第207話 贅沢な入浴

 模擬戦の後、シェリルに誘われて拠点に寄ることになったアキラが、その拠点を軽く見上げて少し驚いた様子を見せている。


「しかしまあ、ちょっと目を離した間に随分大きくなったな」


 シェリルの拠点は周辺の建物を取り壊して飲み込むように改築を続けた結果、かなり大規模な横長の建築物に変貌していた。


 シェリルはアキラのそばで少し自慢げに微笑ほほえんでいる。


「私達の拠点がこんなに大きくなったのもアキラのおかげですよ」


「何かやった覚えはないぞ?」


「そんなことはありません。アキラが私達の後ろ盾になってくれているだけでも、十分な恩恵を受けています。他にもいろいろです。とても助かっています」


「そうなのか? まあ、良いけど」


 アキラはシェリルの説明をちょっとした御機嫌取り程度にしか思っていない。だがシェリルは本心で告げており、事実だった。


 東部で家を建てる場合、モンスターの襲撃に耐える防衛拠点を建築するつもりでもなければ、地域差もあるが建物自体は意外なほど安価で建てられる。旧世界の高度な建築技術を解析して応用した恩恵だ。


 それでも防壁の内側や周辺の建物は高額で取引される。逆にスラム街ならば元々の安い建物代だけで済む。もっともスラム街に巨大で立派な建物を建築しても、大抵はその劣悪な治安の所為せいで短期間で廃墟はいきょに変わる。要はその取引額の大半は治安維持費込みなのだ。


 シェリル達がこの大規模な拠点を維持できているのも、後ろ盾になっているアキラという抑止力のおかげだ。個人で人型兵器に勝つハンターとつながりのある人物の拠点を荒らせばただでは済まない。その共通認識で治安が保たれている。


 拠点の中にはカツラギの仮店舗や倉庫、ヴィオラの事務所なども入っており、それらの存在も治安の維持に貢献している。そしてカツラギとヴィオラも元を辿たどればアキラの伝であり、ある意味でアキラのおかげだ。


 スラム街を出てもう随分とったからか、アキラはその辺りの認識が甘くなっていた。自分がどれほどのものをシェリルに与えているのか正しく理解できていなかった。


 アキラはシェリルに自室まで案内された後、シェリルと向かい合って座り、入れてもらったコーヒーを飲みながら雑談していた。


 シェリルの自室は以前より格段に広くなっていた。部屋の広さと比べて家具の量が少ないのでどこか質素に感じられるが、そこにはスラム街の空気など欠片かけらもなく、むしろ上流階級の邸宅の一部を切り取って持ってきたような洗練された雰囲気が漂っていた。


 シェリルは既に荒野用の服から部屋着に着替えている。少し肌が透ける薄手の布地を盛り込んだ部屋着が、上品さを損なわずに相手への警戒心を感じさせない柔らかな空気を醸し出している。


 白いコーヒーカップには細かい装飾が施されており、素人目にも分かる高級さを感じさせる。スプーンも同様にそこらの安物とは違う装飾が施されている。


 姿勢を正してカップを口元に運び、少し口に含み、飲み込み、カップを戻して微笑ほほえむシェリルからは、育ちの違いを感じさせるものがあった。


 アキラは部屋やシェリルの雰囲気から妙な場違い感を覚えていた。いつものように抱き付いてくるのだろうと思っていたのだが、その様子もない。楽ではあるのだが、少し調子を狂わされていると感じているのも確かだった。


 これはシェリルの訓練の成果でもある。シェリルは立食会で馬脚をあらわさないように、普段からその手の雰囲気に慣れる訓練を続けていた。初めの内は違和感がひどく、かなり苦労していたのだが、本人の才もあって今では随分と溶け込めるようになっていた。


 改築した拠点の設備や、最近の徒党の活動内容などについての話題が続く。拠点が大きくなったことで徒党の人員が個室を獲得できる条件は大分緩んだが、今のところ個室持ちは基本的に幹部扱いの者だけで、末端の者は空き部屋で雑魚寝だ。それでもスラム街の路上よりははるかに好待遇なので、徒党への加入希望者は増える一方だった。


