第29話 無理無茶無謀

 巡回用のトラックの荷台で、座って仮眠を取っているアキラの頭にアルファの声が響く。


『アキラ。

 時間よ。

 起きなさい』


 アルファの声はアキラにしか聞こえないので、眠気を吹き飛ばす大音量でも全く問題ない。

 アキラはすぐに目を覚まして顔を上げた。

 するとキバヤシというハンターオフィスの職員と目が合った。


 キバヤシはトラックの運転手でこの巡回の管理者だ。

 キバヤシの仕事には荷台に乗せたハンター達の対処も含まれていた。

 その対処を行おうとした直前、計ったように時間通りに目を覚ましたアキラを見て、楽しげに笑っていた。


「時間までに起きなかったらたたき出そうと思っていたんだが、時間ぴったりに起きるとは、随分良い目覚まし時計を使ってるな」


「ああ。

 高性能なんだ」


 アキラが軽く何げなくそう答えると、アルファが珍しく不機嫌な様子を見せる。


『ちょっと、私を目覚まし時計扱いするってどういうことよ』


『悪かった』


『全く……』


 キバヤシが荷台のハンター達に大声で告げる。


「時間だ!

 今から出発する!

 これから騒ぐやつは依頼放棄と見做みなしてたたき出す!

 分かったな!」


 アキラが同乗者を軽く確認するとカツヤ達の姿が見えた。

 キバヤシの発言から自分が寝ている間にまた騒ぎでも起こしたのかと思い、巻き込まれないようにカツヤ達から視線をらした。


 すぐにトラックが荒野へ出発する。

 アキラの3回目の巡回依頼が始まった。




 巡回そのものは順調に進んでいた。

 しかし多額の追加報酬を望むハンター達にとっては大外れの状態が続いていた。

 モンスターと全く遭遇しないのだ。


 巡回作業用に改造されているトラックには、かなり広範囲を索敵可能な大型の索敵機器が搭載されている。

 そしてこの巡回はモンスターの間引きも兼ねているので、遭遇率が余りに低い場合には進んで探しに行く。

 それでも遭遇しないとなると、一帯にモンスターが全くいないことになる。


 既に荷台には弛緩しかんした雰囲気が流れており、雑談の声も大きくなっていた。

 車載の索敵機器のおかげで奇襲の心配もほぼないので、巡回依頼に慣れている者は余計に気を抜いていた。


 視線を荒野に向けていたアキラが少し硬い表情でアルファの様子をうかがう。


『全然出てこないな』


『そうね』


 アルファは先ほどからつれない態度を取っていた。

 アキラと目を合わせようともせず、口調もどことなく刺々とげとげしい。

 アキラは先ほどの発言でアルファの機嫌を相当損ねたことを改めて思い知った。


『ごめん。

 そこまで気を悪くするとは思わなかった』


 アキラが素直に謝ると、アルファも態度を大分軟化させた。

 それでもまだ少し不機嫌さを残していた。


『……まあ良いわ。

 アキラが私に気安いのは良いことだからね。

 でも私をたかが目覚まし時計と一緒にするなんて失礼にも程があるわ。

 次から気を付けなさい』


 アキラはアルファが機嫌をそこまで悪くした理由が少し気になった。

 だがそれを下手に尋ねて藪蛇やぶへびになるのも嫌だったので黙っていた。


 アキラが微妙な気不味きまずさを覚えていると、アルファがそれを察したように微笑ほほえみかける。


『機嫌を戻してほしいのなら、機嫌を戻しそうな言葉とかがあっても良いと思うわ』


 アルファはそう言ってアキラの前で少し挑発的な姿勢を取りながら誘うように微笑ほほえんだ。


 アキラが少し考える。

 そして姿勢を正すと、表情を真面目なものに変えた。


『アルファのおかげで今まで生き残っています。

 遺跡でモンスターと遭遇しないように案内してもらったり、遺物を手に入れる手伝いをしてもらったり、敵と戦う時にいろいろ助けてもらったり、本当に感謝しています。

 強化服も手に入れて、射撃の命中補正とかもしてくれて、本当に助かっています。

 ありがとう御座います。

 これからもよろしくお願いします』


『どういたしまして。

 私もアキラの手助けが出来てうれしいわ。

 これからもよろしくね』


 アルファはアキラの本心の礼にとてもうれしそうな笑顔を返した。

 そしてその後の微妙な沈黙の間に、表情を微妙な微笑ほほえみに変えていった。


『……今のは今のでうれしいのよ?

