企業で、屋綱橋の製品なら良い物だろうと、買取り業者が結構高値で買ってくれるんだ。

 下手をすると、遺跡にあったから取りあえず持って帰ったけど何だかよく分からない物でも、このロゴマークがあるからってだけで高値で買い取る業者までいる。

 そうすると悪質なハンターがゴミみたいな遺物に自分でこのロゴマークを書き加えて売ろうとするんだよ。

 馬鹿な買い取り所がだまされることがよくある。

 でもちゃんとした買取り業者が調べるとすぐにバレるんだ。

 旧世界の遺物の企業ロゴは旧世界の技術で印刷されているから、調べれば分かるんだってさ。

 そうすると今度は旧世界の印刷機を見つけたやつがそれを使って企業ロゴを印刷するんだよ。

 そういういたちごっこが……」


「あ、あの」


 気持ちよく話しているデイルにシェリルが口を挟んだ。


「いろいろ教えていただけるのは大変有り難いのですが、その、よろしいんですか?」


 デイルからいろいろ聞き出そうとしているのはシェリルの方だ。

 しかしデイルは調子に乗ってシェリルの方が心配するほどいろいろと話してしまっている。

 シェリルは一度落ち着かせるべきだと考えて、デイルの話を中断させた。


 少し冷静になったデイルが自分の発言内容を思い返す。

 確かに少々話しすぎた感はあった。

 それでもデイルは自分を心配そうに見ているシェリルの表情を見て、自然と損得の帳尻を合わせようとする。


「あー、その、知ってるやつは知ってる話だし、大丈夫だ。

 それにまあ、乗車賃だとでも思ってくれ。

 俺達も荒野に取り残されたくはないしな」


「そういうことでしたら、有り難く拝聴いたします」


 シェリルが軽く頭を下げてデイルに微笑ほほえみかける。

 デイルは少し照れながら再び話し始めた。


 アキラは一歩離れてシェリル達の様子を見ている。

 内心を表に出さないように注意しながらアルファに感想を述べる。


『貴重な情報を随分あっさり話すんだな。

 これがシェリルの手腕か。

 正直ちょっと怖い。

 何が怖いって、相手が嬉々ききとして話しているのが怖い』


 デイルの話はアキラにかなり有益な情報だ。

 同じ情報をアキラが得ようとした場合、一体どの程度の費用と時間が必要になるのか。

 情報料だけでも相当の額になりそうだ。

 それをシェリルは相手と談笑するだけで得ている。

 アキラは軽い戦慄すら覚えていた。


 アルファがアキラにくぎを刺す目的で、シェリルの評価を若干偏らせて話す。


『シェリルは自分の容姿を理解した上で、慢心せずに十全に活用しているからね。

 元々素質があって今は徒党のボスをしているから、一層その技術に磨きが掛かっているのでしょうね。

 アキラも注意しないと駄目よ?

