第173話 銃の選択

 アキラはシズカが戻ってくると、微妙な気恥ずかしさを流す理由も兼ねて、気を切り替えて本題に入った。


「シズカさん。新しい銃を買う相談をお願いしたいんですが、構いませんか?」


勿論もちろんよ」


 そこでアキラが少し躊躇ためらうような様子を見せる。


「……ちょっとした要望があるんですけど、無茶苦茶むちゃくちゃな内容だったら忘れてください」


 シズカは少し不思議そうにした後、微笑ほほえんで続きを促す。


「どんな内容でも聞いてみないと分からないわ。だからまずは好きに言ってみて。お客様の無茶むちゃな相談に乗るのも私の仕事よ。期待に応えられるかどうかは分からないけど、誠心誠意努力をして期待に応えるつもりよ?」


 アキラは少し安心した様子を見せて軽くうなずいた後、具体的な説明を進めた。


 話を聞き終えたシズカが軽くうなる。確かに多少無茶むちゃな内容だったからだ。


 CWH対物突撃銃のように強力な特殊弾を使用したい。DVTSミニガンのような連射性能が欲しい。A4WM自動擲弾銃のように擲弾も使用したい。狙撃銃のような長距離精密射撃性能も欲しい。その上でなるべく小型の銃にしたい。現在の強化服で使用できれば問題ないが、できれば重量も抑えたい。それがアキラの要望だった。


「やっぱりそんな都合の良い銃はありませんか……」


 アキラも自分で言って無理があるとは思っていたのだ。うなるシズカの様子を見て取り下げようとする。するとシズカがうなるのを止めて少し複雑な表情で答える。


「有るか無いかという話なら、あるわ」


「あるんだ」


「ええ。その手の万能銃を欲しがる人は結構いるのよ。その需要に応えるってことなんでしょうけど、それなりの企業がその類いの多機能銃を開発販売しているわ。でもね、個人的には余りお勧めできないのよね」


「そうなんですか? でもいろいろできれば便利だと思うんですけど」


 不思議そうにしているアキラに、シズカは珍しく少し顔を曇らせると、まるで意図的に悪い印象を付け加えるように説明する。


「その類いの銃は多くの機能を持たせた結果、大抵高額になるの。その上、性能も万能というより器用貧乏と表現した方が適切になってしまうわ。勿論もちろん、器用貧乏ではなく万能と呼んでも差し支えのない性能の製品も存在するけど、その性能向上の分だけ価格も更に跳ね上がる」


「そんなに価格が違うんですか?」


「さっきのアキラの性能要求を個別の銃で満たす場合、CWH対物突撃銃とDVTSミニガンとA4WM自動擲弾銃とDSS狙撃銃をそろえる必要があるけれど、多機能銃でそれを補う場合、最低でもそれらを全部買った額の倍、下手をすると桁が1つ足りなくなるわ」


「そ、そんなに違うんですか?」


「ええ。高性能な製品ほど単純性能でのコストパフォーマンスは悪くなるとはいえ、流石さすがにお勧めできる値段ではないわね」


 シズカはまず費用面での不評をアキラに植え付けようとした。悩ましい表情を浮かべるアキラを見て手応えを感じながら続ける。


「それにそれぞれの機能を使いこなす為に必要な技量も個別の銃より高くなるわ。十分に使いこなせるようになるまでに掛かる期間も延びてしまうから大変なの」


 アキラが更に難しそうな表情を浮かべる。シズカが畳み掛けるように続ける。


「仮に短期間で完全に使いこなせるようになったとしても、個別の機能の銃を全部活用した場合より火力も自由度も下がるわ。さっき言った4種類の銃を4人で1挺ずつ持った方が火力も自由度も間違いなく上よ」


 アキラはシズカの説明を聞いてうなっている。シズカは表面上では客の期待に応えられない申し訳なさを出しながら、内心ではこれでアキラが意見を変えるのを少し祈っていた。


 そこにサラが軽い口調で口を挟む。


「ねえアキラ。長距離狙撃がしたいのなら、追加で狙撃銃を買えば済む話だと思うんだけど、それじゃあ駄目なの?」


「いえ、俺はもうCWH対物突撃銃とDVTSミニガンとA4WM自動擲弾銃を持ち歩いているんで、更に比較的大型の銃をもう1ちょう持ち歩くのはちょっといろいろ無理があるというか……」


