第287話 協力者達

 レイナ達は無事に都市の防衛隊と接触し、モンスターの群れの存在を伝えることが出来た。だがそこから先はレイナの期待通りにはならなかった。


「防衛隊は動かないって……、どういうこと?」


 応対したグートルが情報端末の画面越しに険しい顔を見せる。


「都市に実害が出る、あるいはその恐れが十分に高くなるまで待機。それが上の判断だ。そのモンスターが俺達の警戒範囲まで近付くか、そいつらが撃った銃弾でも飛んでこない限り、俺達は動かない」


「でもモンスターの群れが都市のすぐそばまで迫ってるのよ? それだけでも脅威のはずよ? 普通駆除に動くでしょう?」


「その脅威度判定に関しては、モンスター認定を受けた500億オーラムの賞金首がスラム街を徘徊はいかいするのを許容している時点で、他のモンスターが多少増えたぐらいでは誤差だそうだ」


 微妙に納得してしまい、レイナが思わず言葉に詰まった。だがそれで諦める訳にもいかず、何とか交渉しようとする。


「それなら上の人につないでもらえない? 私達はそのモンスターと戦ったの。あいつらの脅威は誤差ではないって説得するわ」


「……悪いが、それは無理だ。上は情報提供者がリオンズテイル社の者であることにも懸念を覚えている。今の俺には、君を上の者と話させる権限は無い」


 都市は今回の騒ぎをリオンズテイル社の支店間の抗争と判断しており、その内紛に対して中立を保とうとしている。ヤナギサワの横槍よこやりや、都市の幹部間での争い、三区支店や四区支店からの圧力はあるが、クガマヤマ都市が外部に示す立場はあくまでも中立、第三者、無関係だ。


 その立ち位置で、四区支店側の者からもたらされた情報を基に防衛隊を動かすと、四区支店へ肩入れすることになり、中立の立場が揺らぎかねない。だから、レイナからの情報では動けない。グートルはそう補足した。


 レイナが顔をしかめる。だがそれ以上食い下がるのはめた。それはグートルも上の決定に物すごく不服だという顔をしていたからだ。それは現場の責任者がそれだけ不服に思っても都市側の決定は覆らないことを意味する。その状況で自分が何を言っても無駄だろうと、別の手を考える。


 しかし、有効な手段は浮かばなかった。


(しくじった……! 私達だけ避難するためにここまで来た訳じゃないってのに……!)


 今すぐにシオリ達の所に戻るか、とも考えたが、それはただの我がままだとも思う。パメラ達から逃げた時点で自分は戦力ではなく護衛対象となってしまった。その護衛対象が自分から一度は脱した危険地帯に飛び込むなど、流石さすがに足手まといが過ぎると自分を抑える。


(戻るなら、最低でも状況を改善させる戦力を連れてくるか用意しないと……)


 本来ならば、それは都市の防衛隊のはずだった。しかしそれは失敗した。それならば別の何かを、と考えても有効な手段が思い浮かばず焦るレイナに、声を掛ける者が出る。


「久しぶりね。レイナ」


 思わず声の方を見たレイナは驚愕きょうがくあらわにした。そこにはクロエが勝ち誇った顔で立っていた。


 防壁内にいるはずのクロエがこんな場所にいることにレイナは確かに驚いた。だが驚愕きょうがくした理由はそこではなく、そのそばにいる執事とメイドにあった。知人ではない。だがその服は1等級の執事とメイドの物だった。それはリオンズテイル社東部本店に所属している、あるいはローレンスの一族でも上位の人間の側仕そばづかえであることを意味していた。


 そのような者達がクロエのそばにいて、しかもクロエが勝ち誇った顔を浮かべている。レイナが状況を深刻に捉えるには十分すぎる要素だった。


 そのレイナの反応に、クロエが満足そうにわらう。


「馬鹿な貴方あなたために、一応言っておくわよ? 見ての通り、私は本店の保護下にあるの。貴方あなたが私を殺そうとしているのは知っているけれど、馬鹿な真似まねはお勧めしないわ」


