第161話 チンピラで考えなし

 ロゲルトが搭乗している黒い機体が、チェーンソー型の近接攻撃装備でカツヤの車両を串刺しにして持ち上げている。回転している刃が車体から火花を飛び散らせていた。


 カツヤはアキラを追って広場に車で飛び込んだ後、敵の攻撃を受けて車をかなり損傷させたものの脱出に成功していた。脱出後は広間からアキラを追うのを諦めて、損傷で大分動きの鈍くなった車で庭を移動してアルナを探していたのだが、敵の機体を粗方始末し終えたロゲルトに見つかってしまったのだ。


 ロゲルトは機体の性能を生かしてカツヤの車両をあっさり破壊した。機体の機動力でカツヤの車両に接近して天井から串刺しにしたのだ。


 カツヤは辛うじて車両から脱出していた。車両は失ったが、怪我けがもなく装備も整った状態で地面に立って、黒い機体をにらみ付けていた。


 黒い機体が腕を振って、近接攻撃装備で串刺しにしていたカツヤの車両を宙に飛ばす。そしてカツヤに見せつけるように車両を両断しながら吹き飛ばした。派手な切断音とともに真っ二つになった車体が、轟音ごうおんを立てて地面に激突して転がっていく。


 ロゲルトがカツヤにも聞こえるように外部スピーカーを使用して勝ち誇る。


「クソガキが! ハーリアスの連中と組めば何とかなると思ったのか? それともドランカムの車両で来れば俺達がドランカムにおびえて手を出せずに逃げ回るとでも思ったのか? 残念だったな!」


 カツヤが状況の不利を悟りながらも威勢よく叫ぶ。


「アルナはどこだ!」


 ロゲルトの嘲る声が響く。


「聞いてどうする? てめえはこれから死ぬんだ。生け捕るのも面倒だ。こいつを直撃させて派手に散らしてやるよ」


 ロゲルトが機体の近接装備を見せつけるように軽く揺らした。戦闘車両を軽く両断する威力なのだ。生身で食らえば間違いなく千切れて四散する。


 カツヤがその光景を想像して表情をゆがめながらも再度叫ぶ。


「アルナはどこだって言ってるんだよ!」


「しつけえな。命乞いも無駄でもう助からねえんだから、最後まで女の身を案じながら死んだっていうカッコイイ死に様でも演じたいのか? 第一、あの女は俺達を襲撃するための口実だろ? お前がハーリアスの連中とどんな取引をしたかは知らねえが、俺達の襲撃に加わるなんて馬鹿な真似まねをよくする気になったな。粉微塵みじんになってその馬鹿さ加減を反省するんだな」


 黒い機体が近接装備を大きく振り上げる。回転する刃がうなりを上げている。振り下ろせばカツヤは装備ごと粉微塵みじんになる。


 カツヤは死の恐怖よりも自分の行動を馬鹿にされた怒りが上回っていた。込み上げる怒りに身を任せて声を上げる。


「ハーリアスなんてやつらなんか知るか! ドランカムも関係ない! 俺は自分の意思でアルナを助けに来たんだ!」


 振り下ろされようとしていた刃が止まる。ロゲルトが怪訝けげんな声を出す。


「……知らない、だと? ヴィオラ辺りの仲介でハーリアスの連中と手を組んで、アキラと一緒に襲撃しに来たんじゃないのか?」


「ヴィオラってやつもハーリアスってやつも知らない! 第一あいつはアルナを殺そうとしてるんだぞ! 絶対に手なんか組むか!」


 ロゲルトがいぶかしむ。組織のボスの座に着いていることもあって、話の機微を探るのには慣れていた。話の真偽も結構高い精度で見抜けるとも思っていた。ヴィオラのような例外もいるが、目の前の子供はその例外ではない。


(……本当に知らないのか? ヴィオラもハーリアスも知らないし、アキラとも手を組んでいない? うそを言っているようには見えないが……)


