第164話 抗争終結

 アキラがカツヤ達を追ってやかたの中を走っている。途中で遭遇した敵には両手に持ったAAH突撃銃とA2D突撃銃で対処している。アルファの指示で持ち替えたのだ。威力の低い銃に変えた所為で、敵の対処に少し手間取っていた。


『なあアルファ。強化服が使えるようになったのに、何でこっちを使うんだ?』


『派手な銃を使うと発砲音とかで敵を引き寄せやすくなるからよ。更に敵もアキラを非常に手強てごわいと判断するわ。そうすると恐らく自分達でアキラを倒すのを諦めて、あの黒い機体に全部任せようとする可能性が高くなるのよ。少々手子摺てこずるけれど時間を掛ければ何とかなる。敵にはその程度の判断を保ってもらった方が都合が良いのよ』


『でもその分だけ俺の移動も遅れるだろう? このままだとあいつらに逃げられるんじゃないか?』


 アルファは余裕のある微笑ほほえみを浮かべている。


『大丈夫よ。あっちは足手まとい付き。だからそんなに早く移動はできないし、火力を抑える余裕もない。だから派手に戦って敵に発見されやすくなっているはず。その上で素早い移動も難しい。じきに追いつけるわ』


 アキラは納得してそのままAAH突撃銃とA2D突撃銃で戦い続けた。


 アルファはうそは言っていない。しかし全ては語っていない。AAH突撃銃等の銃弾の威力なら仮にカツヤとアルナを一緒に銃撃しても、2人の装備の差でアルナだけを殺せる可能性が高くなる。アキラがその事情に気付くことはなかった。




 カツヤがやかたの一室の出入口から半身を出して、大型の銃を廊下の先にいる敵に向けて乱射している。敵味方の銃声に混ざって敵の悲鳴や怒号が響いている。


 カツヤは追い込まれていた。表情は険しくゆがみ、口からは苦境に対する愚痴や弱音とも取れる短い言葉が漏れていた。アルナと一緒に館内を進んでいたが、強化服等の身体能力の補強もなく、戦闘等の訓練も受けていない人間を連れての行動には移動速度に限度がある。その上ロゲルトの指示で周囲に敵が集結しているのだ。その敵の攻撃からアルナをかばいながらの戦闘では、カツヤとはいえ苦戦を強いられていた。進行方向を敵に遮られた上に退路まで塞がれてしまい、今はアルナを部屋の中に避難させてその場で応戦するのが精一杯だった。


 アルナはそのカツヤを悲痛な表情で見ていた。あの日偶然すがったお人しは、あの時も、そして今も、必死になって自分を守ってくれている。その思いが都合の良い他人を最愛の人に変えていた。その最愛の人が自分の基準では軽い口約束のような淡くもろい理由に何の打算もなく命を懸けている。それを感じ取ったアルナはカツヤへのおもいを強めていた。


 そして、アルナの中で何らかの基準が切り替わった。


「……カツヤ。もう良いわ。ありがとう」


 カツヤが怪訝けげんそうな表情を浮かべる。


「もう良いって、何がだ?」


「私を助けに来てくれて、本当にうれしかった。カツヤはもう十分私を助けてくれた。もう十分よ」


「だから、何の話……」


「私を置いて逃げて。足手まといがいなければ、カツヤだけなら、逃げられるんでしょう?」


 カツヤが驚きの表情を浮かべる。アルナは悲痛に微笑ほほえんでいた。


「何を言ってるんだ。大丈夫だ。心配するなって。あんまり変なことを言うと怒るぞ?」


 カツヤはアルナを心配させまいとえて軽い口調で答えた。だが逆にアルナはそれで笑顔を消してしまった。ただ悲痛な表情で涙をこぼしながら懺悔ざんげする。


「ごめんなさい。私、カツヤにずっとうそを吐いてた。……盗んだの」


「えっ?」


うそを吐いていたのは私の方なの。私は本当にあのアキラってハンターの財布を盗んだの。それがバレて、追いかけられて、必死に走って逃げて、その先でカツヤと会って、守ってもらうためにカツヤをだましたの。……本当に、ごめんなさい」


