第72話 埋もれた遺跡

 アキラは新装備を受け取るためにシズカの店に向かった。


 店の中に入ったアキラを、シズカが軽く手を振って出迎える。


「いらっしゃい、アキラ。

 こっちよ」


 シズカは愛想良く微笑ほほえんでアキラを店の奥の倉庫に案内する。

 倉庫は商品の搬入口としても使われており、商品の重火器や弾薬等が棚に置かれていた。


 アキラがふと思いついたことをシズカに尋ねる。


「そういえば、カウンターを空にして大丈夫なんですか?」


「大丈夫よ。

 武器屋の店主がカウンターからちょっと席を外しているだけで大問題になるほど、銃を求める客が列を成しているわけじゃないしね。

 前に都市にモンスターの群れが迫ってきた時もそんなことにはならなかったわ。

 勿論もちろん普段よりお客はたくさん来たけどね」


「いえ、盗難とかは……」


「展示してある武器は盗難防止に台に固定してあるし、監視カメラも設置してある。

 民間警備会社と連携している盗難保険にも入っているし、問題ないわ」


 仮にシズカの店に強盗が現れてカウンターの金を何とかして奪って逃げたとする。

 その場合シズカには被害額と同等の保険金が支払われる。

 アキラが考えているような損害をシズカが負う可能性は低い。


 そして保険会社と契約している民間警備会社が、社の威信を懸けて強盗を生死問わずに捕縛する。

 捕縛された強盗は様々な名目で請求される被害額を支払うために、私物を体を人生を、あらゆる手段で徹底的に金に変換されることになる。

 財産の没収で済むのか、強制労働を強いられるのか、新薬や新技術の実験台になるのかは、その被害額次第だ。


 シズカがまだ少し気にしている様子のアキラに笑って話す。


「私がアキラのためにカウンターを空にするのが気になるなら、常連予定の顧客を私が贔屓ひいきしているとでも考えておいてね。

 その方がアキラも気分が良いでしょう?」


 アキラは既に8000万オーラムほどをシズカの店の売上げに貢献している。

 それでもまだシズカの店の常連には数えられないらしい。


 アキラのその考えが表情に出たのか、あるいは単にシズカの勘が鋭いだけなのか、シズカが続けて話す。


「アキラが当店の売上げに貢献してくれるのは大変有り難いんだけど、できれば当店の商品で貢献してほしいところね。

 強化服とかは注文代行に近い部分があるから、正直利益がいまいちなのよね」


 シズカはほぼ冗談で言っただけなのだが、アキラが少し慌てながら答える。


「あー、それは、その、今後に期待していただけると」


「ふふ、期待しているわ」


 シズカは少し不敵に楽しげに微笑ほほえんだ後、気を取り直して倉庫の搬入口のシャッターの方を指差す。


「さて、アキラの新装備一式だけど、あそこよ」


 アキラがそこにあるものを見て小さく驚きと喜びの声を出した。


「シズカさんから来た見積書を読んで、用意してもらった新装備一式の内容は事前に知ってましたけど、本当にこれ込みで良いんですか?」


 シズカがアキラを得意げな表情で見ながら答える。


「そうよ。

 ちゃんと予算内に収めたわ」


 そこには一台の荒野仕様の大型車両がまっていた。

 これもアキラの新装備一式に含まれているのだ。


 アキラとシズカが車のそばまで行く。

 アキラは車を食い入るように見ている。

 以前アキラがレンタル店で借りた車両とはまるで違う車種というわけでもなく、別に珍しい車両でもないのだが、借り物と自分の物では見方も変わってくるものだ。


「それじゃあ商品がそろっているか確認するから、アキラも一緒に確認してね」


 シズカは見積書の紙を取り出すと、アキラにもそのコピーを渡す。

 そしてそれを見ながら見積書に記載されている商品と、現物を指差し確認していく。


多津森重工たつもりじゅうこう製の荒野仕様四輪駆動車テロス97式が1台。

 中古車だけど整備は万全にしてあるし、制御ユニットは新品に取り替えてあるわ」


 アキラが車体を見る。

