第255話 レイナの決断

 シロウを発端としたミハゾノ街遺跡の騒ぎの翌日、アキラはキャロルと一緒に再び遺跡の市街区画に来ていた。遺跡側の多脚戦車とクガマヤマ都市防衛隊の人型兵器、そしてオリビアとハーマーズの交戦により数多くのビルが瓦礫がれきの山と化し、市街区画はかなりの広さが廃墟はいきょと成り果てていた。


 その崩壊地帯でキャロルは地図用のデータ収集を進めており、アキラは護衛としてそばに付いている。


 アキラが周囲の光景を軽い驚きの目で見ている。


「随分派手に壊したもんだな。これ、下手をすると前の騒ぎの時よりひどいんじゃないか?」


 キャロルは地図作製用のデータ収集をしているので、荒れ果てた景色を単純に見ているアキラより周辺のひどい有様を詳しく理解していた。それは昨日の戦闘の激しさをより良く理解していることでもあるのだが、昨日は遠目で見てもあれだけ落ち込み項垂うなだれていたというのに、今日は普通に余裕を保っていた。


「実際にこの辺の被害は前の騒ぎの時よりひどいわ。ちょっと調べたけど、昨日この辺でクズスハラ街遺跡の例の区画周辺を警備している強力な人型兵器の同型機が戦ったそうよ。その余波でしょうね」


「それってさ、やっぱり昨日のあいつらの絡みだと思うか?」


「そうかもしれない、としか言えないわね」


 アキラもキャロルも昨日の騒ぎとシロウ達の関連を疑っていた。昨日の騒ぎはあの場からオリビアとシロウがいなくなった直後に発生しており、ある意味当事者でもあるアキラ達が関連性を疑うのは当然だった。だがその上でキャロルが言い放つ。


「まあ、私達には関係ないわ。そうでしょ?」


「そうだな」


 アキラも肯定した。そしてどちらの言葉にも、そうであってほしいという願望が込められていた。アキラもキャロルも厄介事は御免だからだ。自分達もあの場にいた以上、誰かが騒ぎの元を突き止めようとした場合、何らかの疑いを掛けられる恐れは十分にあった。それをごまかすように話を変える。


「それにしても、これだけ派手に戦ったんだからまた前みたいに遺跡中が厳戒態勢になってると思ってたんだけど、何で今回はそうならなかったんだろうな」


 アキラの素朴な、しかし理由など全く心当たりの無い問いに、キャロルがあっさりと答える。


「その辺は多分セランタルビルの絡みなんでしょうね。昨日の人型兵器はあのビルの周辺に配備されていた機体らしいから」


 何ででしょうね、程度の返事を想像していたところに比較的具体的な内容が返ってきたことに、アキラは少し意外そうな顔を浮かべた。そして今度は返答内容の意味が分からずに不思議そうな顔に変える。


「何でそこでセランタルビルが関係するんだ?」


「セランタルビルはここの遺跡でも結構重要な施設で、そこから出撃した機体だからよ」


 意味が分からずますます困惑しているアキラの様子を見て、キャロルが前提条件から説明をり直す。


 セランタルビルはミハゾノ街遺跡の市街区画にある施設の中でもかなり重要な施設として扱われている。それはビルの上階に旧世界時代の大企業の支店や国の役所用の支部が設置されているからだと言われている。


 以前の騒ぎの前でもセランタルビルには比較的強力な自衛機械が配備されており、しかも周辺の建物を倒壊させてでもセランタルビルを守ろうとしていた。それはそれだけビル自体の権限も高かったことを意味する。


 加えてヤナギサワという都市の幹部がビルの管理人格と交渉して、ビルの1階付近やビル周辺などを借り受ける程の協力体制を敷いている。その辺りからクガマヤマ都市が昨日の騒ぎが遺跡全域に広がらないように手を回したと考えられる。


