第23話 地雷のような子供

 アキラは宿で勉強漬けの日々を送っていた。

 既に強化服を注文してから2週間が経過している。

 アルファの宣言通りに宿から一歩も出ずに、風呂のない狭く安い部屋で、入浴欲を簡易なシャワーでごまかしながら、毎日ひたすら勉学に励んでいた。


 それでもアキラは比較的上機嫌だ。

 理由は800万オーラムも出した強化服への期待だ。

 シズカから納品予定日の連絡を受けてからは更に上機嫌になり、少し落ち着かない様子まで見せていた。


 アルファのサポートはアキラの勉強にも大いに役立っていた。

 まずはアキラの視界を拡張して現実には存在しない様々なものを表示することで、効率的な学習環境を構築していた。

 空中には電子的な黒板のような物が浮かんでいる。

 売店で買った真っ白なノートを開けば、文字や画像が追加で表示されて教科書になる。

 教材面での不備は全く存在しない。


 また授業の内容も教え方も非常に洗練されており、分かりやすく効率的だ。

 更にアルファがアキラ一人のために根気よく丁寧に付きっ切りで教えている。

 狭く安い部屋の中に、本来なら巨額の金を積んでも難しい高度な勉強環境が構築されていた。

 そのおかげでアキラは急速に知識を身に着けていた。


 その日々の中、電子黒板の文字列を指示棒で指していたアルファが、その指す先をアキラの情報端末に移した。


『アキラ。

 シェリルから通話要求が来たわ』


 アキラが情報端末を手に取る。

 その時点ではシェリルからの連絡を示すものはない。

 だがすぐに着信を知らせる音と表示が現れた。

 アキラが不思議そうな顔を浮かべる。


「何で情報端末よりも早く気付いたんだ?」


 アルファが得意げに微笑ほほえむ。


『前にも説明したけれど、その情報端末を私が乗っ取ったからよ』


 そういうものなのだろうか。

 アキラは僅かに疑問を抱いたが、余り気にせずに通話要求を受けた。

 すると、シェリルが焦りと緊張のにじんだ声で話し始める。


「シェリルです。

 お忙しいところを申し訳御座いません。

 拠点の方に御足労頂けないでしょうか?

 実は他の徒党の人間が、どうしてもアキラと会って話をしたいと言っているんです。

 私も断ったのですが、駄目ならアキラの宿に押し掛けるとまで言い始めまして……」


 アキラが僅かにいぶかしむ。


「俺と会って何の話をするんだ?

 徒党のボスはシェリルだろう?」


「私では話にならないと言っています。

 対外的には、徒党のボスはアキラだと思われています。

 代理の私では交渉にならないと考えているのかもしれません」


 アキラが少し考える。

 長期間狭い部屋に閉じこもっていた所為せいで、無意識に息抜きを求めた心が判断を後押しする。


「分かった。

 今からそっちに行くから、それまでに話の内容を確認しておいてくれ」


「分かりました。

 ありがとう御座います」


 少しだけ焦りと緊張を和らげた声を最後に、シェリルとの通話が切れた。


 アルファが不服そうな様子を見せる。


『強化服が届くまでの間は、外出を控えてほしいって言ったはずよね?』


「そう言うなよ。

 たまには外に出してくれ。

 荒野に出る訳じゃないんだ。

 大丈夫だろう。

 もう行くって言ったしな」


 アルファが子供の我がままを許すように軽く笑う。


『仕方ないわね。

 一応準備をしっかり整えてから外に出ること。

 分かった?』


「分かった」


 アキラは遺跡に向かう時と同様の準備を済ませてからシェリルの拠点に向かった。




 シェリルがアキラとの通話が切れた情報端末を見ながら軽く安堵あんどの息を吐く。


(……面倒だと思われているけど、ちゃんと来てくれるようね。

 助かったわ)


 そして問題の者達に厳しい視線を向ける。

 アキラを呼び出したワタバという男とその連れの者達だ。


「アキラがここに来るそうよ。

 それまでに話を聞いておけって言われたわ。

 だからもう一度聞くわ。

 あんたら一体何の用?」


 ワタバはシェリルを小馬鹿にするような態度を取っている。


「アキラってガキが来たら話すって」


「人の話を聞いてないの!?

