第6話 旧世界の幽霊

 アキラは再びクズスハラ街遺跡にやって来た。

 今回は前回のてつを踏まないように、初めからアルファの指示通りに慎重に油断なく進んでいる。

 先日撃たれたばかりにもかかわらず、前回の時と同じように、瓦礫がれきじ登るなどの結構負担の掛かる動きもしているが、問題なく奥に進んでいく。


 アルファはそのアキラの様子に、態度と動きの両方に満足して機嫌良く微笑ほほえんでいる。


『その様子なら、体は問題ないようね』


「ああ。

 よく分からないけどすこぶる調子が良いんだ。

 1日休んだだけなのに、撃たれた前より調子が良い。

 ちょっと怖いぐらいだ」


 アキラの体調は実際に非常に好調だ。

 倦怠けんたい感の欠片かけらも無く、意識もいつもよりえ渡っている。

 指先にまで力がみなぎっているような感覚さえ覚えていた。


 アキラは自身の体調を改めて自覚して不思議そうにしていた。

 するとアルファが何でもないことを教えるように話す。


『それは恐らく回復薬の効果よ』


「回復薬?

 怪我けががあんなに早く治ったのには驚いたけど、撃たれた前より体調が良くなったのとも関係があるのか?」


『念のために回復薬の用量をかなり増やしたから、恐らく銃創以外の怪我けがも一緒に治療されたのよ』


「あの撃たれたやつ以外は怪我けがなんてしていなかったはずだけど」


 ますます不思議そうにするアキラとは対照的に、アルファは変わらずに微笑ほほえんでいる。


『昨日は暇だったからアキラの今までの生活とかをいろいろ聞いていたでしょう?

 そこからの推察になるけれど、アキラの体には長年の過酷な生活でかなりの負担が掛かっていたのだと思うわ。

 死なない程度の怪我けがを慢性的に負っている状態がずっと続いていたはずよ』


「いや、確かに裏路地の生活はきついけど、それはちょっと大袈裟おおげさじゃないか?

 普通に動けてたし……」


『アキラが今まで普通だと思っていた状態は、実はそれほどひどい状態だった。

 そういうことよ。

 例えば死なない程度の栄養失調が長期間続くと身体への被害はかなり大きいの。

 細胞単位で細かい負傷を無数に負っていたようなものよ。

 昨日、念のために回復薬を追加で飲んでおいたでしょう?

 その少し多めの回復薬がそれらの怪我けがを細胞単位で治療したから、以前と比べて非常に調子が良くなったと感じているのでしょうね』


「……つまり、俺はずっと瀕死ひんしの状態が続いていたようなものだったのか?」


 驚きながらもどこか複雑な表情を向けるアキラに、アルファが少し得意げに笑って返す。


『まあ、そういうことよ。

 助かって良かったわね?』


 アキラが少し顔をしかめる。

 自分が送っていた日々のひどさを改めて思い知ったこともあって、良かった、と軽く答えて済ませるには、少々難しい複雑な感情が胸中に湧いていた。


 だがそれらの気持ちに取りあえず蓋をする。

 今は気持ちの整理をするような状況ではない。

 そう理由を付けて、いろいろと目をらして、指示に集中して先を急いだ。


 アキラは遺跡の中を順調に進んでいた。

 少なくともアキラ自身はそう思っていた。

 モンスターとの遭遇も無い。

 アルファの指示も普通の内容で、どこかに潜んでいる大量のモンスターの間をくぐっているような様子は感じられなかった。

 指示にしっかり従っていれば大丈夫だろうという考えも安心感を与えていた。

 それは緊張を和らげ、危険な遺跡の中を移動している最中だというのに、思考を周辺の警戒以外のことに振り分ける余裕さえ生み出した。


 その余裕が、実は結構気になっていたことに対して、遺跡探索の最中だからと閉ざしていた口を開かせる。


「アルファ。

 ちょっと聞いても良いか?」


『良いわよ。

 何でも聞いて』


「何でそんな格好をしてるんだ?」


 アルファの服装は過剰なまでにフリルで装飾された純白のドレスだ。

 両袖と下半身がきらびやかな大量の布地で装飾されていた。


『あら、そんなに似合わない?

 それとも、着替えの催促?