 ロゲルトがいぶかしむ声を出す。その声には困惑が少々高めの比率で混ざっている。


「確認するぜ? そうするとお前は、ハーリアスのバックアップも無しに、アキラと手も組まずに、一人で正面から乗り込んできたってことになる。アルナを助けに来たっていうのに、こっそり忍び込む手段も取らずにだ。お前、それで何とかなると本気で思っていたのか? 本当に?」


「そ、それは……」


 カツヤがたじろぎを見せた。ロゲルトはカツヤの態度を機体のカメラ越しに見て、その動揺が別の目的を隠すためのものではないことを察する。


 ロゲルトの笑い声が機体の外部スピーカーを通して周囲に響く。


「お前、本当にただの馬鹿か! 考えなしに乗り込んでこのざまになっただけか! その手の馬鹿は大抵チンピラやっている間にその馬鹿さ加減で死ぬんだが、お前は運良く生き延びたって訳か!」


 ロゲルトの苛立いらだちは盛大に笑ったことである程度解消された。平静さを取り戻した頭が気を切り替えさせる。ロゲルトもドランカムを無駄に敵に回したいとは思わない。組織の利益を確保できるなら他の手段を模索する。機体の回線を操作して部下に連絡をつなぐ。


「俺だ。あのアルナってガキはどうなった? もう殺したか?」


 アルナを人質として活用しろと指示されていた部下が答える。


「いや、まだ生きている。俺達と一緒だ。カツヤってガキへの連絡手段がないから近くまで連れていって脅すつもりなんだが、そのカツヤが見つからない。今はハーリアスの連中と戦いながらカツヤを探している最中だ」


「カツヤなら俺の前にいる。カツヤにつながっていると教えて、そのアルナってガキに助けを叫ばせろ。その声をこっちに送れ」


 機体のスピーカーからアルナの声がする。


「カ、カツヤ!? そっちにいるの!?」


 カツヤがアルナの声に大きく反応する。


「アルナ! 大丈夫か!? 無事なのか!?」


「本当に、助けに来てくれたんだ……。ありがとう……。わ、私は……」


 そこでアルナの声が途切れ、ロゲルトが割り込んでカツヤに告げる。


「聞いた通りだ。あの女は生きている。そいつを助けに来たんだろう? 良かったな。じゃあ取引だ。お前にはこれから俺達の指示に従ってもらう。そうすればあの女の命は保証してやる。この場でお前を殺すのも止めてやる。お前もあの女も死なずに済むわけだ。うれしいだろう?」


「……俺に、何をさせる気だ」


「まずはここに乗り込んできたハーリアスの連中を皆殺しにしてもらう」


「……俺にお前達とそいつらの見分けなんか付かねえよ」


「お前の情報端末の回線を俺達に開け。こっちから移動先や攻撃目標の指示を出す」


 カツヤが苦渋に満ちた顔を浮かべる。


「……そいつらを倒せば、アルナに手を出さないんだな?」


「いいや、それだけじゃない。他にもいろいろやってもらう。聞くところによると、お前はたっぷり稼いでるんだろう? 金もたっぷり払ってもらう」


「何だと!?」


 ロゲルトが大きな反感を示したカツヤを威圧するためすごみの利いた声を出す。


「お前が俺達の仲間を何人殺したと思ってるんだ? 俺達の敵を100倍は殺してもらわねえとびにもならねえんだよ! 金もだ! この騒動で掛かった費用が幾らになると思ってる! はした金で済むと思ってんじゃねえぞ! 嫌なら女を殺す! あの女の価値はお前が俺達の指示に従うことだけだ! 指示に逆らったらすぐに殺す! お前もだ! お前なんかいつでも殺せる! 後で女を見捨ててドランカムの敷地内に逃げ込めば助かるなんて勘違いするんじゃねえぞ! 最前線のハンター連中ならも角、この辺のハンター程度ならこの機体の前には敵にもならねえんだよ!」


