第18話 不運と幸運と偶然の繋がり

 トレーラーがアキラ達を乗せて荒野を進んでいる。

 クズスハラ街遺跡はクガマヤマ都市の近場にあり、アキラでも一応徒歩で行ける距離ではあるが、それでも普通は車両で行く距離だ。

 トレーラーでも少し掛かる。


 カツラギとダリスは激戦の勝利後で上機嫌だ。

 モンスターの群れに長時間追われていた分だけ喜びも大きく、道中の苦難や最前線の様子を笑いながらアキラに語っていた。


 今までスラム街で過ごしてきたアキラには、そのような話を聞く機会など滅多めったにない。

 興味深そうに聞いていた。


「へー。

 東部の東側って、そんな感じなんだ」


「そうだぞ。

 未到達領域との境目、最前線だからな。

 あの辺のハンターは戦車ぐらい持ってて当たり前。

 俺達が銃を持つ感覚で戦車を持ってるんだ。

 まあ戦車ぐらい持ってないと、どうしようもないぐらいモンスターが強いってことでもあるんだがな」


「そんなところから商品を運んできたのか。

 仕入れだけでも、そんなに大変なのか。

 商売って大変なんだな」


「まあな。

 仕入れの他にも、顧客とのコネとか、商機をつかむ手腕とか、いろいろ必要だ。

 どれも仕入れと同じぐらい大変なんだぞ?」


「うーん。

 すごいんだな。

 俺には無理だ」


 アキラは素直に感心していた。

 その様子を見て、カツラギが楽しげに苦笑する。


「まあ、今回の仕入れが特に大変すぎたってのは認めざるを得ねえ。

 それを基準に考える必要はねえよ。

 お前もやってみれば、意外に何とかなるかもしれないぞ?」


 アキラは商売を始める自分を少し想像してみた。

 だが成功のイメージは全く浮かばなかった。

 カツラギがアキラの表情からそれを察して笑い声を大きくする。


「まあ、成り上がる手段はそれぞれだ。

 お前はハンターで成り上がれば良い。

 俺は商売でいく。

 それだけだ。

 俺も今はこんなトレーラーで商売しているが、今回のもうけを足掛かりに規模を大きくして、いずれは統治企業に、さらには5大企業に加わってやる」


 アキラが少し驚く。

 スラム街育ちの僅かな知識でも、それがどれほど途方も無いことなのかぐらいは理解できる。


「5大企業って、そこまで言うのか。

 夢にしてもすごいな」


「統治企業になった暁には企業通貨を発行する。

 通貨名はカツラギだ。

 商品の値札に5万カツラギとか書かせてやる」


 笑って自身の夢を語っていたカツラギが、その表情を少し真面目なものに変えた。


「……この積み荷はその夢の第一歩なんだ。

 だから、お前には結構真面目に感謝してるんだぜ?

 積み荷を捨てて逃げたりせずに済んだからな」


「そうか。

 じゃあ今回の手助けは貸しにしておいてくれ。

 そんなに商売上手なら役に立ちそうだ」


「良いぞ。

 だが商品の値引きは手加減してくれよ?

 さっきも言った通り、俺には金が要るんだからな」


 手段は違えど東部で成り上がろうとする者同士、談笑もそれなりに盛り上がっていた。

 その最中、その談笑に混ざっているかのようにアキラのそば微笑ほほえんでいたアルファが、その表情を再び険しいものに変える。


『アキラ。

 今すぐに右の窓から双眼鏡で外を確認して』


 再び態度を変えたアルファの様子から、アキラがすぐに警戒と緊張を高める。

 急いで前と同じように双眼鏡を情報端末につなぎ、アルファの操作に合わせて外の様子を確認する。

 拡大表示された荒野の一点から土煙が立ち上っていた。


「……カツラギ。

 あのモンスターの群れはあんた達が連れてきたんだよな?」


 カツラギが苦笑いを浮かべてごまかそうとする。


「……バレてたか。

 いや、あれはだな?」


「誰が連れてきたのかなんてどうでも良いんだ。

 教えてくれ。

 あれは、群れの一部だったのか?」


 カツラギがアキラの様子から事態を察して、表情を一気に険しくする。


「ダリス!