 レイナが険しい表情でメイドに視線を向ける。すると、肯定される。


「事実です。我々は彼女の護衛もしております。支店間の抗争をこの場に持ち込むことは、本店への敵対を意味します。くれぐれも御注意下さい」


「……その、代表は既に現地におでなのですか?」


「代表の現在地は機密事項です。お答えできません」


「し、失礼致しました」


 相手の雰囲気から本当に本店所属の者だと察したレイナは頭を下げて謝罪した。そして内心で焦りを募らせる。


(まさか……、まさか……、三区支店だけじゃなく、本店までクロエのがわに付いたの……!? 不味まずいわ……)


 せめてこのことをシオリ達に伝えなければならない。レイナがそう思ったところに、本店の人間からどこか冷淡な声で告げられる。


「レイナ・リラルト・ローレンス様。貴方あなたも代表に呼ばれていますので、このまま御同行願います。通信障害の所為せいで通知が届いていなかった御様子ですので、本店からの通信に反応しなかったことは不問に致しますが、御注意を」


「は、はい……」


 本店所属の者となればその権限も高い。アリスの意向で動いているとなれば尚更なおさらだ。レイナに拒否権は無かった。苦悩で顔をゆがめるレイナに、クロエが嘲笑を向ける。


 そのクロエを見たレイナは逆上するのを歯を食い縛って耐えた。だが状況を改善する手段は全く思い浮かばなかった。


 その時、状況の推移を黙って見ていたトガミが、非常に軽い口調で口を出す。


「何か、もう俺がレイナの護衛をする必要は無さそうだな。じゃあレイナ、俺、アキラにバイク返してくるから」


 その余りの態度に、レイナは思わずトガミへ顔を向けた。するとトガミは軽薄そうに笑いながらも、一瞬だけ、目配せした。


 それでレイナが我に返り、冷静さも取り戻す。そしてクロエ達をチラッと見た後で軽く答える。


「……そう。じゃあ、これも渡しておいて」


 レイナはそう言って自分の銃や弾薬などをトガミに渡した。そして再びクロエ達の様子を見る。


 本店の者達は全く反応を示さなかった。だがクロエは思わず笑みを消し、表情を僅かだが険しいものへ変えていた。


 それで、レイナは笑顔を取り戻した。


「トガミ。ありがとう。じゃあ、そっちは頼んだわ」


「ああ。行ってくる」


 トガミは笑って返し、バイクを走らせて去っていった。


 トガミを見送ったレイナは改めてクロエの方を向くと、えて勝ち気な笑顔を向けた。クロエは内心の舌打ちをそのまま顔に出したように不機嫌な表情を返した。


 クロエと明確に敵対しているアキラに、バイクと銃と弾薬に加えてクロエの居場所という情報まで渡そうとしているのにもかかわらず、本店の者達は反応を示さない。それは本店はクロエのがわに付いた訳ではないと示していた。本店の者達がまるで自分の側仕そばづかえであるように振る舞うクロエの態度に、レイナはだまされるところだった。


(危なかったわ。私、それだけ慌てていたのね。トガミ。助かったわ)


 意気を取り戻したレイナが落ち着いて現状を把握しようとする。するとすぐに疑問が湧いた。


「クロエ。何でこんな場所にいるの?」


「答える義理は無いわね」


 知らない、と解釈したレイナが頭を悩ませる。用事はアリスとの謁見だ。それは間違い無い。そして謁見場所がどこであれ、そこに自分達から出向くのが当然であると考える。


 だがここではないはずだ。防壁内のどこか、企業の重要人物との会合などに適した場所のはずだ。レイナも、そしてクロエも、同じ疑問に顔を怪訝けげんにさせていた。


 本店の者達は何も答えなかった。




 アキラに協力すると決めたエレナ達はすぐに準備を済ませてスラム街に突入したのだが、少し難しい状況に陥っていた。


 しっかり援護するためにもまずはアキラと合流しよう。そう考えたのだが、そもそもアキラがどこにいるか分からない。連絡を取ろうにも、ひどい通信障害の所為せいで全くつながらない。