 多少はったりを混ぜてはいるが、恫喝どうかつには勢いも必要だ。結果はどうであれ、本当にやりかねない危うさは襲われるがわにとっては十分脅威だ。相手の思考力を奪うために、ロゲルトが機体のチェーンソーに似た近接装備をカツヤに突きつける。巨大なブレードに沿って激しく移動している刃が、カツヤの眼前でうなりを上げる。


「従うか、死ぬかだ! お前の選択肢はそれだけだ! 5秒以内に答えろ! 黙ったままなら殺す! 5、4、3、2……」


「……分かった」


 カツヤが非常に悔しそうに答えた。ロゲルトが近接装備をカツヤから遠ざける。


「良い判断だ。ハーリアスの連中を殺しにとっととやかたまで走れ。情報端末の回線を開くのを忘れるなよ。行け。ちゃんとやる気を出せよ? やる気がねえと判断したらお前も女も殺す」


 カツヤが表情を悔しそうにゆがめたままやかたへ向けて走っていく。どさくさに紛れて何とかアルナを助け出す。そう希望を抱いて、あるいはそう言い訳しながら、この死地から抜け出した。


 ロゲルトが部下に指示を出す。


「俺だ。聞いた通りだ。その女は殺すな。少なくともカツヤが死ぬまではな。なぶるような真似まねも控えろ。うっかり殺したら大変だ。そこそこ丁重に扱っとけ。何人かカツヤに同行させろ。ハーリアスの連中とちゃんと戦わせるための指示と監視だ」


「了解」


 ロゲルトは回線を切ろうとして、もう片方のことを思い出した。


「……そういえば、シェリルの方はどうなった?」


「そっちの連中とは連絡が途絶えている。探させるか?」


「その余裕があるならな。ハーリアスの連中の対処を優先させろ。無理はするな。何か分かったら連絡しろ。俺は引き続き外の連中を殺す。お前らの手に負えないやつがいたら拠点の庭に誘導しろ。あるいは俺の機体の攻撃が届く場所、館の外周部や格納庫の中とかにおびき出すなりしろ。拠点の外にいる連中にもそう連絡しろ」


 ロゲルトが回線を切って庭にいる敵の殲滅せんめつに戻る。拠点を囲うさくの外ではハーリアス側の方が優勢なのか、拠点内に撤退する部下達と、彼らを追撃する者達の姿が見える。


 黒い機体が闇夜やみよの庭を素早く駆けて敵の前に姿を表す。敵の一人が驚愕きょうがくの表情で叫ぶ。


「こ、こんなのがいるなんて聞いてねえぞ!?」


 男達は叫びながら黒い機体を銃撃したが、銃弾は全て機体の装甲にはじき返されてしまった。


 黒い機体が巨大な近接装備を横に振り払う。男達は装備品ごと粉微塵みじんになって飛び散った。


「馬鹿どもが。ハーリアスの連中に幾らで雇われたか知らねえが、そんな数と装備で何とかなるとでも本気で思っていたのか? それとも全員あのガキと同じ考えなしなのか?」


 アキラの方も案外ただの馬鹿かもしれない。ロゲルトはそう思いながら敵の駆除を続行した。




 やかたの中を移動しているアキラに、アルファが唐突な話をする。


『アキラって、結構チンピラで考えなしよね』


 アキラがその脈絡のない話題に怪訝けげんそうに顔をゆがめる。


『何だよ、急に』


『ちょっとそう思っただけよ。アキラにはその自覚はないの?』


『チンピラって、何か格下相手に因縁を付けて回るやつのことだろう。俺は因縁を付けられる方だ。自分から喧嘩けんかを売ったりもしていない。だから違うはずだ』


『考えなしの方は?』


 アキラが目をらした。自覚はあるのだ。こうしてエゾントファミリーの拠点に乗り込んだのも、ある意味で考えなしの行動だと頭のどこかで理解していた。


 だが頭の別の部分が、それでも引き下がるなと訴えている。自分が踏みにじられるがわではなくなったことを確認し、証明しろ。そう指示を出している。ハンターとなって命を賭けて得たものの価値を示せと叫んでいる。


