第282話 殺意の方向

 アキラがシェリルの拠点に移ってから1週間が過ぎた。アキラの周囲の状況は何も変わっていない。襲撃は受けておらず、坂下重工から装備も届いていない。装備の性能を確かめる的が無くなったぐらいだった。


 しかしアキラにはどうしようもないところで事態は進んでいた。それをアキラはキャンピングカーの中でシロウから聞いていた。


「それでな、アキラ。俺が調べた限りだと、そろそろ次の襲撃があっても不思議は無いと思う。しかも次は前より大規模だ」


 クロエがそろそろ防壁の外に追い出されようとしている。話はその一見アキラにとって好都合な内容から始まった。


 クロエは形式上、クガマヤマ都市に軟禁されている状態だった。しかしそれはイナベの尽力により解除された。表向きの理由はリオンズテイル社の創業者一族をこれ以上軟禁するのは流石さすが不味まずいというものだった。


 だがウダジマはクロエの解放を口実にアキラのモンスター認定を解除させるのが狙いだと考えて、幹部会でそれを理由にアキラのモンスター認定を解除しないように要請し、イナベに引き下がらせる形でクロエの解放のみを通した。


 しかしそれはイナベの目論見もくろみ通りだった。アキラのモンスター認定解除を臭わせたのは、そちらが目的だとウダジマ達に誤認させるためだった。軟禁を解かれたことで、クロエは都市側の都合で防壁内にいる立場ではなくなった。そこでイナベはクロエに護衛代を請求したのだ。


 クロエが500億オーラムの賞金首に狙われていること。更にその者はいずれ坂下重工から最前線向けの装備を手に入れる予定であること。加えて、現在リオンズテイル東部三区支店と四区支店は抗争状態であり、クロエを防壁内にとどめておくと都市がその支店間抗争に巻き込まれる恐れがあること。イナベはそれらの脅威を過剰に訴えて、護衛代を可能な限り高額にしようとし続けていた。


 初日、一日1億オーラムだった護衛代は、度重なる交渉により既に10億オーラムまで引き上げられている。イナベはクロエが防壁内から出ていくまで、100億でも1000億でも、護衛代をどこまでも引き上げるつもりだった。


 クガマヤマ都市としては護衛代が高額になるほど利益が上がる。またクロエを防壁の外に追い出せば、クロエを狙うアキラに最前線向けの装備で防壁を強行突破しようと襲撃されることも無くなる。都市の中立派閥、あるいは日和見の立場の者は、それらの理由でイナベの提案を支持した。


 当然だがリオンズテイル東部三区支店も護衛代の値上げにいつまでも付き合えない。クロエが防壁内から出るのは時間の問題だった。


「そういう背景があって、クロエを他の都市まで輸送するためにヒガラカの施設に三区支店の戦力が集まっている。正確にはその背景を口実にして戦力を集めている。下手をするとクガマヤマ都市を襲撃するつもりだと判断されても不思議は無い規模なんだが、500億オーラムの賞金首と四区の両方に対抗するためだと答えて強行している。都市側もアキラの脅威を理由に護衛代を可能な限り引き上げたこともあって、強くは出られないらしい」


 アキラはその話を感心した様子で聞いていた。


「そういう情報って、どうやって手に入れてるんだ?」


「まあ、いろいろやってな。詳細は企業機密だ」


「そうか。それはそれとして、そんな情報をよく手に入れたな。シロウってすごいんだな」


「そうだよ。俺、すごいんだぞ?」


 シロウも自身の技術に自負を持っている。だがその技術に対し今までアキラから大して反応を得られていないことに少し不満を覚えていた。そのアキラから称賛を受けたシロウは、ここぞとばかりに強く出ていた。


「俺が言うのも何だが、情報は、世界を制するんだ。情報戦に勝つために俺は坂下の施設で腕を磨いていた。特別扱いも受けていた。本当にすごいんだぞ? さっき言った情報だって、そこらのやつじゃ手に入らないんだぞ? 言っておくけど、貸しだからな?」


