第14話 落ちている財布

 遺跡から戻ってきたアキラがスラム街を進んでいる。

 背負っているリュックサックには普段よりも多めの遺物が詰まっている。

 目敏めざとい者が見ればその膨らみから、遺跡でそれなりの収穫を得て戻ってきたハンターだと分かる。


 都市の下位区画の治安は基本的に防壁に近いほど良く、荒野に近いほど悪い。

 特に荒野との境にあるスラム街の治安は非常に悪い。


 面倒事を避けたいハンターは少々迂回うかいしてスラム街を通らずに下位区画に入る。

 遺物の価値に目がくらんで暴挙に出る愚か者が一定数存在するからだ。

 スラム街に無数に転がる死体の一部はその愚か者の末路であり、荒野でモンスターと戦う者とそうではない者の差を、具体例付きで住人達に示していた。


 アキラは気にせずにスラム街を通っていた。

 買取所へはスラム街を通り抜けた方が早く、スラム街育ちなこともあってその治安の悪さへの慣れもあり、ハンターになってからも何度も通ったが何も起こらなかったからだ。


 だが今回は事情が異なっていた。

 アルファがアキラに警戒を促す。


『アキラ。

 囲まれているわ』


 アキラが立ち止まって周囲を確認する。

 しかし囲まれているようには見えなかった。

 普段より周囲に少し人が多い。

 その程度だ。

 だがアルファの索敵能力に疑いはなく警戒を強める。


『……勝てそうか?』


 包囲が事実であっても、その原因や目的はいろいろ考えられる。

 軽い因縁を付けるだけ。

 ちょっとした脅し。

 周辺にいる別の誰かが対象の包囲であって、それに巻き込まれただけ。

 だがアキラは既に自分の襲撃が目的だと決め付けており、積極的な応戦を前提とした思考を進めていた。


 アルファがアキラのクズスハラ街遺跡での言動、エレナ達を助けた時に男達を躊躇ちゅうちょなく皆殺しにした判断基準と行動原理を思い出しながら聞き返す。


『戦う気なの?

 今度はどこまでやるつもり?』


『勝てそうにないなら逃げる。

 そこから先は相手次第だ』


 数をそろえて囲んで脅して、それでもその脅しに屈さなければ、割に合わないと大人しく引き上げる。

 それならアキラもそれで良かった。

 ただしその際の交渉で相手に遺物を渡すつもりは、それがたとえ少量であっても全く無かった。


 自分はもうハンターになったのだ。

 以前のように、ありふれたスラム街の子供のように、必死に集めた金を投げ捨てて、差し出して、そのすきに逃げるような、見逃してもらうような真似まねはもうしたくなかった。


 だからその先は、相手の皆殺しの必要性は、相手次第だ。

 それが自分に可能であるならそうすると、アキラはもう決めていた。


 アルファが思案する。

 アキラは以前に自分を襲ってもいない者達を皆殺しにしたにもかかわらず、今回自分を襲う者には交渉の余地があるような態度を見せている。

 それを不可解だと判断しながらも、勝率に問題はないと判断する。


『それがアキラの考えなら止めないわ。

 でも私が危ないと判断した時は、ちゃんと指示に従ってね』


『分かってる。

 俺だって死にたくないからな』


 アキラが警戒しながら立ち止まっている間に包囲が完了する。

 背後や近くの横道などの逃げ場も、スラム街の住人で塞がれている。


 そして包囲の中から3人の男がアキラの前に現れる。

 男達は他の者とは風貌が異なっていた。

 多少薄汚れて傷んではいるが防護服を着用しており、持っている銃も拳銃などではなく対モンスター用のもの。

 所謂いわゆるハンター崩れと呼ばれる者達だ。


 アキラもその男達が周りの者達のリーダーだとすぐに分かった。

 囲まれてもおびえてなどいないと示すために、毅然きぜんと平然と声を掛ける。


「悪いけど、通行料を支払えるほど裕福じゃないんだ。

 余所よそを当たってくれないか?」


 男達がわらいだす。

 そしてその中心にいるシベアという男が首を軽く横に振る。


うそくなよ。

 背中にたっぷり背負ってるだろう?

