第265話 500億オーラムの賞金首
アキラを囲む都市防衛隊の人型兵器部隊の隊長であるグートルという男は難しい判断を迫られていた。
本来ならば、相手が警告を無視した時点で消し飛ばせば済む話だ。しかしそれも相手による。機体のカメラを介して相手の顔から身元判定を実施し、対象がアキラというハンターであることはすぐに分かった。同時に、単なるハンターとして扱うには難しすぎる相手だとも分かったのだ。
都市防衛を主任務とする防衛隊の隊長は、その任務の
そこにはアキラの情報も載っていた。都市間輸送車両の護衛、それも大分東側の都市であるツェゲルト都市への輸送路のものを請け負い、車両を襲撃した多数の強力な人型兵器と交戦した記録に加え、坂下重工の重要人物の襲撃を試みた建国主義者の部隊と交戦して勝ったという情報まで記録されていた。
グートルがそれらの情報を閲覧した時点でアキラへの攻撃は難しくなった。下手をすると負けるからだ。
坂下重工の重要人物には、当然強力な護衛が付けられている。襲撃側もそれを知った上で襲う以上、非常に強力な部隊であったことは間違いない。アキラがその襲撃者達に勝った以上、アキラの実力も下手をするとその護衛並みに強い恐れがある。どれほど強いかは不明だが、坂下重工の何らかの人物の護衛に付いていたハーマーズという者の強さはグートルも知っていた。最近ミハゾノ街遺跡で暴れていたからだ。
グートルも
加えて部下から報告が届く。
「こちら6番機。隊長、大規模な戦闘反応の原因と思われる大型モンスターを確認しました。既に倒されています」
「了解した。個体の原形はどの程度残っている? 種類等の特定は可能か? 一体何だったんだ?」
「それが……、恐らくですが……、
「何だと!? そこまでの大型だと、並の都市間輸送車両ぐらい単機で潰せる脅威度だぞ!? 何でそんなやつがここに……、相当な高度か、東側領域にしかいないはずだ……、クソッ! どうなってる!」
グートルとしては何かの間違いだと思いたかった。だが都市からでも観測できた大規模な戦闘反応を考えると
そしてその懸念を考慮しながらも、勤めの
「最後の警告だ! 武装を解除しろ!」
「断る!!」
返ってきたのは銃口だった。その相手の
相手は自暴自棄になっているのではなく、こちらを倒せると踏んで銃を向けている。ギリギリ交戦に至っていないのは、都市そのものを敵に回すのは
都市を守る
グートルは本当に難しい判断を迫られていた。
アキラもギリギリだった。不要な戦闘は避けたいと思っている。だが引く訳にはいかない。武器を捨てて投降しても
やはり戦うしかないのか。逃げ場もなく、戦うのであれば、自分から仕掛けた方が良いか。アキラは冷静であろうとしているが、心の奥底から敵を殺せと叫ぶ声も続いている。その声を聞き続けている内に、冷静に戦闘を肯定する理由と根拠を探してしまう。非常に険しい顔でそちら側の覚悟を決めようとしてしまう。
だがその時、隊長機からグートルの声が出る。
「分かった! 武装解除も投降もしなくて良い!」
その内容にアキラは思わず意外そうな顔を浮かべた。そこにグートルのより強い口調での話が続く。
「ただし! この場で事情を聞かせてもらう! この場でだ! 状況の把握が終わるまで、これ以上クガマヤマ都市に近付くのは認めない! この要求が
そこにアルファも真面目な顔で口を挟む。
『アキラ、一度仕切り直しましょう。休息も弾薬の補給も必要よ。不要な敵を減らす努力もね。彼女の居場所はまたヴィオラに調べてもらって、改めて殺しにいきましょう。向こうが先に引いたわ。アキラも引きなさい。ね?』
そしてアルファはアキラを落ち着かせるように優しく
「……分かった」
アキラがAF対物砲を下ろし、大きく息を吐いて僅かに
『……悪い。まだ冷静さが足りなかったな』
『変に意地にならずに引き下がれたのなら十分よ』
アキラが戦意を下げたことで、周りの人型兵器達も銃を下ろした。条件付きではあるが、両者が引いたことで一応場は収まった。
クロエ達の車両はクガマヤマ都市のスラム街に入り、そのまま下位区画の防壁側に進もうとしていた。
