第146話 後処理

 襲撃の跡を色濃く残す部屋の中にアキラとシェリル達がいる。アキラが敵を撃退したことで、シェリル達は一応落ち着きを取り戻していた。


 シェリルが険しい表情で尋ねる。


「被害は?」


 アリシアがつらそうな表情で答える。


「……5人死んだわ。負傷者も多いの。エリオも助かるかどうかも分からないの」


「……そう。負傷者を急いで診療所に運んで。治療費について聞かれたら私とカツラギさんの名前を出して。話は通っているはずだから」


「……うん」


 アキラは自分の負傷の治療をしながらシェリル達の話を聞いていた。手元の回復薬の箱を見て、アリシアに軽く声を掛けて、まだ中身がたっぷり残っている回復薬を投げる。


 アリシアが受け取った回復薬を見て驚いている。この回復薬が1箱200万オーラムもすることを知っているからだ。シェリルの部下達の治療に使って良いという意味であることぐらいはアリシアにも分かるが、後で料金を請求されることを考えてしまえば、使用を躊躇ためらってしまう高級品に間違いはない。


 アキラが悲痛な表情で悩んでいるアリシアに話す。


「代金は割引してシェリルに付けておく。こんな状況だ。安くしておくよ」


 シェリルが安心させるように微笑ほほえみながらアリシアに話す。


「使い切って良いから急ぎなさい。間に合わなくなるわ」


 アリシアは一度アキラとシェリルを見た後、頭を下げて急いで部屋を出て行った。


 シェリルがアキラに頭を下げて礼を言う。


「ありがとう御座います。これで助かる子も増えると思います。……その、代金は幾らぐらいにするべきでしょうか? 支払えるのがいつになるかは分かりませんが、必ず払います」


「好きに決めてくれ。良くも悪くも回復薬をただもらったと考えさせないために言っただけだ。金がないのは知っているが、たかられても困るからな」


「……分かりました。今はアキラの厚意に甘えさせていただきます」


 シェリルはアキラに再び深々と頭を下げた。


 アキラが自分の治療を続ける。回復薬を飲み込んで、鎮痛作用が効いている間に折れた骨の位置を戻す。強化服を脱いで、強化服との摩擦で皮膚が剥がれていた部分にペースト状の回復薬を塗り込む。筋繊維が露出している箇所に塗り込むのは視覚だけでも痛みが伝わってきそうだったが、我慢して作業を進めていく。


 慣れた手付きで自分に包帯を巻き終えてからもう一度強化服を着る。アキラは折れた腕の状態を確認するために少し腕を動かしていたが、そこで違和感を覚えて少しだけ怪訝けげんな表情を浮かべた。


『なんか、腕の動きが鈍いな。これもあの無茶むちゃの代償か?』


 アルファが少しだけ真面目な表情で答える。


『それに関しては残念なお知らせがあるわ』


『……えっ? 俺の腕、そんなに不味まずいのか? 結構回復薬を飲んだつもりだったんだけど、駄目なのか?』


『生身の方はしばらく安静にしておけば大丈夫よ。残念なお知らせは強化服側の損傷よ。もともとかなり傷んだ状態だったけど、さっきの戦闘で一気に調子が悪くなったわ。部分的に故障している箇所もあるから、誤作動を抑えるために、強化服の操作方法を一部読み取り式から追従式に変更したわ。その分だけ動きが鈍くなっているのよ』


『俺の強化服、そんなにひどい状態だったのか?』


『モンスターに食われたり、ビルを駆け下りたり、被弾したり、セランタルビルで全力稼動させたり、いろいろあったからね。既に大分損傷していたのよ』


 アキラがそれらの記憶を思い返す。確かにかなり手荒な扱いを続けていた。調子が悪くなるのも当然だ。少し不安になって尋ねる。


『アルファのサポートがなくなったわけじゃないんだよな?』


『それは大丈夫よ』


 安堵あんどした様子を見せたアキラに、アルファが一応くぎを刺す。


『でも強化服の性能が大分下がったことに違いはないわ。新しい強化服が手に入るまで、今までのような無茶むちゃはしないように注意してね』


『分かった。元々新しい装備が届くまでは都市にとどまるつもりなんだ。しばらくはゆっくりするよ』


 アキラは治療を済ませて、強化服を着て、銃も装備し直した。全く問題なくとは言えないが、それなりに戦える状態を取り戻して、意識もそれに切り替える。そして今まで待たせていた者達に顔を向ける。今まで放置していた襲撃者達の生き残りの4人だ。