 どこから持って来たのか知らねえが、そこに行けばもっとあるんじゃねえか?」


 アキラが更に警戒を増し、それが表情に出る。

 それを見たシベアは予想通りだと更にうれしそうにわらった。


 シベアがアキラを狙ったのは半分偶然ではなかった。

 獲物の情報を集めて以前から網を張っていたのだ。


 スラム街にはその住人で構成される徒党が無数に存在する。

 その中には所謂いわゆるハンター崩れをボスとするところも少なくない。

 荒野で稼げるほどの実力は無いが、スラム街で暴力的に幅を利かせるには十分な腕と装備の持ち主。

 そういう者が手下を集めて、あるいは祭り上げられて、集団を形成するのだ。


 シベアもその類いの者で、そこまで大規模ではないがスラム街にそこそこの拠点を持つ程度には勢力のある徒党を率いていた。

 そしてその手下に張らせていた網にアキラが引っかかったのだ。


 シベアが獲物の中身、アキラのリュックサックの中身を想像して揶揄からかうように笑う。


「お前もスラム街の人間だろう?

 じゃあ助け合わないとな。

 ほら、俺の徒党は結構な人数を抱えていてさ。

 生活が苦しいんだよ」


 シベアは視線で周囲の者達は自分の配下だとアキラに伝えて、暗に逃げ場はないと脅していた。


「大丈夫だって。

 有り金全部と、所持品全部と、知ってることを洗いざらい話してくれるだけで良いんだ。

 命まで取ったりしねえって」


 シベアの両隣の男がアキラに向けて銃を構える。

 相手は格下で逃げ場もなく、自分達は数でも実力でも勝っている。

 その余裕が笑みに表れていた。

 ただシベアだけはアキラの表情におびえの色が無いことに気付いて僅かに警戒していた。


 アキラが少し険しい表情をシベア達に向ける。


「……嫌だって言ったら殺すのか?

 俺を殺したら情報は手に入らないぞ?」


「それはお前次第だって。

 お前が死ぬ前に素直に話してくれればいいだけさ」


 シベア達にアキラの命を気遣う意思は全く無い。

 アキラにもそれぐらいは分かった。


 アキラが大きなめ息を吐き、軽く項垂うなだれる。

 その様子に、シベア達は相手が観念したと思って軽くわらい、油断した。


 アキラはシベア達に僅かに弱気を装う表情を向けると、その裏で覚悟を決める。


「……分かったよ。

 俺だって死にたくない」


 アキラの言葉にシベア達の意識が更に緩む。

 無意識に銃の引き金から指を離し、銃口を下げてしまう。


『アルファ』


『いつでも良いわ』


 その短い念話で、シベア達の末路が確定した。


 アキラが急に横を向く。

 シベア達がその動きに釣られて視線をアキラから外してしまう。

 次の瞬間、アキラは相手が釣られたかどうかも確認せずにAAH突撃銃をシベア達に向けると、ろくに狙いも付けずに乱射した。

 同時にアルファに指示された場所へ全力で駆け出した。


 運悪く被弾した者達が悲鳴を上げる。

 油断して銃口を下げていた者達が慌てて反撃しようとする。

 だが驚きで反応が遅れている。

 アキラを囲んでいる配置の所為せいで射線の先に仲間がいて、仲間への誤射を恐れて発砲を躊躇ちゅうちょし、よく狙おうとした分だけ更に遅れる。


 反射的にアキラを撃とうとした者もいた。

 だがそれもアキラには当たらない。

 アルファは事前に敵の位置等から被弾の危険性が最も低い移動方向と場所を算出しており、アキラの動きをそれに合わせて誘導していた。

 その計算は正しく、アキラがその場から逃れるまでに撃ち出された少数の弾丸では、アキラへの着弾など許さなかった。


 アキラが指示通りに路地の脇道に飛び込む。

 そこを塞いでいた男達も、突然の事態に驚き慌て反応を大幅に遅らせていた。

 そのすきき、男達を至近距離で遠慮無く銃撃する。

 防護服でもないただの服で対モンスター用の弾丸を防ぐ術は無い。

 全ての銃弾は男達の体をあっさりと貫通した。


 路地に一瞬にして死体が血の池に沈む光景が出来上がる。

 アキラはその凄惨な現場を気にも止めず、自らが殺した者達に一瞥いちべつもせずに駆け抜けていった。




 辺りには怒号と悲鳴が飛び交っていた。

 シベア達の多くは子供を脅せば済む程度の話だと考えており、銃撃戦になるとは思ってもいなかった。

 威圧用の数合わせとして連れてこられた者達が死の恐怖を覚えて逃げ出し始めていた。


 シベア達3人は着用していた防護服のおかげで軽い負傷で済んだ。

 少々被弾したが戦闘に支障はない。

 だが被弾の痛みは相当なもので、その顔には苦悶くもんが浮かんでいる。

 シベアがその痛みを怒りに変えて叫ぶ。


「ガキがめやがって!

