第211話 トガミ達の選択

 アキラが再び総合支援強化服の試験を兼ねた模擬戦に参加している。トガミとレイナとエリオ達を1人で相手にして5割ほどの勝率を保っていた。繰り返される接戦は、全員の技量の底上げに非常に役立っていた。


 エリオ達もトガミ達もアキラにはこの戦力差でまだ手加減する余裕があるのだと思って驚いていた。だが実はアキラも結構ぎりぎりだった。負けても悔しそうな様子を全く見せずに平然としているので気付かれなかっただけだ。


 休憩中、トガミが何となくアキラ達の方へ視線を向ける。シェリルが荒野にしては着飾った格好でアキラと笑って話している。その笑顔には相手への強い親愛が浮かんでいた。対してアキラはいつも通りの表情を浮かべている。無愛想とまではいかないが、年頃の少年が麗しい少女と雑談しているにしては反応が薄い。それでもシェリルはうれしそうにしている。


「エリオの話だとアキラの恋人らしいが、やっぱり美人だな。あの様子だと随分れられているみたいだし、アキラといい、カツヤといい、並外れて強いと向こうから美人が寄ってくるのか。つまり、俺はまだまだって訳だ。良いなー。金目当てでも良いから、俺にも少しぐらい寄ってこないかなー」


 トガミは軽い冗談を言いながら結構真面目に羨ましがっていた。レイナは妙な苛立いらだちを覚えたが、取りあえず顔には出さないように気を付けた。


「トガミにはそういう人はいなかったの? カツヤに対抗する派閥のリーダーに祭り上げられていたんでしょう? 言い寄ってくる人がいても不思議はなさそうに思うけど」


 トガミがどこか自嘲気味な苦笑を浮かべる。


「いない。ドランカムは他のハンター徒党に比べて女性ハンターの比率が比較的高いし、事務やら何やらに女性も多いから出会いの機会も多いだろう、なんてほざくやつもいるが、基本的に俺達と同世代の女性はカツヤが全部持っていくから、残りの野郎に機会なんか無いんだよ。あいつ、レイナが戻ったら本当にコンプリートするんじゃないか?」


「ちょっと、勝手に人をコレクションアイテム扱いしないでちょうだい」


「悪かった。でもあれだろ? レイナは腕に自信が無かったから、足手まといにならないようにカツヤのチームから一旦抜けただけなんだろう? 俺が言うのも何だが、もう十分強くなったんじゃないか?」


「それは、そうだけど……」


 妙な沈黙が流れる。トガミの態度は見っともない真似まねはしたくないという見栄みえや強がりでもあった。レイナはカツヤと別れた時のことも含めていろいろ迷っていた。


 トガミが気を切り替えるように話題を変える。


「そういえばエリオ達の動きだけどさ、あれ、基本的にカツヤの部隊の動きの模倣だよな」


 レイナも意図的に話題らしに乗る。


「多分それは模倣っていうか、総合支援システムの試験で使っている学習データの元がカツヤ達の部隊の戦闘ログなんでしょうね。だから動きが似るのよ。……何であれがカツヤの部隊の動きって知っているの?」


「シカラベとの訓練でそのログを見せられたんだよ。部隊の動きを見た後に、その欠点や対抗手段を指摘させられたんだ。一日中見せられて、あの頃は夢にまで出てた。あの部隊を1人で何とかする方法を提案しろと言われた時は無茶苦茶むちゃくちゃだと思っていたが……」


 軽い苦笑を浮かべているトガミに、レイナも苦笑を返す。


「部隊員の質に大幅な差があるとはいえ、私達は2人で、アキラは私達を敵に加えた上で1人で何とかしているわね」


「俺達の基準でも、少なくともそこまで無茶苦茶むちゃくちゃではなくなった。俺達も一応成長しているってことなんだろうな」


 トガミ達が軽く笑い合っているとドランカムから通知が届いた。模擬戦への参加を切り上げて拠点まで帰還するように指示が出ており、トガミ達はその旨をアキラ達に伝えて一足先に帰っていった。




 拠点に戻った後、トガミ達はミズハに会議室に呼び出されていた。まずは旧世界製自動人形の売却手続きが完了したのでトガミ達の待機処置が終わったことを知らされる。


 トガミがようやくハンター稼業に戻れることを喜びながら少し怪訝けげんな顔を浮かべる。


「その程度のことなら事務かアラベさん辺りから連絡をもらって終わりのはずだが、何で態々わざわざミズハさんが俺を呼び出すんだ?」


「規制を解除された2人に、次のハンター稼業について提案があるのよ。クズスハラ街遺跡で都市主導での大規模な遺跡探索計画があるわ。それに参加してほしいの」


 トガミは強く興味を引かれたが、同時に更に怪訝けげんな様子を見せた。ミズハはカツヤ側のドランカム幹部であり、自分にそんな話を持ち掛けるのは不自然だ。その思いが顔に強く出ていた。


