第132話 切り札

 後方を警戒していたシカラベ達も動く死体に襲われていた。しかし慌てて被弾までしたアキラとは異なり、シカラベとカナエは事態に問題なく対処していた。これは死体の強化服が遠隔操作されることを予想していたのではなく、想定外の事態への対応力の差だ。


 シカラベとカナエは周辺の敵をすぐに片付けると、通路を少し戻ってエレナ達を襲いかねない死体も順に片付けていく。


 シカラベも既に強化服の遠隔操作に気付いていた。険しい表情でつぶやく。


「全く、認証の甘い強化服を着やがって。良い迷惑だ」


 強化服には外部からの操作入力を受け付ける製品も多い。例えば自動照準補正機能を持つ銃など連携する製品だ。銃側が持ち手の腕を操作して照準を修正するのだ。


 強化服の種類によっては着用者が死亡すると外部入力の受付が緩くなる場合がある。理由は様々だ。


 死んだ後に仲間を助けるために、おとりになったり生存を装ったりするために、えてそう設定している者もいる。多額の負債を抱えて捨て駒同然の扱いを受けているハンターを限界まで活用するために、その手の強化服を着せる者もいる。


 通常は問題ない。誰かに勝手に操作されかねない強化服など売り物にならないので、認証機能が搭載されている。しかし強固な安全機能を搭載すれば当然価格に跳ね返る。また、認証を突破されるなど滅多めったにない。難しい問題なのだ。


 カナエが笑って話す。


「いやー、驚いたっすね。どうやって認証を突破したのやら。まあ、ここは旧世界の施設っす。旧世界の演算力なら現在技術の認証程度はざるかもしれないっすけどね。着用者の生体信号を乱数のシード値にする強化服もあるって話っすけど、着用者が死んだ所為で固定値になって、安全性が落ちたのかもしれないっすね」


「さあな」


 シカラベは機嫌の良さそうなカナエを見て、警戒とあきれの混ざった表情を浮かべていた。


 メイド服を着て格闘戦に特化した武器を装備している女性で、戦闘狂で、変人。シカラベの人生経験でも珍しい人物だ。実力は申し分ないが、付き合いを避けたい人物だ。


 カナエは戦闘を楽しみすぎている。その手の人物と一緒に行動すると、戦闘に対する危機意識が鈍っていく。戦闘狂に付き合えるのは同程度の戦闘狂だけだ。無理に付き合うと、巻き込まれて死ぬ。シカラベはそう考えていた。


 カナエがシカラベの視線に気付いて笑って答える。


「もしかして私に見れているっすか!? 照れるっすね! 強そうなハンターは私も好みっす! 軟派なら大歓迎っすよ! あ、でも今はちょっと忙しいっすから、後でも良いっすか?」


 シカラベが多分にあきれを含めた表情で答える。


「悪いが、俺も相手は選ぶ。戦闘狂を、特にメイド服を着てモンスター相手に格闘戦を挑む狂人を誘う趣味はねえよ」


「銃を使うよりも接近して殴り飛ばす方が性に合っているだけっすよ。仕事柄、銃を持ち込めない場所での勤務も多いっすから黙認もされているっす。貴方あなたも強そうっすね。今度軽く手合わせでもどうっすか?」


 絶対に軽くでは済まない。そう思ったシカラベが非常に嫌そうに答える。


「お断りだ」


「残念っす」


 カナエは本心で残念そうに答えた。


 トガミとレイナは通路の隅の安全な場所に押し込まれていた。トガミ達は死体が起き上がった時に反応が遅れてしまい、シカラベ達に助けられていた。その後は邪魔にならないようにその場から動かないように厳命されていたのだ。


 レイナが様子をうかがおうとそこから顔を出した。カナエがすぐに気付いて強めの口調で注意する。


「お嬢! 危ないっすから下がっていてほしいっす! お嬢が怪我けがしたらあねさんにたたっ切られるのは私っすよ!? 嫌がらせっすか!? それは酷いっすよ!」


 シカラベがトガミを怒鳴りつける。


「トガミ! ぼさっとしてないで彼女を引っ込ませろ! それ以前に状況の確認はお前がやれ! 彼女にさせるな! お前には彼女の護衛を割り当てただろうが! 護衛の意味も分からねえのか!」