 これはシェリルに限った話ではないわ。

 アキラがもっと強くなれば、いろいろな人間がアキラを利用しようと寄ってくるわ。

 相互に利益のある協力的な相手ならも角、そうではない人間も大勢ね』


 アキラが自分を客観的に評価しようと試みる。


『分かってる。

 俺は大丈夫だ。

 ……多分。

 ……美味うまい食い物にさえ釣られなければ、あの店で食べたようなものでなければ』


 以前アキラはシオリから誘いを受けて高級レストランで食事をしたことがある。

 その時のアキラの食に対する固定観念を打ち砕いたような料理を釣りの餌にした場合、アキラの意思は大いに揺らぎそうである。

 その時はアルファにアキラを頑張って止めてもらうしかないだろう。


 アルファが軽く笑いながら話す。


『大いに稼いで、自費でちょくちょくあの店に顔を出せるようになる必要がありそうね』


『そうだな』


 アキラは少し強がるように答えた。


 不意にアルファの表情が険しくなる。

 それを見たアキラも一気に警戒を強める。


『アキラ。

 窓に寄って銃の照準器で外を確認して』


『モンスターか?』


『それを確認するの。

 ちょっとノイズがあったわ。

 モンスターでもこっちに来る気配がなければ放っておきましょう』


 今のアルファの索敵は基本的にアキラの情報収集機器で得た情報を基に行われている。

 雨により全方向への索敵範囲が狭まっているため、特定の方向をしっかり調べるためにはアキラが照準器などで直接確認する必要がある。


 アキラは窓のそばで銃を構えて、照準器越しに外の様子を確認する。

 アルファの指示に従って照準をゆっくり左右に動かしていく。

 ノイズの元はすぐに見つかった。


『あれか。

 結構デカいな』


 1匹のモンスターがやかたから離れた場所を徘徊はいかいしていた。

 肉食であることが一目瞭然の生物系モンスターだ。

 雨を吸った毛皮が非常に重そうだ。


 モンスターは何かを探すように周辺をうろうろしている。

 アキラ達に気付いている様子はない。


『こっちには……、来ないか?

 さっきからあの辺りをうろうろしているけど、あの辺りに何かあるのか?』


 アキラ達に近付くわけでもなく、かと言って離れていくわけでもなく、モンスターは同じ場所をうろうろし続けている。


『中途半端な場所にいるわね。

 嫌がらせかしら?』


『俺があいつに何をしたっていうんだ』


 注意は必要だが明確な脅威ではない。

 そう示すアルファの軽口に、アキラも落ち着いて適当に答えた。


 デイルとコルベも他の窓から外の様子を確認している。


 デイルは肉眼で外を見るが、モンスターの姿を発見することはできなかった。

 デイルがアキラに尋ねる。


「おい、何か見つけたのか?」


「ああ、モンスターだ。

 結構デカい奴が1匹、向こうの空き家の近くにいる」


 デイルが双眼鏡を取り出して、アキラに教えられた場所を見る。


「……あれか。

 良く見つけたな。

 お前は部屋の中にいて、外なんか見ていなかっただろ?」


「高性能なんだ」


 アキラが軽く笑って答えた。

 それを聞いたアルファが得意げに笑っている。


 高性能なのはアルファだ。

 デイルはそれをアキラの装備の性能のことだと判断した。


(……腕の方はも角、装備はばっちりってわけか。

 シェリルの護衛が他にいないのは、こいつ一人で十分だからか?

 もしかしてこいつは義体か?

 高性能なのは、情報収集機器だけではなく義体の性能もか?

 腕の方も相応なのか?)


 デイルはアキラの見た目の年齢や雰囲気から余り強いハンターだとは思っていなかった。

 しかしアキラが自分よりも早くモンスターの存在に気付いたことで評価を改めた。


(こいつの実力はどの程度なんだ?

 それが分かればこいつに支払われる報酬も想像が付く。

 そうすれば依頼主であるシェリルの資産とかもある程度は想像できるんだが……。

 まあ、帰りに分かるかもな)


 デイルの予想に反して、アキラの実力の一端を知る機会はすぐにやって来た。


 コルベもアキラと同じように銃の照準器で外の様子を確認していた。

 アキラが発見したモンスターをコルベもすぐに見付けた。


 コルベの表情がおびえを含んだものに変わり、銃を構える手が僅かに震え出す。

 そしてその震えが止まったのと同時に表情が非常に険しいものに変わる。

 その表情には銃口の先にいる存在への明確な憎悪が込められていた。


 コルベは内心の激情にかられて引き金を引いた。

 銃声が部屋に響く。

 発射された銃弾は見事にモンスターに命中する。

 しかしモンスターに重傷を与えることはできなかった。


 モンスターがアキラ達の存在に気付いて咆哮ほうこうを上げる。

 そして勢いよくアキラ達に向かって走り出した。


「死ね!

 死ね!

 くたばりやがれ!」


 コルベはモンスターを罵りながら銃撃し続ける。

 コルベの腕は良いらしく、全ての銃弾がしっかりモンスターに命中した。

 銃弾を浴び続けたモンスターの動きが鈍くなり、崩れ落ち、動かなくなるまで、必死の形相で銃撃を続けていた。

 そして地に伏したモンスターに更に数発の銃弾を浴びせた後で、荒い息のままようやく銃撃を止めた。


 部屋の人間の視線がコルベに集まっている。

 アキラ達はコルベの豹変ひょうへんぶりに驚いているだけだが、デイルは明確に非難の視線を向けていた。


 デイルがかなり強い口調でコルベを非難する。


「おい、何で撃った!」


 コルベが同じぐらい強い口調で言い返す。


「ぶっ殺すために決まってるだろうが!」


「こっちに気付いてなかっただろ!?」


「食い殺しに来るまで待ってろってか!?