 それらのことを聞いたアキラは話に納得しながら結構感嘆していた。


「そんな話をよく知ってるな。昨日の今日でそんなに分かるもんなのか?」


「私としてはその辺のことをアキラが全く知らない方が驚きなんだけど。そういう情報、入ってこないの?」


「いや、特には」


 普通にそう答えたアキラに向けて、キャロルが不思議そうに聞き返す。


「そうなの? アキラぐらいのハンターランクなら、その辺の情報バックアップ体制とかを売り込みに来る業者が山ほどあっても良いと思うんだけど。各種オペレーター支援体制の契約の誘いぐらい来てるでしょう? その各契約コースの説明とかで、ちょっとした情報の開示とかされたりとかしないの? こういった普通なら秘匿されている情報を提供できますとか言われたりしない?」


 アキラがどことなくごまかすように答える。


「あー、俺はそういうの断ってるからな」


 キャロルはそのアキラの様子にはすぐに気付いた。だが別の解釈をして笑って指摘する。


「あ、分かった。話も聞かずにメッセージに定型文返しで断ってるんでしょう。聞くだけ聞いてから断るだけでもそれなりの知識は手に入るものだけどね。でも何となく分かるわ。アキラはその辺を面倒臭いと思う方よね」


「まあ、うん」


 実際に、個人や少数のチームで活動する高ランクのハンターに各種支援体制の営業が掛かるのは珍しくない。ハンター稼業でも情報は重要だが、それをハンター自身が一々調べると手間も掛かり切りも無い。


 高ランクのハンターでもドランカムのような徒党に所属していれば組織から支援を受けられる。駆け出しハンターであれば低難度の遺跡やありふれた依頼などで稼ぐしかなく、ネットで軽く調べれば幾らでも出回っている情報でも事足りる。


 しかし個人で活動する高ランクハンターがそのランクに見合った成果を効率的に稼ぐためには、それなりに詳細で簡単には調べられない情報が必要となる。そこで大抵の者はその手の支援体制を請け負う事業者などと契約したり、その手の情報屋と懇意になったりして、自前の情報支援体制を構築する。


 業者の方も非常に稼ぐ高ランクハンターを顧客に出来れば継続的な高い売上を見込めるので、見込みのありそうなハンターにはかなり早い段階で営業を掛ける。アキラもハンターランクだけで判断すればその対象になっていた。


 だがアキラの場合は少々事情が異なっていた。事業者も営業を掛けるハンターの事前調査ぐらいはする。するとスラム街出身という経歴に加えて、それに相応ふさわしい粗暴な悪行とも言える経歴も出てくるのだ。


 スラム街の大きな組織の後ろ盾になっており、邪魔な者達を何度も殺して回っている。エゾントファミリーとハーリアスというスラム街の2大組織が壊滅した抗争でもその構成員を多数殺害している。クガマヤマ都市の幹部とも後ろ暗いつながりがあり、自身の愛人をボスとしたスラム街の徒党を介して都市から横流しされた遺物の裏売却にも関わっている。そういったうわさのようなものは、真っ当な業者にアキラの勧誘を躊躇ためらわせるのに十分なものだった。


 勿論もちろんそれらの利害を織り込んだ上でアキラに営業を掛けようと試みる者もいる。だがハンターオフィスの汎用仲介経由での接触は高ランクハンター用の勧誘拒否設定で塞がれている。その制限を超える事業者からの誘いはアルファがアキラに一々伝えもせずに定型文で断っていた。


 イナベやシェリルを通して営業を掛けようとする者もいた。だがイナベはその手の仲介依頼をいろいろ言い訳して全てシェリルに投げていた。


 そしてシェリルはその手の依頼を全て保留にしていた。一度アキラに声を掛けたのだが、一々断るのも面倒だからそっちで適当に対処してくれと頼まれたのだ。そこで条件が合わないとして交渉中の状態を続けながら、いろいろと臭わせて自身の徒党の糧としていた。一応、流石さすがにこれを無断で断るのは逆にアキラの迷惑になるという好条件になれば、もう一度アキラに声を掛ける予定ではあった。


