第137話 遺物の転売

 レビンとハザワが何か言いたそうにコルベを見ている。それに気付いたコルベがシェリルに話す。


「ちょっと離れてもらっても良いか? ほら、俺達にも予算ってのがあってな」


かしこまりました。何かあればお呼びください」


 シェリルが軽く会釈してコルベ達から離れていく。するとレビンとハザワがコルベのそばまで来る。


 レビンが複雑な表情でコルベに尋ねる。


「なあ、お前の策って、要は遺物の転売か? ここで遺物を仕入れて別の場所で高値で売り払う。そういうことか?」


「乱暴に説明するならな。お前もハンター稼業は長い方だ。旧世界の遺物の目利きも素人ってわけじゃないだろう」


 レビンが不安げに不満げに話す。


「そうは言っても、俺にはその元手もないんだぞ? 転売先の当てだってない。第一、手に入れた遺物はカツラギの店で売り払う契約になっている。カツラギに買いたたかれるだけだ」


 コルベが余裕の笑みで答える。


「安心しろ。その点は考えてある。お前とカツラギの契約で制約を受ける遺物は、お前が旧世界の遺跡で手に入れた遺物だ。この手の店で買った遺物は対象外だ」


「そ、そうなのか?」


「ああ。ハンターオフィスの判例も出ている。大丈夫だ。それと、お前に金がないことぐらいは俺も分かっている。だからお前は捨て値で売られているような安い遺物を買え。ハンターオフィスの買い取り所が優先して買い取るような機械類や技術系の遺物は狙うな。玩具がんぐ、娯楽品、美術品。そういった旧世界の技術の価値とは別方向の値が付きそうな遺物を狙え。その類いの遺物は流行はやりで値段が大きく変化する。それに意外と掘り出し物が多い。100オーラムぐらいで売られていそうな一見がらくたにしか見えない遺物でも、専門家に鑑定させたら100万オーラムの値が付くこともある。狙い目だ。まあ、ちょっとしたギャンブルだと思え。運も絡むが、お前の遺物の目利きが確かなら、割の良い賭けだと思うぞ。その辺は、お前のハンター稼業の実力次第だ」


「……ハンター稼業の知識をかせるギャンブルってわけか」


「それと、俺の情報が確かならこの店は最近開店したばかりだ。常連獲得のために今は通常より値引きをしている可能性もある。店員の経験不足で遺物の値段設定が適当になっている可能性もある。この店には掘り出し物があると宣伝させるために、本来の価値を知った上で意図的に安値を付けている品が混ざっている可能性もある。賭け事には違いないが、今なら期待値は悪くないはずだ」


 レビンの隣で話を聞いていたハザワが納得したようにうなずきながら言う。


「なるほど。上手うまく行けば、レビンの借金の一括返済も夢じゃないわけか」


 ハザワの話を聞いたレビンが真剣な表情で並べられている遺物を凝視し始めた。コルベがその様子を見て苦笑しながら話す。


「まあ、入場料を払って入ったんだ。安値のやつで良いから最低1つは何か買っていけ。この後に向かう転売先で売り払う遺物が全く無しじゃ話にならないからな」


「ああ。分かった」


 レビンが真剣な声でコルベ達の方へ顔を向けずに返事をした。視線は白いシーツの上に並べられている遺物とその値段にそそがれたままだ。必死なのだ。


 コルベとハザワは顔を見合わせて苦笑すると、自分達も遺物の物色に加わった。


 コルベ達が購入する遺物を選び終えた。その総額は100万オーラムほどで、大半はコルベの分の代金だ。レビンは総額で10万オーラムほどの遺物を選んでいた。


 ハザワが選んだのは1組のトランプだった。トランプはしっかりと密閉されているケースに入った未開封品で、旧世界時代に製造されたにもかかわらずほぼ無傷の状態だ。即決価格で1万オーラム。一応旧世界の遺物とはいえ、かなり強気の値段設定だ。


 手ぶらで帰るのは気が引けるが、だからといって余り金を使いたくない。しかし購入額が入場料を下回るのも馬鹿馬鹿しい。そんな内心がなければ、ハザワもこのトランプを買う気にはなれなかっただろう。


