第152話 導火線を繋ぐ者

 アキラは今日もエリオ達の訓練に付き合っていた。


 訓練の頻度は週に2、3回ほどで主にアキラの都合で決まる。疲れている。用事がある。面倒。気が乗らない。その程度の都合で実施するかどうか決められる。逆にアキラがその気なら毎日実施される。これはシェリルの意向でもあった。


 シェリルは遺物販売店をいずれ再開するつもりだ。その場合当然だがアキラがいない時にも店を開ける必要がある。アキラがハンター稼業を再開すれば、今までのようにシェリルの店に常駐することはなくなるのだ。


 そのため店の再開にはシェリルの徒党の独自戦力が必要だ。装備はカツラギから購入すれば補える。だが人員はそうはいかない。真面まともに戦える人材が必要なのだ。


 訓練への参加は任意だ。だがシェリルは参加意欲を高めるために参加者を非常にうれしそうに大いに称賛した。その成果なのか訓練の参加者は徐々に増えていき、既にアキラが用意した訓練用装備の数を超える人数が参加していた。


 模擬戦の人員は交代制となり、訓練用装備の不足の所為で参加できない者は休憩となる。その休憩時間のおかげで、訓練が彼らの疲労により強制的に終了となるまでの時間は少しだけ延びていた。


 ただしエリオ達が疲労困憊こんぱいの状態で拠点に帰ることに変わりはない。アキラとの実力差は絶望的だ。全身全霊で最善を尽くして、その上で蹂躙じゅうりんされ続けるという厳しい訓練を繰り返していた。エリオ達はアキラの実力に改めて驚きながら、少しでも強くなろうと必死に足掻あがいていた。


 アキラもまた必死に訓練を続けていた。アルファから駄目出しを受けながら、アルファの指揮下にある訓練相手を倒し続ける。訓練場にしている荒野にはアキラの死体の幻影が幾つも転がっている。


 戦力差を調整するために、敵の銃はアキラの強化服の防御力を突破する火力がある扱いだ。そのためアキラの死体の大半は見るも無残な姿をさらしていた。訓練終了時の死体の数をゼロにするのが当面の目標だ。それを実現させた時、アキラの実力は飛躍的に向上している。アルファのサポートを受けた程度の素人など幾らいても軽く蹴散らせるほどに。


 アキラが遮蔽物を利用しながら場を素速く駆けていき、敵の射線を見切ってかわし、敵が遮蔽物に隠れる前に正確に銃口を向けて引き金を引く。命中判定を受けた敵の横を駆け抜けようとして、まだ立ったままの少年に一度止まって注意する。


「撃たれたらちゃんとすぐに倒れろ。他の味方が倒れた仲間を見て、その位置から俺の位置を推測するのも訓練のうちなんだ。命中判定を受けたやつが突っ立ったままだと、他の仲間がそこは安全な場所だと勘違いする。仲間の訓練の妨げになるぞ」


「す、済みません」


 注意された少年は慌てて地面に伏せた。伏せながら少しだけ顔を上げて、自分から離れていくアキラの姿を見る。その表情は驚きに染まっていた。


「……あの距離から撃っても、ちゃんと当たってるって分かるんだ」


 命中判定を受けるとゴーグルが赤く染まって表示されるが、それがすぐに分かるのはゴーグルを着用している本人だけだ。撃破判定が他の者に送信されたりはしない。しかしアキラは命中したと確信して声を掛けていた。そして少年は実際に命中判定を受けていた。これだけでも十分驚くべきことだ。


 しばらくするとゴーグルに模擬戦終了の表示が敗北表示で表れる。少年が僅かに険しい表情でつぶやく。


「もう全員倒されたのか。早すぎる。強すぎるだろう。こんな強いやつの代わりになれるぐらい強くなれって、ボスも随分無茶むちゃを言ってくれるな。……まあ、ボスのお願いだ。やるだけやるか」