だがそこに都市の防衛隊の人型兵器が飛び掛かる。装備している重武装で攻撃は出来ないが、その武装の使用を可能にする機体の出力で車両に貼り付き強引に押し止めようとする。
リオンズテイル社の要人輸送にも使用される大型装甲車両も、人型兵器3機がかりで止められてはどうしようもなかった。機体に貼り付かれたまま強引に進もうとして機体ごと周囲の建物に衝突し、数棟を半壊全壊させながらスラム街を進んだが、
車両の扉が開いてクロエ達が出てくると、部隊の銃口がクロエ達に一斉に向けられる。ラティス達が即座に応戦の体勢を取ったが、クロエがそれを手で制した。
部隊長の男がそれを見てクロエの対処を決める。
「ご同行願おう。拘束しないだけ有り難いと思ってもらいたいね」
クロエが全くたじろがずに
「お気遣い有り難く。では、案内して頂ける?」
「……こっちだ」
男はクロエの余裕の態度を僅かに
「……こちらの指示にそう大人しく従うのであれば、もっと早くそう出来なかったのかね?」
「申し訳御座いません。我が社にも事情というものがありまして。それに、都市の圏内と荒野では、いろいろと違いますでしょう?」
「……、そうか」
最低でも都市の下位区画に入らないとリオンズテイル社所属の者という安全保障が通用しないと判断したのか、
アキラは荒野で待機状態となっており、暇そうな顔で
「なあ、いつまで待てば良いんだ?」
アキラを囲む人型兵器部隊の隊長機から短距離通信で返事が返ってくる。
「まだだ。上の決定待ちなんだから大人しく待ってろ。ここで黙って待つのが嫌なら他所の都市に行け。何なら送ってやる」
「俺の家はクガマヤマ都市にあるんだよ」
「駄目だ。クガマヤマ都市には近付かせない」
アキラが再び深い
「お前は自分が何をやったか分かってるのか? リオンズテイル社と
アキラが少々不機嫌な声を返す。
「知るか。向こうが襲ってきたから反撃しただけだ」
「そういう話じゃねえんだよ……」
アキラは既に自分で分かる範囲での事情の説明を終えていた。その内容を聞いたグートルは自身の権限で判断する領域を超えているとして、詳細を上に報告して判断を投げた。リオンズテイル社の者との取引で
「とにかくだ。上も両方から事情を聞かねえと判断できないんだろう。向こうも今はクロエという者を連行して詳しい事情を聞いているらしい。それが終わって、集めた情報を基に上が対処を決めるまでは待ってろ」
アキラが少し意外そうな顔を浮かべる。
「クロエってやつ、連行されてるのか?」
「当たり前だ。見逃す訳がないだろう」
「……、そうか」
都市側はクロエ達だけ見逃した訳ではない。アキラはそれを知って僅かに
クガマヤマ都市側はクロエ達を防壁内にある防衛隊の施設まで連行して取り調べを進めていた。それでもクロエには来賓用の部屋を用意し、都市の管理職に対応させていた。これはクロエがリオンズテイル社の創業者一族であるという配慮に加えて、連行中のクロエの態度が非常に従順であり、普通に事情を聞けそうなので取調室に連れていくほどではないと判断されたからだ。
そして相手がリオンズテイル社の創業者一族ということもあり、クガマヤマ都市側もそれなりの地位の人物、最低でも都市の幹部を出す必要があった。社内での調整後、担当者となったウダジマは連行中のクロエの様子を部下から聞いて、下手な権力を持った子供の相手をしなければならないような事態は避けられたと、内心で
だがその
「私を誰だと思っているの!? リオンズテイル社の、ローレンスの一族なのよ!? 分かってるの!?」
身内の権力を持ち出して増長する
ウダジマが表情を
「落ち着いてください。我々も事情が知りたいだけなのです」
「何度も話してるでしょう!? 聞いてないの!?」
「ですから、先程から何度も言っている取引も出来ないモンスターとは、このアキラというハンターのことなのですか? それとも機械化兵隊蜂類の方で?」
「私の話を聞いてたの!? 私を殺そうとしたのよ!? モンスターと何が違うって言うのよ!」
クロエ達が都市への進入を強行した理由が、ハンターに追われたからなのか、モンスターに追われたからなのかは、都市側にとって非常に重要であり、しっかり確認を取らなければならない。だがクロエはアキラと機械化兵隊蜂類の区別を