 取りえず、アキラがいる可能性が最も高いであろうシェリルの拠点を目指して進もう。その判断でスラム街を進んでいく。だが一帯が濃い情報収集妨害煙幕ジャミングスモークに包まれている所為せいで索敵が困難であり慎重に進まなければならない。その所為せいでなかなか進めなかった。


 もっとも索敵自体はエレナの高い情報収集能力のお陰で問題無い。また、遭遇した敵もサラが問題無く撃破している。ある意味で容易たやすい勝利を続けている。それでもエレナ達は顔を険しくさせていた。


「ねえエレナ……。アキラが戦ってるのって、リオンズテイル社のはずよね?」


「ええ。リオンズテイル社の部隊や、彼らに雇われた連中のはずよ」


「じゃあ、これ、何?」


「……分からないわ」


 エレナ達の前にはつい先程撃破した敵、奇怪なモンスターが転がっていた。形状としては多脚戦車に近いが、その多脚は生身であり、肥大した筋肉で全体を支えていた。砲は人型兵器の火器に見えるが、まるで強引に取り付けたように生やしていた。そして俊敏に動き、周囲を跳躍しながら砲撃してエレナ達を襲った。その強さはクガマヤマ都市周辺のモンスターの基準を明確に逸脱していた。


 それでも今のエレナ達の敵ではない。エレナ達の装備は以前にヒカルがアキラと荒野で交渉しようとした際に、エレナ達を護衛として雇ったヒカルが、最悪の場合、アキラと戦闘になるかもしれない、という懸念に半ばおびえながら調達した物だけあって高性能だ。都市周辺のモンスターから逸脱した強さという程度であれば、問題無く蹴散らせる。


 またこのモンスターはアキラ達が戦っていた異形と同様に、元はリオンズテイル社の人型端末だった。変異後はパメラも細かい操作などは不可能になったが、大雑把おおざっぱな指示を出すぐらいならば可能だった。


 それらの個体はパメラの指示でシェリルの拠点を大きく囲むようにひそかにゆっくりと配置に付いていた。煙幕の内側の状況が外側に伝わるのを遅らせるためだ。そして餌を食べて増殖した。スラム街に放置されている死体や物、包囲の外に出ようとした襲撃者達やその装備品、車両や人型兵器など、様々な物を食べて、食べた分だけ増えていた。


 ただし同じ強さで増えた訳ではない。増えた個体の強さは食べた物の質に比例していた。大して強くない襲撃者達を武装ごと取り込んでも、体積が増えただけで強さの総量は然程さほど増えず、個体ごとの緑色の回復液の量も減って生命力も落ち、個体としては弱くなっていた。


 そのお陰でエレナ達は苦戦などしなかった。だが数だけは多く、強い個体も混ざっている所為せいで、足止めという意味では効果的だった。


 勿論もちろん、強行突破も不可能ではない。だがアキラの正確な位置も敵の総量も不明な状態で弾薬に物を言わせて強引に突破すれば、アキラと合流した時に残弾が尽きている恐れもあった。イナベの支援を受けて弾薬費を負担してもらえることになっているが、現在のエレナ達の装備に適した追加の弾薬の調達まで頼めばすぐに可能な訳ではない。弾薬には、限りがあった。


 エレナ達も急ごうとはしている。だが焦らず、慎重に進んでいく。自分達はアキラを助けに行こうとしているのだ。足手まといな状態で合流しても意味は無い。そう自身に言い聞かせ、はやる気持ちを抑えて冷静さを保っていた。


「サラ。前方に反応。近付いてくるわ。気を付けて」


「了解」


 エレナ達が警戒しながら銃を構える。その先から現れたのは、大型の人型モンスターと戦うキャロルだった。




 副業の客でもあった男、高ランクハンターのドーレスと戦ったキャロルは、激戦の末に勝利した。片腕を装備ごと失って地面に転がるドーレスに向けて銃を構える。


「私の勝ち。良いわね?」


「ああ……、負けたよ」


 キャロルが笑って銃を下ろす。ドーレスはめ息を吐いて半身を起こした。


とどめは良いのか?」


「その辺はお互い様でしょう?」


 殺す気で殺し合ったが、それは勝つためであり、相手が死んでも構わない、仕方無いというだけで、相手の死が目的ではない。キャロルもドーレスも、殺しすぎによる自滅を防ぐその程度の自制は持っていた。