 衝撃を受けているカツヤを見て、アルナは悲痛な、複雑な笑みを浮かべた。


 アルナは親身になって自分を助けようとしてくれるカツヤに罪悪感を覚えていた。しかし本当のことを話せば必ず見捨てられる。そう考えてずっと打ち明けられなかった。後ろめたく思いながらも、カツヤに助けてもらえる喜びを捨てられなかった。


 しかしアルナはより深くカツヤを愛したことでその考えを改めた。自分の命よりカツヤの命を優先させた。自分の所為でカツヤが死んでしまう。もうアルナにはそれが耐えられなかった。


「私に……、カツヤに守ってもらう価値なんかないの……。だから、もう良いの」


 見捨てられるために、切り捨てられるために、アルナは全てを打ち明けた。それでもカツヤに嫌われて平気なわけではない。打ち明けた後は全てを失ったように項垂うなだれ、自業自得だと乾いた笑みを浮かべた。


 カツヤがそのアルナを見て、強い決意を込めて宣言する。


「それでもだ!」


「……えっ?」


「言っただろう? 助けるって約束したって。理由はそれで十分だって。その程度のことでその約束を取り消したりはしない」


 カツヤがひどく困惑しているアルナを元気づけるように笑う。


「それに、まあ、ほら、ハンター稼業は信用も大切で、俺はすごいハンターを目指してるんだ。だから、変な言い方だけど、たとえアルナがうそを吐いていたとしても、俺は約束を守る。そのためにもアルナを死なせたりしない。アルナが嫌がっても勝手に守るからな」


 アルナは僅かに震えていた。込み上げる思いに打ち震えていた。


「あと、確かにスリは悪いことだけど、それで殺されるほどとは思わない。あいつとは俺が何とか話を付けてやる。だからアルナも自棄やけになったりするなって。大丈夫だ。約束する。俺を信じてくれ」


 カツヤはそう言って優しく笑った。アルナは泣きながら何とか笑顔を浮かべて黙ってうなずいた。


 次の瞬間、何かを感じたカツヤがその場から大きく飛び退いた。




 黒い機体がやかたの外から巨大な銃を構えてカツヤを狙っている。ロゲルトは機体の情報収集機器と部下から送信されてきた情報を元に敵の位置を割り出していた。大まかな位置ではあるが、構えている銃の威力から考えれば然程さほど問題はない。


「ガキが! いやがったな! 死にやがれ!」


 ロゲルトが憎悪を込めて機体を操作する。巨大な発砲音とともに戦車砲に匹敵する弾丸がやかたに撃ち込まれる。弾丸は外壁と複数の内壁を貫通して、やかたの奥まで続く巨大な穴を穿うがった。




 部屋を貫通して壁に大穴を開けた巨大な弾丸をかわしたカツヤは、その破壊の跡に驚愕きょうがくしながらすぐにアルナの安否を必死の形相で確認する。


「アルナ! 大丈夫か!?」


 アルナは床にへたり込んでいるだけで怪我けがもなく無事だった。余りのことに表情を硬直させ、カツヤの呼びかけに返事をする余裕もない状態だったが、大きく何度もうなずいてカツヤに無事を知らせる。


 カツヤが無事なアルナを見て表情を緩めた次の瞬間、その表情が驚愕きょうがくで固まった。巨大な弾丸が開けた壁の大穴の、やかたの内側の方からアキラが飛び込んできたのだ。突然の事態の連続がカツヤに生み出した僅かな硬直。それが場の結果を決定づけた。


 アキラが左手の銃を乱射してカツヤを見もせずに牽制けんせいする。アキラの視線は右手の銃の銃口の先、アルナに向けられている。濃縮された時間の中でアキラとアルナの目が合う。引き金が引かれ、アルナは全身に銃弾を浴びた。カツヤにその攻撃を止める術はなかった。


