第203話 アキラの仕立服

 クガマヤマ都市の下位区画の相場では高級店に分類される衣類店で、店長のカシェアが店番をしながら最近の客層について思案していた。


 売上は右肩上がり。客数も客単価も増えている。経営は順調。その申し分の無い状態にケチを付けるとすれば、客に堅気とは思えない雰囲気の者達が少々増えていることだ。


 下っ端のような品性に欠ける者達ではなく、ある種の礼儀をわきまえた顔役などと思われる者達で、店の品位を落とすような真似まねはしない。金払いも良く、騒ぎも起こさない。問題ないと言えば問題ないのだが、カシェアが求める新規顧客からは大分外れているのも確かだった。


(……あの手の客層が増えた時期から考えて、多分あのヴィオラって人の人脈なのかしらね)


 カシェアの予想は大体正しかった。彼らはスラム街やその付近の組織の幹部達だ。会合等でシェリルの服を見て興味を持ち、贔屓ひいきにしている女にでも似たような服を贈ろうと考えて、シェリル達との雑談などでカシェアの店を知ったのだ。


 カシェアの店の界隈かいわいで騒ぎを起こせば、周辺の警備を請け負っている企業から執拗しつような報復を受ける。加えてアキラ達の馴染なじみの店で不埒ふらち真似まねをすれば不興を買う。それを正しく理解しているため、彼らは部下をぞろぞろ連れて来店し威圧するような真似まねはせず、護衛と愛人を少数連れてくる程度の行儀の良い客となっていた。品位や行儀の面ならば、むしろ以前にシェリルの徒党の者達を大勢連れてきたヴィオラの方が悪いほどだった。


(私としては、防壁の内側に住む人が、たまには外の店の程度でも見てみるかって感じて来店して、そこから評判が伝わるって感じが理想なのだけど。どうもね。……まあ、ハンターの来店を拒んでいない時点で、今更かしらね)


 東部の一般人の感覚ではハンターも堅気ではない職種に含まれる。むしろ代表例だ。ただ、稼ぐハンターは必然的に企業の者達との付き合いも多くなり、その過程で一般人相手の行儀を身に着けるので、真面まともな客として扱われるだけだ。当然ながら、稼がないハンターはごろつき同然の扱いを受ける。高級店では入店拒否も珍しくない。真面まともな客として扱われたければ、ハンターはまず稼がなければならないのだ。


 ドアが開き、来店のベルが鳴る。見覚えのある稼ぐハンターの顔を見て、カシェアは愛想の良い笑みを浮かべて接客に移った。


 入ってきたのはアキラとエレナとサラだった。アキラはいつも通り強化服を着用している。エレナ達は少々洒落しゃれ余所よそ行きの服を着ていた。カシェアは経験からエレナ達もハンターだとすぐに見抜いたが、店に適した格好で来店した客に高評価を出し、ハンター相手への値踏みを飛ばして愛想良く微笑ほほえむ。


「いらっしゃいませ。御来店ありがとう御座います。本日はどのようなものをお探しですか?」


 アキラが少し緊張した様子で答える。


「えっと、仕立服を注文しに来ました」


「ありがとう御座います。仕立服の要望を伺ってから、料金等の御相談に入らせていただきます。当店自慢の職人を呼びますので、お掛けになってお待ちください」


 カシェアがエレナ達に椅子を勧めようとするのと同時に、サラがアキラに声を掛ける。


「私達は店内を回ってるわね」


「分かりました」


 カシェアが離れていくエレナ達を見て怪訝けげんそうな顔を浮かべる。アキラがカシェアの勘違いに気付いてすまなそうに補足する。


「あ、すみません。仕立服は、俺のです」


「し、失礼いたしました。少々お待ちください」


 カシェアはごまかすように笑うと、セレンを呼びに急いで店の奥へ向かった。そして戻ってくると、アキラの対応をセレンに任せてエレナ達の接客に向かった。


 セレンはカシェアに比べれば接客が苦手な方だ。しかし仕立職人として客の要望を聞き出すためにも、コミュニケーション能力の重要性は理解している。愛想良く微笑ほほえみ丁寧に頭を下げる。


