第130話 大型固定機

 クロサワ達の部隊とカツヤ達の部隊は現在セランタルビルの1階を制圧中だ。ただし指揮系統も活動範囲も完全に分かれている。余計ないさかいが発生しないように、事前の協議で両方とも分けたのだ。なおどちらかが撤退した場合は、残った方が好きに制圧作業を進めて良いと決められていた。


 セランタルビルで発生している通信障害の所為で、ビルの中にいると外と連絡が取れない状態が続いている。クロサワとカツヤはクガマヤマ都市やハンターオフィス等と連絡を維持するために、ビルの外で部隊の指揮を出していた。


 カツヤの側にいたアイリが、冷たい視線をクロサワに向けながら話す。


「……用件はそれだけ?」


 アイリを見たクロサワが表情を戻す。クロサワはアイリの目にい上がろうとする者の意思を見た。そのような人間に侮蔑や侮りを向けようとは思わない。その類いの人間は実力を問わず侮ってはならない。侮りは油断を、い上がろうとする意思は決意と覚悟を生み、両者の明確な実力差を引っ繰り返す何かに成り得るからだ。


(賞金首撃破というスポンサー向けのはく付けのために、ドランカムが高威力の消耗品を採算度外視でそろえて、それを使ってごり押しで賞金首を撃破したのを自分達の実力だと勘違いしている馬鹿どもの集まりだと聞いていたが……、こういうやつもいるのか)


 クロサワが僅かだがカツヤ達の評価を上げる。主にその要因となった人物に向けて答える。


「ああ。それだけだ。互いの安全のため折角せっかく担当範囲を分けたんだ。次から気を付けてくれ。邪魔したな」


 最低限の注意は済ませたのだ。領域の侵犯を黙認する気はないという意思は伝わっただろう。本当ならばもう少し嫌みを交えていろいろ言うつもりだったのだが、クロサワはアイリに免じて話を切り上げることにした。


 その場を離れようとしたクロサワの足が止まる。クロサワの視線の先には、セランタルビルの出入口から駆け足で出てくるハンターの少女の姿があった。


 何らかの緊急事態が発生したのか。クロサワはそう考えて足を止めたのだが、少女の様子からその可能性は低いと考え直して再び戻ろうとする。その間にその少女、リリナはカツヤの前までやって来ると、カツヤに憤りをぶつけるように声を荒らげて話し始める。


「カツヤ! あいつらがまた私達を馬鹿にしてきたわ! カツヤからも何とか言ってやって!」


 カツヤが憤慨しているリリナをなだめながら事情を尋ねる。


「リリナ。落ち着けって。話なら聞くから。何があったんだ?」


「一体何なのあいつら!? 一々偉そうに突っかかってきて! 私達だって賞金首討伐に成功したハンターなのよ!? もう少し態度ってものが……」


 カツヤに事情を説明しようと、少なくとも本人はそう思いながら話していた途中で、リリナはその場から去ろうとしているクロサワに気付いた。別のハンター部隊の誰かとしか認識していなかったが、リリナにはそれで十分だった。


 リリナがクロサワを引き留める。


「ちょっと待ちなさいよ! あんた達も賞金首を倒したハンターなんでしょうけど、私達だってそうなのよ! 私達が活躍しているからって、下手な嫉妬で私達の邪魔をしないでちょうだい!」


 クロサワは立ち止まって面倒そうにめ息を吐くと、振り返ってリリナへ端的に尋ねる。


「場所は?」


 リリナが怪訝けげんな表情で聞き返す。


「場所? 何の場所よ」


「察しの悪いやつだな。そちらの人員とめたという報告なら俺の方にも届いている。そのめた場所は?」


「そんなのセランタルビルの1階に決まっているでしょう? そんなことをわざわざ聞くなんて馬鹿じゃないの?」


「セランタルビルは階も多いが各階も広い。部屋も大小無数にある。1階のどこだ?」


めた場所は部屋じゃなくて通路よ。それがどうかしたの?」


「どこの通路だ?」


「そんなのどこだって良いでしょう!? さっきから何なのよ!」


 嫌みったらしい口調のクロサワに反抗するように、リリナも刺々とげとげしい口調で言い返した。


 クロサワは見る相手をリリナからカツヤへ変更する。そして哀れみと嘲りをたっぷり乗せため息を、分かりやすく意図的に吐いた。そして明確に馬鹿にしている目でカツヤを見ながら話す。