 お前達はそのままガキの後を追え!

 俺は裏から回り込む!

 お前ら!

 ぼさっと見てないでガキを追って取り囲め!」


 シベアのそばにいた2人がすぐに指示通りにアキラを追う。

 だが他の者達は怖がって足を止めていた。


 シベアが苛立いらだって舌打ちする。

 そして動こうとしない者達に銃を向ける。


「とっとと行け!」


 シベアは残りの者達が慌ててようやく動き始めたのを見て、もう一度舌打ちした。

 そして別の路地からアキラの後を追った。




 アキラが路地の曲がり角を曲がった少し先で立ち止まり、元来た道の方へ銃を構えている。

 角が遮蔽物となっているので本来その先は見えない。


 だがアキラはその先から迫ってきている敵を壁越しに正確に視認していた。

 アルファが索敵結果をアキラの視界に拡張表示しているのだ。

 敵の位置を識別しやすいように、その姿に赤い縁取りまで加えていた。


 シベアの一味はシベアに急いで追えと銃を突き付けられてまでかされていた。

 加えて逃げた相手は今も必死に離れようとしていると思っていた。

 その所為せいで、気配を消すように非常に静かに敵を待ち構えているアキラに気付けず、通路の角をその先の確認もせずに飛び出した。


 その無防備に飛び出してきた者達に、アキラは遠慮無く銃弾を浴びせた。

 先頭の者達がその銃弾を真面まともに浴びて次々と倒れ、通路を自身の血肉で汚していく。

 先頭の少し後ろにいた者達が被弾の痛みで苦痛の声を上げ、後続の者達が悲鳴を上げる。


『アルファ。

 あと何人ぐらいだ?』


『取り囲んでいた連中は少しずつ逃げ始めているから、リーダーとその取り巻きを殺せば終わりよ。

 だから最低あと3人。

 あっちに隠れて』


 アキラが路地の脇に身を隠す。

 少し待つと、敵の生き残りが通路の角から牽制けんせい射撃をした後に、慎重に先の様子をうかがおうとする。


 アルファが隠れる位置を的確に指示したおかげでアキラに被弾はなかった。

 そして角から顔を僅かに出して覗いた程度では、長年の路地裏生活のおかげで誰かに見付からないように隠れる術にけているアキラの姿を見付けることは出来なかった。


 恐らくアキラは近くにはいない。

 そう判断した男が角から大きく身を乗り出す。

 その途端、アキラに眉間を銃撃された。


『あと2人よ。

 今のうちに弾倉を交換して』


『了解』


 響き渡る敵の悲鳴を聞きながら、アキラは落ち着いて弾倉を交換した。




 シベアは裏手からアキラを追っていた。

 しばらくは怒りに身を任せて進んでいた。

 だが時間の経過で少し落ち着きを取り戻すと、その表情が困惑気味なものに変わっていく。


「……お前ら!

 そっちはどうなった?」


 無線で取り巻きの男達と連絡を取ろうとするが、全くつながらない。

 浮かべている苛立いらだちの表情に、内心の不安をごまかすための虚栄が混ざり始める。


「……クソッ!」


 離れた場所で銃声が響いていたがそれも聞こえなくなっていく。

 この状況から推測できることは2つだ。

 アキラを殺し終えて戦闘が終わった。

 又はその逆だ。


 シベアとしては前者であることを望んでいる。

 無線がつながらないのは、戦闘で通信機が故障したか、多少負傷してそれどころではないだけ。

 十分に考えられることだ。


 だがそうではない場合の予想が、その予想が当たった場合の光景が、その光景の先にある自身の姿が、既に脳裏に浮かび始めていた。


(……何なんだあのガキは。

 ただのガキじゃないのか?)