「改めまして、お客様の仕立服を担当いたしますセレンと申します。よろしく御願いします」


「あ、はい。お願いします」


 逆にアキラは基本的にその手の能力に欠けている。加えて服の仕立てはハンター稼業とは全く関係ない上に、人生初の経験なので妙な落ち着きの無さを出していた。


「では先ず、御希望の服の要望などをお聞かせください。どのような服を御希望でしょうか?」


 アキラはそのごく当たり前の質問にたじろぐと、少し間を空けてから、まごつきながら答える。


「あー、すみません。よく分かりません。えっと、何というか、いろいろあって、服を仕立ててみようという話になって、その、服に対して具体的なイメージがある訳じゃなくて……。あ、別に服が欲しくないって訳じゃないし、気乗りしないって訳でもないんだけど……」


「お気になさらず。そのようなお客様も珍しくありません」


 セレンは微笑ほほえみながら対処を思案する。考えなしに注文して、出来上がりに何か違うとケチを付け、支払いを渋る。その最悪の客の第一歩を踏み出そうとしているアキラを、何とかして軌道修正しなければならない。


「では、その仕立てた服を着て、誰と、どこへ、何をするのかを想像してみてください。服を見せる相手に与えたい印象。場のドレスコード。そこでの目的。様々ですが、そこが決まれば服のデザインも自然と決まるものですから」


 セレンはアキラがいろいろ悩むだろうと思って待つつもりだった。だがアキラは納得したような顔を浮かべるとすぐに答え始める。


「ああ。そういうことか。そうだよな。服ってそういうものだよな。それなら、恩人とかそういう親しい人達と、クガマビル上階のレストラン……確か店の名前は、シュテリアーナ、だったかな? そこに一緒に行って食事を楽しむための服ってことになると思う」


「あそこですか……。親しい方とは今日のお連れの方々などですか?」


「ああ。あともう1人いて、4人でそこで食事をする予定を立てているんです」


「そうですか。……その予定に相応しい服のイメージをつかために、もう少し詳しくお話を聞かせていただいてもよろしいですか?」


「分かりました」


 アキラは服を仕立てることになった経緯を思い返しながら話し始めた。


 アキラに仕立て服を勧めたのはシズカだ。皆で食事に行く予定を相談した中、シズカはそもそもアキラが普段着と呼べるものをほぼ全く持っていないことを知った。


 ハンター稼業ではない場合でも強化服が基本。外食時も同様で、それもハンター稼業の延長のような感覚。遺跡探索の合間に暇があれば家か荒野で訓練。下手をすれば風呂と睡眠時ぐらいしか余暇と呼べるものはない。それさえも次の訓練や遺跡探索のための体調管理と考えれば、その時間さえハンター稼業の延長だ。そして話を聞く限り、アキラはその生活に疑問を持っていない。


 アキラとしては、何だかんだと山ほど借りのあるアルファからの依頼を完遂して借りを返すために、日々精進しているだけだ。もっともシズカ達にその辺の事情までは話せないので、そこは適当に省いてごまかしていた。


 だがそこを省いてしまえば、出来上がる人物像は大した理由もないのに取りかれたようにハンター稼業に精を出す異常者だ。遺跡探索もモンスター討伐も基本的には命懸けだ。死地で精神をり減らせば人格への影響も大きい。その死地に好き好んで飛び込み続ける人物は、間違いなく狂人の範疇はんちゅうに入る。ハンターを商売相手にするシズカの感覚でも、同じハンターであるエレナ達の感覚でも、アキラの行動は真面まともとは呼びにくいものだった。


 アキラには一度ハンター稼業から完全に切り離した時間を経験させた方が良い。金と時間をハンター稼業とは無関係なことに使用する贅沢ぜいたくを覚えさせた方が良い。そうしないと精神が持たない。そして精神が摩耗していることにすら気付かずに、その当たり前だと思っている感覚のまま、死ぬまで走り続ける。シズカはそう判断した。


 アキラに口でそう言っても効果が薄いことはシズカも分かっていた。必要なのは実感だ。そして今回がその良い機会だと考えた。仕立服を勧めたのは、その折角せっかくの機会でアキラに強化服を着させないためであり、感覚的にもハンター稼業から完全に切り離した状況を作り上げるためだった。