「セランタルビルは大勢のハンターが未帰還となった非常に危険な場所だ。大量の強力なモンスターに突然襲われても全く不思議のない場所だ。更にビルの中は原因不明の情報収集機器等の性能低下が発生していて、索敵の難易度が上昇している。通信状態も不調で、敵味方識別装置による味方の判別もままならない状態だ。ハンターの緊張は当然通常より高まる。そんな状態で友好的ではない他の部隊のハンター達が多数入り交じれば、相手を敵と誤認して不必要な戦闘が発生する確率は上昇する。不幸な事故を起こさないためにも、不用意な接触は避けるべきだ。そのために、お互いの安全のために、お互いの利益のために、それぞれの活動範囲をしっかり分けた、と俺は認識している。哨戒しょうかい時は、移動ルートや帰還時間をしっかり決めて、それを守らせている。遭遇するはずのない何かと遭遇した場合、敵味方の判別に時間を取られて先制攻撃されないように、対象をまずは敵と認識させるためにだ。時間通りに戻ってこない場合、敵襲を含めた何らかの異常が発生したと判断するためにだ。そちらの人員とめたと報告のあった場所は、C7の通路だ。制圧範囲の区切りのこちら側だ。区切りの境でうっかり入る場所じゃない。そこを通る意思を持っているか、自分がどこにいるかも分からない状態でもなければ、そちらの人員が立ち入ることはないはずの場所だ」


 クロサワがカツヤに向ける視線を嘲りから敵意へ変える。


「こちらが反射的に発砲しても不思議ではない場所を平然と通る馬鹿か、自分がいる場所も分からない馬鹿か知らんが、お前はそんな馬鹿をセランタルビルの中でうろちょろさせているのか? お前はそんなに俺達と交戦したいのか?」


 リリナがクロサワの気迫に押されながらも、声を荒らげて反論する。


「ちょっと通ろうとしただけじゃない! そこまで言わなくても良いでしょう!?」


 クロサワは視線をカツヤに向けたままの状態で話す。


めた、と報告があった。すぐにその場から立ち去らずに、巡回チームの帰還を遅らせるほどの口論をしたか、帰らせないように食い下がったな? それがちょっとか? ああ、お前にとってはちょっとなんだろうさ。そこは認識の差ってやつなんだろうが、その認識はドランカムの中だけで済ませてくれ。俺達はドランカム所属のハンターではないんだ。お前らのままごとに付き合う義理も義務もないんだよ」


 クロサワが実力者の気配を表に出して、冗談や嘲りなど欠片かけらも含まない表情で、交渉可能な敵対者へ向ける口調で、敵対している部隊を率いているカツヤへ話す。


「いいか? 俺達もお前らと交戦する気はない。それはモンスターを相手にしながらお前らとも戦うのが面倒だからだ。だから俺達の邪魔をするな。お前達を排除した方が安全で手っ取り早いと俺に判断させるな。この作戦は都市の依頼で、お前達はドランカム所属のハンターだ。だから俺達もできる限り我慢するつもりだが、限度ってのはあるんだ。おままごとは、そっちだけでやれ。分かったな」


 クロサワはそれだけ言うと、返事を待たずに走って戻っていった。仲間から戻ってくるように催促する通信が入ったからだ。


 クロサワは面倒そうに表情をゆがめて考える。


(……真面まともなやつもいるようだが、連中の大半はあんな馬鹿か。あいつらとの交戦を避けながら、セランタルビルの制圧作業を進めるのか? 本隊が到着したら、あいつらと連携して作戦を進めるのか? ……もうこの際、ドランカムだけでやらせた方が良いんじゃないか?)


