第127話 ぱっと見の実力

 エレナ達が階段付近の広間でシカラベ達の戻りを待っている。既に広間の敵の殲滅せんめつは済ませた。今は敵の増援を防ぐためにシカラベ達が戻ってくる通路以外を塞いでいる途中だ。破壊した甲B18式を積み上げて、不要な通路の前に残骸の山を作っていた。


 エレナ達はかなりの重量がある甲B18式の残骸を軽々と運んだり蹴飛ばしたりしていた。サラは消費型ナノマシンによる身体強化拡張者の身体能力で、エレナは着用している高価な強化服の性能で、そしてキャロルはその両方で。


 キャロルは諸事情による必要性で、着の身着のままどころか全裸でも敵にあらがえる力と、身一つで他者を魅了できる美貌と肉体を求めて、大金をぎ込んで身体強化拡張者になった。その上で更に強化服を着用して身体能力を高めていた。


 美麗に調整された肉体を妖艶なデザインの強化服で覆っているキャロルは非常になまめかしい。だがその外見の本質は、装飾の制約を許容した上で、甲B18式を容易たやすく蹴飛ばせる身体能力を実現させる高度な技術にある。旧世界の遺物を解析して生み出した魔術と見まがうほどの驚異的な技術の結晶だ。


 異性を魅了する要素に惑わされなければ、その高度な技術の異常さに気づけるだろう。技術の対価の値段を想像できる者ならば、その支払い額の桁にも驚けるはずだ。もっとも大抵の者は技術側の思考に至る前に、分かりやすく妖艶な外見へ思考を流されてしまうのだが。


 エレナ達が広場の確保処理を粗方済ませて一息吐く。増援を撃破して、不要な通路を残骸の山で塞いで、広場に残っている残骸も一通り邪魔にならない場所に移動させた。


 エレナが情報収集機器で周囲の状況を探りながら、アキラ達が強行突破していった通路の先を見る。エレナの索敵範囲にアキラ達の反応はない。


 アキラ達の身体能力。敵の密度。部屋までの距離。経過時間。それらを考慮して判断すると、もしシカラベが途中で撤退を判断したのならば、そろそろ戻ってきても良い頃だ。アキラ達は順調なのか、あるいはひどく苦戦しているのか、エレナには分からない。


 サラは少し心配そうな表情で通路の奥を見ているエレナを安心させるように微笑ほほえんで話しかける。


「大丈夫よ。すぐに戻ってくるわ。エレナだって、そう判断したからアキラ達を行かせたんでしょう?」


「……危険は許容範囲であると判断した、という意味ならそうよ。シカラベも死ぬ気はないから、撤退の判断を誤るとは思えないわ」


 割に合うと判断したことを尻込みしていてはハンター稼業は務まらない。エレナもアキラも荒野に出た時点で程度の差はあれど命を賭けているのだ。既に命賭けであるならば、見合う利益は手に入れるべきなのだ。


 エレナは様々な危険を考慮して、その上で割に合う選択だと判断した。自分の判断を過信してはいないが、不必要に疑ってもいない。正しい判断だと信じている。


 ただ、大丈夫だと口にすれば自分にそう言い聞かせているようで、心配だと口にすれば自分の判断を疑いそうで、エレナはその両方の言葉を口にするのを意図的に抑えた。


 サラはエレナにしては少々珍しいどこか子供が強がっているような様子を見て、少しだけ面白そうに微笑ほほえんだ。


 エレナが気恥ずかしさを誤魔化ごまかすように、少しだけ強い視線を向けて話す。


「……何よ」


「何でもないわ。大丈夫だって。確かに少し心配だけど、シカラベが自分の命と引き換えに救出を強行するとは思えないわ。危険ならちゃんと判断するって。アキラもシカラベから賞金首討伐に誘われるぐらい強いし、あのトガミって子もシカラベが同行を許可する程度には強いんでしょう。大丈夫よ」


