第38話 仮設基地構築補助依頼

 アキラは宿の部屋で装備の整備をしながら、ヒガラカ住宅街遺跡での出来事をアルファと話していた。


「それで、結局あの女性は何だったんだ?」


『あれは非実在形式の人材派遣業みたいなものよ。

 あの地下室には旧領域に接続可能な機器が設置されていたようね。

 あの限られた位置にいないと接続できない上に、接続先も限定されていて汎用的な使用はできない機器なのだと思うわ』


 アキラが少し怪訝けげんな表情を浮かべる。


「……人を派遣って、実際にはいないんだよな?」


『世の中には知覚できて受け答えができれば可能な仕事はいろいろあるのよ』


「そういうものなのか?」


『そうよ。

 証拠ならアキラの目の前にいるでしょう?』


 アルファが得意げに笑って自分を指差した。

 アキラは納得してうなずいた。


「確かに」


 屋敷の地下室、しかも隠し部屋に、実在しないとはいえメイド服の美女を派遣する。

 いろいろと知識に欠けているアキラは、そのことに特に何も感じず、思わず、気にしなかった。


 アルファも一々教えたりはしなかった。

 もしアキラが何らかの反応を示していれば、明日からアルファの格好がメイド服を基本としたものになっていた可能性もあったが、それは避けられた。


 アルファが話を続ける。


『アキラ。

 忠告するけれど、あの地下室に旧領域への接続機器があることを誰かに話しては駄目よ。

 機器を探して取り出して売るのも駄目だからね』


「何でだ?

 貴重な装置なんだろ?

 売れば高値になるんじゃないか?」


 アルファが真剣な表情で強く答える。


『絶対駄目』


 アキラは自身の素朴な疑問に痛烈な忠告が返ってきたことに驚きながらも、アルファの態度から相応の理由があることは理解した。


「分かった。

 話さないし、売ろうともしない。

 でもその理由ぐらいは教えてくれ」


『旧領域への接続機器は非常に貴重な遺物なの。

 そこまで貴重な遺物だと、入手場所や入手方法について詳しく聞かれる可能性が高いわ。

 その過程でアキラが旧領域接続者だと露見する可能性があるからよ。

 アキラが自分を旧領域接続者だと自覚していなければ、それだけ露見する可能性も低くなると判断して今まで教えていなかったわ。

 でも自覚した以上、絶対に秘密にしないと駄目よ。

 もし誰かにバレたら、楽には死ねないと思いなさい』


 アルファはそのままアキラに、旧領域接続者の有用性と危険性を教え込んだ。

 最悪の場合、生きていれば人体実験の対象となり、死んでいれば脳構造を念入りに解剖されると聞いて、アキラが顔色を非常に悪くして嘆く。


「……正直、知りたくなかった。

 いや、自覚がないまま捕まるよりはましだったか?

 いや、やっぱり知りたくなかった!」


『黙っていれば案外ばれないものよ。

 私もサポートするわ。

 自分は接続者だとうそを吐く人もいるし、注意すれば大丈夫よ』


「何でそんなうそを吐くやつがいるんだ?」


『接続者はその性質上優秀な情報処理者であることが多いの。

 有能なハッカーが自分の能力を宣伝するためにそういううそを吐く場合もあるわ。

 むしろ本物は黙っているでしょうけれどね』


 アキラが盛大にめ息を吐く。

 そしてそのまま思いっきり項垂うなだれる。

 そのまま10秒ほど非常に落ち込んだ態度を取っていたが、急に勢い良く顔を上げた。


「よし!

 俺が旧領域接続者だからアルファに出会えて今も生き残っている!

 俺は運が良かった!

 そう決めた!」


 アキラは誰よりも自分自身にそう言い聞かせるために、はっきりとそう言い切った。

 そう言い切って完全に気持ちを切り替え終えた。

 少々無理矢理やりだったが、そこは勢いで誤魔化ごまかしていた。


 アルファがアキラの様子を見て微笑ほほえむ。


『アキラ。

 ショックから立ち直ったのは良いことだけれど、声が大きいわ。

 今は大丈夫だったけれど、誰かに聞かれたら大変だったわよ?