 車の索敵機器の索敵範囲を最大まで広げろ!」


「そこまで広げると、小粒なモンスターを見つけにくくなるぞ?」


「良いからやれ!」


 ダリスもカツラギ達の様子から不穏な状況を察し始めると、索敵機器の設定を急いで指示通りに変更した。

 その索敵結果を凝視したカツラギの表情が更に険しくなる。


「索敵範囲を2時の方角に60度まで狭めろ!」


 ダリスは指示内容を一瞬だけいぶかしんだ。

 その設定では指定の方角以外の索敵が不可能になり、奇襲を受ける確率が急上昇するからだ。

 だがすぐに指示に従った。

 そして、再度変更された索敵結果を見て、カツラギと一緒に表情を強張こわばらせた。


 アキラが非常に険しい表情で返答を催促する。


「忙しそうなところ悪いけど、俺の質問に答えてくれ。

 ……あんた達が連れてきたモンスターの群れは、後どれだけ残ってるんだ!?」


 双眼鏡で確認した土煙の発生源は別のモンスターの群れだった。

 カツラギ達が見た索敵結果には、遠方からトレーラーの方へ殺到する大量の反応が映っていた。




 東の荒野からカツラギ達を延々と追い続けていたモンスターの群れは、種類や個体ごとの移動速度の差から徐々に幾つかの集団に分かれていき、以降はその集団の単位で移動していた。

 先ほどアキラ達を襲ったのはその先頭集団だ。

 足の遅い後方の集団は途中で追跡を諦めて元の生息地に戻るなどしており、引き剥がしに成功していた。


 そして今まさに、中途半端な移動速度だった中程の集団が、先頭集団から大分遅れてようやく追い付こうとしていた。


 カツラギ達が険しい表情で対応を話し合う。


「カツラギ。

 このまま都市に進んだらどうなる?

 間に合うか?」


 カツラギが首を横に振る。


「駄目だ。

 間に合わない。

 俺達が群れを連れてきたと判断される。

 これ以上進むと、俺達も都市の防衛隊にあの群れごと殺される。

 ……あの群れの速さを索敵反応の移動速度から予想すると、トレーラーを全速力で走らせれば、恐らく俺達の方が少し速い。

 逃げ回って時間を稼ぐってのはどうだ?

 群れとの距離を十分取ってから都市に入るんだ」


 今度はダリスが首を横に振る。


「無理だ。

 長距離移動でトレーラーのエネルギー残量はぎりぎりだ。

 逃げ回っている途中で切れる」


 互いの案を互いに却下したカツラギ達がめ息を吐いて少し黙る。

 次の案も出ないようなので、アキラが提案する。


「もう一度遺跡に戻るってのはどうだ?

 今度は俺が遺跡の中を案内する。

 あそこの地形には詳しいんだ。

 行き止まりで立ち往生ってことは避けられると思う。

 エネルギー切れでトレーラーを捨てるにしても、荒野よりは遺跡の方が逃げ場も多いし、敵もきやすいと思うけど……」


 アキラは、実際の案内役はアルファ、という点を除けば自分でも良い案だと思っていた。

 だがカツラギが強い拒絶を示す。


「駄目だ!」


 驚くアキラの態度を見てカツラギが我に返る。

 そしてどこか重苦しい険しい表情で理由を付け足す。


「……遺跡にはさっき殺したモンスターが山ほど散らばってる。

 それらの血臭やら何やらが、もう他のモンスターを大量におびき寄せているかもしれない。

 最悪、遺跡奥部の強力なモンスターまで呼び寄せていたら、絶対に勝てない」


 アキラはカツラギを僅かにいぶかしみ、その真偽を尋ねる視線をアルファに送った。

 それを受けて、アルファが真面目な表情で答える。


『トレーラーを捨てたくないごまかしが含まれているのは確かよ。

 でも説明した内容にうそは無いわ。

 今更遺跡に戻っても、状況が悪化するだけよ』


 自身の案を却下されたアキラも、同じくめ息を吐いた。


「ここで迎え撃つしかないのか……。

 そうだ。

 最前線から運んできたっていう装備は使えないのか?

