第179話 蜘蛛型甲殻機虫

 アキラがクズスハラ街遺跡の奥部を探索している。遺跡の奥部と言ってもかなり広く、最奥部にはほど遠い。それでも外周部などと比べると比較的無事な建物も多く、遺跡全体の広さから考えれば随分奥まで来たと感じられる光景が広がっていた。


 アルファがバイクの横の空中に寝そべりながら口を出す。


『アキラ。さっきから辺りをずっと彷徨うろついているけれど、どこかに入ったりしないの?』


『まずは地理の把握をしておこうと思ってる。高そうな遺物が有りそうな場所の当たりを付けるためにもな。やっぱり大きな建物を探した方が良いのかな?』


『どうかしらね。大型の商業施設とかを見付けても、目立つから多くのハンターが群がって遺物の取り合いになって、結局一人当たりの稼ぎは少なくなるかもしれないわ。それにその手の施設なら強力な警備装置が稼働している可能性も高くなるわ。危険度等を含めた総合的な期待値は然程さほど変わらないかもね』


『なるほど』


 アキラは納得したようにうなずいた後で、ふと思ったことを軽く付け足す。


『……そういう助言も一応サポートの内に入るんじゃないか?』


 アルファが少し悪戯いたずらっぽく得意げに微笑ほほえむ。


『こんな雑談まで一々サポートに含めたりしないわよ。そこまでちゃんとするのなら前にヨノズカ駅遺跡でやった時のように、私の声や姿まで完全に消す必要があるけれど、そんなことをしたらアキラが寂しがって大変でしょう?』


『そりゃどうも』


 アキラは冗談めいた苦笑いを返した。


 探索を続けていたアキラが不意にバイクをめる。そして近くの光景を興味深そうに見る。


 ビルの側面に巨大な何かに食い千切られたような痕跡がある。その近くには巨大な暴食ワニの死体が転がっている。周辺にはビルの警備装置である機械系モンスター達の残骸が転がっている。それらを獣型の生物系モンスターが食いあさっていた。


 獣型モンスターの一匹が食事中にアキラに気付いて首を向ける。だがすぐに興味を失って食事に戻った。


 その光景をしばらく見ていたアキラの頭に食物連鎖という単語が浮かぶ。単語自体はアルファから受けた授業で学んだものだ。だがそこから得た知識を現在の光景に当てめるのはいろいろと無理があるとも思った。


『……草じゃなくてビルとかを食べるモンスターから始まる生態系? ……いや、ないな』


『食物連鎖の生産者を自動修復する建築物に、分解者を都市の自動清掃機能に、消費者をモンスターにってところかしら?』


『いやいやいや、ビルなんて食べてどうするんだよ。仮にそれで何とかなるのなら、そこらの瓦礫がれきでも良いじゃないか。何で警備機械に襲われてでもビルを食べようとするんだ?』


『自動修復機能を持つ建築物に流れる修復用のエネルギー等を取得吸収するためには、建築物と一体化しているか、分離してからの時間経過が少ない状態で取り入れる必要があるのかもしれないわ。つまりモンスターにとってビルは新鮮な肉で、散らばっている瓦礫がれきは腐った肉なのかもしれないわね』


 アキラが興味深そうな表情を向ける。


『……そうなのか?』


 アルファは楽しげに笑って返す。


『いいえ、ただの思い付き』


 アキラが表情を少し不満そうに不服そうにゆがめたが、アルファは気にした様子を見せずに笑っていた。


『世界のことわりに思いをせるのも良いけれど、今はハンター稼業の時間よ? どうしても気になるのなら、授業に旧世界の遺跡内での生態系について学ぶ時間を設けましょうか。ハンター稼業にかせるほど専門的な知識を身につけるのはすごく難しいけれどね。やってみる?』


 同様の学問は東部でも盛んに研究されている。その知識はモンスターの分布などからその生態系などを把握して、一帯に生物系モンスターの巣や機械系モンスターの生産工場などが存在していないかを推測するのにも活用されていた。