 アキラはそのままカツヤに牽制けんせい射撃を続けながら室内を駆け抜けると、やかたの外側の方の大穴を抜けて部屋から脱出した。カツヤは半ば唖然あぜんとしながらアキラを見送ってしまった。


 放心状態に近いカツヤを我に返させたのは、アルナの小さなうめき声だった。それが耳に届いた瞬間、カツヤはアルナに駆け寄った。そしてほぼ無意識にアルナの負傷を確認する。致命傷だが即死はしない。被弾箇所は意図的にそうなるように散らされていた。カツヤにはそこまでは分からなかったが、辺りに飛び散り、今も床に広がっている鮮血を見れば、あと僅かな命であることぐらいは理解できた。


「……か、回復薬を!」


 カツヤが手持ちの回復薬を取り出そうとする。だが壁の穴の向こうから敵の気配を察知すると、反射的にそちらに銃口を向けて引き金を引いた。穴のそばから室内を銃撃しようとしていた者達の悲鳴が響いた。


「邪魔するな!」


 このままでは治療もできない。そう判断したカツヤはアルナを片腕で抱えると、敵へ牽制けんせい射撃を続けながら、何とかその場を離れようとする。アキラが飛び込んできた方向ならば敵はいないだろう。そう判断してアルナをかばいつつ、牽制けんせい射撃を続けながら駆けだした。


 アルナは出血により凍えるような寒さを感じていた。自分はじきに死ぬ。もう助からない。それを何となく理解しながらも、恐怖は感じていなかった。最愛の人に抱き締められている喜びと、もうその人の足を引っ張らずにすむという安堵あんどの方が強かった。かすんでいく視界の中には必死に戦っている最愛の人の顔が映っている。その顔に改めて見れながら、その顔がかすんで消えていくことを残念に思う。


 ひどく寒い。最後にせめてぬくもりを感じたい。アルナは最後の力を振り絞ってカツヤの頬に血まみれの手を添えた。それに気付いたカツヤが必死に呼びかける。だがアルナにはもう何も聞こえていなかった。それでもてのひらから伝わる確かなぬくもりを感じて、幸せそうに微笑ほほえんだ。


 アルナの手がだらりと落ちる。最愛の人に抱き締められながら、アルナはその短い生涯を終えた。


 カツヤがアルナの死を悟る。たとえまだ手遅れではなかったとしても、敵と戦いながらでは治療など不可能だと理解する。カツヤは悲痛な表情でアルナを床に静かに降ろした。


 カツヤの絶叫がやかたに響いた。その声が消えた後、カツヤの表情にはアルナを救えなかった理由への憎悪が満ちていた。そしてその理由を消すために、その類いまれな才能を発揮した。


 ロゲルトの指示でその場に集結した者達は、突然別人のように強くなったカツヤに驚きながらも何とか応戦する。だがその優位は決定的に逆転していた。やかたに無数の銃声と悲鳴が響いていく。それが消えるのは時間の問題だった。




 アキラはロゲルトの機体が放った弾丸が開けた穴を通って一度館の外に出ると、強化服の身体能力をかしてやかたの屋上まで飛び上がり、そのまま反対側まで走り抜けた。そして屋根から飛び降りて庭に降りると、拠点の外に向けて全力で走り出した。


 シェリルを助け、アルナを始末した。もうここにとどまる理由などない。後は脱出するだけだ。エゾントファミリーに喧嘩けんかを売った所為でいろいろな面倒事が発生するだろうが、そんなことは後回しだ。脱出してから考えれば良い。アキラはそう決めて、必死に走っていた。


『アルファ。一応確認するけど、あのスリ、助からないんだよな? 手遅れなんだよな?』


 アキラはアルファの指示通りにアルナを銃撃した。アキラもあれなら普通は助からないと思っている。だが下半身を失っても死なずにすむような治療方法や、非常に高価な回復薬など、その普通を覆す手段に心当たりがあるため、少し不安が残っていた。