 クロサワは今後の対応を思案しながら仲間達のもとへ急いだ。


 リリナはクロサワが放つ実力者のすごみに気圧けおされていた。しかしクロサワが離れていくと、すぐに抑えつけられていた苛立いらだちが反発し始める。


 リリナが今にも爆発しそうな態度で不満を口にする。


「……な、な、何なのよあいつは!」


 ユミナがリリナを落ち着かせようと、冷静な口調でリリナをなだめる。


「リリナ。気持ちは分かるけど、お願いだからまずは落ち着いて。ね?」


 アイリが少しとげのある口調で端的に言う。


「リリナ。黙って」


 気持ちの治まらないリリナは更に何かを言おうとして、ユミナとアイリを見て口を閉ざした。ユミナは少し険しい真面目な表情でリリナを見ている。アイリは普段の感情の起伏に欠ける表情に若干の敵意を乗せてリリナを見ている。そして2人ともリリナを威圧するようにじっと見ている。


 ユミナとアイリは、カツヤの周りにいる少女達からも一目置かれている。2人はカツヤとの付き合いも長く、カツヤとも仲が良く、ハンターランクもカツヤのチームではカツヤに次いで高い。その2人の態度はリリナを尻込みさせるのに十分なものだった。リリナを少しおびえさせるほどに。


 2人は間違いなく怒っている。余計な口を開けば更に怒らせてしまいそうで、リリナは言い訳をすることもできずに意気消沈して口を閉ざし続けた。


 カツヤは基本的に善人でお人しだ。そのため目の前に理由は何であれ落ち込んでいたり弱っていたりおびえていたりする人がいる場合、何とかしてあげたいという気持ちが湧いて出てくるのだ。それが自分と同じチームの者ならより一層に、同世代の可愛かわいい異性ならば尚更なおさらにだ。


 カツヤはユミナとアイリの怒気を感じて若干畏縮しながらも、精一杯の微笑ほほえみを見せてリリナを慰め落ち着かせようとする。


「あー、リリナ、ほら、まずは落ち着いてくれ。……落ち着いたか? じゃあ、報告を頼む。予定より早く帰ってきたってことは、急いで報告することがあったんだろう?」


 リリナはカツヤに優しく微笑ほほえまれて少し落ち着きを取り戻した。少し辿々たどたどしい口調で説明しようとする。


「……う、うん。えっと、私が急いで戻ろうとした時に彼らがいて、そこで……」


 アイリが口を挟む。


「彼らとめた話は後にして。まずはリリナが急いで戻ろうとした理由から話して」


「えっと、大したことじゃないかもしれないんだけど……」


 畏縮して言い渋るリリナに、アイリが怒気を強めて報告を促す。


「早く話して」


「エ、エレベーターが動いていたの」


「……それだけ?」


「えっと、ほら、取り決めで1階の制圧が終わるまで2階には上がらないことになっていたでしょう? エレベーターが勝手に動いたから、向こうのやつらが取り決めを破って上にあがって、もっと上の階から呼び出したのかなって思って、それなら私達も出し抜かれないように上の階に進んだ方が良いんじゃないかと思って、急いでカツヤに教えようと思って……」


 リリナは多分に推測の混ざった報告を続けていた。




 クロサワは仲間達の所へ戻った後、部下の報告を聞いて顔をしかめていた。部下の見間違い等を考慮して再確認する。


「間違いないんだな?」


「ああ。エレベーターが動いている」


「俺の指示を無視して勝手に上に行ったやつはいない。1階で待機状態だったエレベーターが勝手に動き出した。間違いないな?」


「乗場位置表示器の表示を信じる限りはな。1階のエレベーター乗り場で見張りをしていたやつが動作音を聞いたとも言っている。1階で停止していたエレベーターが俺達とは無関係に動いた。勝手に上に行ったやつもいない。間違いない」


