第135話 装備と訓練

 アキラがクガマヤマ都市の防壁と一体化している巨大な高層ビルの前に立っている。見上げるほど巨大な高層ビルと見るからに強固な防壁は、都市の莫大ばくだいな経済力を背景にした強大な力を感じさせるものだ。


 ビルの中にはハンターオフィス関連の大規模な施設や、複数の都市で活動している企業の支店などが存在している。そこを生活の一部とする者は都市でも上位層の人間ばかりだ。都市で成り上がろうとする者達が目指す場所でもあり、豊かな生活を夢見る者達の憧れの場所でもあり、都市の財と力を示す象徴的な場所でもあるのだ。


 アキラがその場所を見上げている。だがその目には、上を目指す者達が見せる特有の輝きや、内に秘める意思の強さ、遠く巨大な目標を見据える力強さなどはなかった。


 アルファが浮かれているアキラを注意する。


『アキラ。顔が緩んでいるわ。みっともないわよ』


『おっと』


 アキラが表情を引き締める。それでも機嫌の良さは隠しきれない。見苦しくない程度に緩んだままだ。


 アキラはシオリから再び食事の誘いを受けていた。ミハゾノ街遺跡でレイナ達を助けた礼を兼ねた食事の誘いだった。


 アキラは以前の至福の一時を思い出して、警戒心を緩めてその誘いに乗っていた。


 アルファがアキラの浮かれようを見て、少しあきれながら話す。


『そんなにあの店の料理が楽しみなら、自費で何度か通ってもう少し慣れた方が良いかもしれないわね』


 アキラが即答できない程度には悩み、葛藤し、揺らいだ末に答える。


『……無理だ。流石さすがに自費で行く気にはなれない』


 脳裏に浮かぶ食事代は至福の対価に相応ふさわしい高額で、アキラの金銭感覚ではとても出せる額ではない。今回もシオリのおごりであることを確認した上で誘いに乗ったのだ。色気より食い気のアキラは、その食い気に陥落寸前だった。


 一応、今のアキラの稼ぎなら、装備代や弾薬費などを削れば食事代の確保は容易だ。だがそれはアキラの安全性を、命を削るのと同義だ。アキラは自分にそう強く言い聞かせることで、ちょっとぐらい良いか、という誘惑に頑張って耐えているのだ。


 アルファが苦笑して話す。


『それならその貴重な機会を逃さないように遅れないようにしましょう』


『そうだな』


 アキラは足取りも軽やかに機嫌良くビルの中に入っていった。




 アキラは前回と同じようにレストランの受付で銃を預けた。店内は相変わらずアキラの一張羅代わりの強化服が場違いに見える高級感だ。だが客はハンター風の者とそうではない者は半々といったところで、アキラが特別目立つことはない。これも店と立地と客層にるものだ。


 店員にテーブルまで案内されたアキラが意外そうな表情を浮かべる。アキラは前回と同じようにシオリだけが待っていると思っていたのだが、案内されたテーブルにはレイナとカナエも座っていた。


 カナエがアキラに気付いて軽く手を振る。


「少年! また会ったっすね!」


 アキラがカナエの服装を見て微妙な表情を浮かべる。シオリとレイナは上品な私服を着ていた。この高級店に入る私服として十分な服装だ。だがカナエはメイド服を着ていた。下手をすれば店の従業員と勘違いされても不思議のない格好だ。


(……普通、なのか? 俺が強化服を着ているのと同じ扱い? いや、でもシオリは普通の服を着ているし、店員の態度も普通のような……、俺の考えの方が変なのか?)