 アルファが笑って答える。


『心配性ね。大丈夫よ。確かに高価な回復薬を全身の負傷箇所に適切に迅速に投与して治療すれば助かる可能性は高いわ。でも彼があの状況でそれを実行するのは不可能よ』


『でもわざわざ致命傷にする必要はあったのか? 頭でも撃って即死させた方が確実なんじゃ……』


『例えば彼女の頭を吹っ飛ばして即死させると、つまり彼の目にも分かりやすく手遅れの状態にすると、彼がその場にとどまらずにアキラを殺しに来る可能性が高まるわ。その防止よ。たとえ手遅れでも、まだ生きていれば、そっちを優先する可能性が高いからね』


『それならあいつも殺すなり負傷させるなりすれば良かったんじゃないか? あのタイミングなら殺せないまでも負傷させるぐらいはできたはずだ』


『そうすると残りの敵がアキラに集中するわ。最悪の場合、アキラ1人であの黒い機体と他の武装構成員全員を相手にすることになるのよ?』


『そう言われれば、そうだな』


 アキラはそれで納得して、アルナに確実な止めを刺せなかった不安と不満を解消した。


『彼女が死んだ後に彼がアキラを追おうとしても、周囲の敵を無視はできないわ。彼にはあの場で頑張って時間稼ぎをしてもらって、私達はその間に逃げれば良いのよ』


 アキラが走りながら後ろを見る。その先に見えるやかたでは、カツヤが多数の敵と黒い機体に襲われているはずだ。その光景を想像して、大変だな、と他人ひと事のように思った。


『……まあ、あの敵の半分が俺を追ったとしても、あの機体はこっちに来られないからな。悪いけどあいつには頑張ってあの機体の相手をしてもら……』


 アキラの表情が引きる。やかたを挟んで反対側にいるあの機体が自分を追うためには、やかたを大きく迂回うかいする必要がある。だからあの機体がこちらに来ることはないし、仮に来たとしても迂回うかいする時間で十分逃げられる。そう思って安心していたのだが、視線の先にはそれを覆す光景があった。黒い機体がやかたの屋上に立っていたのだ。


うそだろ!?』


『機体の出力で無理矢理やり屋上に上がったようね。流石さすがに重量の所為で武装の大部分を捨てたようだけれど。機体から銃や予備の弾薬は全て外しているわ。武装はあの近接装備だけよ』


『そういう問題か!?』


 黒い機体が屋上から飛び降りて地響きを立てて着地する。そして両脚から駆動音を響かせながら地面を滑るように移動して、一直線にアキラを目指した。


 機体の外部スピーカーからその形相を容易に想像させるロゲルトの声が響く。


「ガキが! 逃がすとでも思ってるのかよ!」


 黒い機体が高速移動しながら巨大なチェーンソー型の近接装備を構える。無数の巨大な刃がうなりを上げている。


 アキラが身体への負荷など知ったことかと強化服の出力を上げながら、負荷による両脚の激痛を黙殺しながら全力で必死の形相で走る。だが高速移動機能を備えた人型兵器の移動速度と張り合うのは無理があった。アキラと黒い機体の距離がどんどん狭まっていく。


『アルファ! 何とかならないか!?』


 アルファはアキラの必死の形相とは対照的に少し険しい表情を浮かべるだけにとどめていた。そしてアキラには予想外のことを平然と言い放つ。


『仕方がないわ。迎え撃ちましょう』


無茶むちゃ言うな!?』


 アキラが思わず表情をゆがめてアルファを見ると、アルファは笑顔を返した。


『覚悟を決めなさい。少なくともこのまま走り続けるよりは生存率が高いってことは私が保証するわ』


 アキラが苦笑する。


『分かったよ! 覚悟を決めれば何とかなる程度のことなら、幾らでも覚悟を決めてやる! そっちは俺の役目だからな!』


『それ以外は私の役目ね。そっちは任せなさい。時間がないわ。追いつかれる前に準備を済ませるわよ』


 勢いよく走っていたアキラが慣性で地面を滑りながら強引に急停止する。同時にCWH対物突撃銃の弾倉を別のものに取り替えると、邪魔になるCWH対物突撃銃、A4WM自動擲弾銃、DVTSミニガンを地面に投げ捨てた。