 少年が苦笑して立ち上がる。シェリルの応援はこういうところでも地味に戦意高揚の役に立っていた。




 アキラが何度目かの模擬戦の途中で少しだけ怪訝けげんそうな表情を浮かべる。


『アルファ。勘違いかもしれないが、俺の勝率がかなり上がってないか? さっきから俺の連勝が続いているんだけど……』


『勘違いではないわ。確かに上がっているわ』


『別に俺が急に強くなったわけじゃないよな?』


『アキラの実力が少しずつ上がっているのは事実だけれど、そこまで急に強くなったりはしないわ。アキラの連勝の原因は、主に彼らの実力不足の所為ね』


『実力不足? あいつらだって訓練を続けているんだ。そこまで勝率に影響するほど急に実力が下がったりはしないだろう。疲労が原因ならまだ分かるけど、それだって交代で休んでいるんだから、俺が苦戦していた時より改善しているはずだ。アルファがあいつらの指揮の手を抜いているのか?』


『違うわ。指揮の質はむしろ更に上げているわ』


 アキラがより怪訝けげんな表情を浮かべる。


『じゃあ何でだ?』


『彼らもある程度戦えるようになってきたから、私の指揮以外でのサポートの質を少しずつ現実的な範囲に落としているのよ。壁の裏とかに隠れているアキラの姿を、距離によって透過表示するのを止めたり、銃口から表示させていた弾道予測の線を途中で消したりしてね。私の指揮以外の部分が、彼らの本来の実力に近付いてきているの。それでアキラと彼らの相対的な実力差が広がっているのよ』


 アキラは自身の勝率が極端に上がった理由に納得しつつ、それを残念に思う。折角せっかくの訓練なのだ。相対的に格下となった相手を蹴散らし続けても意味はない。格下相手であっても自惚うぬぼれず油断せずに戦う訓練にも意味はあるだろうが、自分にはそんな訓練をしている余裕などない。そう思っているのだ。


『それ、元に戻すわけにはいかないのか?』


『これ以上続けると彼らの戦い方が私のサポートを前提としたものになってしまうの。便利な道具が彼らの訓練を阻害する要因となり始めたのなら、使用の制限を始めないといけないのよ。下手をすると、訓練以外では素人よりましという程度の動きしかできなくなってしまうわ。長期的に考えると、アキラの訓練相手にもならなくなってしまうのよ』


 アキラが苦笑する。


『その便利な道具に頼り切っている身としては耳が痛いな』


 アルファが得意げに微笑ほほえむ。


『アキラは良いのよ。私がずっとそばにいるのだから問題ないわ。こうやって自力で対処する訓練も続けているしね。第一、アキラは私のサポートの恩恵を受けている状態でも遺跡で死にかけているのだから、そんな自虐をしている余裕はないでしょう? そんな贅沢ぜいたくはもっと強くなってから言いなさい』


『ごもっとも。俺ももっと強くならないとな。でもどうするんだ? このまま俺があいつらを蹴散らし続けても良い訓練にはならないと思うけど』


 現状が続くのならば、アキラは負ける気が全くしなかった。既に数度蹂躙じゅうりんと呼べるほどの圧勝が続いている。アキラにとってもエリオ達にとっても良い訓練にはならない。


 アルファは少し考えるような仕草を見せた後、楽しげに不敵に微笑ほほえんだ。


『仕方がないわ。それならアキラの方に制限を掛けることにしましょう』


 アキラの視界に変化が生じる。少し離れた場所の景色が鮮明さを失い始めていき、周囲の静寂が増していく。情報収集機器の索敵範囲も大幅に縮まっている。


 アキラが僅かに動揺を見せる。


『アルファ。これって……、色無しの霧か?』


『そうよ。色無しの霧の濃度が上がった状態を再現してみたわ。再現であって実際にはそうなったわけではないから安心して』


 自分の勝率を下げるための制限であり、色無しの霧が実際に濃くなった訳ではない。それを知ってアキラが安堵あんどする。そして苦笑して再度辺りを警戒する。索敵を済ませたはずの場所が、全て最優先で警戒するべき場所に戻ってしまった。


『それでは、気を取り直して頑張ってね。これでもアキラの勝率が下がらなかったら、アキラの勝率が下がるまでもっと色無しの霧の濃度を上げることにするわ。……その必要はなさそうだけれどね』