 サラはエレナの心情を察してか、エレナが使用を躊躇ためらった言葉をエレナの代わりに口にした。


「……。分かってるわ」


 エレナは内心を見透かされた気がして、それを誤魔化ごまかすように僅かに顔を赤くして少し無愛想に答えた。


 キャロルがエレナ達の所に近付いてくる。そして愛想良く微笑ほほえみながらエレナ達に話しかける。


「私達の方は一息吐けそうね。今のうちにアキラ達が戻ってきてくれたら助かるんだけど」


 キャロルはそう言って、目標の部屋に続く通路の方を見る。その通路から敵が出てくる気配はない。エレナ達としては、アキラ達が敵を倒しながら進んでいるからだと思いたいところだ。


「早く無事に戻ってきてほしいわね」


 キャロルはエレナとサラに同意を求めるようにそう言った。キャロルの表情や口調からもアキラ達の身を案じている様子がうかがえた。


 サラは単純にキャロルに同意して答える。


「大丈夫よ。すぐに戻ってくるわ」


 エレナはキャロルの様子にどことなく虚飾の色を感じながらも、話の内容には同意する。


「そうね。早く無事に戻ってきてほしいわ」


 キャロルが同意を得られたことに喜んでいるような笑顔を浮かべる。そして懸念事項を口にする。


「まあ、救出に向かった3人の内の2人が子供なんだから、ちょっと心配してしまうのは仕方ないわよね。私もアキラの実力は間近で見て理解しているけど、トガミって子はどうかしらね。エレナ達はどう思う?」


 エレナが答える。


「少なくとも装備は結構良い物だったわ。実力の方は、まあ、一応シカラベが連れてきた人物だから、悪くはないと思うけど」


 キャロルが同意を示すうなずきを見せて話す。


「そうよね。私も悪くないと思うわ。アキラの方が強いと思うけどね」


 エレナとサラが軽くうなずいて同意を示す。キャロルはそれを確認した後で、少し不思議そうに話す。


「……ただ、そういうぱっと見の評価というか、事前情報無しで先入観もない状態で、本当に見ただけで判断すると、私の中で一番評価が低くなるのはアキラになるのよね」


 サラが少し意外そうな表情で尋ねる。


「そうなの?」


「そうよ。本当に一見しただけの評価ならね。装備の性能もアキラのものが一番低そうに見えるしね。……私は今まで大勢のハンターを見てきたから、ぱっと見でも相手の実力をある程度正確に推測できるし、実際の実力と比べても余り外すこともない……と思っていたわ。あそこまで大きく外したのはアキラが初めてよ。正直な話、私はそのことを結構不思議に思っているの。今までは結構的中していたからね。ちょっと自信をなくしちゃったぐらいよ」


 セランタルビルの中でアキラと出会わなければ、その後の敵襲を一緒に切り抜けなければ、キャロルはアキラの実力を見抜けなかった。その前に同じ装備のアキラとクガマヤマ都市で偶然出会ったとしても、凡庸なハンターの一人としか判断しないだろう。キャロルがアキラに興味を持つこともなかったはずだ。


 キャロルがエレナとサラに尋ねる。


「エレナとサラは、アキラが全くの初見や完全な他人だったとしても、アキラの実力をぱっと見で見抜ける自信が有る?」


 エレナとサラは少し考えてからお互いに一度視線を合わせて、再びそれぞれ考え始める。サラはキャロルの質問に答えるために、エレナはキャロルの質問の意図を見抜くために、それぞれ少し異なる思案の表情を浮かべている。


 サラが軽く苦笑しながら答える。


「ちょっと自信ないかな。確かにアキラはちょっと弱そうに見えることもあるし、遺跡の探索時に結構緊張している時もある。アキラのことを知らずに一目で実力者と見抜けるかと聞かれたら、難しいわね」


 エレナが一般的な差し障りの無い意見を話すように答える。


「ぱっと見と言っても、相手の外見、体格とか見た目の年齢とか装備品の種類や量から、相手の実力はある程度把握できるものよ。仮にアキラが普通の服を着て治安の良い住宅街とかを散歩している姿を見たとして、そこからアキラの実力を見抜くのは無理ね。そういう意味で、自信はないと言っておくわ」