 気を付けなさい』


 我に返ったアキラが少し震えながら聞き直す。


「……あ、危なかった。

 ほ、本当に大丈夫だった?」


『大丈夫よ。

 アキラの声が聞こえる範囲には誰もいないわ。

 盗聴器の類いも無し。

 私がしっかり調べたから大丈夫よ』


 アキラが安堵あんどの息を吐く。

 アルファはアキラが事の深刻さを理解したことを把握して、満足げに微笑ほほえんだ。


『さて、怖い話はこれぐらいにして、今度は今回の収穫の話をしますか』


 アルファは今回の収穫についてアキラに説明を始めた。


 アキラが見たメイド服の女性は、非実在形式の人材派遣業を行っている旧世界の企業が旧領域を中継して表示しているものだった。

 それは旧世界の企業の施設と、現在も稼動している遺跡とが接続していることを意味する。

 設備が生きている遺跡との接続は東部の者達に多くの利益を生む。

 旧世界の知識、技術、製品、その他様々なものを入手する重要な手段になるからだ。


 東部では旧領域との接続手段そのものが非常に高値で売買される。

 統治企業やハンターオフィスに売りに行けば高額で売却できる。


 アキラもアルファの説明を聞いて、その価値は理解した。

 しかし今の自分に直接的な利益を生み出すものとは思えなかった。


「……すごい収穫だったことは分かったけど、具体的にどうやって俺達の利益につなげるんだ?

 俺が接続機器や接続機器の場所を売りに行ったら、売った相手に俺が旧領域接続者だとバレるから、それは無理なんだろう?」


『それ以外にもアキラの利益につなげる方法は幾らでもあるのよ。

 接続先はリオンズテイル社だったわ。

 旧世界の企業でもう存在していないけれど、一部の施設は今も稼動しているようね。

 リオンズテイル社は各地に自社の接続端末を設置して商売をしていたらしいわ。

 その接続端末設置場所や、各地の支店の場所を入手できたわ』


 ようやく分かりやすい利益の話になり、アキラが頬を緩ませる。


「……なるほど。

 そこに旧世界の遺物を探しに行くんだな?」


『そういうこと。

 当然その場所は旧世界の遺跡よ。

 もしまだ他のハンターに発見されていない遺跡があれば、大量の遺物が残っているでしょうね』


「よし!

