第287話 協力者達
レイナ達は無事に都市の防衛隊と接触し、モンスターの群れの存在を伝えることが出来た。だがそこから先はレイナの期待通りにはならなかった。
「防衛隊は動かないって……、どういうこと?」
応対したグートルが情報端末の画面越しに険しい顔を見せる。
「都市に実害が出る、
「でもモンスターの群れが都市のすぐ
「その脅威度判定に関しては、モンスター認定を受けた500億オーラムの賞金首がスラム街を
微妙に納得してしまい、レイナが思わず言葉に詰まった。だがそれで諦める訳にもいかず、何とか交渉しようとする。
「それなら上の人に
「……悪いが、それは無理だ。上は情報提供者がリオンズテイル社の者であることにも懸念を覚えている。今の俺には、君を上の者と話させる権限は無い」
都市は今回の騒ぎをリオンズテイル社の支店間の抗争と判断しており、その内紛に対して中立を保とうとしている。ヤナギサワの
その立ち位置で、四区支店側の者から
レイナが顔を
しかし、有効な手段は浮かばなかった。
(しくじった……! 私達だけ避難する
今すぐにシオリ達の所に戻るか、とも考えたが、それはただの我が
(戻るなら、最低でも状況を改善させる戦力を連れてくるか用意しないと……)
本来ならば、それは都市の防衛隊のはずだった。しかしそれは失敗した。それならば別の何かを、と考えても有効な手段が思い浮かばず焦るレイナに、声を掛ける者が出る。
「久しぶりね。レイナ」
思わず声の方を見たレイナは
防壁内にいるはずのクロエがこんな場所にいることにレイナは確かに驚いた。だが
そのような者達がクロエの
そのレイナの反応に、クロエが満足そうに
「馬鹿な
レイナが険しい表情でメイドに視線を向ける。すると、肯定される。
「事実です。我々は彼女の護衛もしております。支店間の抗争をこの場に持ち込むことは、本店への敵対を意味します。くれぐれも御注意下さい」
「……その、代表は既に現地にお
「代表の現在地は機密事項です。お答えできません」
「し、失礼致しました」
相手の雰囲気から本当に本店所属の者だと察したレイナは頭を下げて謝罪した。そして内心で焦りを募らせる。
(まさか……、まさか……、三区支店だけじゃなく、本店までクロエの
せめてこのことをシオリ達に伝えなければならない。レイナがそう思ったところに、本店の人間からどこか冷淡な声で告げられる。
「レイナ・リラルト・ローレンス様。
「は、はい……」
本店所属の者となればその権限も高い。アリスの意向で動いているとなれば
そのクロエを見たレイナは逆上するのを歯を食い縛って耐えた。だが状況を改善する手段は全く思い浮かばなかった。
その時、状況の推移を黙って見ていたトガミが、非常に軽い口調で口を出す。
「何か、もう俺がレイナの護衛をする必要は無さそうだな。じゃあレイナ、俺、アキラにバイク返してくるから」
その余りの態度に、レイナは思わずトガミへ顔を向けた。するとトガミは軽薄そうに笑いながらも、一瞬だけ、目配せした。
それでレイナが我に返り、冷静さも取り戻す。そしてクロエ達をチラッと見た後で軽く答える。
「……そう。じゃあ、これも渡しておいて」
レイナはそう言って自分の銃や弾薬などをトガミに渡した。そして再びクロエ達の様子を見る。
本店の者達は全く反応を示さなかった。だがクロエは思わず笑みを消し、表情を僅かだが険しいものへ変えていた。
それで、レイナは笑顔を取り戻した。
「トガミ。ありがとう。じゃあ、そっちは頼んだわ」
「ああ。行ってくる」
トガミは笑って返し、バイクを走らせて去っていった。
トガミを見送ったレイナは改めてクロエの方を向くと、
クロエと明確に敵対しているアキラに、バイクと銃と弾薬に加えてクロエの居場所という情報まで渡そうとしているのにも
(危なかったわ。私、それだけ慌てていたのね。トガミ。助かったわ)
意気を取り戻したレイナが落ち着いて現状を把握しようとする。するとすぐに疑問が湧いた。
「クロエ。何でこんな場所にいるの?」
「答える義理は無いわね」
