第58話 索敵手段

 アキラを追跡していたケインとネリアは、アキラが隠れているビルをあっさり見つけ出した。


 ケインとネリアの重装強化服には高性能な情報収集機器が搭載されている。

 そしてアキラにはケインの攻撃で爆煙等の物質が付着している。

 その情報収集機器でアキラの移動の痕跡を見つけ出すことは、たとえ色無しの霧の影響下であっても情報収集範囲を絞って精度を上げさえすれば、然程さほど難しいことでなかった。


 ケインがビルの外観を見ながらネリアに話す。


『あそこか。

 外を走って逃げると俺達に追いつかれると考えて逃げ込んだのか?』


『多分ね。

 追いかける手間が省けたわ。

 パッパと片付けましょう』


『そうだな』


 ケインがそう答えた瞬間、ケインの重装強化服の力場装甲フォースフィールドアーマーが着弾の衝撃で強い衝撃変換光を放った。

 アキラがビルの窓からケインを狙撃したのだ。


 ネリアがケインの陰に隠れながら話す。


『向こうもやる気みたいね』


めやがって!』


 ケインの重装強化服の制御装置が着弾の衝撃から狙撃位置を割り出した。

 頭部のカメラがビルの窓からCWH対物突撃銃を構えているアキラの姿を捉える。


 ケインが4本の腕の重火器を素早くアキラへ向けて反撃する。

 大口径の銃口から放たれた大量の銃弾が派手な音を立ててビルの側面に激突する。


 大型の重装強化服や人型兵器でなければ扱えない大型の銃から放たれた弾丸は、並の鉄板など紙切れのように貫く威力を持っている。

 その威力にもかかわらず、ビルの壁は多少削れた程度の損傷しか受けなかった。


 ネリアが意外そうな声で話す。


『結構丈夫なビルね。

 外壁だけかもしれないけど。

 いつ頃の建築物かしら』


 旧世界の建築物といってもいろいろある。

 地域や場所や年代で、文化も技術も多種多様な違いを見せる。

 クズスハラ街遺跡を造った文明の時期も正確には分かっていない。

 ネリアはアキラが潜むビルの頑丈さからそれを少し推察してみた。


 ケインがネリアの素朴な疑問を一蹴して話す。


『知るか!

 どうだ!

 やったか!?』


『駄目ね。

 制御装置のロックは解除されていないわ』


『またか!』


 叫んでいるケインに再びCWH対物突撃銃の専用弾が着弾した。

 先ほどの攻撃をかわしたアキラがビルの廊下を駆けて別の窓から再び狙撃したのだ。


『調子に乗りやがっ……!』


 弾丸が再びケインに着弾して、ケインの愚痴を中断させた。

 相手の反撃が遅れると読んだアキラが素早く次弾を放ったのだ。


『……クソがっ!』


 ケインが体勢を立て直して反撃に移る。

 ネリアもケインを盾にしながら反撃に加わる。

 並の戦車程度なら大破させる銃弾の嵐が、ビルの側面のアキラがいた辺りにたたき込まれる。

 その一部がビルの窓を通って内部の通路へ入り込み、通路の壁に大量の穴を穿うがった。


 アキラはアルファの指示通りに素早く移動することで銃弾の嵐から逃れていた。

 通路の脇に身を潜めていたアキラが、ケインの攻撃で崩れかかっている壁を見て険しい表情でアルファに話す。


『何て威力だ!

 あんなのを食らったら原形なんか欠片かけらも残らないぞ!』


『CWH対物突撃銃の専用弾ほどではないけれど、近い価格帯の威力はありそうね』


『こっちは単発。

 向こうは連射可能。

 こっちは食らえば即死。

 向こうはまともに食らっても少し蹌踉よろけるだけ。

 無茶苦茶むちゃくちゃだな』


 アキラが苦笑する。

 ケイン達に立ち向かう覚悟を決めたとはいえ、それでケイン達が弱くなるわけではないのだ。


 アキラが握っているCWH対物突撃銃を見る。

 地下街では場違いなほどに過剰な威力を誇っていたはずの銃だった。

 それが今では敵を少々蹌踉よろけさせる程度のものに成り下がっている。


 それでもこの銃がアキラの生命線であることは確かだ。

 強装弾を装填したAAH突撃銃程度では、幾ら銃撃しても傘で雨粒を防ぐようにはじかれるだろう。


『CWH対物突撃銃の専用弾なら戦車でも狩れるって聞いていたのにな』


『どんな戦車でも倒せるとは言っていなかったでしょう?』


『そうだけどさ。

 撃って命中させても敵にダメージを与えた実感がないと、こっちの攻撃が通じているか不安になってくる。

 こっちの攻撃は相手にどの程度効果があるんだ?