 屋根の付いていない開放型で、ハンター達が個人携帯用の大型の重火器を使用して攻撃しやすい設計の車両だ。

 荒野仕様、つまりモンスターとの遭遇を前提としている車両をうたっているだけに、車体には装甲タイルが貼り付けられていた。


 装甲タイルとは衝撃等に反応して力場装甲を発生させ、衝撃を防ぐ効果を持つ装甲板の一種だ。

 装甲タイルは力場装甲を発生させるとそのまま剥がれ落ちる。

 剥がれ落ちた装甲タイルは、荒野に幾らでも転がっている屑鉄の元の一つだ。


「CWH対物突撃銃が1ちょう

 DVTSミニガンが1ちょう

 両方とも車の設置台に配置して、強化服無しでも使用できるようにしているわ。

 取り外して携帯することも可能だけど、DVTSミニガンは弾薬消費が激しいから注意してね。

 一応装弾数増加用の拡張パーツを組み込み済みよ。

 対応する拡張弾を使うのが基本だけれど、通常弾も使用できるから安心してね」


 アキラが車体の後方を見る。

 後部座席の後ろにある開放式の荷台には銃座が付けられており、CWH対物突撃銃とDVTSミニガンが設置されている。

 車両設置を前提に設計された戦車用機銃などと比べるといささか貧弱ではあるが、今のアキラには十分な性能だ。

 これでアキラがまたモンスターの群れと遭遇しても、今度はそれなりに応戦できるだろう。


「荒野仕様のハンター向け情報端末が2台。

 頑丈で多少荒っぽく使っても壊れない品よ。

 荒野で何かあった時に、場合によっては緊急依頼を投げるためにも、情報端末は丈夫な方が良いわ」


 アキラが助手席を見る。

 見るからに頑丈そうな情報端末が置いてある。


「電撃ナイフが2本。

 モンスター相手にナイフ使って接近戦をしなければならない時点で相当厳しい状況なんだけど、素手よりはましよ。

 電撃は1回こっきりの使い切り。

 運が良ければ、機械系モンスターをショートさせたりもできるわ」


 情報端末のそばにナイフが置いてある。

 ナイフは情報端末購入時の付録だったのかもしれない。

 当たり前だが機械系モンスター相手にナイフで戦いを挑むのは、普通のハンターならば自殺手前の無謀さである。

 更に機械なら電気に弱いだろうなどと考えていると、モンスター側にしっかり対策されている場合も多い。

 だからシズカも運が良ければなどと言っているのだろう。


「最後に、ERPS総合情報収集機器統合型強化服、商品名パワードサイレンスが1着。

 そこの収納ケースに付属品一式を含めて入っているわ。

 連携可能な照準器も付属品の一部として一緒に入っているから後で装着してね」


 アキラは後部座席に置いてあるケースの取っ手をつかんで車の外に出そうとする。

 しかしケースは予想以上に重量が有り、アキラが両手でつかんでも引きずるのが精一杯だった。


 シズカがアキラの後ろから手を伸ばし、アキラが運び出すのに苦戦しているケースをつかんであっさり車の外に出した。

 それを見たアキラが小さく感嘆の声を出した。


 シズカがどことなく迫力のある微笑ほほえみを浮かべながら、アキラに念を押すような口調で話す。


「……強化服の力よ?」


 シズカは服の下に目立たない強化服を着用している。

 アキラは以前にそう教えられたことを思い出した。


 アキラの反応は僅かだがシズカの機嫌を損ねたようだ。


「え、あ、はい。

 分かってます」


 アキラは慌てて誤魔化ごまかすように答えた。


 シズカが収納ケースから強化服を取り出す。

 アキラはシズカに手伝ってもらって新しい強化服に着替える。


 新しい強化服には以前アキラが着用していた強化服に付いていた外骨格的なものはない。

 柔らかな人工繊維で織られた布地の上に、細長い硬質ゴム板のような物が貼り付けられている。

 硬質ゴム板には電子機器との接続口らしき穴が付いていた。


 アキラがその穴を不思議そうに見ていると、シズカが説明してくれた。


「それは小型の情報収集機器の接続用よ。

 総合情報収集機器統合型強化服って説明したでしょう?