知らない、と解釈したレイナが頭を悩ませる。用事はアリスとの謁見だ。それは間違い無い。そして謁見場所がどこであれ、そこに自分達から出向くのが当然であると考える。
だがここではないはずだ。防壁内のどこか、企業の重要人物との会合などに適した場所のはずだ。レイナも、そしてクロエも、同じ疑問に顔を
本店の者達は何も答えなかった。
アキラに協力すると決めたエレナ達はすぐに準備を済ませてスラム街に突入したのだが、少し難しい状況に陥っていた。
しっかり援護する
取り
「ねえエレナ……。アキラが戦ってるのって、リオンズテイル社のはずよね?」
「ええ。リオンズテイル社の部隊や、彼らに雇われた連中のはずよ」
「じゃあ、これ、何?」
「……分からないわ」
エレナ達の前にはつい先程撃破した敵、奇怪なモンスターが転がっていた。形状としては多脚戦車に近いが、その多脚は生身であり、肥大した筋肉で全体を支えていた。砲は人型兵器の火器に見えるが、まるで強引に取り付けたように生やしていた。そして俊敏に動き、周囲を跳躍しながら砲撃してエレナ達を襲った。その強さはクガマヤマ都市周辺のモンスターの基準を明確に逸脱していた。
それでも今のエレナ達の敵ではない。エレナ達の装備は以前にヒカルがアキラと荒野で交渉しようとした際に、エレナ達を護衛として雇ったヒカルが、最悪の場合、アキラと戦闘になるかもしれない、という懸念に半ば
またこのモンスターはアキラ達が戦っていた異形と同様に、元はリオンズテイル社の人型端末だった。変異後はパメラも細かい操作などは不可能になったが、
それらの個体はパメラの指示でシェリルの拠点を大きく囲むように
ただし同じ強さで増えた訳ではない。増えた個体の強さは食べた物の質に比例していた。大して強くない襲撃者達を武装ごと取り込んでも、体積が増えただけで強さの総量は
そのお陰でエレナ達は苦戦などしなかった。だが数だけは多く、強い個体も混ざっている
エレナ達も急ごうとはしている。だが焦らず、慎重に進んでいく。自分達はアキラを助けに行こうとしているのだ。足手
「サラ。前方に反応。近付いてくるわ。気を付けて」
「了解」
エレナ達が警戒しながら銃を構える。その先から現れたのは、大型の人型モンスターと戦うキャロルだった。
副業の客でもあった男、高ランクハンターのドーレスと戦ったキャロルは、激戦の末に勝利した。片腕を装備ごと失って地面に転がるドーレスに向けて銃を構える。
「私の勝ち。良いわね?」
「ああ……、負けたよ」
キャロルが笑って銃を下ろす。ドーレスは
「
「その辺はお互い様でしょう?」
殺す気で殺し合ったが、それは勝つ
完全に負けたと、ドーレスが苦笑する。
「それだけ強ければハンター一本で食ってけるだろう。それでもまだ副業続ける気か?」
負けた感傷で、らしくないことを言っている。そしてこんなことを言っても軽くあしらわれるだけだろう。ドーレスはそう思っていたのだが、少し意外な返事が返ってくる。
「んー。まあ、考え中ってとこ」
キャロルはそう言って少し楽しげに笑った。
「……、そうか」
ドーレスはかなり意外そうな顔をした後、キャロルの返事の背景を何となく察して、それだけ答えた。
キャロルはドーレスに背を向けて去っていこうとして、軽くふらついた。
(……これ、もう、一度戻らないと駄目ね)
キャロルは消費型ナノマシン投与系の身体強化拡張者だ。ナノマシンの消費効率を度外視すれば、一時的に超人の域に手が届くほどの力も出せる。
取り
本来ならばキャロルの敵ではない。しかし出現したタイミングが最悪だった。もう少し前ならば、ドーレスと一時休戦して撃退できた。もう少し後ならば、そこそこ戦える程度には回復できていた。だが戦闘後の最も消耗した状態で、その回復前に襲われた。
キャロルがすぐに敵を銃撃する。負けはしたが戦闘不能ではないドーレスも予備の銃を抜いて攻撃する。しかしどちらも万全には程遠い。精彩を欠く動きしか出来ず、敵の群れに押され始める。
そしてキャロルが
(しまった……!)