 シベアはアキラのことを運が良いだけの子供だと考えていた。

 あのうわさは、死んだハンターの遺物の隠し場所などがスラム街や近場の荒野にでもあって、それを子供が偶然見付けた結果だと考えていた。


 それならば遺跡に行く実力など無い者でも、高価な遺物を買取所に持ち込める。

 多数のハンターがうわさを根拠に幾ら探しても未調査部分など結局見付からなかった結果とも辻褄つじつまが合う。


 素人なので遺物の価値も知らずに買取所に持ち込んだら、予想外の高値で買い取られて変なうわさまで広がった。

 それに驚いてしばらく身を隠してうわさり過ごした。

 もし隠し場所に他にも遺物が残っているのなら、前のような騒ぎにならないように初めの金で装備の見た目だけ整えて、うわさが沈静化した頃にまた売りに行くだろう。

 多分そろそろだ。

 そう考えて、部下にそれらしい者を探させていた。


 そして実際に見付かった子供を見て、シベアは自身の判断の正しさを確信した。

 その子供は非常に弱そうに見えたのだ。

 自分でさえ足がすくむ遺跡から、荒野から、生還できるような実力者にはとても見えなかったのだ。


 しかし確信は崩れ去った。

 シベアがついに足を止める。

 このまま進むと死ぬ気がして、先に進めなくなっていた。


(……逃げた方が良いか?

 他のやつがガキを殺せていたなら、後で適当なことでも言ってごまかせば……)


 シベアがその場にとどまり判断に迷う。

 それが最大の失策だった。

 交戦であれ逃走であれ速やかに選択していれば、交戦ならば迎え撃つ時間を生み出し、逃走ならば逃げる時間を稼いでいたからだ。

 時間の浪費がシベアの運命を決定付けた。


 銃声が連続して響く。

 無数の銃弾がシベアに直撃する。

 防護服の高い防弾性能が致命傷を防いだが、衝撃で銃を落として地面に倒れ込んだ。

 そこに更なる銃弾が襲いかかる。

 落とした銃を破壊され、負傷と痛みの所為せいで倒れたまま動きを鈍らせて、シベアは戦闘能力を完全に喪失した。


 近くの路地から姿を現したアキラが顔をしかめる。

 殺す気でしっかり狙ったはずなのにシベアが生きているからだ。

 アルファが少しあきれ気味に微笑ほほえむ。


『外しすぎよ。

 もう少しちゃんと狙わないと駄目ね』


『……今後も訓練を頑張るよ』


 アキラは軽くめ息を吐くと、そのままシベアの近くまで歩いていく。

 そして確実にとどめを刺すために、銃口を相手の頭部にしっかりと合わせた。


 シベアが非常に焦りながら何とか動く手でアキラを押しとどめる。


「……ま、待て!

 俺の負けだ!

 悪かった!

 金ならやる!

 俺は結構め込んでる!

 だから待て!」


「俺を狙った理由は?」


「た、大して強くもないのに、大金持ってるガキがいるって話を聞いたからだ!

 間違いだった!

 お前は強い!

 見逃してくれ!

 見逃してくれたらお前の部下にだってなってやる!

 俺の代わりに徒党のボスにしてやる!

 俺は他の徒党にも結構顔が利くんだ!

 俺を生かしておいた方が絶対に得だ!

 スラム街の情報とか何かといろいろ役に立つ!

 お前が生き延びる役に立つ!

 またこうやって襲われるのはお前だって嫌だろう!?

 お前が他の徒党に襲われないように、俺がいろいろ話を付けてやる!

 だから、な!?」


 アキラは命乞いをするシベアをじっと見ていた。

 アルファはそのアキラを微笑ほほえみながら観察していた。


「分かったよ。

 俺だって死にたくない……」


 そのアキラの言葉を聞いたシベアの表情に死地を脱した喜びが浮かぶ。

 だがすぐに顔を青ざめさせる。


「……まで言ったんだっけ?