 クロサワがより険しい表情で黙って考え始める。


(向こうの連中が勝手に上階に行ってエレベーターを呼び出したのか? いや、俺達より先にビルに入った部隊が呼び出したかもしれない。……違う。そもそもエレベーターは使用不可能だった。なぜ急に使用可能になった? ビルの機能に変化が? ……嫌な予感がする)


 クロサワが真剣な表情で部下に指示を出す。


「ビル内の連中を急いで呼び戻せ。全員だ。設置した索敵機器等は放置したままで構わない。撤退を急がせろ。セランタルビルの包囲の外から追加の機材を運んでいる連中も、作業を中断させて戦力に加えろ。ビル内に設置する予定の簡易防壁も全部使用して、ビルの出入口に火力を集中できるように距離を取って陣を作れ。始めろ」


 部下のハンターがクロサワの指示を聞いて驚く。クロサワがセランタルビル1階の制圧を諦めたような指示を出したからだ。強い戸惑いの表情でクロサワに尋ねる。


「おい、良いのか? 折角せっかく1階の制圧も俺達側の方は終わろうって頃なのに、台無しだぞ?」


「良いんだ。どちらにしろ指揮系統の異なる連携の取れていない敵対的とも呼べる部隊が存在している時点で、制圧が済んだとしても安全性は微妙なんだ。ガキどもが制圧した区域の安全性なんか俺は信じられない。それにこのまま敵が出てこないのなら、一度撤退したとしても再制圧はすぐに終わる」


「だが制圧領域に大幅な後れを取ることに違いはないだろう。エレベーターの件が、そこまで危険か?」


 制圧領域の確保はクロサワ達の報酬にも大きく関わってくる。撤退を渋る部下にクロサワが軽い威圧を込めて答える。


「俺の勘、あるいは念のためだ。指揮権を俺に預けている以上、ごちゃごちゃ言わずに俺の指示に従え。弱気の指示だってことぐらいは俺も理解しているが、俺が臆病者だってことはそっちも理解して納得して了承済みのはずだ。俺の指揮の責任を問うのは終わってからにしろ」


 クロサワは優秀なハンターで指揮能力も高いが、その判断基準から臆病者とも評価されることも多い。クロサワが指揮するチームは旧世界の遺跡で遺物を収集している時も状況を悲観的に捉えすぎて、もう少し探せば手に入れられたであろう多くの利益をあっさり捨てて帰還することも多い。


 しかしその反面、クロサワが指揮をするチームの生還率は非常に高い。旧世界の遺跡で貴重な遺物を山ほど手に入れて荒稼ぎというようなハンターの醍醐味だいごみからは無縁だが、長期的には十分な黒字を確保していた。


 クロサワ達が多連装砲マイマイを撃破した時も、クロサワが率いるチームは死者も重傷者も出さなかった。


 未調査の遺跡と同程度に危険な遺跡となったミハゾノ街遺跡、そこにあるセランタルビルに突入して生還するためにも、クロサワの慎重さは重要だ。彼の部下達はそれを再認識した。


 部下が真剣な表情で返事をする。


「了解だ。すぐに始める」


「急げ」


 クロサワは真剣な表情で部下達を急がせた。この判断が杞憂きゆうに終わってもクロサワに後悔はない。その杞憂きゆうが一度でもただの杞憂きゆうで終わらなければ、遺跡に向かったハンターのありふれた末路を迎えることになるのだから。




 アキラ達は何事もなくビルの1階に辿たどり着いた。同時に、勘の良い者達が異様な気配を感じて僅かに顔を険しくさせる。アキラも表情を少し険しくさせる。


 アキラがアルファにそれについて尋ねる前に、アルファがまた急に聞き捨てならないことを言い始める。


『アキラ。また少し席を外すわ』


『またか?』


『状況の改善のためよ。我慢して』


 アルファはそう言い残してアキラの視界から姿を消した。アキラの強化服の動きが再び僅かに鈍った。


 アキラは表情をより険しくさせたが、平静は保っていた。一度経験済みであること。後は正面出入口付近の広間を抜けて外に出るだけだと思っていること。それらがアキラに余裕を持たせていた。