 完全に負けたと、ドーレスが苦笑する。


「それだけ強ければハンター一本で食ってけるだろう。それでもまだ副業続ける気か?」


 負けた感傷で、らしくないことを言っている。そしてこんなことを言っても軽くあしらわれるだけだろう。ドーレスはそう思っていたのだが、少し意外な返事が返ってくる。


「んー。まあ、考え中ってとこ」


 キャロルはそう言って少し楽しげに笑った。


「……、そうか」


 ドーレスはかなり意外そうな顔をした後、キャロルの返事の背景を何となく察して、それだけ答えた。


 キャロルはドーレスに背を向けて去っていこうとして、軽くふらついた。


(……これ、もう、一度戻らないと駄目ね)


 キャロルは消費型ナノマシン投与系の身体強化拡張者だ。ナノマシンの消費効率を度外視すれば、一時的に超人の域に手が届くほどの力も出せる。もっともそのような真似まねをすれば一瞬で活動限界になってしまうので、出力と消費量を調整してなるべく効率良く戦っていた。しかしドーレスは強く、キャロルも勝つためにナノマシンを大量に消費せざるを得なかった。


 取りえず、拠点に戻って予備のナノマシンを十分に補給するまでは手持ちの分でごまかそう。キャロルがそう思って手持ちの分を取り出そうとした時、周辺に無数のモンスターが出現する。機械と肉塊を混ぜて手足を付け足したような異形達だ。


 本来ならばキャロルの敵ではない。しかし出現したタイミングが最悪だった。もう少し前ならば、ドーレスと一時休戦して撃退できた。もう少し後ならば、そこそこ戦える程度には回復できていた。だが戦闘後の最も消耗した状態で、その回復前に襲われた。


 キャロルがすぐに敵を銃撃する。負けはしたが戦闘不能ではないドーレスも予備の銃を抜いて攻撃する。しかしどちらも万全には程遠い。精彩を欠く動きしか出来ず、敵の群れに押され始める。


 そしてキャロルがすきかれた。異形が大口を開けて飛び掛かってくる。


(しまった……!)


 動きの鈍った自分ではかわし切れない。その理解がキャロルの顔を大きくゆがませる。


 だがそこにドーレスが割り込んだ。大口にえて身をさらし、み付かれながら相手を銃撃する。無数の牙が強化服を貫いて内部まで到達していたが、倒れず、銃口を相手に押し当てて連射した。


 それで異形は絶命したが、歯が深く食い込んでいる所為せいでドーレスから剥がれない。だがドーレスは気にせずにキャロルに顔を向けた。


「行け。時間は稼いでおく。お前が勝ったんだからな。それぐらいはしてやる」


 限界の近い自分が残っても一緒に死ぬだけ。彼と一緒に死ぬことは出来ない。そのおもいでキャロルが口を開く。


「ごめんなさい……」


「謝るなよ。ハンター稼業なんだ。こういうこともあるさ。それがまあ、気に入ってた女を逃がすためなら、悪くない」


 ドーレスは笑ってそれだけ言って、視線を敵に戻した。


 キャロルが走り去っていく。そのキャロルを狙う異形達はドーレスに優先的に狙われて倒される。その分だけドーレスは死に近付いたが、生還を目的としない戦闘であればもうしばらくは戦えた。残弾や強化服のエネルギーの残量など全く気にせずに、死ぬ前に全て使い切る勢いで戦い続けた。


 それでも限界は来る。残弾を撃ち尽くす前に銃を腕ごと食われた。攻撃手段を喪失したドーレスに他の異形達が一斉に襲い掛かり、食らい付く。


「もうちょっと早く、口説いとくんだったな」


 そう言い残し、ドーレスは苦笑したまま絶命した。




 ドーレスのお陰で窮地を脱したキャロルは廃ビルの一室に身を隠すと、手持ちの回復薬や携帯していた予備のナノマシンを使って負傷を癒やした。万全とは呼べないが一定の戦闘能力を取り戻して一息吐く。