 次の瞬間、アキラの視界が赤く染まった。命中判定を受けたのだ。


 アルファが微笑ほほえみながら横方向を指差している。アキラがその方向を見ると、アキラを倒した少年が驚きの表情を浮かべていた。少年も今のでアキラを倒せるとは思っていなかったようだ。


 アキラがめ息を吐いて項垂うなだれると、視線の先の地面に、今の撃破判定の分の死体が増えていた。どことなく恨めしそうな視線を向ける自分の死体に、アキラは苦笑を返した。


 その後、アキラの勝率は加えられた制限のおかげで大分低下した。




 アキラ達は模擬戦を10戦終えるごとに一度集まって軽い質疑応答を行っている。何もなければすぐに次の模擬戦に入るのだが、今回は質問が出てきた。


「あの、急にアキラさんの動きが悪くなったような気がするんですけど、何かあったんですか?」


 アキラが一応不機嫌にならないように注意しながら答える。


「俺の勝ちが続いていたから少し調整しただけだ。気にするな」


 調整とは何なのか。エリオ達の頭に同じ疑問が浮かんだが、アキラに気にするなと言われた以上、それ以上聞くことはできなかった。一気に勝率を落として少し不機嫌そうなアキラを見て、藪蛇やぶへびにならないように互いに目配せをして口を閉ざした。


 模擬戦が再開される。休憩側になった少年が近くの瓦礫がれきに腰掛けて模擬戦の様子を眺めながらつぶやく。


「しかしアキラさんは本当にどういう体力をしているんだ? 俺達は交代で休憩しながらでもこの有様だっていうのに」


 別の少年がそのつぶやきに答える。


「強化服ってやつのおかげだろう? 良いな。俺も欲しいな。ボスがカツラギさんから装備を調達するって言っていたし、俺達にも買ってくれないかな」


 近くにいたエリオが軽く首を横に振る。


「無理だろう。すごく高いらしいからな。少なくとも全員に配るなんて絶対無理だ。それに……」


 エリオはアキラに命を助けられた時のことを思い出す。アキラは強化服を着ていない時でも、銃器に加えて大量の遺物をリュックサックに詰め込んで運んでいた。あの時点であの重量を背負って戦闘が可能なのだ。多分単純に強化服があれば良いというものでもないのだろう。エリオはそう答えようとして、余計なことを話すなとくぎを刺されていたのを思いだし、口をつぐんだ。


 少年が不自然に話を止めたエリオを見て不思議そうに続きを促す。


「それに?」


「……それに、買ったとしても良くて数着。しかもアキラさんの強化服のような高性能なものは無理だ。高いからな」


「それもそうだな。でも1着ぐらいなら良いやつを……、ああ、その場合はエリオが着るのか。一応ボスの護衛をやったりもしてるしな。良いなー、役得だなー」


 少年が羨ましそうにエリオを見る。


「お前、アキラさんに殴りかかった割には結構上手うまくやっているよな。アリシアと一緒に幹部扱いだし」


 エリオが嫌そうに表情をゆがめる。


「止めてくれ。蒸し返すな。馬鹿なことをしたって後悔してるんだからさ」


「馬鹿なことをしたやつと言えば……、最近だとティオルか。ボスとアキラさんとの仲を疑ってボスを怒らせた上に、あの連中を連れてきちまったんだからな。そういえば、最近あいつを見てないような気が……、逃げたのか?」


「いや、確かアリシアが仕事を割り振っていたから一応まだ徒党に所属しているはずだ」


「時間の問題のような気もするけどな。逃げ出さないのなら相当なことをしないと失態を取り消せないだろう。例えば、そう、例のスリを捕まえるとかさ」


 エリオが少し考えてから首を横に振る。


「無理だな。アキラさんより強いハンターが後ろ盾になっているって話だ。それに下手に成功したら、今度はその後ろ盾の連中に目を付けられる。そいつらが拠点に押し掛けてきたらどうするんだよ。それはそれでボスを怒らせるだろう。だからボスも見掛けた日時と場所の報告だけにして、それ以上下手に手を出すなって言っているんだろ?」