 変に刺激してしまったかと、アキラはシロウをなだめるように話を流すことにした。


「分かってるって。借りたよ。それで、向こうが動くのはいつ頃になりそうなんだ? そろそろって言ってもいろいろあるだろう。具体的にどれぐらいなんだ? 数日後か? 明日か? 1時間後なんて言うなよ?」


 アキラが軽い冗談を言うようにそう尋ねた時、シロウが急に表情を真面目なものに変えた。


「……今だ」


「は?」


「今、動いた。ヒガラカの施設から部隊が出発した。大型の武装車両が20……、いや、30……、いや、もっとか?」


「武装車両って、戦車か?」


「どっちかといえば自走多連装ロケット砲だな。ミサイルポッドを山ほど積んでる」


「どっちにしても、都市の近くで使う武装じゃないだろう」


「そんなの俺が知るか。その手の武装を満載した部隊がヒガラカの施設を出てクガマヤマ都市に向かってる。大型の輸送車両や人型兵器も混じってる。それだけだ」


 アキラが真面目な顔で思案する。相手がクガマヤマ都市に遠慮して砲撃を控えるかどうかは相手の意思次第であり、都市と敵対してでも殺すつもりならば使うだろう。まずはそう判断した。


 リオンズテイル社は大企業だ。クガマヤマ都市程度の相手にどこまで気を使うかは分からない。実際にハンター達は都市と交渉中の自分を攻撃した。それは自分がリオンズテイル社ほどの大企業から賞金を懸けられているからだと考えれば納得も出来る。それならば、都市のそばとはいえ厳密には都市から荒野として扱われているスラム街ぐらい、自分を殺す為に一緒に消し飛ばすのに躊躇ちゅうちょはしないだろう。アキラはそこまで思考を進めて、大規模な攻撃が当然ある前提で考え始めていた。


『アルファ。どうする? 俺がスラム街にいても攻撃されるのなら、こっちから荒野に打って出た方が良いか?』


『いいえ。スラム街の中で迎え撃ちましょう。相手が砲撃を控える可能性はあるのだし、実際に大規模な攻撃を行って都市に被害が出れば都市の防衛隊を巻き込めるわ。拠点の外には出ておいて。バイクを使いたいからね』


『分かった。準備しよう』


 準備と言っても、武装はバイクも含めていつでも使えるように準備を済ませている。よってアキラが今からすることは、これから襲撃されるので備えないといけないことを他の者に伝えるだけだ。


 しかしその情報を正確に伝えられるのは、既にシロウの存在を知っているキャロルだけだ。他の者に教えることは出来ない。どうしようかと思いながら取りえずキャロルを探して状況を伝えると、あっさりと解決策を教えられた。


「分かったわ。みんなには私からそれとなく伝えておくわね」


「え、それで大丈夫なのか?」


 少し怪訝けげんな顔を浮かべたアキラに向けて、キャロルが得意げに笑って返す。


「私が何のためにヴィオラとつるんでいたのかは前にも言ったでしょう? そういう出所不明の情報を知っていても不思議は無いと思われるためよ?」


 アキラも納得したように笑う。


「そういえばそうだったな。分かった。頼んだ」


「すぐに終わらせるからちょっと待っててね」


「いや、外には俺一人で行く。キャロルは拠点に残っていてくれ」


 そう言われたキャロルが急に少し不機嫌になる。


「置いてく気? 今更手助けなんて要らないとは言わせないわよ?」


「言わない。キャロルはキャンピングカーとシロウの方を頼む。最悪、また荒野に逃げ出す羽目になるかもしれないんだ。悪いけど、拠点を守りながらそっちの方も何とかしてくれ」