 アキラはまた自分の常識が揺らぐ音を聞いたが、恐らく考えても無駄だと思い直して、気にせずに店員に勧められた席に座る。


 シオリとレイナがアキラの反応を見てめ息を吐く。レイナがカナエに話す。


「カナエ。やっぱりその服は何とかならないの?」


 カナエが笑って答える。


「ならないっす。お嬢の護衛として十分な装備を常に着用していることは大切なことっす。アキラ少年だって強化服を着ているじゃないっすか。同じっすよ」


 アキラは同じ扱いにされることに少し抵抗を覚えたが、おごられる立場であることを考慮して反論は慎んでおいた。


 シオリが気を取り直してアキラに話す。


「アキラ様。先日はお嬢様を助けていただきありがとう御座いました。事前にお伝えした通り、ここの代金は私が持ちますので、遠慮なく好きに注文してください」


 アキラが機嫌良く答える。


「ありがとう御座います。じゃあ早速……」


 メニューを開いたところで、アキラはふと思ってシオリに尋ねる。


「……でもセランタルビルの件での礼なら、エレナさん達も誘ったりはしなかったのか?」


「そちらの方々には、正確にはアキラ様を含めた部隊全員にですが、依頼の報酬を増額することで対応させていただきました。ドランカムの金銭処理にも関わりますので、実際の支払い時期が少々遅れることになりますが、満足いただけるかと。今回の食事は、私の個人的な頼みをアキラ様に引き受けていただいたことに対する個人的な謝礼と解釈していただきたく思います」


「何かしたっけ?」


「私の頼みでアキラ様に5秒時間を稼いでいただいた件です」


「あれか。ああ、なるほど。あの件の報酬が今回の食事なら、無理をした甲斐かいがあったな。そういうことなら遠慮なく注文させていただきます」


 そう答えて軽く頭を下げたアキラに、シオリが愛想良く微笑ほほえんだ。


 アキラがメニューから料理を選び始める。メニューには相変わらずアキラの知識では料理の外観を想像できない名前の品々が記載されている。アキラは悩んだ挙げ句に、前回と同じように本日のお勧めコースを注文することに決めた。


 注文を無難な選択で済ませたアキラを見ながら、アルファがメニューを指差して話す。


『遠慮なく頼めって言われたのだし、一品ぐらい当てずっぽうに適当に頼んでみたら?』


『止めておく。アルファが指差している料理なんか、まるで西部に存在するっていう呪文の詠唱みたいな名前じゃないか。これを頼んだら一体何が出てくるんだ?』


 アルファが冗談交じりに答える。


『西部でこれをとなえたら、炎っぽい何かが出てきそうね。きっと料理は外観は赤くて、味はからい何かよ』


『いいんだ。店が勧めているんだ。お勧めコースの内容に外れはないはずだ。この貴重な機会に下手に冒険して、あれを頼むのは止めておけば良かった、なんて可能性を増やす必要はないんだ』


『あら、ある意味命賭けの冒険を稼業にしているハンターらしからぬ発言ね』


『そんな冒険はハンター稼業だけで十分だ』


 アルファが意味深に微笑ほほえんで答える。


『それもそうね。慎重なのは良いことよ。できれば普段もそれだけ慎重になってほしいわ』


 アキラはアルファを意図的に無視してメニューを閉じた。


 注文を終えたアキラ達は雑談をしながら料理を待っている。アキラがシオリからセランタルビルの現状を聞いて興味深そうに答える。


「へー。セランタルビルはそんなことになっているんだ。でも1階を制圧して簡易拠点にしても、上の方には機械系モンスターが山ほど残っているんだろう? 大丈夫なのか?」


「何でも都市の職員がビルの管理人格との交渉に成功して、ビルの設備の一部を簡易拠点の防衛に利用しているそうです」


 アキラがかなりの驚きを見せて答える。


「交渉に成功した? あのセランタルってやつと? すごいな。そんなすごいやつがいるならもっと早く派遣でもしてほしかった。そうすれば俺達があんなに苦労することはなかったのに」


「全くです」


 シオリが強く同意するように深くうなずいて答えた。


 しばらくすると料理が運ばれてくる。アキラが目の前に並べられた料理を見て非常に上機嫌になる。そしてうれしそうに食べ始めた。


 食事の途中でカナエがアキラに尋ねる。


「そういえばアキラ少年は以前あねさんと戦って引き分けたって話っすけど、本当っすか?」


 アキラは舌から伝わる至福に意識の大半を割いている。その所為かどうかは分からないが、その話に心当たりが思いつかなかったので、不思議そうに聞き返す。


「何の話だ?」


「あれっ? 少年はあねさんと戦ったんすよね?」


 クズスハラ街遺跡の地下街でのアキラ達と遺物強奪犯に関連する戦闘は、アキラと都市側の交渉で表向きなかったことになっている。


 守秘義務を気にしてとぼけているのだろうか。カナエはそう思ったが、アキラの表情から本当に心当たりがないと判断した。守秘義務に触れないように具体的な文言を避けて尋ねる。