「それもそうか。詰んだな。あいつ」


 雑談を続けている間に模擬戦が終わった。エリオが立ち上がって休憩側の者達に声を掛ける。


「よし! 次は俺達だ! いくぞ!」


 疲れ気味の少年が、自分と同じように疲れているはずのエリオの元気そうな様子を見て不思議そうにする。


「随分元気だな。何でそんなやる気なんだ?」


「俺はアリシアのために強くならないといけないんだ。こんなところで休んでいる暇はないんだよ」


「こいつ、真顔で言いやがった。これが彼女持ちか。なんてやつだ」


「ふん。何とでも言え」


 エリオは軽く笑って開き直った。少年が揶揄からかうように笑いながら少し本音も混ぜておどける。


「なんてやつだ。あー、俺も彼女が欲しい。アキラさんみたいにボスみたいな彼女が欲しい」


「アキラさんみたいに強くなればできるんじゃないか?」


無茶むちゃ言うな」


 エリオ達は下らない冗談を言いながら模擬戦を終えた者達と交代した。そしてアキラに蹴散らされたり辛勝したりしながらその後も訓練を続けた。




 ティオルがスラム街を険しい表情でうろうろしている。本人は隠しているつもりだが、誰かを探しているのは少し注意して見ればすぐに分かる。募る焦りが自身の行動を下手に隠そうとする不自然さを際立たせていた。


(……クソッ! いねえじゃねえか! 本当にこの辺なのか? また適当な情報なんじゃないか?)


 ティオルはアルナの隠れ家の近くを重点的に探していた。その辺りを探せば見つかる可能性が高いと教えられたからだ。だが見つからない。


(また聞いてみるか? でも何度も聞くと情報を疑っていると思われて機嫌を損ねるからな。あいつからの情報が頼みの綱なんだ。でもこのまま見つからないのも……)


 どうするべきか。その迷いがティオルの表情をより一層ゆがませ、迅速な決断を遅らせていた中、視界に目的の人物達の姿が映る。


(……いた! 見つけた!)


 ティオルは挙動不審にならないように注意しながら物陰に隠れると、見間違えを恐れて目的の人物達の姿を再確認する。その視線の先にいる者達は、カツヤ達だった。




 カツヤ、ユミナ、アイリ、アルナの4人がスラム街を歩いている。


 アルナはアキラに見つからないように頭部まで覆えるハンター用のコートを被っていた。コートはドランカムの備品でカツヤ達から借りたものだ。申し訳なさそうな表情をコートのフード部分で少し隠しながら、機嫌をうかがうようにカツヤに尋ねる。


「私に付き合ってくれてありがとう。でも、良かったの? カツヤも忙しいんじゃ……」


 カツヤ達はアルナの隠れ家に向かっていた。スラム街に幾つかあるアルナの隠れ家には、少額の金や日用品などがまだ置かれたままだ。それらを取りに向かっているのだ。


 カツヤが持ち前の人の良さを出して軽く笑う。


「気にしないでくれ。アルナだけで行かせるのも危ないし、それに俺達の用事のついでだしな」


「用事があるならやっぱり忙しかったんじゃ……」


「大丈夫だって。用事って言っても、ハンター稼業の息抜きにスラム街にあるっていう遺物屋を探してみようってだけだよ。基本的に店を探してうろうろするだけだから、アルナは気にしないで大丈夫だ。それにほら、もしかしたらアルナの親友に会えるかもしれないんだろう?」


「うん。偶然出会えたらって話だけど。もし会えたらカツヤ達に助けてもらえたことを話せば、安心してくれると思う。私のことを最後まで心配してくれたから。できれば私は大丈夫だって説明したい」