 話を聞いておけって言われてるのよ!」


 シェリルがワタバをにらみ付けた。

 だがワタバはたじろぎもせず、逆に恫喝どうかつするように声を荒らげる。


「うるせえな!

 ガキが来たら話すって言っただろうが!

 黙ってろ!」


 ワタバはシェリル達をめきっていた。

 それはワタバも元々はシベアの徒党の者であり、シェリル達のことをそれなりに知っていた所為せいでもあった。

 以前の徒党での立場などから、無意識にも意識的にも見下しているのだ。


 ワタバは偶然他の用事があってアキラの襲撃に参加していなかった。

 それでもシベア達が殺されてからしばらくの間はアキラを警戒していた。

 だが時間がつにつれて、単にシベア達がドジを踏んだだけだと考えるようになっていた。


 男にびるぐらいしか能のない少女。

 その程度の者に言いくるめられて後ろ盾になった少年。

 どちらも大したことはない。

 それらの思考や認識がワタバを増長させていた。


 シェリルにはワタバ達をにらみ付けるのが限界だった。

 威圧して、あるいは力尽くで用件を聞き出すような真似まねはとても出来なかった。

 一応銃を持っているが、それは相手も同じだ。

 殺し合いの引き金を自分から引く気にはなれなかった。


 集団の頭の態度は率いている者達にも伝わっていく。

 ワタバ達には余裕と楽観と嘲りが、シェリル達には緊張とひるみと焦りが広がっていく。

 その程度は時間とともにひどくなり、ワタバ達は既にこの場にいないアキラに対しても大分警戒を下げてしまっていた。

 相手は一応ハンターだ。

 だから最低限の警戒は必要だ。

 当初抱いていたその警戒すら緩んでいた。


 そこにアキラが現れる。

 皆の注目が一気に集まる。

 アキラは場の雰囲気を感じ取り、間違いなく面倒事だと理解した。

 そして注目を集めながらシェリルのそばまで歩いていき、面倒そうに尋ねる。


「それで、話って?」


「そ、それが……」


 シェリルが言いよどんでいるとワタバがわらい出した。


「そいつは俺から何にも聞けてねえよ!

 お前に頼まれたことは出来なかったってさ!」


 シェリルが視線に憎悪を込めてワタバをにらみ付ける。

 だがワタバのわらいは揺るがなかった。


 アキラがめ息を吐き、尋ねる先をワタバに変える。


「それで、俺に何の用だ?」


 ワタバがアキラ達にはっきりと告げる。


「簡単な話だ。

 この拠点も含めて縄張りを俺らに明け渡せ」


 その要求に、シェリル達に大きな衝撃と動揺が走った。


 シェリルの徒党はシベアの徒党の縄張りを引き継いだが、現在の徒党の人数ではそれなりに広いその縄張りを維持するのは難しい。

 スラム街に適切に管理されていない縄張りが存在すると余計ないざこざの元となる。

 それはシェリル達にも他の者達にも不利益だ。


 ワタバ達のボスであるシジマという男は、その縄張りの一部、シェリルには手に余る部分だけならば、簡単な交渉で、あるいは軽い脅しだけで容易に手に入るだろうと考えて、シェリル達とも面識のあるワタバ達を派遣した。

 しかしワタバはシェリル達の態度に増長して要求内容を勝手に変更していた。


 当然受け入れられる内容ではない。

 シェリルが思わず叫ぶように言い返す。


「ふざけないで!

 そんな要求飲む訳ないでしょう!?」


「お前には聞いてねえんだよ!

 黙ってろ!」


 ワタバが恫喝どうかつ目的で怒鳴り返すと、シェリルはたじろいで僅かに身を引いてしまった。

 ワタバは悔しそうに顔をゆがめているシェリルを小馬鹿にするように見た後、脅す矛先をアキラに変えて、勝手に想定した返事の内容を当然のことのように期待する態度を取った。


「で、どうなんだよ?