 付属品で小型の情報収集機器が付いているの。

 情報収集機器と強化服の統合をコンセプトに作られた商品なのよ」


「そういうやつはやっぱり高いんですか?」


「当然、高性能で多機能な強化服ほど値が張るわ。

 ただ、このパワードサイレンスはちょっと訳ありでね。

 かなり安いのよ。

 相場の価格と同価格帯の強化服に比べて、ワンランク上の性能だと考えて良いわ」


「訳あり、ですか」


 アキラもシズカが変な商品を勧めるとは思っていない。

 しかし訳ありの商品などと説明されると気になるのも事実だ。


「ああ、大丈夫よ。

 いわく付きの中古品なんて事はないわ。

 ちゃんとした新品よ。

 設計に欠陥があって過去に回収騒ぎがあったなんてこともない。

 ただね、非常に人気がない商品なのよ。

 発売当初にあるハンターが物すごい勢いで酷評して、しかもそのハンターがそれなりに有名な実力者だった所為で悪評が広まって、結果全然売れなかったの。

 設計や性能に問題がないのは、ほぼ同型で名前だけ変えた別の商品がしっかり売れていることから証明されているわ」


 アキラはシズカの説明を聞いて何となく親近感を抱いた。

 運が悪いのはお互い様だ。

 そこからい上がろうとする者にふさわしい強化服かもしれない。


 アキラが強化服を起動させると、強化服が縮まってアキラの体型に合わせて不快感なく密着する。

 軽く体を動かしても違和感は覚えない。

 ほぼ未調整でこれならば、シズカの説明通りに性能には何の問題もないのだろう。


 アキラは強化服の収納ケースを閉じて車に積む。

 強化服の身体能力強化により軽々と積み込むことができた。


 シズカがアキラに微笑ほほえみながら話す。


「これでアキラの新装備一式の確認は済んだわね。

 アキラの御期待には応えられたかしら?」


「はい。

 本当にありがとう御座いました」


「それは良かったわ。

 これからも当店をよろしく御贔屓ひいきに」


 シズカは一歩アキラに近付き、優しくアキラを抱き締める。


「……またハンター稼業に戻るんでしょうけど、十分気を付けなさい。

 良いわね?」


「はい」


 アキラはシズカから離れて車に乗る。

 軽く手を振ってアキラを見送るシズカに会釈して、アキラは家に戻るために車を走らせた。


 シズカはアキラが見えなくなった後、軽く息を吐いて苦笑した。


「……不味まずい。

 大分入れ込んじゃってるわね。

 もっと割り切れる性格のはずだったんだけど。

 アキラの払いが良くなければ、大変なことになるところだわ」


 このままだと赤字覚悟でアキラの装備を都合しかねない。

 シズカは自分に強く言い聞かせ、心を落ち着かせて店のカウンターに戻った。




 アキラの装備が一新されてから3日後、アキラは自分の車で荒野を駆けていた。


 車に搭載されている制御装置は既にアルファに掌握されている。

 そのためアルファが車を運転することも可能だが、運転技術の訓練も兼ねてアキラが運転している。


 アキラの新装備の慣らし、強化服を着て動き回ったり、新しい銃の試し撃ちをしたりなどは既に済ませている。

 今日が新装備でのアキラのハンター活動再開の初日だ。


 アキラ達の目的地は、クズスハラ街遺跡の地下街に行く前に一度だけ寄った場所だ。

 アキラ達がリオンズテイル社の端末設置場所を探していた時に、設置場所を示す矢印が地下を示していた場所だ。


 大量の瓦礫がれきの散乱するこの荒野には地上にそれらしい建物はない。

 しかし地下にクズスハラ街遺跡の地下街のような旧世界の遺跡が存在する可能性があるのだ。


 未調査の旧世界の遺跡に大量の遺物が残っていれば大もうけだ。

 そのような夢を見るハンター達が荒野を駆け、東部の調査を進めてきたのだ。

 そして成功者の一部は一晩で富豪となってハンターを辞めていき、更に多くのハンターがその後に続こうと荒野に繰り出して、そのまま荒野に飲み込まれ消えていくのだ。


 アキラは車の制御装置のモニターに表示されているナビゲーターに従って車を走らせる。

 モニターには到着予定の残り時間も表示されている。


 アキラが助手席に座っているアルファに話しかける。


「しかしこんなに早く自分の車が手に入るとは思わなかったな。

 これで俺がもし未発見の旧世界の遺跡を見つけても、他のハンターにすぐにはバレないんだろう?