 シズカは表向き軽い気分転換を勧めるぐらいの態度でアキラに仕立て服を勧めた。アキラは少し迷ったが、金にはそこまで困っておらず、シズカの折角せっかくの勧めでもあり、微笑ほほえむシズカの態度から自分を深く心配してくれているのを感じたこともあって、それを受け入れた。


 セレンはアキラからそれらの説明を大分省略した形で聞いていた。アキラの認識不足の所為せいもあり、実際に聞いた内容は軽い気分転換を勧められた程度のものになっていたが、アキラほど鈍くはないセレンは何となくシズカの意図を察していた。


「……そうですか。シュテリアーナはハンターも利用する高級店ですので、強化服等の格好のまま食事を楽しむ方も多い方です。ですが、過酷なハンター稼業が日常となっている方が、その日常を忘れて非日常の一時を楽しむ場でもあります。予約時に頼めば、ハンター稼業を連想させるものを視界に入れない席にすることも、戦闘とは無縁な所謂いわゆる普通の服を借りることもできます」


「ああ、そういうのあるんだ。へー」


「私もお客様が一時の穏やかな非日常を楽しむのはとても良いと思います。私が仕立てた服がお客様のその一時を充実したものにする助けになれれば幸いです。では、その食事の場に適したデザインを基本にすると致しまして、何かデザイン等に御要望がありましたらお聞きします。デザインの例などもあります。御覧になりますか?」


 セレンが持ってきた端末を操作し、仕立服の例を表示してアキラに見せる。そこには落ち着いた雰囲気の服や少々派手な雰囲気の服を着たファッションモデルが表示されている。アキラがそれらを見て少しうなった後、どこか困った様子を見せてから、少し真面目な様子で答える。


「文句を言うつもりはないので、全部お任せしますってのは駄目ですか?」


「駄目ってことはありませんが、基本的に変更の利かない既製服とは異なり、お客様の細かい要望を追求できるのも仕立服の醍醐味だいごみです。一度製作に入ると大きな変更は難しくなります。細かな要望でしたら作成途中でも出来る限り応えるつもりですが、それにも限度があります。本当に要望は無しで構わないのですか?」


 セレンが後からいろいろ言われた場合に備えて念を押した。アキラがまた少し悩んでから、少し躊躇ためらい気味に続ける。


「俺はファッションセンスとかに全く自信が無いというか、すごく疎い方なんです。だから自分で決めて変なものが嫌だって気持ちもあります。いや、多分俺にはそれが変なものだって気付けるセンスも無いと思います。でも、えっと、以前ここでシェリルの服の仕立て直しを頼んだ時は、あれだけは何かこう、すごいなって思ったんです。だからまあ、強いて要望を言えば、あれと同じぐらいに、俺でも違いが分かるほどのすごい服を作ってほしいってことになるんですけど、こういうのは要望としてありなんですかね?」


 セレンが僅かにたじろぐ。自分でも傑作だと認めた服を褒めてくれたのは確かにうれしい。だがあれと同程度の傑作を作ってほしいと言われれば、即答はできなかった。


「あの服はお客様が持ち込まれた旧世界製の衣服を仕立て直したものです。同程度のものを一から作成するとなれば、相応に高価な布地等を使用しなければなりません。布地代だけでもかなりの高額になりますが……」


 下手に高額にした上でケチを付けられてはたまらない。だからめておけ。セレンはどちらかと言えば無意識にその気持ちを強くして答えた。だがアキラはあっさりと聞き返す。


「高額って幾らぐらいですか? 流石さすがに1億オーラム超えるとか言われると難しいんですけど……」


「い、いえ、流石さすがにそのような額にはなりません。それは一見普通の服ですが実は防護服とか、そういう特殊用途の服になります。当店では受け付けておりません」


「あ、そういうのは無しで問題ないです。欲しいのは戦闘とかとは無縁な普通の服ですから」


「さ、左様ですか」


 セレンは目の前の少年が非常に稼ぐハンターだと改めて理解した。たとえ支払額が1億オーラムであっても、難しいだけで不可能ではない。それほどの相手だと実感した。


 自分にそのような者を満足させるほどの服を仕立てられるのか。そのおびえがセレンの心に僅かに浮かぶ。だが、それほどの者の服を、過去の客では予算の都合でとても使用できない高価な布地を存分に使って、自分の好きなようにデザインして仕立てられるという欲が、気弱なおびえをき消した。