 寄越よこすんだよな?」


「いや、駄目だってシェリルが答えてるだろう。

 俺に聞くなよ」


 アキラはワタバの予想を平然とあっさりと覆した。


 ワタバが欠片かけらも動じていないアキラの態度にきょかれたように驚く。

 だがそれはすぐに苛立いらだちに変わった。

 その苛立いらだちのままにすごみながら脅しに入る。


「俺はお前に聞いてるんだよ。

 ここはお前の徒党なんだろう?」


「ここはシェリルの徒党の拠点で、ボスはシェリルだ。

 俺じゃない。

 俺に聞くな。

 シェリルに聞け。

 お前がシェリルに話しておけば、俺がここまで来る必要はなかったんだ。

 一々呼び出すな。

 話は済んだな?

 帰れよ。

 俺も帰るから」


 アキラの雑な対応に、ワタバの苛立いらだちが怒りに変わっていく。


「お前、調子に乗るなよ?

 俺が所属しているシジマさんの徒党は、こんなガキだらけのクソみたいな弱小徒党とは違うんだ。

 人数も多いし縄張りも大きい!

 断ってただで済むと思ってるのか!?」


「知るか」


 ワタバは話しながら半ば激昂げっこうしていた。

 だがアキラは飽くまで他人ひと事として捉えて、どうでも良さそうな態度のままだった。


 思い通りに事が進まないことに、められているような相手の態度に、ワタバが機嫌をより悪くしていく。

 悪化する機嫌に比例して、その表情も険悪にゆがみ始める。

 それでも全く態度を変えないアキラに、更に怒りと苛立いらだちを高めていく。


 だがその表情が急に嘲りと余裕を取り戻した。

 ワタバがアキラに不敵に笑い出す。


「お前、俺達がお前のことを何も知らないと思ってるな?」


 アキラが態度を変えて怪訝けげんそうにワタバを見る。


「……何を知ってるんだ?」


 予想通りの態度にワタバの顔が怪しく緩む。


「俺達は人数も多いって言っただろう?

 お前が泊まっている宿ぐらい簡単に調べられたぜ」


 アキラが僅かに思案する。


『アルファ』


 アルファがアキラの意図を読み取って指示を出す。


『そこは場所が悪いわ。

 移動して』


 アキラはアルファに指示された場所に黙って移動すると、壁に寄りかかるように立った。

 そして馬鹿にするようにワタバに答える。


「俺の泊まってる宿を調べて?

 それで人を集めて襲撃するとでも言う気か?

 馬鹿かお前。

 あの宿に泊まっているハンターが俺だけだとでも思ってるのか?

 宿と契約している警備会社も敵に回すぞ?

 正気か?

 自殺したいのなら好きにしろよ」


 寝床を突き止めたと脅しても全くひるんだ様子を見せないアキラに、ワタバが軽く意地になって叫ぶ。


「そ、それだけじゃねえ!

 お前がよく行く武器屋のことだって調べてるんだ!

 その店や店主がどうなってもいいってのか!?」


 アキラは内心に湧いた暗い感情を表に出さずに、わざとらしくめ息を吐いた。

 その裏で気付かれないように銃へ手を伸ばし、忠告するように答える。


「善意で教えてやるとだな、その武器屋の店主のカツラギって男は、見た目はどこにでもいるような商売人に見えるかもしれないが、最前線から商品を仕入れて戻ってこられるほどの凄腕すごうでだ。

 お前らが束になって襲っても返り討ちになるだけだぞ?」


 それを聞いたワタバが下卑た笑顔を浮かべた。

 それでアキラの意識が切り替わった。


『アルファ。

 サポートを頼む』


『アキラ。

 少しは考えた方が……』


 アルファはアキラの意思を読み取って一応止めようとした。

 だがその説得の前に、調子に乗ったワタバがわらって口を開いた。


「そっちじゃねえよ!