 すぐに行こう!」


『駄目よ。

 最低でも荒野仕様の車を手に入れるまでは我慢しなさい。

 遠出する可能性もあるからバイクだと不安だし、大量の遺物を持ち帰るのも難しいでしょう?』


「当面はお預けか。

 まあ、分かりやすい目標があった方がやる気も出る。

 その手段を手に入れるためにも頑張るか」


 首尾よく未発見の遺跡を見つけ出せば、手付かずの遺跡に眠る大量の遺物が手に入る。

 アキラはその期待に胸を膨らませながら、機嫌良く装備の整備を続けた。




 アキラがバスに乗ってクズスハラ街遺跡に向かっている。

 バスにはアキラの他にも多くのハンターが乗車している。

 アキラのような新米もいれば、明らかに熟練者の雰囲気を漂わせた者もいる。

 全員ハンターオフィスから依頼を受けた者達だ。


 クガマヤマ都市の経営陣はクズスハラ街遺跡の奥を効率的に攻略するために前線基地の建設を決めた。

 まずは遺跡の外周部に近い荒野に仮設基地を建設し、その後は遺跡奥部を目指す後方連絡線を構築する予定だ。


 基地の構築作業と並行して、遺跡奥部への道を塞ぐ瓦礫がれきを重機で撤去する作業も実施する。

 道の瓦礫がれきを撤去すれば戦車や輸送車も運用できるようになる。

 遺跡の奥部に生息するモンスターは非常に強力だが、戦車や人型兵器の運用が容易になれば、それらの排除の難易度も下がる。

 人力では輸送が困難な遺物の運搬も容易になる。


 遺跡奥部の攻略が進めば都市に莫大ばくだいな利益をもたらす。

 全てはその前準備だ。


 アキラが受けた依頼はその前線基地構築補助作業だ。

 作業場所の警備や作業員の護衛などが主で、実際に基地の建築作業に関わるわけではない。


 アキラ達は建築中の仮設基地で仕事の大まかな説明を受けた。

 その後依頼元である都市の職員がハンター達の希望と実力を基に仕事を割り振っていく。


 職員がハンター達に仕事用の貸出し端末を渡した後、その使用方法などを説明する。


「その端末で我々の指示を受けてくれ。

 端末は発信器を兼ねていて、端末のマップ機能で自分と他のハンターの位置を確認できる。

 モンスターと間違えて他のハンターを撃たないように注意すること。

 それと、遺跡にいるからといって遺物を探すのは控えてくれ。

 偶然見付けたものを持って帰るなとまでは言わないが、遺物収集が仕事じゃないんだ。

 そっちに精を出されても困る。

 こちらでもそちらの位置と動向を常に把握していることを忘れないでくれ。

 長時間同じ場所にとどまるなど、誤解される行動は慎むこと。

 端末の裏に番号が振ってある。

 こちらからはその番号で呼ぶから、確認しておいてくれ。

 以上だ。

 準備ができた者から遺跡に向かい、マップのナビゲートに従ってくれ」


 端末の裏を見たアキラとアルファが苦笑する。


『縁がある番号みたいね』


『……そうだな』


 端末の裏には番号が書かれたテープが貼られていた。

 14番だった。




 アキラが端末のナビゲートに従って遺跡を進むと、無数にある廃ビルの一棟の前に着いた。

 そこで端末に通信が届く。

 端末を操作して通話要求を受け入れると、職員の声が聞こえてくる。


「こちらA2区画本部。

 14番。

 聞こえているか?」


「こちら14番。

 聞こえている」


「目の前のビルを制圧してくれ。

 ビル内部に侵入して内部マップを作成し、モンスターを発見した場合は除去してくれ。

 端末のオートマッピングを有効にしてある。

 ビルの全ての部屋を調査してくれ。

 倒したモンスターを放置すると他のモンスターを呼び寄せる可能性が高い。

 面倒だろうがビルの出入口まで運んでくれ」


「重量や大きさから運び出すのが難しい場合は?」


「こちらに連絡してくれ。

 専用の回収班を向かわせる」


「了解」


 アキラが通信を切ってビルの中に入ろうとすると、アルファに止められる。


『待って。

 折角せっかくだから索敵の訓練も兼ねて探索しましょう』


『そうすると時間がかかるんじゃないか?』


『だから時間をかけずに速やかに、かつ十分に警戒して進むのよ。

 色無しの霧が濃くなったらその程度の索敵技術がないと生き残れないわよ?