 こういう服はアキラの好みからそんなに外れているの?』


 アルファが少し芝居がかった動きで軽く舞うように回り、美しくも挑発的な微笑ほほえみを向ける。

 何層にも積み重なった布地がその動作に併せて流れるように舞い、輝く長髪が一呼吸遅れて宙に弧を描く。

 素肌をさらす背中の代わりに、大胆に開いた胸元がアキラの前に現れた。


 アキラはそのどう考えても遺跡探索には場違いなアルファの格好について尋ねたのだが、その舞うような動きに、その動きに合わせて布地を舞わせるアルファに少し見れていた。

 その所為せいで当初の疑問を一時忘れてしまい、普通にアルファからの問いに答える。


「……いや、似合ってるとは思う。

 まあでも、俺の好みって話なら、俺はアルファと初めて会った時の格好の方が良いと思うけど……」


 普段はまず見掛けない旧世界製の衣服が放つ独特の雰囲気や、アルファとの非常に印象深い出会いの衝撃などもあって、アキラはアルファが最初に着ていた服を結構気に入っていた。

 アルファがそれを分かった上で楽しげに笑う。


『初めて会った時の格好……、つまり全裸ね!』


 次の瞬間、アルファの服が消失し、きらびやかな布地で隠されていた芸術的で魅惑的な裸体が、再び惜しげもなく余すところなくアキラの眼前にさらされる。

 途端にアキラが慌て始めた。


「違う!

 その後の服装だ!

 服を消すな!

 戻せ!

 何でそんな全裸押しなんだ!?」


 アルファが再びドレス姿に戻って軽く笑う。


『高精度な演算処理で綿密に計算して生成された私の裸体に興味が無いなんて、アキラは随分子供なのね。

 色気より食い気の年頃なの?』


 アキラが少し意地になって少々強がる。


「そうだよ。

 間違いなく俺は子供だよ。

 食い扶持ぶちを稼がないと飢え死にするから色気より食い気だ。

 ……それで、その格好の理由は?」


 初めて会った時にアルファが全裸だったことには明確な理由があった。

 それならば、遺跡探索には全く似つかわしくない今の格好にも何らかの意味があるのかもしれない。

 アキラはそう思って何となく尋ねただけだ。

 別にどうしても知りたい訳ではない。

 アルファが真面まともに取り合わないのならば、もう深く聞く気はせていた。


 だがアルファからアキラを揶揄からかう態度が消える。

 微笑ほほえんではいるが、少し真面目に話し始める。


『前にも説明したと思うけれど、覚えている?

 ほら、私を認識できる人を効率よく探すために、何らかの反応を得やすい格好をしていたって話よ。

 今も私の姿を知覚させるために、アキラに私の映像情報を常時送信しているのだけれど、その送信処理の過程でちょっとあってね』


「何か問題でもあるのか?」


『実はクズスハラ街の都市管理システムは今も一部が稼動し続けているのよ。

 私はそのシステムに介入して私の映像情報を広域に発信しているの。

 だから都市管理システムから映像情報を取得する装置には私の姿が映っているのよ。

 以前にあの機械系モンスターを誘導したのもその応用なのよ。

 だから、その手の装置を使用している人なら、アキラと一緒にいる私の姿が見えているの』


 アキラがアルファの言いたいことに気付いて表情を強張こわばらせる。


「……つまり、誰かに見られているのか?

 その装置を使っているやつが近くにいるのか?」


 アキラの返答と同時に、アルファの表情から笑顔が消えた。


『ええ。

 絶対に振り返っては駄目よ。

 ずっとアキラを尾行しているわ。

 後ろの方から結構距離を取って、今もアキラを見ているわ』


 アキラの表情が険しくなる。

 アルファの表情は状況の深刻さをアキラに分かりやすく伝えていた。




 アキラ達から大分離れた場所で2人のハンターがアキラの様子を探っている。

 カヒモという男は双眼鏡で、ハッヒャという男は一部が機械化されている頭部の両目、そのカメラの望遠機能で、素人には絶対に気付かれない距離からアキラを観察している。

 使い込まれた装備がカヒモ達の実力を、クズスハラ街遺跡の外周部しか彷徨うろつけないような駆け出しではないことを示していた。


 カヒモが双眼鏡越しのアキラを見ながら怪訝けげんな顔を浮かべている。


「あのガキ、随分奥まで行くんだな。

 あんな手ぶら同然の装備で遺跡の奥に行くなんて自殺と変わらん。

 何を考えてるんだ?」


 ハッヒャがカヒモの疑念を笑って流す。


「何も考えてない馬鹿ってだけさ。

 そういう馬鹿だから常識に捕らわれずに遺物を見付けられたんじゃねえのか?