「そういえばアキラはセランタルビルでも頑張っていろいろ持ち歩いていたわね。私だってその手の銃を持ち歩くのは2ちょうまでに抑えているのに」


 サラが少し楽しげに苦笑していると、アキラが少し気恥ずかしそうに苦笑を返す。


「それはその、折角せっかく買ったんだからいつでも使えるように持ち歩いておきたいっていうか、車とかに置きっぱなしにするのも勿体もったいないじゃないですか。それに火力はあって困るものじゃありませんし、それぞれの銃には使い道があって、どれか1ちょうで他の銃を補えるものでもありません。でも流石さすがにもう1ちょう追加で持ち歩くのは無理があるって思ったので、いっそ全部の機能を兼ね備えた銃でもあれば良いなと思ったんですよ」


「それはそうだけど、普通あれはどれも用途が異なるからって複数持ち歩くような銃器じゃないと思うけどね。それだけの火力や機能が必要な遺跡に行くのなら、私達に声を掛けてくれれば付き合うわよ? ミハゾノ街遺跡では私に付き合ってもらったからね。私達にも予定があるからいつでもすぐにって訳にはいかないけど、先に言ってくれれば調整するから。……エレナが。エレナ。大丈夫よね?」


 安請け合いかつ事後承諾。サラはエレナがその辺りの調整に気を使っており、急な予定の割り込みが発生すると結構不機嫌になることを思い出して軽く慌てていた。


 エレナが機嫌を損ねずに笑って答える。


「大丈夫よ。アキラにはミハゾノ街遺跡でセランタルビルへの突入なんかに付き合わせてしまったし、予定の調整にも多少の無理は利かせるわ」


 サラが軽い安堵あんどの様子を見せる。エレナはそれを見て軽く苦笑した後、アキラに機嫌の良さそうな微笑ほほえみを向ける。


「そういう訳だから、人手が必要なら遠慮無く言ってちょうだい」


「ありがとう御座います。その時はお願いします」


 アキラが軽く笑ってエレナ達に頭を下げた。シズカがそれを見て笑ってアキラに提案する。


「それでアキラはどうするの? エレナ達と一緒に遺跡に行くのなら、やっぱり多機能銃はお勧めしないわ。エレナ達の武装に合わせて持っていく銃を選べば済むからね。新しい銃の見積りは狙撃銃の選定に変更する?」


「あ、いえ、やっぱり多機能銃で検討をお願いします。エレナさん達の予定に割り込むと迷惑になりますし、俺はなんというか、その日の気分どころか、その時の気分で動くことが多いし、結構予想外の事態に巻き込まれたこともあるんで、それがあればどんな状況でもそれなりに何とかなる銃があれば便利だとも思っていたんです。だからまずは多機能銃で見積りをお願いします。いえ、頼んでおいて何ですけど、結構高そうだし、俺に買えるかどうかは別の話ですけど」


「……。そう。分かったわ」


 シズカはほんの一瞬だけ僅かにかなしそうな様子を出した。だがそれをアキラに気付かれる前にすぐに愛想良く微笑ほほえんで接客を続ける。客が要望している以上、シズカもこれ以上はそれを無視できない。


「それでアキラ、予算はどれぐらいになるの?」


「10億オーラムぐらいを上限にお願いします」


 アキラは余りよく考えずにそう答えた。そして少し驚いているシズカを見て、慌てて首を横に振る。


「いえ、そんな金はないです。ただ、まだ具体的な予算は決まっていませんけど、金をめて買うにしても性能と代金の目安が事前に分かっていれば、今後の予算も検討しやすくなると思っただけです」


「それなら、その10億オーラムって数字を出した理由を聞いても良い?」


「前にエレナさん達と一緒にミハゾノ街遺跡のハンター稼業で稼いだ額が5億オーラムだったので、取りあえずその倍にしてみました」


 アキラが前回5億オーラムを稼いできたことを考えれば、10億オーラムもそこまで非現実的な数字ではない。そして10億オーラムは性能等を把握するための予算上限であり、すぐにその額を稼げるとも支払えるとも考えていない。シズカはアキラの態度からそれを察して納得して安堵あんどした。


