第156話 再確認

 アキラは一度家に戻って車でシズカの店に向かった。シズカの店に到着した頃にはアキラの機嫌も戻っていた。一度店の中に入ってシズカとの挨拶を済ませると、店の外に出て店の倉庫の搬入口まで車で移動した。


 シズカが搬入口のシャッターを開けてアキラを笑って出迎える。


「改めて、御来店ありがとう御座います。こっちよ」


 シズカの案内で倉庫の中を少し進むと、そこには機械的な格納棚のような物が鎮座していた。シズカがその両開扉を開ける。中にはアキラの新しい強化服が収納されていた。アキラがうれしそうに小さく感慨深い声を出すと、シズカもうれしそうに笑った。


「TL系2A型2N強化服、販売名ネオプトレモスよ。情報収集機器との統合型ではない製品だけど、要望通りオプション品の情報収集機器を追加済みよ」


 強化服は黒を基調とした厚手のボディースーツ風で、表示装置を兼ねたヘッドギアに似た頭部装備が付属しており、胴体部と首の背中側の部位でつながっている。強化服とは別に同じ黒の布地と光沢のない六角形の金属片を組み合わせて作成されたコートが掛けられている。内側に銃器類や予備の弾薬等を格納する前提の造りなのか、コートのサイズは強化服に比べてかなり大きめだ。


「専用の格納機器には簡単な自動メンテナンス機能も付いているわ。早速着てみる?」


「はい。お願いします」


 アキラが強化服を脱いで下着姿になる。シズカが以前にも使用した測定機器でアキラの体を測定すると、その測定値に合わせて格納棚の中の強化服の体型が変わっていく。その様子をアキラが面白そうに見ていた。


「勝手にサイズ調整もやってくれるんですか。便利ですね」


「限度はあるけどね。これは体型変更にかなり余裕のあるタイプの製品だから、アキラにはちょうど良かったわ」


「そうなんですか?」


 不思議そうにしているアキラに、シズカが少し楽しげに答える。


「アキラは気付いていないのね。前に測定した時に比べて体格が結構変わっているわ。背も伸びたし、体格も全体的に良くなっているわ。成長期なのかしらね」


 シズカがアキラの体をしげしげと見る。少なくとも前に見たような栄養不良の痕跡は全く見当たらない。よろいのような筋肉とは呼べないが、よく鍛えている体躯たいくには少しずつたくましさが付き始めていた。


「それなりに稼げるようになって、味はも角として量は食えるようになりましたから。そのおかげかもしれませんね」


 アキラは何でもないようにそう答えたが、シズカはアキラがそこに至るまでの苦労をもう理解していた。雑談の中でアキラが何げなく話した様々な事柄。死にかけるほどの危険をいろいろ誤魔化ごまかそうとしていた時の態度。エレナ達から聞いた激戦の内容。それらからシズカにはアキラがこの短い間にどれほどの苦難を乗り越えてきたのかを容易に推察できた。


 降りかかればのろうに足る苦難を、乗り越えれば賞賛に足る苦境を、アキラは軽く流している。それは慣れによるものだ。アキラが類似の出来事を程度の差はあれど繰り返していた証拠だ。恐らくはハンターに成るずっと前から、それらが諦念や諦観へ変わり、自覚すらできないただの慣れへ変わってしまうほどに。シズカの勘はその自身の推察を肯定していた。


 だがシズカにはアキラにもうハンターを辞めた方が良いとは言えない。立場的に、心情的に、経済的に、その負担を自分が肩代わりするとは言えないのだ。だから代わりに、辛うじて許されることを、微笑ほほえみながら優しく気遣うような声で伝える。


「……ハンターは体が資本だってよく言うわ。大切にしなさい」


「……? はい」


 アキラはシズカの態度の微妙な差異に気付きはしたものの、その背景までは分からずに少し不思議に思いながら素直にうなずいた。


 アキラがシズカに手伝ってもらいながら新しい強化服を着用する。防具でもあるコートもしっかり羽織ると意外そうな表情を浮かべる。


「随分軽いんですね」


 前の強化服を着た時のように、起動するまでは鉛の布地を着込んだような重量を感じると思っていたのだが、むしろ普通の服よりも軽く着心地も良かった。アキラの体型に合わせて各部位を調整したおかげで服の重量が分散されているのだ。


 シズカが驚いているアキラを楽しげに見ている。


「値段が値段だからね。多分強化服のエネルギーが切れた途端に着脱もできないような事態にならないように、軽くて強靱きょうじんな高価な素材を使っているのよ。確かに見積りを出したのは私だけど、強化服だけに3億5000万オーラムも出すとは思わなかったわ」