 殺せるうちに殺すんだよ!」


 言い争いを始めようとしていたデイルとコルベの勢いを、別の銃声が遮った。


 銃声の主はアキラだ。

 アキラの方へ振り返るデイルとコルベに、アキラが落ち着いた声で言う。


「後にしてくれ。

 他のを片付けてからにな」


 アキラはそう言って銃撃を再開する。

 銃弾がアキラ達に向かってきている別のモンスターに命中し、頭部を粉砕して絶命させた。


 先ほどのモンスターが徘徊はいかいしていた辺りに、いつの間にか他のモンスターが集まり始めていた。

 そのモンスター達はアキラ達の存在に気付いており次々に襲いかかってくる。


 コルベがすぐに攻撃に加わる。

 デイルも舌打ちして急いで攻撃に加わった。


 大小様々なモンスターが群れを成してアキラ達に襲いかかってくる。

 二足歩行のトカゲ。

 四足歩行の獣。

 六足歩行の亀。

 八足歩行の馬。

 誰かが悪ふざけで作ったような外見のモンスターや、ある日突然生物から機械へ存在をくら替えしたような中途半端に機械っぽいモンスターなど様々だ。


 甲羅の上に大砲と機関銃を乗せている亀がアキラ達の方へゆっくり近付いてきている。


 アキラが大砲を背負うモンスターを見て驚きの声を上げる。


『何だあれ!?』


『あれはトーチカタートルよ。

 まだ成長途中なのが幸いね。

 弱点は砲口の中よ。

 見ていないで早く撃ちなさい』


 アルファがアキラの強化服を操作して、アキラが構えているCWH対物突撃銃の照準をトーチカタートルが背負っている大砲に合わせる。

 アキラはすぐに引き金を引いた。


 アルファの膨大な演算能力による精密きわまる射撃能力により、アキラが撃ったCWH対物突撃銃の徹甲弾はトーチカタートルの砲口の中に吸い込まれるように飛び込んでいく。

 その銃弾はトーチカタートルの装填途中の砲弾に直撃し、生体火薬の誘爆を引き起こした。

 トーチカタートルは内部から吹き飛び、近くのモンスターごとバラバラになった。


 肉片と機械部品をき散らして四散するトーチカタートルを見て、アキラがアルファを称賛する。


『お見事。

 しかしあんなやばそうなモンスターまでいるなんてな。

 ここってそんな物騒な遺跡だったか?

 暴食ワニがいなくなって生態系が変わったからって、そんなに変わるものなのか?

 それに何であんなにモンスターがいるんだ?