「ほら、あの時にあの場所であの件での話っすよ」


「いや、シオリと戦ったことは覚えている。でも引き分けてはいない」


「そうっすか? でもあねさんはそう言ってたっすけど」


「個人の感覚の差だろう。俺は俺の方が押されていたと思っている。シオリは状況的に俺と戦う必要があって、しかも俺を倒してはいけない状況だった。そういう制限がなければ、俺ぐらい軽く殺せたんじゃないか? それを引き分けたって言うのは、俺としてはちょっとな」


「そうっすか。へー」


 カナエがアキラの表情を確認する。本心で言っているようにしか見えなかった。事実アキラは本気でそう答えていた。


(これが擬態だったら逆に凄いっすね。ある程度の実力を身につけると、普通はそこからくる自信みたいなものが雰囲気ににじみ出るものっすけど、それも無いっす。やっぱり実際は大したことないやつなんすかね?)


 アキラからシオリと互角に渡り合うような強者つわものの風格は感じられない。本人も違うと答えている。


 カナエがシオリの様子をうかがう。シオリは澄ました顔を浮かべていた。アキラの発言に対して何か言う気はないようだ。シオリの態度はアキラの発言を肯定しているようにも見える。


 やはり大したことはないのか。カナエはそう判断してアキラへの興味を大分失った。少々強い程度の子供なら東部に幾らでもあふれている。カナエが気にするほどの者ではない。


 カナエがアキラにそこそこ強い者へ向ける軽い口調で話す。


「まあ、それでもそのとしあねさんとそれなりに戦えるのは十分凄いっすよ。自信を持っても良いと思うっすよ? 十分強いっす。うん」


 アキラの実力への興味を失ったカナエはそれで話を終わらせようとしたが、興味を失わなかった者が話を続ける。レイナだ。


「……どうすれば、そんなに強くなれるの?」


 レイナはどこか思い詰めているような真剣な声でアキラにそう尋ねた。


 3人の視線がレイナに集まる。アキラは少し戸惑っている。カナエは少し意外そうにしている。シオリは嫌な予想が的中したように表情を曇らせている。


 シオリがレイナを気遣いながら話す。


「お嬢様。そういうものは、やはり日々の積み重ねが……」


「ごめん、シオリ。私はアキラに聞いているの。黙っていて」


「……失礼いたしました」


 シオリは今のレイナに自分が何を言っても無駄だと悟り、出過ぎた真似まねびて口を閉じた。


 3人の視線が今度はアキラに集まる。アキラはどこか深刻で重苦しいレイナとシオリの雰囲気に戸惑いながらも、答えないのは無理だと悟って自分なりの考えを話すことにする。


「……えっと、強いとは何かとか、強くなるための心構えとか、そういう精神論みたいな話ではなくて、単純な個人戦闘能力の話だとして答えると、やっぱり装備と訓練だな。一つに絞れって言うなら装備だ」


 カナエが不満げな表情で話す。


「えー、アキラ少年もそっち側っすか? 俺だってすごい装備さえあれば! とか、すごい装備があるならすごい活躍をして当然! とか、そんなことを言い出す馬鹿どもと同じっすか?」


 アキラが僅かに図星を指されたように表情をゆがめる。アキラの認識では、アルファのサポートを受けている自分は、ある意味その馬鹿どもの理想を実現しているようなものだからだ。


 アキラは数多くの訓練と死線の上を駆け抜けるような実戦を繰り返している。それはアキラの実力を飛躍的に向上させている。


 しかしアルファのサポートがある場合とない場合の落差と、アキラの自己評価の低さが、カナエからの質問に対して違うと答えるのをアキラに躊躇ちゅうちょさせていた。代わりに何か言い訳をするような口調で答える。


「いや、そこまでは言わないけど、どっちかと言えば、俺は装備を重視するってだけの話だ。極論を言えば、100年訓練して素手でモンスターと戦うよりも、適当な銃を買って撃った方が早いってだけだ」


 カナエが不満げな表情を少し楽しげなものに変えて話す。


「いやいや、アキラ少年。銃を過信しては駄目っすよ。たとえ銃や戦車が存在していても、格闘技術は今も廃れずに洗練され続けているっす。近接戦闘に特化した強化服を着用すれば、人間がモンスターと殴り合うことも十分可能っす。えて銃を使わずに、モンスターに格闘戦を挑むハンターは意外に多いっすよ。少なくともその手の装備品の市場ができる程度には一定の需要があるっす」