 キャロルは2人の答えを興味深そうに聞いていた。そして僅かに満足そうに微笑ほほえみながら答える。


「エレナとサラでもアキラの実力は測れないか。それならそんな隠れた実力者のアキラと、その実力が分かる状態で出会えた私達は運が良かったのね。この折角せっかくの縁は大切にしておかないと」


 サラが笑って答える。


「その通りね。確かに幸運だわ」


 エレナもどこか表情を柔らかくして答える。


「ま、それは同感よ。これから縁をつなげるように、アキラに見切りを付けられないように、私達は私達の仕事をきっちり熟しておきましょう」


 キャロルは同意するように微笑ほほえんでうなずくと、機嫌良く続けて話をしようとした。


 その時、不要な通路を塞いでいる残骸の山の一つが僅かに動いた。残骸の山で塞がれている通路の向こう側にいる機械系モンスター達が、残骸の山を除去、あるいは押しだそうとしているのだ。


 キャロルはそれに気付くと僅かに表情を険しくさせて舌打ちする。そしてすぐにその通路の方へ走り出した。僅かに苛立いらだった表情で走りながら銃を構え、封鎖中の通路の前まで来ると銃身を残骸の中に突き刺した。


 キャロルがそのまま引き金を引く。残骸の山の反対側にいる敵へ向けて銃弾を放つ。発砲炎が残骸の中を照らし、乱反射した閃光せんこうが残骸の隙間を通って外へ漏れていく。貫通性能に優れた弾丸が残骸の山を突き破って、その向こう側にいる目標に命中した。


 キャロルは苛立いらだちをぶつけるように銃を乱射する。機械系モンスター達は銃弾に貫かれて次々に破壊され、通路を塞ぐ新たな障害物へ加わっていった。


 キャロルは自分の邪魔をしたもの達へ小声で愚痴を吐く。


「……折角せっかくいろいろ聞き出せそうな空気だったのに、全く空気を読まない連中ね!」


 キャロルはエレナとサラの態度から、2人とも自分と同じようにアキラの実力を測りかねていることを理解した。そこまではキャロルの予想通りだ。


 重要なのは、ぱっと見で推測したアキラの実力と、一緒に行動して計ったアキラの実力の大きな差異に対して、エレナとサラが大きな疑問を感じていないことだ。それはキャロルとの大きな差異だ。


 キャロルがその理由を考える。サラは本人の気質きしつから大して気にしていないだけかもしれない。しかしエレナは違う。多少なりとも不思議に、不可解に思い、疑問を持ち、その理由を推測するはずだ。


 キャロルはエレナとサラの表情や口調から、自分の意見に対しての同感の意を、それを私達も不思議に、疑問に思っているという反応を感じ取れなかった。


 つまり、エレナとサラはその疑問に対する答えを、少なくともある程度納得できる推測を持っている。キャロルはそう判断した。それが分かった時点で、キャロルがエレナ達に話しかけた目的の半分は達成された。


 キャロルが目的の残り半分の達成のために動き出そうとした途端、余計な介入者がそれを邪魔したのだ。


(まあ、アキラのあの実力には、エレナ達も納得できる根拠のようなものがあると分かっただけ良しとしましょう。……ああ、駄目! やっぱり気になるわ!)


 キャロルはそれを知ったことで中途半端に興味が湧いてしまった。それを探る機会を邪魔された憤りを弾丸に込めて、半ば八つ当たり気味に銃弾を放ち続けた。




 トガミは必死にシカラベとアキラの後に続いていた。


 アキラ達は大量の甲B18式達と交戦しながら目的の部屋を目指している。敵が多すぎてなかなか先に進めないことを除けば順調に進んでいると言って良い。


 ただし、敵の物量は、攻勢は、既にトガミの力量を超えていた。アキラとシカラベが過剰気味な火力で強引に突破口を開き続けて先に進む。トガミは2人が前進を優先して取りこぼした、あるいは無視した少量の敵を倒しながら、何とか2人の後を追っていた。