 つまりアキラは4億オーラムの予算の大半をシズカの店の商品以外に費やしたことになる。シズカも常識的な手数料ぐらいは取っているが、4億オーラムの売上から期待できるほど店の利益に貢献してはいない。できれば自分の店の商品を買ってほしい気持ちがシズカに苦笑を浮かべさせていた。


 アキラがシズカの苦笑を見て少し焦り始める。


「あー、すみません。随分悩んだんですけど、やっぱり全体的な戦力向上には強化服の性能向上が一番だと思いまして……。つ、次の機会まで待ってください」


 アルファのサポートを効率良く引き上げるには、強化服の性能を引き上げるのが一番手っ取り早く効果的だ。アキラも戦闘のたびに骨折などしたくないのだ。火力の向上の前に自身の基本性能の底上げを重視して、予算の大半を強化服にぎ込むことを決めた。


 シズカがそのアキラの様子を見て軽く楽しげに笑う。


「良いのよ。さっきも言った通り、ハンター稼業は体が資本。価格が高いだけあってかなり高性能な強化服だから、反動の大きい銃器を活用した時のアキラの身体に掛かる負担も大分下がるはずよ。それに私から見てもアキラは無自覚に無理をするタイプに見えるからね。下手に火力だけを上げると倒せるモンスターの基準だけが上がっていって、その分だけ更に無茶むちゃをしそうだわ。その強化服は単純な身体能力強化だけではなく、着用時の負担軽減や防御性能にも気を配った製品だから、戦闘中に無茶むちゃをする機会も減るでしょう。アキラの回復薬の使用頻度も減るはずだわ」


 意味ありげに微笑ほほえむシズカに、アキラは焦りながら笑って誤魔化ごまかした。好き好んで無茶むちゃをしているわけではないのだが、良い言い訳は思いつかなかったのだ。


 アキラが古い強化服を修理に出すために収納ケースにしまって倉庫の隅に置く。修理代や修理期間はどれぐらいになるかは業者に出してみないと分からない。そうシズカから伝えられていた。


 アキラは安値で済むのならば予備の強化服として取っておくつもりだ。新品を買う方が安くなりそうならシェリルにあげようと思っている。見た目だけ修理しても虚仮威こけおどしには十分だ。また情報収集機器として割り切って使用することもできる。それなりの役に立つだろうと判断していた。


 アキラが新しい強化服の格納棚を車に積んでいる間に、シズカが銃器の拡張部品を台車に載せて運んできた。当初の予算である4億オーラムから強化服の代金を引いた残り、5000万オーラムの使い道だ。新しい武器を追加で購入しても、持ち運びには限度があり既存の武器の使用を諦めなければならない。それよりも既存の武器を改造して性能を底上げした方が良い。そう判断したのだ。


 アキラが自前の武器を床に置いて悩み始める。シズカが改造部品をその近くに並べながら注意事項を説明する。


「好きなだけ悩んでいいし、実際に組み立ててもいいけれど、未開封の品は開けた時点で購入してもらうから注意してね。開封済みの品は中古品だけど、私が点検済みだから品質にそこまで問題はないはずよ。組み込みに前提とする他の改造部品が必要な物もあるから気を付けてね」


「分かりました。ありがとう御座います」


「私は店の方に戻るから何かあったら呼んでちょうだい。じゃあ、ゆっくり選んでね」


 シズカが店に戻っていく。アキラは取りあえず床に並べた銃器類を分解し始めた。


『どうするかな。結構高い部品も多いし、適当に選ぶとすぐに予算を超えそうだ』


『AAH突撃銃とA2D突撃銃を強化服無しの使用を前提に改造する。残りを新しい強化服の性能を基準に改造する。方向性は決めてあるわ。後は予算と好みの兼ね合いね』


『種類が多すぎるんだよな。選択の余地がないってよりは良いんだろうけど、迷うな』


『これも訓練よ。ゆっくり悩みなさい』


 余りある選択肢の前でうなり続けるアキラの横で、アルファはいつものように微笑ほほえんでいた。




 ミズハがドランカムの事務室で頭を抱えている。悩み事はカツヤの嘆願で、内容はアルナという少女の保護だ。


 当初はカツヤがぎぬを着せられた少女を救い出したという話だった。その場限りの話ならカツヤの人柄の良さを示す美談で済む。だがスリの被害に遭ったハンターが明確な殺意を持って少女を探していることや、少女を狙う得体の知れない集団と交戦して、相手側だと言っても死人が出たとなれば話は違ってくる。