『当面は遠慮しておくよ』


『そう』


 さぼっていないで精を出せ。アキラはアルファの言葉と微笑ほほえみをそう解釈すると、再びバイクを走らせた。




 アキラがその場を立ち去った後、巨大な暴食ワニの死体に異変が起こった。内側から人型の手が強固なうろこを突き破って出てきたのだ。


 手の持ち主が自分で開けた僅かな穴を強引に左右に広げていく。そして十分に広げた穴から外に出た。それはティオルだった。


 近くにいた獣型モンスター達が一斉に警戒態勢を取り、すぐにティオルに襲いかかる。ティオルは飛びかかってきた獣型モンスター達を無表情で見ていたが、右手で敵の頭部を殴り飛ばして粉砕し、左腕の砲で敵を吹き飛ばした。そしてそのまま短時間で敵を殲滅せんめつすると、遺跡の奥へ消えていった。




 アキラが遺跡の中で再びバイクをめる。ただし今度は興味深いものを見付けたわけではない。


『……アルファ。俺の目の錯覚じゃなければ、タンクランチュラの群れが見えるんだけど』


 遺跡の道路やビルの側面などに蜘蛛くも型のモンスター達が徘徊はいかいしていた。金属製の外骨格のような体表面の個体もいれば、コンクリートのような材質の体表面を持つ個体もいる。機銃や砲を背負っている個体もいれば、何も背負っていない個体もいた。全長も1メートルにも満たない個体から3メートルを超える個体まで様々だ。


 アキラの表情は少し硬い。しかしアルファはいつも通りの微笑ほほえみを浮かべている。


『あれは蜘蛛くも型の甲殻機虫の群れよ。系統的にはヤラタサソリに近い種類のモンスターよ』


『……つまり、タンクランチュラとは違うんだな?』


『タンクランチュラは賞金首の個体名であって種族名ではないわ。でもあの群れの1匹が巨体の構成要素となるのに十分な食料を手に入れて何らかの変異をしたら、タンクランチュラと同様の個体に成長、変異、進化する可能性はあると思うわ』


 アキラは少し迷ってから交戦を選んだ。右手をハンドルから外して銃を持つ。


『戦うの? 十分逃げられると思うわよ?』


『あれを放置して、後であの群れが全部タンクランチュラになって襲ってくるなんてのは御免だ。たとえその可能性が十分低いとしてもな。それに新調した装備の性能を試す良い機会だ。今のうちに弾薬費を贅沢ぜいたくに使った場合の火力も確認しておこう。一応俺だけで戦うけど、万一の場合はサポートを頼む』


『分かったわ。お手並み拝見ね。存分にやりなさい』


 アキラが右手の銃を見て苦笑する。


『どっちかと言えば、見られる手並みは新装備と贅沢ぜいたくな弾薬の効果だろうけどな』


 当初アキラは購入予定の多機能銃にA4WM自動擲弾銃の性能も求めていたが、結局はそれを取りやめた。1ちょうの銃の機能に擲弾の連射機能も取り入れると、大分毛色の異なる機能なので、流石さすがに複雑になりすぎて値段が跳ね上がるのだ。


 残りの要望をまとめると、狙撃性能にも連射性能にも優れており、特殊仕様の弾丸も使用できる銃となる。その要望を満たした上で、予算内でなるべく高性能な銃をシズカの見積りの中から探したところ、SSB複合銃という多機能銃が見付かった。


 SSB複合銃はDSS狙撃銃とDVTSミニガンとCWH対物突撃銃の機能を兼ね備えた銃だ。全長はAAH突撃銃より一回り大きい程度で、CWH対物突撃銃より小型で軽く、片手でも使いやすい。使用の際には発砲時の反動抑制や銃身の保護、命中精度の向上のために、銃本体に力場装甲フォースフィールドアーマーの技術を応用した力場を発生させる関係でエネルギーパックを必要とする。強力な弾丸を連射するほどエネルギーの消費も激しくなる。利点の多い反面、費用対効果が今までの銃より格段に劣る少々金食い虫の銃だ。