「待たせたな。それじゃあ、いろいろ聞かせてもらおうか」


 襲撃者達は身に着けているものを全て剥がされた裸の状態で、両手足をシーツでしっかりと縛られていた。彼らは既に全員目を覚ましており、険しい表情でアキラを見ていた。


 彼らは状況を理解した上で慌てず騒がず平静を保っていた。近くにはアキラに殺された4人の死体が転がっている。どれもむごたらしい状態だ。生き残りを恫喝どうかつする材料としても見られるが、見せしめとして殺す分の死体の数は既に足りているとも判断できる。自分達が殺されていないのならば、生かしておく価値があると判断しているはずだ。交渉の余地はあるのだろう。彼らはそう判断していた。


 部屋の中には生き残りの男達の他に、アキラとシェリルとシェリルの部下達がいる。シェリルの部下達が男達をにらみ付けているが、それは男達をおびえさせる要素にはならなかった。


 交渉の相手はアキラとシェリルだけだ。それ以外の要素を気にする必要はない。彼らはそれを理解していた。そして交渉相手が子供であることから、付け込むすきも多いことを期待していた。


 男達の1人が慎重な態度でアキラに尋ねる。


「大人しく話せば、俺達を助けてくれるのか?」


 アキラが特にすごんだりせずに、普通に答える。


「少なくとも話さないやつは殺す。拷問する趣味はないから楽に殺してやる。死んでも話したくないなら、そのまま黙ってろ」


 アキラの敵意も殺意も感じられない普通の口調、普通の態度が、話した内容が事実であると男達に分かりやすく伝えていた。


「分かったよ。何を話せば良い?」


「そうだな。取りあえず、ここを襲った理由からだな」


 アキラとシェリルは男達から今回の襲撃に関する情報を可能な限り引き出した。聞き出した襲撃の理由を要約すると、金が欲しかったので高く売れそうな遺物がありそうな警備の緩い店を襲った、というスラム街ではありふれた内容になった。いろいろな情報を基に相談した結果、最終的にシェリルの店を襲うことになったらしい。


 その情報の中には、店の警備をしているハンターの話も含まれていた。店を警備しているハンターは、子供のスリに金を奪われた上に、スリの知り合いの子供にすごまれて引き下がるような小物で、大して強くはないという情報だ。恐らくスリにカモの情報を売っている情報屋から得た情報なのだろう。


 その話が出た途端、アキラの機嫌が急速に悪くなった。だがアキラは何とか平静を取り戻した。男達がおびえていたが、アキラの知ったことではない。


 分からないこともあった。シェリルの店に高値の遺物が有るという情報の出所や、その遺物を売りつける先の業者の話だ。生き残りの男達にその話をした男は、アキラが殺してしまっていた。


 その男とはザルモだ。男達の話では、ザルモはいつの間にか男達の話に加わっていて、いろいろ情報を入手してきたり、遺物売却の伝をそろえたりしていたそうだ。生き残りの男達の中に、ザルモについて詳しく知っている者はいなかった。


 アキラはそのことが少し気になったものの、ザルモを生かして捕らえることは不可能であり、どうしようもなかったことだとして、それ以上の詳しい話を男達から聞くのは止めた。アキラには男達がうそを言っているようには見えなかった。それはアルファも同意見だった。


 話を聞き終えたアキラが、少し哀れみを込めた目で男達を見ながらつぶやく。


「何というか、正しい情報って大切なんだな」


 シェリルも同意を込めて不愉快そうに話す。


「そうですね。話を聞く限り、うわさに惑わされたというか偽情報にだまされたというか、そういう感じですよね。良い迷惑です」


 この店には数億オーラムに相当する旧世界の遺物が有り、その遺物の価値を知らない店主が小物のハンターを警備に雇っている。男達の話では様々な情報を基に推測した結果最終的にそういう話になっていたらしい。


 その話が事実なら、ザルモのような実力者がシェリルの店を襲撃しても不思議はないだろう。アキラはある意味納得した。


 アキラとシェリルは彼らにその勘違いを説明したが、男達は当初それを信じなかった。その理由はシェリルの服装にあった。旧世界製の衣服を仕立て直した服を身にまとうシェリルには、男達の勘違いを肯定させるほどの根拠があった。シェリル達は高値の遺物の売買でそんな高価な服を買えるほど非常にもうけているのだと判断されたのだ。


 しかしその服はアキラが恋人のシェリルに贈ったもので、この店の稼ぎとは全く関係ないものだと知ると、男達は愕然がくぜんとして項垂うなだれた。稼ぐハンターが自分の恋人などに自分の実力の誇示も兼ねて高値の遺物を贈ることは珍しくないからだ。