「ああ、そういうことなのね。ちょっと驚いたわ」


「驚かしてすみませんでした。でもまあ、多分10億オーラムあったら強化服の再調達も含めて装備も整え直すでしょうから、銃の予算として出すのは変でしたね。……買った装備に後悔はないですけど、バイクを買ったりして5億オーラムはもう全部使ってしまいました。車も買わないといけないのに。5億オーラムなんて大金を持っていたのに、それでも足りないと思う日がくるなんて、改めて考えると自分でもちょっと驚いています」


 アキラが少し複雑な表情で苦笑すると、シズカ達も笑って返した。そしてその後ハンターとしての金の使い方などを話の種にしてしばらく談笑していた。


 雑談の内容が移り変わり、ハンターの装備品の話題になる。アキラはそこで自分のリュックサックの破損状態を思い出して新しいリュックサックを購入した。


 選んだリュックサックは防護服並みの防護性能を持つ非常に丈夫な製品で、容量の可変幅も大きく、中身が空の時はかなり小さく折り畳める品だ。シズカの店で即購入可能な製品では最高品質の品で、値段は300万オーラム。アキラはそれを複数購入した。


 シズカが一応確認を取る。


「アキラなら買える値段だとは思うし、高価な遺物を持ち運ぶハンターならそれだけの金を掛けるのは大切だと思うけど、本当にそれで良いのね? もっと安いものもあるのよ?」


「はい。前に中身の遺物を駄目にしたことがあって、最近もかなり焦ったことがあったので、これを機にしっかりしたものに買い換えます」


 アキラは新品のリュックサックを見てうれしそうに笑っていた。セランタルビルでは4000万オーラムの遺物を駄目にした。ツバキハラビルからの帰りでは、折角せっかく持ち帰った遺物を全て駄目にするところだった。それを考えれば安い買物だ。そう判断して満足そうに笑っていた。




 用事を済ませたアキラが帰り、店の中はまたシズカ達だけになった。


 サラはアキラに軽く手を振りながら笑って見送っていたが、その姿が見えなくなると表情を少し真面目なものに変える。そして雑談の話題をアキラが居てはできなかったものに変えた。


「それにしても、アキラはあの遺物をどこで手に入れたのかしらね」


 軽く聞けば済んだ話かもしれない。だがサラはそう思いながらも意図的に尋ねなかった。高価な遺物の入手先はハンター稼業の重要な要素だ。それを尋ねるのだ。相手と相応に親しい必要がある。


 サラもそれを尋ねただけで相手の機嫌を大幅に損ねるほどアキラと不仲なつもりはない。だが先日の件もあって少々慎重に考えていた。


 サラは先日の件をアキラに謝りたかったのだが、それはシズカに止められていた。謝罪自体が先日の件を蒸し返す行為になり兼ねない。謝るにしてもしばらく時間を置いて、アキラの中で先日の件が十分風化して、取るに足らない出来事になるまで待った方が良い。そう勧められていた。


 エレナがアキラの購入品を思い出しながら推測する。


「高性能なリュックサックを複数。それにアンチ力場装甲フォースフィールドアーマー弾を2発。アキラはそれを悩みもせずに買っていったわ。つまりその経費を十分妥当だと判断したってこと。もしかしたら、また未調査の遺跡でも見付けたのかもしれないわね」


 エレナの表情が僅かにゆがむ。


(もし10億オーラムの予算の根拠が、前回の稼いだ額の倍ということではなく、未調査の遺跡を見付けてそれぐらい稼げそうだと判断したからだとしたら……。そしてアンチ力場装甲フォースフィールドアーマー弾が必要なほど強力なモンスターと遭遇したのだとしたら……。サラはアキラに追加戦力を申し出たけど、あの様子だと私達にそれを頼むかどうか……)


 アキラは以前にヨノズカ駅遺跡の存在をエレナ達にあっさり教えたが、また未調査の遺跡を見付けたとしても以前のように自分達には教えたりはしないだろう。先日の件で恐らく信頼は落ちている。それを抜きにしても、ヨノズカ駅遺跡を自分達に教えた途端、すぐに他のハンター達に遺跡の位置が知れ渡ったのだ。警戒されても不思議はない。エレナはそう判断していた。


(下手をすると、軽く聞いただけで入手元を探っていると判断されかねないわね。アキラの方から言い出さない限り、不用意に触れない方が良いか。稼げそうな遺跡探索にでも誘って、一緒にハンター稼業にでも精を出して信頼の回復に努めたいところだけど……)


