第25話 頭部装備と勘とオカルト

 注文した強化服が店に届いたという連絡を受けたアキラは、勉強を即座に中止して素早く支度を済ませると、足早にシズカの店に向かった。


 はやる気持ちを抑えながら店に入ったアキラを、シズカが笑って出迎える。


「いらっしゃい。

 御希望の商品が届いているわ。

 案内するからこっちに来て」


 アキラはそのまま店の倉庫に案内された。

 多数の商品が雑多に積まれている倉庫の中を見ると、ハンガーラックに掛けられている強化服がすぐに目にまった。


 強化服は黒に近い灰色の柔らかそうな素材で作られている。

 表面には金属製の骨組みが付いていて、背中の背骨のように見える支柱から、骨格に沿って四肢の末端まで伸びている。

 ヘルメットなどの頭部装備は付属していない。


 アキラがその周囲を回りながら強化服を興味深そうに見ている。

 その普段よりも子供っぽいアキラの様子を、シズカは微笑ほほえましく見ていた。


「TLT型C式強化服。

 製品名はケイロンよ。

 2世代ほど前のバージョンの製品だけど、基本的なハードウェアは現行バージョンとそれほど大きな差はないわ。

 ただ基本制御ソフトの更新サポートは終了しているから、ソフト更新による性能向上はないと思ってちょうだい。

 有志が開発しているソフトをネットで手に入れて適用すれば性能向上の可能性はあるけれど、動作保証なんかないから絶対にお勧めしないわ。

 下手をすると、設定ミスで関節部が逆に曲がったりするからね。

 気を付けなさい」


 アキラはシズカの説明にうなずきながらも、視線を強化服から外していない。

 その様子は新しい玩具おもちゃを手に入れて高揚している子供だ。


 そのまま好奇心に従って強化服の布地の部分に触れる。

 化学繊維の手触りと、布地に織り込まれている無数の細くて硬い芯の感触が伝わってくる。

 芯の手触りを追うと金属骨格のような部品につながっていた。


 続けて強化服の金属骨格部分を触る。

 予想以上に柔らかく、金属を触る感覚で力を入れた途端にゴムのように曲がってしまい、慌てて手を離した。


「シ、シズカさん、なんか予想以上にグニャッとしてるんですけど、こういうものなんですか?」


 シズカが笑ってアキラを安心させる。

 その笑顔にはアキラの反応を楽しんでいる部分も含まれていた。


「大丈夫よ。

 簡単に着脱できるように、起動していない時は柔らかくなっているの。

 じゃあ、いつまでも眺めていないで、早速着てみましょうか。

 強化服の初期設定のために身体データを取得し直すから、採寸した時のように服を脱いで」


 シズカが以前のようにアキラの身体データをスキャナで計測する。

 そして強化服の背中側へ移動すると、手元の端末を操作して身体データを強化服の制御装置に送信した。


 強化服が入力された身体データを基に自動でサイズ調整を始める。

 袖や股下、胴体部などが少しずつ縮んでいき、アキラの身体に適したサイズに全体的に変わっていく。

 アキラはその様子を見て軽く驚きの声を上げた。

 その後、サイズ調整の済んだ強化服をシズカに手伝ってもらいながら着用した。


 金属骨格はゴムのような柔らかさで、着ている時も、その後に体を軽く動かした時も、アキラの動きをその固さで阻害するようなことはなかった。

 しかし重量は別だ。

 サイズ調整を済ませて、その重量を体型に沿って分散させているのにもかかわらず、このまま動き回ればすぐに体力が尽きるであろう重みをずっしりと感じた。


 シズカが強化服を着たアキラを見て軽くうなずく。


「うん。

 なかなか格好良いじゃない」


「ありがとう御座います」


 アキラは少し照れくさそうにしながらもうれしそうにしている。

 そこにアルファが割り込んでくる。


『格好良いわ!