 すごく高性能なんだろう?」


 カツラギが首を横に振る。


「無理だ。

 強化服は個人用の調整をしないと使えない。

 最短でも4時間掛かる。

 銃器類の方は対応する特殊な弾薬が必要で、それは積んでない。

 弾薬類の運搬は別ルートだからな。

 ……クソッ!」


 この場で迎え撃つのが最善手。

 アキラ達は全員そう理解した。

 理解と把握の程度に多少の差異はあり、それがそれぞれの表情の微妙な違いに表れていたが、楽観視の気配など欠片かけらもないのは全員同じだった。


 アキラ達が迎撃の準備を始める。

 カツラギはトレーラーを出来る限り有利な地形にめると、機銃の残弾を出来る限り再装填しやすいように配置していく。

 アキラとダリスはトレーラーから降りて配置に付く。

 交戦まで、後数分しかない。


 アキラはアルファの指示通りに準備を手早く済ませる。

 AAH突撃銃の弾倉を再装填し、リュックサックから予備の弾倉を全て取り出して近くの地面に置く。

 回復薬を事前に服用し、効果切れと同時に追加分を服用できるように口の中にも含んでおく。

 回復薬のカプセルの皮膜を解いて、中身を服のポケットに入れておく。

 これでアキラの、精神面以外の準備は完了だ。


 アルファはいつものようにアキラのそばに立っていた。

 アキラはその様子に不安と心強さの両方を覚えながら、少し開き直ったような態度で尋ねる。


『アルファ。

 正直に答えてくれ。

 勝てそう……、いや、勝ち目はあるか?』


 質問は、勝てそうか、と聞いた場合、負けそう、と返ってくる気がして、途中で変えられていた。


 アルファがいつものように笑って答える。


『勝率はあるわよ。

 私もサポートするから頑張りなさい』


 うそいていない。

 ただし正確な勝率を伝えるとやる気の減退などの所為せいで、ただでさえ低い勝率が更に下がるという判断から、具体的な数値を教えるつもりは全くなかった。


『そうか。

 勝ち目はあるのか』


 アキラもそれ以上はえて聞かなかった。

 知らない方が良いことは、知らなくて良い。

 そこにはその共通認識があった。


 アキラが銃を構える。

 そしてアルファを見て、何かを話そうとして、それを止めた。

 するとアルファがえて楽しげに笑ってみせる。


『アキラ。

 前にも言ったけれど、アキラが私と出会うために支払った幸運以上に、私がアキラの世話をしっかり焼いてあげるわ。

 だから、アキラは何があっても諦めては駄目よ。

 私のサポートは、アキラの意思とやる気と覚悟を前提にしているの。

 それを忘れないでね。

 アキラにやる気がないのなら、サポートをめても良いのよ?』


 そのアルファのどこか挑発気味な楽しげな笑顔を見て、アキラが苦笑した。


『そうだった。

 意思とやる気と覚悟は、俺の担当だったな。

 それじゃあ、まあ、こんな状況だけど、しっかり世話を焼いてくれ』


 アルファが満面の笑みを浮かべて自信たっぷりに答える。


『任せなさい』


 アキラも軽く笑って返した。

 心に湧いていた僅かな諦めが完全に消えせて、代わりに最後まで足掻あがく意思で満たされた。


 アキラは覚悟を決めた。

 これでアキラの準備は全て整った。