 ここで引いては仕立屋が廃る。セレンはそう心に刻んで意気を高めた。


「……分かりました。では、大変失礼ながらお客様がハンターであることを考慮いたしまして、全額前払いで600万オーラムとなります。それだけお支払いいただければ、私はお客様の要望を満たした服の仕立てに全力を尽くすとお約束します。如何いかがでしょう?」


「分かりました。えっと、ハンター証で支払いをお願いします」


 セレンなりに覚悟を決めて答えたのだが、アキラはあっさりと答えてハンター証を出した。セレンが受け取ったハンター証を端末に近づけて支払処理を進める。処理はすぐに終わった。


「ありがとう御座います。では、早速採寸に入らせていただきます。こちらへ」


 代金は受け取った。もう後戻りはできない。する気もない。セレンは職人魂を燃やして微笑ほほえむと、アキラを店の奥へ案内した。


 アキラがセレンの仕事部屋で採寸のために強化服を脱いで下着姿になっている。スラム街での生活に比べて大幅に改善した食事事情や、超人を目指していると誤解されるほどの鍛錬の成果もあって、アキラの四肢はなかなかに鍛え上げられたものになっていた。セレンがその四肢に少しよこしまな視線を向けていた。


 その視線に気付いて不思議そうにしていたアキラが、自分なりに推察して尋ねる。


「ちゃんと採寸するなら上も脱いだ方が良い?」


「あ、いえ、大丈夫です」


 セレンは邪念を振り払って採寸に入った。だがしばらくするとまた邪念が混ざり始める。アキラがそれに気付いてまた自分なりに推察する。


「あー、なんか実は変なデザインだったりします? 遺跡で手に入れた遺物を自分用にとっておいた物なので、旧世界製の衣服だから変なデザインかもしれません。着心地とかは良いんですけどね」


 肌に貼り付くような状態の下着には筋肉の凹凸が浮かび上がっている。激しく動いても布地の摩擦等などから生じる不快感は全くなく非常に頑丈だ。この高性能さも旧世界製の衣服に高額を出す者が絶えない理由だ。


 セレンが慌ててごまかそうとする。


「いえ、そんなことは全く! 肌とかも随分綺麗きれいで……。いや、違います。そうではなくてですね」


 慌てていた分だけごまかし方が妙なものになった所為せいで本音が少し混ざっていた。セレンが妙なことを口走ったことに気付いて更に焦るが、アキラは逆に納得していた。


「ああ。そういうことか。最近死にかけて入院した時に再生治療並の治療を受けたので、その時に大きな古傷とかは消えたんだと思います。結構高めな回復薬も多用してるんで、最近はちょっとした傷ぐらいなら跡も残らないんですよ」


 ハンターのくせに古傷も無いのは変だ。アキラはそう誤解されたと判断して補足した。


「強化服も無い時には傷跡も結構長く残ってました。モンスターにみ付かれて大怪我けがをした時は回復薬で無理矢理やり治したので、肉を溶接したみたいな結構目立つ跡になってましたね。今は強化服があるから、その防御を突破するほどの攻撃を食らわないと目立つ傷にはならないんです。まあそんなものを食らった時には恐らく死んでるから、古傷としては残らないと思いますけど」


「そうなのですか。その治療費ってやっぱり高いんですか?」


「病院での治療が5000万オーラムぐらいで、回復薬が100万とか500万とかですね」


 アキラの口調にその額を高いと感じさせるものはなかった。入金額も出金額も桁違いに増えて、その間隔も短くなってきたことで、アキラの金銭感覚は大分麻痺まひしていた。


 それだけ稼いでいるのなら、600万オーラムぐらい出すだろう。セレンはそう感じて少し納得した。


「……やっぱり、随分高いんですね」


「まあ、確かに高いけど、そこは自分の命よりは安いってことで。装備代とかもそうですけど、そこを削って死んだら元も子もないですから」


「それもそうですね」


 ハンターには刹那的な享楽にふける者も多い。明日死んでいても不思議は全くないからだ。アキラの服を仕立て終えた時に、その持ち主が生きている保証はどこにもない。自分と同じ年頃で、全く違う世界で生きている者の話を聞いて、セレンは気を切り替えて採寸を続けた。