 それでもキャロルはまだ怪訝けげんな様子を残していた。


「……頼りにしてないって訳じゃないのよね?」


「頼りにしてるよ。そうじゃなきゃ弾薬を積み込んだキャンピングカーを任せたりしない。また荒野に出たらそれが生命線なんだぞ? 荒野を空の銃で野宿なんて御免だ」


 それでキャロルも機嫌を戻した。自信たっぷりに笑う。


「分かったわ。こっちは任せなさい」


 そして軽くアキラを見詰めた。


「アキラ」


「ん?」


「死んじゃ嫌よ?」


「当たり前だ。そっちもな」


 アキラとキャロルは軽い冗談のように、だが本心でそう答えて笑い合った。


 その後、キャロルはシェリル達、レイナ達、シカラベ達に状況を伝えに行った。アキラは駐車場に戻るとバイクにまたがり、そのまま拠点から出ていく。そして拠点を巻き込まないように距離を取って別の建物の屋上まで上ると、荒野の方に視線を向けた。


 代わり映えのしない荒野の光景は、今はまだ静寂を保っている。しかしヒガラカの施設から部隊が出発したことを知っているアキラには、嵐の前の静けさに思えた。


 そこでアルファが得意げに笑う。


『大丈夫よ。私がついているのだから安心しなさい』


『そうだな。無茶苦茶むちゃくちゃ頼りにしてるから、今回も頼む』


『任せなさい』


 アルファはいつものように満足げに笑っていた。アキラも釣られていつものように笑う。そしていつものように、今までのように、当たり前のように勝つために、改めて覚悟を決めた。




 ヒガラカの施設から出発した大型車両の中で、パメラがうれしそうにラティスに笑い掛けている。


「ラティス。いよいよよ。一緒に頑張りましょうねー」


 死人は返事を返さない。それでもパメラは上機嫌だった。


 そのパメラ達を、リオンズテイル東部三区支店に所属しているトトラというメイドが、少し気味が悪そうな表情で見ていた。


「……ねえベッグ。あれ、大丈夫なの?」


 トトラの同僚であるベッグという執事が表情を変えずに小声で答える。


滅多めったなことは言うな。……支店長が俺達を派遣したことから察しろ。俺達は俺達の仕事をすれば良い。それで上手うまくいけば俺達も一族の側仕そばづかえに昇格だ。十分だろ?」


「そうなんだけど、第9格納庫を開けての部隊行動で、指揮者があれなのはどうなのよ……」


「不満があるなら支店長に申し出ろ。俺に愚痴をこぼすな」


 トトラは少し迷った上で、本当にベラトラムに通信をつないだ。機器を介してトトラの視界内にベラトラムの姿が拡張表示される。


『どうした? 問題発生か?』


『問題と言いますか、部隊の指揮者であるパメラの精神状態に少々不安が……』


 トトラは音を外に出さない内部通信でベラトラムに状況を伝えた。加えて可能であればパメラから指揮を引き継ぎたいとも申し出た。


 ベラトラムは表情を変えずにそれを聞き終えると、軽く告げる。


『君も勉強になっただろう。だからこそ社への忠義が重要なのだ。社への忠義が己の絶対の支えであれば、友人を失ったぐらいで揺らぐこともない』


勿論もちろんで御座います。ですので、そのような人物が指揮者である現状を問題視しております。第9格納庫、都市侵攻用の装備を用いるほどの作戦の指揮を、そのような人物に任せるのはどうかと』


『……その辺りは君の忠義と能力をもって柔軟に対応すると良い。君達の仕事は彼女の援護だ。それは彼女が動けない場合、あるいはそれに類する状況で、全体の指揮を引き継ぐことも含まれている。状況が許す限りでの最善を模索するのは良いことだ。その判断も含めて、可能であればな』


かしこまりました』


 通信を切ったトトラが言質は取ったとほくそ笑む。そして後はどうやってパメラを排除しようかと思案を進めていき、やはり精神の衰弱などの理由で強引にでも隔離してしまえば良いと思い、僅かに動いた。


 次の瞬間、トトラは背後の壁に頭部を激しくたたき付けられて気絶した。四肢から意識が消えてだらりと垂れ下がる。それでもトトラは崩れ落ちなかった。それは見えない手がトトラの頭部をつかんでいるからだった。