「そうか。優しい人なんだな」


「うん。自慢の親友。……私は彼女に迷惑ばっかり掛けていたわ」


 そう言って少しかなしげに自嘲的な微笑ほほえみを浮かべるアルナに、カツヤが元気づけるように笑いかける。


「それなら後で彼女にちゃんと恩を返さないといけないな。大丈夫。何とかなるって。アキラに狙われているのも、時間は掛かるかもしれないけど、俺が何とかするよ」


「カツヤ……」


 アルナがうれしさの余り目を潤ませてカツヤを見詰める。カツヤは照れくさそうに笑っていた。


 ユミナとアイリが同時にめ息を吐く。まただ。2人の胸中は同じ思いで満たされていた。


 カツヤはそうやって異性の頼みを安請け合いしたりいろいろ手助けをしたりしている。その結果、またカツヤにれる女性が増えるのだ。問題の解決をユミナ達が手伝うことも多い。れた弱みでカツヤの頼みを断れず、ユミナ達はある種の諦めを抱きながら何度も手伝っていた。


 ユミナとアイリがお互いのめ息に気付いて顔を見合わせる。そして互いの胸中を理解して、互いに苦笑した。




 ティオルが情報端末で連絡を取っている。


「……ああ、そうだ。アルナってやつを見つけた。多分だけど」


 連絡した相手が怪訝けげんな声を返す。


「多分? ちゃんと確認しなさいよ」


無茶むちゃ言うな。アルナらしいやつはコートを深く被って顔を隠しているんだ。正面からしっかり確認しようとすれば、流石さすがに他の連中に気付かれる。あいつら、アキラが自分より強いって言っていたハンター連中だろう? アキラより強いやつの正面になんか立てるか。アルナの隠れ家に入っていったし、格好とかもそっちから教えてもらった情報と同じだ。あいつで間違いないはずだ」


「仕方ないわね。貴方あなたはそのままアルナの跡を付けてちょうだい。渡した情報端末の位置情報を送信する設定を解除しちゃ駄目よ?」


「分かった。……なあ、あいつらがすきを見せたら、俺がアルナを殺しても良いか?」


 アルナを殺してアキラとシェリルに報告すれば、拠点に自分が襲撃者達を連れてきてしまった失態をかなり拭えるはずだ。ティオルはそう思っていた。


「それは構わないけど、貴方あなたには無理なんじゃない?」


 挑発的というよりは馬鹿にしたような声を聞いて、ティオルは舌打ちして通話を切った。




 カツヤ達はアルナの私物の回収を済ませた後、当初の予定通りスラム街にあるという遺物屋を探して彷徨うろついていた。高値で転売できそうな遺物がスラム街の遺物屋に流れている。そのうわさ話はドランカムのハンター達にも流れていたのだ。


 最近カツヤ達は旧世界の遺物に直接関わる仕事から大分離れていた。都市間輸送の護衛の手伝いや施設の警備などだ。それらは雇われるがわの信用を重視する仕事で、ハンターランクを効率的に上げるのにも適している。都市間輸送の護衛などは一定の実力さえあれば危険も事前に把握しやすい無難な仕事だが、貴重な荷物を大量に運搬していることも多い。仕事の途中で突然強盗に転職しかねないそこらのハンターには任せられないのだ。


 信用が必要で実績を積みやすく仲間の安全も確保しやすいその手の仕事を任せられた。カツヤはそのことをうれしく思っている。だがハンターの醍醐味だいごみといえば旧世界の遺跡で貴重な遺物を手に入れることだとも思っている。割り振られた仕事で旧世界の遺跡に行くこともあるが、それはクズスハラ街遺跡の前線基地構築補助作業などで、基本的に遺物の収集を主目的とするものではなかった。


 最近旧世界の遺物に関わる機会が減ってきている。その機会を補うためにうわさの遺物屋を回ってみよう。カツヤはそう思って、皆とうわさの遺物屋を半ばデート感覚で探しているのだ。


「アルナは店の場所とかに心当たりとかはないか? 最近までこの辺にいたんだろう?」


「ごめん。私もスラム街にそういう店があるってことは知っているけど、店の場所までは。ほら、旧世界の遺物って高いでしょ? 私みたいな金の無い子供には縁のない場所なの。縄張りの元締めとかと付き合いがある子ならまた別なんだけどね。それに、一見さんお断りとか誰かの紹介がないと入れない店も多いって聞くから、店の場所だけ知っていてもあんまり意味はないと思う」