 カツラギはモンスターの群れを既にトレーラーの機銃の射程内に収めている。

 だが撃たない。

 接近の阻止を目的とした牽制けんせい射撃では意味が無いからだ。

 無駄弾を抑えるためにも、最低でもモンスターの強靭きょうじんな肉体に重傷を与えられる距離まで、敵を引き付ける必要がある。

 アキラ達もそれを分かっているので、掃射の催促などせずに黙って銃を構えて、同じように敵を引き付けている。


 カツラギ達が逃走中に遠距離攻撃持ちの個体をほぼ潰し終えていたので、今の群れにいるのは基本的に近接攻撃しか出来ない個体だけだ。

 そのおかげで、大量のモンスターが殺意をき出しにして迫ってきているという恐怖に耐えさえすれば、効果的な銃撃位置まで敵を十分に引き付けられる。


 アキラ達はその恐怖に十分に耐えた。

 確実に致命傷を与えられる距離まで引き付けた群れに、機銃が掃射を開始する。

 大量の銃弾が群れの前面の個体に着弾し、目標の原形を四散させ、その血肉を後方のモンスターに飛び散らせる。


 その血煙の中から、後続のモンスターが仲間の血肉を浴びながらも欠片かけらひるまずに突進する。

 そのモンスターに向けて、アキラが照準を合わせ、引き金を引く。

 撃ち出された弾丸が目標の眉間に着弾し、個体を即死させる。

 その死体を飛び越えてきたモンスターも、すかさず銃撃して撃破する。


 その次も、その次の次も、アルファのサポートを得て、本来の実力をはるかに超えた動きで撃ち倒す。

 だがそれでも群れへの影響はごく僅かでしかない。

 後続は次々に湧いてくる。

 絶望的な耐久戦が始まった。




 死に物狂いが基本の激しい戦闘が続く。

 アキラは敵をどれだけ倒したのかも、戦闘が始まってどれだけったのかも忘れて、モンスターをアルファの指示通りにひたすら狙撃し続けていた。


 対モンスター用の弾丸はその威力に応じて反動も強い。

 引き金を引くたびにその反動で体に強い負荷を掛かり体力を削っていく。

 事前に服用した回復薬がその負荷を回復し続けているおかげで、戦闘能力を何とか維持し続けていた。


 弾切れになるとすぐに弾倉を交換する。

 服に仕舞しまえる分などすぐに使い切った。

 空になった弾倉を排出しながら、地面に置いておいた弾倉をつかんで急いで装填する。

 目に見えて減っていく残弾に焦りを覚えながら、それでもケチらずに撃ち続ける。

 そこを惜しんでしまえば、敵を抑えきれない。


 銃を支える腕の痛みから効果切れを悟ると、口に含んだままの回復薬を少しずつ飲み込んでいく。

 回復薬の効能が体にじわじわと回っていく。

 回復薬無しならば、既に身体への負荷に耐えきれず倒れている。

 戦闘に支障が出ないように、だが苦痛に負けて残りの回復薬を全て飲み込んでしまわないように、服用量を微妙に調整しながら、歯を食い縛って引き金を引き続けていた。


 アルファの指示はほぼ完璧だった。

 モンスターの個体差による移動速度の差異まで把握して、敵の接近を可能な限り遅延させるように攻撃対象を指示し続けている。

 先に倒した死体が他の個体の進行路を塞ぐように、ひるんで逃げようとする個体が他の個体を邪魔するように、様々な手段で可能な限り時間を稼げるように、最適解の指示を出し続けていた。