 ただ、ちょっとね?』


 日頃伝えていない感謝の言葉では駄目だったのだろうか。

 アキラはそう思いながらアルファの様子を少し不思議そうに見ている。


『ちょっと?

 何か違うのか?』


『例えば、そう、私の姿を見て何か言うことはない?』


 アルファはアキラが眠っている間にまた水着に着替えていた。

 肌を大胆に露出させた姿には健康的で開放的な美しさがあり、同時に他者を魅了する蠱惑こわく的な色気が漂っている。


 アキラはアルファの格好を改めて確認すると、言うだけ無駄だと思って言わなかった率直な感想を答える。


『やっぱり違和感がひどい。

 出来れば着替えてくれ』


 アルファは小さなめ息を吐いて服装を変えた。

 水着を一度消してから、足指まで覆う上下一体型の戦闘服を身に着ける。

 ファスナーが服の首元から胸元、下腹部を通って裏側の腰の近くまで続いている。

 そのファスナーをかなり際疾きわどい位置まで下ろし、かなり大胆に開いて素肌をさらしていた。


 肌の露出を大幅に下げはしたものの、異性の視線を誘う意味では大して違いはない。

 そのアルファの格好にアキラが再び感想を述べる。


『さっきの格好よりは違和感はないな。

 ……まあ、空を飛んでいる時点で違和感がどうこうとかいう問題ではないのかもしれないけど』


 アキラは視線を虚空に向ける不審者になるのを防ぐために、モンスターの警戒を兼ねて顔を荒野側に向けている。

 その方向にいるアルファは、そこに見えない足場でもあるように空中に立っていた。


 アルファが軽い苦笑いを浮かべる


『そういうことではなくて、綺麗きれいだとか、美しいとか、似合っているとか、容姿や服装の優美に関するめ言葉を期待していたのだけれどね』


『ああ。

 なるほど』


 アキラは意外なことを聞かされたような様子を見せた後、普通の態度で続ける。


『アルファはすごい美人だし、普段着ている服もどれも綺麗きれいで魅力的だと思う。

 さっきまでの格好も場の雰囲気に致命的に合っていないだけで、綺麗きれいだとか魅力的だとか、そういう意味ではすごいと思う』


『本当に?