「……スラム街を適当に彷徨うろつけば見つかるだろうって考えていたけど、考えが甘かったか。俺達がそういう店の客になるにはどうすれば良いんだろうな」


 少し悩んでいるような表情を浮かべるカツヤを見て、アルナが必死に記憶を探ろうとする。少しでもカツヤの役に立とうとしているのだ。とにかく何か思い出して話さないといけない。そう考えて少し焦っていたためか、思い出したことをよく考えずに口に出す。


「遺物を取り扱う店とつながりのある他の店とかで金払いの良い様子を見せると、客として紹介されることが多いって聞いたことがあるわ。露店とか酒場とかしょう……カツヤには用のない店とかで、馴染なじみの客とかに……とか、聞いた……ことが……」


 アルナが語尾を小さくさせながら、最後には消え入るような声で答えた。そのため上手うまく聞き取れなかったカツヤが聞き返す。


「えっ? 何の店だって?」


 アルナが少し恥ずかしそうに頬を染める。


「……あ、その、娼館しょうかん。スラム街の娼館しょうかんはそこの縄張りの元締めが後ろ盾になって経営していたりもしていて、そこに来た客に遺物屋を紹介する時があるって。……旧世界の遺跡で稼いで帰ってきたハンターが客になることも多いって話で、支払いに金の代わりに取ってきた遺物を渡したりもするって……、そういうつながりで……、カ、カツヤには関係ない話よね?」


 カツヤが焦りと照れの混じった固い笑みを浮かべる。


「そ、そうだな」


 ユミナがすごみの感じられる穏やかな笑顔をカツヤに向ける。


「関係あるとか言ったら、ぶっ飛ばすわ」


 ユミナは本気の目をしていた。カツヤが慌てて答える。


「ない! 関係ない! ミズハさんからも変なところに行くなって注意されたしな!」


「……それは、注意される前は行っていたってこと?」


「い、いや、今のは言葉の綾で……」


 カツヤがユミナの気迫にたじろいでいると、アイリが険しい表情で口を挟んでくる。


「カツヤ」


「いや、アイリ、今のは誤解で……」


「つけられている」


 カツヤが表情を真面目なものに戻す。


「……いつからだ?」


「少なくとも30分前から」


 ユミナも真面目な表情でアイリに尋ねる。


「勘違いとかじゃないのね?」


「偶然同じ方向を進んでいるだけなら、特に明確な目的地がない私達と30分間も同じ方向に進んだりはしない」


 カツヤ達の雰囲気が張り詰めたものに変わった。


 カツヤ達を尾行していたのはティオルだ。アイリはティオルが本当に自分達を尾行しているのかどうかを確認するために泳がせていた。ティオルはそれを単純に気付かれていないだけだと判断していた。


 カツヤ達がアルナをかばいながらティオルとの距離を詰める。ティオルがようやく相手に気付かれたことに気付いた時には手遅れだった。既にカツヤは目の前まで来ていたのだ。


 ティオルは装備も実力も違いすぎるカツヤ達に威圧されて畏縮してしまい、逃げ出すこともできずにその場に立ち尽くしてしまった。


 カツヤがハンターのすごみを出しながらティオルを軽くにらみ付ける。


「何の真似まねだ? どうして俺達をつけるんだ?」


「な、何の話だ?」


 引きつった顔で誤魔化ごまかそうとするティオルに、カツヤが更にすごみながら軽く脅しつける。


「悪いが、こっちにもいろいろ事情があるんだ。多少痛めつけないと口が軽くならないって言うのなら、お望み通りにしても良いんだぞ?」


 ティオルが途端に慌て出す。


「わ、分かった! 話す! 話すよ! 頼まれたんだ! 悪かった! 勘弁してくれ!」


「頼まれた? 誰にだ?」


「ほ、ほら、あいつだ」


 ティオルはそう言ってカツヤ達の背後を指差した。それはカツヤ達の意識をらすために適当に指差しただけだった。意識が自分から少しでもれたら走って逃げるつもりだった。


 カツヤ達が確認しようと振り返る。ティオルはそのすきいて逃げだそうとしたが、思わず足を止めてしまった。適当に指差しただけの場所に武装した4人の男がいて、しっかり自分達の方を見ていたからだ。


 その4人はシジマの部下達とカドルだった。

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