 コルベがシェリルに尋ねる。


「支払い方法は選べるのか? できればハンター証で支払いたいんだが」


 シェリルが愛想良く微笑ほほえみながら答える。


「ハンター証での支払いにも対応しております。現金や一般的なカード類、振り込み等にも対応しておりますが、ハンター証での支払いでよろしいのですか?」


「ああ」


かしこまりました。ではハンター証をお預かりします」


 コルベがシェリルにハンター証を渡す。シェリルはハンター証を受け取ると、ハンター証での支払いに対応した端末でコルベのハンター証を読み取る。端末を操作して支払い手続きを済ませると、コルベにハンター証を丁寧に返却した。


 コルベは自分の情報端末を操作して自分の口座情報から支払い内容を確認する。その内容に問題がないことを確認して、欲しい情報を得られたことを確認して薄く笑ったが、すぐに表情を戻した。


 買い物を済ませたコルベ達がシェリルに見送られて部屋から出る。部屋の外ではティオルが待っていて、そのまま建物の裏口まで案内する。建物の外に出たところで、ティオルがコルベ達に尋ねる。


「一応聞いておくけど、表通りまで送る必要はあるか?」


 コルベが答える。


「いや、大丈夫だ。……いや、やっぱり頼もう。送ってくれ」


「分かった」


 コルベ達はティオルと一緒に表通りまで歩いていく。ハザワが不思議そうにしながらコルベに尋ねる。


「別に態々わざわざ送ってもらわなくても良いんじゃないか? スラム街の路地裏とはいえ、こんな場所で3人組のハンターを襲うやつはいないだろう」


「良いじゃないか。善意には甘えておこう。こんな場所で迷ったら大変だ。何せこの辺りには、その3人組のハンターの内の2人が入るのを躊躇ちゅうちょするような建物があるんだからな」


 コルベが少し揶揄からかうようにそう話すと、ハザワが誤魔化ごまかすように答える。


「い、いや、あれはただの用心だ。俺はそういうことに慎重なんだ」


「俺もちょっと慎重だった。それで良いだろう?」


「……ま、まあ、そうだな」


 コルベは雑談をしながら周囲の様子を探っていた。コルベ達やティオルを見る周囲の者達の視線。その視線を浴びているティオルの態度。そこから導き出される周辺の者達のシェリル達への評価。全て有益な情報だ。


 少なくとも周囲の者達はティオルを、シェリル達を、ただの子供だと侮ってはいない。侮蔑の視線を向ける者も、そこにはねたみと警戒が含まれていた。それはシェリル達が他者にねたまれるほどの力を、警戒されるだけの力を保持している証拠だ。


 表通りまで来たところでコルベ達はティオルと別れた。コルベが有益な情報を得られたことに満足していると、レビンがはやる気持ちを抑えながらコルベに尋ねる。


「それで、この後はどうするんだ? この遺物を金に換える手段も用意してあるんだろう?」


「ああ。その手の換金に都合の良い店がある。黒銀屋だ」


 コルベの返事を聞き、レビンとハザワが怪訝けげんな表情を浮かべた。


 黒銀屋とは、東部の各都市に広く展開している旧世界の遺物の買取り業者だ。黒銀屋は質屋も兼業しており、金に困ったハンターが担保に様々な遺物を持ち込むことでも有名だ。多種多様な旧世界の遺物の鑑定眼も高く、特定の旧世界の遺物を求める個人や企業からの評価も高い。


 ハンターオフィスの買い取り所は、基本的に東部の企業が旧世界の技術を解析するために必要な遺物を収集する傾向がある。そのためハンターが旧世界の美術品をハンターオフィスの買い取り所に持ち込んだとしても、買い取り所の鑑定人が重要視するのは、遺物の芸術性ではなく素材そのものとなる。


 現在では生成が困難なナノマテリアルで作成された極めて芸術的なデザインのハンカチを持ち込んだ場合でも、買取り額は素材の価値に対する金額であり、その芸術性に対して金額が付くことは基本的にはない。