 それらがアキラの基準をゆがめていた。1歩でも下がってしまえば、またあのスラム街の路地裏まで押し戻されてしまう。その不安と恐怖がアキラの背を押していた。


 アルファが黙っているアキラに軽い口調で話す。


『まあ、そっちは今更よね。それよりも、アルナを見つけたわ。急いで殺しに行きましょう』


『見つかったのか? よし。急ごう』


『こっちよ』


 アキラが先導するアルファを見て少し不思議に思う。


『アルファ。何か急にやる気を出したように見えるんだけど、俺の気のせいか?』


『仕方ないわ。アキラは私が何を言ってもアルナを殺すまで帰らない気なのよね? それなら手早く済ませてここから脱出してもらう方が良いわ。……アキラが今すぐに撤退してくれるのなら、それが一番なのよ?』


 アルファがアキラを威圧するように力強い笑みを浮かべる。アキラの顔が僅かに引きった。


『あ、はい。急ぎます』


 用事を手早く済ませたいのはアキラも一緒だ。下手なことを言って藪蛇やぶへびにならないように、アキラは気を切り替えて走り続けた。




 アルナはエゾントファミリーの格納庫にとらわれていた。格納庫は数機の人型兵器を格納できる大きさで、中には機体整備用の設備が整えられている。アルナはその設備の裏手側に押し込められていた。その近くで数名の男達が周囲を警戒していた。


 格納庫の警備を任されている男達の一人が、項垂うなだれているアルナを見て怪訝けげんな様子を見せている。


「それにしても、こいつが本当に人質として役立つとは結構意外だな。カツヤってあのドランカムで話題のやつだろう? その活躍を都市にも認められて、防壁内の社交パーティーにも呼ばれたって話だ。ドランカムの宣伝力込みだって言っても、そこらのハンターとは違うってことだ。そんなやつが何でこんなスラム街のガキを助けに来るんだ?」


「知らねえよ。何か上手うまく取り入ったんだろう」


「あっちのシェリルって方ならまだ分かるんだけどな。あの女は服も容姿もスラム街のレベルじゃねえ。服はまあハンターに貢がせたのかもしれないが、容姿も含めてあそこまで上等なら入れ込むやつがいても不思議はねえよ。でもこっちはスラム街のガキだ。俺ならさっさと見捨てるな」


「まあ、女の趣味は人それぞれだ。あるいはカツヤが非常に義理堅いやつで、アルナが過去にデカい恩でも売ったのかもしれない」


「俺達を敵に回すほどのデカい恩って何だ?」


「知るか。言ってみただけだ。俺にも思いつかねえよ」


 アルナは項垂うなだれながら男達の雑談を聞いていた。カツヤに迷惑を掛けていることに心を痛めながらも、今も自分を助けようとしてくれていることをうれしくも思っていた。そしてある疑問にとらわれていた。


(どうしてカツヤはそこまでして私を助けてくれるんだろう。あいつらの言う通り、私にだってカツヤがそこまでする理由なんか思いつかない。どうして……)


 アルナはそのまま項垂うなだれながら考え続けていた。男達もアルナが大人しくしていると助かるので気にせずに放置していた。




 アキラがやかたの屋上でCWH対物突撃銃を構えている。貫通性能に優れた弾丸を装填して、格納庫に、その中にいるアルナに照準を合わせている。アルファのサポートのおかげでアキラの視界には格納庫内の様子も透過表示されている。銃口から延びている弾道予測の線も表示されている。


 アルファはアキラのそばで真面目な表情を浮かべていた。


『周囲の警戒は私がするから、アキラは一撃で終わらせることだけに集中して』


『ああ。頼んだ』


『私のサポートの照準補正は期待しないで。前にも説明した通り、その強化服の制御プログラムの精度は低いの。その手のサポートはないものと思って自力で狙って。外せば敵に気付かれる。面倒な事になるわ』