 セレンは採寸を終えたアキラを店内に送り届けた後、再び作業部屋に戻って一度深呼吸した。


「……よし! やるか!」


 その表情にかつての傑作を超える服を仕立てる意気込みを乗せて、セレンは笑って作業を開始した。




 エレナはサラと一緒にカシェアの接客を受けながら店内の商品を見て回っていた。今も勧められた服を鏡の前で体に重ねている。そして気乗りしない声を出していた。


「うーん」


「お気に召しませんか」


「悪くはないと思うんだけど、似たような服はもう持ってるし、もう1着ってほどでもないのよね」


「左様で御座いますか。お客様。今回の御予算はどの程度をお考えで?」


「特に考えてないわ。私達はアキラの付き添いで来ただけだしね。あ、先に予算を言っておかないと出せない服もあるの?」


「隠している訳ではありませんが、そのような品も御座います。例を挙げますと、旧世界製の下着などは価格も仕入れ数も相応のため、流石さすがに全てのお客様にお勧めする訳にはいきません」


 例として挙げただけで、前に仕入れた品はもう売れてしまったので店の在庫には存在しない。また仕入れられる確証もない。カシェアの説明は店の格を上げるためのはったりだった。


 常連になれば次の機会には勧められる。カシェアはそう続けようとしたのだが、エレナにあっさりと断られる。


「ああ、それは要らないわ。私もサラもその手の下着をちょっと前に予備分も含めて種類も数もそろえたから、買い増す予定は当分ないの。御免なさいね」


「い、いえ、お気になさらず」


 カシェアは旧世界製の下着を数と種類をそろえた場合の代金を計算して、内心でかなり動揺していた。


 エレナ達が買ったのは前にアキラがシズカの店に持ち込んだ品だ。本来の中間業者を通さずに、その先頭に割り込んで買ったので、実際にはそこまで高額にはなっていない。だがカシェアにはその事情など分からない。


(……前に1億オーラムの予算を提示した人もいたし、あのアキラってハンターの連れはそんな人ばっかりなのかしらね。稼ぎが違うわ。流石さすがにそこまで稼ぐ人向けの高額な品は取りそろえていないし、取りあえず高い順に勧めていくべきかしら……)


 カシェアがエレナ達を店の顧客に加えるための最善の接客方法を思案していると、採寸を終えたアキラが戻ってきた。


「エレナさん。サラさん。お待たせしました」


 サラがアキラを笑って迎え入れながら少し不思議そうにする。


「もう終わったの? 随分早いのね。どんな服にするのか長々と相談すると思っていたから、もっと時間が掛かると思ってたけど」


「あ、その辺は任せたので、採寸取って終わりです」


 エレナが少しいぶかしむ。


折角せっかくの仕立服なのに、アキラはそれで良かったの? 変に言いくるめられたりしていない? 大丈夫?」


 その場合は自分の交渉術を見せなければならない。エレナは浮かんだ疑念にその判断を下した。だがアキラが機嫌良く答える。


「大丈夫です。俺の方からちょっと強引にそう頼んだんです。俺はデザインセンスとかに自信がないんですけど、その俺でも違いが分かるほどのすごい服を、気合いを入れて作ってくれるそうです。結構期待してます」


「へぇー」


 アキラの態度にはその言葉通り期待だけが出ており、仕立服の出来できを心配する様子などはない。エレナ達は何となくだがアキラを疑い深い方だと思っている。そのため、そのアキラがそこまで好感触を出していることに結構興味を抱いた。


 カシェアがそれを察して笑顔で営業を掛ける。


「既製服では満足いただけないのでしたら、お客様方も仕立服を注文なされては如何いかがでしょう? 当店自慢の職人による仕立服ならば、きっと御満足いただけると思います」


 サラが先に前向きな意見を出す。


「うーん。折角せっかくだし、頼んでみようかな。仕立服なら多少の注文は通ると思うしね」


 サラは服選びに豊満な胸による制限がかなり入る。保有ナノマシン量による体型変化まで考慮すると選択肢は更に狭まる。仕立服でその辺りに対処できるのであれば、多少の出費には前向きだった。


「そうね。私も頼んでみようかしら。アキラがそこまで評価するすごい服ってのにも興味があるし、一緒に食事に行くのだから、アキラの服に合わせたデザインにしてもらうのも良い考えかもね」