 そして迷彩機能が解除されメイド服の女性の姿が現れる。それはパメラの部下で、アキラとの戦闘で死亡した者であり、今は各種処置が施されてラティスと同じ遠隔操作端末と化していた。


 ベッグが突然の事態に驚き、視線をトトラの方に思わず向けてしまう。そして近くの気配に気付いた時、既にパメラがベッグの目の前、息が届く距離まで来ていた。顔から表情を消して、深くのぞき込むようにベッグの目を見ている。


「邪魔を、しないでくれる?」


「……勿論もちろんで御座います。支店長からも貴方あなたの支援を指示されております。邪魔をしろとなど、指示されておりません」


 冷や汗を流すベッグを無言かつ無表情でじっと見ていたパメラが、少し間を開けてから、笑う。


「……、そう」


 そしてラティスの下に戻り、再び返事を返さない死体に楽しげに声を掛け始めた。人型の遠隔操作端末がトトラの顔をつかんだまま歩き出し、その場からトトラを運んでいく。後頭部から足まで垂れていた血が床に赤い線を引いていった。


 立ち尽くしていたベッグが大きく息を吐く。


(人型端末を俺達にその存在を気付かせないように操縦する技術。あの一瞬で俺の前まで移動していた動き。あんな精神状態でも、一族の側仕そばづかえを任される実力は本物ってことか……)


 余計なことはせずに無難に仕事を終えよう。ベッグは自身にそう言い聞かせた。


 自分よりもパメラが生き残った方がクロエの役に立つ。そのラティスの判断は、ラティスの死亡後にパメラの精神が変質しなかったのであれば、正しかった。




 アキラの視界の先に砂煙が映る。その発生源はパメラ達の部隊だ。多くの車両が大型のミサイルポッドを搭載しており、人型兵器を輸送している車両も見える。


 情報収集機器を使用してそれらを拡大表示したアキラがその顔を険しくする。


『来たか……。それにしても、ここであんなものを使えば都市の防衛隊を本当に敵に回すぞ? 本気なのか?』


 アルファが余裕を感じさせる態度で揶揄からかうように笑う。


『その驚くべき判断をした人がここにいる訳だから、他の人が同じ判断をしてもそこまで不思議ではないと思うけれど?』


『い、いや、それは、まあ、そうかもしれないけどさ』


 アキラはごまかすように硬い笑顔を浮かべた。だがそれで表情の険しさは取れた。


『表向きは、防壁内から追い出されそうなクロエを他の都市まで送るための部隊なのでしょう。ただでさえ危険な荒野を、500億オーラムの賞金首に襲撃されながら安全に進むための武装と考えれば、不思議は無いのかもしれないわね』


『それならこっちとしても助かるんだけどな』


 この場ではクロエを見逃し、坂下重工から最前線向けの装備が届くのを待って、アルファの依頼を済ませてから、改めて殺しにいく。最近の出来事もあって、その程度の判断が出来るぐらいにはアキラも冷静さを取り戻していた。


 しかしその判断は無駄となる。車両のミサイルポッドが動き出し、都市の上空に向けてミサイルを撃ち出したのだ。


「撃ちやがった!」


 アキラは空高く登っていくミサイルを思わず目で追って顔を上げた。




 スラム街と都市の下位区画の境界に配置されているグートル達の人型兵器部隊も、発射されたミサイルを確認していた。


「隊長。あいつら本当に撃ちましたけど……」


「迎撃体勢を維持しろ。ミサイルが事前に提供された弾道から外れたら迎撃。そのまま連中を敵性と判断して殲滅せんめつに移る。それまで手を出すな」


「了解。そんな対処で良いんですかねー。その所為で迎撃が遅れて、都市内に着弾、爆発したらどうするんです?」


「上がそう決めたんだ。我々にはどうしようも無い。気に入らんがな」


 都市内であっても所詮は下位区画、防壁の外だ。多少の被害は許容できるのだろうと、グートルは不機嫌そうに顔をしかめていた。


 グートル達の部隊は次々に発射されるミサイルを見ても、そのまま現状維持を続けた。




 クガマヤマ都市に向けて撃ち出されたミサイル群の第一陣は、スラム街の近くまで到達すると弾道を真下に変更した。そのまま荒野とスラム街の境目を目指して落下する。更に弾頭を開いて内部から大量の小型ミサイルを吐き出し一帯に散蒔ばらまいた。