 そしてやかたで手に入れた折り畳み式のブレードを両手で握る。折り畳まれていたブレードが展開されると、刃が青白く輝き始めた。


 アキラの視線の先では、黒い機体が高速で移動しながら巨大なチェーンソー型の近接装備を振り上げている。アキラはそれを見ながら、大きく呼吸して構えを取り、覚悟を決めた。


 ロゲルトが機体の中で絶叫する。


「くたばりやがれ!」


 黒い機体が移動の勢いを乗せて巨大な刃を振り下ろす。アキラは限界まで圧縮した体感時間の中で、構えた刃を全身全霊でぎ払った。


 互いの刃が接触した瞬間、アキラが持つ刃から強烈な青白い光が放たれ、その刀身がちりとなり光となって消滅した。同時に刃の接触時の強い衝撃でアキラが後方にはじき飛ばされた。


 そしてアキラの一撃は、あれほどの勢いに加えて人間と人型兵器の体格差にもかかわらず、黒い機体を僅かに後方に蹌踉よろけさせた。


 本来ならばアキラが一撃で木っ端微塵みじんになっても全く不思議はない。それを覆した要素は大きく2つ有った。1つは長時間の戦闘で多数の人型兵器を破壊したことによりエネルギーを消費した所為で、機体の出力が大分低下していたこと。そしてもう1つはアルファがブレードの制御装置を完全に書き換えて、ブレードを使用回数1回限りの完全な消耗品に変更していたことだ。


 ブレードの強度と切れ味を保つためのエネルギーは、制御装置の変更により刃の耐久力をはるかに超えて極めて効率的に、効果を一瞬に限定的に集中させた上で破壊力に変換され、刀身をちりより細かく粉砕させながらも、人型兵器の近接装備の一撃に打ち勝つほどに高まっていた。アキラはそれをアルファのサポートにより達人の技でぎ払ったのだ。


 アキラがはじき飛ばされながらCWH対物突撃銃とDVTSミニガンを拾う。そして黒い機体をDVTSミニガンで銃撃する。大量の弾丸が機体に満遍なく着弾するが、表面に細かな傷を付けるのが限界で、全く損傷を与えられない。


 ロゲルトは余りに予想外な事態に動転していたが、それもごく僅かな時間だった。機体の状況を素早く把握すると、数秒で機体の体勢を立て直し、すぐに反撃を試みる。ブレードそのものを失ったアキラとは異なり、機体の近接装備は少々破損した程度で問題なく使用できる。アキラ程度を粉砕するのには十分すぎる威力を全く失っていない。


 アキラに次の一撃を食らわせようと機体を操作するロゲルトが外部カメラの映像を見る。そこにはこちらにCWH対物突撃銃を向けているアキラの姿が映っていた。


 アキラが引き金を引く。至近距離から放たれた弾丸が轟音ごうおんとともに黒い機体に着弾する。その途端、機体の出力が一度完全に停止した。弾丸が機体のジェネレーターを大破させたのだ。


 機体の動きが止まった瞬間、アキラは地面に置いた残りの装備を素早く拾いながら、再び全速力でその場から逃げ出した。


 アキラが死に物狂いで走りながら確認を取る。


『アルファ! あれで倒せたんだよな!?』


『厳密には機体のジェネレーターを損傷させて一時的に機能を停止させただけよ。予備動力があれば、そちらに切り替えればまだ十分動けるから、倒したと言って良いかどうかは微妙なところね』


『おい!? あれでも駄目なのか!?』


『人が強化服を着た程度で戦車に勝てるかどうか。人が人型兵器と戦うのはその程度には無謀なことなのよ。予備動力があっても機体の再起動には時間が掛かるわ。アキラが逃げ切る時間稼ぎには十分よ。疲れて止まったりしなければね』