 一方、黒銀屋の鑑定人は旧世界の遺物を単純にそれを欲しがる個人や集団の評価や需要から判断する。一見がらくたにしか見えない旧世界の遺物であっても、収集家の富豪が大金を出して欲しがる品ならば、その需要を考慮して高値を付けるのだ。


 ハザワがコルベに懸念を尋ねる。


「……黒銀屋か。確かに黒銀屋の目利きは一流だって聞いたことはある。だが遺物の鑑定料も高額だって話だ。黒銀屋に遺物を持ち込んでも、鑑定料で足が出て逆に損をしないか?」


 黒銀屋も一攫千金いっかくせんきんを狙うハンターに本当のがらくたを山ほど持ち込まれて、それをただで鑑定していては商売にならない。黒銀屋はそれを防ぐために高額の鑑定料を設定している。買取り額を鑑定料と相殺されて遺物をただで引き渡す羽目になるならまだましな方で、遺物を取られた挙げ句に不足分の鑑定料を支払う羽目に陥ることすらあるのだ。


 コルベが不敵に笑って答える。


「安心しろ。その手の対策もある。最悪でも鑑定料と相殺で済む。行くぞ」


 コルベは釈然としない顔をしているレビンとハザワを連れて黒銀屋に向かった。


 クガマヤマ都市の下位区画は防壁に近いほどに治安も良く地価も高い。黒銀屋はその防壁と接した場所に店舗を出していた。黒銀屋の企業規模がうかがえる立地である。


 黒銀屋に着いたコルベ達が遺物の買取りの手続きを始める。コルベは先ほど手に入れた旧世界の遺物の一部を、レビンとハザワは全てを買取りに出した。


 コルベが黒銀屋の店員に遺物の買取り方法を話す。


「ヴィオラの代理人として鑑定を頼む。鑑定時間は最短で、買取り前提。支払いは現金で頼む。3人それぞれ別会計にしてくれ」


かしこまりました。お預かりした遺物の鑑定に3時間ほどお時間を頂きます。鑑定が済み次第、こちらからコルベ様に御連絡いたします。こちらが預かり証となります。紛失されますと鑑定後の手続きに支障を来し、最悪の場合はお客様にお預かりした遺物も、買取りの代金もお渡しできない恐れが御座います。十分にお気を付けください」


 黒銀屋の店員がそう言ってコルベに預かり証を渡した。預かり証は薄いカードで、電子的にも物理的にも複製や改竄かいざんができないように高度な技術が盛り込まれている。


 レビンがコルベに尋ねる。


「ヴィオラの代理人で鑑定を頼んでいたが、ヴィオラって誰だ?」


「ちょっとした知り合いだ。ヴィオラは黒銀屋の会員で、今月の無料鑑定利用回数が余っているって聞いたから、ちょっと、まあ、そういうことだ。現金払いを頼んだのもそのためだ。振り込みで頼むと、ヴィオラの口座に振り込まれるからな」


「……まあ、高い鑑定料がただになるんだ。俺は何も言わん」


 黒銀屋の店員も特に何も言わなかった。仮に厳密には規約違反であっても暗黙の了解があるのだろう。レビンも借金を抱える身だ。その借金を返す手段であれば、一々指摘する気などない。


 コルベ達は待ち時間の潰し方を相談しながら黒銀屋を出て行った。




 シェリルはコルベ達が遺物販売用の部屋から出て行った後、アキラと一緒に自室に戻っていた。


 自室に戻ったシェリルが着替え始める。この服を着るのは接客時のみ。それ以外の時は別の服を着る。この服を着ることに慣れてしまい、うっかり汚したりしないように十分注意する。非常に高価な服であることを、大切な服であることを忘れないようにする。シェリルはそう決めていた。


 シェリルが服を1枚ずつ丁寧に脱いでいく。急いで着替える必要はない。服を傷めないようにゆっくり脱いでいく。途中まで服を脱いだ状態で手を止めてアキラの様子をうかがう。