 ここの外周部にはもうろくなものがない。

 それがこの辺のハンターの常識だ。

 さっさとあいつを襲って遺物の場所を吐かせた方が手っ取り早かったかもな」


 カヒモが少し不機嫌な声を出す。


「おい、口を割る前に誤って殺したら不味まずいって、俺を止めたのはてめえだろうが」


 ハッヒャが緊張感に欠ける様子で軽く笑ってカヒモをなだめる。


「そう言うなよ。

 あんなガキが遺跡のここまで奥に行くとは思わなかったんだ。

 お前だって外周部のどこか、その辺の廃ビルとかだと思ってたんだろ?」


「まあな。

 スラム街のガキが1人で遺跡のここまで奥から生還するとは普通は思わない。

 この辺はもう結構危険だ。

 もう少し奥なら俺達だって危ない」


「だろ?

 そんなに怒るなよ」


 カヒモ達は興味本位でアキラを観察している訳ではない。

 ろくに武装もしていないスラム街の子供が、買取所に高値の遺物を持ち込んだ。

 その話を聞き付けてのことだった。


 クズスハラ街遺跡の外周部には金になる遺物はもう残っていない。

 それがこの辺りのハンター達の共通認識だ。

 だが絶対に無いと思っている訳でもない。

 瓦礫がれきで埋もれた場所の中などに、大量の遺物が眠っている可能性が残っているからだ。


 倉庫に続く通路が何らかの理由で塞がれていたが、モンスターの攻撃の余波などで偶然通路に穴が開いて入れるようになった。

 非常に見付けにくい場所にあるビルの出入口を誰かが偶然見付けた。

 その手の事例は数多く報告されている。

 当然だが、誰もが自分で探すのは割に合わないと判断する程度のまれな頻度での話だ。


 その手の発見が起きると、既に寂れた遺跡に大勢のハンターが再び群がることも多い。

 発見者が一度では持ち帰れないほどに大量の遺物が残っていれば、残りは当然ながら早い者勝ちになる。

 そのためその手の情報に網を張っている者はそれなりにいた。

 カヒモ達もそうだった。


 スラム街の子供が結構高い遺物を買取所に持ち込み、その金を巡って子供達の殺し合いも起こった。

 その情報を得たカヒモ達は内容を精査してその話を信じた。

 つまりスラム街の子供でも行ける場所に高値の遺物があると判断した。

 そしてその場所をクズスハラ街遺跡の外周部だと断定した。

 ただのスラム街の子供が生還できそうな遺跡など、クガマヤマ都市の周辺にはそこしかないからだ。


 その子供が遺跡のどこかで偶然遺物を見付けたのなら、発見場所が倉庫などで他にも遺物が大量に残っているのなら、近いうちにまた同じ場所へ行くだろう。

 そう判断したカヒモ達はその遺物を横取りするために動き出した。

 そして遺跡で待ち伏せしてそれらしい子供を探し、アキラを見付けたのだ。


 カヒモはアキラを捕まえて場所を吐かせるつもりだった。

 だが戦闘になりうっかり殺してしまうのは不味まずいとハッヒャに止められたので、アキラの跡を付けて遺物の場所まで案内させる方針に変更した。

 しかし再びそれもどうかと思い始めていた。


「ハッヒャ。

 やっぱり今からでも力尽くで口を割らせようぜ。

 相手はろくに武装もしていないガキ1人なんだ。

 うっかり殺さないように注意すればいい。

 お前も手っ取り早い方が良いだろう?」


 ハッヒャから返事は返ってこなかった。

 カヒモが怪訝けげんな顔をする。


「おい、どうかしたのか?」


 ハッヒャがようやつぶやくような声を出す。


「……ガキが1人だけ……なんだよな?」


「1人だけだろ?