 その割には反応が薄かったと思うわ』


『そう言われてもな。

 えっと、こういう言い方はどうかと思うけど、慣れたんじゃないか?』


 アルファの姿は高度な演算能力が生み出した描画だ。

 その利点を生かして、都合良く自由に変えられる顔や体に、本来類いまれな美の要素をどこまでも詰め込んだ極めて魅惑的な姿を映し出している。


 アキラもそのアルファの姿を初めて見た時は強い衝撃を覚えた。

 魂を奪われたように見れた。

 だが今はそこまでの衝撃は受けない。

 アキラはこれを慣れの所為せいだと考えた。


 アルファは自分のそばに四六時中いて、しかも全裸やそれに近い服装でいることも多く、一緒に風呂にまで入っているのだ。

 だからそろそろいろいろと慣れてきただけだろう。

 それがアキラの判断だった。


 アルファはアキラの説明に一定の納得を示した。


『……慣れね。

 少し考えてみますか』


『何か不穏なことを考えてないか?』


『気のせいよ』


 アキラが軽い疑いの視線を送ったが、アルファは微笑ほほえんでそれを流した。




 アキラが仮眠を取っていた頃、荷台に乗り込んだカツヤは奥のアキラに気付いて僅かに表情を険しくした。


「あいつだ……」


 ユミナも荷台を軽く見渡して同乗者を確認する。


「他にも前に同じトラックに乗っていたハンターがいるわ。

 でもカツヤに食ってかかった人はいないみたい。

 良かったわ」


 アイリが自分もめ事の一因を作ったことを棚に上げてしれっとくぎを刺す。


「カツヤ。

 今度は落ち着いて」


「分かってるよ。

 ……あいつ、眠っているけど、良いのか?」


 シカラベが面倒そうに、しかし強めにくぎを刺す。


「放っておけ。

 必要な場合以外はドランカムのメンバー以外と接触するな。

 時間になっても起きなければたたき出されるだけだ。

 気にするな。

 とっとと座れ」


 カツヤ達が大人しく荷台の座席に座り、そのまま出発時刻を待つ。

 雑談などで暇を潰していた間、カツヤは無意識に少し険しい顔でアキラに視線を向けていた。

 前回の巡回での出来事もあり、アキラのことが何となく気に食わないのだ。


 出発時刻の少し前になってもアキラは眠ったままだ。

 カツヤは無意識にアキラがそのままたたき出されるのを少し期待していた。

 キバヤシが出発直前になっても起きないアキラに近付く。

 それを見てカツヤが僅かに意地の悪い笑みを浮かべる。


 しかしアキラはその直後に普通に目を覚ました。

 しかもキバヤシと笑って対応していた。

 その様子を見て、カツヤは更に機嫌を僅かに悪くした。


 巡回依頼が始まった。

 カツヤは今度こそアキラの実力を確かめようと思っていたのだが、モンスターの姿は影も形も無く、その機会は巡ってこない。

 それでカツヤはまた機嫌を損ねた。


 他のハンター達が雑談を始めるほどに気を緩めている中、カツヤは少しずつまっていた不機嫌さの所為せいで訓練に集中できなかった。

 双眼鏡などによる目視に頼った索敵訓練でも、モンスターの姿を全く見ないのでやる気をがれていた。

 少し不満そうな態度でシカラベに尋ねる。


「なあ、モンスターが全然いないけど、この訓練まだ続けるのか?」


 シカラベが煩わしい気持ちを抑えながら答える。


「いようがいまいが索敵の訓練にはなるだろうが。

 色無しの霧の影響で情報収集機器などの索敵装置の機能が低下している場合、目視での索敵が重要になることは教えられているだろう。

 注意を向けるべき方向、注目箇所の優先順位、交代のタイミング、いろいろ教わっているはずだ」


「でもモンスターが全くいないのに訓練になるのか?」


「……無理強いはしない。

 今はエレナ達との依頼が流れて急遽きゅうきょ始めた自主練のようなものだからな。

 好きにしろ」


 カツヤ達への指導も自分の役割の内だが、嫌がる相手に力尽くで指導するほどの意欲はない。

 それは自分の仕事の範囲外だ。

 訓練を怠ったカツヤが後で困ろうが知ったことか。

 シカラベはそう考えて、それで話を打ち切った。


 カツヤ達はその後しばらくは索敵訓練を続けていたが、やがて他のハンター達と同じように雑談を始めてしまった。

 シカラベはその様子を見て小さくめ息をくと、それ以上気にするのをめた。




 モンスターとの遭遇が一度もないまま荒野を巡回していたトラックが突如停止した。

 荷台のハンター達が警戒を高める中、キバヤシが説明のために荷台まで上がってくる。


「連絡事項がある。

 まず巡回依頼を現時点で終了する。

 既に完遂手続きは済んでいる。

 続いて現在の状況を説明する。

 モンスターの群れがクズスハラ街遺跡から都市に向けて侵攻中との情報が入った。

 既に都市の防衛隊が出撃準備をしている」


 荷台のハンター達にどよめきが広がる。


「都市は緊急依頼を発行し、この車両にも助力を求めている。

 遺跡の近場を巡回していたハンターが既に遅滞戦術を実行中で、その救援や支援が緊急依頼の内容となる」


 キバヤシがハンター達のどよめきをき消すように声を大きくする。


「今から決を採る!

 緊急依頼を受ける者が多数派の場合、このトラックは最寄りのハンター達の救援に向かう!

 そうではない場合、都市へ至急帰還する!