 以前、比較的楽に稼げるハンター稼業だと思ってアキラをミハゾノ街遺跡に誘ったが、予定外の事態だったとはいえセランタルビルへの突入依頼に付き合わせる結果になってしまった。アキラがそれを有益なハンター稼業だったと判断しているかどうか。今となってはかなり微妙だ。信頼の欠ける者からの誘いなど普通は警戒して断る。命賭けのハンター稼業なら尚更なおさらだ。


 エレナは交渉役としてアキラの自分達への評価を客観視しようとする。だが邪推と願望が入り交じり思うように定まらず、少し顔を険しくさせた。


 シズカは上機嫌とは呼べないエレナ達の様子を見て、顔を曇らせる理由を何となく察していた。


「エレナ。サラ。アキラが持ち込んだ遺物だけど、良かったら作業を手伝ってもらえないかしら。私の方でも業者を探すけど、エレナ達も伝は持っているでしょう? 十分な額になれば、私もアキラに高性能な装備を勧めやすいわ」


 サラが顔をほころばせる。


「ああ、それなら私がある程度買うわ。予備の下着は補充しておきたいし」


「言っておくけど、常連だからって安値で売ったりしないわよ?」


「分かってるわ。大丈夫よ。相場より高値で買うわ。それでも他の業者を通して買うよりは安いしね」


 エレナが笑って口を挟む。


「それなら私はその相場を引き上げるために、高値で買ってくれそうな業者をしっかり探しましょうか」


「ちょっとエレナ。相棒でしょう? 少しぐらい手心を期待してもいいのよね?」


「大丈夫よ。他の業者から買うよりは安いんでしょう? サラの買取額は、業者との交渉時に買取額引上げのカードにしてあげるわ」


 エレナとサラが冗談交じりに笑い合った。


 シズカが微笑ほほえみながら思案する。


 エレナ達がアキラの遺物の買取額を引き上げれば、それを自分が伝えれば、エレナ達への信頼も少しは回復するだろう。アキラがエレナ達に助力を頼む障壁も弱まるはずだ。そうすれば、アキラが欲しがる装備品の嗜好しこうも変わってくるはずだ。


 アキラに多機能銃を勧めなかった説明にうそはない。だが一番の理由は話していない。それはアキラが多機能銃を十全に使いこなせるようになれば、他者へ助力を求める意識を更に下げるかもしれないという懸念だ。


 アキラは自分一人で全ての事態を打開する装備を欲している。多様性に富んだすきのない装備を求めるのは、自身の弱点を補う他者の存在を無意識に除外しているから。基本的に協力者という概念が欠如しているからだ。


 他者は敵か、敵ではない誰かのどちらかであって、味方ではない。自分を助ける者ではない。アキラにはその意識が染みついている。シズカはそれを見抜いていた。


 恐らくアキラは誰かを助けても、そこに見返りは求めない。ただしそれは美談や無欲、優しさからではない。互いに助け合うという意識が欠けた結果にすぎない。だから相手への見切りも早い。初めから一方的なものでしかなく、所詮は独り善がりな思考にすぎないからだ。シズカはそう予想していた。


 いつかアキラにも助け合う誰かが出てほしい。それが自分でも、自分ではなかったとしても。シズカはそう願っていた。




 アキラは今日もヒガラカ住宅街遺跡に来ている。そして先日と同じように遺跡内での索敵や隠密おんみつ行動、素早く効率的な遺物収集を含めた遺跡探索訓練を実施していた。


 アキラは訓練だと割り切らなければ少々甲斐がいに欠ける行為に少し辟易へきえきしていたが、しばらく続けているとその緩みも消えていた。代わりに少し怪訝けげんな表情で周囲の状況を探る。


『……アルファ。何か、少し人が多くないか?』


『確かに多いわ。アキラから少し距離を取って遺物収集作業をしているわね』


『やっぱりか』


 アキラは訓練の一環でモンスターや他のハンターの位置を情報収集機器で探り、それらと遭遇しないように、自分の位置を探られないように移動し続けていた。それは先日もしていたことだが、今日は近付かれる頻度が多く、その所為で遺物収集もはかどらない状態だった。