 レンタル車両だと返した時に移動ログから見つかる可能性があるって話だったよな」


『ええ。

 討伐依頼を受けても同じだから、今回は討伐依頼を受けていないから注意してね。

 モンスターとの交戦は弾薬費がかさむだけよ。

 倒したモンスターを持って帰って売りでもしない限りね』


「持って帰った方が良いか?

 倒したモンスターの買取りはハンターオフィスの買い取り所でもやってたはずだ」


『止めましょう。

 そういうのは事前に買い取り価格の相場や金になる部位の知識、運搬手段や戦力を整えて、黒字になることを見越してやるものよ。

 買取り額を下げないモンスターの倒し方とかも重要よ。

 極論だけれど、DVTSミニガンでミンチにした生物系モンスターを買い取ってくれると思う?』


「思わない」


『そうでしょう?

 それに余計な荷物を詰め込めば、その分だけ車の速度も落ちるわ。

 ついでに持って帰ろう程度の考えなら邪魔なだけよ』


「了解だ。

 止めにする」


 モンスターをたくさん倒して持ち帰れば金になる。

 スラム街にいた頃のアキラは漠然とそう考えていた。

 しかし現実にはモンスターを闇雲に適当に大量に倒しても大金にはならないようだ。


「それにしても……」


 アキラが助手席に座っているアルファの格好を改めて見る。


 アルファは純白のドレスを着ていた。

 上品な光沢のある布地を幾重にも重ねた鮮烈な白の輝きは、軽い神々しさすら感じさせる。

 白の長手袋と手首まで伸びている袖が手と腕の肌を隠し、床まで伸びている裾が足の肌を隠している。

 首元から下の肌を執拗しつように隠そうとする意思が感じられるデザインのドレスだ。


 本来なら布地が車のあらゆる場所に引っかかり、乗車すら至難な格好だ。

 視覚的な存在であるアルファだからこそ平然と座っていられるのだ。


「その格好、何とかならないのか?」


『あら、お気に召さない?

 アキラの趣味とは合わないかしら?』


「そういうことじゃなくて、場違い感とでも言えば良いのか、周辺との違和感がすごい。

 荒野に行く人間の格好じゃないよな?」


『その辺はある程度意図的なものだからね。

 前にも説明したでしょ?

 私を認識できる人間がいた場合に、私がそれを発見しやすいようにしているって。

 相手の反応を引き出すために、わざとこんな格好をしているのよ』


「ああ、そうだったな」


『だから私の格好に関しては、できればアキラの方に慣れてほしいわ』


「そう言われてもな。

 ああ、前のメイド服は駄目なのか?

 あっちの方がまだましなんだけど」


『メイド服ね……。

 私の考えすぎかもしれないけれど、メイド服で荒野に行くのはそんなに珍しいことではないのかもしれない。

 だから止めておくわ』


「そんなことはないと思うけどな」


『ほら、この前下位区画をメイド服で歩いていた人がいたでしょ?