 一応通じてはいるんだよな?』


『大型の機体だからジェネレーターも大型なのよ。

 恐らくその出力の大半を力場装甲フォースフィールドアーマーに割り当てているのでしょうね。

 幾ら撃っても一見効果がないように見えるけど、着弾のたびに相応のエネルギーを消費していることに違いはないわ。

 ちゃんと効果はあるから、気にせずに撃ち続けなさい』


『了解だ』


 効果の程がどの程度であろうと、アキラにできることは限られているのだ。

 アキラは身を低くして廊下を滑るように移動しながら次の狙撃位置に向かった。


 身を低くして通路を移動しているアキラの視界には、壁の外側にいる本来見えないはずのケイン達の姿がしっかりと映っている。

 アルファがアキラの視界を拡張して表示しているのだ。


 そのおかげでアキラは窓から身を乗り出してケイン達に銃の照準を合わせる時間を極限まで短縮することができていた。

 アキラが銃を構えてから敵を狙うなどという悠長なことをしていれば、ケインの反撃を回避する時間など生まれない。

 一瞬の遅れがアキラの命を奪う。

 その一瞬の猶予を保ち続けるために、アキラは全神経を集中して、時間のゆがみすら覚えながら銃撃を繰り返す。


 アキラは一瞬だけ窓枠から身をさらしてケインを狙撃すると、発砲直後に素早く身を隠してすぐに次の狙撃位置に移動する。

 アキラは命を賭けたモグラたたきのモグラ側だ。

 しかも1回でもたたかれれば終わりだ。

 その1回を阻止するために、同時に敵に攻撃するために、アキラはぎりぎりの狙撃を繰り返していた。




 一方、モグラをたたがわであるケインは、重装強化服の巨大な腕で持つ巨大な銃をビルの窓に向けて、アキラが銃撃のために窓から姿を現す瞬間を待っていた。

 4本の腕でもつ4ちょうの銃を4つの窓に向けてアキラの出現に備える。

 ビルの側面にある窓の数はケインの銃の数より多い。


 ケインは山勘で窓を狙っている。

 狙っている窓からアキラが姿を現した瞬間に銃撃できるように備えている。

 ケインが選択している窓からアキラが現れれば、それでアキラは死ぬのだ。

 そして力場装甲フォースフィールドアーマーで守られているケインは、たとえ選ぶ窓の選択を間違えても、その所為でアキラからの銃撃を真面まともに食らっても、何度でもやり直せるのだ。

 圧倒的に有利なのはケインだ。

 ケインは余裕を保っていた。


 ケインが山を張っていた窓ではない箇所からアキラがケインを銃撃する。

 着弾でケインの機体が揺らぐ。

 ケインは即座に反撃するが、アキラはケインが銃の照準を別の窓に移動させている間に隠れてしまう。


『外したか。

 次だ』


 アキラが再び別の窓からケインを攻撃する。

 ケインの反撃は間に合わなかった。

 大型の重装強化服の腕はかなりの重量がある。

 その腕が持つ巨大な銃もやはり相応の重量がある。

 その重量に加え、ケインは大型ジェネレーターの出力を力場装甲フォースフィールドアーマーに回しているため、照準を合わせようとする動きが少し鈍っていた。


『またか。

 次だ』


 ケインはたった一度だけアキラが狙撃位置として選んだ窓を当てれば良い。

 それでケインの勝ちだ。

 しかしアキラはケインの選択をかわし続けている。

 単純な確率から判断すればケインは既に3回アキラを殺しているはずだ。


 ケインがアキラの攻撃を食らいながら反撃を続ける。

 次に当てれば良いと考えていたケインも、ここまで外すと流石さすが苛立いらだちを高めていく。


『次だ。

 ……次だ。

 ……次だ。

 ……クソが!