 女の方……」


 部屋に銃声が響いた。

 胸に対モンスター用の銃弾を受けたワタバが着弾の衝撃で背後の壁まで飛ばされていた。

 そして驚きの表情で顔を固めたまま前方に崩れ落ち、大きな音を立てて床に倒れ込み、そのまま絶命した。

 着弾時に背中から飛び散った血や肉片が背後の壁を赤く染め、死体から流れ出る血が床を染めていく。


 アキラは全員の不意をいて何の躊躇ちゅうちょもなくワタバを撃ち殺した。


 ワタバの連れの男達は動揺で動きを止めていた。

 そして運悪く一番先に我に返り、反撃しようと銃を抜いた男が、その前にアキラに脚を撃たれて床に転がる。

 着弾の衝撃で脚が千切れていた。


 男が激痛による苦悶くもんの声を上げながら床の上でもがいている。

 アキラは残りの者達に銃口を向けて牽制けんせいしていた。


 ようやく子供達の悲鳴が響き始めた。

 訳も分からず部屋を見渡す者。

 部屋の隅に逃げる者。

 逃げ出そうとする者。

 交渉の場が突如殺し合いの場に変わったことに対応できた者は僅かだった。


 アルファが少し険しい表情でアキラに尋ねる。


『アキラ。

 殺す必要はあったの?』


 アキラがはっきりと答える。


『あった』


 アルファは軽いあきれと諦めの混ざっため息を吐くと、気を切り替えるように表情を普段の微笑ほほえみに戻した。


『そう。

 それなら仕方無いわ。

 終わったと思って気を抜かないでね』


『ああ。

 分かってる』


 アルファは別にアキラが何人殺そうが気にしない。

 ただし無意味に状況を悪化させる殺しは謹んでもらいたいと考えている。


 アキラは面倒事を嫌うくせに、その面倒事を自分から増やしている。

 自分を不運だと考えているが、その不運を招く要素を自分から増やしている。

 そしてそれはアキラの中で矛盾していない。

 アキラの中にある何らかの基準が、一見不可解なその行動を肯定している。

 今回の行動も、ワタバの言動がその基準を超えた結果だ。


 その何らかの基準を的確に把握しないと、今後もアキラの行動を促すのは難しい。

 アルファはそう判断して、アキラの観察を続けていた。


 アキラが残りの男達に銃を向けて牽制けんせいしながら警告する。


「銃を捨てろ。

 5、4、3……」


 立っている男達が慌てて銃を捨てた。

 撃たれて床に転がった男は、傷口を押さえる以上の動きを見せていない。

 アキラがカウントを続けながら床の男の頭部に銃口を向ける。


「……2、1……」


「待て!

 すぐに銃を捨てさせる!

 撃つな!」


 他の男が慌ててアキラを止めた。

 そして激痛でそれどころではない男から銃を取ると、自分達の銃と一緒に蹴飛ばした。

 アキラはそれでようやく銃を下ろした。


 場は静まり返っていた。

 ワタバを躊躇ちゅうちょなく警告なく撃ち殺したアキラを、皆がおびえた目で見ている。

 アキラだけが普段と変わらない様子だった。


 アキラが男達に尋ねる。


「それで、お前らはシジマってやつの徒党の一員なのか?」


「そ、そうだ。

 撃つな、撃つなよ?」


「案内してくれ。

 シェリル。

 行くぞ」


 シェリルは事態を把握しきれずに固まっていた。

 そして言われたことを理解すると、別の理由で固まった。

 我に返ったシェリルの表情が大きくゆがむ。


「……ええっ!?」


 シェリルが悲鳴のような声をあげた。




 シジマの徒党はシェリルの徒党と同じくスラム街に無数に存在する徒党の一つだ。

 ただしシェリル達のような弱小とは所属している人数も縄張りの広さも異なる中堅の徒党だ。


 アキラとシェリルはそのシジマ達の拠点に来ていた。


 拠点内部の大きめの部屋にはアキラ達の他にシジマの部下達がいる。

 アキラ達はシジマの部下の案内でその部屋まで通されていた。


 シジマはアキラ達の来訪をかなり慌てていた部下から聞いた。

 いろいろと疑いたくなる報告内容に少々悩んだが、シベアの縄張りを受け継いだ徒党のボスであるシェリルと、その後ろ盾であるハンターのアキラが一緒に来たことを考慮して、直接会うことにした。