 私の索敵能力も情報収集機器の感度も下がるから、その場合はアキラが自分で対処する必要が生まれるわ。

 そんな状況を想定して警戒して進んでね』


 アルファの索敵もなく情報収集機器も使えない状況など、まだまだ未熟なアキラには悪夢でしかない。

 アキラが顔をしかめる。


『……色無しの霧か。

 分かった。

 いろいろ指摘してくれ』


 アキラは気を引き締めて廃ビルに侵入した。


 廃ビルを1階から順に探索していく。

 ビルの床にはちりほこりが積もっている場所もあるが、そうではない場所もある。

 ここを探索したハンターやここを住みにしているモンスターがほこりを巻き上げるからだ。

 一部の壁は崩れており瓦礫がれきが散らばっていた。


 アキラが慎重に歩を進めていく。

 足音を立てないように歩く。

 遮蔽物に身を隠しながら歩く。

 不意に立ち止まって聞き耳を立てる。

 銃を構えつつ素早く部屋に侵入する。

 多数のモンスターが徘徊はいかいしている建物を捜索するように、慎重に索敵しながら廃ビルの中を探索し続ける。

 途中で何度もアルファから指摘を受けて、その都度誤った動作を修正する。

 アキラの動きは少しずつ洗練されていった。


 アキラは何とか1階の探索を終わらせた。

 掛かった時間も疲労も普通に探索するのとは段違いだ。


『当たり前だけど、時間が掛かるな。

 遺物を探すなってくぎを刺されるわけだ』


『安全に素早く索敵を済ませることもハンターの技量よ。

 訓練を続けて索敵技術を磨くしかないわ。

 特に迷彩能力を持つモンスターは要注意だわ』


『迷彩能力?』


『索敵から逃れる何らかの能力を持つモンスターのことよ。

 周辺の景色と一体化したり、闇に紛れたり、光学迷彩の皮膚や装甲を持つモンスターまでいるわ』


『……光学迷彩って、そんなやつをどうやって探すんだ?』


『周囲の景色との微妙なずれを探したり、音や振動を解析したり、いろいろよ。

 高性能な情報収集機器や、索敵の専門家なら十分探し出せるわ。

 不必要な戦闘は避けられるし、攻撃時に先制攻撃が容易になる。

 無駄に銃火器を持ち歩くよりよっぽど安全に遺跡探索が行えるわ。

 遺物収集もはかどるでしょうね』


『エレナさんの役割だな。

 エレナさんもやっぱりすごいんだな』


『そういうこと。

 そのすごいエレナも、色無しの霧が濃いと急激に能力を落とすわ。

 情報収集機器の機能が急激に落ちるからね』


 アキラは自分がエレナ達を助けた時のことを思い出す。

 あの時のアキラはアルファのおかげで色無しの霧の影響をほとんど受けずに済んだ。

 エレナ達を襲っていた男達は逆に色無しの霧の影響でアキラの位置を把握できずに殺されていった。


『色無しの霧か。

 あれは厄介だ。

 対処方法とかないのか?』


『色無しの霧に対して高い抵抗力を保つ情報収集機器を買えば、ある程度対抗は可能よ。

 ただしすごく高い上に、通常時の性能も同価格の情報収集機器と比べて格段に下がるらしいわ。

 あとは情報収集機器に頼らない索敵技能を身に付けるしかないわ。

 そういう訳だから、頑張りなさい』


『了解。

 次は2階だ。

 ……ここ、何階建てだっけ?』


『8階建てよ』


『……先は長いな』


 アキラはそうつぶやいて2階部分の探索を始めた。


 その後、3時間ほどかけて廃ビルの全階の探索を済ませて屋上に出た。

 そこで一息入れていると、遠くから発砲音が響いた。

 どこかでハンターがモンスターと戦っているのだ。

 アキラがこのビルでモンスターに遭遇しなかったのはただの偶然だ。


 再び端末に通信が入る。


「こちらA2区画本部。

 14番、聞こえているか?

 そちらの状況を教えてくれ」


「こちら14番。

 ついさっきビルの制圧が終わったところだ」


「了解した。

 ナビゲートに従って次のビルに向かってくれ。

 なお14番がそのビルを制圧するのに掛かった時間が、こちらが想定している完了時間を大幅に超過している。

 強力なモンスターとの遭遇など、何か不測の事態が発生したのか?」


「モンスターとの遭遇はなかった。

 全ての部屋を警戒しながら慎重に進んだので時間が掛かったのだと思う。

 ……そちらの想定では、どの程度で終わる予定だったんだ?」


「1時間程度を想定している。

 警戒するなとは言えないが、もう少し急いでくれ。

 以上だ」


「……了解」


 アキラは端末の通信を切った。

 実力不足を指摘されて少し落ち込んでいると、アルファが励ますように微笑ほほえむ。


『気にしないでこの調子で進みましょう。

 急いで探索して危険を増やす必要はないわ』


『それでこの依頼が失敗扱いになったら?』


『別にかまわないわ。

 アキラが負傷して今後に差し支えることに比べれば些事さじよ。

 アキラの安全が最優先。

 無理に急ごうとしたら、無理矢理やりにでも止めるからね』


 アルファははっきりとそう言い切った。

 それでアキラも気が楽になる。


『分かった。

 そうだな。

 安全に行こう』


『それで良いのよ。

 ただし索敵や隠密おんみつ技術の向上を目指して速やかな行動を心がけることは大切よ?

 そういう意味では急がせるからね』


『……その辺はお手柔らかに頼む』


『駄目。

 びしびし行くわ』


 アキラとアルファが互いに冗談めいた笑いを浮かべる。

 アキラは気を取り直して次のビルに向かった。


 その後アキラは数棟の廃ビルを制圧した。

 端末のナビゲーターがアキラの目的地を仮設基地に変える。

 アキラは仮設基地に戻って職員に貸出し端末を返した。

 これで本日のアキラの依頼は完了だ。


 軽い疲労感を覚えたアキラがその疲労を吐き出すように息を吐く。

 モンスターとの戦闘など数回しかなかったが結構疲れていた。

 強化服を着用していることで身体的な疲労はかなり軽減されている。

 だがそれでも精神的な疲労までは補えないのだ。


『今日の仕事はこれで終わりか。

 ……疲れた。

 やっぱり普段は索敵をアルファに頼っているから、自分でやると疲れるな』


 アルファが微笑ほほえんでアキラをねぎらう。


『お疲れ様。

 少し休んで帰りましょう。

 折角せっかくだからここで何か食べていけば?