 ミズハもトガミの内心にすぐに気付いてどこか得意げに微笑ほほえむ。


勿論もちろん、カツヤの指揮下に入るのが条件になるわ」


 トガミ達の態度に驚きはほとんど無い。薄々分かっていたからだ。ただその反応はトガミとレイナで大分異なっていた。トガミはどことなく冷めた態度を出しており、レイナの態度からは軽い動揺が見られる。ミズハの申し出を、仕方なくカツヤの傘下に入る理由にするのか、カツヤの下に戻れる切っ掛けや口実などの理由にするのか、その差が表れていた。


 ミズハはトガミ達に遺跡探索計画に参加する利点などを丁寧に説明した。トガミ達も確かに基本的には十分な利益を得られる良い話だと理解した。その上で、ミズハが穏和な表情で尋ねる。


「それで、どうかしら? 貴方あなた達にとっても申し分の無い話だと思うけれど」


 迷いを見せているレイナに先んじて、トガミが答える。


「断る」


 ミズハとレイナが驚きの視線をトガミに向ける。そしてミズハが表情を険しいものへ変えた。


「……貴方あなたと私達の間にはいろいろあったと思うけれど、そのわだかまりを忘れて良い話を持ってきたと思っているわ。それでも断るの?」


「ああ」


 トガミの態度に揺らぎはない。ミズハがますます機嫌を悪くする。


「反カツヤ派のリーダーとして祭り上げられて調子に乗っていた頃の意地でも残っているの? 言っておくけれど、反カツヤ派なんてもう派閥として機能していないわよ? カツヤはそれだけの成果を残しているの」


 ミズハの説明通り、あれ程分裂していたドランカムの派閥は、既に消極的であれ積極的であれ親カツヤ派となっていた。シカラベ達のように強固に嫌っている者はいまだ残っているものの、派閥と呼べるほどの勢力はなかった。


貴方あなたを誘っているのも、破損状態とはいえ旧世界製の自動人形を持ち帰るなんて成果を残したからこそよ。そうじゃなければ、あれだけカツヤと対立していた貴方あなたをこちら側に誘ったりしないわ。これでも随分な譲歩なのよ? それを分かってるの? 断ったら貴方あなたの今後の立場がどうなるか分かっているの?」


 ミズハの言葉に脅しが混じり始めた。だがそれでもトガミは揺るがなかった。


「俺が調子に乗っていたのは事実だし、確かに断った理由には意地もある。断ったら面倒事が増えるのも分かっている。逆にあいつの下に付けば、装備やら依頼やら何やらを優遇されて今より強くなれるのも理解している。それにあいつは間違いなく俺より強い。俺より弱いやつの下に付くつもりはないなんて言う気もない。むしろ俺が足を引っ張るかもしれない。その場合に助けてもらったりと、良いことくめなのは分かっている」


 どこか淡々と語るトガミの態度に、好条件をしっかりと理解している様子に、ミズハが逆に困惑を見せる。


「それならどうして断るのよ」


「確かにあいつの下に付けば、俺はもっと強くなれるだろう。だがそれで手に入る強さは、あいつの存在を前提とした強さだ。俺は俺として強くなる。あいつがいなければ機能しない強さは要らない。あいつの構成要素の部品に成り下がる気はない。結構無駄な意地を張っているのは分かってる。だが俺の命を賭けるに足る意地だ。そっちから見ればくだらない意地でもな。だから断る。良い話を持ってきてくれたことには、礼を言っておく」


 交渉は決裂した。ミズハが冷たい視線をトガミに向ける。


「……後悔するわよ?」


「その後悔は、俺の実力不足が招くものだ。まあ、仕方がないさ。失礼します」


 トガミは一応ドランカム幹部への礼儀として頭を下げた後、振り返らずに退出していった。


 ミズハが視線をトガミからレイナに移す。


貴方あなたは、受けるわよね?」


 決断の時が来た。レイナは迷いを振り切った。


「すみません。私もお断りします」


 ミズハが信じられないと言わんばかりに目を見開く。


貴方あなたまで!? どうして!? 分かってるの!? これを逃したら、もうカツヤの下に戻るチャンスなんかないわよ!?」


「カツヤのそばに戻りたい気持ちは確かにあります。でも、私はカツヤの横に立ちたいんです。カツヤの下に、守られる立場に戻るつもりはありません。カツヤのそばにいるとしても、ハンターとして対等な立場でそばに立つ。追い越せるとは言えなくとも、追い付ける日まで、隣に立てる力を身に付けるまで、頑張ろうと思います」