 アキラは予算をSSB複合銃とA4WM自動擲弾銃の拡張にぎ込んだ。代金は2億オーラムほどだ。これには弾薬やエネルギーパックなどの消耗品は含まれない。


 自分はこの投資額に見合う成果を生み出せるのか。アキラがそう自身に問いながら表情を引き締めてSSB複合銃を蜘蛛くも達に向ける。すると蜘蛛くも達もアキラを敵と認識して動き始める。砲を背負っている個体がアキラに照準を合わせ始め、遠距離武装のない個体がアキラに殺到し始める。


 アキラが引き金を引く。SSB複合銃の大型拡張弾倉には、CWH対物突撃銃の専用弾並みの価格と威力の弾丸が込められている。発砲時の反動も相応のはずなのだが、SSB複合銃の反動制御機能のおかげでその反動は非常に軽い。集中して体感時間を圧縮した意識の中でそのことに驚きながら、敵に狙いを定めつつ連射し続ける。無数の弾丸が濃密な時間感覚の中でも大量だと感じられる連射速度で一体目の目標に殺到した。個体は一瞬で木っ端微塵みじんになった。


 アキラが余りの威力に驚きながら撃ち方を掃射に変える。弾幕が分散して薄まったものの、それでも敵を撃破するには十分な威力だった。無数の蜘蛛くもが岩や金属のような外骨格と一緒に体組織や部品をき散らしていく。アキラは格子状に整備されている道路の上をバイクで駆けながら敵を銃撃し続けた。


 蜘蛛くもが放った砲弾がアキラの周囲に着弾して爆発する。アキラはバイクの速度でその爆発から逃れ続け、格子状の道で右折左折を繰り返して敵の照準から逃れ続ける。同時に群れの周囲を大きく旋回するように走り続け、ビル群の谷間を駆け抜ける一瞬に、その隙間から見える敵へ銃弾を浴びせ続けた。


 アキラが十字路を通り抜けるたびに、無数の蜘蛛くもが地面やビルの側面などから一斉に砲撃してくる。アキラはバイクを加速させて砲撃をくぐり抜け、時には急停止して眼前を通過する砲弾を回避した。背後から追ってくる蜘蛛くも達を加速して引き剥がし、時には立ち止まって十字路を曲がった先から殺到してくる群れに銃弾の嵐を撃ち込んだ。


 アキラは敵の群れの周囲をバイクで周りながら攻撃し続けている。その周回数を増やす度に、敵の群れが円盤を外周部から削っていくように小さくなっていく。もろい個体から機械部品混じりの肉片に変わっていき、強靱きょうじんな個体のみに選別されていく。ビルの側面に貼り付いていた個体も撃ち落とされて地面に激突していく。


 旋回の半径を半分ほどに縮めた頃、SSB複合銃の大型拡張弾倉が空になった。だがアキラは弾倉の交換を行わずに銃口を敵に向け続ける。


 SSB複合銃には誘導装置を兼ねた照準器が取り付けられていた。バイクの後部アームに取り付けられているA4WM自動擲弾銃は、少々無茶むちゃな拡張により個人携帯用の小型ミサイルの発射が可能になっていた。そしてその照準器はミサイルの誘導機能と連携していた。


 アキラが比較的強靱きょうじんな敵個体に照準を合わせると、頭部装備の表示装置に敵個体の捕捉完了のマークが表示される。その状態で引き金を引くと、バイク後部から無数の小型ミサイルがほぼ真上に発射された。