 ミズハが念のために知り合いの情報屋を通して話の裏を取ると、アルナはスリの常習犯で、該当のハンターは賞金首討伐戦に参加したほどの実力者で、少女の身柄を押さえようとしている集団も確かに存在していることが判明した。


 普通ならばそんな人物の保護など迷うまでもなく却下する。だがカツヤからの頼みなのだ。自身の権力基盤にもなりつつある人物の機嫌を損ねないためにも配慮が必要なのだ。


 取りあえずミズハは、ドランカムが管理する駐車場に停車している荒野仕様のキャンピングカーにアルナをかくまうことで、一応カツヤをなだめている。ドランカムの敷地内ならばアルナを狙う集団も近寄れないが、同じく部外者であるアルナをドランカムの宿舎に長期滞在させるのも難しい。ミズハはそう説明してカツヤを何とか妥協させた。


 カツヤはアルナをドランカム所属の人間にできないかと頼んだのだが、ミズハはいろいろとそれらしいことを言って断った。できれば力になりたいが、今の自分の権限では残念ながら難しい。カツヤ達がより一層の成果を上げて、自分の権力がもっと強固になればできるかもしれない。それらのことを匂わせて、希望を持たせて引き下がらせた。


 だがミズハとしてはアルナなどどうでも良い。むしろ邪魔でしかない。防壁の内側の人間にはスラム街のスリとの交友など悪評でしかない。ハンターとして所属させるにしろ事務員として所属させるにしろ、見方によってはカツヤの愛人をドランカムの予算で囲っているようなものだ。知られれば徒党の内外から激しい非難がでるだろう。敵対派閥に知られれば間違いなく攻撃材料にされる。そう考えると、不満も湧いてくる。


 ミズハは非常に気が進まないという表情で自身への言い訳の意味も含めてつぶやく。


「……仕方がないわね」


 情報端末を操作して誰かに連絡を取る。すぐにつながり、女性の声が返ってくる。


「久しぶりね。私のようなたちの悪い女にもう用はないって言われた記憶があるけれど、連絡をもらえてうれしいわ」


 相手の機嫌の良さそうな声に、ミズハが苦々しい表情と声で答える。


「お互いにごちゃごちゃ言うのは止めましょう。この回線は大丈夫なの?」


 ミズハが相手に秘匿回線の質を確認した時点で、他者に漏れたら不味まずい裏仕事を頼もうとしているのは間違いない。相手もそれを理解した上でさらりと答える。


「私の方は問題ないわ」


「それなら依頼があるわ。私がわざわざ貴方あなたに頼んでいることから、いろいろ察しながら聞いてもらいたいわね」


勿論もちろんよ。それで、死んだという情報だけで良いのかしら? それとも死亡確認のために死体が必要? 行方不明で十分って言うのなら楽で良いんだけど、行方不明だと探しに行くかもしれないから駄目なのよね?」


 ミズハが驚き引きつった表情で沈黙する。それは自分が何一つ話していない依頼内容に一致する回答であり、的確な返答だったからだ。何とか平静を装って返事をする。


「……まだ何も言ってないわ」


「カツヤって子にまとわり付いているアルナってスリを、できるだけ自然に、カツヤから恨まれたりもせずに、ドランカムから非難されずに、可能な限り無関係を装って排除したいんでしょう? 情報屋や交渉屋である私への依頼としては少しずれている気もするけど、私と貴方あなたの仲だからね。いろいろ仲介しても良いわよ?」


 ミズハは相手に依頼内容を完全に把握されていたことに絶句していた。そこから何とか立ち直り、依頼の背景をどこまで知られているのか聞き出そうと険しい表情で尋ねる。


「相変わらずね。どこまでつかんでいるの?」


「内緒。貴方あなたの知り合いの情報屋が非常に誠実だったとしても、腕前がその誠実さに追いついているかは怪しいとだけ言っておくわ。……逆かもしれないわね」


 ミズハは通話越しの機嫌の良い声を聞きながら相手の質の悪さを改めて思い知っていた。情報を操作して誰かを自分の都合の良いように行動させる。それが彼女のやり口だ。良いように動かされていたと気付いた時は大抵後の祭りで、それでもまだましな方なのだ。気付く前に命を落とす者も多いのだから。