 トガミが少し身を乗り出していたレイナの肩をつかんで、かなりの力で強引に奥に戻す。


 レイナは自分を引き戻す力の強さに、自分の実力不足を大いに指摘された気がして、思わずトガミをにらみ付けながら話す。


「私だって状況の確認ぐらいできるわ!」


 昔のようなきつい表情を向けていたレイナだったが、トガミを見ると急に困惑と戸惑いの表情に変えた。


 トガミは非常に険しい表情の中に、どことなく泣き出しそうな弱さを見せていた。そのトガミがレイナに尋ねる。


「俺は……、そんなに駄目か?」


「……だ、駄目って、何が?」


「護衛対象に、状況の確認やら、護衛がやるべきことを気遣われないと駄目なほど、俺は役に立たないのか?」


 否定してくれと、無意識の願いがトガミの表情ににじんでいた。レイナはそのトガミに自分の姿を重ねた。


 レイナが静かな声で答える。


「……違うわ」


「……そうか。なら下がっていてくれ。さっきの奇襲もシカラベ達が全部対処して、俺は何もできなかった。今は俺がお前の護衛だ。死ぬ気はないが、最低でも、お前より先に死ぬのが俺の仕事だ。……それぐらいはさせてくれ」


 レイナが大人しくトガミの後ろまで下がる。トガミが前に出て周囲の状況を確認する。


「……すまん」


「……大丈夫よ。気にしないで」


 謝ったのは、トガミがレイナを強く引き戻しすぎたことか、あるいは違う何かか。トガミは話さなかった。レイナも尋ねなかった。


 トガミはその後、しっかりレイナをまもり続けた。




 アキラ達が動く死体達の対処を終える。アキラは更に2度被弾して、辛うじて敵の撃破を終えた。エレナ達は全く問題なく対処していた。この奇襲で負傷したのはアキラだけだった。


 エレナが通信機越しに皆の状態を尋ねる。


「全員無事?」


 アキラが痛みに耐えながら答える。


「大丈夫です」


 エレナが少し心配そうな声で尋ねる。


「アキラ。本当に大丈夫?」


「大丈夫です。……強いて言えば、強化服の設定を短期決戦用にしてあるので、エネルギーパックの消費が大丈夫とは言えません。すみませんが、エネルギーが切れそうになったら、交換のために一度下がらせてください」


 アキラはアルファのサポート無しで戦うことになった時点で強化服の設定を変えていた。そのおかげで被弾の被害は最小に抑えられた。その代償として強化服のエネルギー消費効率は最悪になった。予備のエネルギーパックも消費してしまい、アキラが役立たずになるまでの残り時間は、然程さほど長くない。


 エレナがアキラを気遣うように答える。


「分かったわ。危ない時は遠慮なく下がって。他の人は?」


 シオリ達もエレナ達も問題ないことを皆に伝えた。


 エレナが皆に話す。


「全員無事で良かったわ。では私から残念なお知らせよ。小型機の一部が挙動を変えたわ。恐らく迂回うかいしてシカラベ達の方へ向かっている。早くあれを破壊しないと挟み撃ちにされるわね。いえ、もうなっているわ」


 続々と現れる甲B18式達の一部がビルの外には出ずに大型固定機の援護に回っている。先ほどの奇襲でアキラ達を殺せなかったので、方針を切り替えたのだ。


「出し惜しみをせずに、全力で行きましょう。金の掛かる切り札や奥の手を持っている人は遠慮なく使ってちょうだい。それが億単位でも経費にできるように交渉するわ」


 エレナは最後に冗談のようなことを言って通信を終えた。


 アキラが苦笑する。アキラの切り札と奥の手は席を外したままだ。


(……いや、違うか。切り札や奥の手は気兼ねなく使うものじゃないしな。アルファのサポートがなければ俺はこの程度。借り物、もらい物に頼っていたツケだな)


 アキラはそう思ってから強化服や銃や回復薬もある意味でもらい物の類いだと気付いて、軽く自嘲した。


 アキラが攻撃を再開しようとすると、キャロルとシオリがアキラのそばまで来た。2人は近くで大型固定機達への攻撃を再開しながらアキラに尋ねる。


 キャロルが心配そうな表情で尋ねる。


「アキラ。本当に大丈夫なの? かなり動きが鈍っているように見えるけど」


「被弾したんだ。多少鈍ったかもな」


 キャロルが表情を変えないように注意する。以前キャロルをかばった時にもアキラは被弾したが、それで動きが鈍ったようには見えなかった。つまりアキラは誤魔化ごまかそうとしている。キャロルはそれを察していた。