「建物自体はかなり大きくなりましたが、基本的に空き部屋だらけで倉庫にもなっていません。何らかの空間が必要になってから増築するより、先にかなり余裕を持って作ってしまおうという考えで作りましたので。ですので、アキラの私室もお望みなら作りますよ?」


「いや、要らない」


「そうですか。残念です」


 以前はシェリル以外は大体同じだった徒党内の格差も、今では大分広がっている。より好待遇を得られる立場を求めて競争も生まれている。それらを調整、統括するシェリルの仕事も増えていた。


 ヴィオラの伝で遺物の入荷ルートも充実し、さらにはイナベからのルートも増えたことで、シェリルの遺物販売店は順調に規模を拡大していた。今では大半を徒党の者達やヴィオラが連れてきた者達に任せている。シェリルは高価な遺物のみを取り扱う別枠のフロアを担当して、少ない頻度で接客に出ていた。


「俺が言うのも何だけど、ヴィオラが連れてきたやつって大丈夫なのか?」


「今のところは問題なしです。遺物販売以外でも、読み書きを皆に教えさせたり、ちょっとした事務作業を頼んだりと、いろいろ助かっているのは事実です。何かあった場合は責任を取ると言っていますので、任せられるところは任せています。大人がいた方が便利な部分もありますしね。徒党の構成員は私も含めて基本的に子供ですから」


「へー。まあ、それなら良いか」


 アキラは気楽に考えているが、シェリルは潜在的な問題に気付いた上でヴィオラの人員を活用していた。


 組織の拡大により、既にシェリル1人で徒党の全てを管理するのは不可能になっている。その穴を埋める人材がどうしても必要になるのだが、残念ながら徒党の者にそこまで有能な者はいない。大半はつい最近まで読み書きも怪しいただの子供だったのだ。使える人材に育成するにしても時間が掛かる。


 今はヴィオラの人員でその穴を埋めている。だがそれはただでさえ組織の運営をヴィオラの伝などに大きく依存している状態で、更にヴィオラの影響力が高まることを意味する。


 一応徒党の幹部候補の配下にする形で運用して、シェリル側の者にその仕事を覚えるように指示を出しているが、その者達がヴィオラの人員の完全な代わりになるのは当分先になる。しかも組織の拡大による仕事量の増加に徒党の人員の成長が追い付かず、ヴィオラの人員はますます増えていた。


 ヴィオラは自分が組織を制御しきれないように、意図的に急激に徒党を拡大させているのではないか。そのすきいて裏から徒党を掌握するつもりなのではないか。シェリルはそう懸念し、もしそうなら逆に利用してやる、拡大した組織の力を全て手に入れてやる、と闘志を燃やしていた。


「どうかしたのか?」


「いえ、何でもありません。あ、拠点の話ですけど、改築後の設備で一番好評だったのは浴室でした。以前から人が増えた所為せいで非常に混雑していたのですが、改築で大幅に広げましたので」


 拠点には現在大きく3種の大浴室が備わっている。男用、女用、そして幹部用だ。狭いが浴室付きの個室もある。それを聞いたアキラが不思議そうにする。


「幹部用って、要るのか? 幹部は浴室付きの個室を持ってるんだろう?」


「全ての個室に浴室が備わっている訳ではありませんし、個室の浴槽は狭いですから。それに幹部用の浴室はちょっとすごいんです」


すごいって、何が? 浴室がすごく広いとかか?」


「いえ、そういうことではなく、私も口頭では伝えにくいのですが、何というか、体感すれば違いが分かる感じです」


 シェリルはアキラが興味を持ったことに気付くと、少し誘うように微笑ほほえんだ。


「入ってみますか?」


 アキラは少し迷った後、興味に負けた。




 幹部用の浴室は白を基本とした配色で構成されており、広々とした開放感と清潔感を覚える造りになっていた。浴槽は数名が一緒に入浴して手足を存分に広げても十分な空きがあるほどに大きい。全体的に凝った装飾品などは見当たらないが落ち着いた高級感を漂わせていた。