『分かったよ!』


 アキラは苦笑して必死に走る。そしてさくを強化服の身体能力で飛び越えると、息を吐く暇もなくエゾントファミリーの拠点から離れ、そのまま走って消えていった。アキラはようやく逃げ切ったのだ。




 機能を停止している黒い機体の背面が開いた。そこからロゲルトが顔を出す。その表情に憤怒ふんぬはなく、ただ驚きに染まっていた。そしてアキラが逃げていった方向を見ながらつぶやく。


「……あのガキ、……逃げ切りやがった」


 ロゲルトは地面に降りると機体の装甲に開いた穴を見る。弾丸が機体のジェネレーターを破壊した跡だ。


(……これは恐らく、かなり強力なアンチ力場装甲フォースフィールドアーマー弾だ。俺の機体の力場装甲フォースフィールドアーマーを突破したんだ。そうでないとこの損傷はあり得ない)


 アキラが撃った弾丸はロゲルトの推測通りアンチ力場装甲フォースフィールドアーマー弾で、おまもり代わりに買った取って置きの弾丸だった。1発500万オーラムという非常に高価な弾丸だ。セランタルビルで遭遇した大型固定機のような戦闘を回避できない強敵に備えて1発だけ購入したのだ。アキラもこんなにすぐに使用する羽目になるとは思っていなかった。


(しかしそうだとしても、それを至近距離で撃ったとしても、普通はあの程度の武装で俺の機体のジェネレーターを一撃で破壊できるわけがない。一体どうやって……)


 ロゲルトの表情がゆがむ。それは思いついた理由を肯定したくないという気持ちによるものだ。


 黒い機体の力場装甲フォースフィールドアーマーは、車両等に張る装甲タイルとは異なり、常時エネルギーを消費して装甲を維持する種類のものだ。常に起動させているとエネルギーの消費が多すぎるため、基本的に戦闘時以外は停止する。そして戦闘中であっても攻撃を受けない部分は出力を弱めるのが普通だ。そうでもしないと機体のエネルギーが保たないのだ。


 機体の力場装甲フォースフィールドアーマーの出力を、攻撃を食らう部分だけに偏らせるのも操縦者の腕であり、敵の攻撃を探知して出力を効率的に自動調整するのも機体の制御装置の性能の高さの基準だ。


 そして力場装甲フォースフィールドアーマーの出力の自動調整プログラムには製造元などによって癖や偏りも多い。場合によっては力場装甲フォースフィールドアーマーの効果にむらが生まれて弱点となる場合もある。それは可動範囲を一気に変更した場合などに多い。


 ロゲルトはアキラが機体の前面をDVTSミニガンで満遍なく銃撃したことを思い出していた。機体の破壊を目的とするならば全く効果のないそれが、もしあれが機体の力場装甲フォースフィールドアーマーの自動調整を促すものだったとしたら。更に力場装甲フォースフィールドアーマーむらを機体のジェネレーター部分に発生させるためのものであったならば。その僅かな弱点部位をアンチ力場装甲フォースフィールドアーマー弾で銃撃したのならば。それら仮定が全て正しいとしたら、この機体の損傷にも説明がつくのだ。


 だがそれは理論的には可能であり、現実的には不可能なことだった。何らかの手段で、例えば非常に高性能な情報収集機器で、大量の弾丸の着弾時に発生する力場装甲フォースフィールドアーマーの僅かな乱れを計測し、そこから弱点部位となるむらを演算することは可能だ。だがそれには途方もない計算量を一瞬で終わらせる演算力が必要になる。それは余りにも非現実的だ。


 ロゲルトは自分の勘が導き出した答えを否定した。軽く首を横に振り、想像もできない何か運の悪いことが起きた結果だと考え直して、それ以上そのことについて考えるのを止めた。