「わざわざ敵に近づいて殴りに行くぐらいなら、俺は銃を使うってだけの話だ。第一、その手の装備がどうこうって話になっている時点で、やっぱり装備じゃないか」


「アキラ少年。装備だけじゃ駄目って話っすよ。装備品を使いこなすためには適切な訓練が必要っす」


「だから俺も装備と訓練って言っただろう? ハンターはいつ死んでも不思議はない。だから長期間の訓練をしている暇なんかない。それを補うためにできる限り良い装備を整えた方が良いって話だ。何で俺がカナエの言う馬鹿どもと同じことを言っていることになるんだ?」


 カナエがはっきりと答える。


「それはアキラ少年のたとえが悪いからっすね」


「……そ、そうか? ……そうか」


 アキラはいぶかしみながらもそれで納得してしまった。当然とでも言うような自信に満ちあふれた発言は、内容がどうであれそれなりに説得力を持つものだ。自分の知識や常識などに自信がない者には特に有効だ。


 レイナは2人の話を真剣に聞きながらいろいろと考え、揺らぎ、迷っていた。そして少し躊躇ちゅうちょした後でアキラに尋ねる。


「……その、できる限り良い装備を整えるって言っても、下手に高性能な装備を手に入れると、装備の性能を自分の実力だと勘違いして慢心して余計に死にやすくなるって話を聞くけど……」


 アキラが当たり前のように答える。


「慢心で死ぬのなら、慢心しなければ助かるかもしれない。少なくとも慢心以外の理由で死ぬ場合よりは助かる確率が高いはずだ。慢心しないために自分の装備の性能を落とすぐらいなら、俺は慢心するぐらい高性能な装備を手に入れて、慢心しないように注意する方を選ぶ」


 そう答えるのは簡単だが、実践するのは難しい。アキラの場合はアルファのサポートという極めて高性能な装備を手に入れたにもかかわらずにそれなりの頻度で死にかけているので、その手の慢心は比較的抑えられていた。


 レイナが再びアキラに尋ねる。


「……カナエが言うような馬鹿は多いわ。実際に高性能な装備を手に入れて調子に乗るハンターもね。そんな調子に乗るハンターを見てアキラはどう思うの?」


「どう思うって言われても……」


「身の程を超える高性能な装備を手に入れたとして、その装備に頼っている姿を誰かに見られた時に、自分がどう思われているかとか、それに対して自分はどう思うかとか、でもいいわ」


 レイナは真面目な表情で、少し思い詰めているようにも見える表情で返事を待っていた。


 アキラは質問の内容とレイナの態度に関連性を見いだせずに戸惑っていたが、食事をおごってもらっている立場でもあるので、自分なりに真面目に問われた状況を想定して、しっかり考えて答える。


「……奇襲されて装備を奪われないように注意する?」


 アキラの返答を聞いて、レイナは唖然あぜんとした表情を浮かべ、シオリは少し驚き、カナエは少し楽しげに苦笑した。アキラは自分がずれた返答をしたことに気付いて、誤魔化ごまかすように食事を続けた。


 レイナが聞きたかったことは、その手のハンターに対する印象だ。軽視、侮蔑、ねたみ、嫌悪、嘲りなどの感情の話だ。しかしアキラはそれらに欠片かけらも触れなかった。


 そんなことはどうでも良い。ある意味でアキラはレイナの問いに非常に分かりやすく答えていた。アキラの答えをみ締めたレイナが少し項垂うなだれる。レイナはいろいろ気にしていた自分を痛烈に非難された気がしていた。


 シオリはアキラ達の会話を聞きながら、それを聞いたレイナの様子をうかがいながら、レイナの装備についての思案を続けていた。そのシオリがアキラに尋ねる。


「ではアキラ様。仮にですが、分不相応に高性能な装備品の使用を嫌がる人物に対して、それを使用するように説得するとしたら、アキラ様ならどのように説得なさいますか?」


 レイナがシオリに僅かな非難の視線を向ける。シオリはえてレイナの方を見ずに、アキラの方へ視線を固定した。


 シオリは過去に何度もレイナに装備の更新を勧めていた。しかしレイナはそれを断っていた。


 ドランカムは所属しているハンターにハンターランクに応じた装備品を貸し出している。ハンターランクが高いほど、貸し出される装備も高性能になる。ドランカムの若手ハンター達がハンターランクを重要視する理由もここにある。