 しかしアキラに何らかのすごさを感じさせるものはない。どこか拍子抜けに思いながら体を洗って湯船にかる。するとアキラが軽い驚きを見せる。


「……これは確かに、何か、違うな! 上手うまく説明できないけど」


 当然のように一緒に入っているシェリルが説明する。


「結構高級な水質調整機を通して湯の成分調整をしているそうです。濾過ろかも常に行って湯を清潔な状態に保ち続けているそうです。石鹸せっけんとかを間違って浴槽に入れてしまった時もすぐに綺麗きれいになりました。口で説明すればそれだけで、だから何だと言われそうですけど、体感してみると違うでしょう?」


「違う。へー」


 アキラが湯を手ですくって興味深そうに見ている。シェリルはそのアキラをそばで見て、湯のぬくもりとは無関係に顔を少し赤く染めていた。鍛え上げられたアキラの肉体を間近で見るのは、今のシェリルには少々刺激が強かった。


 シェリルが無意識にアキラの体に視線をそそぎ続けていると、アキラに気付かれる。


「何だ?」


「……いえ、そんなに気に入られたのでしたら、毎日入りに来ていただいてもよろしいんですよ? と、思いまして」


「…………いや、流石さすがにそれは」


 シェリルはアキラがかなり揺らいだことに目聡めざとく気付くと、誘惑の内容を思案する。


「健康にも疲労回復にも普通の入浴より格段に良いそうです。ハンター稼業は身体への負担も大きいですから、毎日とは言わなくとも、ハンター稼業の帰りに寄って入っていけば随分違うと思います。本来は幹部用ですが、今日の模擬戦のような身体に過度の負担の掛かる仕事や訓練に参加した者には、特別に使用させようとも思っていますしね」


 アキラがまた揺らぎ始める。


「…………いや、それなら自宅に似たようなものを設置すれば……」


「拠点の改築を利用して大型の設備を入れたようですから、多分普通の家に設置するのは難しいと思います。小型だと性能が大分落ちて設置後にがっかりするか、あるいは同程度の性能で小型化する分だけ価格が大幅に上がると思いますよ?」


 悩み始めるアキラを見て、シェリルがこれならいけるかと希望を持った時、浴室の壁の一部が光って部下からの連絡が来た。非常に忙しい時に入浴時でも指示を出せるように、浴室の壁には情報端末が埋め込まれているのだ。


「ボス。ヴィオラが話があるそうです」


 シェリルが少し不機嫌な声を出す。


「今は入浴中なの。だから急ぎではないなら後にして、と伝えなさい」


 シェリルがそれだけ答えて気を切り替えようとする。だが少し間を空けて再び連絡が来る。


「ボス。ヴィオラに伝えましたが、急ぎだから今からそっちに行くそうです」


「えっ? アキラも一緒に入ってるのよ? そう伝えて止めなさい」


「いえ、それがもうそっちに向かっているみたいで……」


 そのすぐ後にヴィオラがキャロルを連れて入浴に相応ふさわしい格好で浴室に入ってくる。アキラは軽く驚き、シェリルは嫌そうな不満げな顔を浮かべた。ヴィオラはシェリルに、キャロルはアキラに、それぞれの意図を乗せて微笑ほほえんだ。


 アキラとの一時ひとときを邪魔されたシェリルが、自分の目の前で湯船にかっているヴィオラに、不機嫌を隠そうともせず鋭い視線を向けている。


「それで、何の用ですか?」


「総合支援強化服の試験の様子を見てきたんでしょう? その話を聞きたいのよ」


「それ、急ぎですか?」


「急ぎよ。どうしてその程度のことを急ぐのか、という説明は省略させてもらうわ。何せ急いでいるの。理解に何日掛かるか分からない人に、長々と説明している余裕はないの。知りたければ、後日ゆっくり時間を取ってからにしてね。私も徒党の利益のために頑張っているのよ? だから、協力してほしいわ。まあ嫌なら無理強いはしないけれどね」


 ヴィオラは意味深な、楽しげな、余裕そうな笑みを浮かべていた。徒党の利益を持ち出されてはシェリルも意地を張れない。大きくめ息を吐いてから要求通りに詳細にいろいろと話し始めた。


 アキラがキャロルにあきれに近い視線を向けている。


「普通、入ってくるか?」


「シェリルとも一緒に入っているのだから良いじゃない。それに私達も見苦しいものを見せ付けているつもりはないわよ?」


 キャロルは異性を惑わすために、ヴィオラは交渉を優位に進めるために、方向性は違えど体型に気を使っている。どちらも視界に入れても不快感など覚えない十分に目の保養になる優れた裸体だ。