 ただしアキラがその指示通りに動けるかどうかは別だ。

 アキラの技量の低さに加え、緊張、焦り、疲労、様々な要素が動きを鈍らせていく。

 指示通りに動けているのは指示全体の半分にも満たない。

 アルファはその結果を含めて逐次変化する状況に即座に対応し、次の指示を出し続けていた。


 状況に転機が生まれた。

 他の個体より格段に素早いモンスターがアキラの前に飛び出してきたのだ。

 当然アキラはそのモンスターを集中的に狙った。

 複数の銃弾がしっかり命中したのを見て、それで倒したと判断して、すぐに他のモンスターを狙おうとする。

 アルファが次の対象を指定する前に。


 以前に似たような状況でモンスターを倒せた経験が油断を生み、次々に現れる敵が焦りを生み、積み重なった疲労が軽率を生み、アキラは判断を誤った。


『まだ死んでいないわ!』


 アルファの叫ぶような叱咤しったを聞いて、アキラは慌てて照準を先ほどの個体に戻した。

 だが既に手遅れだった。

 モンスターは重傷を負いながらもアキラとの距離を詰め終えていた。

 無数の弾丸を全身に浴びながらも欠片かけらひるまずに突撃していた。

 そして被弾しながらアキラに勢い良く飛びかかり、そのまま押し倒した。


 アキラの頭部を狙ったその一撃が辛うじて外れたのは、モンスターが被弾の衝撃で体勢を僅かに崩していたからだ。

 そのおかげでアキラは辛うじて死を免れた。

 だがその命も風前の灯火ともしびだ。

 モンスターはアキラを押し倒しながら再び頭部に食らい付こうと大口を開けている。


 迫りくる死がアキラの体感時間を大幅にゆがめる。

 ゆっくりと流れる世界の中で、前にもこんなことがあったな、と以前にスラム街でモンスターに襲われて死ぬ寸前だった時のことを思い出す。

 そして、反射的に同じ行動を取る。

 自分を食おうとするモンスターの大口に、握っていたAAH突撃銃を自分の腕ごとじ込んだ。


 銃口を喉の奥に強く押し付けられたモンスターが、その不快感に一瞬だけ動きを鈍らせる。

 その僅かなすきき、大口の牙が自身の腕を食い千切る前に、アキラは笑って引き金を引いた。


 口内から発射された無数の銃弾がモンスターの頭部に撃ち込まれる。

 頭部を破壊されたモンスターは後頭部から弾丸を吐きながら絶命した。


 アキラがモンスターの死体を脇に避ける。

 勝利の喜びは右脚の激痛で中断された。

 飛びかかられた時の攻撃で右脚が大きく引き裂かれていた。


 アルファが非常に険しい表情と厳しい口調で指示を出し、死地から脱した気の緩みと激痛でアキラの意思が止まるのを防ぐ。


『早く治療しなさい!

 ポケットに回復薬があるでしょう!』


 アキラは激痛に耐えながら、ポケットに入れておいたカプセルの内容物を傷口に直接塗り込んだ。

 更なる激痛がアキラを襲う。


『気絶しては駄目よ!

 気を失ったら死ぬだけよ!

 しっかりしなさい!』


 大量に直接投与された回復薬は使用量に応じた激痛をもたらした。

 辛うじて気絶しないで済んだアキラが苦悶くもんの表情でよろよろと立ち上がる。

 そしてまだ残っていた回復薬を服用した。


 回復薬に含まれている治療用ナノマシンが使用者の痛覚を感知して傷口に集まり即座に治療を開始する。

 治りかけの傷口が無理な動作によって悪化し、負傷と治療を繰り返していく。

 アキラはその状態のまま、激痛に耐えながら銃撃を再開した。

 倒れている間に他のモンスター達はかなりの近距離まで近付いていた。

 一度の判断の誤りは状況を相応に悪化させていた。


 アキラ達は必死の抵抗を続けていたが、状況は悪化の一途いっと辿たどっていた。

 モンスターの群れは既に接近戦と呼んで差し支えない距離まで近付いていた。


 カツラギが運転席で弱音をこぼす。


「……機銃の弾が尽きる。

 ……終わりだ」


 その声は連絡用のマイクを通してトレーラーの外まで響いていた。

 ダリスも弱音をこぼす。


「……ここまでか」


 アキラは黙っていた。

 話す余裕がないだけだったが、内心、同意はしていた。

 そして、ついに機銃の弾丸が尽きた。


 アルファが微笑ほほえんでアキラに告げる。


『終わったわね』


 その終わりを告げるのにふさわしい柔らかな微笑ほほえみを見て、アキラが力なく軽い苦笑を浮かべる。


「……そうだな」


『助かったわ』


「……。

 えっ!?」


 アキラがアルファの予想外の言葉に驚きの声を上げた。

 同時に、榴弾りゅうだんの雨がモンスターの群れに降り注ぎ、無数の爆発音とともに周辺の個体を木っ端微塵みじんに吹き飛ばした。

 更に大量の対物弾頭がアキラ達の近くの群れに浴びせられ、群れの構成要素を粉砕してトレーラーの周囲の安全を確保していく。


 突然の事態に混乱するアキラが、笑って荒野を指差しているアルファに気付く。

 慌ててその方向を見ると、見覚えのある女性ハンター達を乗せた車が、モンスターの群れに激しい砲火を浴びせながら近付いてきていた。

 それはエレナとサラだった。


 サラは車上でその体格とは不釣り合いなほどに大きい銃火器を構えていた。

 大口径の銃口から榴弾りゅうだんが連続して撃ち出されている。


「エレナ!

 予定の場所とは随分違うけど、救出対象はあれでいいのよね!」


 エレナも車両の機銃を操作して大量の弾丸を豪快に撃ち出している。


「あってるわ。

 緊急依頼にはクズスハラ街遺跡と記してあったけど、ここまで逃げてきたんでしょうね。

 そのまま粉砕して」


「了解!

 弾薬費は依頼者持ち!