 無数の小型ミサイルは空中で一度その場にとどまったように滞空した。その後その一部が空中に大きく弧を描いて敵個体の頭上から対象に襲いかかる。別の一部がほぼ真横に進行方向を変える。そしてアキラの誘導線に沿って空中を素早く駆けていき、敵に側面から襲いかかる。頑丈な個体がミサイルの爆発に飲み込まれて四散していく。


 小型ミサイルの残弾が尽きる頃には、敵の群れはほぼ完全に壊滅していた。群れを統率していた巨大な個体だけが仲間の残骸の中に悠々と健在ぶりを示している。


 そのタンクランチュラもどきと呼んでも差し支えない大型個体の腹部が動き出す。外骨格のような表面が部分部分に開いていき、そこから無数の小型ミサイルが発射された。全てのミサイルが一斉にアキラを目指して宙を駆けていく。それを見たアキラの表情が引きつった。


 アキラは必死の形相でバイクを走らせると、手近なビルの中にバイクごと飛び込んだ。無数のミサイルがアキラを追ってビルに直撃する。無数の爆発がビルの側面で、そして内部で連続して発生し、ビル全体を破壊していく。アキラはビル内をかなり強引に駆け抜けて、崩れかかったビルから脱出した。脱出したアキラの背後で、ビルが負荷に耐えきれず轟音ごうおんを立てて倒壊した。


 タンクランチュラもどきが2回目のミサイル一斉発射を実行する。遺跡の空に再び大量のミサイルが舞い上がる。アキラはSSB複合銃の弾倉を取って置きのものに変更すると、ミサイルが降り注ぐ前に意識を集中して引き金を引いた。


 銃口からアンチ力場装甲フォースフィールドアーマー弾と強化徹甲弾が連続して放たれた。弾丸が高速で宙を穿うがち、タンクランチュラもどきの頭胸部に命中する。そのまま頭胸部を貫通して腹部まで到達すると着弾の衝撃で個体の内部を粉砕した。


 タンクランチュラもどきの腹部が誘発で爆発し、その巨体を爆炎とともに四散させた。既に発射されていたミサイルが指揮系統を失って、慣性のみに従って周囲に降り注いでいく。一帯に爆発音が響き渡り、やがて静かになった。