 次だ!』


 ケインは単純に運の問題だと考えて苛立いらだちを高めていたが、それは偶然ではなかった。

 アルファがアキラに正解の窓を、ケインの攻撃を最もかわしやすい窓を教えていたからだ。


 アルファはその索敵能力でケインの射撃体勢を読み取り、銃口の向きから精密な弾道予測を実施することで、ケインが選択した窓を完全に見切っていた。

 その上で最も安全な窓からアキラに銃撃させていたのだ。


 ケインが何らかの方法で自分の選択を読まれていることに気づけなかったのは、そのアルファの助けがあってもアキラの回避がぎりぎりだったからだ。

 ケインの攻撃をアキラが余裕を持って回避していれば、ケインも流石さすがに不審に思っただろう。

 アキラの未熟さがケインの気付きを遅らせていた。


『クソが!

 クソが!

 クソがぁ!』


 ケインが苛立いらだちの声を上げた。

 ネリアが少し不満そうな声でケインに話す。


『ケイン。

 うるさいわ。

 わめくなら通信を切ってからにしてちょうだい』


『ネリア!

 お前もちゃんと狙え!』


『言われなくても狙ってるわ。

 こっちもケインと同じでかわされてるの。

 それにしても、まさかここまでかわすとはね。

 ヤジマを殺した実力は本物ってことかしら。

 やっぱりクガマヤマ都市のエージェントかもしれないわね』


 ネリアが自分で話したことから推察を次に進めて話す。


『そうすると、何らかの方法でこっちの動きを読んでいる?

 ケインのミサイルから生き残ったのも、今の攻撃を読まれているのもその所為?』


 ケインが怪訝けげんそうな声で尋ねる。


『どういうことだ?

 あのガキが都市のエージェントだとして、それが俺達の攻撃をかわす理由になるのか?

 都市のエージェントだから高性能な情報収集機器を持っていて、それで俺達の動きを探っていると?

 あり得ねえ。

 あの距離から俺達の攻撃方向を見切るほど高性能な情報収集機器を使われているとでも言いたいのか?

 ただでさえ今は色無しの霧の影響下なんだぞ?

 いや、存在するだろうが、そこまで高性能なものになると、最前線のハンターが使用するレベルだ。

 この辺りにいるようなやつが使うようなものじゃねえ』


『違うわ。

 そういうことじゃないわ。

 まあ、似たようなものとも言えるけどね』


 話を勿体もったい振るネリアに、ケインが少し苛立いらだちを高めて再度尋ねる。


『だから、どういうことだ。

 ちゃんと話せ』


『クズスハラ街遺跡の設備の一部が今も稼働中ってことぐらいはケインも知っているでしょう?

 遺跡奥部の立派な高層ビルを見れば一目瞭然だわ。

 旧世界時代のかなり重要な施設が存在していて、強力な警備機械が今も警備を続けている。

 クガマヤマ都市の最終目標はその施設の奪取とも言われているわ』


『それぐらいは俺も知ってる。

 それとこれと何の関係があるんだ?』


『都市の部隊がクズスハラ街遺跡から持ち帰った旧世界の遺物に、クズスハラ街遺跡の全体マップを詳細にリアルタイムで表示する装置があったそうよ。

 ……その全体マップへの接続技術だったかもしれないわ。

 どっちだったっけ……』


『だから、それが何の関係があるんだ?

 勿体もったい振るな!』


『察しの悪い男ね。

 言ったでしょう?

 クズスハラ街遺跡の全体マップを、詳細に、リアルタイムで表示するって。

 旧世界の技術の異常さは知っているでしょう?

 下手をすると、私達がさっき撃った弾丸すら、その1発1発まで正確に表示している可能性があるわ。

 勿論もちろんここにいる私達もね。

 つまりその全体マップは、クズスハラ街遺跡でしか使用できない超高性能な情報収集機器として使用できるかもしれない。

 そのデータを解析すれば、私達がどこを狙っているかぐらい識別できるかもしれないわ』


 ケインが予想外の驚きを含んだ口調で聞き返す。


『……マジか?』


『飽くまで可能性の話よ。

 余談だけど、その話が出回った時期に別の話も出回ったのよね。

 クズスハラ街遺跡の怪談の一つ、誘う亡霊よ。

 何らかの方法でその全体マップにアクセスすると亡霊を見るようになって取り殺されるってやつよ。

 案外、クズスハラ街遺跡の利権を独占したいクガマヤマ都市が外部に出回ってしまった接続手段を隠蔽するために、そういう怪談を意図的に流したのかもね。

 だから、もしかしたら都市のエージェントなら、秘匿されている接続手段を持っているかもしれない……』


 ネリアは少し楽しげに自分の知識を語っていたが、ケインの奇妙な沈黙に気付いて怪訝けげんそうな声で尋ねる。


『……ケイン?