 それを見たアキラが大規模な爆発を想像する。しかし爆発は全く起こらなかった。その間にも後続のミサイルが着弾地点を少しずつスラム街の内側に移しながら続いていく。同じように小型ミサイルが周囲に降り注ぐが、爆発は一切無かった。


 流石さすがにアキラもいぶかしむ。そして視界の変化に気付いて顔を怪訝けげんゆがめた。


「何だ……?」


 荒野側の景色が急速にぼやけ始めていた。スラム街の建物も荒野近くの物は視認が難しくなっていた。


 アルファがその原因に気付く。


『あの小型ミサイルは全て発煙筒になっているようね。あれから情報収集妨害煙幕ジャミングスモークが散布されているわ。高濃度の色無しの霧が発生しているのと同じ状態になっているのよ。恐らく拡張粒子気体による高速フィルター効果も付加されているわ』


『高速フィルター効果って、外で使ってもすぐに四散するから意味が無いんじゃなかったっけ?』


『普通の量ならね。でもあれだけ大量に散布し続ければ長時間一定の効果はたもてるわ。それに都市間輸送車両で使われた時のような過度な効果は不要なのよ。恐らく流れ弾が都市の下位区画に到達しない程度に効果を調整しているわ』


 それでアキラも理解が追い付いた。スラム街一帯を砲撃するような大規模な戦闘を行った余波で都市に被害を出せば都市の防衛隊も排除に動き出す。それが抑止力になり相手も大規模な行為は出来ないはずだ。元々アキラがスラム街にいるのはそれを期待したからでもあった。だがパメラ達は高速フィルター効果により砲撃の有効射程を調整することで、その抑止効果を消そうとしていた。


 次々に発射されるミサイルがスラム街を情報収集妨害煙幕ジャミングスモークで包み込んでいく。アキラの周囲もその効果範囲にみ込まれていく。


 その時、アルファが表情を急に真面目なものに変えた。


『アキラ! 落ち着いて急いで近くの建物の中に入って!』


 既にバイクは走り出していた。アキラも指示通りに屋上から移動しようとする。僅かに遅れて、アキラの視界からアルファの姿が消えた。アルファとの接続が切れたのだ。


『アルファ!?』


 アキラは驚きながらも指示通りに動いた。近くの建物の中にバイクごと飛び込み、その奥まで突き進む。更に部屋に入り、ドアをしっかりと閉めた。


(……気休めだろうけど、これでどうだ?)


 情報収集妨害煙幕ジャミングスモークによる強烈な通信障害でアルファとの接続状態が著しく悪化したのであれば、ドアを閉めて室内を密封すれば煙幕の侵入も防げて、通信状態も多少は回復するかもしれない。そう考えての行動だった。


『アルファ……?』


 僅かに緊張のにじんだ顔でアルファに呼び掛けて、しばらく待つ。するとアキラの視界に再びアルファの姿が映し出された。


『アキラ。大丈夫? ちゃんと落ち着いている?』


『ああ。少し焦ったけどな』


 アキラは軽く笑って余裕を示した。アルファも満足そうに笑う。


『よし。それなら、状況を改めて説明するわね』


 通信の切断は情報収集妨害煙幕ジャミングスモークによる通信障害の所為。今は通信維持を最優先にして接続状態を維持している。その所為でサポートの精度に支障が出てしまっているので注意すること。それらを聞いたアキラが顔をしかめる。