 アキラが大きく息を吐く。


『……何とかなったか』


 アルファが笑顔で健闘をたたえる。


『お疲れ様。悪くなかったわよ?』


『ありがとう。しかしまあ……』


 アキラが少しうれしそうだった顔を苦笑に変える。


『……これ、本当なら絶対大赤字だな』


 アキラは費やした弾薬等の代金を簡単に試算して、具体的な金額が出る前にすぐに止めた。そして後で弾薬費を請求されても絶対に払わないと心に決めた。


 借りた端末から連絡が入る。


「こちら仮設基地駐留部隊司令部。14番。応答せよ」


「こちら14番。用件は?」


「そちらの端末から大規模戦闘と思われる情報収集データが送信されている。何があった?」


「あー、汎用討伐だ。モンスターの群れと交戦していた」


「状況は? 応援が必要か?」


「いや、ついさっき終わったから不要だ。今から弾薬補充を兼ねて仮設基地まで一度帰還する予定だ」


「了解した。以上だ」


 通信が切れると、アキラは別の意味で苦笑を浮かべる。


『向こうから確認が来るほど派手に戦ってたのか。よし。今日はもうおしまい。十分働いた。帰ろう』


『あら、お早いお帰りね』


『いやいや、十分頑張ったって。金に物を言わせて戦った分を無視すれば、今日でランク上げが終わっても良かったぐらいの成果だろう。多分』


 アルファが揶揄からかうように微笑ほほえむ。


『つまり、終わるまでにはまだまだ掛かりそうってことよね?』


『そうだよ』


 アキラは軽く笑ってそれを流すと、バイクを仮設基地へ向けて走らせた。




 全滅した甲殻機虫の群れには、別種の機械系モンスターが一体だけ混ざっていた。その機体に交戦能力はなかったが、その分だけ比較的頑丈な造りをしていた。


 その機体は去っていくアキラの姿までしっかり見届けた後、その情報をどこかに送信した後に、役目を終えたように崩れ落ちて機能を停止した。




 翌日、アキラはシズカの店で消耗品の追加注文をしていた。シズカはその注文内容を聞いて少し心配そうな表情を浮かべている。


「いきなり随分な量を使ってしまったのね。大丈夫なの?」


 アキラはシズカが自分を気遣ってくれることをうれしく思いながら、心配させないように余裕の笑顔を見せた。


「大丈夫です。無理をしないで済むように景気よく使っただけですから。おかげで随分楽ができました。普通の汎用討伐依頼なら絶対大赤字ですね。他人の金で安全を買っているようなものですけど、まあ、今回はそういう依頼ですから。これからも楽をさせてもらうつもりです」


 シズカが軽く苦笑する。


「私は売上げが上がる。アキラは楽ができる。私達には有り難いことだけど、誰が割を食っているのかしらね?」


「俺の実力を過大評価しているどこかの誰かですよ。俺の所為じゃありません」


 アキラはわざとらしく太太ふてぶてしい笑みを浮かべた。シズカも少し楽しげに笑っていた。


 シズカが会計処理を済ませる。決済は今回も問題なく通過した。アキラが表情を少しだけ真面目なものに変える。


「……今回も通ったのか。これならもっと高い物を買っても大丈夫か?」


 モンスターの群れを相手にしたとはいえ、弾薬を採算度外視で消費したのだ。幾ら契約上そうなっているとは言っても文句ぐらい来るだろう。アキラはそう思っていたのだが、キバヤシからは散財した理由の確認すら来なかった。


 遺跡の大通り周辺で活動するハンターなら、あの程度の弾薬費は必要経費の範疇はんちゅうなのか。あるいは別の理由があるのか。アキラは少しだけ疑問を覚えていた。


「消耗品でも量をそろえて取り寄せると結構時間が掛かるわ。高級品なら尚更なおさらね。今の内に追加注文をしておいた方が良いかしら?」


「あ、いえ、今は止めておきます。予備分の注文が通ったばかりですから。そっちを使った後にまた考えます」


「そう。まあ、これからも十分注意して頑張りなさい。弾薬使い放題だからって、油断しては駄目よ?」


勿論もちろんです」


 アキラはシズカと軽く談笑してから注文の品を持って帰っていった。シズカは無事に戻ってきて余裕さえ見せているアキラの様子に、先日の不安をそれなりに和らげた。




 アキラがクズスハラ街遺跡の奥部をバイクで走っている。今日は汎用討伐に精を出すつもりはない。遺物収集に適しためぼしい建物を探して、大通りの周辺を探索していた。


 アキラは遺跡の中をしばら彷徨うろついた後、適当なビルに何となく当たりを付けた。バイクをビルの前で一度めた後、後部アームのA4WM自動擲弾銃を見て、持っていった方が良いか少し迷う。


『……いや、止めておくか』


 個人携帯用の小型ミサイルを発射可能になったA4WM自動擲弾銃は、その改造の都合でかなり大型になった。一応個人で持ち運べる大きさを保っているが、既に車載装備に近い状態になっており、車体に取り付けた大型弾倉と一緒に持ち運ぶとかなり邪魔になる。


 そもそも擲弾や小型ミサイルなど本来室内で使用する物ではないのだ。それを今までアルファに頼って無茶むちゃをし続けていたのだ。自力でやるならむしろ持って行かない方が良いのだ。アキラはA4WM自動擲弾銃をバイクから一度取り外してまた取り付けるのが面倒だと言う気持ちにそれらしい理由を付け加えて、A4WM自動擲弾銃を持って行くのを止めた。