 帰ってもいつもの冷凍食品でしょう?』


 仮設基地の回りには数多くのトレーラーが止まっている。

 仮設基地で働くクガマヤマ都市の職員達と、ここに集まったハンター達を相手に商売をしているのだ。


 都市と仮設基地をつなぐバスの定期便はあるが、時間まで待つのも、食事や弾薬補給のために一々都市まで戻るのも面倒だと考えるハンターは多い。

 その需要に応えているのだ。


 武器や弾薬を売る者。

 簡単な食事を売る者。

 キャンピングトレーラーで簡易な宿屋を営む者までいる。

 仮設基地の回りはちょっとしたにぎわいを見せていた。


 ハンター用の固い携帯食ではなく、露店で売られている温かで柔らかな食べ物を頬張るハンター達の姿を見ると、アキラも急激に空腹を覚えた。


『そうだな。

 俺も何か食おう』


 幾つかある露店を見比べるが、アキラにはどの店が美味うまいかなど分からない。

 運に任せて選択すると失敗する気がしたアキラは、他者の判断を参考にすることにした。

 長蛇の列の店などないが、それでも比較的列が長くにぎわっている露店の列に並ぶことにする。


 アキラは列に並びながら売り物と値段を確認する。

 ホットサンド一人前980オーラムと書かれていた。

 アキラの金銭感覚、経済状態では、1回の食事代として支払うには少々躊躇ためらう値段設定だ。

 しかしここまで並んでから買うのを止めるのもどうかと思い、そのまま買うことにした。


 アキラの番が近づくと、前の客と店員のり取りが聞こえてくる。

 そこでどこかで聞いたことのある声を聞き、それが誰だったか思い出そうとしたが、アキラの番になるとすぐに判明した。

 店員はシェリルだった。


 シェリルは一瞬驚きの表情を浮かべたが、すぐに笑顔で対応する。


「いらっしゃいませ。

 1人前980オーラムになります」


「……1人前で」


かしこまりました。

 カードを御利用の場合は、こちらにお願いいたします」


 シェリルがカウンターの上の読み取り端末を案内する。

 読み取り端末の上部には、デジタル表示で980オーラムと表示されている。

 アキラが読み取り端末の上にハンター証をかざすと、ピッと音が鳴って支払が完了した。


 シェリルが一人前のホットサンドの包みをアキラに手渡す。

 その際にアキラに少し近付いて小声を出す。


「こんなところで会えてうれしいです」


 とてもうれしそうにそれだけ話すと、シェリルは口調を客向けのものに戻した。


「お買上げありがとう御座います。

 また御利用をお待ちしております」


 シェリルは他の客と同じようにアキラに微笑ほほえんだ。


 アキラはこの移動店舗がカツラギのトレーラーであることにようやく気が付いた。


 シェリルの近くで店番をしていたカツラギがアキラに気付く。


「アキラか。

 お前もクズスハラ街遺跡に来ていたのか。

 ちょうど良かった。

 ちょっと話があるから中に入ってくれ。

 ダリス!

 店番を代わってくれ!」


 店の奥からダリスの声が戻ってくる。


「お前の休憩はまだ早いはずだぞ!」


「アキラがいた!

 俺はちょっとアキラと話があるんだよ!