 だからアキラは気付かなかった。アルファは前回と異なり、大丈夫だとも、すぐに戻るとも、敵はいないとも言っていないことに。


 エレナがアキラ達に状況を説明する。


「正面出入口付近の広間にかなり大きな反応があるわ。追加の部隊が前線の拠点を構築している反応だと思いたいけれど、十分注意して」


 アキラ達は一様にうなずいて慎重に通路を進み始めた。


 広間に続く通路を進んでいくと、血まりにハンターの死体が転がっていた。かなり若い死体で死因は銃撃によるものだ。


 シカラベが死体の装備を確認して顔をゆがめる。装備品にはドランカムのマークが小さく記されていた。


「装備はドランカムの貸出品。恐らくドランカム所属の若手の誰か。連中も部隊行動ぐらいはしているはず。……死体を回収していないってことは、何かに襲われて、その余裕もなかった?」


 エレナが全員に告げる。


「念のため、広間の反応は敵性と考えましょう。移動ルートをその前提で少し変更するわ。注意して、警戒して進む。それは同じよ。行きましょう」


 アキラ達は臨戦態勢を維持したまま進んでいく。通路にまた死体が転がっていたが、今度は立ち止まらずに進んでいく。


 アキラは銃を握る手に無意識に力を込めている自分に気付いて、過度な緊張を和らげるために一定の間隔で意図的な呼吸を繰り返す。


 アキラが険しい表情でアルファに呼びかける。


『アルファ! まだか!』


 アルファからの返事はなかった。




 現実には存在しない空間に2人の女性が立っている。セランタルビルの管理人格であるセランタルと、アキラの前から姿を消したアルファだ。


 アルファが不機嫌な無表情で尋ねる。


「釈明を求めたいわ」


 セランタルも不機嫌な無表情で尋ねる。


「事前の取り決めに反してはいない。こちらもそちらがビルの奥へ進むのを放置する義務はない。その上でビルの外へ出て行くのを妨害もしない。取り決め通りだ」


「上階の機体がエレベーターを、ビルの機能を使用しているのは?」


「私の権限の外で行われていることだ。セランタルビルを管理しているのは確かに私だが、それはビルの全ての機能に対して最上位権限を行使できることを意味するわけではない。特に50階以上の各階を占有している顧客は、直通エレベーターの使用権限も有している。また、各フロアに対する自衛権の行使も可能だ。甲B18式類の行動はその一環だろう」


「甲B18式は30階にも配備されていたのだけれど?」


「それも顧客には自衛権の行使の内なのだろう。私の管理の外にある機体を勝手に配備されて、私も非常に困惑している。大変迷惑にも思っている。だが、私の力が及ぶ範囲ではないのでね。私が管理するビルを好き勝手に荒らされるのは、私もとても残念だ」


 アルファとセランタルは互いに引かずに話を続けていた。




 ビルの受付の広間の近くに到着したアキラ達が、通路の影や壁の穴、瓦礫がれきの影から広間の様子を確認している。


 相当大規模な戦闘が発生していたのか、アキラ達の周囲には多くの死体が転がっていた。強化服を着た死体が、銃を握ったまま、あちこちに転がっていた。


 セランタルビルの正面玄関を兼ねている広間は天井も高い。ビルの3階部分も広間の一部になっていて開放的な空間を演出している。その広間の中央にアキラ達がビルに入った時には存在していなかったものが存在していた。