 シカラベにはトガミの身を案じて進む速度を落とす気などまるでない。アキラもトガミを気遣って2人一緒に甲B18式の群れの中に取り残される気などない。2人ともトガミを置き去りにする気はないが、自力で付いてこられないのならば、自分達が護衛でもしないと先に進めないのであれば、仕方がない。その程度には考えていた。


 アキラ達が進む速度を落とせば、その分だけ敵の増援が到着する機会が増えて、全員が危険な目に遭うのだ。それは通路を進むアキラ達だけではなく、帰りを待っているエレナ達も含めての話だ。アキラ達は当初の目的を済ませてできるだけ早く戻るためにも、トガミへの気遣いより前進を優先させていた。


 何よりトガミは自分の意思で強行突破側に加わったのだ。自分の安全のために進む速度を緩めるような過度な援護など、トガミも望んでいないだろう。アキラはそう考えていた。トガミが無意識にそれを望んでいたとしても、それをかなえる気などシカラベにもアキラにも全くないが。


 トガミは必死になって前に進む。アキラとシカラベに引き離されないために全力を尽くす。2人に引き離されたら死ぬことはトガミも理解しているからだ。


 トガミは自分の前方で戦っているアキラとシカラベの姿を見る。2人は通路の脇道に身を隠しながら、大きめの瓦礫がれきや破壊した甲B18式を盾にしながら、それを前方に蹴飛ばして進行方向へ身を隠す場所を作りながら、大量の敵へひるむことなく銃を向けて敵を撃破し続けている。時に敵の射線へ無謀にも見える動きで飛び込み、攻撃されるよりも早く敵を撃破して、優勢を維持し続けている。


 トガミは数段格上のハンターの動きを間近で見て、自分との実力の違いを見せ続けられながら、どこか悔しそうな表情を浮かべていた。トガミの必死の形相には、苦悶くもんと羨望と嫉妬と悔恨に加え、自身への失望が入り交じっていた。


 客観的に見れば、トガミは十分活躍している。集中することで研ぎ澄まされた意識が四肢の末端まで素早く行き渡り、日々の研鑽けんさんで高めた技量を存分に発揮させている。間近で見た格上のハンターの動きを見て、その動きを素直に取り入れて自身の動きを高めている。


 トガミは自身の技量を十全に生かして奮闘し、自身の実力を超えた動きを見せていた。格上のハンター達に混ざって行動し、必死に彼らに追いつこうとするトガミの努力は、日々の訓練の積み重ねを糧にしてトガミの才を開花させ始めていた。


 トガミも自分の動きが自分の想定より優れていることに気付いていた。それを感じ取ったトガミの脳裏の片隅では、成長して一皮むけた自身への賛辞が響いていた。


 だが足りていない。トガミが自分の実力を認めるには、かつての傲慢を許容するほどには、全く足りていない。


 自分より高性能な装備を身に着けて、その装備に見合った活躍を見せているシカラベの姿が見える。自分より低性能な装備を身に着けて、それにもかかわらずに奮闘し成果を積み上げるアキラの姿が見える。高性能な装備を身に着けて、その2人の後を追うのが精一杯の自分がいる。その事実がトガミに自分の実力に満足させるのを許さなかった。


 その時、運悪くトガミの右手前の通路から甲B18式が飛び出してくる。トガミは突然現れた敵を見て僅かに硬直してしまう。トガミの反応が遅れ、すぐに撃退しようと動き出すよりも早く、敵の銃口がトガミに向けられる。


 間に合わない。トガミの冷静な部分が状況に対する答えを出す。トガミは死を覚悟した。


 次の瞬間、その機体は銃撃されて一撃で破壊された。


 トガミが驚きながら前を見ると、CWH対物突撃銃の銃口をこちらに向けているアキラの姿があった。敵の存在にいち早く気付いたアキラが、素早く振り返ってCWH対物突撃銃を構え、敵がトガミを攻撃するよりも早く一撃で敵を撃破したのだ。