 ミズハが顔をしかめて情報端末を見る。彼女に連絡を取ったのは自分の方だ。だがそれも本当に自分の意図か怪しくなってきた。連絡を取らされたのではないかという不安が拭えない。


 ミズハが黙ったままなので相手から返答の催促がくる。


「それで、どうするの? やっぱり止めておくの? それも良いかもしれないわね。いろいろ事情があるにしろ、後ろ暗く心苦しいことをするのは精神衛生上良くないもの」


「私は、何も、言っていないわ」


「そうよね。私が勝手にしゃべっているだけよね? 報酬はいつもの口座に振り込んでちょうだい。その金額からどの程度対応するか判断するわ。じゃあね」


 通話が切れた。ミズハは非常に険しい表情で5分ほど悩んだ後、指定の口座への振り込み処理を済ませた。




 アキラが銃火器の改造を続けている。改造部品はどれも組み込めば確実に性能を向上させるものばかりだ。欲を言えば元の部品などなくなるぐらいに組み込みたいのだが、予算という条件がそれを阻んでいる。


『……後1000万オーラムぐらい出すべきか?』


 出そうと思えば追加予算は出せるのだ。その余裕と事実がアキラの意思に偏りを生み始めていた。そのまま流されそうなアキラにアルファが一応くぎを刺す。


『別に止めはしないけれど、同じことを何度も口にしないように気を付けなさい。高性能な装備ほど戦力の維持費も上がるのよ。少なくとも強化服のエネルギー代はかなり上昇するわ。強化服の修理代もまだ不明だわ。何かあってまた装備を全て失った時に、ある程度再起しやすいだけの蓄えは必要よ』


『わ、分かってるよ。それにまた装備を全部失うような無理を避ければ良いだけだろう?』


『その手の無理をしなければならない状況に陥った時点で、避けようと思えばどうにかなる状況だとは思えないけれどね』


 アキラが自身の過去を思い返す。心当たりが多すぎた。またAAH突撃銃だけでハンター稼業をやり直している自分を想像して真面目な表情を浮かべる。


『……取りあえず、追加予算は当初の予算で一度組み終えてから考えるか』


『そうしなさい』


 前の装備はシズカの助力があったにしろ8000万オーラムでそろえたのだ。最初からやり直しになる事態を避けるための保険だと思って、アキラは予算の増額をひとまず脇に置いた。


 シズカが倉庫に戻ってくる。


「アキラ。調子はどうかしら?」


「あ、すみません。まだです。急いだ方が良いですか?」


「大丈夫よ。閉店後まで居座ってもらって構わないわ。ゆっくり選んで」


「ありがとう御座います」


 アキラがシズカの背後にいるエレナとサラに気付いて軽く会釈する。


「エレナさん。サラさん。えっと……、先ほどはすみませんでした。ちょっと急いでいたもので」


 エレナが軽く笑って意図的に気にしないように装う。少なくともアキラには見抜かれなかった。


「気にしないで。あんな場所で騒ぎを起こすのはちょっとどうかなって思って声を掛けただけだから。軽い口論でもそれがハンター同士だと一般人には怖いものなのよ。モンスターと戦うためにいろいろ物騒なものを装備しているから仕方がない部分もあるんだけどね。下手をすると治安維持を請け負っている警備会社とかに目を付けられて、該当区域に出入りすらできなくなるわ。気を付けなさい」


「分かりました。心配してくれてありがとう御座います」


 アキラが素直に礼を言うとエレナとサラも軽く笑って返した。だがすぐにそのエレナとサラの表情が少し真面目なものに変わる。サラがエレナに視線を向けると、エレナが表情を真面目なものに変えて、僅かに躊躇ちゅうちょしてから、意を決して話を進める。


「アキラ。少し聞きたいことがあるんだけど、良いかしら?」


「何ですか?」


「……あの後でカツヤから話を聞いたのだけど、アキラがカツヤの友達を殺そうとしているってのは本当なの?」


 アキラが作業の手を止める。そして真面目な表情で答える。


「俺から金を盗んでいったスリを殺そうとしているのは事実です。そのスリがカツヤの友達かどうかまでは知りません」


「それ、カツヤはアキラの勘違いだって言っているけど、間違いないの?」


「間違いありません。証拠を出せとか、納得できる根拠を言えと言われても無理ですけど」


「私達にも言えない?」


「そうですね。そいつは盗んだ財布から金を抜き取って財布だけ投げ捨てました。物的証拠はありません。目撃者もいません。俺が適当にうそを吐いていると言われれば、それ以上はどうしようもないですね」