 シジマがアキラ達を待たせていた部屋に入ると、報告通りの光景が広がっていた。


 平静を保っているアキラ。

 引きつった表情を浮かべているシェリル。

 撃たれた傷口を押さえている部下と、彼を支えている他の部下達。

 そして床にここまで引きずられた跡を残しているワタバの死体。


 アキラが自分で殺したワタバの死体を引きずって会いに来た。

 部屋に入ったシジマが見たものは、その部下の報告を裏付けていた。


 片足を失った男も、状況報告のためにこの場に残されていた。

 シジマが部下に指示を出す。


「……そいつはもう良い。

 治療してやれ。

 行け」


 シジマの部下達が負傷した男を支えながら部屋から出て行く。

 それを軽く目で追っていたシジマが、視線をアキラに戻して平然と尋ねる。


「やったのはお前か?

 ああ、俺はシジマだ。

 この辺をまとめている徒党を指揮している」


 アキラが平然と答える。


「ああ。

 俺がやった。

 俺はアキラだ。

 彼女はシェリルだ。

 殺しの件とは余り関係がないんだが、一応関係者だから連れてきた。

 状況の把握はさせておいた方が良いと思ってな」


「そうか。

 なら端的に聞こう。

 何しに来た?」


「交渉と確認だ」


「なるほど。

 まあ座ってくれ」


 部屋の中央にはテーブルがあり、その左右にはソファーが置かれている。

 アキラがシジマの勧めに従ってソファーに座る。

 その対面にシジマが座る。

 シェリルは取り残されたように立っていた。


 アキラがシェリルに平然と話しかける。


「座らないのか?」


 敵地に乗り込んだ子供の態度とは思えない図太い態度だった。


 シジマがシェリルに平然と話しかける。


「座ったらどうだ?」


 部下を殺された男の態度とは思えないごく普通の態度だった。


 シェリルはアキラの隣にぎこちない動きで座った。

 格上の徒党の拠点にいる者の態度としても、その徒党の構成員を殺した人物と一緒に来た者の態度としても、ごく自然な態度だった。


 シジマがアキラを観察する。

 シジマの目にはアキラは普通にしている普通の子供に見える。

 つまりその子供は異常者だ。

 殺した男の死体。

 その男の徒党のボス。

 その仲間で、好意的ではない視線を向けている武装した者達。

 それらと同じ部屋にいる状況で平然としている子供は明らかに普通ではない。

 すぐ隣に焦りや緊張で表情をゆがませているシェリルが座っていることも、アキラの異常性を際立たせていた。


 シェリルは必死に虚勢を張ろうとしていた。

 だが上手うまくいかずに冷や汗と震えが漏れていた。

 シジマから視線を外そうとして、その先にあったワタバの死体を見て、慌てて別の方向を見たりと、落ち着かない様子を見せていた。


 シジマはその様子を見てシェリルに対する警戒を引き下げた。

 同時に、アキラに対する警戒を引き上げた。


「用件は交渉と確認だったか?