『ここってもうかなり寂れた遺跡だろう? 何でこんなにハンターがいるんだ?』


『場違いに高価な遺物を見付けたハンターのうわさでも聞きつけたのかもしれないわね』


『……俺か』


『そういうことよ』


 アキラは少し険しい表情で黙った後、近くにめていたバイクにまたがった。


『アルファ。今日はもう帰る。ちょっと確認したいこともできたしな』


『分かったわ』


 アキラはそのままその場から立ち去った。するとかなり距離を取ってアキラの位置を大まかに確認していたハンター達が現れる。そしてアキラが遺物収集作業をしていた場所を入念に調べ始めた。




 アキラはクガマヤマ都市まで戻ると、そのままカツラギのもとに向かった。店番をしていたカツラギが近くでバイクをめたアキラに気付く。


「アキラか。ああ、注文していた回復薬なら届いてるぞ。今日も買取か? ……一応聞くが、まさか、またあんな代物を持ってきたのか?」


「取りあえず回復薬は受け取る。それとは別に、ちょっと聞きたいことがある」


「何だ?」


 アキラはカツラギにヒガラカ住宅街遺跡での出来事を話した。寂れていたはずの遺跡にハンターが急に増えたこと。彼らが明らかに自分を尾行や監視するように行動していたこと。それらを暗に疑っているように説明した。


 しかしカツラギは動揺もなくあっさりと答える。


「だろうな」


「だろうなって……」


 カツラギの容疑をあっさり認めたような態度にアキラが逆に意外そうな様子を見せていると、カツラギは軽いあきれすら感じられる態度を出した。


「言っておくが、俺はお前が旧世界製の情報端末を買取に持ち込んだことを吹聴ふいちょうなんかしてないぞ。考えてもみろ。もし俺がそんなことを言い触らして、お前が他のハンターにそれらの遺物をさらわれるような事態になったら、損をするのは俺だ。さらわれた分だけ俺の店に持ち込まれる遺物が減るんだからな」


「それはまあ、そうだけど……」


 アキラが微妙な納得の様子を見せていると、カツラギがあからさまにあきれたようにめ息を吐く。


「こんなことを言うのは何だが、お前はあれを2度も持ち込んだ影響ってのを全く分かってないようだな」


「影響って、遺物の買取を頼んだだけだろう?」


 カツラギがまたれ見よがしにめ息を吐く。


「お前、実力の方はそこらの連中を軽く超えているくせに、ハンターとしてのそっち側の知識や経験は駆け出し並みだな」


「悪かったな」


 アキラが少し不貞腐ふてくされると、カツラギが少し豪快に笑った。


「良いだろう。上客に疑われるのも面倒だし、この際だ。じっくり説明してやる」


 カツラギはアキラをトレーラーの従業員控えの部分に入れると、前のように飲物を用意してテーブルに向かい合って座った。そして詳細な説明を始めた。


 アキラが持ち込んだ旧世界製の情報端末は品質も良く、クガマヤマ都市の周辺にある遺跡ではそう簡単には見付からない代物だった。それをアキラのような低ランクのハンターが2回も買取に持ち込んだ意味は大きい。


 1回だけなら幸運を使い切って偶然見付けたのだと片付けることもできる。しかし2回目が存在すると推測の幅が広がるのだ。遺物価値を知らない者が偶然適当に持ち帰り、あるいはその価値を知らない者が必死に集めて持ち帰り、再び探しに行ってまた見付けてきた可能性が出てくるからだ。


 それは高額の遺物がまだまだ眠っている遺跡の存在を示唆する。同じ遺跡内の近い場所から同程度の価値のある遺物が見付かることは多い。


「俺が鑑定に呼んだやつらは、お前が旧世界製の情報端末を2日続けて買取に持ち込んだのをじかに見ている。半信半疑でも動くやつは動く。あの遺物にはそれだけの価値はある。だがその程度では過剰な反応だとも言える。これは俺の勘だが、お前、別の遺物を他所に持ち込んだんじゃないか?」


「……あれは衣類系の遺物だ。関係ないはずだ」


「甘いな。衣類系の遺物でも高い物は高い。旧世界製の情報端末ぐらい高価ではなかったとしても、3日連続で高価な遺物を持ち込んだ事実があれば十分だ」


「……その時に跡をつけられていたとは思えない。遺物を持ち込んだ店や、売った遺物の内容なんて知られていないはずだ」


「甘い。お前が遺物をどこの店に持ち込んだのかは知らんが、ハンターオフィスの提携店ならその手の情報はすぐに広まる。というよりも、提携店ならハンターコードとひも付けて該当のハンターや持ち込んだ遺物の内容を検索できるんだよ。逆にその手の情報を隠したいやつが非提携店とかに遺物を流すんだけどな。てっきりお前もその口で俺やシェリルのところに遺物を持ってきたと思えば、違ったのか」