 彼女はハンター、若しくはそれに類する武力要員の可能性が高いわ』


「……ああ、確かにいたな」


 アキラはその時のことを思い出して少し不機嫌になった。

 しかし取りあえずそれに付随する様々な感情を脇に置いて平静を保つ。

 あれはあれで無様な醜態だったが、思い出すたびに平静を欠いては恥の上塗りだ。


 アキラはその時のメイド服を着ていた人間、カナエのことを思い出す。

 カナエは一触即発の状況を認識した上で薄笑いすら浮かべ、そのまま戦闘に移行することを望んですらいた気配まであった。

 カナエが荒事を好み、自身の戦闘能力に自信を持つ人間であることは間違いない。

 会話の内容からシオリの同僚である可能性も高い。

 同じぐらいには強いのだろう。


『つまり、そういった職業の者にとって、メイド服はそう珍しくない格好かもしれない。

 荒野にいるハンターがメイド服を着ている同業者を見ても、最近よく見る格好だな、程度で済ませるかもしれないわ』


 ハンターがメイド服を着ていても何もおかしいところはない。

 自身の常識を揺らがせることを耳にしたアキラが微妙な表情で聞き返す。


「そ、それはちょっと無理があるんじゃないか?」


『可能性の話よ。

 例えば、あるハンターが旧世界の遺跡から旧世界の衣類メーカーの倉庫を見つけ出したとする。

 そこで大量のメイド服を見つけ出して、全部持ち帰って売り払ったとする。

 旧世界の技術で作成された衣服は、それが戦闘用として作成された物ではなかったとしても、現在の技術で作成された防護服より高性能な場合があるわ。

 同一の物を同時期に大量に売り払ったために結果として売値が下がり、デザインに目をつぶれば格安の高性能な防護服として大勢のハンターが男女問わず買ったとする。

 そうすれば、荒野にメイド服を着たハンターが彷徨うろついていても不思議はないでしょう?』


「男女問わずって、男も?」


『男も。

 誰だって命は惜しいわ。

 まあ、その場合は町中で着たりはせずに、荒野に出てから着替えるのかもしれないけれどね』


 アキラはその光景を少し想像してみた。


 屈強な男のハンターが低価格高性能なメイド服を着て旧世界の遺跡を探索している。

 そこで彼は同じくメイド服を着た男の同業者と出会う。

 彼らは互いの格好を見て互いの事情を理解し、見なかったことにして、気まずさを残して無言で立ち去っていく。

 その後も似たような状況が続き、開き直った彼らは同じメイド服を着た部隊として、互いの格好を気にすることなく遺跡の探索を続けていく。

 やがて……。


 アキラはそこでその先の想像を打ち切った。


「……俺の常識が崩れていくな」


『常識というものは日々変わっていくものよ』


 どこかズレた会話を続けながら、アキラ達は荒野を進んでいった。


 可能な限りモンスターとの遭遇を避けたため、アキラ達は到着予定時刻を少し過ぎた時刻に目的地に到着した。

 アキラは車を瓦礫がれきの陰に停車させる。

 その上で周辺の景色に合わせた迷彩シートを車の上にかぶせる。

 そこに車があると知っているアキラにはすぐに分かるが、知らない人間が目視で探すのは非常に困難だ。


「大丈夫かな?」


 アキラが車を見ながらつぶやいた。

 せっかく手に入れた車だ。

 誰かに盗まれたり、モンスターに壊されたりするのは避けたい。


『多分ね。

 それを気にして遺跡探索ができなくなったら本末転倒よ。

 ある程度は割り切りなさい』


 アキラが思っているほど荒野に止めてあるハンターの車を盗むのは簡単ではない。

 ハンター側もそれなりの防衛策を取っているからだ。


 車に自動戦闘機能を持つ制御装置が搭載されている場合、盗むがわが車に反撃されて殺されることもある。

 基本的に割に合わないのだ。

 だからといって普通の車を適当にめておくとあっさり盗まれてしまうこともある。

 そこはもう運の世界だろう。


 残念ながらアキラの運は悪い方だ。

 アキラの防衛策がその不運に太刀打ちできることを願うしかない。


 アキラは周囲を車の停車場所を中心にして円を描くように少しずつ探索していく。

 アキラ達が探しているのは恐らく瓦礫がれきに埋まっているであろう地下への入り口だ。

 当然アキラが目視で瓦礫がれきの散らばっている地面を見ても見つかるわけがなく、情報収集機器による調査が頼りである。


「そういえば、新しい情報収集機器の性能はどれぐらいなんだ?

 前のとは比較にならないぐらい高性能だったりするのか?」


『総合的な性能は、以前の物と然程さほど違いはないわ』


「そうなのか?