 シオリがより踏み込んで尋ねる。


「被弾する前に、既に大幅に動きを鈍らせていたように見えましたが」


 アキラが表情を険しくさせる。シオリもキャロルも戦いながらアキラの様子を観察していたのだ。


 アキラがめ息を吐く。そして真面目な表情で答える。


「俺が足手まといになっているなら謝る。適当に見捨てるなり見殺すなりしてくれ」


 キャロルが敵への攻撃を緩めずに少し慌てながら答える。


「……あ、別にアキラがさぼっているとか、そういう意味で聞いたわけじゃないのよ? ちょっと動きが鈍いから大丈夫かなって、それだけよ」


 シオリが敵への攻撃を緩めずに、アキラの真意を探りながら尋ねる。


「アキラ様が意図的に手を抜いているなど、微塵みじんも考えておりません。しかし御自身でもアキラ様の動きを鈍らせる要素に、他に心当たりが全くないと?」


 アキラが敵に大量の擲弾を放ち再び遮蔽物に身を潜める。シオリは返答を待つようにまだアキラをじっと見ていた。


 アキラが観念したようにそれらしいことを話す。


「……強いて言えば、30階の戦闘で回復薬を使いすぎた。強化服を全力で動かすと生身の方の負担がかなり大きくなる。その負担を抑えるために多用したが、これ以上の使いすぎは不味まずい。以前、回復薬の使いすぎで3日ほど昏倒こんとうした経験がある。この状況で昏倒こんとうするよりはましだろうと考えて、追加の使用を控えている状態ではある」


 うそは言っていない。完全には納得してもらえないとしても、疑問の追及を止める程度の効果はあってほしい。そう思いながらアキラがキャロルとシオリの様子を確認する。


 キャロルとシオリはある程度の納得を示していた。アキラの説明をそのまま鵜呑うのみにしたわけではない。自分の知識と経験から説明をいろいろと補い、納得できる内容に加工した上で納得したのだ。


 キャロルが無意識に軽くうなずきながら考える。


(回復薬と言っているけれど、正確には回復効果もある強化薬の類いでしょうね。短時間に多用すれば3日は昏倒こんとうするってことは、効能もかなり高いはず。今のアキラは効果が切れた後の副作用で動きが大幅に鈍っている状態だとしたら、精細を欠いた動きも理解できるわ。加速剤の副作用でありがちなやつよね)


 キャロルがアキラに半ば確信して尋ねる。


「アキラは体感時間の操作とかに結構慣れていたりするの? ほら、周りの時間がゆっくり動いているような感覚のやつよ」


 アキラがかなり驚いた様子で聞き返す。


「分かるのか?」


 アキラの強さの一端を聞けたと思ったキャロルが不敵に微笑ほほえむ。


「まあね。これもハンターの知識ってやつよ」


 キャロルは加速剤の効果だと思っているが、アキラは自力で体感時間の操作を行っている。アキラはそれを見抜かれたことに驚いたのだが、キャロルは薬に関することを見抜かれた驚きだと考えている。認識の食い違いがあるが、それを指摘する者はどこにもいなかったのでそのまま流された。


 シオリが真剣な表情でアキラに尋ねる。


「アキラ様。先ほど昏倒こんとうすると言われましたが、それは命に関わるものでしょうか?」


 アキラが当たり前のことを聞くシオリを不思議に思う。


「いや、こんな場所でこんな状態で昏倒こんとうしたら、そりゃ死ぬだろう」


「つまり、昏倒こんとうを引き起こす副作用自体は、然程さほどひどいものではないと考えても? 数日安静にしていれば済む程度のものと考えてもよろしいでしょうか」


「……まあ、安静にしていれば」


 アキラ達は攻撃の手を緩めずに話を続けている。会話に集中する余裕などない。


 攻撃を終えて素早く身をかがめたキャロルがシオリに尋ねる。


「何が言いたいの? 死にはしないんだから昏倒こんとうするまで使えってこと? この状況で流石さすがにそれはないんじゃない? アキラの動きを見る限り、副作用は現状でもかなりきついはずよ?」


 現状のアキラの動きが鈍いのは、単に本来の実力が未熟なだけだ。この状況でその誤解を解くわけにもいかないので、アキラは黙っていた。


 シオリはアキラの沈黙を不機嫌、不愉快と捉えたが、その上で頼み込む。


「アキラ様。非礼を承知でお願いいたします。アキラ様が昏倒こんとうを恐れずに追加で薬を使用した場合、敵の攻撃を10秒引きつけることは可能でしょうか? 可能であるならば、10秒時間を稼いでいただければ、あれは私が必ず撃破いたします。追加の使用を考慮していただけないでしょうか?」