 だがアキラはそれらの裸体を、興味なさそうに小さくめ息を吐くだけで済ませた。それを見てキャロルがどこか楽しげに苦笑する。


「全く、本当につれないわね」


「俺の入浴を邪魔するやつに振りまく愛想はない」


「邪魔なんかしないわ。何ならいろいろ隅々まで洗ってあげるわよ? 適当に洗っていると結構洗い残しが出るものだからね。良いマッサージにもなるわよ?」


「要らん。良いから邪魔するな」


 アキラはそれだけ答えて意識を入浴側に偏らせた。普段とは大分違う入浴の感覚がアキラの表情を徐々に緩めていく。


「随分気持ちよさそうだけど、そんなにここの風呂が気に入ったの?」


「ああ。少なくとも家の風呂とは大分違うな」


「へー。結構稼いでいると思っていたのに、随分安っぽい風呂に入ってるのね」


 アキラが意識をキャロルに戻して少し怪訝けげんな顔を向ける。


「安い風呂で悪かったな。じゃあ、キャロルの家の風呂はどんな感じなんだ?」


「私? そうねえ……」


 キャロルが自宅の浴室の設備について説明していく。個人用としては過剰なまでに大きいゆったりとした浴室。シェリルの拠点のものより高性能な水質調整装置。入浴後に体を一々拭く手間を省く風圧式の全身乾燥機。などなど、多彩な設備が搭載されていることを話していく。


 水も単純な水質調整ではなく、身体強化拡張者であるキャロルの体質に合わせた調整が加えられている。整備用のナノマシンや回復薬まで加えられており、健康面でも美容面でも、ただ綺麗きれいな水とは違う格段に高い効用を発揮する。違いが分かるどころか、本当に違うのだ。


 アキラはキャロルの話を聞いてかなり驚いていた。


「回復薬を混ぜてるって、随分贅沢ぜいたくなことをしてるな」


「金が掛かってることは否定しないわ。でも必要経費の範疇はんちゅうよ。ハンター稼業は体が一番重要な資本。アキラだって銃や強化服の整備に金を使うでしょう? それと同じよ。自分の体は一番重要な替えの利かない基幹装備よ。それをしっかり整備して常に十全に機能する状態を維持しておくのを、私は不思議だとは思わないわ。まあ、私は副業の兼ね合いもあるから、普通のハンターの基準より費用が多めになっているとは思うけれどね。この体、アキラが思うよりたっぷり金が掛かってるのよ?」


 キャロルが得意げに笑いながら自分の体を指差した。するとアキラが釣られて視線をそちらに向け、その裸体を少しじっくりと見てしまう。だがそこに魅惑の裸体への情欲はなく、その視線は意外に高性能な銃や強化服へ向けるものに近かった。


 キャロルがそれに気付いて軽くめ息を吐く。


(試しに一度私の方から金を支払ってでも手を出させた方が良いかしら。うーん。それはそれで断られそうね。……アキラは依頼に対して変に誠実っていうか頑固な部分があるから、何らかの依頼に付随する形にすれば何とかなるかしら?)


 アキラの反応がここまで薄いと、キャロルも籠絡手段に譲歩を加えざるを得なかった。キャロルはその手段を考えながら、アキラは自宅の風呂は安っぽかったのかと悩みながら、黙って湯にかっていた。


 その後、話を終えたヴィオラと一緒にキャロルも浴室から出て行った。アキラは気を切り替えて入浴に専念しようと思ったが、何となく気が乗らず、ヴィオラ達に続くように出ることにした。シェリルも残念そうな様子でアキラの後に続いた。




 タバタ達がシェリルの拠点の大部屋で休憩を取っている。この部屋は現在各種作業場所としてタバタ達に貸し出されていた。室内には施設監視用の端末類なども並んでいて、徒党の者達が四苦八苦しながら仲間と連絡を取り合ったり、指示を出したり受けたりしていた。


 総合支援システムの試験は拠点の警備という形式でスラム街でも実施している。警備の指揮側も実働側も、経験もなく読み書きも怪しい素人達。これをシステムの支援でどこまで真面まともな警備が出来る部隊に変えられるか。総合支援システムの性能が問われていた。