 他にどっかに隠れているようには見えねえぞ」


 カヒモが不思議に思い、愛用の双眼鏡で再度アキラの近辺を見渡した。


 この双眼鏡はなかなかに高性能で、かなり遠方でも高い解像度で鮮明に見ることが可能だ。

 また真夜中でも昼間のように映像を補正する機能や、不可視光線を識別して簡単な光学迷彩を見破る機能も付いている。

 更に人やモンスターなどの姿を識別して強調表示する機能まで備わっている。


 これだけ高性能な双眼鏡になると、遺跡が発信している拡張現実の情報を取得して追加表示するネットワーク機能も付いている製品も多い。

 だがこの双眼鏡には付いていない。

 カヒモは過去に機械系モンスターからそれらの機能を逆に利用された経験があった。

 それで普通なら見えるはずの敵の姿を映像処理で消されてしまい危なく死ぬところだった。

 その手痛い経験から今は全てローカルで処理する双眼鏡を愛用していた。


「いねえよ。

 周囲にモンスターの姿も無い。

 あのガキだけだ」


 ハッヒャが表情をゆがめて少し言いにくそうに答える。


「あー、えーとな、先に言っておくが、俺は薬とかはやっていないし、酔ってもいない。

 お前を揶揄からかうつもりもない」


「だから何だ。

 さっきから何か変だぞ?」


「……あのガキのそばに、女が見えるんだ」


「女?」


 カヒモが怪訝けげんな様子で再度確認する。

 だがそれらしい者は見えなかった。


「いや、いない。

 やっぱりガキだけだ。

 女の姿なんかないぞ」


「……分かってるよ。

 お前には見えないんだろう?

 俺には見えるんだよ。

 すげえ美人の女がさっきからずっとガキの道案内をしてるんだ」


「それならその女の格好を言ってみろ。

 詳しくだ。

 どんな格好だ?」


「……高そうな白いドレスを着てる」


「ドレス?

 ここをどこだと思ってるんだ?

 遺跡の中だぞ?」


「本当だ!

 うそじゃねえ!

 酔っ払ってる訳でもねえ!

 幻覚でもねえ!

 俺だって遺跡に行く時は流石さすがに酒も薬も抜いてるって!」


 カヒモはハッヒャの態度からうそいていないと判断する。

 しかし自分には見えないことも事実であり、怪訝けげんな顔を浮かべる。

 そしてしばらく思案し、その辻褄つじつまを合わせるものに思い至った。


「ハッヒャ。

 お前の両目のパーツは確かネットワーク機能付きだったよな?」


「ああ。

 高い金を出して改造したって自慢してた野郎のパーツを移植したやつだ。

 ネットワーク機能を何度も自慢してたっていうのに、遺跡で結構あっさりくたばった野郎のだ。

 結構高性能で便利なんだが、たまに勝手に情報を受信して、俺の視界にいろいろ拡張表示するのが難点だ」


「正規商品以外のパーツに手を出すからだ。

 どうせそれも、どこかの遺跡でくたばったやつから剥がされたものをそいつが買ったんだろう。

 そいつがくたばった理由も、突然の機能障害とかで視界がおかしくなった所為せいだろうな」


「うるせえな。

 改造費とか安かったんだ。

 良いじゃねえか。

 遺物を探す時に便利なんだよ。

 ただ、制御装置があいつの頭と一緒に吹っ飛んだから、機能の切り替えが上手うまく出来ないんだよな。

 制御装置を追加するのにも金が掛かるから、その辺は後回しにしてるけどな。

 何で急にそんなことを聞くんだ?」


 カヒモが表情を真面目なものに変える。


「その女は遺跡の道案内機能かもな。

 俺には見えないがお前には見えるってことは、立体映像ではなく視界を拡張表示して追加するタイプだ。

 遺跡の一部の機能が生き残っていて拡張情報を発信しているのかもしれない。

 それでお前のパーツが変な情報を取得したのかもな。

 所謂いわゆる旧世界の幽霊ってやつだ」


 ハッヒャが驚きながらアルファの姿を再度注意深く確認する。


「……あれが?

 本物にしか見えねえぞ?