 素敵よ!』


『黙ってろ』


『何で私にはそんな辛辣なのよ』


茶化ちゃかしているようにしか聞こえないからだよ』


 アルファは不満そうな様子を見せていたが、アキラはそれを無視した。


 シズカが強化服の動作確認に移る。


「それじゃあ強化服を起動してみて。

 起動スイッチとかは腰の辺りにあるわ。

 大丈夫だと思うけど、異常を感じたらすぐに起動を中止してね」


「分かりました」


 アキラが強化服を起動する。

 すると強化服の金属骨格と布地に織り込まれている金属繊維が硬化した感触が伝わってくる。

 同時に強化服の重みが消えた。

 強化服が自身の重量を自身で支えて、その上で着用者の動きに合わせて自身を動かし、その重量感を着用者から消したのだ。


 アキラがその余りの違いに少し驚きながら手足を動かしている。

 その様子から、シズカは強化服の動作に問題は無いと判断した。


「正しく起動できたみたいね。

 しばらくはゆっくり動くようにして、強化された身体機能での動きに慣れるようにしなさい。

 その辺の重そうな大型銃でも持ち上げて強化服の性能を存分に確かめなさい、と言いたいところだけど、商品を壊されると困るから触らないようにしてね。

 荒野で瓦礫がれきでも持ち上げて確かめて。

 銃も注意して握りなさい。

 強化された身体機能で乱暴に扱うとあっさり壊しかねないわ。

 強化服の起動中は金属繊維部分も硬化しているけど、それは重い銃器類や外付けの装甲板とかを支えるためのものなの。

 追加の装甲無しで、銃弾やモンスターの攻撃を防げると思っては駄目よ?」


 アキラがしっかりと頷く。


「分かりました。

 十分気を付けます」


「付属品はあっちの箱に入っているわ。

 エネルギーパックの予備と整備キット、それに簡単な紙の説明書ね。

 情報端末で閲覧できる説明書のダウンロード先も書いてあったはずよ。

 使用方法はちゃんと目を通しておくこと。

 ……それぐらいかしら?

 アキラから私に何か聞いておきたいことはある?」


 アキラは少し考えてから、何となく頭に浮かんだことを尋ねてみる。


「そういえば、強化服にはヘルメットみたいなものは付かないんですか?」


「強化服や防護服の頭部装備は基本的にオプション品なのよ。

 アキラはヘルメットとかを着ける方だったの?

 ごめんなさい。

 確認しておくべきだったわね」


 シズカは少し申し訳なさそうに謝った。

 アキラが慌てて補足する。


「いえ、あっても不思議はないかなって思っただけです。

 不満を言った訳ではありません。

 俺も必要ならシズカさんに強化服の相談をした時にちゃんと言っています。

 気にしないでください」


「そう?

 それなら良かったわ」


 そう言って微笑ほほえんだシズカを見て、アキラもシズカの機嫌を損ねずに済んだと安堵あんどした。

 そして少し気になったことを尋ねる。


「さっきシズカさんは俺のことを、ヘルメットを着ける方かって聞きましたけど、着けない方の人もいるんですか?」


「ええ。

 結構いるわよ。

 頭部装着型の情報収集機器を使うから、基本セットの頭部装備は邪魔だって思う人もいるし、そんなこととは無関係に頭部を覆うものは出来る限り何も着けたくないって人もいるわ。

 だから強化服の頭部装備は基本的にオプション品なのよ」


「そんな人もいるんですか?

 ヘルメットを着けた方が安全だと思うんですけど……」


「いるわよ。

 例えばエレナとサラも、フルフェイスのヘルメットとかを被ったりはしていないでしょう?」


 アキラはエレナ達の姿を思い浮かべて、確かにそうだと思った。

 ついでに、遺跡でエレナ達を襲った男達もそうだったと思い出す。

 しかしだからと言って納得は出来なかった。

 逆に疑問が深まり、怪訝けげんそうな顔を浮かべる。


「確かにそうですね。

 ……何でなんですかね?」


「一応理由はあるのだけど、その理由がちょっとオカルトなのよね」


「オカルト、ですか?」


「そう。

 オカルト。

 どんな話か聞きたい?」


「お願いします」


 シズカが興味深そうな表情をしているアキラを少し楽しげに見ながら話し始める。


「ハンターの中にはどんなに高性能なヘルメットでも着用を嫌がる人がいるのよ。

 フルフェイスだけど、砲弾の直撃に耐えるほどの防御力があって、内部の全方向ディスプレイのおかげでヘルメットを着けていない時と同じ視界を維持できて、音も同じように聞こえて、被っても圧迫感など全く感じられなくて、強化服との連携で重量も全く感じられない。

 そんなすごいヘルメットでも絶対に使いたくないって人がいるの。

 どうしてだと思う?