『分かってる。気合いの入れ時だな』


 アキラが集中して精神を研ぎ澄ます。全神経を照準合わせに割り当てて、ほんの僅かな振動ですら大きく揺れる照準の狂いを調整していく。引き金を引く一瞬に意識を集中する。ゆがんだ時間感覚の中で心臓の鼓動の音が引き延ばされていく。


 意識を限界まで圧縮した時間の中で、心臓の鼓動の音が引き延ばされ続けて無音となる。その静寂の中、アキラが引き金を引く。弾丸が銃口から高速で放たれ、発火炎マズルフラッシュ閃光せんこうが辺りを照らした。


 空中を穿うがった弾丸が格納庫の壁を貫通する。更に格納庫内の設備の一部に擦り、部品の一部を削り取りながら目標のアルナを目指す。弾丸はアルナの30センチ横を駆け抜けていった。


 アキラが表情を険しくゆがませて思わず口に出す。


「外した! くそっ!」


『すぐに次!』


「分かってる!」


 アキラが急いで銃撃を続ける。続けて発射される銃弾が格納庫の壁に次々に穴を開けていく。闇夜やみよ発火炎マズルフラッシュ閃光せんこうが飛び散り続けた。




 アルナは銃弾が自分のすぐ近くを通り過ぎていったことに驚いて半ば呆然ぼうぜんとしていた。だが他の男達は機敏に反応する。アルナは服をつかまれて床にたたき付けるように伏せさせられた。


 男達が険しい表情で状況の把握に努める。


「攻撃か!? 敵に中まで潜り込まれたか!?」


 男が情報収集機器の反応を慌てて確認する。


「周囲に反応はねえ! 外だ!」


「流れ弾か? 壁はそれなりに固いはずだが……」


 次弾が再びアルナの近くに着弾した。アルナが思わず悲鳴を上げる。更に続けて近い場所に合った設備に着弾して火花が飛び散った。


 男達がアルナをつかんで素早く移動する。着弾位置がその彼らを追いかけていく。


「敵だ! しかも格納庫内が見えてやがる!」


 男の一人が手榴しゅりゅう弾のようなものを空中に投げる。それは格納庫内で爆発して大量の煙をき散らしたが、煙はすぐに晴れた。


 だがそれ以降アルナを狙っていた着弾位置が大幅にずれる。投擲とうてき物は安価で低性能の情報収集妨害煙幕ジャミングスモークだった。直接使用しても大して役には立たないが、壁の向こう側にいる敵の索敵を妨害するには十分だ。


 男達が目配せをしてこの場に残る者と迎撃に向かう者に別れる。比較的重装備の男達がアキラを迎撃するために格納庫から出て行った。




 アキラが顔をしかめる。さっきまで透過表示されていた格納庫の中が濁ったように見えなくなったのだ。


『くそっ! 中のやつが何かやったのか?』


 アルファが状況を説明する。


『中で情報収集妨害煙幕ジャミングスモークを散布したのよ。中に入れば普通に見えるけれど、壁越しにはもう無理ね』


『中に入るしかないか。やっぱり自力での射撃も、もっと訓練しないと駄目だな』


『それは後でたっぷり訓練するとして、まずは迎撃に来る者の対処が先よ』


 格納庫の中から重装強化服を着用した男が出てくる。アキラが男に照準を合わせて引き金を引く。被弾した男が衝撃で格納庫に激突する。だが男はひびの入った壁を背にしたまま、敵の射線からアキラの場所を推測してミニガンを乱射した。