 そこでアルファが口を出す。


『アキラ。バイクごと中に入るって方法もあるわよ?』


『いや、それはちょっと無理があるんじゃないか? 階段とかどうするんだよ』


『その無理を何とかするのも技術の内よ。狭い場所を探索する時は降りれば良いだけだしね。それに、アキラがビル内の探索から戻ってきた時にバイクが無事な保証はないわよ? まあ、基本的にアキラが自力でやることだから、無理にとは言わないわ。これも運試し。賭けてみる?』


 バイクを見付かりにくい場所に移動してから車体に迷彩シートをかぶせて、後はモンスターに見付からないように祈るという手段もある。だが不安をあおられたアキラには、その当初の手段は選べなかった。楽しげに笑っているアルファに見守られながら、アキラは苦笑いを浮かべて黙ってバイクを発進させた。


 ビル内の通路は比較的大きな造りになっていた。そのおかげでアキラはゆっくりではあるがバイクに乗ったまま内部を移動できた。


 ビル内はアキラの感覚では少し奇妙に感じられるように荒れ果てていた。床や壁や天井など、ビル本体の部分は真新しい様子だが、通路や部屋の中の備品などは破損や経年劣化でひどい状態で転がっている。辺りの光景には新築のビルに粗大ごみ態々わざわざ運んできてき散らしたような違和感が漂っていた。


 アキラがビル内の光景を見て不思議そうにしている。


『ビルの外観でここを選んだけど、失敗だったか?』


『自動修復機能はビル本体のみ。内部の清掃や備品の補充は長期に渡って中断中ってところかしらね』


『取りあえず、一応探してみるか』


 アキラは適当な部屋の前でバイクから降りて中に入ると、高値が付きそうな遺物を探し始めた。


 備付けの戸棚を開くとほこりまみれになった何らかの機械が見付かった。軽く振ってほこりを飛ばそうとすると、劣化していた機械が部品単位でばらばらになって飛び散ってしまった。手に残った部分を投げ捨てて次に移る。


 引き出しを開けようとすると取っ手が取れる。更に引き出しそのものが壊れて、中から砂状になった何かがこぼれだしていく。取っ手を投げ捨てて次に移る。


 板状のガラスのような素材で造られている何らかの表示装置に思える物も発見する。持って帰れないかと軽く持ち上げようとすると、その途端にガラスのようなものが砕けて床に飛び散った。


 アキラが顔をしかめる。


すごくボロボロだな。これ、全部旧世界製だろう? 何でこんなにもろいんだ? ヒガラカ住宅街遺跡で見付けた皿だってもうちょっと頑丈だったぞ? ちょっともろすぎるんじゃないか?』


 アルファが微笑ほほえみながらなだめるように解説を入れる。


『旧世界製と言っても長期保存に適した物ばかりではないわ。それにSSB複合銃が本体の強度を、エネルギーパックを動力源にした力場に頼っているように、当時はこれらの物も何らかのエネルギーで強靱きょうじんさを保っていたのかもしれないわ。そのエネルギーが年月で尽きてしまえば、著しく劣化してしまうのも仕方ないわ。まあ、可能性の話だけれどね』


『……。そうか。まあ、それなら仕方ない。頑丈そうな物を探そう』


 アルファはなぜ当時の知識を、旧世界の情報を知っているのか。アキラはそれを今まで何度も考えていた。アキラのつたない知識から多くの仮説が生まれては消えていったが、その中に最近ある言葉がこびりつき始めた。当事者。その言葉だ。


 セランタルビルのセランタルも、ツバキハラビルのツバキも、管理人格ではあるが当事者だ。ツバキは実体を持っている上に、アルファの知り合いだ。アルファはアキラが遺跡攻略を完遂すれば実体化も可能なようなことも言っていた。


 ではアルファはどのような存在なのか。アキラにはアルファにそれを尋ねることはできない。尋ねた場合に失い兼ねないものが大きすぎるからだ。


 アキラは再び湧いた疑問を頭の隅に追いやって遺物収集を再開した。

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