 少数派は、救援に向かうにしろ都市に戻るにしろ、徒歩で向かってくれ。

 5分で決めてくれ。

 以上だ」


 キバヤシは手続上そう説明したものの、決を採るまでもなく全員都市に戻ると思っていた。

 このトラックは低難度の巡回用で、ここに割り振られたハンター達ではこの緊急依頼を受けるには装備も実力も足りていない。

 仮に希望者がいたとしても確実に少数派になる。

 置き去りにされてでもこの場で依頼を受ける馬鹿はいない。

 受けるにしても一度都市に戻ってからだ。

 そう考えていた。


 ハンター達が顔を見合わせて、確認するまでもないことを一応確認している。

 アルファも一応アキラに確認を取る。


『アキラ。

 都市に戻る、で良いのよね?』


『当たり前だ。

 好き好んでモンスターの群れと戦うわけないだろう』


 アキラは心底嫌そうな顔を浮かべていた。

 以前モンスターの群れに襲われて、エレナ達に助けられて辛うじて死なずに済んだ時のことを思い出したのだ。


 既にこの場のハンターの大半は都市への帰還を決めていた。

 つまり、少数派がいた。

 カツヤだ。


 そのカツヤがシカラベと言い争い、次第に声を荒らげて注目を集めていた。

 当初シカラベはカツヤの要望を面倒そうに断っていただけだったが、次第に苛立いらだちを高め、ついに怒気をあらわにした。


「駄目だ!

 いい加減にしろ!

 しつこいぞ!」


「ドランカムの方針では緊急依頼は積極的に受けて名を売れってことになってるんだ!

 それに逆らってるのはあんたの方だ!

 俺達ならやれる!」


「それは生きて帰れる範疇はんちゅうでの話だ!

 それと!

 お前が言う俺達に、俺を含めるな!

 俺はお前達じゃねえ!」


 キバヤシがその言い争いを遮るように声を出す。


「時間だ!

 緊急依頼を受ける者は手を挙げろ!

 ……反対多数!

 すぐに都市に向けて帰還する!

 残るやつはとっとと降りろ!」


 運転席に戻ろうとするキバヤシを見て、カツヤが悔しそうにつぶやく。


「……エレナさん達が受けた依頼って、絶対この襲撃の備えじゃねえか。

 俺だって、足手まといにならないぐらいは出来る」


 ユミナとアイリがカツヤをなだめる。


「……カツヤ、気持ちは分かるけど幾ら何でも無理よ」


流石さすがに無謀」


 世界には単なる自惚うぬぼれや楽観的勘違いを運と実力でじ曲げて事実に書き換える者が存在する。

 大言壮語を実現させる者がいる。

 カツヤにはそのような偉人、英傑、英雄などと呼ばれる者の片鱗へんりんがあった。

 時に無謀とも思える決断をして、それを実現させていた。


 ユミナ達がカツヤにかれた理由には、確かにその一見無謀なことを成し遂げたカツヤの姿もあった。

 それでカツヤの行動に理解を示すことも多い。


 だが限度もある。

 進んで危険な目に遭ってほしいとは思わない。

 このまま放っておくと、意地になって歩いてでも行くと言い出し兼ねない。

 そう考えて、心配そうにカツヤを止めていた。


 そのユミナ達の気遣いもあり、カツヤも少し意気を弱める。

 だが不満を完全に消すほどではなかった。

 加えて自分を気に入らないという目で見るシカラベの態度もあり、シカラベをにらみ付けながら、不満のけ口を求めるように思わず悪態をく。


「どうせモンスターの群れと戦うのが怖いだけだろう。

 何がハンターだ。

 ただの臆病者じゃねえか」


 それでシカラベの怒気が一気に高まった。

 シカラベもいろいろ我慢していたのだ。

 その怒気を契機に、カツヤ達へ向ける態度や認識が、気に入らない相手から敵視する相手に切り替わる。

 同時に、カツヤ達との交戦を範疇はんちゅうに入れた威圧を放つ。


「怖い?

 ああ怖いね。

 お前らみたいな何か勘違いしたど素人以下の自称ハンターを連れてモンスターの群れと戦うなんて、怖くてたまらねえよ。

 お前みたいな役立たず未満の有害な足手まといを連れていくなんて、自殺と変わらねえんだよ。

 行きたいなら行けよ。

 別に止めはしねえ。

 ただし装備は全部置いていけ。

 その装備はドランカムの貸出品だ。

 お前らの私物じゃねえ。

 この場のドランカムとしての意思の決定者は俺だ。

 その俺に逆らっていくってことは、ドランカムを抜ける覚悟ぐらいあるんだろう。

 素手でモンスターと戦って殺されてこい。

 それとも無理矢理やり装備を奪っていくか?

 俺を殺して装備を奪うか?

 良いぞ?

 来いよ。

 俺は構わない。

 臆病者じゃないんだろう?

 さあ選べ」


 シカラベはもうカツヤを半分敵と見做みなしている。

 カツヤが敵対行動を取れば殺すつもりだ。


 ユミナとアイリはシカラベの怒気と殺気に気圧けおされている。

 カツヤは辛うじて耐えていたが、状況を改善させる要因にはならなかった。


「どうした?