 あの女には影だってちゃんとある。

 あの格好以外に不自然な箇所はない。

 視界に拡張表示されるものは、大抵現実と何らかの差異があるんだ。

 影が無かったり、伸びる方向が変だったり、壁を突き破っていたり、そういう不自然さがあるんだ。

 あれにはそれが全く無いぞ。

 不自然なところはこんな場所でドレスを着てるってことだけだ。

 ……いや、それだけですげえ変だけどさ」


 カヒモの真面目な態度が無ければ、ハッヒャはその話を冗談だと思って笑って流していた。

 アルファの姿にはそれだけの現実感が存在していた。


 カヒモが真面目な態度で続ける。


「その女がクズスハラ街遺跡の道案内機能の一部なら、旧世界の技術で表示されていることになる。

 その手の不自然さや違和感を覚えさせないぐらいに高い技術で描画されているんだろうな」


「……そうか。

 あれが旧世界の幽霊ってやつなのか。

 初めて見た。

 すげえな」


 ハッヒャは興味深そうな視線をアルファに向けていた。

 自分にしか見えない女がいるという不気味さは、相棒がその話を信じたことと、更に自分でも納得できる理由が添えられたことで、そのまま強い興味に変わっていた。


 そこに付け込むように、カヒモが何かを思い出したように話を続ける。


「……そういえば、クズスハラ街遺跡には怪談があったな。

 誘う亡霊……だったか」


「それ、俺も知っているぞ。

 遺物を餌にしてハンターを遺跡の奥に誘い込んで殺す幽霊の話だろ?

 多くのハンターが誘われて、生きて帰ってきたやつはいないって話だ。

 死んだハンターが仲間を求めて、生きているハンターを誘い込むんだ。

 最近は老若男女どころか、犬やら猫やらいろんな姿で誘ってくるんだってな」


 カヒモは軽くうなずいて共感を示した後、話の主導権を握るような表情と口調で続ける。


「遺物探しで遺跡でくたばるなんてのは、ハンターの死に方じゃ普通だ。

 そこで重要なのは、生きて帰ってきたやつがいないのに、何でそんな怪談になるか、だな」


「……そういえば、何でだ?」


「答えは、付いていかなかったやつがいるってことだ。

 亡霊が見えたやつだけが付いていった。

 見えなかったやつは付いていかなかったってことだな。

 亡霊は誰にでも見える訳じゃない。

 見えるやつと見えないやつがいて、そいつらの間で話が食い違ったりして詳細を確認できないからこそ怪談になるんだ」


 ハッヒャが少しおびえ出す。

 自分達はアキラを追うことで、まさにその亡霊の後を追っているからだ。


「じゃ、じゃあ、あの女に付いていったら俺達も死んじまうのか?」


 そこでカヒモが意味深に笑う。


「……こうも考えられる。

 あのガキが金になる遺物を見付けられたのはなぜか?

 それはお前のようにあの女が見えているからだ。

 あの女は旧世界の都市管理機能の一部で、今もある程度機能していて、自分を見えるやつに対して道案内をしている。

 あのガキは遺物が有りそうな場所を女に聞いた。

 そして女の案内のおかげでモンスターにも発見されずに安全に遺物が残っている場所を見付け出せた。

 どうだ?

 こういう考えもありじゃないか?」


「そうか!

 ……いや、でも女の道案内で死なずに済むのなら、あんな怪談にはならないんじゃないか?」


「女の案内でもモンスターに見付かる可能性が低くなるだけで、見付かる時は見付かるんだろう。

 加えて、あの女の道案内機能を知ったハンターが、他のやつに遺物を取られないように、女に付いていったら死ぬっていううわさを流したのかもしれない。

 その後に同じように何度も遺物収集を繰り返すと、当然遺跡の外周部に近い遺物から無くなって、だんだん遺跡の奥に案内されるようになる。

 それで奥部の強いモンスターに運悪く見付かって結局死ぬ。

 付いていったら死ぬってうわさ通りの結果だけが残って、積み重なって怪談になるって訳だ」


 ハッヒャはカヒモの説明に納得すると、非常にうれしそうに笑った。


「そういうことか!

 それなら付いていっても問題ないな!

 あのガキだって生きて帰ってきた訳だし、注意すれば死ぬことはない!」


「合っている保証はない。

 だが合っていれば、効率良く遺物を探し出せる手段が手に入る。

 まあでも、死人有りのうわさだ。

 危険ではある」


 カヒモはハッヒャを落ち着かせようとしたが、ハッヒャは興奮を抑えきれなかった。

 遺跡での安全と、高価な遺物。

 その両方を容易たやすく得られる手段が手に入るかもしれないのだ。

 その価値を理解できないハンターなどいない。


「大丈夫だろ?

 心配性だな!