 ロゲルトが気を切り替えて改めて機体を見る。すると自慢の機体を破損させた相手への怒りが湧いてきた。


「あのガキ、俺の機体をこんなにしやがって。必ず殺してやる」


「ああ、それは無理よ」


 突如響いた女性の声にロゲルトが機敏に反応する。素早く銃を抜きながら声の方向から敵の位置に当たりを付けて銃撃した。


 そこに目視できる誰かはいなかった。だが銃弾が金属にはじかれる音が響く。そこには空中に刃が浮かんでいた。続けてその持ち手の光学迷彩が解除されると、そこに楽しげに笑っている女性の姿が現れた。鋼の肌を持つ義体の女性が、その肌の上に光学迷彩機能を持つコートだけをまとい、両手にブレードを持って立っていた。ネリアだった。


 ネリアとロゲルトの視線が合う。次の瞬間、ネリアがロゲルトとの距離を詰めようと一気に動き出した。


 そのネリアの動き、そして先ほどの銃撃を防いだ実力から、ロゲルトが相手の力量を試算する。銃だと負けると判断し、即座に銃を捨て、腰に装着していた2本のナイフを両手でそれぞれつかんで抜く。構えると同時にナイフの刃が伸びて、刀身の長さによる射程の不利がなくなった。


 ロゲルトは人型兵器での戦闘において近接戦闘の才能に恵まれていたが、それは単純な対人戦闘にも大きく寄与していた。銃器が物を言う東部の戦闘に剣技で対抗できるほどの優れた技量を持っていた。


 ネリアとロゲルトが互いに刃を振って交差する。一瞬の交差の間に、その才を十全に発揮した後に、背を向け合った。


「ね? 無理だったでしょう?」


 ネリアが笑ってそう言った背後で、首を中心に十字に斬られたロゲルトの体がずれていく。頭と体を分断された上に、その両方を縦に両断された体が崩れ、転がって、地面を鮮血で染めていった。


 一仕事終えたネリアが拠点の外の方に、アキラが逃げていった方向に視線を向ける。とても楽しげなその表情には、どこか恍惚こうこつとした色が含まれていた。


「それにしても、あれからほんの少ししかっていないのに、人型兵器を個人装備で倒すほどに強くなるなんてね。残念だわ。彼をあの時に口説き落とせなかったのが、本当に残念」


 ネリアが一度切った光学迷彩を再び稼動させる。するとネリアの体が再び消えていく。


「また口説く機会でもあれば良いのだけど、今の立場だと難しいのよね。本当に、どうしようかしら?」


 5秒後に殺す相手を口説き恋人にすることに何ら矛盾を感じない。そのゆがんだ感覚の持ち主は、その整った容貌の上に本当に残念そうな表情を浮かべていた。その顔もすぐに光学迷彩の機能で消えていった。


 後には機能を停止した黒い機体と、その操縦者の死体だけが取り残されていた。




 エゾントファミリーと対立している組織であるハーリアスの拠点、そのボスの部屋では部下からの報告が響いていた。


「ボス! あいつら予想以上に強い! このままだとこっちが全滅だ! 指示をくれ! ボス! 聞こえてないのか! 体勢を立て直すにしろ、撤退するにしろ、とにかく指示をくれ! ……くそっ! 通信が届いていないのか!? どうなってんだよ!」


 彼らのボスが部下に指示を出すことは不可能だった。既に眉間を撃ち抜かれて死んでいたからだ。


 ハーリアスは戦闘要員のほとんどをエゾントファミリーの拠点に向かわせていた。ハーリアス側の拠点にはボスと最低限の護衛要員ぐらいしか残っていなかった。そして彼らも全員殺されて拠点のあちこちに散らばっていた。


 エゾントファミリーとハーリアスには共通点がある。どちらも巨大な組織で多数の構成員を抱えており、ボスの権力が非常に強い。そのため組織の構成員はボスからの指示に非常に逆らいにくい状態だった。その結果、ボスの指示を取り消せる者がおらず、どちらの組織の者達もぎりぎりまで逃げ出さずに敵と戦い続け、潰し合い続けた。


 エゾントファミリーとハーリアス。クガマヤマ都市の下位区画に強い影響力を持っていた巨大組織は、組織を支えた有能なボス、多数の構成員、抗争に費やした莫大ばくだいな資金、その全てを一度に失い、一晩で壊滅した。

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