 続きだ。

 だからお前が死ね」


 アキラが引き金を引く。

 シベアは至近距離から放たれた銃弾を頭部に食らって即死した。


『アルファ。

 他の連中は?』


『全員とっくに逃げたわ。

 お疲れ様』


 アキラは微笑ほほえむアルファを見て勝利を実感する。

 そして安堵あんどの息を吐き、続けてめ息を吐いて表情を曇らせた。


『……なんか、ハンターに成ったのに人しか殺してない気がする。

 ハンターってのは、もっとこう、モンスターと戦うものだと思ってたんだけどな』


『大した理由もなくアキラを殺そうとしている点では、モンスターと然程さほど違いはないと思うわ。

 モンスターと戦いたいのなら、早くもっと強くならないとね。

 今のアキラの実力では、モンスターとの戦闘はお勧め出来ないわ』


『別にモンスターと戦いたい訳じゃない。

 こいつらだってそうだろう。

 モンスターと戦うより俺と戦った方が良い。

 そう考えたから襲ってきたんだ。

 今の俺は、こいつらにとって地面に落ちている財布みたいなもんだ。

 早くその扱いから脱却しないと、ずっとこんな感じか……。

 面倒だな』


『買取所で遺物を売れば、その財布の中身が増える訳だから、気を付けましょうね』


 アキラが嫌そうな表情をアルファに向ける。

 アルファは気にせずに微笑ほほえんでいた。


 強盗も誰彼構わず襲っている訳ではない。

 暴力で金を強奪することを躊躇ちゅうちょしない者であっても、返り討ちになると判断すれば襲撃を控える。

 少なくともスラム街で金を保持するためには、手持ちの金を奪われない実力が必要なのだ。


 財布に詰まっている金が多いほど、アキラが持っている金が多いほど、より強い者がより多く拾いに奪いにやってくる。

 アキラを襲って死んだ者達の死体が積み重なって山となり、死体の山とアキラの金を見比べて、割に合わないと判断されるまで。


 アキラ達は一度その場を離れて、スラム街を大きく迂回うかいして買取所に向かう。

 あちこちに散らばる死体が、今日も愚か者の末路の具体例に加わった。




 アキラが襲撃されてから数日ったスラム街の路地で、シェリルという少女が途方に暮れていた。


 シェリルはシベアの徒党に所属していた。

 しかしその徒党はシベア達が死んだ所為せいであっさり崩壊した。

 構成員の生き残りの多くは他の徒党に取り込まれた。


 だが移籍に失敗した者達も出た。

 アキラの襲撃に荷担した者達だ。

 荷担といっても大半の者はアキラを囲む壁として立っていただけで、実際にアキラを襲った訳ではない。

 アキラの視界にすら入っていない。

 そう上手うまく説明できた者は他の徒党に迎えられた。


 しかしシェリルにはそれが出来なかった。

 シェリルはまだ子供だが優れた容姿をしていた。

 スラム街での生活が生来の美貌に影を落としてはいたが、それでも目を引く容姿を保っていた。

 将来は更に美人になるだろう。

 そう思われて、良く言えばシベアに贔屓ひいきされており、悪く言えば目を付けられていた。

 その所為せいで襲撃時もシベアに比較的近く、そこそこ安全な位置に立っていた。


 スラム街で襲われたハンターが襲撃者達にどこまで報復するかはその者次第だ。

 シベア達を殺してその徒党も壊滅させたが、それで終わったと保証できる者はどこにもいない。

 スラム街の住人などにめられたら命に関わると考えて、自分の安全のため執拗しつように徹底的に報復対象を広げて報復する者もいる。


 襲撃時の立ち位置でも、徒党内での立ち位置でも、シェリルは比較的シベア達の近い位置にいた。

 そのシェリルを自分達の徒党に加えると報復の巻き添えを食らう恐れがある。

 そう考えた他の徒党の者達はシェリルを拒んだのだ。


 シェリルが力なくつぶやく。


「これからどうしよう……」


 スラム街で子供が生き延びるのは大変だ。

 不可能ではない。

 ただしそれなりの術にけている必要がある。


 シェリルは一人で生き延びる術ではなく、集団に属して生き延びる術の方にけていた。

 集団内外での人間関係や、距離感、付き合い方の把握や調整を得意としていた。

 その辺りに失敗すると、他の集団に襲撃されたり、集団の利益のための捨て駒にされたりすると知っていた。

 アキラはその極端な失敗例といっても良い。


 このまま途方に暮れていても状況が好転しない。

 それぐらいは分かっているが、状況の改善手段も思い付かない。

 シェリルはただひたすらに途方に暮れていた。


 やがて日が落ち、夜になる。

 その間もずっと考え続けていたのだが、良い考えは浮かばなかった。

 焦りと眠気と焦燥が混ざり合い、思考がおかしくなっていく。


 普通なら考え付かないことを、頭に浮かんでもすぐに否定してそれ以上は考えない思い付きを、疲労と睡眠不足の鈍った頭で考え続ける。

 少しおかしくなった思考のまま、ひたすら考え続け、いつの間にか眠っていた。


 翌朝、シェリルはスラム街の路地の片隅で目を覚ました。

 しっかり睡眠を取ってすっきりした頭が昨日の思い付きを思い出す。

 馬鹿げた思い付きは、眠るまでそれなりに考え続けていたおかげで、一応の計画性を持つまでにまとめられていた。


(……無理がないと言えばうそになるわ。

 成功する可能性も高くない。

 失敗すれば最悪殺される。

 仮に成功したとしても、私はどこまで無事でいられる?)