「それにしても……、何でモンスターがこんな所にいるの……?」


 その疑問を思わずつぶやき、軽く首を横に振る。


「モンスターがいる理由を考えるのは後回し。その状況でどうするか考えないと……」


 拠点に戻ってナノマシンを補充し万全の状態を取り戻したいが、ドーレスとの戦闘中に大分移動したこともあり距離がある。距離があるだけなら問題無いのだが、その間に先程のモンスターの群れがいる恐れを考えると、難しいと判断せざるを得なかった。


 それでもこのまま身を潜めている訳にはいかない。その選択をするのであれば、初めからアキラに同行などしていない。そう覚悟を決めて廃ビルから出る。


 ビルの外、情報収集妨害煙幕ジャミングスモークに包まれたスラム街の路地では、襲撃者達が激しい戦闘を繰り広げていた。ただしその相手はエリオ達やシカラベ達などではなくモンスターの群れだった。困惑混じりの悲鳴や怒声が、この状況が彼らにも予想外の事態だと示していた。


 そしてキャロルはモンスターの内の一体、肉塊が重装強化服を内側から食い破ったような人型の個体を見て驚きをあらわにした。個体の腕から生えたレーザー砲に見覚えがあったのだ。


「あれ……、私の……!?」


 ドーレスとの戦闘で、キャロルは使用していたレーザー砲を失っていた。小回りの利かない武器であり、ドーレスほどの実力者を相手にした近距離での対人戦で使うのは不利となる。仕方無く手放していた。


 そのレーザー砲は、本人以外は使用できない設定となっていた。しかし人型の異形はキャロルの存在に気付くとレーザー砲をキャロルに向けた。


 キャロルが反射的に回避行動を取る。僅かに遅れて、横ぎの光線が辺りをぎ払った。廃ビルが巨大な光刃に斬り裂かれたように切断面を溶解させ、そのまま自重で倒壊した。


 その一撃から何とか逃れたキャロルが顔を険しくする。


(普通に撃った……! 暴食ワニのように食べた物を取り込むタイプのモンスター! 多分そこらの連中を食って増えてる! 冗談じゃないわ!)


 標的を倒せなかったことに気付いたモンスターが、ミサイルポッドのような肉塊を肩口から生やした。そこから撃ち出された小型ミサイルがキャロルの周辺に襲い掛かる。


 無数の爆発が巻き起こる中、キャロルは逃げるしかなかった。




 エレナ達はキャロルに気付くと、即座に照準をその背後にいる大型のモンスターに合わせる。撃ち出された強力な銃弾は、標的に大穴を開けるどころか原形の大部分を円形に削り取った。残りの部分は衝撃で吹き飛ばされ、周辺の建物の壁に散らばった。


 キャロルが荒い息で礼を言う。


「あ、ありがとう。助かったわ」


「どう致しまして。一体何が……、サラ。次は上に反応よ」


「了解。忙しいわね。今度は何……、ん? あれ、アキラのバイクじゃ……」


 エレナ達の視線の先には、アキラのバイクで宙を駆けるトガミの姿があった。しかも異形に取り付かれた所為せいで墜落しかけていた。


 エレナ達がすぐに異形を撃ち落とす。そのお陰でバイクは体勢を立て直したものの、墜落しかけていた勢いを完全に殺すことは出来ず、エレナ達の近くに墜落まがいの派手な着地をすることになった。


「あ、危なかった! 誰だか知らないけど助かった……ん?」


「アキラ! 大丈夫!? ……あれ?」


 自分を助けてくれた者達が知った顔だったことにトガミが僅かに戸惑う。アキラだと思って声を掛けたエレナも、相手がトガミだったことに軽く驚いていた。




 エレナ、サラ、キャロル、トガミの4人は一通りの情報共有を済ませた。


 拠点に急いで戻ろうとしたトガミはその所為せいで敵の迂回うかいも軽視した上にバイクの高度を下げすぎてしまい、飛行は出来なくとも跳躍ぐらいは可能な異形に取り付かれてしまった。それでもバイクを運転しながら敵を銃撃して撃ち落とそうとした。