 アキラとキャロルが驚いてシオリを見る。シオリはアキラの返事を真剣な表情で待っている。我に返ったキャロルが少し非難気味な口調で話す。


「いや、10秒って、1人であれの攻撃を全部10秒も引き受ければ、十分き肉になれるわ。それって貴方あなたへの攻撃を防ぐ牽制けんせい等も含めてでしょう? ちょっと無理がない?」


 シオリはキャロルへの返事を省いて、じっとアキラを見て返答を待っている。シオリはアキラを得体の知れない人物だと評価している。だからこそ、この少々無謀とも言える要求も、可能ではないかと思っているのだ。


 追加の回復薬を使おうが使うまいが、アキラがシオリの頼みを引き受けるのは不可能だ。アキラの実力が絶望的に足りていない。自分の命を顧みずに試みてもき肉になるだけだろう。当然、失敗した上でき肉になるのだ。


 どう言って断るべきか。アキラがそれを考えていた時だった。


『ただいま。寂しかった?』


 アルファがアキラの視界に再び姿を表した。


 アキラが表情をしかめる。緩みそうになった顔を必死に押さえた結果だ。機嫌の良さそうな表情を浮かべているアルファに、意地を張るように答える。


『ああ。寂しかった。できればもっと早く帰ってきてほしかったぐらいだ。だからこの状況を何とかしてくれ』


 アルファが自信満々に微笑ほほえんで答える。


『任せなさい。期待して良いわよ』


 アキラがアルファの返事を聞いて余裕を取り戻す。過度な緊張が薄れ、戦闘に適した精神状態に近付いていく。表情の険しさを少し緩めてアルファに尋ねる。


『そうか。で、シオリから10秒おとりをやってくれって頼まれたんだ。それが可能なら、後はシオリが何とかするそうだ。俺も早くここから出たい。10秒だ。できそうか?』


『私がいる以上、アキラに10秒もおとりをさせるぐらいなら、アキラだけでやった方がましね。もっと時間を減らしなさい。倒さずに無駄に時間稼ぎを続ける方が危険よ』


 アキラがシオリに尋ねる。


「5秒ぐらいに減らせないか?」


「5秒、ですか……」


 シオリが提示した10秒は、アキラに時間を妥協させて要求を引き受けさせる意味合いも多い。だが5秒もそれはそれで難しい秒数だ。


(5秒……、恐らくアキラ様が譲歩した限界値……、これ以上は望めませんか)


 シオリが真摯に頭を下げる。


「分かりました。5秒。お願いいたします」


 キャロルが少し怪訝けげんそうにアキラに尋ねる。


「アキラ。本当に良いの? 5秒でも十分危険、普通なら死ねる時間よ?」


「ああ。さっきも言った通り、このままだと強化服のエネルギーが尽きかねないんだ。戦闘が手早く終わるなら我慢するよ。この状態で俺だけ生身と変わらないってなったら、それはそれで死ぬからな」


 急に自信を取り戻したようなアキラを見て、キャロルが僅かに不思議そうにしながらも笑って答える。


「分かったわ。私も援護するから気を付けてね」


「ああ」


 アキラ達が配置に付く。アキラはシオリ達から離れた場所にある遮蔽物に身を潜めている。CWH対物突撃銃とA4WM自動擲弾銃をそれぞれの手に持ち、左足で立って右足の裏を瓦礫がれきに付けている。


 瓦礫がれきはそれなりに大きく、アキラの視界の大部分を塞いでいる。だが今のアキラにはその瓦礫がれきの向こうに存在している大型固定機の姿がはっきりと見えていた。


 アキラがアルファに告げる。


『よし。始めよう』


『それなりに無茶むちゃをするわ。覚悟は良い?』


『ああ。その程度で何とかなるのなら、覚悟ぐらい幾らでもするよ。覚悟は俺の担当だからな』


 アキラが言葉通りに覚悟を決めた表情を浮かべて答えた。アルファがどこかうれしそうに微笑ほほえみを返した。


 おとりとして稼ぐ時間は5秒。普通の生活ならばすぐに過ぎる短い時間。銃弾が飛び交う戦場では命を落とすのには十分すぎる長い時間。その時間を生き残るために、アキラが意識を集中する。濃密な時間の流れの中で、世界が遅くなったような矛盾した時間感覚の中で、アルファだけはいつも通りだ。