 シェリルは迷っていた。

 表現を変えれば、昨晩の馬鹿げた思い付きは実行を迷う程度には有効な選択肢になっていた。

 賭けるに足る程度には、現実味を帯びた選択肢に。


 そしてその賭けに出ない場合は、徐々に不利になる現在の状況を継続するしかない。

 いずれ死につながるであろう現状を、改善策もなく過ごす日々が続くのだ。


「……やるしかないわ」


 シェリルは覚悟を決めた。

 そして真剣な表情で立ち上がり、賭けの対象を探すために歩き出す。

 自分達が所属していた徒党を壊滅させた男を。

 つまり、アキラを。




 アキラはシズカの店に何度も訪れており、既にシズカとは顔馴染なじみになっていた。

 今日も弾薬補充のために店に訪れると、シズカはカウンターで2人の常連客と雑談していた。


 シズカに声を掛けようとしたアキラが見覚えのある顔に気付いて僅かに動きを止める。

 その2人はエレナとサラだった。


 エレナは防護服の上に情報収集機器固定用のベルトを装着している。

 細身ではあるが女性的な肉感の起伏を見て取れる体に、それなりに重量のあるものを支えるベルトが巻き付き、装備品をしっかりと固定するために軽く締め上げている。

 それが各部位の造形を際立たせ、肉感的な魅力と機能美を同時に醸し出していた。


 サラは黒を基調とした防護服を身に着けている。

 防護服はかなり伸縮性の強いもので、消費型ナノマシン系身体強化拡張者の影響で体格の変化幅が大きい体に合わせて防護服を選んだ結果だ。

 そしてナノマシンの補充を済ませた体が防護服を内側から伸ばした結果、起伏に富んだ造形を取り戻した体の線が強く出ている状態になっていた。

 それはその下の魅力的な肢体を容易に想像させるものだった。


 加えて胸の部分は明らかにサイズが合っていない状態だ。

 豊満な胸の格納が諦められていて、大きく開いた前面ファスナーから胸の谷間の肌が見えている。

 その肌の上にはペンダントが飾られている。

 ペンダントトップは装飾用に加工された弾丸で、その弾丸が胸の谷間に半分ほど埋もれていた。


 シズカがサラに、客向けの愛想も友人への愛想も崩しながら、ややげんなりした様子で話している。


「……その話はよく知っているわ。

 その謎の人物に助けられたことも。

 貴女あなた達を襲った連中の所持品が放置されていたから、身ぐるみ剥がして持ち帰ったことも。

 それを売り払ったら思いのほか大金になって、ナノマシンの補充代金を支払っても大分余ったことも。

 なぜならその話を聞くのはもう5回目だからよ」


「そうだっけ?

 じゃあその時にもらった回復薬の話はした?

 当面の消費分も考えて多めにナノマシンを補充したんだけど、もらった回復薬を使ってから、不思議とナノマシンの消費効率が良くなったのよ。

 エレナの話だと現代製ではなく旧世界製の可能性が高いらしいわ。

 だからすぐに小さくなると思っていた胸が大きいままで、男達の視線が……」


 サラは延々と話を続けようとしている。

 シズカも話好きの方だが、既に知っている話を何度も聞くのは避けたい。

 惚気のろけに近い話なら尚更なおさらだ。


 シズカが話の中断、あるいは話題を変更する術を探していると、来店していたアキラに気が付いた。


「あ、お客さんが来たからその話はまた今度ね。

 いらっしゃい。

 アキラ」


 アキラがカウンターまで来てシズカに頭を下げる。


「こんにちは。

 シズカさん。

 また弾薬をお願いします」


「いつもので良いのよね?」


「はい。

 それと、いつも買うのが弾薬ばっかりで、すみません。

 新しい銃を買うのはもう少し待ってください」


「いいのよ。

 消耗品の売り上げだって、積もり積もれば結構な金額になるんだから。

 下手に稼ごうとせずに、まずは生きて帰ってきなさい」


 シズカがエレナ達にアキラを紹介する。


「彼はアキラ。

 エレナ達と同じハンターよ。

 ハンターの先輩として何か教えてあげたら?」


「初めまして。

 アキラと言います。

 一応ハンターをやっています」


 アキラは初対面を装ってエレナ達に軽く頭を下げた。

 じかに会った訳ではないので、一応初対面でもある。


 エレナ達はシズカと付き合いも長く、友人としても馴染なじみの店の店主としても信頼している。

 そのシズカが紹介するのだから悪い子ではないのだろう。

 そう考えてエレナ達もアキラに笑顔を向ける。


「私はエレナ。

 こっちはサラよ。

 この店の常連で、私達もハンターをしているの。

 どっちの意味でも貴方あなたの先輩になるのかしら?