 シェリルの自室に着替え用の間仕切りなどはないので、同じ部屋に一緒にいるアキラはシェリルが着替えている様子を見ることができる。アキラは部屋のソファーに座り、情報端末を操作していた。


 シェリルがアキラに呼びかける。


「アキラ」


「何だ?」


 アキラが視線を情報端末からシェリルに移した。着替えている途中で少々服をはだけた状態である少しなまめかしいシェリルの姿を、アキラはしっかりと視界に入れている。


 シェリルがアキラの様子を確認する。呼ばれたから顔を向けた。アキラからそれ以上の感情を読み取ることはできなかった。


 シェリルは内心でめ息を吐きながらアキラに話す。


「……アキラにしばらく私達の手助けをしてもらえてとても助かります。ありがとう御座います。それで、アキラは私達にいつ頃まで付き合っていただけるんですか?」


「ミハゾノ街遺跡での仕事の報酬が振り込まれて、その報酬でいろいろやることを済ませるまでは都市にとどまるつもりだ。それが終わるまでだな。具体的に何日ぐらいになるかは俺にも分からないが、1ヶ月も掛かるとか、そういうことはないはずだ」


「分かりました」


 シェリルが着替えを続ける。アキラは視線を情報端末に戻した。


 シェリルが服を脱ぎ終わり、下着姿で接客用の服をクローゼットに仕舞しまって普段着を取り出そうとする。


 最近のシェリルの普段着は、カシェアの店でアキラに選んでもらった服だ。価格の割に良い品で、シェリルの美貌を引き立てる服である。服を実際に選んだのはアルファなのだが、シェリルはアキラが選んだものだと思って大切にしていた。


 シェリルは服を手に取り、そこで再び手を止めた。シェリルがアキラに再び呼びかける。


「アキラ」


「何だ?」


 アキラが再び視線を情報端末からシェリルに移した。均整の取れた魅力的な体型の下着姿の美少女を、アキラはしっかりと視界に収めている。


 シェリルは自分の姿を見るアキラの様子を再び確認したが、結果は先ほどと同じだった。アキラはシェリルの姿に然程さほど関心を払っていない。


 シェリルは内心で先ほどより大きなめ息を吐くと、内心の不満を表に出さないように注意して微笑ほほえみながらアキラに話す。


「……先ほどの遺物の売上げですけど、アキラの口座にすぐに振り込んだ方が良いですか?」


「いや、別に急がない。後で、余裕がある時で良いぞ」


「でも、アキラもいろいろ費用が必要ですよね。ハンターは弾薬費などがかなり掛かると聞きます。よろしいんですか?」


「大丈夫だ。予備の弾薬は家にまだあるし、さっきもいったとおり、前の仕事の報酬がもうすぐ振り込まれる予定だからな。ある程度遺物が売れた後で、遺物売却に関する情報を俺に送るのと一緒に、まとめて振り込んでくれれば良い。それに俺がシェリルに金を払って何かを頼むかもしれない。その時は、俺への支払い分からその代金を引いてくれ」


「分かりました」


 シェリルが再び着替えを続ける。アキラは再び視線を情報端末に戻した。


 シェリルはアキラに意図的に着替えている自分の姿を見せていた。その姿にアキラが多少なりとも興味を示すことを期待したのだが、残念ながら期待外れの結果に終わった。


 シェリルは一度アキラと一緒に風呂に入っている。その時もアキラはシェリルの裸を見ても気にもめずに湯船にかっていた。その時の態度から考えれば、着替えの途中や下着の姿を見せた程度で、アキラが態度を変えるとは考えにくいとも言える。シェリルもそれを理解しているが、それでも僅かに気落ちすることは避けられなかった。


 シェリルは軽くめ息を吐きながら着替えを続ける。


(……私って、私が思うほどの魅力はないのかしら。徒党の皆の態度から判断する限りは、私はそれなりに誘える容姿のはずなんだけど……。私の容姿も所詮はスラム街の基準でなら高水準ってことかしら。でも、アキラも最近までスラム街で生活していたらしいし、そういう美的感覚の基準ってすぐに変わってしまうものなのかしら。それにさっきのハンター達にも私はそれなりに受けが良かったはず。分からないわ……)