 シズカさんがワンランク上の性能があるって言ってなかったっけ?」


『それは強化服としての総合的な性能でしょうね。

 それにエレナに譲ってもらった総合情報収集機器が、かなり高性能だったってこともあるわ。

 あれ、エレナから捨て値で売ってもらったからアキラにも買えたけれど、本来ならあの時のアキラの稼ぎでは絶対買えなかったわ』


「そうだったのか……」


 アキラは改めてエレナに感謝する、そしてこの恩を必ず返すと誓った。


 アキラが周辺の調査を進めてから1時間ほど経過した。

 モンスターの襲撃を警戒しながら念入りに瓦礫がれきの下を調査していることもあり、捜索済みの場所は大して増えていない。

 それでも後から見落としを考えてもう一度同じ場所を捜索する手間は省きたいので、ゆっくりと念入りに調査を進めていく。


 モンスターとの遭遇もなく、調査自体は特に問題もなく順調に進んでいる。

 アキラの拡張された視界には、厳密な目的地、旧世界の企業であるリオンズテイル社の端末設置場所を指し示す矢印が表示されている。

 地中を指し示しているその矢印は調査範囲の中心近くに表示されている。

 アキラ達は既にその矢印から大分離れた所まで調査範囲を広げていた。


「見つからないな。

 もしかして入り口は全然違う場所にあるのか?」


『大きな地下街ならそれだけ多くの出入口があっても良いはずよ。

 考えたくはないけれど、端末設置場所の情報が間違っている可能性もあるわ。

 どうする?

 ここは切り上げて別の場所に向かう?』


「いや、続ける。

 今のところモンスターとの交戦もない。

 調査自体は楽にできているんだし、このまま進めよう」


『分かったわ』


 調査続行。

 アキラ達は更に調査を進めていく。


「この下にクズスハラ街遺跡の地下街のような遺跡が存在していて、出入口もたくさんあったとする。

 アルファが探しても見つからない理由って何だと思う?」


『そうね。

 この場所に存在していたであろう高層建築物の残骸が地面を埋め尽くして、長い年月で土やら何やらが積もりに積もって、当時の地面が地下深くまで埋もれてしまった。

 そんなとこかしら』


「その場合はもう重機でも持ち込まないと無理か?」


『出入口がビルの1階や地下部分にあって、そのビルがある程度原形を残したまま埋まっていれば、そこからビルの中を通っていけると思うわ』


「可能性はあるか」


 アキラはアルファと雑談を続けながら周辺の探索を続けた。

 その後も念入りに探索を続けていく。

 探索場所を既に駐車地点からかなりの距離がある場所まで広げていた。


 車から大分離れてきたので、アキラが駐車場所の変更を考え始めた時だった。

 アルファがアキラに指示を出す。


『止まって』


「モンスターか?」


 アキラが瓦礫がれきを背にして銃を構え、警戒態勢を取る。


『違うわ。

 ようやく目当てのものを見つけたかも』


 アルファが近くの瓦礫がれき、正確にはその下にある地面を指差した。

 同時にアキラの視界が拡張され、情報収集機器から取得した情報を基にアルファが生成した画像が表示される。

 アルファが指差す先には、瓦礫がれきに埋もれている階段が表示されていた。


「やっと見つけた!

 ……と、言いたいところだけど、矢印の場所から随分離れた場所だな。

 地下の遺跡がそれだけ広大なだけなら良いんだけど。

 全然関係ないビルの地下部分へ続く階段の可能性もあるな」


 アキラは少し興奮気味であることを自覚し、ぬか喜びの可能性を意図的に口にして平静さを保った。


『降りて調べるしかないわ。

 邪魔な瓦礫がれき退かしましょう。

 新しい強化服の性能の見せ所ね』


「良し!