 こんなチャンスは見逃せねえよ!」


「まあ、もう少し様子を見ようぜ」


 カヒモが冷静な目でハッヒャを見ながら考える。


(……その手段を独占するためにチーム内で殺し合った。

 生き残ったやつが、仲間が死んだ理由を亡霊の所為せいにした。

 当然、亡霊を見えるやつがだ。

 その可能性も十分にある。

 まあこの馬鹿なら、適当な理由を付けて俺の前を歩かせておけば問題ないか……)


 カヒモは自身の考えをハッヒャに悟られないように注意しながらアキラの監視を再開した。




 アキラが険しい表情でアルファに尋ねる。


「俺の跡を付けているのはどんなやつか分かるか?」


『男が2人。

 装備から判断するとハンターよ。

 しっかり武装しているわ』


「……勘違いとか、そういう可能性は無いのか?

 別に俺の跡を付けている訳じゃなくて、遺跡で子供を見掛けたからちょっと気になって見ているだけとか、偶々たまたま移動方向が同じだっただけとか……」


『無いわ。

 それらの可能性を考慮してしばらく彼らの行動を観察していたけれど、間違いなくアキラを尾行しているわ。

 わざしばらく立ち止まって見たりしたけれど、それでも一定の距離を保ち続けているの。

 明確にアキラを尾行しているわね』


 アキラが顔をかなり険しくしながらも、まだ残っている希望的観測を続けて口にする。


「……何で俺なんかの跡を付ける必要があるんだ?

 俺を襲うつもりだとしても、俺に金なんか無いことぐらい見れば分かるだろう?」


 その問いは、だから違っていてほしい、という希望の表れだ。

 それを分かった上で、アルファがアキラに現実を直視させる。


『何らかの方法でアキラが遺物を買取所に持ち込んだのを知ったのかもしれないわ。

 アキラを尾行する理由は、遺物がありそうな場所まで案内させる、ついでに殺して遺物も奪う、そんなところでしょうね。

 簡単に殺せそうな人物が高価な遺物を持ち込むのを、買取所で見張っていたのかもしれない。

 あるいは買取所の人間から獲物の情報を買ったのかもしれない。

 敵である理由は幾らでも考えられるわ。

 少なくとも、敵ではない理由よりも多くね。

 アキラ。

 敵として対処しないと死ぬわよ?』


 アキラはようやく頭から楽観視を排除すると、大きなめ息を吐き、表情を更に険しくした。


「……くそっ!

 今度はハンターかよ!」


 先日襲ってきた相手は拳銃程度しか持っていないスラム街の子供で、それでも死にかけた。

 それが今度はしっかり武装したハンターを相手にする羽目になった。

 いきなり跳ね上がった難易度にアキラが頭を抱える。


『アキラ。

 取りあえずあのビルの中に入って。

 なるべく自然にね。

 向こうを見ないように注意して』


「……分かった」


 アキラは指示通りに注意して、それでも少し項垂うなだれながら重い足取りで廃ビルの中に入っていく。

 そしてアルファの案内でビルの一室に到着すると、壁を背にして座り込んだ。


『このビルにモンスターはいないから安心して良いわよ』


「……ああ」


 アキラの返事は暗い。

 どう戦えば良いかいろいろ考えてはみたが、良い考えは全く思い付かなかった。

 過程の違いはあれど、全て無残に殺される結果で終わっていた。

 どれも勝ち目など全く無かった。


『アキラ』


 その少し強めの呼びかけに応じてアキラが顔を上げると、アルファが眼前まで顔を近付けていた。

 驚いてけ反り、その勢いで頭を背後の壁につけ、痛みで小さな声を出す。

 その驚きと痛みが、最悪の思考を繰り返してどこまでも沈み込んでいた頭を、良い意味でほうけさせた。


 驚きと痛みが引いていくのと一緒に、アキラも我に返って大分平静を取り戻した。

 座り込んで項垂うなだれていた時には微妙に焦点が合っていなかった目も、今はアルファをしっかりと見ている。

 アルファはそれを確認した上で、優しく力強く微笑ほほえんだ。


『しっかりしなさい。

 大丈夫。

 私がしっかりサポートするわ。

 アキラを死なせたりなんか絶対にしないわ』


 アキラが驚きながらも希望を持つ。


「逃げられるのか?」


 しかしアルファが続けた内容は、アキラの予想とは逆だった。


『逃げない。

 戦うの。

 返り討ちにするのよ』


 アキラの顔に浮かんでいた期待が、途端に驚きと困惑で塗り潰された。


「そんなことが出来るのか!?