 何があったのかは知らないが、まあ、話ぐらいは聞いてやろう。

 話しな」


 シジマはそう言いながら情報端末を取り出していじり始めた。

 アキラ達との交渉ごとに興味がない。

 そちらの話など真面目に聞くつもりはない。

 そういう態度を見せていた。


 シェリルは自分達とシジマ達の力の差を知っているので、シジマの態度を非礼だとは思わなかった。

 むしろ自身の徒党の構成員の死体を見ても大きな反応を見せない様子を見て、いきなり殺されるようなことはないと考えて安心していた。


 アキラがシジマに普通に告げる。


「各個撃破することになるから、お勧めしない」


 情報端末を操作していたシジマの手が止まる。

 シジマは徒党の戦闘要員を集合させる指示を送信する直前だった。


 そもそもシジマがアキラ達を拠点の中に入れたのは、ワタバ達とシェリル達との交渉で偶発的な戦闘が起こり、死人が出たことをびに来たと考えたからだ。

 しかし実際に会ってみれば、シェリルはも角として、少なくともアキラにはそのつもりがないことが分かった。


 追加の人員を要請すれば、集結する前に各個撃破する。

 この部屋にいる者を真っ先に攻撃する。

 今この部屋にいる人数なら、自分一人で皆殺しにできる。

 アキラは暗にそう言っている。

 そして本気でそう言っている。


 嫌なら止めろ。

 シジマはアキラのその警告を理解した。


 シジマが表情を変えずに思案する。

 アキラの警告がはったりや誇大妄想の類いだとしても、交戦すれば自分達にも相応の犠牲者が出る。

 そしてその犠牲者に自分が含まれるのはほぼ確実だ。

 それは望まない。


 追加の戦力をアキラに気付かれずに呼び寄せていれば、ほぼ問題なく殺せていた。

 しかしそれに気付かれて阻止された。

 正確にはアルファが気付いてアキラに教えたのだが、シジマにそれを知る術はない。

 そしてシジマにとっては然程さほど変わらない。

 シジマはアキラを改めて得体の知れない相手だと判断して、更に強く警戒した。


(……このガキがシベア達を殺せたのも、単純にシベア達の運が悪かっただけではなさそうだな。

 一見大した実力もない普通のガキにしか見えないんだがな。

 シベア達はこのガキの見た目にだまされて、安易に襲って返り討ちに遭ったってことか。

 地雷みたいなガキだな)


 シジマは情報端末をゆっくりとテーブルの上に置いた。

 そして落ち着きを保ったまま、徒党のボスとして威厳のある声を出す。


「随分強気だな」


 アキラがやや口調を強めて答える。


「遺跡や荒野よりはましだ。

 モンスターは殺しても残りが逃げたりしないんだ」


「なるほど。

 ハンターならではの返事だな」


 シェリルは状況を把握できておらず、アキラ達のり取りを黙って聞いていた。

 だが妙な空気を怪訝けげんに思い、頭の中で2人の言動を再確認して、しばらく考えてようやく理解が追い付いた。

 ついさっきまで殺し合い寸前の状況であり、それをシジマが引いて止めたことに気付いた瞬間、シェリルは表情を一気に青ざめさせた。


 アキラが話を続ける。


「俺が確認したいことは単純だ。

 事情はどうであれ、俺はそっちの人間を1人殺した。

 怪我けが人も1人出した」


「そうだな」


「それで、そっちはこれからどうする気なんだ?

 馬鹿なことをした馬鹿が死んだ、で済む話なのか、身内を殺された報復として徹底抗戦をするのか。

 そして後者の場合、何人殺せば他の人間は抗戦を諦めてくれるのか。

 その確認だ。

 参考例を挙げると、シベア達の場合は幸いにもシベアを含めた6名ほどで、他の人間は諦めてくれたよ。

 なあ、シェリル?」


 ひどく物騒な話の中で、突然話を振られたシェリルが慌てて答える。


「え?

 ええ!

 そうよ!

 私の徒党にはアキラを殺そうとするやつなんかいないわ!