『面倒だな。そうすると、まずは空に上がって情報収集妨害煙幕ジャミングスモークの影響範囲から出た方が良いな』


『残念だけどそれは無理よ。上を見て』


 アキラが言われた通りに上を見る。本来ならば室内の天井が見えるだけだが、拡張表示により透過されてスラム街の空が見えた。その空は赤く表示されていた。


『えっ? あの赤って、俺が入っちゃいけない場所の表示だよな? スラム街の上って、都市の下位区画の扱いなのか?』


『正確には、アキラが立ち入ると都市に被害が出る恐れが高い場所ということなのでしょうね』


 高速フィルター効果の範囲外である空中を移動するアキラを砲撃すると流れ弾が都市に当たる。アキラがそれを利用して相手に撃たせないために上空に上がる行為は、都市を盾代わりにしていることになる。その時点で都市から敵性と判断される。アルファはそう補足した。


『本当に面倒だな。それなら荒野まで出るしかないか?』


『それも止めておきましょう。こちらが荒野に出た時点で、相手も都市への被害を完全に気にせずに存分に戦えるようになる訳だから、総合的には状況が悪化するわ』


『ってことは……』


『この状態で戦うしかないわね。外の状況でも接続を維持できるように、こっちでも出来る限りやってみるわ。気を付けてね』


『ああ。本気で頼んだ』


 アキラが大きく息を吐き、冗談っぽく苦笑する。


『やっぱりあれか? これはシズカさんの店で買った装備が一つも無い所為か?』


 今までのげん担ぎには、やっぱりそれなりに効果があったのかもしれない。アキラは半分本気でそう思っていた。


 アルファも軽い冗談のように笑う。


『そうね。次にシズカの店に行った時に、おまもりぐらい買っておきましょうか?』


『そうだな。そうしよう』


 そしてその次の機会を得るために、アキラが気合いを入れて声を出す。


「……よし! 行くか!」


 そのままバイクを勢い良く走らせて、アルファとの接続がいつ切れても不思議の無い危険地帯へ、覚悟を決めて再び飛び出した。




 スラム街は静けさを取り戻していた。既にミサイルの発射は止まっている。だがそれが理由ではない。一帯が情報収集妨害煙幕ジャミングスモークの影響下に入ったことで、高濃度の色無しの霧に似た効果が周囲の音を消し去っているからだ。


 その路上でアキラがバイクをめる。


『アルファ。敵は?』


『私の索敵範囲内にはいないわ。でも安心しないで。情報収集妨害煙幕ジャミングスモークの所為で情報収集機器の精度が著しく低下している上に、通信障害の所為で私のサポートも落ちているの。アキラが自力で敵に気付けたのなら、それを信じなさい。それが勘であってもね』


『了解だ』


 アキラが集中して感覚を研ぎ澄ませていく。情報収集妨害煙幕ジャミングスモークの影響下の中、生身の五感では感じ取れない微細な何かを情報収集機器のセンサーで感じ取り、それを拡張感覚で処理して敵の気配を探っていく。


 そして前方に何かの気配を捉えた。


『アルファ……。前……』


『ええ。いるわ。気を付けて』


 アキラの前方から何かが近付いてくる。更に近付いてきて、情報収集機器で人型の何かだと判別できる距離になる。それはそのまま歩く速度で近付いてくる。動きに戦意を見せず普通に歩いてくる様子にアキラは警戒を維持したが、相手が余りに普通に近付いてくるので攻撃までには至らなかった。


 メイド服を着た相手の姿にアキラは見覚えがあった。それはパメラのものだった。情報収集妨害煙幕ジャミングスモークの影響下の中、相手は警戒する様子すら見せずに普通に歩いていた。そのまま互いに問題無く視認できる距離まで敵意すら見せずに近付いてくる。


「止まれ」


 アキラがそう制止すると、パメラは言われた通りに足を止めた。交渉でもしに来たのかと、アキラは相手を警戒しながらも動きを止めていた。そして、そこでパメラに微笑ほほえまれる。