 早く選べ。

 残って都市に戻るにしろ、降りて素手で救援に行くにしろ、戦う気がないなら武器を捨てろ。

 やる気ならとっとと掛かってこい。

 1対1でも、1対3でも、俺はどっちでも良い」


 シカラベはカツヤ達全員に選択を強いた。

 選ぶのは、カツヤだけではないのだ。


 カツヤは既にユミナ達を巻き込んでいることにようやく気が付いた。

 それでカツヤは折れた。

 好意的に解釈すればユミナ達を巻き込まないために、そう解釈しないのであればそれを言い訳にして。


 カツヤが銃を落とす。

 ユミナとアイリも銃を落とした。


 シカラベが殺気を消して、代わりに侮蔑をカツヤに向ける。


「ふん。

 黙って座ってろ」


 カツヤ達は大人しく席に着いた。

 それを見てシカラベが吐き捨てる。


「臆病者が」


 カツヤは非常に悔しそうな様子を見せていた。

 ユミナ達はそのカツヤを心配そうに見ていた。


 シカラベが気を取り直して他の者達に告げる。


「騒がして悪かった!

 出発してくれ!」


 トラックがなかなか出発しないのは、自分達の騒ぎが終わるのを待っていてくれたからだ。

 シカラベはそう考えてキバヤシにも聞こえるように大声を出していた。

 しかしトラックは出発しない。


 シカラベを含めたハンター達が不思議に思って運転席の方を見る。

 そこには運転席の外に出ているキバヤシと、小型バイクにまたがっているアキラの姿があった。




 カツヤ達の会話はアキラの耳にも届いていた。

 その話の中には、エレナ達がモンスターの群れの撃退に向かっているとも解釈できる内容も含まれていた。


 アキラはしばらく考えていたが、立ち上がってリュックサックを背負った。

 アルファがアキラの思考に気が付いて止めようとする。


『アキラ。

 考え直したら?

 言うまでもないけれどすごく危険よ?』


『分かってる』


 アキラがトラックの荷台から飛び降りる。


『エレナとサラが危険な目に遭うとは限らないし、アキラの実力なら足手まといになるだけかもしれないわ』


『そうかもな』


 アキラがトラックの運転席をノックするとキバヤシが顔を出した。


「どうした?

 もう出発するぞ?」


「緊急依頼を受けるにはどうすれば良いんだ?」


 予想外の内容にキバヤシが驚く。

 その後に困惑気味な表情で聞き返す。


「え?

 行く気か?

 歩いて?」


「走っていく」


 あっさりとそう答えたアキラの態度に、キバヤシが困惑を深める。


「いやいやいや、そういう話じゃなくてな?

 確かに行く気なら徒歩で行けとは言ったが、それは物の例えであってな?」


「強化服を着ているから結構速く走れるんだ。

 流石さすがにトラックよりは遅いけど、一度都市に戻って他の車に相乗りするよりは早いと思う」


「決を採る時、お前は手を挙げなかったよな?」


「気が変わったんだ。

 別に俺の気が変わったぐらいで全体の決定は変わらないだろう」


 キバヤシは半ば唖然あぜんとしながらアキラを見ていた。

 そしてつぶやく。


「……本気かよ」


 キバヤシが急に笑い出す。

 心底楽しそうに笑った後、上機嫌でアキラに尋ねる。


「おい、バイクは運転できるか?」


『大丈夫よ』


「大丈夫だ」


 アキラはバイクの運転などしたことがない。

 しかしアルファが大丈夫だと言ったのでそのまま繰り返した。

 アルファがそう言うのなら大丈夫だろう。

 そう思ったのは答えた後だった。


「そうか!

 ちょっと待ってろ!」


 キバヤシは非常に楽しげに笑って奥に引っ込んだ。


 アルファが表情をしかめている。


『アキラ。

 今からでも考え直さない?