 そのような事情もあり、アキラのハンター業界向けの情報収集能力は、自身のハンターランクに全く見合わない低さとなっていた。


 キャロルが笑って話を続ける。


「まあ、一度契約してしまうとしがらみも生まれるし、アキラが不要だと思っているのなら良いんじゃない? 今までその手の情報無しでも十分稼げているんだしね。そうだ。何か気になることでもあったら私に聞いてちょうだい。何でも良いわよ? 本来有料の話でもね。その分の情報料はちゃんともらうけど、今ならそれはアキラに支払う護衛代として相殺ってことにしておくわ」


「そうか? それなら……」


 アキラは折角せっかくだからといろいろ聞いてみた。キャロルは笑ってそれに答えていた。




 午前中の仕事を終えたアキラ達がキャンピングカーで食事を取っている。料理はハンターオフィスの出張所にある食堂から運ばれてきた一食10万オーラムの豪勢なもので量も多い。基本的に定期収入など無いハンター稼業だが、今のアキラはキャロルの護衛として毎日収入がある立場だ。その恩恵を存分にかしていた。


 ゆっくりと味わいながらもかなりの量を食べ続けているアキラを見て、キャロルが微笑ほほえみながらも少し驚いている。


「それにしても、本当に良く食べるのね」


「まあな。育ち盛りなんだ」


 軽くそう答えたアキラの体付きを、キャロルが改めてじっくりと見る。


「確かに、アキラと初めて会った時と比べれば背も結構伸びたし体付きも随分良くなってるわね。全く、体以外の方も体に合わせて成長してくれれば私も楽になるのに」


 キャロルはそう言って微笑ほほえんだ。それに対しアキラが少し得意げに笑って言い返す。


「何を言うんだ。これでもあの頃と比べれば格段に強くなってるんだぞ? 体格だけじゃない。装備もあの時とは随分違うし、生身の身体能力も上がってる。前の時は強化服の身体能力が無いと真面まともに銃も撃てなかったけど、今は生身でも銃撃の反動に結構耐えられるから強化服を起動していない状態でも撃てる。まあ、銃の反動軽減性能の方も格段に上がったからって理由もあるけどさ」


 キャロルが軽いめ息を吐いて苦笑する。


「それは頼もしいわ」


 今も強化服を着たままのアキラとは異なり、キャロルは強化服を脱いでシースルーに近い部屋着を着ている。最近のキャロルは常に強化服を着ていないと不安でたまらないという強迫観念にも似たものを覚えていたのだが、それは昨日の出来事で良い意味で無くなった。おかげで心も服装も緩めることが出来た。


 それ自体にはキャロルもアキラに感謝している。だがこの格好でいつでも手を出して良いと言っているのに全く反応を示さないアキラを見ると、異性を誘う手腕に自信を持っている者としては複雑な感情を覚えざるを得なかった。


 アキラはそんなキャロルの胸の内など知らずに食事を続けている。自覚の無いまま少しずつ超人に近付きつつあるアキラの肉体は更なる栄養を求めていた。超人は常人より非常に効率的な代謝を可能としているが、それでもエネルギーゼロで動ける訳では無く、永久機関もどきにはなれない。食事の量や質を以前と同じに落としても死にはしないが身体能力は著しく低下する。より良い身体の構築と維持のために、アキラに食欲という形でエネルギーと原材料の補給をかしていた。


 超人もかすみを食って生きていける訳ではない。それがただの霧ではない限り。




 シオリから全ての事情を聞き終えたレイナが思い悩んでいる。そのレイナの前ではシオリが沙汰を待つように黙って立っていた。


 レイナは顔に手を当ててしかめっ面に近い難しい顔を浮かべながら時折シオリに視線を移していた。その度にシオリが僅かに反応して表情を崩していた。


 そしてレイナが一度息を吐く。


「シオリ。いろいろ悩んだんだけど、こうという結論は出そうにないから決まったことから先に少しずつ答えていくわ。まず、第一に、次はちゃんと相談して」


 シオリが意外そうな反応を見せる。


「お嬢様。それでよろしいのですか?」


 次がある。それだけでシオリにとっては望外の沙汰だった。レイナに見切られるぐらいのことは覚悟していたのだ。平静を保とうとしながらも胸中の喜びを思わず顔に出したシオリに向けて、レイナが苦笑を向ける。