 ちょっと、ケイン?』


 ケインが苛立いらだちを最大限に高めた声を出す。


『…………めやがって!』


 モグラたたきのモグラは、たたかれる穴を事前に知っていた。

 そう解釈したケインが自分は手玉に取られていたと判断して激高した。


『吹っ飛ばしてやる!』


 ケインは高ぶった感情のままにモグラたたきの全ての穴を塞ぎに掛かった。




 アキラは次の狙撃位置へ移動していた。

 そのアキラにアルファが険しい表情で指示を出す。


『アキラ!

 すぐにビルのもっと内側へ逃げて!』


 アルファの指示と同時にアキラの強化服が操作される。

 ビルの外に接している通路から、アキラをより内側の部屋へ駆け込ませようとする。

 アキラはその動きに逆らわずに全力で通路から逃げ出した。


 アキラはそのまま様々な物が散乱する部屋の中を駆け抜けて、先ほどまでいた通路からできる限り離れようとする。

 アキラもアルファの表情と声からその場にとどまることが非常に危険なことは理解していた。

 しかしその理由までは分からない。


 その理由をアルファに尋ねる前に、アキラはその理由を非常に分かりやすく知ることができた。

 アキラの後方から無数の爆発音が響き、爆炎と爆風が荒れ狂う。

 吹き飛ばされた瓦礫がれきの塊がアキラの横を駆け抜けていく。

 そしてそのアキラの姿が爆煙に飲み込まれた。




 ケインの重装強化服に搭載されている二機の小型ミサイルポッドから大量のミサイルが放たれていた。

 ミサイルはビルの側面のアキラがいた階の窓、その全てに殺到していた。

 そして一斉にビルの中に飛び込み、壁に激突して大爆発を起こした。


 ミサイルの爆発が比較的狭い通路に圧縮されていた。

 ビルの窓から爆煙が逆流していた。


 ネリアが慌てた声を出す。


『ちょっと!

 何をやってるのよ!

 死体を木っ端微塵みじんにしたら死後報復依頼プログラムの認証が通らなくなるかもしれないって言ったでしょう!?』


 ケインが大声で反論する。


『うるせえ!

 都市のエージェントの装備なら、あれでも死体の原形ぐらい残ってるに決まってる!

 うだうだ銃撃し続けるより良いだろうが!

 第一、あれで死亡判定が出ないなら、そもそも認証機能が狂ってるんじゃねえか?

 プログラムも解除キーの人物があの場にいることは認識していたはずだ。

 どうだ。

 認証は通ったか?』


『ちょっとまって。

 確認するわ。

 ……駄目ね。

 外れてないわ』


『ふん!

 プログラムによる判定だと、死んでないって言いたい訳か?