 そこら中の荒野からモンスターがここに雨宿りに来ているのか?』


 アキラが疑問に思うのはもっともだ。

 アルファも現状を予測できなかった。

 正確には、その可能性は無視できる程度に低いと判断していた。

 ここまで危険だと予測していれば、アルファはアキラをここに近づけようとはしなかっただろう。


 しかしアルファはも角として、今のアキラにその疑問の答えを考える余裕はない。

 アルファはアキラを戦闘に集中するように促す。


『それを考えるのは後にしましょう。

 生き残りさえすれば、その理由を考える時間はたっぷりできるわ』


『それもそうだな』


 アキラはすぐに次のモンスターに狙いを付けて引き金を引いた。

 徹甲弾に胴体を貫かれた8本足の馬が崩れ落ちる。

 そのモンスターはすぐに後続のモンスターに踏み潰されて絶命した。


 戦況はアキラ達が優勢だ。

 アルファのサポートを受けているアキラ。

 ほぼ未調査の危険な遺跡を攻略するために装備を整えていたデイル達。

 ヒガラカ住宅街遺跡に生息しているモンスターに対しては過剰戦力のハンターが3人掛かりで反撃しているのだから当然ともいえる。


 一部のモンスターは本来ヒガラカ住宅街遺跡に生息していない種類のものだったが問題なく対処できた。

 脅威度の高いモンスターは3人分の火力を集中させてすぐに倒していく。

 小物のモンスターにある程度近付かれた場合は、アキラがDVTSミニガンでぎ払っていく。


 回転する銃口の束から広範囲にばらまかれる大量の銃弾は、アルファの射撃補助により全てしっかりモンスターに命中している。

 流石さすがに全弾急所に命中とまでは行かないが、殺傷能力としては十分過剰だ。

 無数の銃弾を浴びたモンスター達が機械部品と肉片をき散らす存在に変化していく。


 デイルはアキラの戦い振りを見て軽い戦慄を覚えていた。


(強い!

 このモンスターの量を見ても、慌てず騒がず冷静に処理している。

 射撃の腕も一流だ。

 モンスターの弱点部位の知識もしっかり持っているのか。

 トーチカタートルを一撃で倒しているし、真っ先に倒すべきモンスターの判別も確かだ。

 相当な腕前だ)


 アキラの近くにはモンスターに罵声を浴びせながら鬼気迫る表情で銃撃を続けているコルベの姿がある。

 そのためデイルには無駄口をたたかずに余裕さえ感じられる表情で戦っているアキラの様子が際立って見えていた。


 アキラの射撃の腕はアルファのサポートによるものだ。

 アキラが余裕の表情を見せているのは、以前により大規模なモンスターの群れと戦ったことがあることと、アルファのサポートに対する信頼の表れである。

 そしてアキラの無駄口はアルファに念話で話しているので、デイルには聞こえないだけだ。


 そんなことはデイルには分からない。

 そのためデイルはアキラを過剰評価していた。

 その対外的には一部正しいアキラの評価と、アキラ単体での実力との落差は、今後もアキラにいろいろな面倒事を運んでくるだろう。


 シェリルはアキラ達の後ろで戦いを見守っていた。

 このような状況でも余裕を保っており、微笑ほほえみすら浮かべている。

 部屋に反響する銃声に、部屋の中まで聞こえてくるモンスターの咆哮ほうこうに、窓の外に見える迫り来るモンスターの姿に、半狂乱気味に怒鳴り続けているコルベに、この戦闘におびえている他の子供達とは対照的だ。


 エリオがそのシェリルの様子を見て、助けを求めるように恐る恐る尋ねる。


「こ、こ、これ、だ、大丈夫だよな?」


「大丈夫よ。

 落ち着きなさい」


 シェリルはそう答えてエリオに微笑ほほえみかける。

 シェリルの表情に恐怖の色は欠片かけらもない。


 不自然なまでに落ち着いているシェリルの様子を見て、エリオも少し落ち着きを取り戻した。

 エリオが自分に言い聞かせるように話す。


「そ、そうだよな!

 アキラは強いもんな!」


「そうよ。

 だから貴方あなた達も落ち着きなさい。

 大丈夫よ」


 シェリルが他の部下達に向けて微笑ほほえみかける。

 そのシェリルの姿を見て、他の部下達も少し落ち着きを取り戻した。


 シェリルの部下達が恐れを誤魔化ごまかすように互いに話し出す。


「そ、そうだよな。

 ボスもあんなに落ち着いているし、大丈夫だ」


「それだけアキラってやつはすごいのか?

 そうなのかもな」


「それにしても良くあんなに落ち着けるな。

 やっぱりボスになるだけの実力はあるのか」


「やっぱりアキラはアキラで、ボスはボスですごいんだな」


 たまに窓の外から銃弾が部屋の中に飛び込んでくる。

 部屋の隅に避難している子供達がそのたびに悲鳴を上げている。

 しかしシェリルだけは動じていなかった。


 内心でどこかシェリルを軽んじていた者達が、そのシェリルの姿を見てシェリルの評価を改めていた。

 それはシェリルがアキラの代理やつなぎ役としてではなく、純粋に徒党のボスとして認められる切っ掛けとなった。


 シェリルが不自然なほどに落ち着いているのは、アキラへの盲信とある種の諦めのためだ。

 あの日、シェリルがアキラにすがり助けを求めて、アキラがそれに応えた時から、シェリルはずっとアキラに助けられている。


 今もアキラは襲いかかるモンスターの群れからシェリルを助けている。

 それはシェリルを大いに安心させていた。

 その安心感が鎮静剤の過剰投与に近いものであっても、それが麻薬に近い副作用を伴うものであっても、シェリル自身がそれを自覚していても、シェリルは全く気にしていなかった。