 勿論もちろん金銭的な理由ではないわ」


 アキラは少し考えてみたが、それらしい理由は全く思い付けなかった。

 難問を解くのを諦めたような表情を浮かべて降参する。


「……全然分かりません」


「何でも、そういうヘルメットを着けると勘が鈍るんですって」


「勘……ですか?」


 アキラは予想外の答えに困惑した様子を見せている。

 シズカは予想通りの反応を楽しむように微笑ほほえんでいる。


「そう。

 勘。

 高性能なヘルメットの防御力や機能性を捨ててでも、勘を鈍らせるのを防ぎたいそうよ。

 私も勘は良い方だと思っているから、そういう気持ちは分からない訳でもないわ」


「うーん。

 分かるような、分からないような……」


「まあ確かに、その辺の感覚は個人的なものだからね。

 懐疑的な人も多いけど、同時に自分のことなんだから自分の勘に従って好きにすれば良いと思っている人も多いから、個人が各自で判断する分には問題ないのよ。

 問題は民間軍事会社とかが部隊の武装をそろえる時とかに出るの。

 ある部隊の装備をそろえる責任者が、そんなオカルトは信じないって言い切って、部隊全員に高性能な頭部装備の着用を義務付けたことがあったの。

 どうなったと思う?」


「ど、どうなったんですか?」


「反対を押し切るためにかなり高性能な装備をそろえたにもかかわらず、部隊全体の死傷率が上がったそうよ」


 シズカは驚きの表情を浮かべたアキラの反応を見て、少し満足そうに微笑ほほえんでいた。


「納得できる明確な根拠なんかない。

 頭部装備を着けたくない理由は本人の勘というあやふやなもの。

 でも死傷率という数字は結果を出している。

 だから、オカルトって言われているのよ」


「……えっと、俺もヘルメットを着けない方が良いんでしょうか?」


 シズカが戸惑っている様子のアキラを落ち着かせる。


「ごめんなさい。

 それは私にも分からないわ。

 普通にフルフェイスのヘルメットを愛用している人も多いからね。

 さっきの話を誤解して、頭部の装備をおろそかにして死ぬ人も多いわ。

 アキラが着けたいと思ったら着ける。

 そう思わなかったら着けない。

 それしかないわ。

 経験を積んだハンターは、変な装備を身に着けるとしっくりこないって感覚を覚えるそうよ。

 さっきも言った通り、そういうものには個人差があるから、アキラが自分で判断するしかないわ」


 アキラは少し悩んだ後で、割り切ったように苦笑した。


「分かりました。

 取りえず、今はオプション品を買う金もないので、俺は着けない方だって思い込むことにします」


 シズカも苦笑を返す。


「下手に悩むより、その方が良いかもしれないわね。

 オプション品だけの取り寄せも出来るから、気が変わったら言ってちょうだい」


「はい」


 シズカが話を切り替える。


「強化服を手に入れたからって、無茶むちゃはしないこと。

 何かあったら連絡して。

 初期不良が有った場合は修理に出すけど、その場合は最短でも1か月は修理から戻ってこないと思ってね。

 おっと、危ないから店を出るまでは強化服の身体強化機能を切るか、動作を日常生活補助モードにしておいてね」


 アキラは言われた通りに強化服の機能を一度切った。

 すると強化服の重量が体に戻ってくる。

 この状態では宿まで戻るのも難しいと感じて、機能を日常生活補助モードに切り替える。

 動きに僅かに重さを感じるものの、普通の動作に支障はなくなった。


 アキラ達は取りあえず店の方まで戻った。

 シズカがカウンター越しに普段の接客を始める。


「一応可能な限りアキラの要望を満たした強化服を選んだつもりよ。

 実際に使ってみるといろいろ気になる点が出てくると思うけど、今はアキラに満足してもらえることを祈っておくわ。

 文句を思い付いたら遠慮無く言ってちょうだい。

 私に何とか出来るものなら何とかするから」


「多分大丈夫だと思いますけど、何かあればその時はまた相談させてください」


 シズカは満足そうなアキラを見て同じように微笑ほほえんだ。

 そして付け加える。


「言い忘れていたわ。

 今後は弾薬費の他に強化服のエネルギー代も必要経費に加わることを忘れちゃ駄目よ?