加えてリオンズテイル社の企業規模を持ち出してクガマヤマ都市を下に見るクロエの態度に、ウダジマはそろそろ
「まるでアキラというモンスターに追われたので、都市まで必死に逃げてきたように聞こえますが、そういう解釈で
クロエが図星を指されたのを怒りでごまかすような態度を取る。
「に、逃げたですって!? ちょ、ちょっと距離を取っただけよ! そ、それに逃げて何が悪いって言うのよ! 都市に近付くモンスターを倒すのは都市の仕事でしょう!?」
「
「だったら何の問題があるって言うのよ! 逃げずに戦えとでも言いたいの? そんなの私の仕事じゃないわ! そっちの仕事でしょう!?」
再び調子に乗り始めた笑みを浮かべたクロエに向けて、ウダジマが少し真顔で告げる。
「ええ。こちらの仕事です。ですので、お前を都市襲撃犯として拘束する」
「はぁっ!?」
驚いたような声を出すクロエの前で、ウダジマは2名の警備員を呼び寄せた。そして指示を出す。
「彼女は都市襲撃犯だ。その扱いで拘束拘禁しろ」
警備員は顔を見合わせて困惑したが、上司の指示に従いクロエの両腕を
クロエが慌てた様子で声を荒らげる。
「ちょっと!? 本気!? 自分が何をやっているのか分かっているの!?」
ウダジマが厳しい視線をクロエに向ける。
「都市に強力なモンスターを連れてきた者は都市襲撃犯として扱われる。そんなことも知らなかったのか? それとも、我々がリオンズテイル社の者である自分を都市襲撃犯として扱うなんて有り得ないとでも思っていたのか?
クロエが慌てた顔で声を荒らげる。
「こんな扱いをするなんて、それがクガマヤマ都市の意志で良いの!? それを分かってやっているんでしょうね!
「たかが一地方都市がリオンズテイル社相手にそんな
クロエが警備員達によって半ば引き
「自分が何をやったのか理解しているんでしょうね! クガマヤマ都市として、リオンズテイル社に、意志を示したと分かっているんでしょうね! 今なら間に合うわよ!」
「もう間に合わんよ。せいぜい後悔することだ」
クロエは部屋を出るまで
ウダジマが少し
「全く、リオンズテイル創業者一族の娘だと期待すれば、あれか。考えが甘かったか……」
ウダジマはイナベとの権力争いに敗れはしたが、都市の幹部の席に着けるだけあって無能ではなかった。今も以前より力を弱めたとはいえ幹部の席に着いている。しかしイナベとの地位の差が開き、それがほぼ固定化された現状を打開したいという欲に釣られている部分もあった。
ツバキの管理区画の実務的な担当はヤナギサワだが、そこは一応はイナベの担当区画なのでイナベの権限も強い。加えてヤナギサワは坂下重工との折衝、特にシロウの捜索に忙しく、ツバキの管理区画の仕事の優先順位を大分下げていた。当然ながらイナベの仕事が増える。そしてイナベの仕事が増えた分だけ権限も増え、ツバキの管理区画の利権に何とか関わりたいと思う者達が、その機会を得ようとイナベに接触する。それはイナベの地位をより高く強固なものへ変えていた。
そしてウダジマは反イナベの派閥扱いをされているので、ツバキの管理区画の利権には関われない。イナベに頭を下げれば可能かもしれないが、ウダジマにも意地があり、そのような
そこにクロエの件が舞い込んできた。この
「……まあ、あれでも、リオンズテイル社の創業者一族の者なんだ。見捨てはしないはずだ。一族の他の者と接触する材料にはなるだろう」
クロエをより良い条件で解放する交渉材料として、クガマヤマ都市が何らかの利益を得られれば、自分の地位も多少は上向くだろう。リオンズテイル社との伝も得られるかもしれない。ウダジマはそう考えて気を切り替えると、クロエが出ていった扉に視線を向けた。そしてあのような者にも
その少女であるクロエは、部屋から出た途端に態度を変えていた。
そして両側の警備員達に丁寧に話し掛ける。
「お手数をお掛けしております。拘禁は軟禁でも地下
「えっ? あ、いや……」
警備員はクロエの別人のような変わりように驚いた上に、上位層の者が放つ独特の雰囲気に
「通信が途絶した場合、リオンズテイル社が私を死んだと