 絶対よ!」


 シジマが忌ま忌ましそうに続ける。


「あのクソ野郎が殺されたからって、その報復を好き好んでするやつはいねえよ。

 むしろ喜ぶやつの方が多い。

 俺も含めてな」


 シジマが口調を戻す。

 表情も落ち着きも一緒に戻す。


「まあ結論を急ぐなよ。

 結論から話すと話が早い場合もあるが、経緯をしっかり聞くことで印象が変わることもある。

 慎重に話を進めるなら、過程も重視しないとな。

 では聞こう。

 なぜあいつを殺した?」


「俺を脅したからだ」


「……それだけか?」


「補足すれば、俺が殺したくなる脅し方をしたからだ。

 冗談が通じる間柄じゃないんだ。

 発言には細心の注意を払うべきだ。

 誠心誠意懇切丁寧に説明しても、正しく意図が伝わる保証はない。

 発言の解釈は聞き手に依存する。

 俺は臆病者なんだ。

 俺を殺すなんて言うやつは、殺される前に殺しておかないと夜も眠れないんだ。

 俺にそういう話をするやつは、有言実行のやつが多い。

 だから、口にしたことを実行されてしまう前に殺した」


 アキラはシジマをじっと見ている。

 俺は発言に気を付けて話している。

 俺を脅すな。

 そちらの発言をはったりだとは思わない。

 そうシジマに伝えている。


「付け加えれば、あいつはシェリルの拠点と縄張りを全部寄越よこせって要求してきた。

 もしかして、抗争の口実用の死に要員だったのか?」


「……あいつ、そんなことまで言ったのか?」


 シジマが確認の意味でシェリルに視線を送ると、シェリルが慌てながらもしっかりうなずいた。


「た、確かに言いました」


 シェリルの様子はその場しのぎにも見えるが、うそいているようにも見えない。

 シジマはそう判断すると、め息を吐いて軽く頭を抱えた。


 ワタバの言動は徒党単位で抗争を仕掛けてきたと判断されても仕方の無い内容だ。

 シジマは経緯を把握した上で、戦闘にも殺しにも忌諱きいを全くいだく様子のないアキラの存在を考慮に入れて、穏便に話を付ける方向で考え始める。


「まあ、こっちにも落ち度があったことは理解した。

 俺としては縄張りに関する話し合いをしたかっただけなんだがな。

 十分に管理されていない縄張りは抗争の火種になる。

 それぐらいそっちも分かるだろう。

 そういう懸念事項を消したかっただけだ。

 ワタバの不手際を考慮に入れた上で、俺としては穏便に事を済ませたいんだが?」


 シジマが返答を求めてアキラに視線を向ける。


「俺もだ。

 不必要に殺し合う気はない」


 アキラがそう答えてシェリルを見る。

 シジマもシェリルに視線を移す。

 すると今まで蚊帳の外にいたシェリルが、急に当事者になった所為せいで慌て始める。


「……えっ?

 わ、私?

 わ、私も穏便に解決するなら構わないわ」


 シジマが視線をアキラに戻して話を続ける。


「穏便に事を治めたいという点に関しては、三者の同意が取れた訳だ。

 では、次にどう穏便に済ませるかだが、事の始まりはどうであれ、死人も怪我けが人もこっち側にしか出ていないことは考慮してほしいね。

 だがそっちのやつを何人か撃たせろって訳にもいかない。

 新たなめ事になるだけだ。

 だから、ここは金で片を付けようじゃないか」


 シジマが軽く考えるような間を置いて続ける。


「……そうだな、100万オーラムだ。

 それで遺恨無しにしよう。

 加えて今後はそっちの徒党とも仲良くしよう。

 こういった事態を避けるためにもな。

 死人が出ため事の後始末にしては悪くない話だと思うが、どうだ?」


 アキラが平然とシェリルに告げる。


「シェリル。

 100万オーラムだって」


 シェリルは僅かな間だけアキラの言葉の意味を理解できずに困惑の表情を浮かべていた。

 だがすぐにその意味を理解して顔を青ざめさせた。


 自力で100万オーラムを支払えと言われても、それは不可能だ。

 だが嫌だと答えたら、穏便な解決は消えせて、再び殺し合う流れに戻る恐れがある。

 その懸念がシェリルを更に慌てさせ、悲鳴に近い声を吐き出させる。


「無理!

 いや、払いたくないって意味ではなく、私達にそんな大金はないわ!

 そんな大金が入る予定だってないわ!」


 アキラも少し表情を険しくさせる。


「俺にもそんな金を払う余裕はないぞ?