 だがレイナと一緒にバイクの運転と敵の迎撃を分担していた時とは異なり、トガミ一人でその両方を十全に行うのは難しく、危うく墜落するところだったのだ。


 再びアキラ達の下に向かおうとするトガミに、エレナとサラが同行を申し出る。


 キャロルは悩んだが一緒に行かないことにした。今の自分では足手まといになる恐れの方が高いと判断したのだ。少なくとも拠点に着くまでは確実に足を引っ張る上に、状況次第では拠点に辿たどり着けない恐れもある。また、予備のナノマシンが無事に残っている保証も無い。それならば直接的な戦力ではない方向でアキラの力になろうと、一度スラム街を出ることにした。


 既にバイクにまたがっているエレナ達に、キャロルが真面目な顔で頼む。


「アキラのこと、お願いね」


「分かったわ」


 エレナは安心させるように笑って答えると、バイクを勢い良く走らせた。それを見送ったキャロルはエレナ達がここまで切り開いた道を走ってスラム街の外を目指した。




 シオリ達と合流したアキラはパメラの呪詛じゅそを聞いたこともあり、そのまま拠点の屋上で周囲を警戒していた。しかしこれといった変化は無い。異形達は周辺から撤退しており、下ではエリオ達が敵の撃退に歓声を上げている。


『アルファ。何か見付かったか?』


『敵影は無しよ。強いて言えば情報収集妨害煙幕ジャミングスモークの濃度が不自然に下がってきているわ』


『不自然って、どの辺が?』


『自然な拡散による濃度低下よりも早く薄くなっているのよ。特に荒野側の方がね』


 アキラが荒野側に向けて目を凝らす。確かに僅かだが遠景が鮮明になったように感じられた。


『……追加の煙幕投入が無いのなら、向こうもこれ以上やる気は無いって思いたいところだけど……』


 そう口にしながらも、アキラは自身の言葉に全く同意できなかった。


 そこにトガミが戻ってくる。それに気付いたアキラは、自分のバイクに予想外の人物が一緒に乗っているのを見て驚きをあらわにした。


 拠点の屋上にバイクをめたトガミは、自分に向けられた三人分の視線に内心で焦りを覚えていた。


(……いや、俺は悪くないよな?)


 トガミは移動中の役割分担の都合でエレナとサラに、2人の美人にほぼ密着する形で挟まれてバイクに乗っていた。エレナ達がアキラと非常に親しいことや、自分とレイナの関係なども含めて、トガミはアキラやシオリ達の視線と表情に意味深なものを感じてしまった。


 アキラがそのトガミの態度を含めていぶかしむ。


「トガミ。レイナはどうしたんだ? それにどうしてエレナさん達が一緒に……」


「あーその辺は二人に聞いてくれ俺はシオリさん達にレイナのことで大事な話があるからシオリさんレイナのことでちょっと大事な話が……」


 バイクから降りたトガミは早口でそう言うと、レイナのことを口実にどことなくそそくさとアキラから離れていった。


 やましいことがあった、と言わんばかりのトガミの態度にアキラはますます怪訝けげんに思ったが、今はそれどころではないと気を切り替える。


「エレナさん。どうしてここに?」


「アキラを助けに来た……っていうか、先輩面をしに来たわ」


「え?」


 予想外のことを笑顔で言われたアキラが面食らっていると、サラからも同じように笑って言われる。


「アキラがこんな状況だってのに、そのアキラから蚊帳の外に置かれたのがむかついたから、押し掛けてきたわ」


「えぇっ!?」


 そう言われながらエレナ達から微笑ほほえみながらもどこか不機嫌そうにも見える顔で見詰められて、アキラは少々たじろいでいた。


「アキラが私達より強くなったのは認めるけど、助けを頼む価値も無いってぐらい軽く見られるのは、私達も腹が立つの」


「だから、呼ばれてないけど勝手に助けに来たわ。悪いわね」


 こちらの都合、意地やら何やらで助けに来たのだ。だから大人しく助けられろ。そうエレナ達は少しすごみながらアキラに詰め寄った。


 それは一応エレナ達の本心でもある。だがアキラへの気遣いの気持ちの方が大きかった。


 長年の経験で染み付いた、誰かに助けを求めても無駄だ、という思考はいまだにアキラに残っている。それが適用されない者に対しては、相手に迷惑を掛けるというおもいから要請を取り下げる。だからこそ、エレナ達はアキラを助けるのは自分達の都合だと言っていた。