 これでも結構実力のある熟練のハンターって言いたいところなんだけど……」


 エレナが苦笑して言葉を止め、サラが苦笑しながら続ける。


「……最近ドジって死にかけたばかりなのよね。

 運良く助かったけど。

 貴方あなたも気を付けなさい。

 どんなに注意しても死ぬ時は死ぬ。

 ハンターってのはそういう稼業だから」


 エレナ達の苦笑にはその不運と失態の出来事への印象がにじんでいた。

 確かに大変で危うい事態だった。

 それでもその苦笑がどこか楽しげに見えるのは、結果的には当時の苦境を乗り越える契機となったからだ。


 アキラが小さくうなずく。


「分かりました。

 気を付けます」


 エレナはアキラの素直な返事にどこか満足げに軽くうなずいた後、シズカに冗談交じりの口調で告げる。


「お客も来たようだし、私達はそろそろ帰るわ。

 シズカにいつまでもサラの話に付き合わせるのも心苦しいしね」


「そう言うのなら、エレナがサラの話をしっかりたっぷり聞いてあげなさい。

 常連客へのサービスにも限度があるのよ?」


 シズカの冗談を兼ねた苦情に、エレナも冗談を兼ねた態度で答える。


「多分サラは当事者に話しても面白くないのよ。

 それに普段は私が聞いているのよ?

 店の売り上げに貢献してるんだから、たまには代わってくれても良いじゃない」


 その冗談にサラも加わる。


「あら、それなら戻ったらエレナに話を聞いてもらおうかしら」


 するとエレナは冗談の成分を大分下げた少し怖い笑顔をサラに返した。


「良いわよ。

 サラが二度とあんな真似まねをしないように、しっかり話し合いましょう?」


「シズカ。

 それじゃあね」


 サラはごまかすように笑って一足早く立ち去った。

 シズカが苦笑する。


「そういうこと。

 道理でサラが私に話を聞いてもらいたい訳だわ」


「あの手は余りに話が長い時だけよ。

 それじゃあね」


「ええ。

 またの御来店を」


 シズカは帰っていくエレナ達に軽く手を振って見送ると、気を切り替えてアキラの接客に移った。


「お待たせ。

 弾薬だったわね。

 すぐに用意するわ。

 ちょっと待っていてね」


 シズカが店の奥から注文の弾薬類を運んでくる。

 アキラがそれをリュックサックに仕舞しまっていると、少し意味深な様子で自分をじっと見ているシズカに気付いた。


「……あの、何か」


 シズカはアキラの問いにしばらく答えず、何かを確認するかのようにじっとアキラをていた。

 そして不意に口を開く。


「ねえアキラ。

 どうしてエレナ達を助けたことを黙っているの?」


 アキラは吹き出しそうになるのを何とか堪えた。

 そして可能な限り平静を装った。


「……あの、言っている意味が、よく……」


「アキラもお金に余裕がある訳ではないのよね?

 エレナ達に聞いたけど、アキラが倒した強盗達の所持品は結構なお金になったそうよ。

 倒したのはアキラなんだから、少しぐらいはもらっても良いと思うわよ?」


「……いや、あの」


「アキラにも何か事情があるのよね?

 でもその事情が、相手の信用とかそういう類いのものなら、エレナ達が信用できる人物であることは私が保証するわ」


「……その、ですね」


「危険の多いハンター稼業で、お互いに信用できるハンターを見付けるのはとても大切なことよ?

 良い機会だと思うけど」


 諭すように優しく微笑ほほえんでくるシズカの態度に、アキラが表情を少し固くして黙る。


 シズカは完全に自分がエレナ達を助けた前提で話している。

 でも自分が口を割らなければ物証も無いしごまかせるはずだ。

 アキラはそう考えて黙っていたのだが、シズカが更に続ける。


「エレナ達から話を聞いたけど、アキラは弾丸を1発エレナに渡しているわよね?