動きの鈍った自分では
だがそこにドーレスが割り込んだ。大口に
それで異形は絶命したが、歯が深く食い込んでいる
「行け。時間は稼いでおく。お前が勝ったんだからな。それぐらいはしてやる」
限界の近い自分が残っても一緒に死ぬだけ。彼と一緒に死ぬことは出来ない。その
「ごめんなさい……」
「謝るなよ。ハンター稼業なんだ。こういうこともあるさ。それがまあ、気に入ってた女を逃がす
ドーレスは笑ってそれだけ言って、視線を敵に戻した。
キャロルが走り去っていく。そのキャロルを狙う異形達はドーレスに優先的に狙われて倒される。その分だけドーレスは死に近付いたが、生還を目的としない戦闘であればもう
それでも限界は来る。残弾を撃ち尽くす前に銃を腕ごと食われた。攻撃手段を喪失したドーレスに他の異形達が一斉に襲い掛かり、食らい付く。
「もうちょっと早く、口説いとくんだったな」
そう言い残し、ドーレスは苦笑したまま絶命した。
ドーレスのお陰で窮地を脱したキャロルは廃ビルの一室に身を隠すと、手持ちの回復薬や携帯していた予備のナノマシンを使って負傷を癒やした。万全とは呼べないが一定の戦闘能力を取り戻して一息吐く。
「それにしても……、何でモンスターがこんな所にいるの……?」
その疑問を思わず
「モンスターがいる理由を考えるのは後回し。その状況でどうするか考えないと……」
拠点に戻ってナノマシンを補充し万全の状態を取り戻したいが、ドーレスとの戦闘中に大分移動したこともあり距離がある。距離があるだけなら問題無いのだが、その間に先程のモンスターの群れがいる恐れを考えると、難しいと判断せざるを得なかった。
それでもこのまま身を潜めている訳にはいかない。その選択をするのであれば、初めからアキラに同行などしていない。そう覚悟を決めて廃ビルから出る。
ビルの外、
そしてキャロルはモンスターの内の一体、肉塊が重装強化服を内側から食い破ったような人型の個体を見て驚きを
「あれ……、私の……!?」
ドーレスとの戦闘で、キャロルは使用していたレーザー砲を失っていた。小回りの利かない武器であり、ドーレスほどの実力者を相手にした近距離での対人戦で使うのは不利となる。仕方無く手放していた。
そのレーザー砲は、本人以外は使用できない設定となっていた。しかし人型の異形はキャロルの存在に気付くとレーザー砲をキャロルに向けた。
キャロルが反射的に回避行動を取る。僅かに遅れて、横
その一撃から何とか逃れたキャロルが顔を険しくする。
(普通に撃った……! 暴食ワニのように食べた物を取り込むタイプのモンスター! 多分そこらの連中を食って増えてる! 冗談じゃないわ!)
標的を倒せなかったことに気付いたモンスターが、ミサイルポッドのような肉塊を肩口から生やした。そこから撃ち出された小型ミサイルがキャロルの周辺に襲い掛かる。
無数の爆発が巻き起こる中、キャロルは逃げるしかなかった。
エレナ達はキャロルに気付くと、即座に照準をその背後にいる大型のモンスターに合わせる。撃ち出された強力な銃弾は、標的に大穴を開けるどころか原形の大部分を円形に削り取った。残りの部分は衝撃で吹き飛ばされ、周辺の建物の壁に散らばった。
キャロルが荒い息で礼を言う。
「あ、ありがとう。助かったわ」
「どう致しまして。一体何が……、サラ。次は上に反応よ」
「了解。忙しいわね。今度は何……、ん? あれ、アキラのバイクじゃ……」
エレナ達の視線の先には、アキラのバイクで宙を駆けるトガミの姿があった。しかも異形に取り付かれた
エレナ達がすぐに異形を撃ち落とす。そのお陰でバイクは体勢を立て直したものの、墜落しかけていた勢いを完全に殺すことは出来ず、エレナ達の近くに墜落まがいの派手な着地をすることになった。
「あ、危なかった! 誰だか知らないけど助かった……ん?」
「アキラ! 大丈夫!? ……あれ?」
自分を助けてくれた者達が知った顔だったことにトガミが僅かに戸惑う。アキラだと思って声を掛けたエレナも、相手がトガミだったことに軽く驚いていた。
エレナ、サラ、キャロル、トガミの4人は一通りの情報共有を済ませた。
拠点に急いで戻ろうとしたトガミはその
だがレイナと一緒にバイクの運転と敵の迎撃を分担していた時とは異なり、トガミ一人でその両方を十全に行うのは難しく、危うく墜落するところだったのだ。
再びアキラ達の下に向かおうとするトガミに、エレナとサラが同行を申し出る。
キャロルは悩んだが一緒に行かないことにした。今の自分では足手
既にバイクに
「アキラのこと、お願いね」
「分かったわ」
エレナは安心させるように笑って答えると、バイクを勢い良く走らせた。それを見送ったキャロルはエレナ達がここまで切り開いた道を走ってスラム街の外を目指した。
シオリ達と合流したアキラはパメラの
『アルファ。何か見付かったか?』
『敵影は無しよ。強いて言えば
『不自然って、どの辺が?』
『自然な拡散による濃度低下よりも早く薄くなっているのよ。特に荒野側の方がね』
アキラが荒野側に向けて目を凝らす。確かに僅かだが遠景が鮮明になったように感じられた。
『……追加の煙幕投入が無いのなら、向こうもこれ以上やる気は無いって思いたいところだけど……』
そう口にしながらも、アキラは自身の言葉に全く同意できなかった。
そこにトガミが戻ってくる。それに気付いたアキラは、自分のバイクに予想外の人物が一緒に乗っているのを見て驚きを
拠点の屋上にバイクを
(……いや、俺は悪くないよな?)