 男達は自分達が自分達の予想とは正反対の店を、警備の薄い大金のある店ではなく、警備の厳重な金の無い店を襲ったことを理解した。それを理解して落胆した彼らの様子は、アキラとシェリルが哀れみを覚えるには十分なものだった。


 しかしアキラとシェリルが彼らに覚えた哀れみは、彼らがこの店を襲ったことを帳消しにするにはほど遠い。アキラが気を取り直して彼らに尋ねる。


「聞きたいことは終わりだ。それでこれからお前達をどうするかだが、好きな方を選んでくれ。金を払って解放される。この場で殺される。どっちにする? 後者の場合は楽に殺してやる。さっきも言ったけど、拷問する趣味はないからな」


 男達が顔を見合わせる。男達の1人が代表してアキラに尋ねる。


「……幾ら払えば良いんだ?」


「こっちで決めて良いのか? それなら1人につき100億オーラムだ」


 アキラの提示額を聞いた男達が絶句する。男の1人が焦りよりも怒りを表に出して答える。


「ふざけるな! そんな金、払えるわけねえだろう!」


「それなら幾らなら払うんだ? 言っておくが、そっちはこっちを殺す気で襲撃したんだ。こっちはそれを金で済ませようって言うんだ。納得できる額を提示できないなら、お前らを殺して仕舞しまいだ」


 アキラの恫喝どうかつに男達が震え上がる。アキラが本気なのは近くに転がっている4人分のむごたらしい死体が既に証明している。納得できる金を支払わなければ、男達もその死体に加わることになるのだ。


 男の1人が別の交渉相手であるシェリルに訴える。


「おい、良いのか? 下手に欲張っても良いことはないぞ? 俺達を殺しても金にはならねえぞ?」


 アキラを相手にするよりはシェリルの方がくみやすいだろう。男はそう判断してシェリルに声をかけたのだ。


 しかしそのシェリルが笑顔で答える。


「構いませんよ。死んでください」


「はぁ!?」


「アキラがそう言っているなら、私は止める気なんかありません」


「お、お前がここのボスじゃないのか!? そいつは警備に雇っているだけなんだろう!?」


「そうですよ。でも、それはそれ、これはこれです。それに私も部下を殺されていますし、止める理由はありませんね」


「……そいつらを殺したやつは全員死んだだろう? 俺達じゃないはずだ」


「だから貴方あなた達は金で済ませても良いと言っているのでは?」


 シェリルは和やかに男達に死ねと言っている。アキラがはした金では納得しないことを知った上で、男達には納得できる額の提示など不可能だと理解した上で、和やかに笑顔で告げている。死んでしまえと。


 男達は追い詰められていた。男の1人が顔色をひどく悪くしながら話す。


「ま、待てって。俺達を殺したって仕様がないだろう? 見せしめの分はもう十分死んでる。残りは生かして金にした方が良いはずだ。考え直せ」


 アキラが再び尋ねる。


「だから、幾ら出すんだ?」


 男が恐る恐る答える。


「……100万オーラム」


 提示額を聞いたアキラは、黙ってシェリルを見る。シェリルは黙って首を横に振る。シェリルの代わりにアキラが答える。


「駄目だってさ」


「……150万オーラム!」


 アキラが再びシェリルを見る。シェリルが再び首を横に振る。シェリルはアキラが支払額を引き上げようとしていると判断しているので、首を縦に振るつもりは全くなかった。


 アキラが再び答える。


「足りないってさ。それと、額を上げるのは構わないが、支払い方法とかも一緒に言ってくれ。1億オーラムを100年で100分割で100万オーラムずつ払うって言われても困る」


 男達が黙り始める。支払い方法を含めて提示しろと言われると、口を開くのが非常に難しくなるからだ。


 代わりにアキラが口を開く。


「その沈黙は、この場で殺される方に選択を変えるってことか? それとも金を支払うつもりはあるけれど、その方法を考え中で思いつかないだけか?」


「か、考え中だ」


「払う意思はあるんだな?」


「も、勿論もちろんだ」


 男達がうなずく。うなずいておかないと命に関わるからだ。


「そうか。それなら少し待ってくれ」


 アキラが情報端末を取り出して誰かに連絡を取り始める。


 アキラの情報端末から接続先の人間の声がする。


「アキラか。何だ、もうけ話か?」


「それはカツラギの商才次第だ」


「それならもうけ話だ。で、用件は何だ?」


 アキラが連絡したのはカツラギだった。




 アキラから事情を聞き終えたカツラギが怪訝けげんな声を返す。


「……状況は分かった。そいつらに金が要るのも分かった。……何で俺がそいつらに金を貸さないといけないんだ?」


「別にカツラギが貸す必要はないだろう。カツラギならその手の金融業者とかに伝があったりしないのか?」


「まあ伝はあるが、俺がそいつらに金融業者を紹介したとして、それがどうして俺のもうけ話につながるんだ? 仲介手数料でも取れって言うのか? 俺の商才は金貸し用じゃねえんだ。俺の商売はハンター稼業系の装備類の販売だぞ? 俺の商才に関係する話をしろ」