 レイナが全員の内心を端的に表した一言を口にする。


「……なに……あれ?」


 広間には一体の巨大な機械系モンスターが存在していた。その巨体は明らかにビルの出入口や広間に続いている通路の幅と高さを超えていた。強固な装甲で全面が覆われており、機械の脚やタイヤ、履帯などの移動手段は全く付いていない。未知の手段で浮遊でもしない限り移動できるようには見えない。仮に移動できたとしても、あの巨体では通路や玄関を通ることなど不可能だ。


 大型固定機はビルへの侵入者を撃退するために初めからそこにあったように存在していた。


 カナエが楽しげに笑いながら話す。


「随分デカいっすね。あんなデカい図体ずうたいで、どうやってここに入ってきたんすかね?」


 カナエがもっともな疑問を口にすると、エレベーターに続いている広間の通路から、数体の甲B18式が現れた。大半は広間を通り抜けてビルの外に出て行ったが、その内の1機が大型固定機の側面をよじ登って上まで移動した。


 大型固定機の頭頂部まで登った甲B18式がそこで一度停止する。次の瞬間、甲B18式が自壊するように勝手にばらばらになり、部品の山になった。


 更に大型固定機の装甲の一部が開くと、無数の機械の腕が出てきて、バラバラの部品をつかんで自身に取り込んでいく。大型固定機に新しい装甲が加わり、新しい機銃が加わり、新しい体積が加わり、巨体が僅かだが更に巨大になった。


 エレナが納得しながらも険しい表情を浮かべて話す。


「なるほど。材料はあるのだからここで造ったってわけね。自分で修理も改造もできる種類の機体とはね」


 サラが苦笑いを浮かべて話す。


「30階のやつもその場で作った機体だったわけか。納得。確かに、材料は山ほどあったわ」


 広間の別の通路から新手の甲B18式が現れてビルの外へ向かおうとする。その内の1機がビルの外から銃撃されて着弾の衝撃で粉砕された。


 更に別の銃弾が大型固定機に直撃する。着弾地点から閃光せんこうが飛び散った。


 アキラは非常に嫌そうな表情を浮かべる。


「……あの光は、力場装甲フォースフィールドアーマーの衝撃変換光……だったっけ?」


 クズスハラ街遺跡で戦った人型兵器のような重装強化服。アキラはその強靱きょうじんさと厄介さを思い出していた。


 シオリが真剣な表情で大型固定機の様子を確認しながら話す。


「あの光度から判断すると、着弾の衝撃は相当な威力のはずです。先ほどの一撃で破壊されていれば良いのですが……」


 アキラ達が固唾を飲んで敵の様子をうかがう。大型固定機を覆っている無数の装甲板が剥がれ落ちる。だがその下には別の新しい装甲板が存在していた。新しい装甲板が内側から押し出されるように出てきて、大型固定機の表面が元の状態に戻った。


 アキラ達は言葉に出さなくとも全員が同じ思いを共有しているだろうことを何となく察した。


 シカラベが嫌そうな表情でキャロルに尋ねる。


「キャロル。お前、このビルには詳しいんだろう? 外につながっている安全な隠し通路とか知らないか? この際だ。情報料が多少高値でも支払うぞ?」


 キャロルが首を横に振って応える。


「残念だけど、現実的な出口はビル正面の出入口だけよ」


「本当か?」


「本当よ。100億オーラム支払うって言われても、ないものはないわ」


 他の出口の存在を少し期待していたアキラが残念そうな表情を浮かべた。あの大型固定機が大人しく自分達を通してくれるとはとても思えない。何とか破壊しなければならないが、大型固定機は先ほどの攻撃にも耐えたのだ。そう簡単には倒せないだろう。


(1階まで戻ってきたんだから、ビルの壁に穴を開けて外に出る……、駄目か。キャロルも現実的な出口はあそこだけって言っているしな。アルファがいれば、どうして駄目なのかいろいろ教えてくれそうだけど……)


 残念ながらアルファはまだ帰ってきていない。このままだとアキラはアルファのサポート無しで戦うことになる。


 アキラが険しい表情でアルファに呼びかける。


『アルファ! 本当にまだか!?』


 返事はなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る