「そういうことだったのか……」


 アキラは自分の失態を嘆きながら、同時に安堵あんどもしていた。少なくともシズカの店から情報が意図的に流れた可能性はなくなったからだ。恐らくシズカの店は提携店で、普段の業務通りに買取情報が登録されて、その情報を誰かが参照したのだ。自覚すら怪しい僅かな懸念が消えたことで、アキラは僅かに機嫌を戻していた。


「でもそういう情報が登録されると、それを嫌うハンターがハンターオフィスの買取所とかに遺物を持ち込まなくなるんじゃないか?」


「高ランクのハンターならハンターオフィスに頼めばその手の情報の閲覧制限を頼んだりできるんだよ。高ランクハンターの特権ってやつだ。そういえば、お前のハンターランクは?」


「確か、29だ」


 カツラギが軽くあきれながら意外そうな表情を浮かべる。


「お前の装備や実力でそのハンターランクの低さは最早もはや詐欺だな」


「……詐欺か」


 アキラが苦笑する。アキラの実力はアルファのサポートに依存する部分が大きい。自身の実力ではないという意味では、確かに詐欺も同然だからだ。


 カツラギはその後もしばらく説明を続けた。


 ヒガラカ住宅街遺跡を突き止められた理由は、クガマヤマ都市の周辺でハンターランク29程度の実力でも彷徨うろつける遺跡に網を張った結果だ。そうすれば尾行するまでもなくある程度絞り込める。それなりに金は掛かるだろうが、旧世界製の情報端末などが眠っている場所を見付けた場合の利益を考えればはした金だ。


 アキラはカツラギからそう説明されて、自分が遺物を持ち込んだことはそれなりの騒ぎになっていると認識を改めた。


「まあ、こんなところか。強いて言えば、俺が呼んだ鑑定人達から情報が漏れた可能性は確かに高いだろう。だがそれを俺の不手際にしてもらっては困る。俺は連中を呼んでも良いか、お前にちゃんと確認を取ったんだからな」


「分かってるよ。俺もそこまで文句を付ける気はない」


 カツラギは少し満足げにうなずいた。そして何げない風に装って尋ねる。


「……それで、今日は買取はなしか?」


 アキラが新調したリュックサックを開いて、買取を頼む遺物をテーブルの上に置いた。旧世界製の情報端末が再び6個並べられた。するとカツラギが含み笑いを抑えきれないように楽しげに笑い出した。


「……これで4日連続ってわけか。持ち込んだのがお前じゃなければ、本当に何かの詐欺を疑うところだ」


「別に無理に買い取れとは言わない」


「そう言うなよ。それで、この遺物の入手元はヒガラカ住宅街遺跡なのか? まだまだ見付かりそうなのか?」


 アキラが素っ気なく答える。


「どっちも答える義理はないな」


 カツラギは笑いを抑えながら応対している。


「御もっとも。一応また確認するぞ? 鑑定人連中をここに呼んでも良いか?」


「今更だ。好きにしてくれ」


 カツラギは投げりにも見えるアキラの態度に笑いを大きくしながら手配を進めた。その後、遺物は7000万オーラムで買い取られた。事前に資金調達を調整していたおかげで、買取用の資金に問題は出なかった。


 カツラギはうそは吐いていない。遺物を持ち込んだ者がアキラだと吹聴ふいちょうはしていないが、自分がそれだけの価値のある遺物を入手できるハンターとつながりを持っていることは暗に広めていた。有能なハンターとの伝を持っていることは、カツラギのような商売人にとって大きな利点であり、匂わせるだけでも商売上有利に働くことが多いからだ。


 アキラは嘘は吐いていない。遺物の入手元はヒガラカ住宅街遺跡。同様の遺物がまだまだ見付かりそう。それが発覚して投げりになっている。そうカツラギが勘違いしたとしても、アキラは全く困らない。勘違いを正してやるほどの付き合いではないからだ。

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