 エネルギー切れで使えなくなったら買った意味が無いわ。

 折角せっかく買ったんだから、いつでも使えるようにしておきなさい」


「はい。

 注意します。

 いろいろありがとう御座いました」


 軽く頭を下げたアキラに、シズカが冗談交じりの微笑ほほえみを向ける。


「気にしないで。

 これでアキラに強化服でもないと重くて使えない銃も勧められるようになった訳だからね。

 今後の御購入を期待して待っているわ」


「期待に応えられるように稼ぎたいところですけど、無理はしないようにしておきます。

 気長に待っていてください」


 アキラも冗談交じりの苦笑を返した。

 そして軽く頭を下げてから帰っていった。


 シズカがアキラを見送った後につぶやく。


「それにしても、ちょっと前に初めてAAH突撃銃を買ったばかりなのに、もう強化服を手に入れたのか。

 早いわね。

 危ない時にエレナ達に助けられた運もある。

 この調子なら将来有望なハンターに成りそうね。

 ……多分ね」


 シズカは少しだけ心配そうな表情を浮かべたが、すぐにそれを消した。


 大成への道をより速く進むほど、その速度が速ければ速いほど、狭まった周辺視野の所為せいで判断を誤る恐れが増えていく。

 そして不運と衝突した際の被害も大きくなる。


 うっかり口に出した言葉が現実にならないように、シズカは心に浮かんだことを口に出す前に、別の言葉に切り替えていた。




 宿に戻ったアキラがハンガーラックに掛けられている強化服を見て機嫌良く笑っている。


「強化服も手に入れたことだし、ようやく遺物収集に戻れるな」


 シジマに50万オーラムを支払ったこともあり、アキラの金は底を突きかけていた。

 このままではじきにこの狭く風呂も付いていない安部屋からも追い出される。


 アキラは早く収入を得てすぐにでも風呂付きの部屋に戻りたかった。

 しかしアルファがその期待をあっさり打ち砕く。


『まだしばらくは遺跡には行かないわよ?』


「えっ?

 いや、でも、強化服を手に入れたから、もう荒野に出ても大丈夫なんじゃないのか?」


『荒野には出るけれど、遺跡には行かないわ。

 危険だからね。

 私はもう少しアキラを過保護にすることに決めたの。

 アキラの不運に対抗するために、私は全力を尽くすわ』


 アルファの口調は強大な敵に立ち向かう覚悟すら感じられる少々大げさなものだった。


 自分の不幸はそこまで断固たる決意がなければ立ち向かえないものなのか。

 アキラはそう思って若干たじろいだ。


「そ、そうか。

 アルファがそう言うなら仕方無いけど、これからどうするんだ?