「そんな日が来ると思っているの? どこまでも離されるだけよ。カツヤはその才能と実力で、既に都市の重役にまで目を掛けられているのよ? 後悔するだけよ」


「その後悔は、私の才能と努力が足りなかった所為せいです。仕方ありません。失礼します」


 レイナも頭を下げて退出していく。その表情はどこか満足げなものだった。逆にミズハは強い苛立いらだちをにじませていた。


「全く、どいつもこいつも……」


 そのつぶやきは、どこか子供染みていた。


 レイナが部屋の外に出ると、外で待っていたシオリとカナエが意外そうな表情を浮かべる。


「どうかしたの?」


「いえ、その、お嬢様、よろしかったのですか?」


 シオリの要領を得ない質問にレイナが不思議そうにしていると、カナエがどこか楽しげに補足を入れる。


「お嬢。部屋の中で遺跡探索の話っていうか、カツヤ少年のチームに戻る勧誘をされていたっすよね」


「そうだけど、えっ? 知ってたの?」


「事前の情報収集である程度予想は出来るっす。さっきトガミ少年にちょっと聞いたりもしたっすしね。それで、私とあねさんはお嬢がカツヤ少年のチームに戻ると予想していたっす。でもお嬢の様子から判断すると、その予想は外れたみたいっすから、ちょっと意外に思って驚いたってことっすよ」


「お嬢様。説明が足りずに失礼いたしました」


「あー、うん。気にしないで。……私って、そんなに顔に出やすいのかしら」


 レイナは少し照れくさそうな様子で答えた後、少し心配そうに軽くつぶやいていた。そして気を取り直して続ける。


「それで、断っちゃったから、多分その遺跡探索には参加できないと思う。でも自動人形の売却が終わって自由に動けるようになったから、ハンター稼業を再開できるわ。トガミと次の予定を相談しないとね」


 気付いていないレイナの様子に、シオリとカナエが顔を見合わせる。


「お嬢様。自動人形の売却が完了したことで、トガミ様がシカラベ様に依頼した訓練も完全に終了しました。つまり、トガミ様とのチームも解消です」


「えっ? あ、そうだけど、まあ、別にそれはそれとしてチームは続けても良いでしょう?」


「お嬢。トガミ少年はお嬢がカツヤ少年の下に戻ると思っているっす。だからもうトガミ少年だけで次のハンター稼業の予定を立てるつもりみたいっすよ。何か早速誰かに連絡を取っていたっす」


「えぇっ!? どうして止めなかったの!?」


「だから、意外だったって言ったじゃないっすか」


 レイナは慌てて情報端末を取り出しトガミと連絡を取ろうとする。しかしつながらなかった。仕方なくトガミがいそうな場所に当たりを付けて走り出した。


 シオリとカナエは互いを見て軽く苦笑すると、すぐにレイナの後を追った。




 ヤツバヤシがクズスハラ街遺跡奥部近くで再び移動診療所を開いている。後方連絡線の延長が中断されているので、延長作業に関わっていたハンターなどが奥部の遺跡探索などに空いた時間を使っており、結構客は多かった。


 移動診療所にハンター風のものが入ってくる。ヤツバヤシはその顔を見ると、手でベッドに横になるように指示を出し、受診時間中は基本的に開けっぱなしにしている移動診療所の扉を閉めた。


 しばらくして再び移動診療所の扉が開く。ベッドで横になっていたものが外に出て行く。その顔は入った時と別人になっていた。


 ヤツバヤシがめ息を吐く。


(あいつとの取引とはいえ、かなりやばいことに関わっているよな。まだぎりぎりで都市そのものを敵には回していないはずだが、しくじったか? いや、しかし旧世界の技術を諦めるのも惜しいんだよな)


 ヤツバヤシはツバキと部分的に取引している。先ほどの一見人間に見えるものを動かしているのはツバキだ。元はティオルの端末で、前回の襲撃で上手うまく変化せずに人型を保っていた個体だ。それをヤツバヤシが外見だけ改造したのだ。似たようなものが他にも十数体存在している。元は少年程度の体だが、ヤツバヤシの技術で老若男女に変貌させてある。加えて定期的に顔まで変えていた。それらは遺跡奥部でハンター稼業にいそしんでいる者達に混ざって、別の目的で行動していた。