 シェリルは表向きアキラの恋人だ。そのことは多くのことを保証している。徒党のボスの座。徒党全体の安全。カツラギ達やシジマ達との取引。全てアキラという強力な戦力を前提としたものだ。


 本当にアキラの恋人ならば、シェリルはもっと安心できるだろう。だがシェリルはアキラの恋人ではない。精々友人止まりだ。少々縁のある知人という程度かもしれない。アキラの気紛きまぐれが続く保証としては余りにもか細い。


 シェリルにはもうアキラ無しで生きていく自信などない。あの時、アキラに助けを求めて、アキラがそれに応えた時から、状況的にも精神的にも立場的にもアキラにすがって生きている。


 アキラがシェリルの体を求めれば、シェリルは喜んでアキラに体を差し出すだろう。求められたことを喜び、差し出せるものがあることに安堵あんどするだろう。求められている間は、差し出せる間は、アキラの気紛きまぐれが続くことを期待して。


 しかしシェリルとしては残念なことに、アキラはシェリルの体に興味がないようだ。シェリルは過去に自分の体を取引の材料にしてアキラに助力を願ったことがある。その時もアキラはシェリルの体をモンスターに食い殺される時間稼ぎ程度にしか考えず、シェリルを性的にどうこうしようとは欠片かけらも考えなかった。


 アキラはいろいろとゆがんでいる。シェリルはそれを知っている。しかしほぼ初対面の時から少しは仲を深めることができているとも思っている。


 アキラのことが好きかと問われれば、好きだ。愛しているかと問われれば、愛している。だがそれ以上に、前提として、シェリルはアキラにすがっていた。好意や恋愛の感情の前に、依存や盲信に近い感情がある。シェリルはそれを自覚していた。自身ではもうどうしようもないことも含めて。シェリルはシェリルでいろいろとゆがんでいた。


 親密になった分だけ、アキラも少しは自分の体に興味を持つようになったかもしれない。シェリルはそう考えていたのだが、アキラの態度から判断する限り、今のところシェリルの体に興味は全くないようだ。


(……まあ、時間稼ぎ用の餌からは脱却しているはずよね。アキラから服や下着を贈ってもらったりもしたし、前進はしているはず。落ち着いて、少しずつ仲を深めましょう)


 シェリルは着替えを終えると、そのままアキラの隣に座った。アキラは隣に座ったシェリルをちらっと見て、特に気にした様子を見せずに再び情報端末に視線を戻した。シェリルがアキラに寄りかかっても、アキラはシェリルに文句を言ったりせずに、情報端末に意識を向け続けている。


 シェリルはアキラに寄りかかったまま、アキラの様子をうかがいながら思案する。


(アキラの隣に座っても、アキラに寄りかかっても邪険にされない。このまま私がアキラのそばにいることを自然な状態に近づけましょう。……流石さすがに座っているアキラにまたがるようにして正面から抱き付いたのはやり過ぎだったわ。私も随分平静を欠いていたのね)


 シェリルは自分の過去の行いを思い返して、どことなく機嫌の良い様子で少しだけ苦笑した。




 コルベ達が黒銀屋で鑑定の済んだ遺物の代金を受け取ろうとしていた。


 黒銀屋の店員がコルベ達に彼らが持ち込んだ遺物の鑑定結果を話す。


「別会計を御希望とのことでしたので、それぞれ個別に順に対応させていただきます。では、コルベ様から始めさせていただきます。コルベ様。鑑定の結果、残念ながら当店が値を付ける品は含まれておりませんでした。鑑定料は無料とさせていただきます。お預かりした品は如何いかが致しましょう。当店で処分することも可能ですが、お持ち帰りになりますか?」