 向かう場所にエレナ達がいるとは限らないし、アキラが行ったところで大勢に影響はないわよ?』


『どちらにしろ影響がないのなら、俺が行っても無駄だった、にしておきたい。

 俺が行けば何とかなったかも。

 そんな可能性は消しておきたい。

 どちらも無意味でも、それぐらいは選びたい』


 助けた礼を言われたこと。

 自分の命を助けられたこと。

 命の恩人を、自分が死んでほしい者達を殺す理由に使ったこと。

 エレナ達へのその負い目が、罪悪感が、アキラを決断させた。


 勿論もちろん緊急依頼を受けたからといってエレナ達に合流できるとは限らない。

 極めて低い可能性で合流できたとしても、むしろ邪魔になる恐れもある。

 それはアキラも理解している。


 それでもアキラは緊急依頼を受けた。

 エレナ達が戦っている事態に対して、自分を完全な部外者にしないために。


 これはただの自己満足だ。

 だからこそ、アキラは死を覚悟して緊急依頼を受けることを、その無謀に自分の命を賭けるのを躊躇ちゅうちょしなかった。


 自分の命は自分のもの。

 だからこそ、無謀にもモンスターの群れに挑んで殺されようとも、自分の意思で自分の命を賭けたのならば、アキラにとって問題などない。

 そしてスラム街にいた頃、ほぼ何も持っていなかったアキラが賭けられるものなど、自分の命ぐらいしかなかった。

 その場所から心情的に抜け出せたとは言えないアキラにとって、自分の命を自分のために賭けるのは当たり前のことだった。


 そのアキラの行動指針を僅かだが読み取ったアルファは、止めるだけ無駄だと判断した。

 一応、あきれたような表情で当て付けるように大きくめ息を吐く。

 予想通り、それでアキラの意思を覆すことなど出来なかった。


 キバヤシが折り畳み式の小型バイクを持って運転席から降りてくる。


 バイクは小型ではあるが荒野仕様で、折り畳んだ状態で運転席の助手席に辛うじて入る程度には大きい。

 トラックがモンスターの襲撃などで移動も通信も不可能になった場合に、このバイクで救援を呼ぶために常備されている。

 大抵その役目はハンターオフィスの職員になるのと、荷台に置くとハンターが勝手に使用し兼ねないので、態々わざわざ運転席に設置してある。


 キバヤシは折り畳まれていたバイクを簡単な手順で組み立てると、バイクのシートを軽くはたいた。


「これに乗っていけ。

 走るよりは早く着く。

 それとハンター証を出せ」


 キバヤシがアキラからハンター証を受け取って職員用の情報端末に読み取らせた。


「これで緊急依頼の手続きは済んだ。

 お前の情報端末を使ってハンターオフィスのサイトから手続きをすると、どの場所に派遣されるかは未定になる。

 今の処理で最短距離の戦場が目的地になった。

 あとこのバイクは緊急依頼の報酬の前払分だ。

 気を付けろよ?

 逃げるとハンターオフィスに地の果てまで追いかけられるぞ?」


 軽く脅しを入れてきたキバヤシに、アキラが平然と答える。


「そんなつもりがあるのなら、1人で緊急依頼を受けるなんて真似まねは初めからしない」


 キバヤシが更に上機嫌に楽しげに笑う。


「そりゃそうだ!

 よし!

 行ってこい!

 無理無茶むちゃ無謀!

 命をチップに大金をつかむのがハンター稼業の醍醐味だいごみだろう!

 駆け抜けて生き、駆け抜けて死ね!

 最近そんなハンターが少なくなってきたからな!」


「どちらかと言えば、俺は慎重な方なんだけどな」


 アキラは本心で言ったのだが、キバヤシはそれをちょっとした冗談だと思い、そしてその冗談が受けて更に面白そうに笑った。


「冗談を言うな!

 慎重派が走ってモンスターの群れと戦いに行くかよ!

 正確な位置は情報端末で分かるが、場所は大体ここから北西、あっちの方角だ!

 ある程度近付けば、ハンターの銃声やモンスターの騒ぎですぐに分かるはずだ!

 頑張りな!

 良き狩りを!」


 アキラはバイクにまたがると、随分と上機嫌なキバヤシに見送られて走り出した。


 荷台にいるハンター達がそのアキラの姿を様々な表情と様々な感情で見ていた。

 驚愕きょうがく、称賛、羨望、困惑、嫉妬、嘲笑、各自が様々な感情を抱きながら、別の選択をした者の背を見ていた。


 シカラベが感心しながらつぶやく。


「あいつ、1人で行ったのか。

 やるな」


 シカラベはアキラの根性を認めて軽く称賛した。


 カツヤはどこか悔しそうな表情で、嫉妬にも似た視線をアキラに向けていた。

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