 うそじゃない。

 装備代とか弾薬費とか金が掛かるんだ。

 それをケチると死ぬことになるから、余分な金なんかない」


 シジマが軽いすごみを口調に込める。


「命懸けはこっちも同じだ。

 ガキだけの徒党をちょっと脅したら、返り討ちに遭った上に死人が出て、すごすご引き下がった、なんて話が漏れてみろ。

 そこら中の徒党からめられて殺し合う羽目になる。

 金で済ませるにも最低限の額ってのがあるんだ。

 死人が出た案件を金で済まそうとしている時点で、こっちはかなり譲歩しているんだぞ?」


 その後しばらく沈黙が流れた。

 全員相応の理由で簡単には引けない。

 息の詰まる沈黙が続く。

 そしてその後に、アキラが折れて軽いめ息と一緒に妥協案を出す。


「前金として50万オーラム。

 後払いで50万オーラム。

 それでどうだ?

 俺が即金で出せるのは50万オーラムが限界だ」


「残金はいつ受け取れる?」


「ハンターに定期収入なんかない。

 余裕が出るだけ稼いだ後だ」


 シジマが熟考するように沈黙する。

 その大半は演技だ。

 だが残りはこの妥協案を拒絶した場合の対処への思案だ。

 そして結論を出す。


「良いだろう」


 アキラがリュックサックから50万オーラムを取り出してテーブルの上に置く。

 現金が必要になる場合に備えて口座から引き出しておいた金だ。


 シジマが配下に顎で指示を出す。

 部下の一人がその50万オーラムを持って部屋から出ていく。


「支払が完了するまで、暫定的ではあるが、穏便に話が付いたと判断する。

 じゃあ帰ってくれ。

 部下にいろいろ説明とかしないといけないんでね。

 忙しいんだ」


 アキラが黙って立ち上がり部屋から出ていく。

 シェリルも慌ててアキラの後に続いた。


 シジマはアキラ達を黙って見送った後、そのまま部屋にとどまって部下からの報告を待っていた。

 しばらくして、部屋に入ってきた部下が報告する。


「拠点から出ていきました」


「……そうか。

 ……クソが!」


 シジマが叫び、荒れ始める。


「何なんだあのガキは!

 本気で殺しに来てるじゃねえか!

 頭がおかしいんじゃねえか!?

 シベアのクソ野郎がやっと死んだと思えば、もっと狂ったガキが出てきやがる!

 あのガキが出てきた理由も、シベアがあのガキを襲ったからじゃねえか!

 つまりシベアの所為せいじゃねえか!」


 比較的シジマに近い地位にいる部下が、荒い呼吸を整えているシジマに尋ねる。


「ボス。

 本当にあのガキの集まりと真面目に付き合うのか?」


「当面はな。

 あのアキラっていうガキが生きている間は、仲良くする振りぐらいはしておく。

 残りの金も払ってもらいたいしな。

 シェリルとかいうガキが、あのアキラっていう危険物を取り扱っている間は、下手に敵対する必要はない」


「アキラってガキが死んだらどうするんだ?」


「あのガキが死ねば、俺達がどうこうするまでもなくシェリルの徒党は普通に瓦解するだろう。

 人や金や縄張りを取り込むのはその時に考えれば良い。

 縄張りの配分とかを他の徒党といろいろ調整する必要もあるだろうしな。

 ……今回だって、あのシェリルとかいうガキが変なことをしなければ、他の連中と配分すれば済んだ話だったんだ。

 あいつがあのアキラを担いで自分の徒党を結成したりするからこんな面倒なことが起こったんだ。

 シェリルも確か、元々はシベアのところのやつだったはず……、つまりシベアの所為せいじゃねえか!

 クソが!」


 平静を保とうとしているシジマの視界に、放置していたワタバの死体が入った。

 シジマが再び叫び出す。


「……そういえば、こいつも元々はシベアの手下だった。

 手土産に良いものを持ってきたから入れてやったってのに、それ以上の厄介ごとを持ってきやがって!

 シベアの野郎は死んでからもたたりやがる!

 クソが!

 目障りだ!

 とっととこのゴミを捨ててこい!」


 ワタバの死体が部屋から雑に運ばれていく。

 その死体はその後も雑に処理された。


 荒野は荒野で命懸けだ。

 だがスラム街もスラム街で命懸けだ。

 そこでは選択を誤り、馬鹿な真似まねをした者から死んでいく。

 無造作に捨てられた死体は、その両方を満たした者の末路だった。

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