 引き続き派手にやりましょう!」


 そのまま一方的な攻撃が続く。

 資金面の余裕を取り戻したエレナ達がモンスターの群れの駆除用に用意した高額高威力の弾薬は、その価格に見合った働きを見せていた。

 嵐のように撃ち込まれる弾丸に、雨のように降り注ぐ榴弾りゅうだんに、モンスターの群れが飲み込まれて消えていく。

 アキラはその様子を半ば唖然あぜんとしながら眺めていた。


 一帯を壊滅させる激しい攻撃によって、アキラ達をあれだけ苦しめたモンスターの群れは、あっさり殲滅せんめつされた。




 移動店舗を兼ねたトレーラーの中は意外に広い。

 カツラギ達はエレナ達と合流すると、すぐにクガマヤマ都市には向かわずに、トレーラーの中で緊急依頼の後処理を進めていた。

 両グループの交渉役であるカツラギとエレナが話を進める中、邪魔をしないように離れているアキラがサラに改めて深々と頭を下げる。


「助けていただいて、本当にありがとう御座いました。

 おかげで死なずに済みました」


「いいのよ。

 これも仕事。

 気にしないで。

 アキラ達が頑張ったおかげで数が減ってたから、予想より楽に片付けられたしね」


 サラは機嫌良く笑っている。

 アキラの前にある豊満な胸が、実際にサラに掛かった負担がごく僅かだったことを示していた。


「でもアキラがいたのにはちょっと驚いたわ。

 モンスターの襲撃に巻き込まれるなんて、ついてないわね」


「はい。

 本当に、本気でそう思っているところです。

 ……少しでも運を良くするために、御守おまもりでも買った方が良いんでしょうかね?」


 アキラが苦笑しながら冗談交じりにそう話すと、サラが軽く笑ってその話に乗る。


「確かにその辺は運よね。

 事前にどれだけ情報収集を済ませても、それでも予想外のことは、起きる時は起きるから。

 私達も以前は大変だったわ。

 ……御守おまもりか。

 買うのも良いけど、幸運が起きた時の何かを御守おまもりにするのも良いと思うわ。

 私はこれよ」


 サラはそう言って防護服の前ファスナーを開けると、身に着けていたペンダントのペンダントトップ、装飾用に加工された弾丸を胸の谷間から取り出した。


「ちょっと前に死にかけた時に、偶然助けてくれた人からもらった物を加工したものなの。

 その時の慢心と幸運を忘れないようにね」


「そ、そうですか」


 アキラはいろいろな意味で何とか平静を保った。

 サラはアキラの様子が微妙におかしいことに気付いたが、死線を越えたばかりで動揺や高揚も残っているのだろうと考えて、特に気にしなかった。

 そのそばで、アルファが楽しげに意味ありげに笑っている。


『良かったわね。

 日頃の行い、あの時のアキラの行いが早速アキラを助けてくれたわ。

 どうしたの?

 うれしくないの?』


『いや、勿論もちろんうれしい。

 ほら、やっぱりあの時に助けておいて良かったじゃないか』


『そうよね。

 死なずに済んだ上に、美人の胸の谷間も見られたしね』


 アキラは辛うじて平静を保った。

 アルファは楽しげに悪戯いたずらっぽく笑っている。


『触るつもりがないのなら、私の胸でも良いと思うけれど。

 その気は無くとも、実際に手を伸ばせばさわれるという点が重要なの?』


『うるさい。

 黙ってろ』


 アキラが表情を変えないように注意して少し顔を硬くしながら話をらす方法を考えていると、エレナの声が響いた。


「金が無い?

 ふざけてるの?」


 カツラギがエレナの威圧にたじろいで焦りながら答える。


「いや、無い訳じゃない。

 それは誤解だ。

 支払う意思はある。

 ただ、ちょっと、今すぐに支払う金が無いってだけの話だ」


 エレナは表情に強い威圧をにじませてカツラギをにらみ付けている。


「報酬に対して特記事項が無いのなら、即金で払うのが当然でしょう?

 こっちも高い弾薬をぎ込んだのよ?」


「わ、分かってるって。

 ただ、緊急依頼だろう?

 緊急時なんだ。

 ほんの数秒、ちょっとした文章を書く時間さえ惜しい状況だったんだ!

 だからそれを書く暇が無かったんだ!

 そっちをだまそうとか、そんなつもりは一切ない!

 本当だ!」


 美人が怒ると怖い。

 ついさっきモンスターの群れを殲滅せんめつした美人なら、尚更なおさら怖い。

 カツラギはそう思いながら、エレナを何とかなだめようとする。


「見てくれ!

 トレーラーに満載しているこの装備の数々を!

 これを売ればどれだけの大金になるか!

 それぐらいハンターなら分かるだろう!?

 ちょっと、ちょっと待ってくれるだけで良いんだ!

 勿論もちろんその分、報酬に色を付ける!