 良いから代わってくれ!」


 店の奥から面倒めんどそうな表情のダリスが出てくる。

 ダリスはアキラを見て、アキラの装備品を見て少し驚いたような表情を見せた。

 アキラの装備品が以前とかなり変わっていることに驚いたのだ。


 ダリスはアキラの装備を見て、自分が店番を代わる程度には重要な話らしいと判断すると、それ以上は文句を言わずにカツラギと店番を交代した。


 カツラギがアキラを連れて店の奥に行く。

 アキラとカツラギ、そしてシェリルがテーブルを囲んで座っている。

 シェリルも店番を部下の少女と代わってもらったのだ。

 テーブルの上には3人分のホットサンドが乗っていた。


 アキラとカツラギは少し困惑気味な表情を浮かべている。

 シェリルはアキラと会えて上機嫌でうれしそうに微笑ほほえんでいる。


 アキラとカツラギはお互いの態度を見て、相手もシェリルの様子に少々困惑していることを察した。


「それでカツラギ、話って何だ?」


「ああ。

 大した話じゃない。

 お前のハンター稼業は順調かって聞きたいだけだ。

 ぶっちゃけた話をすれば、お前、あれから旧世界の遺物を売りに来ないじゃないか。

 軽い怪我けがでもしてハンター活動を休業中かと思えば、ここにいるってことはそういう訳じゃないんだろう?」


「今はモンスターの討伐に力を入れているだけだ。

 俺は主にクズスハラ街遺跡で遺物収集をしていたんだが、今はそれどころじゃないことぐらいカツラギでも分かるだろう?」


「まあ、確かに今のクズスハラ街遺跡へ遺物収集に行くハンターはいないな。

 例の襲撃でモンスターの分布が大分変わったらしい。

 遺跡の外周部のモンスターも結構強くなったって話だ。

 外周部に残っている遺物の価値ではもう割に合わないだろう。

 その代わり、例の襲撃で遺跡全体のモンスターは大分間引かれたらしい。

 遺跡奥部の遺物を狙うなら今がチャンスなんだろうな。

 だから都市の運営部も大金を出して前線基地まで建設して遺跡奥部の遺物収集を推進しようとしているんだろう」


「俺が他の遺跡に遺物収集に行くのは移動手段の関係でちょっと難しいんだ。

 俺のハンターランクだと荒野仕様の車が借りられないんだ」


 カツラギがアキラの装備を改めて確認する。

 強化服。

 AAH突撃銃とCWH対物突撃銃。

 そして情報収集機器。

 アキラの装備は移動手段に困るハンターのものとは思えない。


「……結構良い装備をそろえているじゃねえか。

 レンタル業者からハンター稼業仕様の車両の貸出しを拒否されるようなハンターの装備品には見えないぞ?」


「カツラギに遺物を売っているから、俺のハンターランクは大して上がってないんだよ。

 強化服はあの代金で買ったやつだし、情報収集機器もエレナさんから格安で譲ってもらったものだ。

 装備に金をぎ込んだから余分な金なんかない。

 ハンターランクを上げて車のレンタル料を割り引きしてもらう必要がある。

 遺物をカツラギに売るって約束しているから、討伐系の依頼を受けてハンターランクを上げているんだ。

 その辺に文句を言われても困る」


「そういうことか。

 まあ、それなら仕方ねえ」


しばらく待っていてくれ。

 別に俺が遺物を持ち込まないからって経営難になるような経営状態じゃないだろう?」


「まあな」


 カツラギが最も知りたかったことは、アキラがシェリルを見切って他所に遺物を売っていないかどうかだ。

 先行投資が無駄にならなかったことに取りあえず安心した。


 アキラがシェリルに視線を移す。

 シェリルはうれしそうに微笑ほほえみを返した。


「それで、シェリルは何でこんな場所にいるんだ?」


「カツラギさんの店に貸し出した人員の管理をしています。

 それとカツラギさんに協力していただいて、簡単な商売をしています。

 そのホットサンドも一応私達が作りました。

 これもアキラのおかげです。

 ありがとう御座います」


 カツラギが補足を入れる。


「お前との取引の一環として、俺もいろいろやっているってことだ。

 シェリル達に小遣い稼ぎの手段ぐらいは提供してやっている。

 簡単な荷物運びとか俺達の手伝いとかだな」


 カツラギはそう言って、売り物の弾薬などを運んでいる子供達を指差した。

 全員シェリルの徒党の子供達だ。


屑鉄くずてつの買取りも斡旋あっせんしてやってるが、それよりは稼げているはずだ。

 こいつらの待遇をもっと上げてほしければ、分かるよな?」


「分かってるよ。

 遺物を手に入れたらちゃんと売りに行くって」


「期待してるぜ?」


 カツラギが話しながらホットサンドを食べ終えた。


「……足りねえな。

 シェリル。

 もう一つだ」


「分かりました。