「両者の証言以上の根拠はないわけか……」


 エレナが表情を険しくさせる。エレナはどちらかと言えばカツヤの言い分を信じていた。それはカツヤから確信を持った言葉で必死に訴えられたからだ。そこまで言うのならばうそではないのだろう。感情でそう判断してしまうほどに。


 対してアキラの態度はどこか淡々としたものだ。悪く言えば聞かれたから答えたという程度の態度だ。更に悪く言えば証言を信じてもらう努力を初めから投げ捨ててしまっているような適当さすら感じられる。自分が何を言ってもどうせ信じないのだろう。そういう自棄やけで投げりな内心が透けて見えそうなほどに。


 エレナはアキラから事情を聞いて誤解や勘違いの可能性を指摘して渋々ながらも引き下がらせようと考えていた。当事者でないエレナにはアキラとカツヤのどちらが正しいかは分からない。だがどちらが正しいとしても、たかがスリのためにアキラがカツヤとめるのはどうかと思ったのだ。


 しかしアキラの態度から察するに冤罪えんざいの可能性を指摘して引き下がらせるのは難しいだろう。エレナはそう判断して次の手を思案する。


 今度はサラが少し言いにくそうにしながら尋ねる。


「えっと、アキラはそのスリをどうしても殺したいの?」


「別に地の果てまで追って殺す気なんてありませんが、ちょっと探せば見つかる程度の場所にいるなら殺します。見つけた場所がハンターオフィスの前とかなら面倒事になるので見逃しますが、荒野とかそういう場所なら躊躇ちゅうちょしないと思います。それ以外の状況にもりますけど」


「そ、そう」


 アキラはごく普通に何の意気込みもない様子で答えた。それが逆に発言内容に一切誇張はないとサラ達に教えていた。サラ達はアキラの引き金が軽いと既に知っている。その軽さがスリの関係者、邪魔者、巻き添えになる者達に対してどこまで適用されるのかは分からない。だが相応に軽いことは分かる。


 アキラが珍しくエレナ達に向けて僅かに顔をしかめる。


「エレナさん。サラさん。別に俺を信じろとか、俺の味方をしろとは言いません。無関係でいてもらえませんか?」


 エレナは心配そうに少し険しい表情を浮かべている。


「いや、私達の知り合いがその程度のことで殺し合いかねないほどにめているのを黙って傍観するのも、ちょっとね」


 だがアキラのがわに付いてカツヤ達にアルナを引き渡せと迫るわけにもいかない。カツヤのがわに付いてアキラに引き下がるように脅すわけにもいかない。そして引き渡せば殺されるであろう者を引き渡すように説得するよりは、その逆の方が容易たやすい。エレナはそう判断して、軽く探りを入れるように提案する。


「確かめ事の切っ掛けは、アキラがそのスリに10万オーラムを盗まれたから、なのよね? 私が代わりに10万オーラム支払うってのも何か違う気がするし、そうね、嫌なことがあったけど、その気晴らしってことで私が20万オーラムぐらいの食事をおごるから、もう少し落ち着いて考えられない? 結構良い店に案内するわよ?」


 アキラが表情を僅かに無表情気味に硬くする。


「……いえ、それはそれで何か違う気がしますので遠慮しておきます」


「あら、私が誘っても駄目か。残念ね。これでも結構容姿とかには自信が有ったんだけど、振られちゃったか。それなら……」


 エレナが場の空気を和ませるために少し茶化ちゃかすような口調で微笑ほほえみながら次の提案に移ろうとする。それをアキラが少し強めの口調で遮る。


「エレナさん」


 そして一見普通に見える表情で続ける。


「エレナさんとサラさんが、どうしても、と言うのなら、あいつを狙うのは止めます」


 サラが急に聞き分けが良くなったようなアキラの様子を不思議に思いながら確認を取る。


「良いの?」


「はい。エレナさんとサラさんには今までいろいろとお世話になっていましたから。それぐらいは」


 エレナとサラが視線を合わせる。少し無理強いするような感じになってしまうが、それでもアキラがスリを殺そうとしてカツヤと交戦してしまい、最悪の場合ドランカム自体を敵に回してしまうよりは良いだろう。2人の意見は一致していた。