 その盲信と諦観が、今のシェリルを形作っている。

 シェリルからアキラが失われない限り、それは今後も変わることはないだろう。


 戦況はアキラ達が優勢のまま進んでいく。

 アキラ達はまず遠距離攻撃持ちのモンスターを撃破していく。

 トーチカタートルのような大砲や機銃を生やしたモンスターを撃破し、最低でもその攻撃手段を奪っていく。

 両腕が銃になっている二足歩行のトカゲの頭を吹き飛ばすと、制御装置を失った銃が暴走して乱射し続け周囲のモンスターを巻き添えにしていく。


 次に兵器や生物兵器の側面の強いモンスターを倒していく。

 機械的に、又は本能的に、敵との戦力差など全く気にせずに人間を襲おうとするモンスター達だ。

 群れの数という暴力を、弾幕という数の暴力で覆し、既に倒されたモンスターを前からは銃弾で、後ろからは後続のモンスターで挟み込んで、次々と原形を失わせていく。


 それらの片付けを終えると、残ったモンスター達、戦力差を考慮できる程度には賢い自律兵器や、恐れて逃げ出す野生生物に近い動植物が、次第にその場から離れていった。


 いつの間にか雨がんでいた。

 動いているモンスター達もいなくなり、アキラ達の戦闘がようやく終わった。


 アキラ達に死傷者無し。

 結果は上々と言えるだろう。

 大量に消費した弾薬と、その弾薬費を除けばの話だが。


 一仕事終えたアキラをアルファが微笑ほほえんでねぎらう。


『お疲れ様。

 あの規模の群れを相手に終始落ち着いて対処できたし、上出来ね』


『前の時より規模は小さいし、あの時に比べて装備も充実しているしな。

 こんなものだろう』


『普通にそう言えるのも成長のあかしよ。

 私もうれしいわ』


 アルファに褒められたアキラが少しうれしそうに表情を緩めた。

 そのアキラの反応をアルファはしっかりと観察していた。


 デイルは軽くめ息を吐く。

 戦闘終了の実感がデイルの中に広がっていき、安堵あんどが緊張に取って代わると、次第に怒りがこみ上げてきた。


 デイルがその怒りの矛先を原因となった者に向ける。


「コルベ!

 これはお前の所為だぞ!

 お前が勝手に撃ったりしなければこの戦闘は避けられたんだ!」


「ああ!?

 ハンターがモンスターをぶっ殺して何が悪いって言うんだ!」


 戦闘の興奮が覚めていないコルベが強い口調で言い返した。

 そのまま一触即発の状態になりそうだったが、すぐに様子が変わった。


 コルベが急に勢いを落として深く項垂うなだれる。

 そして表情を暗く落ち込ませて謝りだす。


「……すまん。

 ……迷惑をかけた」


 突然別人のように気落ちして謝罪するコルベの様子に、デイルが困惑して気勢を大きくがれる。


「……怖かったんだ。

 ……すごく怖かったんだ。

 ……それで、気が付いたら撃ってたんだ」


 コルベは勝手に撃った理由を話した。

 アキラが少し不思議そうに尋ねる。


「怖かったって、あのモンスターがか?