「まあ、よろしいかと言われればよろしくないし、怒ってないかと言われれば怒ってるんだけど、シオリが私のためを思ってやってくれたことに間違いは無いし、シオリが何でそんなことをしないといけなかったのかと考えれば、結局は私の能力不足とかその辺に起因するのも間違い無いし、シオリを責めるってのも違うのよね」


「お嬢様。それは違います。全て私が独断で行ったことです。お嬢様に非は……」


 自らを責めるようにそう答えたシオリに向けて、レイナが強く言い切る。


「あるの。私がそう決めたの。だからあるの」


 親が仕出かしたことに子に責はない。だが部下が仕出かしたことは上司にも責がある。シオリにいつまでも自分の子守りをさせないためにも、曲がり形にも主として立つためにも、レイナはその責を負うつもりだった。


「まだまだ当分はお飾りだろうけど、それでも一緒に責任を負うぐらいのことからやっていくから、一緒に頑張っていきましょう。シオリ。これからもお願いね」


「……! はい!」


 成長の跡を見せる笑顔を浮かべるレイナに、シオリはどこか感極まったような様子で答えた。


 カナエはそのレイナ達をニヤニヤしながら見ていた。レイナがそれに気付いて微妙な気恥ずかしさを覚えると、場の空気を変えるように少し大袈裟おおげさに宣言する。


「はい。その辺の話はこれでお仕舞しまい。……それで、こっちはどうしようかしらね」


 レイナが再び難しい顔を浮かべる。その視線の先には中指と人差し指で摘まんだ白いカードがある。元々はオリビアがアキラに残したものだ。そしてオリビアから、シオリがアキラからだまし取ったと扱われたものでもある。シオリから事情を全て聞いたレイナも公平な取引だったとは流石さすがに思えなかった。


 レイナ達はアリスからオリビアの件への対応を指示されているが、シオリの仕出かしの所為せいでオリビアから良い印象を持たれていないことは確実だ。まずはそこを何とかしなければならない。


 アキラとの取引をり直して、お互いにカードの価値を理解した上での再交渉という手もある。しかしいろいろと知ったレイナには、その方法にも懸念が山ほど浮かんでいた。


(……その価値を知らない者から無知に付け込んでカードを奪った。それが問題なんでしょうけど、そもそもアキラがカードの価値を本当に知らなかったのか、今となってはちょっと怪しいのよね)


 カードを使用してオリビアを呼び出すには旧領域との接続手段が必要だ。オリビアは本人には使えもしないカードを態々わざわざ残したのか、それとも使えると知った上で残したのか。そして後者ならば可能性は2つある。アキラのハンターとしての実力から接続用の専用機器ぐらいは持っているだろうと思われた。あるいはそれらの機器を使用する必要の無い者だと思われた。そのどちらかだ。つまり、アキラが旧領域接続者である恐れがあった。


(アキラはカードの価値を本当に知らなかった? それともそこから自分が旧領域接続者だと見抜かれるのを恐れて知らない振りをしただけ? カードよりも旧領域接続者の露見阻止を優先して、知らない振りをしてえてシオリの誘いに乗ったってことも考えられるわ。……どうしようかしら。これ、下手に話すどころか、こっちがどこまで疑っているかを気付かれた時点で藪蛇やぶへびっていうか、ヤバいわ)


 レイナは以前にシオリから情報の取り扱いについて忠告されたことを思い出していた。無知ならば切り抜けられたことを、知ってしまったことで逆に切り抜けられなくなる。知識を得れば、出来事に対する解釈も変わってくる。アキラはオリビアに対してカード譲渡の交渉の正当性について随分と力説していたような気がした。あの時は妙に頑固なところがあるアキラの性格のためだと思っていた。