 この安部屋の宿代もそろそろ尽きる頃だぞ?」


『大丈夫よ。

 しばらくの間はハンターオフィスから依頼を受けて日銭を稼ぐわ。

 依頼を達成して、アキラのハンターランクを上昇させて、荒野仕様の車を借りられる身分になること。

 それが当面の目標よ』


「車か。

 うーん。

 そっちを優先させる理由は?」


『モンスターの群れから走って逃げるのは大変でしょう?』


 アキラはその理由に納得しながらも、再度モンスターの群れと遭遇する前提でこれからの予定を組まれたことに、少し複雑な気持ちを抱いて微妙な表情を浮かべた。


『遺物収集を目的にした遺跡探索はその後になるわ。

 依頼は私が選ぶから安心して』


「……まあ、アルファがそう言うのなら任せるよ」


『今日はもうこのまま部屋で休んで。

 私はその間に強化服の調整を済ませるわ。

 明日は一日中強化服の訓練よ。

 それで最低限戦えるぐらいには強化服に慣れてもらうわ。

 実際に依頼を受けて動くのは明後日あさってからになるわね』


「強化服の調整って、それはシズカさんが済ませただろう?」


 アルファが不思議そうにしているアキラに不敵に笑う。


『あれは本当に最小の基本設定を終わらせただけよ。

 私の高度なサポートを受けられるアキラ専用のカスタマイズは、私がこれから念入りに作成するの。

 情報端末との連結だけはお願いするわ。

 その後は私だけでやるから安心して』


 アキラがアルファの指示通りに情報端末と強化服を整備キットの中にあった接続端子ケーブルで接続する。

 すると情報端末にアキラには意味不明な文字列、画像、紋様等が浮かび上がる。

 情報端末の設定の時に似たようなものを見た記憶があるので、気にせずに後はアルファに任せて休憩に入った。


 情報端末は使用中で、アルファも強化服の設定で忙しい。

 アキラはノートと筆記用具で自習しながら、何となくシズカの話を思い出した。


「なあアルファ。

 シズカさんが言っていたヘルメットを被ると勘が鈍るって話だけどさ。

 ああいうのって、本当にあるのか?」


『あるわ』


 確実に存在していて疑う方が不自然だ。

 そう言わんばかりの態度での返事にアキラが少し驚く。


「随分はっきり言うんだな。

 シズカさんはオカルトだって言っていたのに」


『あれは事象の認識に必要な情報精度の低下や、それに起因する誤認や判断の誤り、自覚できない知覚の遮断、無意識下の通信障害などが複合した結果よ。

 それらを現在の科学技術で解析することが不可能だから、オカルトって呼ばれているだけよ』


 アキラが困惑を超えて混乱に近い表情を浮かべる。


「……もう少し分かりやすい説明にならないか?」


『良いわよ。

 アキラが解像度の低い画像を見たとするわね。

 ぼやけているけれど、映っているのがクズスハラ街遺跡だってことは分かる。

 その程度の画像よ。

 その画像の撮影場所でクズスハラ街遺跡を見れば、大体同じものを見ることはできる。

 でもじかに見た風景とその画像とは情報量に雲泥の差があるの。

 それが見ている本人には自覚できないものであってもね。

 フルフェイスのヘルメット内に全方向ディスプレイを設置して外の映像を映し出しても同じよ。

 それどころか一見透明に見えるゴーグルを着けただけでも、何らかの情報が失われている場合があるわ。

 失われた情報の中に危険を知らせる貴重な情報が含まれていれば、その危険に気付くことが不可能になる。

 これは視覚に限った話ではないわ。

 頭部で知覚できる全ての感覚で同じことが言えるわ』


 アキラの表情は不可解な何かに対する疑問に満ちている。


『背後から視線を感じて振り返ったら本当に誰かがいた。

 そういう感覚に優れている人もいるわ。

 でもその視線を知覚しているのは視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚のいずれでもないわ。

 視線は見えないし聞こえないし触れないし味わえないし嗅げないからね。

 そういう人には、自覚はできないけれど、視線を知覚できる感覚器が存在している可能性があるわ。

 旧世界の技術で気配を探知するような感覚器を追加した人の子孫かもしれないし、同様の効果がある遺物を知らずに使用して似たような能力を得た可能性もあるわ。

 頭部を覆うことでそれらの感覚器が鈍る場合もあるわね』


 アキラの表情は理解の許容量を超えた説明に対する困惑に満ちている。


『アキラは私と念話をしているけれど、これは私とアキラの間で行われている通信の上で行われているわ。

 前にもちょっと話したけれど、これはアキラの脳にある機能のおかげね。

 でも別にその機能に限った話ではなくて、他の何らかの存在と何らかの情報を通信する機能は結構あるのよ。

 双子には不思議なテレパシーがあるとか、身近な人の危険を何となく察したりとかね。

 意思の疎通は無理でも何らかの送受信が行われていて、近くにいる何かの情報を無意識に認識していることもあるわ。

 この通信も頭部を覆うことで遮断されるかもしれないわね』


 アキラは理解を超える事象に対する拒否反応を辛うじて抑えていた。


『勘が鋭いというのは、それらの無意識下で行われる多種多様な何かを総合して得た情報と、その情報を基にした判断のことよ。

 命懸けのハンター稼業でそれらの技術を自覚せずに研ぎ澄ませた人間が急にそれを失った場合、つまり勘が鈍った場合、それは目をつぶってモンスターと戦っているようなものなのよ。

 今までその能力に頼っていた人は、その分だけ死にやすくなるでしょうね』


 アルファはそこで説明を一度止めた。

 そして笑ってアキラに話の理解度を尋ねる。


『分かった?』


 アキラは困惑に困惑を重ねた頭の中で何とか答えを生み出した。


「……つまり、俺が変なものを被ると、普通は気が付かないものをもっと気が付かなくなったり、アルファと話せなくなったりする恐れが高くなるってことか?」


 アルファは少し意外そうな表情を浮かべた後で、少しうれしそうに微笑ほほえんだ。


『その認識で構わないわ。

 だから私のサポートを妨げたり低下させたりする装備品は、どんなに高性能なものでもアキラに使わせる訳にはいかないわ』


「でもそれってどうやって調べるんだ?」


『私にはすぐに分かるから大丈夫よ。

 その場合はアキラに教えるわ』


「そうか。

 分かった」


 アキラは変な装備の所為せいで気付かない内にアルファのサポートを失う事態は避けられると知って安心した。


『それで、さっきの説明で良かったの?

 もっと分かりやすくした方が良かった?』


「いや、今はあれで十分だ。

 もっと細かい説明はその内にその手の授業の中で教えてくれ」


『そう?

 もっと詳しく聞きたくなったらいつでも言ってちょうだいね』


「あ、ああ」


 アキラが断ったのは下手に詳しく聞くと更に難解な話が延々と続きそうな予感がしたからだ。

 そしてそれはアルファに見抜かれていた。


 アルファは話を流そうとするアキラの様子を微笑ほほえみながら観察していた。

 その表情からその下の心理状態を。

 その心理状態の変化から人格の傾向や本質を。

 好き嫌いを。

 揺らぎを。

 その根幹を。

 以前からずっと観察していた。

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