「久しぶりね」


「何の真似まねだ?」


「シオリ達は一緒じゃないの? 貴方あなたの近くにいると思ったのだけど……。まあ、貴方あなたからで良いか」


 自分の殺害を示す言葉を吐きながら、随分と殺意に欠けた雰囲気のパメラに、アキラは妙な怖気おぞけを感じた。自分を殺しに来た相手が、その行為にどうでも良さそうな態度を取っていることに、軽く困惑する。


 それでも敵は敵だとアキラが銃を向けようとする。パメラもアキラに合わせるように前方へ一気に駆けようとする。


 だが次の瞬間、突如出現した刃がパメラの首を斬り落とした。頭部が地面に転がり、首無しの体が崩れ落ちる。


 呆気あっけに取られているアキラの前で、刃の持ち手が迷彩を解除して姿を現した。それはシオリだった。


 状況への理解が追い付いていないアキラが、あることに気付いて思わず怪訝けげんな顔を浮かべる。パメラの首から流れ出る血は緑色だった。


 シオリが地面に落ちている生首に視線を向ける。そしてシオリと生首の目が合った。その途端、生首が笑い始める。アキラと話していた時とは異なり、生首からは濃密な殺意がにじみ出ていた。


「いたぁ……。見付けたわぁ……。いると思ってたわ」


 生首から漏れ出した殺意が周囲に広がっていく中、驚くアキラとは対照的に、シオリは全く驚いていなかった。


「でしょうね」


 頭部の無い体が俊敏な動きで起き上がり、そのままシオリへ襲いかかる。だがその体は胴体に見えない一撃をらって吹き飛ばされた。


 その一撃を入れたカナエが迷彩を解いて姿を現す。生首がそのカナエを見てうれしそうに笑う。


貴方あなたもいたのねぇ……。殺してやるわ」


 シオリが再び襲ってきた首無しの体を十字に斬り裂き、カナエが生首を踏み潰す。肉片と機械部品が周囲に転がり飛び散った。


 事態から少々取り残されていたアキラが軽く困惑しながらシオリ達に尋ねる。


「少し、状況を説明してもらっても良いか?」


「今のはパメラが操作している遠隔操作端末です。見ての通り頭を切り離しても動きますが、操作の難易度が上がりますので頭部への攻撃は意味があります」


「そ、そうか……」


「あと、さっきのは多分索敵兼宣戦布告っすよ。暗殺じゃ満足できないから態々わざわざ告げに来たんだと思うっす。向こうの考えは、死んでほしい、じゃなくて、殺したい、っすから、ミサイルで木っ端微塵みじんにする気も無いと思うっす。次は大量の端末を操作して殺しにくるはずっす」


「そ、そうか……。えっと、レイナ達も近くにいるのか?」


「お嬢様達には拠点に残って頂いております」


「やる気はたっぷりだったんすけどね。今はお嬢をまもりながら戦う余裕は無さそうっすから我慢してもらってるっす」


 最低限の説明を済ませたシオリ達が荒野側の方へ視線を向ける。アキラもそちらに意識を集中させた。その方向から多くの気配が近付いて来ているのが分かった。


「あいつ、俺を殺しに来たっていうよりはそっちを殺しに来た感じだったけど、何か恨みでも買ったのか?」


「そのようで」


「ちょっと意外だったっすけどね」


 アキラ達の視線の先では、十数台の飛行エアバイクがパメラの操作する遠隔操作端末達を乗せてスラム街を突き進んでいた。目標はシオリ達だ。その人型端末は全てパメラの顔をしており同じ表情をしていた。シオリ達への濃密な憎悪とシオリ達を殺せる歓喜の両方を顔にありありと出して笑っていた。


 そしてアキラ達に全方位から襲い掛かる。人型端末達が飛行エアバイクから飛び降りて銃を構える。飛行エアバイクに残った人型端末は車載の銃をアキラ達に向ける。各自が配置に付き、完全に統一された部隊行動で殺意を具現化していく。


 アキラもシオリもカナエもそれぞれの装備と技術で応戦に入る。スラム街の静寂を乱す銃声と共に、戦闘が始まった。

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