 若手達の装備はほぼ全て貸出品だ。自前の装備を保持している者はごく僅かだ。レイナの装備も同様だ。


 逆に古参達の装備はほとんど自前だ。彼らもドランカムから装備を借りることはできる。だが彼らのハンターランクに応じた装備品は、大抵は自前の装備より低い性能だった。


 これは若手優遇策、つまり低ランクで貸し出される装備の性能を充実させた弊害だ。その結果、貸出品の性能は、高ランクの古参が使用する分には低性能で、低ランクの若手が使用する分には高性能という、偏った傾向が生まれていた。死にやすい若手の生還率を上げるためでもあり、実際に効果が出ていた。


 長期的な視点で見れば経験を積んだハンターが増えていくのだ。組織には十分な利益がある。だが古参が若手に陰口を言う理由には十分だった。装備が良いだけでそれを自分の実力だと勘違いしている馬鹿どもだと。


 レイナはその陰口をかなり気にしていた。それはその気になれば更に良い装備を手に入れられる立場だからだろう。


 その上でシオリはレイナに更なる装備の向上を勧めていた。より良い装備を自前でそろえることに問題は何もない。金の力でより良い装備を整えて、古参からだけではなく、若手からも、カツヤ達からも、装備だけの馬鹿だと白い目で見られるのを除けば。


 アキラはシオリの何げなく尋ねているようでその裏の真剣さをにじませている様子に少し戸惑っていた。それでもやはり食事をおごってもらっている立場なので、自分なりに真面目に考えて答えようとする。そして自分なりの答えをまとめ終えた。


 アキラが端的に答える。


「説得しない」


 シオリが怪訝けげんな表情で聞き返す。


「説得するかしないかの話ではなく、説得する場合の話をお尋ねしたのですが……」


「多分それ、何らかの個人的な理由で、例えば金がなくて良い装備を買えないとかの経済的な事情ではなくて、その気になればすぐに装備を変更できるんだけど、本人の何らかの価値観とか、下手をするとただの我がままとか、その手の理由で嫌がっているんだろう? もっと良い高性能な装備に変えればもっと安全に効率よく戦えるのに、本人の意思で意図的に装備の質を抑えてるんだろう? 言い換えれば、そいつは命懸けで意地を張っているってことだ。死を覚悟して意思を通しているんだ。たとえその理由が他人から見れば馬鹿馬鹿しい理由でも、ただの我がままでも、本人には命懸けの我がまま、命を懸けるのに値する理由なんだろう。そこまで覚悟を決めている人間に、赤の他人が知ったような口を利いてごちゃごちゃ言ったとしても、それで説得されるとは到底思えない。俺も覚悟を決めた人間の強情さは理解できる。だから、説得するだけ無駄だから、初めから説得しない」


 アキラはそう答えた後で、またずれたことを言っていないだろうかと、シオリ達の様子を確認する。


 カナエはにやついていた。シオリは裏の読めない微笑ほほえみを浮かべていた。そしてレイナはひど項垂うなだれていた。


 またずれたことを言ったかもしれない。そう判断したアキラが少し気まずそうな表情で付け足す。


「……まあ、説得したけど駄目だったっていう実績作りで話すのなら、これも経験だ、とか、試しに一度、とか、適当なことを言ってみる……かな?」


 シオリが微笑ほほえみながら軽く頭を下げる。


「貴重な御意見をありがとうございました」


 アキラがたじろぎながら答える。


「……いや、こっちも参考にならないことを言って悪かった……です」


「いえ、大変参考になりました」


 シオリは本心で微笑ほほえんでいた。


 アキラが僅かな困惑を残しながら食事を再開した。シオリもカナエも食事を再開したが、レイナはしばらうつむいたままだった。


 アキラはその後もシオリ達と雑談を交えて食事を続けた。レイナの様子が少し気になったものの、シオリもカナエもアキラを非難するような態度を取っていなかったので、下手に反応するのは止めておくことにした。


 食事が進み、料理の残りの品が少なくなるのにつれて、レイナの様子が少しずつ変化していく。深く項垂うなだれていた顔を上げて、何かを真剣な表情で考え続けている。そして表情から少しずつ迷いが消えていく。