 やるか!」


 アキラは意気揚々と瓦礫がれきの撤去作業を開始した。


 アキラはアルファの指示に従って、順番に瓦礫がれきをその場から運び出していく。

 生身では動かすことのできない大きな瓦礫がれきも、着用している強化服の力で何とか退かしていく。


 アルファは運び出した後の瓦礫がれきの位置もアキラに指示している。

 瓦礫がれきけられてあらわとなった階段の場所を周囲から分かりにくくしたり、近くに車を停車させた時に死角になるようにと、いろいろ計算しているのだ。


 アキラの強化服は十全にその機能を発揮した。

 アキラの尽力もあって30分ほどで階段を隠していた瓦礫がれきは取り除かれた。


 アキラは車まで一度戻り、階段の近くの瓦礫がれきの陰まで車を移動させた。

 そして車に設置してあるCWH対物突撃銃を取り外して装備に加える。

 DVTSミニガンも持って行くべきかどうか迷ったが、置いていくことにした。

 これ以上重火器を持ち歩いても邪魔になるし、予備の弾薬をすぐに使い切ってしまいそうだからだ。


 強化服のおかげで重量的な制限は軽減されているが、だからと言ってDVTSミニガンを使用するために山ほど予備の弾薬を持ち歩くわけにもいかない。

 遺跡探索の邪魔となる物は極力減らすべきだろう。


 アキラが階段の前に立って地下に続く階段の奥をのぞき込む。

 視界の先に、階段の奥に、日の光の届かない闇が全てを飲み込もうと無限に広がっているような錯覚を覚えた。


 未発見の旧世界の遺跡から、大量の旧世界の遺物を持ち帰って大金を手に入れる。

 アキラの中からその高揚は消え去った。

 アキラの目の前にあるのは、その希望と欲望を餌に多くのハンターを飲み込んだ化け物の口だ。

 その化け物を内部から食い破り、生還したハンターのみが大金を得られるのだ。


 緊張を高めるアキラに、アルファが追い打ちを掛けるように真剣な表情で忠告する。


『アキラ。

 今のうちに言っておくからしっかり覚えてね。

 地下では私の姿を可能な限り視界の中に入れておくこと。

 私の姿が見えなくなったり、私の声が聞こえなくなったりした場合、つまりアキラが私を認識できなくなった場合は、すぐに引き返しなさい。

 アキラが私を認識できない時は、アキラは私のサポートを全く受けられない状態なの。

 十分注意してね』


 アキラが慌ててアルファを見る。


「全く?

 低下じゃなくてなくなるのか?」


『そうよ。

 勿論もちろん、絶対にそうなるわけではないわ。

 場合にってはそういう遺跡である可能性があって、地下ではその可能性が高まるってこと。

 その場合でも、アキラが私を認識できる場所まで戻れば大丈夫よ』


「クズスハラ街遺跡の地下街では大丈夫だったのにか?」


『クズスハラ街遺跡は私の庭のような場所だからね。

 ある程度は大丈夫なのよ。

 それでも索敵に多少影響は出ていたのよ?』


 アキラは自分の足がすくむのを自覚した。

 今までアキラはアルファのサポートで生き延びてきたのだ。

 それが失われる恐れがあるのだ。

 アキラが奥に進むのを躊躇ちゅうちょするのも無理はない。


『怖いなら無理をしなくても良いのよ?

 アキラの命に関わることだから、地下の遺跡は切り捨てて探索は地上の遺跡に絞るって手もあるわ』


「……アルファから止めないってことは、危険性は低いし、普通なら俺でも十分対処できるってことだろう?」


『それはそうだけど……』


「なら行く。

 勇気と覚悟は俺の分担だ。

 そうだろ?」


 アキラは気合を入れて強がって笑顔を浮かべる。

 その笑顔がアキラの顔に張り付き、真実となるように力強く笑う。

 アキラの努力で克服できることは、アキラがするべきことなのだ。

 それはアキラがアルファに出会う前から変わっていない。


 アキラがスラム街にいた頃にできたことを、より恵まれた環境でするだけのことだ。

 アキラは覚悟を決めた。


 アルファもアキラに笑顔を返す。


『分かったわ。

 行きましょう』


 アキラは意を決して、階段を降り始めた。

 そしてすぐに戻ってくる。


 アルファが不思議そうに尋ねる。


『どうしたの?』


「やっぱりアレも持って行こう。

 その弾薬が尽きかけたら引き返すってことにする」


 アキラは車まで戻るとDVTSミニガンを取り外して携帯する。

 意気込みを入れて階段を降りたのにすぐに戻ったアキラを見て、アルファが少し笑っていた。


 アキラが少しばつが悪そうな表情でつぶやく。


「……何だよ」


『何でもないわ。

 慎重なのは良いことよ?』


 アルファは笑ってそう答えた。

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