 アキラが何事もなかったかのようにトガミに背を向けて自分の戦闘に戻る。そのアキラの背を、トガミはなぜか泣きそうな表情で見ていた。


「……くそっ!」


 誰に対しての、何に対してのものなのか、トガミは自身でもよく分からない罵倒を圧縮した言葉を吐いて、歯を食いしばって先に進んだ。




 アキラが然程さほど遠くはないはずの目的地を目指して通路を進んでいる。通路を塞ぐ甲B18式をCWH対物突撃銃の専用弾で銃撃する。専用弾が力場装甲フォースフィールドアーマーを突破し、そのまま胴体部を抜けて反対側の装甲を吹き飛ばし、背後の別個体に直撃した。


 一撃で制御装置を破壊されて大きな鉄塊と化した個体に、強化服の機能を十全に生かした痛烈な蹴りをたたき込む。蹴飛ばされた機体が通路の奥の別個体に直撃した。蹴飛ばした機体が敵の射線を塞いでいる内に急いで先に進んで距離を稼ぐ。


 アキラの強化服は機械系モンスターとの格闘戦を考慮して設計された製品ではない。アルファが強化服の状態をいろいろ細かく操作して、敵と接触した部分だけ、その瞬間だけ表面を硬化させて、更に強化服の内部に衝撃が伝わらないように内部への負荷を分散させるなど、様々なことをしてアキラへの負担を軽減している。だがそれでも限度はある。


 アキラの蹴り足が敵に直撃したのと同時に足から嫌な音がした。痛みというよりも、その感覚に何か不吉なものを覚えたアキラの表情がゆがむ。


『またミシッてした! またミシッてしたぞ!?』


 アルファが余裕の笑みを浮かべて答える。


『大丈夫。折れていないわ』


『折れてなければ良いってものでもないだろう!?』


『すぐに治るわ。高い回復薬を買った甲斐かいがあったわね?』


『そういう問題でもない!』


 アキラがそう答えながら口に含んでいる回復薬をまた少し飲み込んだ。1箱200万オーラムの回復薬を躊躇ちゅうちょなく使うことにも慣れてしまった。


 事前に服用していた回復薬が音の発生源である骨の亀裂を素早く治療する。蹴りの衝撃で痛んだ筋肉も一緒に治療する。アキラは体内に残留している回復薬の効果が切れる前に追加の回復薬を飲み込んで、身体の各部位の負傷が即時に治療される状態を保っていた。


 現在の状況はアキラの実力を完全に超えている。アルファはその状況にアキラを無理矢理やり対応させるために、強化服の操作を介してかなり強引な挙動をアキラに強いていた。


 急加速のたびに筋繊維が傷つき、急停止のたびに骨がきしむ。敵の射線から身をかわしながら攻撃するために、銃撃の反動をしっかり抑えきれない体勢で銃を撃ち、反動で吹き飛びかねない体を強引に支えるために強化服の出力を更に上げて、アキラの身体に更に負担を掛ける。移動の妨げになる障害物を蹴り飛ばせば、蹴り足だけでなく軸足にも床にめり込むような衝撃が伝わってくる。


 アキラは自分の身をり潰しながら戦っているようなものだった。身体に滞留している回復薬が過度な負担で徐々に壊れていく体を壊れた途端に片っ端から治療し続けることで、アキラは状況を何とか優勢に保ち続けていた。


 アキラは必死に戦いながら愚痴や文句をアルファに話し、アルファはアキラのそばで余裕の微笑ほほえみを浮かべながら答えていた。それらの無駄話はアキラの過度な緊張を抑え、弾丸が飛び交う恐怖を抑え、効率的な戦闘を持続させる精神状態を保っていた。


 自分の横でアルファが笑っているのならば、状況は悪くないのだ。敵の弾丸が顔の横を何度も通り過ぎていっても、あれだけ倒しても敵が減る気配が一向に全く感じられなくても、自分達の優勢は揺るがない。アキラはそう判断していた。


 それがただの勘違いであったとしても、楽観的な勘違いならば今はそれが必要なのだ。足をすくませ、平静を乱し、半狂乱を引き起こすような、悲観的な事実など不要なのだ。アキラはそう割り切って、ひるむことなく、どこか不敵に笑いながら交戦を続けていた。