「それなら……」


 どうしても。そう続けようとしていたエレナに、シズカがかなり強引に割り込んでくる。


「私の意見としては、よく考えて決めなさい、としか言えないわね」


 かなり不自然な割り込みだった。アキラ達の視線がシズカに集まる。シズカはアキラの視線がエレナ達から自分に移ったことを確認して続ける。


「アキラにはそのスリを殺す理由はあっても、急いで殺す理由はないんでしょう? そして相手より先に殺さないと返り討ちに遭うような状況でもない。時間の余裕があるのなら、その優位な立場を生かして落ち着いてゆっくり考えなさい。余裕のない状況での決断を引きずる必要はないわ」


 シズカは真面目な表情でアキラとしっかり視線を合わせている。アキラが少し考えてからつぶやく。


「よく考えて……、ですか」


 シズカが少したしなめるような口調で続ける。


「そう。今すぐに決めないと手遅れになるなんてのは、選択の結果を考えさせないための詐欺の手法よ。猶予が許す限り考えなさい。こんなことになるなんて、とか言い出す人は、事前にその事態を想定できていれば別の選択をしていたはずよ。選択の結果を想像できていて、その結果を覚悟して決めていたのなら、そんなことは言い出さないわ」


 アキラが難しい表情で考え込んでいる。シズカが優しい口調に変えて続ける。


「私もエレナもサラも所詮は部外者で、詳しい状況やアキラの立場とかも知らずにいろいろ言っているだけ。それは確かよ。でも部外者だからこそ客観的に判断できるとも言えるわ。私達も別にアキラの選択が間違っていると言っているわけではないの。ただ、非常に感情的になった時に決めてしまったことを、一度そう決めたのだからって引きずって、非常に割に合わないことを意地になって続けているんじゃないかって心配しているだけなの。友人が感情的になって割に合わないことをしようとしているように見えたから、ちょっと落ち着いた方が良いって言っているだけよ。空腹だと気もすさむわ。美味おいしいものでもおなかに入れて落ち着いて考えた時に選択が揺らぐのであれば、その程度のことってだけよ。エレナもそう考えて食事に誘ったのだと思うわ」


 アキラが視線をエレナ達に戻して端的に尋ねる。


「そうなんですか?」


 エレナとサラの表情が僅かに固まる。エレナ達はアキラに慕われていると思っている。それはアキラの態度、表情や口調などからも明らかだった。お互いに命の恩人で、一緒にハンター稼業をした時も互いを尊重し合って、親しい仲を築けていると思っている。


 だが今のアキラの表情にエレナ達への親しみはない。他者への関心に欠ける表情で、見知らぬ何かの危険性を探るような、敵か、敵ではないかを確認しようとしているような目を向けて、エレナ達の返事を待っていた。


 慕われていると思っていた相手からのその表情と視線に、サラが動揺と困惑で表情を曇らせる。エレナも動揺していたが、交渉事に慣れているおかげで表面上は平静を保っていた。シズカの話に乗って少し作った表情で答える。


「そうよ。ドランカム所属のハンターとめ事を起こして交戦なんてすれば、下手をするとドランカム自体を敵に回しかねないわ。特にカツヤはドランカムでかなり評価されていて、ちょっとした幹部扱いまで受けているそうよ。別の幹部も後ろ盾にしているって話も聞くわ。アキラにも込み入った譲れない事情があるかもしれないけど、傍目はためから見れば、たかがスリ1人の程度のことで、都市とかなり付き合いのある組織を敵に回すのは、どう考えても割に合わないわ。下手をすると都市まで敵に回し兼ねないからね。アキラもカツヤもかなり感情的になっていたようだし、少し落ち着いて考えた方が良いと思ったの。部外者が事情も知らずに口を出して、気を悪くさせたら、御免なさい」


「……いえ、大丈夫です」


 アキラの態度はどことなく硬い。場には少し気まずい空気が流れていた。


 シズカがその空気を流すように明るい声を出す。


「アキラはまだ改造部品を選んでいる途中なのよね? 折角せっかくだからエレナ達に相談に乗ってもらったら? 情報収集機器との連携が必要な改造部品を組み込むならエレナの知識が役に立つだろうし、サラの装備は改造品だったはず。使用感を聞いても良いと思うわ」


 アキラが少し躊躇ためらいがちに、僅かに他人行儀気味に尋ねる。


「良いんですか?」


 エレナが笑って大きくうなずく。


勿論もちろんよ。サラも良いわよね?」


「えっ? ええ。勿論もちろん。予定もないし、何でも聞いてちょうだい」


 サラも大きくうなずいて笑って答えた。


「ありがとう御座います」


 アキラはエレナ達に笑顔を見せずに頭を下げた。

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