 アキラもそれが自分への気遣いだと気付ける程度には成長していた。その気遣いをうれしく思う気持ちもあった。だが状況の過酷さが、その気遣いをそのまま受け入れるのを難しくする。


「でもエレナさん。そうは言ってもですね……」


「そうそう。途中でキャロルを助けたわ。真面まともに戦うのは難しいぐらい消耗していたけど、それを除けば命に別状も無いし無事だから安心してね」


「キャロルが……。そうですか……。ありがとう御座いました」


 キャロルがそこまで戦ってくれたことへの感謝、そこまで無理をさせてしまったおもい、そして無事だった安堵あんどが入り混じった胸中を顔に出して、アキラはエレナ達に頭を下げた。


 するとサラがエレナと一緒にあからさまなめ息を吐き、少しむくれた顔を見せた。


「ねえアキラ。キャロルには助けを頼んで私達には頼まないって、その辺、どうなの? いつの間にそこまで仲良くなったの?」


「えっ? まあ、その、いろいろありまして……」


「いろいろって、何? 自分で言うのも何だけど、私達はアキラと親密な方だと思ってるわ。助けを頼むのに、その私達は駄目で、キャロルはオッケーって、何がいろいろあって仲良くなったの?」


「いや、それはその、いえ、違いますよ? 俺もサラさん達とはとても仲が良いと思ってますし、別にキャロルと何か区別を付けてる訳では……」


 サラの追求を、アキラは自分でもよく分からない理由でごまかしていた。そこにエレナが苦笑しながら口を挟む。


「アキラ。それなら私達にもちゃんと助けられなさい。良いわね?」


「あー……、はい」


 アキラはしっかりとうなずいた。それでもアキラも後付けではあるが、既に大きな借りのあるエレナ達に更なる借りを作ることを受け入れることが出来た。そしてそこから、自分はいつの間にかエレナ達とそれだけ仲を深めていたのだということに気付くと、とてもうれしそうに笑った。


 自分達を受け入れてくれたことにエレナ達もうれしそうに笑う。そしてしっかりとアキラを助けるために、エレナが状況の確認に入る。


「それじゃあアキラ。早速で何だけど、状況を教えてちょうだい」


「はい。えっとですね……」


『アキラ。荒野の方角をすぐに確認して』


 アルファに険しい表情で口を挟まれたアキラはすぐに視線を荒野に向けた。エレナ達に続いて、少し離れていたシオリ達もアキラ達のそばまで来て一緒に荒野を凝視する。


 アキラ達の視線の先には巨人が立っていた。情報収集妨害煙幕ジャミングスモーク所為せいで輪郭ぐらいしか見えないが、膝の時点で足下の廃ビルより高い巨大な人型の何かがそこにいた。


「何だ……? あれ」


 アキラがそうつぶやいた時、巨人の口が光った。エレナ、サラ、シオリ、カナエの四人が即座に自分達の前に力場障壁フォースフィールドシールドを展開する。僅かに遅れて、巨人から発せられた光波がアキラ達の下に到達し、拠点ごとみ込んだ。


 周囲の光が収まる。アキラ達は全員無事だ。強力な力場障壁フォースフィールドシールドに加えて情報収集妨害煙幕ジャミングスモークの影響で威力が減衰したお陰だ。拠点も外壁の力場装甲フォースフィールドアーマーのお陰で無事であり、周囲の建物も少々焦げたぐらいの損傷しか無い。


 しかし煙幕の影響でぼんやりとしか見えない距離にいる敵の攻撃がここまで届いた驚きは、アキラ達の顔を非常に険しくさせていた。


「アキラ。状況確認の続きだけど……、アキラは何と戦ってるの?」


「リオンズテイル社の連中……の、はずなんですけど、ちょっと自信が無くなってきました」


 アキラにも巨人の正体は分からない。だがアキラの頭にはパメラの呪詛じゅその言葉が浮かんでいた。

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