 そのアキラを見て、アルファはどこか満足げに笑っていた。


 アキラがアルファに尋ねる。


『随分進んだけど、まだ到着しないのか!? あの部屋、そんなに遠かったか!?』


『もうすぐよ。というより、すぐそこよ』


 アルファがそう答えて通路の先を指差した。そこには機械系モンスター達の残骸の山があった。


『あの残骸の山がどうかしたのか?』


『だから、あそこが部屋の出入り口なのよ。多分部屋で籠城しようとしたハンターが、部屋の出入り口に群がる敵を部屋の中から破壊したのよ。それで部屋の出入り口が埋もれたんでしょうね』


 アキラが面倒そうな表情を浮かべる。


『敵と戦いながらあれを退かして部屋の中を調べないといけないのか?』


『加えて言えば、部屋の中を調べている間に部屋の出入り口を確保し続けながらね。そうしないとアキラ達が部屋の中に閉じ込められてしまうわ』


『面倒臭いな。何かあの残骸の山を一撃で吹っ飛ばす方法でもあれば……』


 アキラがアルファにそう話した途端、部屋の出入り口を塞いでいた残骸の山が吹き飛んだ。




 レイナ、シオリ、カナエの3人が部屋の出入り口の前に立っている。


 部屋で籠城を続けていたレイナ達だったが、カナエが部屋の外で戦闘が発生している気配に気付いたため、すぐに脱出を決断した。レイナ達は急いで脱出の準備を整えて、今まさに部屋から飛び出そうとしていた。


 部屋の外にはレイナ達をこの部屋に追い込んだ機械系モンスター達が徘徊はいかいしている可能性が高い。そしてその機械系モンスター達は間違いなく何かと交戦中だ。


 重要なのは誰が何と戦っているかではない。交戦中であることが重要なのだ。レイナ達の都合の良いように判断すれば、何らかの部隊がレイナ達を救出するために交戦しているのかもしれない。しかしその部隊がレイナ達のいる部屋まで辿たどり着く保証はない。そもそも全く関係ないハンターが全く別の理由で戦っている可能性もある。


 それでも機械系モンスター達が何かと交戦中であるのならば、交戦中はレイナ達を相手にする数が減ることだけは間違いない。


 戦闘の混乱に乗じて脱出する。それが最も生還の可能性が高い手段だ。シオリもカナエもそう判断し、現状を千載一遇の好機と捉えた。


 カナエが楽しげに不敵に笑いながらレイナに尋ねる。


「お嬢。覚悟は良いっすか?」


 レイナが緊張気味な表情で答える。


「大丈夫よ。いつでも良いわ」


 あの大量の機械系モンスター達が徘徊はいかいしているであろう場所に自分から飛び出すのだ。レイナが緊張するのも当然だった。レイナは深くゆっくりとした呼吸を繰り返して自身の動悸どうきを、うるさいほど自己主張している心臓を押さえようとしていた。


 シオリが落ち着かせて安心させるような優しい声でレイナに話す。


「お嬢様。何が起ころうとも私とカナエで何とか致します。御安心ください」


 レイナはシオリに顔を向けて何とか微笑ほほえむ。


「分かってるわ。お願いね」


「お任せを」


 シオリは力強い笑顔をレイナに返した。


 部屋の出入り口はシオリが設置した小型簡易防壁で塞がれている。小型簡易防壁の向こう側は、破壊された機械系モンスター達の残骸で埋まっている。カナエがその小型簡易防壁に向けてゆっくりと構えを取る。


 カナエは右拳を後方へ大きく引き絞る。


「それじゃあ、行くっすよ。3、2、1……」


 カナエは闘争の興奮で不敵に楽しげに笑い、レイナは覚悟を決めた表情で銃を握りしめ、シオリは自身の忠義を表した真剣な表情を浮かべている。


「ゼロ!」


 カナエが渾身こんしんの力で放った右拳が、部屋の出入り口を塞いでいる小型簡易防壁をその後ろの残骸ごと派手に吹き飛ばした。

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