(アキラのあの態度が、オリビアの言い分を下手に肯定するとカードが自分に戻ってくるかもしれないと思ったからだったら? もしそうだとすると、不当に奪ったのだからと認めた上でアキラにカードを返すってこと自体が悪手になるわ)


 レイナが悩んでうなり続ける。


「あー、本当にどうしよう」


 対応策の方針を決めきれず、先程から何度もそう口に出していた。それでもシオリにどうすれば良いかとは尋ねない。頼るのと甘えるのは違う。ここでそれを聞くのは甘えだと自身に言い聞かせて考え続ける。


 今まではずっと甘えていた。自身では決断せずにシオリに決めてもらって、シオリの言うことならばと余り考えずにうなずいていた。選択を誤れば致命的になる事象に対し、その決断を投げてしまった方が楽なこともある。保護者に、リーダーに、誰かに選択の苦悩を押し付けて、決断が正しければ信じていたとたたえ、誤っていれば身勝手に文句を言う。その方がずっと楽だ。


 またシオリに甘えればシオリは笑ってそれを許すだろう。ならば、それを許さないのは自分でなければならない。シオリ達の主として立つと決めた以上、その決意がまがい物ではないと自分で自身に示し続けなければならない。自身の覚悟を自他共に認める本物とするために、レイナは決断の苦悩を自身に課していた。


 シオリはそのレイナのそばに黙って立っている。先程からのつぶやきは自分に助けを求めている訳では無いと理解しているからであり、自身も的確な対処案など思い付かないからだ。ただレイナがどのような指針を決めたとしても、従者としてそれに従おうと決めていた。


 だが無言で従えるかどうかは別の話だった。


「よし。決めた。ここで考え続けても決まらないし、アキラと直接会って交渉しよう」


「お、お嬢様!?」


 レイナが推察できた程度のことはシオリも気付いている。だからこそ、その上でアキラに会いに行くと決めたレイナの言葉は予想外だった。


 カナエも軽く驚きながら一応口を挟む。


「あー、お嬢。一応言っておくっす。アキラ少年はかなり強くなってるっすから、私とあねさんの2人掛りでも結構厳しいっす。万一交戦になったら、ヤバいっすよ?」


「そうなの? じゃあ、その万一の場合になったら頑張って逃げましょう。頼んだわ」


 あっさりとそう答えたレイナの様子に、カナエが珍しく軽い戸惑いを見せる。


「ま、まあ、私も仕事っすから、頼まれれば頼まれた分の仕事はするっす。でもお嬢、良いんすか?」


 レイナが軽く笑って返す。


「あれ? カナエはアキラと戦いたかったんでしょう? 私が交渉をしくじれば好都合なんじゃないの?」


「それは前の話っすよ」


 カナエがそう言って軽く否定すると、レイナが苦笑いを浮かべた。


「ああ、やっぱり前はそんな感じだったのね」


 カナエが口を滑らせたという反応を見せた後で、逆に開き直って笑う。


「そんな感じだったっす! 良いじゃないっすか! 前の話っすよ! 今はちゃんとやってるっす。だからその辺は安心してもらっていいっすよ。だからお嬢も、しくじったりしないでくださいっすよ?」


「努力はするわ。でも一蓮托生いちれんたくしょうだからね」


「へーいっす」


 カナエはそう軽く、だが本心で答えた。


「シオリ。そういうことだから、お願いね」


「は、はい。かしこまりました」


 レイナの決断を基にして、レイナ達はアキラとの再交渉に動きだした。シオリが少々慌ただしい様子を見せている横で、レイナも表情を引き締める。


 ハンター稼業は命賭けだ。ならばアキラとの交渉が命賭けであっても、ハンターとして同じ命賭けをずっとやってきたのだから然程さほど違いはない。レイナはそう自分に言い聞かせながら今一度気合いを入れた。