トガミは移動中の役割分担の都合でエレナとサラに、2人の美人にほぼ密着する形で挟まれてバイクに乗っていた。エレナ達がアキラと非常に親しいことや、自分とレイナの関係なども含めて、トガミはアキラやシオリ達の視線と表情に意味深なものを感じてしまった。
アキラがそのトガミの態度を含めて
「トガミ。レイナはどうしたんだ? それにどうしてエレナさん達が一緒に……」
「あーその辺は二人に聞いてくれ俺はシオリさん達にレイナのことで大事な話があるからシオリさんレイナのことでちょっと大事な話が……」
バイクから降りたトガミは早口でそう言うと、レイナのことを口実にどことなくそそくさとアキラから離れていった。
やましいことがあった、と言わんばかりのトガミの態度にアキラはますます
「エレナさん。どうしてここに?」
「アキラを助けに来た……っていうか、先輩面をしに来たわ」
「え?」
予想外のことを笑顔で言われたアキラが面食らっていると、サラからも同じように笑って言われる。
「アキラがこんな状況だってのに、そのアキラから蚊帳の外に置かれたのがむかついたから、押し掛けてきたわ」
「えぇっ!?」
そう言われながらエレナ達から
「アキラが私達より強くなったのは認めるけど、助けを頼む価値も無いってぐらい軽く見られるのは、私達も腹が立つの」
「だから、呼ばれてないけど勝手に助けに来たわ。悪いわね」
こちらの都合、意地やら何やらで助けに来たのだ。だから大人しく助けられろ。そうエレナ達は少し
それは一応エレナ達の本心でもある。だがアキラへの気遣いの気持ちの方が大きかった。
長年の経験で染み付いた、誰かに助けを求めても無駄だ、という思考はいまだにアキラに残っている。それが適用されない者に対しては、相手に迷惑を掛けるという
アキラもそれが自分への気遣いだと気付ける程度には成長していた。その気遣いを
「でもエレナさん。そうは言ってもですね……」
「そうそう。途中でキャロルを助けたわ。
「キャロルが……。そうですか……。ありがとう御座いました」
キャロルがそこまで戦ってくれたことへの感謝、そこまで無理をさせてしまった
するとサラがエレナと一緒にあからさまな
「ねえアキラ。キャロルには助けを頼んで私達には頼まないって、その辺、どうなの? いつの間にそこまで仲良くなったの?」
「えっ? まあ、その、いろいろありまして……」
「いろいろって、何? 自分で言うのも何だけど、私達はアキラと親密な方だと思ってるわ。助けを頼むのに、その私達は駄目で、キャロルはオッケーって、何がいろいろあって仲良くなったの?」
「いや、それはその、いえ、違いますよ? 俺もサラさん達とはとても仲が良いと思ってますし、別にキャロルと何か区別を付けてる訳では……」
サラの追求を、アキラは自分でもよく分からない理由でごまかしていた。そこにエレナが苦笑しながら口を挟む。
「アキラ。それなら私達にもちゃんと助けられなさい。良いわね?」
「あー……、はい」
アキラはしっかりと
自分達を受け入れてくれたことにエレナ達も
「それじゃあアキラ。早速で何だけど、状況を教えてちょうだい」
「はい。えっとですね……」
『アキラ。荒野の方角をすぐに確認して』
アルファに険しい表情で口を挟まれたアキラはすぐに視線を荒野に向けた。エレナ達に続いて、少し離れていたシオリ達もアキラ達の
アキラ達の視線の先には巨人が立っていた。
「何だ……? あれ」
アキラがそう
周囲の光が収まる。アキラ達は全員無事だ。強力な
しかし煙幕の影響でぼんやりとしか見えない距離にいる敵の攻撃がここまで届いた驚きは、アキラ達の顔を非常に険しくさせていた。
「アキラ。状況確認の続きだけど……、アキラは何と戦ってるの?」
「リオンズテイル社の連中……の、はずなんですけど、ちょっと自信が無くなってきました」
アキラにも巨人の正体は分からない。だがアキラの頭にはパメラの
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