 カツラギはかなり不満そうだ。アキラが気にせずに答える。


「その金が全額カツラギから買う装備とかの購入代金になるからだ」


 少し沈黙の後、カツラギが代金の総額、得られる利益、搾り取る方法、その他の関連事項の想定を済ませて、慎重な声で尋ねる。


「……全額か?」


「全額だ」


 アキラの答えはカツラギを納得させるのに十分な内容だった。カツラギが上機嫌で答える。


「そういうことなら話は別だ。確かに俺の商才に関係のあるもうけ話だ。分かった。すぐに手配する。それでどういう装備が欲しいんだ? お前の希望を事前に聞いておかないとな。しかしアキラもようやく俺の店で装備を買う気になったか」


「いや、俺の装備じゃない。シェリル達の装備だ」


「シェリル達の?」


「そうだ。俺がいない時でも多少は自力で身を守れるようになってほしいからな。そのための装備だ。具体的に何を売るかは、後でシェリルと相談してくれ」


 カツラギはできればアキラに装備を売りつけたかった。稼ぐハンターを顧客にすれば店の売り上げも跳ね上がる。1箱200万オーラムの回復薬を大量に購入するハンターの装備の調達元になれば大きな利益が見込める。何とかしてアキラを顧客にできないかと、カツラギは日々画策しているのだ。


 だがこれも大きな商機には違いない。カツラギは当面の利益を優先することにする。


「まあ、俺のところの商品が売れるのなら、その程度のことは構わねえよ。今からそっちに行くから少し待ってろ。分かったな」


「分かった」


 アキラが話を終わらせようとした時、話を聞いていた男の1人が慌てて口を挟む。


「ちょっと待て! 俺達を売る気か!?」


 アキラが通話をつないだままの状態で男に答える。


「金を払う意思はあるが金がないって言うから、その金の調達を手伝っただけだ。その金で支払え。返済はそっちで頑張ってくれ」


「俺達を売るのと同じじゃねえか! 借金持ちの末路ぐらい俺だって知っている! 冗談じゃねえ! それなら死んだ方がましだ!」


 男が必死に叫んだ。多額の借金持ちの末路を、男はよく理解していたのだ。男の脳内に浮かんだその末路の光景が、男を必死に叫ばせていた。


 銃声が響く。叫んでいた男が心臓を打ち抜かれて崩れ落ち、死亡した。


 撃ったのはアキラだ。男の要望をかなえたのだ。


 情報端末の向こう側からカツラギの怪訝けげんな声がする。


「……おいアキラ、今の音は何だ?」


「借金をするぐらいなら死んだ方がましだって言うから殺した。借金を無理強いさせる気はないからな」


 カツラギの舌打ちが聞こえてくる。少し不機嫌になった声で尋ねてくる。


「あと何人生きているんだ?」


「3人だ」


「そいつらは殺すな。生きていた方が和解金が増える可能性が高いんだ。俺の利益が減るだろうが。説得はこっちでする。いいか、殺すなよ」


「了解」


 アキラはそう返事をして通話を切った。1人減り、3人となった生き残りの男達が、恐怖でゆがんだ表情でアキラを見ていた。




 シェリルの拠点に来たカツラギ達が早速各種の作業を進めている。カツラギ達は結構大人数で拠点に来ていた。


 カツラギとシェリルは2人でいろいろと話し合っている。和解金やその金で買う装備の納入の話、交戦で駄目になった遺物の扱い、負傷したシェリルの部下達の治療費など、話し合うことは山ほどあるのだ。


 トメジマは襲撃者の生き残りの男達と借金の話をしている。カツラギが連れてきた債権業者はトメジマだった。トメジマはアキラを見てやや挙動不審になっていたが、アキラの反応が薄かったので安堵あんどしていた。