 確かにちょっと大きいやつだったけど、あれだけ距離が離れていて、あの銃の腕前があれば、そこまで怖がるものでもない気がするけど」


 アルファのサポートがあるアキラとは違い、コルベは自力でしっかり全弾命中させていた。

 その後の戦闘でもコルベは足を引っ張ることなく果敢に戦っていた。

 アキラにはそれだけの実力の持ち主が、あの程度のモンスターをそこまで怖がるとは思えなかった。


 コルベがチラッとアキラを見て、その理由を話し始める。


「……前にモンスターに食われかけた経験があってな。

 運良く命は助かったが、両腕を食われた。

 今でもたまに夢に見るんだ」


 表情をゆがめて自分の両腕を見るコルベに、アキラが少し痛ましそうな表情で尋ねる。


「その腕、義手か?」


「左腕はそうだ。

 右腕は再生治療で治した。

 本当は両腕とも再生治療にしたかったんだが、金がなくてな。

 左腕も治したいんだが、義手のメンテ代とかもあって、なかなか難しいんだ。

 ……それで、あいつが俺の腕を食ったモンスターにちょっと似ていたんだ」


 アキラにはモンスターの口の中に腕を入れて、内部から銃を乱射して倒した経験がある。

 もし倒すのが遅れていれば、アキラの腕も食いちぎられていただろう。

 明日は我が身。

 アキラは想像して少し怖くなり、その想像を経験したコルベに同情した。


 コルベが再び深々と頭を下げる。


「……とにかく悪かった。

 すまん」


 デイルは勢いをがれた上に深々と謝られて、振り上げた拳を下ろせずにいた。


 アキラはアルファに褒められて機嫌も良くコルベにも同情的だ。

 さっさと話を進めてこのことを流すことにする。


「まあ、あれだけ倒したんだ。

 もう周辺にモンスターはいないだろう。

 帰り道に俺達を襲ってきたかもしれないモンスターを、俺達に有利な状態で倒せたんだ。

 悪い話ばかりじゃない。

 それより雨が上がったんだ。

 すぐに出発したい」


 デイルがアキラに確認を取る。


「ギューバと、そっちのやつが一人戻ってきてないぞ?」


「すぐに連絡を取って呼び戻してくれ。

 悪いがシェリルの安全を優先したい。

 あの死体の山に釣られて他のモンスターがまた寄ってくる可能性もあるからな。

 連絡が付かなくても戻ってくるまで待つ気も探しに行く気もない。

 彼らを待ってここに残るって言うなら好きにしてくれ。

 シェリル達を都市に送り届けてから、もう一度迎えに来るぐらいはするよ」


 デイルは情報端末を取り出してギューバと連絡を取ろうとする。

 都市のネットワークとつながったりはしないが、雨もんだため同じ館内なら連絡が取れるだろう。


 もしギューバと連絡が取れなかった場合は、デイルも置いていくしかないと考えている。

 死んでいるかもしれない相手を探して、この場に取り残されるのはデイルも御免だ。

 モンスターに食い殺されたのなら、死体が残っている保証もない。

 どこにもいない相手を探して、ヒガラカ住宅街遺跡を探索する余裕などデイルにもないのだ。


 デイルの心配はすぐに消えた。

 ギューバ達が部屋に戻ってきたからだ。


 不必要な戦闘をしたという苛立いらだちはデイルの中から消えていない。

 デイルがその苛立いらだちをギューバにぶつける。


「ギューバ!

 てめえこのくそ忙しい時にどこで何をしてやがった!」


 ギューバが誤魔化ごまかすように笑いながら話す。


「落ち着けよ。

 そっちも襲われていたみたいだな」


「そっちも?」


「俺達も襲われたんだ。

 何とかしたけどな。

 その後で雨がんだのに気付いて、急いで戻ってきたんだ。

 雨がんだらすぐに出発するって話していただろう?

 もしかして俺を置いていくつもりだったのか?」


 ギューバは悪びれた様子もなく聞き返した。

 デイルが不機嫌そうに答える。


「……ふん。

 戻ってこなければな」


「おいおい、それはひどいぜ」


 ギューバは笑って答えた。

 置き去りにされそうになったのにもかかわらず、その表情に不快感などはなかった。


 その後アキラ達はすぐに移動の準備を済ませて館から離れた。

 そのままヒガラカ住宅街遺跡を出て、クガマヤマ都市を目指して荒野を走り続けた。


 ヒガラカ住宅街遺跡のある場所に、アキラ達が交戦したモンスターの群れのその1匹目がうろうろしていた場所に、小さな筒状の物が幾つも転がっている。

 それはデイルがなくしたはずの敵寄せ機だ。


 アキラ達が倒したモンスターは、この装置でおびき寄せられたものだった。

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