 ヤツバヤシはツバキがそれらを操って何をしているのか知らない。だが知りたいとも思わない。約束は必ず守る。必要以上に関わらない。少なくとも自分からは敵に回さない。それがツバキのような存在と付き合う場合の最善の手段だと考えているからだ。


 再び別のものが移動診療所に入ってくる。ヤツバヤシは再び扉を閉めた。




 シカラベが馴染なじみの酒場でクロサワと飲んでいる。しばらくの間は接客用の女性従業員を軽くはべらせて互いの近況などを話していた。


 だが途中でクロサワが彼女達を下がらせる。ここから先は密談ではないが不用意に周囲に漏らす話でもない。そう理解したシカラベも少し酔いを覚ます。


「それでクロサワ、今日は何が聞きたい? またドランカムの内情か? 悪いが大したことは話せないぞ。最近のドランカムはもうカツヤ派が主流だ。俺も結構厳しい立場でね。大した情報は回ってこないんだ」


 シカラベの少し自嘲気味な表情にはどこか冷めた雰囲気もあり、いろいろと見切りを付け始めている様子がうかがえた。


「聞きたいのはそのカツヤについてだ」


「ふん。あいつに関して話すことなんかねえよ」


 シカラベがかなり嫌そうな表情を浮かべて拒否の姿勢を見せる。だがクロサワの非常に真面目な表情を見て、軽くめ息を吐いて態度を緩めた。


「それで、何が聞きたいんだ?」


「実は最近、俺達の中にドランカムに戻ろうという動きが上がっている」


「何の冗談だ? あいつらはドランカムの体制が嫌で出て行ったやつらが大半だろう? 何で今更戻ろうとする。はっきり言って、状況は更に悪くなってるぞ。俺もそろそろ出て行こうかと思ってるぐらいなんだぞ?」


「俺もそう思う。だがそういう動きがあるのは事実だ。一部の連中はカツヤの下に付くことすら甘んじようとしている。傾向としては、後方連絡線拡張作業に関わっていた連中にその手の考えが多い。カツヤと活動領域が重なって、その活躍を間近で見る機会が増えて、カツヤを見直して考えを改めた。そう考えれば辻褄つじつまが合うとは思うが、俺はどうも納得できない。俺はずっと後方連絡線拡張作業を続けるのも飽きて、あのイイダ商業区画遺跡での仕事とか、別の依頼を合間合間にちょくちょく受けて、連中からしばらく離れていた時期があった。その間に何かがあったんだろうとは思う。だがその間の話を聞いてもこれといった出来事はなかった。隠している様子なども一切無しだ。はっきり言って気味が悪い」


 まるで怪談の類いの話をしているようなクロサワの態度に、シカラベも少し戸惑っていた。


「シカラベ。お前、カツヤが嫌いなんだろ? 何でそんなに嫌いなんだ?」


「何でって、逆に聞くが、あの調子に乗ったガキにどうやって好感を持てって言うんだ?」


「調子に乗ったガキは幾らでもいる。あのトガミだってそうだ。あいつが調子に乗っていた頃、お前は確かにあいつを嫌っていた。だがカツヤほどではなかった。似たようなガキにもかかわらず、嫌う程度に差があり過ぎる。何でそんなにカツヤだけ大嫌いなんだ? 何がお前にそこまでカツヤを嫌悪させる? その理由は何だ?」


「何でって、そりゃ……」


 シカラベはその理由を答えようとして、怪訝けげんな様子で言葉を止めた。単に嫌う理由は幾らでも思い付く。だが内心に渦巻く不快感に匹敵するほどの、そこまでの嫌悪をき立てる理由は出てこなかった。


 そのシカラベの様子にクロサワも怪訝けげんな顔を浮かべる。


「おいおい、しっかりしてくれ。その理由を連中に教えれば、あいつらも目を覚ましたり考えを改めたりするんじゃないかって期待してるんだ。そこまで嫌うんだ。何かあるだろ? 生理的に無理だ。そんな理由でもこの際ありだぞ?」


 シカラベが少々酔いの混ざった頭で理由を探ろうとする。カツヤの教育係となった時に細かな嫌悪が積み上がった結果か。知らずらずの内にカツヤの才能に嫉妬でもしていたのか。そういろいろと自問自答してみるが、納得できる理由は思い浮かばず、理由なく嫌っているという不合理な結果だけが残る。


(……何でだ?)


 理由を思い付けないのは酔いの所為せいか、あるいはもっと酔えば自分でも気付けない隠れた理由が浮かんでくるのだろうか。シカラベは怪訝けげんな顔でそう思いながら、後者に期待してグラスに口を付けた。

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