 アキラがキャンピングカーのそばでレイナ達の到着を待っている。食事を済ませた後にレイナから連絡があり、じかに会って話したいと言われたのだ。


 その場所としてシュテリアーナを提案されたのだが、アキラはキャロルの護衛を理由に一度断った。だがその話を横で聞いていたキャロルから、それぐらいならアキラの用事を優先して良いと言われたので会うことになった。但し流石さすがに護衛中にシュテリアーナにまで行くのはどうかと思い、レイナ達がここまで来るのならと条件を付けた。


 そしてレイナ達はその条件を飲んだ。提案したアキラに自覚は無いが、ハンター同士が態々わざわざ荒野で話をするということには深読みすると非常に危険な意味が付く。め事の絡む交渉が不調に終わった場合、殺し合いに発展する危険性を許容できるかという意味だ。話す場所をシュテリアーナから荒野に変更したのがアキラの方だということもその意味を強くしていた。レイナ達はそれを飲み込んだ上でアキラの下に向かっていた。


 時間通りにレイナ達がやってくる。アキラはそのレイナ達を見て少し怪訝けげんな顔を浮かべた。レイナはどことなく緊張気味の様子だった。それだけならばアキラも気にめない。だがカナエは普段の笑みを少し真面目なものに変えており、シオリは敵意こそ見せていないが緊張と強い警戒を示しており、かなり険しい顔を浮かべていた。


「えっと、レイナ、一応確認するぞ? 話に来た、で、良いんだよな?」


 レイナが笑って答える。


「そうよ。ああ、シオリ達の様子なら気にしないで。昨日の今日だから気が立ってるっていうか、ほら、見えない誰かが私達の近くにいて、アキラに教えてもらってようやく気付いたってことがあったでしょう? シオリ達は私の護衛でもあるから、その辺のプライドとかいろいろあるのよ。それで、ちょっと過保護になっているっていうか、まあ、そういうことよ」


「ああ、成る程。分かった」


 アキラはそれで納得した。だがそこにアルファが口を挟む。


『アキラ。一応伝えておくわね。レイナはいろいろとごまかそうとしているわ』


『そうなのか? まあ警戒が別の理由だとしてもレイナ達にも事情はあるんだろうけど……』


 アキラに軽い疑念が浮かぶ。レイナはアキラの表情の微妙な変化から察すると、笑いながら補足する。


「まあ、シオリ達がピリピリしてるのは確かだから、そこは私から謝っておくわね。でも私達にアキラと敵対する意思なんて、してや交戦の意志なんて欠片かけらも無いわ。一応言っておくけど、そこを信じてくれないって言うなら私達も話なんてめて引き上げないといけないんだけど、大丈夫よね?」


『アルファ』


『……少なくとも、私は全部本心だと判断するわ』


 その言葉でアキラは再度納得して疑念を消した。アキラにとって重要なのはレイナ達の事情ではなく、自分と敵対するかどうかだ。そこをアルファが保証するのであれば何も問題は無い。レイナに向けて軽くうなずく。


「大丈夫だ。何の話かは分からないけど、俺と敵対する気が無いなら話ぐらいは聞くよ」


「ありがとう。助かるわ」


 レイナが笑って話を進めていく。まずはどこで話すかということになり、流れでこのままここで話すことになった。キャロルはレイナ達をキャンピングカーに入れるのをどことなく嫌がっており、それにアキラが気付いたことが大きかった。


 アキラとレイナに長時間立ち話をさせないように、シオリ達が手際良くテーブルと椅子を用意する。折り畳まれたテーブルと2脚の椅子が組み立てられて配置され、テーブルクロスの上に飲み物が置かれるまで30秒掛からなかった。


 アキラはその様子を少し楽しげに見ていた。そしてレイナと向かい合って座る。シオリとカナエはレイナの左右に、キャロルはアキラの少し後ろに立っている。勧められた椅子をキャロルは断っていた。


 舞台が整ったことで、レイナが少し真面目な顔で本題に入ろうとする。白いカードを取り出してアキラに提示した。


「話ってのは、このカードのことなの」


 アキラの表情が僅かに強張こわばった。

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