 大量の銃弾がやかたの一部を破壊しながらアキラの周辺に撃ち込まれる。アキラはその場から慌てて離れて弾幕から逃れた。


『アルファ! あいつCWH対物突撃銃の徹甲弾に耐えたぞ!?』


『防御力にそれだけ自信が有るから狙撃手のいる場所に出てきたのよ。効果なしって訳ではないのだから、何度も撃ち込むしかないわ』


 重装強化服の男が前に出ながら銃撃を続けている間に他の男も格納庫から出てくる。擲弾発射器を持つ男がやかたの屋上に向けて引き金を引く。次々に発射された物体は放物線を描いて屋上に着弾すると、爆発もせずにその場に貼り付いた。


 アキラはミニガンの射線から逃れるために後方に下がっていた。男達からは死角の場所だ。だがそのアキラに敵の自動擲弾銃から発射された擲弾が放物線を描いて次々と降り注ぐ。擲弾がアルファに教えられて事前にその場から駆けだしていたアキラの背後で次々に爆発し、爆風がアキラの横を駆け抜けていった。


 擲弾はアキラのかなり近くで爆発していたが、防護コートの力場装甲フォースフィールドアーマーのおかげで無傷で済んだ。しかしコートの残存エネルギーを相応に削られてしまった。


『危ねえ! あれ、適当に狙ったわけじゃないな! どういうことだ!?』


『先に小型の情報収集機器を撃ち込まれたのよ。屋上に貼り付いているわ』


 アキラは周辺を見て、屋上にそれらしい小型の装置が貼り付いているのを見つけると、嫌そうに顔をゆがめた。


『あれか! 前にエレナさんがヨノズカ駅遺跡の探索で使っていたやつだな! つまり俺の位置は敵に筒抜けか!』


『敵に位置を捕捉されながらの戦闘訓練は前にエリオ達とやったはずよ。不必要に狼狽ろうばいせずに対処しなさい』


『エリオ達と今の相手を一緒にするなよ! あいつら何かすごい強いぞ! 装備も雲泥の差だ!』


『敵の指揮者が私ではないだけましでしょう? 泣き言を言わずに頑張りなさい』


『泣き言を言うぐらいならすぐに帰れって言いたいんだろう! 分かってるよ!』


 アキラが敵の攻撃から必死に逃げながら答えた。アルファは、そうだ、とは答えなかった。


 互いに敵の位置を常時捕捉しながらの戦闘が続く。アキラはとにかく移動し続けて敵の照準を狂わせながら、直接敵のミニガンの射線に入らないようにA4WM自動擲弾銃で反撃する。足場にしているやかたを障害物にすればミニガンの直撃は避けられる。放物線を描いて飛んでいく擲弾が互いに降り注いでいた。


 互いに派手に撃ち合っていればその消費量も多くなる。やかたは荒野に近い場所に建築する都合で、モンスターの襲撃に備えてかなり頑丈な造りになっている。通常の造りなら既にこの辺りは崩壊している。そして先にアキラのA4WM自動擲弾銃が弾切れになった。


 アキラがA4WM自動擲弾銃用の大型弾倉を取り替えようとした途端、アルファの指示が飛ぶ。


『避けて!』


 同時にアルファの操作でアキラの強化服が僅かに動く。アキラはその動きに逆らわずにその場から大きく飛び退いた。一瞬遅れて足下から青白く輝く刃が飛び出してきた。飛び退いていなければ脚を斬られていた。


 アキラはアルファのサポートのおかげで足下の更に下、館内を走っていた敵の存在に気付いていた。だがそこから斬りつけてくるとは思っていなかった。その手の近接装備を持つ者などまれで、加えて屋上の素材を容易たやすく切り裂くほどの装備を持つ者など更にまれだからだ。


 足下から伸びる刃がアキラを執拗しつように追い続ける。刃はアキラの膝下ひざしたぐらいの長さまでしか届いていないが、狙いは正確でアキラにその場にとどまることを許さない。アキラは刃からの回避行動の所為で擲弾からの回避行動を制限されながら必死に避け続ける。弾倉交換の暇などなかった。


 A4WM自動擲弾銃は弾切れ。DVTSミニガンで床を貫通するのは難しい。CWH対物突撃銃では銃身が床に当たる。足下の敵を放置もできない。アキラはCWH対物突撃銃で真下を狙うために軽く上に飛んで銃身の分の空間を確保しようとする。