警備員達もリオンズテイル社の者を粗雑に扱うのは
「ま、まあ、それぐらいなら……」
「ありがとう御座います。ご配慮に深く感謝致します」
クロエは警備員達に
それに気付いた警備員達は思わずクロエから腕を放してしまう。すぐに、しまった、と思ったが、クロエは丁寧に頭を下げた後は逃げたり暴れたりする様子を一切見せずに従順にしており、まあ良いか、と思い直してしまう。
それでも警備員達もクロエの余りの変わりように困惑していた。一度部屋に戻りウダジマに伝えた方が良いかと僅かに迷う。
そこでクロエが上品に笑って声を掛ける。
「では、参りましょう。どちらへ向かえば
そして両手を警備員達に差し出した。形だけでもしっかり拘束しろという意思表示にも見えるが、エスコートを望むようにも、上位者からの手を取っても構わないという気遣いにも見える仕草だった。人を従わせる
「あ、はい。こっちです」
クロエの雰囲気に
荒野でひたすら待ち続けていたアキラにハンターオフィスから通知が届く。アキラがその内容を確認しようとすると、その前にアルファから真面目な顔で
『アキラ。内容を確認する前に落ち着きなさい』
『何だよ急に』
『とにかく、何があっても冷静さを失わないようにしなさい。内容を確認しても、何があっても、慌てず、取り乱さず、冷静さを保ちなさい。逆上して冷静さを
『わ、分かった』
アキラの情報端末を掌握しているアルファは既に通知の中身を知っている。初めは
その途端、アキラの表情が非常に険しく
新賞金首周知通知。名称、アキラ。賞金額、500億オーラム。支払元、リオンズテイル東部三区支店。モンスター認定、クガマヤマ都市。
アキラは現時点を
『アキラ! 落ち着きなさい! 大丈夫よね!?』
『……大丈夫だ』
同じ過ちを繰り返すなと、アキラは自身に強く
そしてそのアキラの様子に気付いたグートルの機体から短距離通信を介して警戒の声が響く。
「おい! 何があった!?」
アキラが思わずグートルの機体を
それに反応したグートル達も銃を構えて臨戦態勢を取った。だがアキラが銃を構えていなかったことから戦闘は避けられた。代わりにグートルが警告を出す。
「何の
「……そっちには通知が来ていないのか?」
「通知? 何のことだ? ……いや待て、キバヤシという者から通知が来た。……お前と戦うのはちょっと待て、という内容だな。指揮系統外からの要望なので従う義務は無いが……、何か関係があるのか?」
グートルの困惑した声を聞いて、アキラも大いに困惑した。するとそこにキバヤシからアキラ
するとキバヤシのかつて無いほどに上機嫌な声がアルファを介した念話で響く。
『ようアキラ!
アキラがゾッとするほど底冷えする声を返す。
『……お前か?』
だがその殺気混じりの声も、絶好調のキバヤシの態度を揺るがすことは出来なかった。興奮気味な声が返ってくる。
『いや、違う! ああ、もう通知を確認したんだな? それなら書いてあっただろう? お前に賞金を懸けたのはリオンズテイル社だ! 俺じゃねえよ!』
『……そうか。それなら何の用だ?』
『お前が馬鹿な
『馬鹿な
『無理
アキラはクロエの要求を拒絶して交戦したことを馬鹿な
『……ちょっと待て、どういうことなんだ?』
『お前のことだ! どうせ賞金首になった意味も分かってないんだろう! それで変な勘違いをして、
『そ、そうか……』
キバヤシの余りの勢いに、アキラは毒気を抜かれていた。
『いいか! 今から俺がそっちに行って
『わ、分かった』
『良し! あと、その辺にいる防衛隊のやつらだが、俺が着くまで、そいつらはお前の護衛になったとでも思っておけ!』
『俺の護衛? 何でだ? 俺は賞金首になったんじゃないのか?』
『その辺も含めてしっかり説明してやる! 今から行く! もう向かってる! だから、そこで、ちゃんと、待ってるんだぞ! いいな? 分かったな?』
キバヤシはそれだけ言い残して通話を切った。
既にアキラの中から激情は消え
『……取り
『……だろうな』
『まあ、待ちましょうか』
『そうだな』
アキラはそのままどこか
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