「いや、そっちで処分してくれ」


かしこまりました。当店で処分させていただきます。次に、レビン様」


 レビンは自分の名前が呼ばれると期待を込めた目で店員を見る。店員はその類いの目で見られることに慣れているので気にせずに話を続ける。


「鑑定の結果、鑑定料と相殺して1万オーラムと査定させていただきました。お受け取りください」


 店員が1万オーラムをトレーに乗せてレビンの前に出す。レビンはそれを見て力なく項垂うなだれた。コルベが苦笑しながらレビンを励ます。


「まあ、そういうこともあるさ」


 レビンは無言でトレーの上の金をつかんだ。


 店員がトレイを戻すと、続けて話す。


「最後に、ハザワ様」


 レビンの惨状を見たハザワは別段期待せずに結果を待っていた。しかし店員の次の言葉を聞いて驚愕きょうがくする。


「鑑定の結果、鑑定料と相殺して150万オーラムと査定させていただきました。お受け取りください」


 驚きで固まっているコルベ達の前に、店員が再びトレーを出す。トレーの上には150万オーラムが、帯を巻いた札束が確かに乗っている。ハザワが1万オーラムで買ったトランプに、黒銀屋は150万オーラムの値を付けた。相殺した鑑定料を加えれば、黒銀屋はたった1組のトランプにそれ以上の値を付けたことになる。


 コルベがハザワにかなり羨ましそうに言う。


「大当たりじゃないか。やるな。どんな基準で遺物を選んだんだ? ぴんと来るものでもあったのか?」


 ハザワが動揺しながら答える。


「……い、いや、俺は適当に選んだだけだ」


「つまり運が良かっただけか。……良し! 今日はお前のおごりだ! 決定だ!」


 コルベは笑顔でハザワを押し切ろうとする。ハザワがやれやれといった態度で機嫌良く答える。


「分かったよ。お前の策に乗った結果だしな」


「良し! レビン。今日は飲もうぜ。……レビン?」


 レビンは余りの衝撃に固まり続けていた。コルベがレビンの肩を揺することで、レビンはようやく我に返った。


 我に返ったレビンが黒銀屋の店員に詰め寄る。


「な、何であれが150万オーラムもするんだ!? たかがトランプだろう!?」


 あんなものに150万オーラムの値が付くのであれば、自分が持ち込んだ遺物も高値が付いても良いはずだ。レビンは動揺と混乱から立ち直っていない上にその思いに突き動かされて、自身を納得させる理由を求めて店員に詰め寄るように声を荒らげていた。


 黒銀屋の店員は商売柄レビンのような客の対応に慣れていた。落ち着いて答える。


「当店の信頼の置ける鑑定の結果で御座います。当店の鑑定人は、お客様が持ち込まれた遺物の価値を正しく高く評価するために日々精進いたしております。その努力が実った結果かと。レビン様が鑑定内容の詳細を御希望の場合は、該当の遺物を持ち込まれたハザワ様の同意と、当店からの鑑定知識の提供ということで別途情報料を頂くことになります。如何いかが致しましょう?」


 レビンがすがるようにハザワを見る。ハザワがめ息を吐いて店員に尋ねる。


「同意は構わねえけど、情報料って幾らだ?」


「3名様で30万オーラムになります。なお、情報は担当者の口頭による提供となります。また、内容の録音や、情報を第三者へ再提供することは御遠慮願います。当店が提供した情報をお客様が意図的に拡散していると当店が判断した場合、相応の対応を取らざるを得ません。くれぐれも御注意ください」


 ハザワがレビンに話す。


「同意はしてやるが、情報料は自分で払えよ? おごらねえぞ?」


「そ、そこを何とか」


「駄目だ。俺だって金は要るんだ。お前の分は自分で払え。コルベ、お前もだからな。俺は俺の分しか払わねえからな」


 レビンがハザワを説得しようと試みる。


「……いや、その、俺はほら、手持ちが、な?」


「駄目だ」


 ハザワもそこまで甘くないようだ。


 コルベがレビンに不敵に微笑ほほえみながら話す。


「手持ちがないなら俺が立て替えてやるよ。お前の借金に加えておいてやる。今更10万オーラム増えたところで大して違いはないだろう? で、どうする?」


「…………分かった。頼む」


 レビンは非常に悩んだ末にコルベの提案を受け入れた。レビンの借金がまた少し増えることになった。

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