 荒野での出来事で項垂うなだれているタバタに、スラム街に残っていた同格の同僚が声を掛ける。


「まあ、いろいろらかしたらしいが、いつまでもくよくよすんなよ。試験中なんだ。そんなもんだろ? 熱くなった部分は別の失態で反省点だろうけどさ」


 タバタが軽くめ息を吐いてから、少し難しい表情を浮かべる。


「言い訳のしようもないが、それでもえて言い訳するのなら……」


「相手が強すぎたってか? 随分とすごいハンターらしいが、それを言い訳にしちゃあ駄目だろう」


「違う。それもないとは言わないが、一番の理由は、事前の性能評価が良すぎたからだ。その評価を基準に考えれば、十分な勝算があった。だから俺も強行したんだ」


「事前のって、強化服の連携試験は今回が初めてだろう?」


「こっちではな。全体では他でもやっている。ドランカムに貸し出しているのがそうだ。あっちはこっちとは違って開発版ではなく安定版。やってることもドランカムへの納入装備選別試験だがな。そこでの評価は、本当に素晴らしいものだったんだよ」


 タバタがまた少し熱くなる。だがそこには大きな困惑も浮かんでいた。


「他社製品との比較評価もっ千切った。俺達の総合支援強化服を使用した途端、しばらく不調だった若手ハンターのエースが急に調子を取り戻したって、ドランカムの幹部から礼も言われている。この前のクズスハラ街遺跡の騒ぎでも高い功績を残している。使用者からも、部隊行動時に今までとは違う一体感を覚えて部隊の連携が非常に上手うまく行っているって感想も出ている。提供されたログの解析結果からは、部隊全体が一つの意思で動いているような高度な連携も確認できた。本当に、素晴らしい成果だったんだ……」


 今日の出来事は、その成果を打ち砕き、全ては幻想だったのだと嘲笑あざわらうようなものだった。タバタが再び気落ちしていく。そのタバタの様子に同僚が苦笑しながらも励ますように声を掛ける。


「まあ、年齢が大体同じだったとしても、ドランカムの現役ハンター、それも若手の期待の星と、ただのスラム街の子供じゃ差がありすぎる。確かにその差を短期間で埋めてみせますってのが製品の売り文句で、それを可能な限り実現するのが俺達の目標だけど、限度はあるって。くよくよすんなよ。良いデータが取れたし、何だか知らんが、腕が折れようがテストに協力するってやつも出たんだろう? 悪いことばかりじゃないさ。ゆっくりやってこうぜ」


 同僚の励ましを受けてタバタが気を取り直す。


「……そうだな。ドランカムでの成果に舞い上がって過信しすぎていたか。あっちの成果は一度忘れて、システムを一回見直すとするか。事故時のデータを今後活用できるように調整を加えないといけないしな」


「そうしろ。しかしまあ、よく他人のデータをその場で使い回そうと思ったな。強化服の使用法としては結構禁忌だぞ? 事故の例も多いんだ。気を付けろよ」


「体格が似てるから、調整すればいけると思ったんだよ。まあ、気を付けるさ」


 エリオが怪我けがをした一番の原因は、他人の強化服のデータで無理に動いたことだった。タバタ達がその話を軽く苦笑して流そうとした時、ヴィオラがキャロルを連れてやってくる。


「こんにちは。今日の総合支援強化服の試験についてちょっと話があるのだけど、良いかしら?」


 ヴィオラはいつも通り、非常に楽しげに笑っていた。




 アキラは家に帰った後、何となくもう一度風呂に入ってみた。湯にかりながら、いつも通りの風呂に微妙な物足りなさを覚えて、少し難しい顔を浮かべる。


「……。贅沢ぜいたくを覚えてしまった」


 アルファが軽く苦笑している。


『良いと思うわよ? 贅沢ぜいたくしても』


「そう言われてもな」


 本当にシェリルの拠点に毎日入りに行くわけにもいかない。自宅に中途半端な性能の設備を付けてがっかりするのも嫌だ。しかし満足する設備を整えるのに幾ら掛かるかも分からない。


 アキラは珍しくハンター稼業ともアルファの依頼とも無関係なことで悩み続けていた。

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