 ヤジマのやつ、絶対に認証しないようにプログラムをいじったんじゃないだろうな』


『私が調べた限りは、プログラムの認証機能に改竄かいざんの跡はなかったけどね』


 ケインのいらつき具合を察したネリアが軽いめ息を吐いて話す。


『……仕方がないわね。

 私がじかに行ってちょっと見てくるわ。

 死体の一部でも至近距離で撮影すれば、流石さすがに大丈夫でしょう。

 万一対象が生きていたら、ついでに殺してくるわ』


『ネリアだけで行くのか?』


『またケインに原形もなくなるほど派手に吹っ飛ばされても困るわ。

 私が刻めば確実よ』


 ネリアの重装強化服の後部が開き、中からネリアが出てきた。


 ネリアはヤジマと同じ義体者だ。

 外見は妙齢の美女である。

 人工物であることの利点を生かし、ネリアの体は蠱惑こわく的で肉感的な体付きに調整されていた。

 生身ならばその体型の取得と維持には生まれつきの美貌の才が必須となるだろう。


 ネリアは薄手の半透明のボディースーツを着用していた。

 義体者の中には自分の体を服のようにしか感じられず、肌を露出することに抵抗がない者もいる。

 また、作り物の体であっても生身と差がないと自他に示すために、意図的に肌の露出を増やす者もいる。

 そのどちらか、あるいは両方の理由なのか、ネリアが着ているボディースーツは体を半分程しか覆っていなかった。

 露出している肌には何らかの接続端子の接続口が存在していて、重装強化服と細いコードでつながっていた。


 ネリアが体からコードを外すと、コードが重装強化服に巻き取られていく。

 ネリアがケインを見上げながら話す。


「何かあれば連絡するわ。

 ケインは一応ビルの周囲を警戒しておいて。

 あのビルだと私の強化服でも移動の邪魔になりそうだから置いていくけど、勝手にいじらないでよ」


 ケインが外部音声で答える。


「分かったよ。

 いつも通り、銃は持っていかないのか?

 使うなら俺のを貸してやるぞ?

 ちょっとデカいけどな」


 ケインがそう言って揶揄うように自分の巨大な銃を軽く動かす。


「要らないわ。

 近距離での戦闘なら邪魔なだけよ」


 ネリアはそう言って不敵に笑った。

 そして自分の重装強化服の中からベルトに固定されている自分の装備を取りだした。

 ネリアが取り出したベルトには、切れ味の悪そうなナイフや、刃物の柄のようなものが取り付けられていた。




 アキラが床にうつぶせに倒れている。

 そのアキラの腕が動いた。

 体に痛みはあるものの、アキラの意識はしっかりしていた。


「……またかよ。

 今度は気絶しなかったぞ」


 アキラが日に2度も爆煙に塗れたことを嘆く。

 それでも日に2度もモンスターの群れに襲われるよりはましだろう。


 アキラが顔を上げると、しゃがんでアキラを見ているアルファの姿が見えた。


『アキラ。

 意識があるなら早く起きて』


『了解だ』


 アキラはアルファの表情から、取りあえず致命的な危機的状況からは脱したことを理解した。

 しかし危険な状況から脱していないことも理解した。


『起きたら回復薬を使って。

 移動はしなくて良いわ。

 この場から動かずに休んでいて』


『分かった。

 でも確か回復薬はもう使い切ったはずだ』


『安いやつはまだ残っているわ。

 使わないよりはましよ』


 アキラは身を起こすとアルファの指示通りにリュックサックから安い回復薬を取り出した。


 短時間での大量使用を避けること。

 回復薬の箱には使用上の注意がよく見えるように比較的大きな文字でそう記載されている。

 それを読んだアキラの手が一瞬止まったが、アキラは覚悟を決めてその注意書きを完全に無視した。


 アキラが安い回復薬を飲みながら苦笑する。


『……絶対体に悪いんだろうな。

 あの時みたいにまたぶっ倒れそうだ』


 アルファが軽く笑って話す。


『あの時と同じなら、アキラが倒れるのは敵を倒して安全になってからになるわ。

 同じ結果になることを期待しましょう』


『そうなると良いんだけどな』


 アキラが空になった箱を握りつぶして投げ捨てる。

 安い回復薬もこれで使い切った。

 アキラの体内に残留している回復薬の効果は今もアキラの体を治療中だ。

 その効果もじきに消える。

 アキラが次に重傷を負えば、それはそのまま致命傷となるだろう。


 アキラはじっとして可能な限り回復効果を高めている。

 ふとアキラが疑問に思う。


『そもそも俺は何であいつらに襲われたんだ?

 アルファ。

 何か知らないか?』


『残念だけど私にも分からないわ。

 これは予想だけど、アキラが地下街で殺したやつの仲間かもしれないわね。

 自分が死んでも仲間が敵を取ってくれるって言っていたでしょう?

 死ぬ前に何らかの方法で伝えていたのかもしれないわ』


『そうだとしたら、随分と仲間思いなんだな。

 もしそうなら、さっきの攻撃で俺を殺したって判断して帰ってくれないかな。

 普通なら死んでるだろう?』


『どうかしら。

 既にアキラは普通なら死んでいる攻撃を受けて生き残ったどころか反撃までしているわ』


『そうだった。

 ……これなら地下街にいた方が良かった。

 ついてないな。

 やっぱりアレか?

 人質を見捨てようとしたから運気が落ちてるのか?