『駄目!』


 アルファの指示が飛んだが手遅れだった。既にアキラは飛び上がっており、空中でA4WM自動擲弾銃からCWH対物突撃銃へ持ち替えようとしている最中だった。


 屋根の端から別の敵が素早く身を乗り出して、空中のアキラへ向けて大型の銃を構えようとしている。館内の敵がアキラの着地を狙って刃を構えている。アキラは空中でその両方に気付いた。


 端の敵を優先すれば下の敵に着地を狩られる。下の敵を優先すれば端の敵に銃撃される。それを理解したアキラが表情をゆがませる。


不味まずい! 足を斬られたら機動力を失う! 動けなくなったらただの的だ! 銃撃の方の被弾を諦める! だがあのデカい銃の威力はどれぐらいだ!? 直撃食らって死なずに済むか!?)


 死地を悟ったアキラは濃密にゆがんだ体感時間の中で行動の取捨選択と覚悟を済ませた。だがアルファが強化服を操作してアキラの行動に割り込み、その対処方法を変更させる。


 アキラは勝手に動く両腕と、同時に届いたアルファの指示に驚きながらも、その意図に合わせて全力で動く。宙に浮いたまま右手だけでCWH対物突撃銃を構えて銃口を下へ、館内の敵へ向ける。同時に左手を身に着けたままのDVTSミニガンの引き金に伸ばす。そして両方の引き金を引いた。


 CWH対物突撃銃から放たれた弾丸が館内の敵をその場から飛び退かせる。そして敵に向けて構えもしていないDVTSミニガンから発射された弾丸の反動が、CWH対物突撃銃の反動と合わせて空中のアキラを僅かに動かした。その僅かな移動が、端の敵の射線からアキラの身をずらした。


 非常に強力な弾丸がアキラのコートの端を千切り飛ばしながら駆け抜けていく。それは直撃していればアキラに致命傷を与えていたことを示していた。


 そのままDVTSミニガンの引き金を引き続けながら、アキラはその銃口を強引に射線を端の敵に向ける。無数の銃弾を食らった敵が着弾の衝撃で吹き飛ばされて下に落ちていった。


 着地したアキラが素早くその場から離れる。


『危なかった! あれを真面まともに食らってたら死んでいたかもな! アルファ! 助かった!』


 アルファが真面目な表情で提案する。


『アキラ。敵が予想以上に強いわ。さっきの敵も落ちただけで倒したわけではないの。ここは一度引いて』


『……それは、撤退しろってことか?』


 アキラは非常に険しい表情を浮かべている。命賭けと自殺は別だ。意地と覚悟がアキラに自殺手前の無謀を強いている。命賭けは許容範囲。自殺は範囲外。険しい状況がアキラの認識をその境界線のほんの手前まで移動させている。アルファがもう少しその認識を後押しすれば、アキラは諦めて引き下がったかもしれない。


 だがアルファはそうしなかった。笑って答える。


『それはどうしても嫌なのでしょう? もう無理には言わないわ。だから次善の策を取るの。一度下がって強化服の制御をもう少しましなものに書き換えるわ。そのためにはこの状況下で強化服を一時的に使用不可能にする必要があるから、それはそれで命懸けなのだけれどね。それでもこのまま戦うよりは勝率が上がると判断したわ。撤退の指示ではないのだから、嫌とは言わせないわよ?』


 少し楽しげに笑っているアルファを見て、アキラも軽く笑った。


『分かった。一度引くよ』


『聞き分けが良くて助かるわ』


『俺だって死にたくはない。勝率が上がるなら聞き分けも良くなるよ』


『その口で撤退を嫌がったりしなければ、もう少し説得力も増すのだけれどね。急ぎましょう』


 アキラはアルファの皮肉に苦笑を返すと、全力でその場から離脱した。

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