『それじゃあ、始めましょう!』


 アルファの声に合わせて、アキラが瓦礫がれきに押しつけていた右脚を勢いよく伸ばして、遮蔽物にしていた瓦礫がれきを前方の大型固定機に向けて押し出した。強化服はアルファの操作により着用者への負担を軽視する代わりに出力を限界まで上げている状態だ。瓦礫がれきが床を擦る派手な音を立てながら勢いよく前方へ滑っていく。


 瓦礫がれきを押し出した右脚と、それを支えた左脚に多大な負荷が掛かる。アキラは両脚の骨に亀裂が入った感覚を覚える。体内に残留している回復薬が両脚をすぐに治そうとするが、アキラは治癒を待たずに自分で押し出した瓦礫がれきを追い抜くような勢いで走り出した。


 強化服が外骨格のように両脚を補強しているため、踏み出すごとに伝わる激痛と、衝撃による治療の阻害さえ無視すれば、多少骨に亀裂が入った両脚でも十分可能な行動だ。


 大型固定機の無数の機銃が可動部を限界まで動かして飛び出してきた瓦礫がれきを一斉に狙う。銃弾の嵐による着弾の衝撃が瓦礫がれきの勢いを瞬く間にいで、床を滑っていた瓦礫がれきを停止させる。更に1人だけ突出しているアキラに一斉に銃口を向ける。


 アキラは前方の瓦礫がれきを遮蔽物にしながら、それでは防ぎきれない銃弾の射線の隙間を通り抜けていく。アルファの補助による敵の弾道の見切りがなければ不可能な芸当だ。


 無数の銃弾がアキラの横を駆け抜けていくが、アキラに命中した銃弾は皆無だ。装備品にも当たっていない。アキラは体勢を崩すことなく突き進む。


 アキラが左手のA4WM自動擲弾銃で乱射するように擲弾を放つ。目標を見てもおらず、ろくに狙いも付けていないような打ち方だが、その全てがアルファの綿密きわまる計算による精密射撃にるものだ。擲弾が角度にばらつきのある放物線を描いて大型固定機へ飛んでいく。


 大型固定機が機銃の一部を擲弾の迎撃に振り分ける。機銃が機械の反応速度で機敏に動き、宙を飛ぶ擲弾に照準を合わせる。


 次の瞬間、アキラが右手のCWH対物突撃銃を構えて引き金を引く。CWH対物突撃銃の専用弾が擲弾を追い越して、擲弾の迎撃を試みていた機銃の弱点部位に正確に命中する。専用弾はその上で複数の力場装甲フォースフィールドアーマー発生器を組み合わせたことで発生した力場の境目を正確に貫き、その先にある力場装甲フォースフィールドアーマー動力源の一部を破壊した。


 動力源の一部を破壊されて、大型固定機の力場装甲フォースフィールドアーマーの一部が一時的に強度を落とす。その箇所に迎撃に失敗した擲弾が着弾した。擲弾の爆発が敵の内部に伝わって、その機能を一時的に停止させる。


 偶然ではない。対象の内部構造を熟知した上で綿密に計算しなければ不可能な攻撃だ。そしてアルファなら可能な攻撃だ。


 アキラがCWH対物突撃銃とA4WM自動擲弾銃を撃ち続け、敵の機能停止時間を可能な限り延ばしていく。敵の撃破には至らない。無数の甲B18式の部品を元にして造られた大型固定機は、動力源も制御装置も無数に存在している。今も一部が一時的に機能不全を起こしている状態にすぎない。


 アキラが体感時間のゆがみの中で、念話でアルファに尋ねる。


『何秒った!?』


 体感時間のゆがみの中では、正確な時間経過などアキラには分からない。分かるのは、まだ敵が健在だということだけだ。


 アキラの代わりに経過時間を正確に測っていたアルファが答える。


『5.14秒ぐらいね』


 念話で行われるアキラとアルファの会話は現実の時間では一瞬の出来事だ。


 アキラの意識に疑念と困惑が混ざったものが生まれる。アキラは約束通りの時間を稼いだ。しかし敵は健在だ。シオリはまだ約束を守っていない。それがアキラの視線をシオリがいるであろう方向に移動させた。