 アキラはどうします?」


「お前も売上げに貢献していけ。

 金がないって言ってもその程度の小銭はあるだろう」


 アキラもホットサンドを食べ終えていた。

 少し足りないと思っていたので追加を頼むことにする。

 アキラがハンター証をシェリルに渡して追加を頼むと、シェリルはそれを受け取って会計処理と追加分を取りに離れた。


 シェリルが席を外しているうちに、カツラギがアキラに怪訝けげんそうに尋ねる。


「……なあアキラ。

 お前、あいつに何かやったのか?」


 アキラが首を横に振る。


「気が付いたらああなっていた。

 ……やっぱり変だよな?」


「初見の時とは別人だろ。

 実は双子で入れ替わったと言われたら俺は信じるな。

 まあ、商売相手としては今の方が良いけどな。

 客向けの愛想も良い。

 頭も悪くない。

 ホットサンドの販売もシェリルが言い出して、実際良く売れている」


「あれはカツラギの店じゃないのか?」


「違う。

 俺は専門分野で成り上がる気だからな。

 飲食業に手を出す気はない。

 手配を手伝いはしたが、あれはシェリルの店だ」


「大丈夫なのか?」


「ん?

 食材の仕入れは俺がやった。

 シェリルと手伝いの子供は風呂に入れてしっかり洗わせた。

 服も安物だが清潔なやつを用意した。

 食品調理用の使い捨て手袋も使っているし、調理も単純でやることは加熱とソース塗り程度だ。

 大丈夫だろう」


 アキラはカツラギがシェリルの店で問題が発生した場合に、自分に補償や後始末をさせるつもりだと考えて、その問題発生の可能性を尋ねるために、大丈夫かと尋ねた。

 別に衛生上の問題点を尋ねたわけではなかった。

 だがその程度の返事が返ってくるのなら問題ないのだろうと判断して、細かく聞き直すのは止めた。


 シェリルが追加のホットサンドを持って戻ってくる。

 アキラは受け取ったホットサンドを改めて見る。

 ホットサンドは濃厚なソースと肉汁は挟んだパンが吸い取っていてうまみを逃さないようになっている。

 厚切りの肉も食べ応えがある。

 しかし微妙に量が少ない。

 だが量に文句を付けるほどではない。


 ホットサンドは美味うまいか不味まずいかと聞かれれば、美味うまいと答える味ではあった。

 しかし普段の生活で約1000オーラムを出して食べるかと問われれば微妙だ。

 ホットサンドの価格は確実に荒野料金だ。


 だが仮設基地建設に関連している依頼を受けているハンター達はその程度の小銭など気にしない。

 少々足りないと感じて追加を求める者が、追加分の金を惜しむことはない。

 ホットサンドの量と価格はこの場の需要に応じて適切に調整されていることになる。


 アキラは何となくシェリルに尋ねてみる。


「このホットサンドの値段を決めたのって、カツラギか?」


「いえ、私が決めました。

 ……もしかして、お気に召しませんでしたか?」


 少し不安そうに尋ねてきたシェリルに対し、アキラが首を横に振る。


「いや、十分美味うまいし、荒野なら値段もこんなものじゃないか?」


「お気に召して良かったです。

 安心しました」


 シェリルは安心して微笑ほほえんだ。

 カツラギが笑って付け加える。


「まあ、所謂いわゆる荒野料金ってやつだな。

 危険な荒野まで輸送して販売するために各種経費が掛かっております。

 御了承くださいってことだ」


「その手の話って、カツラギがシェリルにいろいろ教えたりしたのか?」


「いや、俺が手伝ったのは材料や服の手配とかで、別にその辺の指南はしていないな。

 俺はシェリルに頼まれたことをやっただけだ。

 ……勘違いするなよ?

 失敗したらその責任をアキラに押しつけようとか、そんなことを思ったわけじゃないぞ?

 本当だぞ?」


 カツラギが冗談交じりに、あるいは後ろ暗いことでもあるかのように、聞かれてもいないことに対して言い訳した。

 アキラはそのカツラギの態度に関心を払わずに、少し感心したような表情をシェリルに向けている。


「……そうか。

 シェリルはすごいんだな」


 シェリルは少し照れながらもうれしそうな笑顔を浮かべた。


「ありがとう御座います。

 でもこれもアキラとカツラギさんの御助力があってのことです」


 アキラとカツラギが顔を見合わせる。

 カツラギと念話などできないが、言いたいことは何となく理解できた。

 カツラギはアキラに、本当にシェリルに何もしていないのかと尋ねていた。


 本当に何もしていない。

 アキラは一応そんな視線をカツラギに送っておいた。

 伝わったかどうかは微妙なところだった。

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