 だから、な?」


 カツラギがトレーラーに積み込んだ装備品をエレナに見せて回る。

 エレナは口先だけではなく実際に品物があることを確認して機嫌を戻すと、それらを興味深そうに見ながら思案している。

 カツラギはこれを交渉の突破口にして状況を乗り切るために考えを巡らせていた。


 アキラもサラと一緒にそれらの品を興味深そうに見ていた。

 アキラは当然として、サラも最前線付近の装備の実物を見る機会など滅多めったにない。

 その分だけ強い興味を示していた。

 加えてアルファも装備の質に少し感心した様子を見せている。


『アキラも早くこういう装備を使えるようになってほしいのよね』


『その辺は気長に待ってくれ。

 例えばどれを使えるようになれば良いんだ?』


『ここにある装備から選ぶのなら、これかしら』


 アルファが指差したのは、普通の人間が持つのには無理がありそうな大型の銃だった。

 黒い金属製で口径も人型兵器の装備品並みに大きい。

 見るからに頑丈そうな銃身には製造元の刻印が記されていた。


『いや、これを持つのは無理があるだろう』


『そこは強化服とかを使用して何とかするのよ。

 まずはそちらの装備をそろえて、まあ、気長にやりましょう』


 サラがアキラに釣られて同じ銃に視線を向ける。

 そして驚きの声を上げる。


「エレナ見て!

 すごい!

 ラグナロックがあるわ!」


 呼ばれてきたエレナもその銃を見て驚く。


「……本当にあるわね。

 これって対滅弾頭対応のやつよね?」


「ああ。

 今回の目玉商品だ。

 これを仕入れるのにどれだけ苦労したか……、待て、何を考えてる?」


 カツラギが銃を見るエレナの表情に不穏な気配を感じ始めた。

 そこでエレナが駆け引き用の笑みを浮かべてつぶやく。


「……サラならぎりぎり装備できるかしら?」


 途端にカツラギが慌て始める。


「待て待て待て待て待て!

 無理だ!

 それは駄目だ!」


「でも金は払えないんでしょう?

 だったら物納にしてもらうしかないじゃない」


「幾ら何でも支払額との差がありすぎるだろう!

 無理を言わないでくれ!」


「無理を言っているのはどっちよ。

 緊急依頼の報酬も弾薬費も支払わず、いつ支払えるか分からない、いや本当に支払うかどうかも分からない報酬を黙って待ってろって言うの?

 私達にも生活があるのよ?」


 エレナが表情を厳しいものに変えて、カツラギに向ける視線を強めた。

 これも駆け引きだ。

 カツラギがそれを分かった上で言葉に詰まる。

 カツラギも商売人だ。

 金を支払えない非は自分にあると理解している。

 カツラギ自身も今まで商品を受け取っておいて金を支払えない者からいろいろと取り立ててきたのだ。


 困ったカツラギは、アキラとエレナが知り合いであることを察して、援護を求めてアキラに視線を送った。

 アキラは先ほどエレナ達に命を助けてもらったこともあり、どちらかと言えばエレナ達のがわだった。

 その為、カツラギから黙って目をらした。


 その後、カツラギの全身全霊の懇願もあり、何とか交渉はまとまった。

 エレナ達は引き続きカツラギ達の護衛として雇われることになった。

 その分の報酬は当然上乗せされる。

 更に規定の日時までに報酬が支払われない場合、ラグナロックはエレナ達のものになる。

 エレナ達が護衛を引き受けたのは、カツラギ達の監視も兼ねていた。


 エレナとカツラギがその交渉の詳細を詰めている横で、不意にアキラの視界がぼやけていく。

 同時に全身から力が抜けて、その場に崩れ落ちた。


 立ち上がる力も無く、次第に暗くなっていく視界の中に、駆け寄ってくるエレナ達の姿が映る。

 何か言っているようだったが、聞き取れなかった。

 ひどく慌てているのが何とか分かるだけだった。


 次第にぼやけていくエレナ達の姿とは対照的に、アルファの姿ははっきりと見えていた。

 いつも通りの微笑ほほえみを浮かべながら、倒れた自分をのぞき込んでいた。


『まあ、限界よね。

 多分大丈夫だから、ゆっくり休みなさい』


 アキラは混濁した意識の中でその声を聞き、僅かに安心して、そのまま気を失った。

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