 私の店で販売している弾薬には、薬莢やっきょうに製造番号が記されているの。

 弾薬の販売ルートの把握や、万一不良品だった場合に製造元に問い合わせるためにね。

 あれ、私がアキラに売ったやつよね?」


 その物証をあっさりと教えられ、アキラは観念した。


「……すみません。

 黙っていてもらえませんか」


「ああ。

 やっぱりアキラだったのね。

 確証が無かったから、鎌をかけてみたの。

 ごめんなさいね」


 アキラは耐えきれず吹き出した。

 そして慌てて聞き返す。


「だ、弾丸の話は!?」


薬莢やっきょうに製造番号が記されているのは本当よ。

 でもそれだけでは証拠にはならないわね」


 シズカは笑ってそう答えた後、軽い衝撃を受けているアキラに少し申し訳なさそうな表情を向ける。


「ごめんなさい。

 アキラにも話せない事情があるのでしょうね。

 このことを黙っているのは約束するわ。

 でもね、さっきも話したけど、信頼できるハンターと縁を持つのは大切なことなの。

 強盗を兼業しているようなたちの悪いハンターもいるからね。

 信頼できる人と組めば、生きて帰れる可能性は上がるわ。

 ……私にはアキラも、エレナ達も、ハンターは皆どこか生き急いでいるように見えるのよ。

 人の生き方にケチをつける気はないわ。

 でも、友人の生き残り方に、助言ぐらいはしておきたいの。

 何度も言うけど、あのエレナ達が信頼できるのは私が保証するわ。

 アキラの気が変わって、エレナ達と渡りを付けたくなったらいつでも言ってちょうだい」


「分かりました。

 あと、心配してくれてありがとう御座います」


 アキラはシズカの打算の無い気遣いをうれしく思い、笑顔で丁寧に頭を下げた。


「でも、薬莢が証拠にならないのなら、どうして分かったんですか?」


ただの勘よ。

 明確な根拠なんかないわ。

 強いて言えば、さっきも言った弾丸になるわね。

 サラがペンダントを着けていたでしょう?

 あれは自分達を助けてくれた誰かからエレナがもらった弾丸を加工して作ったものなんだそうよ。

 御守おまもり兼戒めだって言っていたわ。

 その弾丸が、私の店で売った商品のような気がしたのよ。

 そしてアキラがエレナ達と会った時に、私にはアキラが初対面を装っているように見えたわ。

 顔も声も名前も分からない恩人の話を聞いた近くで、初対面を装っている誰かがいる。

 それらにちょっとだけ関連性を覚えた。

 それだけよ」


 アキラが頭を抱える。

 たったそれだけのことで見抜かれるとは思わなかったのだ。


 その後、シズカがアキラに少し言いづらそうに続ける。


「あー、それとね?

 もし2人に話すなら、早めの方が良いと思うの。

 で、その理由なんだけど……」


 シズカはそこでまた話すのを少し躊躇ちゅうちょしたが、苦笑いに近い表情で続ける。


「……助けられたのがかなりうれしかったのか、その話を私に何度もするのよ。

 その時の表情が……恋する乙女になっているというか……」


 黙って続きを聞いているアキラも、話が変な方向に進んでおり、不穏な気配を漂わせて始めていることを察し始める。


「……何度も話を聞くうちに、話が微妙に変わっていくのよ。

 年齢性別不明の誰かを、彼、と呼び始めたわ。

 このままだと不明確な部分をどんどん想定していって、最終的に……いや、これは飽くまでも私の予想であって、余り深く考えないでほしいのだけど……、某富豪の御曹司が趣味でハンターをやっていて偶然サラ達を助けた。

 助けたのを内緒にするのは、金や身分目当ての女性達に付きまとわれるのを嫌ったため

 金銭的な見返りを求めないのも、高い回復薬を惜しげもなく渡したのも、彼がお金に不自由していないから。

 ……そんなことに、いや、考え過ぎね」


 現状のアキラとは欠片かけらも一致していないが、話の辻褄つじつまは合っている。

 アキラは嫌な汗を浮かべた。


「俺はスラム街の出身でして、金なんか全く無いです。

 その想像にはかすりすらしていません。

 ……やっぱり黙っていてください。

 お願いします」


 アキラとシズカは共に微妙な笑顔を浮かべて笑い合い、それ以上の話を打ち切った。

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