「あ、それも良いわね」


 カシェアが目論見もくろみ通りの展開に内心でほくそ笑む。


「実際に御注文を頂けるかは別にしまして、御興味を頂けたのでしたらまずは当店の職人と相談をお勧めします。連れて参りますので、お掛けになってお待ちください」


 カシェアは3着分の仕立代の売上に心を弾ませながらセレンの仕事部屋に向かった。




 真剣な顔でデザインを練っていたセレンがカシェアから話を聞いて顔をゆがめる。


「お姉ちゃん。悪いんだけど、それ、断れない? 私はアキラさんの注文に集中したいの」


「セレン。仕事中は店長って呼べって言ってるでしょう。それに断るなんて冗談じゃないわ。うまいこと行けば常連になるかもしれないのよ? 逃せないわ。セレンだって既製服の調整には飽きてるって言ってたじゃない。何で仕立ての注文を嫌がるのよ」


「嫌がってる訳じゃない。タイミングが悪いだけ。それに、アキラさんの服に合わせるとなったら、代金とかも相応に合わせないと駄目になる。おね……店長、その辺を分かって言ってるの?」


「当たり前よ。大丈夫よ。あのアキラってハンターが随分稼いでいて、仕立代が結構高額になったから心配しているんでしょうけど、連れの2人もすごいわ。旧世界製の下着を予備分も含めて種類も数もそろえているんですって。やっぱり稼ぐハンターは違うわね」


 セレンが浮かれている姉を見て真面目に念を押す。


「店長。一応注文履歴を確認して。その上で本当に同額の注文を出すのかとか、3人分のデザインを合わせて仕立てる分だけ仕立期間が延びるとか、その辺をちゃんと交渉してきて。それでも注文を出す確認を取れたのなら、採寸するから連れてきて」


 カシェアが妹の態度をいぶかしみながら端末を操作して注文履歴を確認する。そして吹き出した。


「600万オーラム!? セレン! ちょっと! 貴方あなた! 何考えてるの!?」


「以前に旧世界製の服を仕立て直した品と同じぐらいにすごい服が欲しい。その要望をかなえるにはそれぐらい必要。そう伝えて、念を押して、了承も取った。後は私が全力を尽くしてそれに応えるだけ。だから邪魔をしないで」


 頭を抱えて悩み始めたカシェアを見て、セレンが少し反発気味だった口調を緩める。


「店長としての経営判断で追加注文を受けるって言うのなら、私もその判断に従うし、追加の仕立てにも全力を注ぐ。仕立ては職人としての私の範疇はんちゅう。経営は店長としてのお姉ちゃんの範疇はんちゅう。だから、後は任せるわ」


 妹にその才能を存分にふるわせてあげたいという気持ち。自分の店を繁盛させたいという気持ち。勝負に出た場合の妹と店の負担。負けた場合の損害。カシェアは店の経営者として大いに悩んだ後で、妹に確認を取る。


「……追加で注文を受けても、仕事が雑になったりはしないのよね?」


「ちゃんと出来上がりまでの期間を調整してくれるのならね」


「分かったわ」


 職人として覚悟を決めているセレンの態度に、カシェアも経営者として覚悟を決めた。


 その後、カシェアの店は計4人分の仕立服の注文を受けることになった。エレナが折角せっかくだからとシズカに連絡して、食事に行く全員の服をそろえることになったのだ。


 エレナ達は1人600万オーラムの代金に驚きはした。だが旧世界製の衣服並にすごい服ならばあり得る価格だと納得もした。更にそばにいたアキラに見栄みえを張ったのに加えて、仕立服を注文してどこか浮かれ気味のようにも見えるアキラの様子を微笑ほほえましく思い、一緒に食事に行く一時の価値を高めるために出費を惜しまなかった。エレナ達はそのまま店で採寸を済ませ、シズカは後日採寸に来店することになった。


 機嫌良く帰っていくアキラ達を店の外で見送っていたカシェアがつぶやく。


「……計2400万オーラムの注文。これをしくじったら、店の評判は終わるわね。何とかしないと。まずは、セレンの邪魔だけはしないようにしますか」


 たっぷり意気込みを含んだ笑顔を浮かべて、カシェアは気合いを入れていた。

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