 2対1で、しかも相手はしっかり武装したハンターなんだ!

 前の相手とは、拳銃程度しか持ってないスラム街の子供とは訳が違うんだぞ!?」


 アキラの不安を一掃するために、アルファが余裕すら感じられる笑顔で自信に満ちた声を出す。


『その程度、大した違いではないわ。

 アキラには私がいるのよ?

 総合的な戦力なら私がいる分だけむしろ圧倒的にこちらが上よ。

 それにアキラは拳銃だけであんなに大きいウェポンドッグを倒したでしょう?

 アキラが私の指示通りに動いてさえくれれば、全く問題ないわ。

 大丈夫よ。

 安心しなさい』


「……そ、そうなのか?」


 アキラはアルファの余りに当然のような態度に思わず納得しかけた。

 だが本来なら絶望的な戦力差から生まれる不安を消し去るには足りず、半信半疑の様子を見せていた。


「……いや、でも、モンスターと人間ではいろいろ違うだろうし、そこまで自信が有るのなら逃げられるだろう。

 それなら逃げた方が……」


 弱気を見せるアキラに、アルファが少し厳しい表情を向ける。


『駄目よ。

 ビルの外では装備の射程の差で一方的に攻撃されるわ。

 荒野なら尚更なおさらよ。

 第一、いつまで逃げ続けるつもりなの?

 この場は、今日は逃げられても、明日は?

 明後日あさっては?

 それに都市まで逃げ帰ったとしても、それで彼らが急に行儀良くなってアキラを襲うのをめるとでも思っているの?

 そこでも逃げるの?

 逃げ切れるの?

 殺されるまで逃げ続けるつもりなの?』


 アルファがアキラを真面目な表情で見詰める。

 アキラも目をらさずにいる。

 そのまましばらく無言で見詰め合う。

 やがてアキラが何かを悟ったように表情を引き締めた。

 そこには確かな覚悟が存在していた。


「……ここで逃げても、殺されるだけか。

 分かった。

 やるよ」


 覚悟を決めたアキラが立ち上がる。

 その表情から先ほどの不安は完全に消えていた。

 アルファがアキラを更に勇気付けるように優しくも力強い笑顔を浮かべる。


『アキラ、覚悟を決めなさい。

 この程度のことも乗り越えられないようでは、すごいハンターに成るなんて夢のまた夢よ?』


 アキラが苦笑する。

 その表情にはどこか楽しげなものがあった。


「そうだった。

 意思とやる気と覚悟は、俺の分担だったな」


 意思とやる気と覚悟は、俺が何とかする。

 アキラは以前、アルファの指示に逆らって死にかけた時に、アルファに確かにそう告げた。

 その言葉はうそではないと示さなければならない。

 それが出来ないのであれば、金も実力も無い自分がアルファに示せるものはもう本当に何も無くなってしまう。

 実績を、信頼を積み重ねると約束した言葉も、全てれ言になってしまう。

 その思いがアキラの覚悟を高めていた。


 意思を示し、やる気を出し、覚悟を決める。

 アキラは再度自身に強く言い聞かせた。


 アルファが頼もしそうに微笑ほほえむ。


『それ以外は私の分担ね。

 私の素晴らしいサポート能力をアキラに分かりやすく示す機会が来たようね。

 任せなさい』


「ああ。

 頼んだ」


 そうしっかりと答えたアキラに、アルファは満足そうな笑顔を向けた。

 その後に余裕のある苦笑をこぼす。


『……それにしても、その機会がこんなに早く来るとは私も思っていなかったわ。

 やっぱりアキラは私と出会って運を使い果たしたようね』


「……俺もそんな気がしてきた」


 アキラも苦笑を返した。

 アルファが不敵に微笑ほほえみながら少し悩ましげな口調で続ける。


『安心して。

 アキラが支払った幸運以上に、私がしっかりアキラの世話を焼いてあげるわ』


「それはどうも。

 助かるよ」


 アキラが軽口を返して軽く笑った。


『ええ。

 助けてあげるわ』


 アルファも調子良く笑って答えた。


 高度な演算から生み出された非常に魅力的なアルファの笑顔は、アキラを十分に落ち着かせて、気力を回復させて、戦う意思を取り戻させた。

 全て、アルファの意図通りに。

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