 アキラが驚きの表情を浮かべる。視線の先にはアキラと同じように遮蔽物から飛び出して大型固定機へ向かっていたシオリの姿があった。シオリは居合いの体勢で今まさに刀を抜こうとしていた。刀身の長さから考えると、敵に刃が届くことは絶対にない位置で。


 シオリはアキラと同じようにゆがんだ時間の流れの中にいた。切り札の一つである加速剤を使用しているのだ。


 シオリは近接戦闘技術の一環として剣術も学んでいる。広めの室内などでの銃撃戦を含んだ白兵戦の間合いならば、シオリは相手が短機関銃を使用していたとしても、問題なく距離を詰めて切り捨てることができる。


 だが通路にいた小型機ならも角として、あの大型固定機は腰に差せる程度の長さの刀身で対処できる大きさではない。シオリもそれは理解している。


 シオリは加速剤と別の切り札を切ることにした。シオリがアキラに頼んだ時間は、その切り札を使用するための時間稼ぎでもあった。


 シオリはアキラが飛び出した少し後に、自分も飛び出して敵との距離を詰めていた。視界に映るちりの動きさえ知覚できそうな鋭敏な感覚の中で、シオリはアキラが約束通り敵の攻撃を引きつけてくれたことに感謝する。次は自分が約束を果たす番だと、意識を高めて腰に差している刀に手を掛ける。右手を柄に、左手をさやに、意思を刀身に乗せて、抜刀の体勢を取る。


 シオリは柄を強く握りしめ、強化服の身体能力と自身の技量を存分に乗せて刀身を解き放った。


 次の瞬間、巨大な光の刃が大型固定機を両断した。周囲にいた甲B18式達も一緒に切り飛ばされた。


 光の刃が大型固定機の力場装甲フォースフィールドアーマーを切り裂くのと同時に切断部分から閃光せんこうが出る。激しい閃光せんこう力場装甲フォースフィールドアーマーの衝撃変換光の一種で、アキラが破壊していない動力源で動いていた力場装甲フォースフィールドアーマーを強引に切り裂いた証拠だ。


 大型固定機を横に両断したシオリが続けて刀を振るう。大型固定機が今度は縦に両断される。シオリが続けて刀を振る。大型固定機が近くにいた甲B18式達を巻き添えにしながら縦に横にと刻まれていく。


 アキラは大型固定機が巨大な光の刃で刻まれていく光景を唖然あぜんとしながら見ていた。アキラの左腕が勝手に動き、分解された巨体の上に駄目押しとばかりにA4WM自動擲弾銃の擲弾を放っていく。アルファがアキラの強化服を操作したのだ。


 大型固定機は全体を刻まれた上に無防備な状態で無数の擲弾の爆発を食らって大破し、ついに完全に停止した。


 シオリの刀から伸びていた光の刃が消える。すると刀身もちりの塊が崩れるように消えていった。シオリは柄とつばだけになった刀をさやに戻し、深く息を吐いた。


 アキラが我に返る。取りあえず増援の甲B18式達が現れそうな通路に銃口を向けて警戒しながら、アルファに先ほどの光景について尋ねる。


『アルファ。今のって、あれか? クズスハラ街遺跡で俺が使ったナイフのような、旧世界の遺物か?』


『あるいは、その原理を解明して製造した装備でしょうね。切断範囲も切れ味も微妙だけれど、まあ、使い捨てにするには十分ね』


『……あれで、微妙?』


『アキラがクズスハラ街遺跡で遺物強奪犯に襲われた時は、ビルの柱や壁ごと斬られるところだったでしょう? 物にもよるけれど、旧世界の遺物ならもっとすごい物も多いわ』


『……比較対象が間違っている気がする』


『あら、そんなことないわ。私が指定する遺跡を攻略するためにも、アキラにも同程度の性能の物をその内に手に入れてもらうつもりよ?』


 アルファの発言が正しいなら、旧世界にはあの程度の物はごろごろしているようだ。アキラは旧世界の恐ろしさを再び垣間かいま見た。


 エレナ達は唖然あぜんとしながら広場を見ていたが、すぐに我に返って行動に移る。退路を確保しながらシカラベ達に連絡を入れて合流を待つ。トガミとレイナがすぐにアキラ達に合流する。僅かに間を置いて、向こうで甲B18式達を押さえていたシカラベとカナエが合流する。


 シカラベ達も広場の光景を見て驚いていたが、質問等を全て後回しにして脱出を優先する。全員の無事を確認したアキラ達は、すぐにセランタルビルから脱出した。ビルの外が比較的ましな状況であることを期待して。

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