 結果的に助かったんだから良いじゃないか……』


 アキラは自分で何となくそうつぶやいたことを信じてしまいそうになり、大きくめ息を吐いた。

 そのアキラを見てアルファも苦笑していた。




 既にビル内に入っていたネリアが通路の途中で立ち止まる。


 ネリアの義体には情報収集機器が組み込まれている。

 それは重装強化服の情報収集機器より低性能で、このビルの内部を調査するには大分性能が足りていない。


(色無しの霧の影響で情報収集機器の性能が大分落ちている。

 これなら切っても良いか)


 ネリアが軽く笑う。

 内蔵の情報収集機器を停止させることで索敵の精度は更に低下する。

 それにもかかわらずネリアが笑う理由は、ネリアの私物にあった。


(こんなに早く使う機会が来るとはね。

 ついてるわ)


 ネリア達は集めた旧世界の遺物を輸送車両に積み込んだが、ネリアはその遺物の一部をこっそり懐に入れていた。

 その旧世界の遺物の中には、ネリアがケインに話したクズスハラ街遺跡のマップへの接続機器が含まれていたのだ。


(さて、こっちの性能の方はどうかしら?)


 ネリアがその機器接続を起動する。

 そしてそこから得た情報を変換し調整して自分の視界に拡張表示させる。

 するとビル全体の様子がネリアの視界に詳しく表示された。


 期待通りの効果にネリアが笑みを深める。


上手うまく行ったわ。

 表示情報をこのビルに限定して、その上で更にデータ量を間引いたから私の処理性能でも大丈夫そうね。

 それでもかなりのデータ量になったけど。

 このデータ量だとやっぱり情報収集機器と併用はできないか。

 まあ、良いでしょう。

 どうせ色無しの霧の所為で、ないよりはまし程度の精度しかない訳だしね。

 さて、あいつはどこにいる?)


 ネリアがアキラを探す。

 今のネリアはこのビルに限定してだが壁の向こうまで見えるようになっている。

 アキラはすぐに見つかった。


 アキラ達の姿を見たネリアが驚きの表情を浮かべる。

 ネリアがケインに連絡を取る。


『ケイン。

 そっちはどう?』


『何も。

 そっちは?

 あいつの死体を見つけたのか?』


『ケイン。

 死後報復依頼プログラムの認証は正しかったわ。

 あいつ、まだ生きている』


『何だと!?』


『恐らくあいつは本当に都市のエージェントよ。

 少年型の高性能な義体でも使っているんでしょうね。

 その義体の出力でケインの攻撃を防ぐなりかわすなりしたのよ』


『何で都市のエージェントが態々わざわざ少年型の義体なんて使ってるんだ?

 大人型より性能が落ちるだろう。

 少なくとも費用対効果は下がるはずだ』


『多分エージェントだとバレないように子供のハンターに紛れていたんじゃない?

 地下街にはドランカムに所属している子供のハンターが大勢いたらしいわ』


『そういうことか。

 ……ってことは、都市は少なくとも念のためにエージェントを紛れ込ませる程度の情報をつかんでいたってことか。

 一体どこから漏れた?』


『さあね。

 ただ、あいつが一人で地下街を出たのは多分私達の襲撃を仮設基地に連絡するためよ。

 色無しの霧の影響で仮設基地との連絡ができないから直接伝えに向かったのよ』


『その途中を攻撃できたのはラッキーだったってことか。

 その分だけ仮設基地にいる防衛隊の到着が遅れるはずだ。

 で、どうするんだ?

 都市のエージェントってことは、並の実力じゃないんだろう?』


『当然殺すわ。

 当たり前でしょう?

 この狭い空間で私が負けるとでも思ってるの?

 ケインはそのまま周囲を警戒しておいて。

 すぐに済ませるわ』


『了解だ。

 急げよ』


 ネリアがケインとの通信を切る。

 ネリアはアキラ達を見て少し意外そうな表情を浮かべた後、余裕の笑みに戻した。


「それにしても、2人いるとはね。

 ここに逃げ込んだのは偶然じゃなかったってこと?

 仲間と合流するために意図的にここに来たの?」


 ネリアは複数の壁の向こうにいるアキラと、そのアキラのそばにいるアルファの姿を視認していた。

 ケインにアルファのことを話さなかったのは、ひそかに私物にした遺物のことをケインに気付かれるのを避けるためだ。


「まあ、関係ないけどね」


 ネリアは笑ってナイフを抜いた。

 そのナイフの刃は丸められていた。

 切れ味などないに等しいように見えるナイフだった。

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