 アキラが食後のコーヒーを飲み干した時、レイナの表情にはある種の覚悟が備わっていた。


 食事を終えたアキラがシオリに深々と頭を下げる。


「ごちそうさまでした。とても美味おいしかったです。ありがとうございました」


 シオリが愛想良く微笑ほほえんで答える。


「こちらこそ、ありがとうございました。何かの縁が御座いましたら、また御一緒いたしましょう」


 アキラが苦笑しながら答える。


「はい。……できれば今度は、あんな無茶むちゃとは無縁な内容でお願いします」


わたくしもそう願います」


 シオリはどことなく機嫌の良さそうな表情でそう答えた。




 ビルの外に出たアキラが軽く伸びをする。


『いやー、美味うまかった。また来たいところだけど、今度はいつになるやら』


 名残惜しそうにそう話すアキラに、アルファが笑って答える。


『自費なら今すぐにだって可能よ?』


『止めろ。誘惑するな。意思が揺らぐだろうが』


『アキラにはあの程度の食事代ははした金だって思えるぐらいのハンターに成ってもらわないと困るのよ。気は長い方だけれど、頑張ってちょうだいね』


『分かってるよ。気長に待ってくれ』


 アキラは機嫌良くそう答えて、アルファと雑談しながら家に帰っていった。




 レイナ達はまだレストランに残っていた。既に料理皿もコップ類も下げられたテーブル席で、それぞれが座って待っている。


 カナエは暇そうにして待っている。シオリは黙って静かに待っている。レイナは、自分の心が整うのを待っている。


 レイナはアキラの話を聞いて自らに問い、答えを出していた。


(アキラは言っていたわ。命懸けの我がままだと。命をかけるに値する理由だと。覚悟を決めているから説得しても無駄だと。……違うわ。私は覚悟なんか決めていない。だから、私の我がままはただの我がまま。ただの見栄みえ。私はそんなものに、私の命どころかシオリとカナエの命まで巻き添えにしていたのね。すごい装備があれば自分だって活躍できる。そんなことをほざいている馬鹿にすら私は達していなかった。そんなことにすら、私は気付いていなかった)


 レイナがシオリとカナエに顔を向けて、覚悟を決めて話し始める。


「シオリ、カナエ、今まで御免なさい」


 レイナがシオリに真剣な表情で頼む。


「シオリ。今更だけど、私の装備の更新を頼んでも良いかしら。できる限り良い装備を御願い。それで誰からどう思われようともう知ったことじゃないわ」


 シオリがうれしそうに笑って答える。


かしこまりました。お任せください」


 レイナがカナエに真剣な表情で頼む。


「カナエ。これからも私の護衛を御願い」


 カナエがいつも通りの軽い笑みを浮かべながら、機嫌良く答える。


「良いっすよ。元々それが仕事っすからね」


 レイナが更に続ける。


「あと、できれば2人に訓練を付けてほしいの。私の新しい装備に見合う訓練を。私が装備に頼っていると2人が判断しなくなるぐらいに」


 カナエが挑発的に笑って答える。


「そんなこと言って良いんすか? 大変っすよ?」


「覚悟は、決めたわ」


 レイナが内心の覚悟がにじみ出た声で答えた。


 カナエが不敵に微笑ほほえんで答える。


「良いっすね! ようやくお嬢も素人未満は卒業っすか! 装備も実力も中途半端なくせに、進んで危険地帯に乗り込もうとする素人未満の護衛を任された時はいろいろ思ったっすけど、これからは初心者ぐらいにはなりそうっすね」


 シオリが真面目な表情で答える。


「では、今後ドランカムでの訓練の予定は全て取り消させていただきます。今後は私とカナエでお嬢様をお鍛えします。訓練はかなり厳しいものになります。お覚悟を御願い致します。……それとカナエ! 少しは口を慎みなさい!」


 シオリがカナエを厳しい目でにらみ付ける。カナエはそれを軽く受け流した。


 レイナがこれからのことを思い浮かべながら、再度問いと答えを繰り返す。


(どうすれば強くなれるのか。ちゃんと強くなろうと決めて、強くなろうとすれば良いだけだった。私はそれすらしていなかった。私は強くなる! 絶対に!)


 レイナは覚悟を決めた。自らが誇れる強さを手に入れるために。

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