 トメジマ達の部下達は、襲撃を受けて荒らされた拠点の様子を撮影したり、襲撃者達の死体を死体袋に収納したりと、いろいろなことをしている。


 アキラは休憩しながらカツラギ達の作業の様子を見ている。そこにはコルベやレビンの姿もある。コルベはトメジマが、レビンはカツラギが連れてきたのだ。


 レビンがアキラに惨殺された襲撃者を死体袋に詰めている。その作業の途中でちらっとアキラを見て、表情を険しくさせてコルベに話しかける。


「なあ、これってアキラがやったんだよな?」


「そうらしいな。手を止めないでさっさとやれ。装備は別の袋に関連付けて詰めるんだからな。義体のやつは散らばった部品もちゃんと集めろ」


「分かってるよ」


 レビンが指示通りに散らばった部品類を集めていく。ばらばらになった腕の部品や、飛び散った脳漿のうしょうの一部が付いているチップ状の集積回路など、それらしいものを全て死体袋に詰めていく。そしてこの惨状を生み出した人間への感想を口に出す。


「……しかし、ハンター並みに武装した8人を1人で撃退したって話だが、本当なのか?」


「話を聞く限りはな」


「……カツラギからの借金をちゃんと返さないと、俺はそんなやつから取り立てられるのか」


 レビンは複雑な気持ちで死体袋を見ていた。カツラギは最悪の場合アキラに取り立てを頼むと言っていた。下手をすると、明日は我が身ということもあるのだ。


 コルベが試しに提案してみる。


「何ならお前の借金を俺の方の業者に一本化するか? アキラからの取り立てはなくなると思うぞ?」


「……それもなぁ、カツラギの方は金利が付かないから、利息がどうこうとか考えずに済むんだよな」


「まあ、お前の借金だ。好きにしろよ」


 レビンの借金完済は遠そうだ。コルベはレビンの様子を見て何となくそう思った。




 アキラは暇そうに部屋の中を見ている。この状況で自分だけ帰るのもどうかと思って残っているのだが、正直に言えば家に帰ってゆっくり休みたかった。


『……やっぱり帰るのは不味まずいよな』


 アキラのつぶやきにアルファが答える。


『私は別に帰っても良いと思うけれどね。実際に苦労したのはアキラだけなのだから、シェリル達に無理に付き合う必要はないと思うわ。戦って疲れたから休む。口実としては十分だと思うし、正式に依頼を受けて報酬を受け取っているわけでもないのに、誰かに文句を言われる筋合いはないわ』


『そうか? でもなあ……』


 以前のアキラなら、全く気にせずに黙って帰っていただろう。アキラも少しずつ変わり始めている。


 アルファはアキラに余りお人しになってもらっても困る。極端な話、アキラが見知らぬ誰かを躊躇ちゅうちょなく自分の身をていしてかばうような分かりやすい善人になってしまうと、アルファの目的に大きな支障が出る可能性があるからだ。


 先ほどもアキラは自分のものに出来る金をシェリル達の装備代に回してしまった。アキラがそれを一種の投資のような感覚で行ったのならば問題ない。しかし無償の善意の感覚で行ったのならば注意が必要だ。アルファはそう判断して、アキラに何げなく尋ねる。


『ねえアキラ。シェリル達の装備の代金だけど、シェリル達に貸したってことで良いのよね?』


『ん? まあ、そうだな』


『回収できる見込みはあるの? あると思ったから貸したの?』


『……まあ、何だ、キャロルも遺物販売はもうかるって言っていたし、シェリルのあの接客の様子なら結構上手うまく行くような気もするし、返ってくる可能性は悪くないと思うけど。……何でそんなことを聞くんだ?』


 アキラも余り回収の見込みがあるとは思っていないのだろう。誤魔化ごまかすように答えた。


 アルファが意味ありげに微笑ほほえみながら答える。


『私としては、アキラが私の依頼を達成するためにも、アキラの実力を補うためにアキラの装備の充実を優先してほしいと思っているわ。無理にとは言わないけれどね』


『そうは言っても、俺はカツラギから装備を買う気にはなれないし、ああいう条件を付けないとカツラギも協力しようとはしないだろう。俺の装備はシズカさんから4億オーラム払って買うんだ。装備の方はそっちで良いだろう。まあ、良いじゃないか。俺もずっとシェリルを護衛するわけにはいかないし、そっちの面も含めて、ちょっとした投資だと思えば。運が良ければ返ってくるさ。俺の運はも角、シェリルの運は悪くなさそうだ。期待しても良いんじゃないか?』


『そう。それなら良いわ』


 要注意。アルファはアキラの善意の揺らぎについて、欠片かけらも表情に出さずにそう判断した。

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